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原発問題-厚生労働省は、福島第一原発事故で放射線に被ばくした四十代の東電社員の男性を労災と初めて認定。

 東京新聞は2016年12月17日、標題について次のように報じた。


(1)厚生労働省は十六日、東京電力福島第一原発事故で放射線に被ばくし、甲状腺がんを発症した四十代の東電社員の男性を労災と認定した。甲状腺がんが被ばくによる労災と認められたのは初めて。同省は今回の認定のために、甲状腺がんを認定するための目安を新たに策定したと発表した。
(2)関係者によると、男性は二〇一二年まで二十年間、放射線業務に従事。第一原発3、4号機の運転員も務め、1、3号機の水素爆発にも遭遇していた。国が原発事故後の過酷な状況での被ばくと、がん発症との間に関連があることを認めた。
(3)厚労省の担当者は「医学的因果関係は明らかでないが、労働者救済の観点から認定した」としている。策定した目安は(1)被ばく量が一〇〇ミリシーベルト以上(2)発症まで五年以上(3)他の要因も考慮する-との内容。
(4)男性は一九九二年から一二年まで原子炉の運転・監視業務に従事。一一年三月から一二年四月までは第一原発事故の収束作業にも携わった。二十年間の被ばく量一四九・六ミリシーベルトのうち一三九・一二ミリシーベルトは事故後に浴びていた。一四年四月に甲状腺がんと診断されたが既に甲状腺を切除、東電の別の職場に復帰している。
(5)東電によると、一一年三月から一二年四月までに第一原発事故による被ばく量が一〇〇ミリシーベルトを超えた社員らが百七十四人いる。継続的な健康状態の把握が求められる。
(6)甲状腺がんは、原発事故で放出される放射性ヨウ素が喉の甲状腺にたまって発症するとされる。東電は「引き続き作業環境の放射線量の低減に取り組み、作業者の被ばく管理を徹底していく」とコメントした。


 労災認定された労働者の二〇年間の被曝量が149.6ミリシーベルトのうち、139.12ミリシーベルトが事故後であることを、あらためて確認する。
 東電には、100ミリシーベルトを超える社員が174人いるという。この労働者の健康状態の把握をきちっと継続して行わなければならない。


 以下、東京新聞の引用。






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by asyagi-df-2014 | 2016-12-17 12:05 | 書くことから-原発 | Comments(0)

政府は、原発事故のを矮小化するために、こんなことをしていました。

 小口幸人さんのFBに、「税金を使って誤った知識を流布し、原発事故を矮小化しようとする政府。」、とアップされました。
内容は、衆議院の質問本文情報に掲載された「放射線教育に関する質問主意書」に、関してでした。
驚くことに、それは次のようなものでした。質問を引用します。


 先日、文部科学省の今年度委託事業である「科学的な理解をすすめる放射線教育セミナー」において、一般社団法人「エネルギー・環境理科教育推進研究所」から大阪府堺市の小学校に派遣された講師が「カリウムをまいたやつを君たちは食物を通してとるよね。君たちの体にも放射線がちゃんと入ってる。良かったねえ。そんなこと言っちゃいけないか。」、「実は身の周りにたくさん放射線がとんでいる。も、どう?放射線って痛いわけでもないし、当たり前のように生活できるし、ね、そうだよね。」、「レントゲン。受けてない人?(手を挙げさせる)で、みんな受けてるでしょ。バーン!放射線、ドーン!受けてる。」、「放射線は、鉄とコンクリートは通さない。なんか(原発事故が)あった時は鉄板だらけの服を着て歩いちゃう。じゃなければコンクリートの中に入る。」といった講義をしたと聞いている。


 質問者は、「今次発言については不適切であったと考えるが、政府の認識及び対策について答弁ありたい。」、と要求しています。
 はっきりしているのは、「3.11」を真摯に取り組むことができない政府の実像です。


 以下、衆議院の質問本文情報の引用。






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by asyagi-df-2014 | 2016-12-11 13:13 | 書くことから-原発 | Comments(0)

徳田靖之弁護士の2016年11月17日の意見陳述を読む。

 徳田靖之弁護士は、大分地方裁判所第1号法廷での意見陳述を次のように始めた。
 「私は先ず、私自身が今回の訴訟に代理人として関与するに至った経緯を、自省込めてお話したいと思います。」。
 傍聴者としての私自身は、自省込めてと始まったこの意見陳述を、生の意味を根本的に問う言葉として受け止めた。
 言はば、本来、理論として受け止められるものを、決意として受け止めることができた。だからこそ、熱い思いをつかみ取ることができた。
 徳田弁護士の自省とは次のものであった。


 この点を明らかにすることが、264名もの大分県民が、本件訴訟に原告として参加するに至った理由と本件訴訟の意義を明らかにすることにつながると思う からです。 私は、原発問題に決して無関心であった訳ではありません。スリーマイル島の 事故も、チェルノブイリの大事故も関心を持って、その事故報告書等を読んできました。そして、5年前の福島第一原子力発電所の事故についても、その詳細を 知るにつれ、二度とこのような事故を許してはならないとの思いを深くしたのです。
 しかしながら、この福島の事故を受けて、九州で、玄海原発と川内原発の差止めを求める訴訟が提起され、弁護団への参加を誘われた時、私は、手を上げるということはいたしませんでした。
 もちろん、名前だけの参加はしないという私自身の考え方もありはしたのですが、手を上げられなかった理由としては、私の手に余るという思いとともに、自らに被害が及びうる問題なのだという把え方が出来なかったという点があったのだと思います。


 徳田弁護士は、今回の自省を迎え入れることができた経過、自らの問題として捉えることができたことを、次に述べる。


 去る4月16日、震度6弱の地震に襲われ、自宅の棚が落ち、食器類の割れてい く中で立往生するという経験をした私が、最初に感じたのは、これ以上の地震が発 生したら、伊方原発はどうなるのかということでした。
 私の事務所は、伊方原発から70km、自宅は80kmの距離にあります。伊方原発に、福島第一原発と同程度の「レベル7」以上の事故が発生すれば、自宅と事 務所も放射性物質により直接的に汚染されることは明らかです。
 文字通り、他人事ではない! 原発問題に及び腰だった私がまさに鞭打たれたのでした。


 そして、徳田弁護士は、「本件訴訟に原告として参加するに至った理由と本件訴訟の意義」について、こう説明する。


本件訴訟の264名もの原告らは、まさしく、私と同じく、自らとその家族そして子孫の健康と故郷の大地を守りぬくために、この訴訟に参加したのだということを、裁判所にも、被告にも、是非とも胸に刻み込んでおいていただきたいのです。
 日本の近現代史において、私が最も尊敬する田中正造翁は、足尾銅山とこれを擁護する明治政府とのたたかいに生命をかけた偉人ですが、その晩年の日記に、「真の文明は、山を荒らさず、川を荒らさず、村を破らず、人を殺さざるべし」と書き付けています。
 私は、この言葉にこそ、今回の原発問題を考えるうえで、私たちが等しく、立ち帰るべき原点があるのではないかと思います。


 徳田弁護士は、「本件訴訟の中心的争点と真理のあり方」の中核部分を、次のように述べます。


 その中核は、訴状の36頁以 下に「本件における司法判断のあり方について」と題して論述したところにある のではないかと考えています。 要約すれば、①原発に求められる安全性の程度は、福島第一原発事故のような 過酷事故を二度と起こさないという意味での「限定的」絶対的安全性(深刻な事 故が万が一にも起こらない程度の安全性)であり、②その安全性の判断基準は、必ずしも高度の専門的技術的な知識・知見を要するものではなく、一般の経験則 あるいは基本的な科学技術的知識・知見に照らして、判断すれば足りるのであり、③深刻な「災害を二度と起こさない」という観点から、被告が原告らの指摘する 科学的、合理的な疑問に対して、当該原発が過酷事故を起こす可能性がないこと を被告において主張・立証されない限り、運転(操業)を許さないという判断 のあり方こそが求められるということです。


 この上で、福島第一原発事故以前、原発問題に関するわが国の司法判断に欠落していた
ものと保険裁判の意味を位置づけます。


 福島第一原発事故以前、原発問題に関するわが国の司法判断に欠落していたの は、まさしく、こうした視点でした。 言わば、日本の司法が、原発問題は高度の専門技術的な判断を前提とする政策 的判断事項であるという隠れ蓑に逃げ込み続けたことが、福島第一原発事故のよ うな過酷事故を防ぎえなかった一因であるということです。


その意味で、本件訴訟において裁判所に問われているのは、従来のような姑息 な司法判断の枠組みに拘泥して、司法が果たすべき責任を放棄するのか、あるい は、福島第一原発事故以後の司法における本流となりつつある、大飯原発3、4 号機に関する福井地裁平成26年5月21日判決、高浜原発3、4号機に関する 福井地裁平成27年4月14日決定、同原発に関する大津地裁平成28年3月9 日決定の立場の正当性を認めて、これを司法判断として定着させるのかという点 にあるのだと思うのです。


 本件訴訟においては、このような視点の下で、伊方原発が、南海トラフ巨大地 震の震源域上に位置するだけでなく、中央構造線断層帯と別府-万年山断層帯と いう長大な活断層の極近傍に位置しており、大地震の発生が具体的に懸念される という私たち原告らの主張に対し、被告が、そのような過酷事故が生じる可能性 はないことを立証しえたと言えるのかどうかが判断されるべきだと私は考えます。


 徳田弁護士は、意見陳述(2016年11月17日)の最後を、結びにかえてと、このようにまとめます。
その声は、日本の司法のあり方を問い直すだけでなく、人々の生きるということの意味を見つめ直す時期に来ていると聞こえてきました。


 
 前述の田中正造翁は、また、「人権に合するは法律にあらずして天則にあり」とも述べています。私たちは、あの「法律」によって人権が侵害され続けた明治の時代にではなく、法治主義を大原則とし、人権の尊重を中核的な基本原理とする日本国 憲法下に生きています。
 「人権に合するは法律にあり」と公言できるような歴史を私たち法律家は歩んできたと果して言えるでしょうか。 確かに、戦後、日本の司法は、四大公害訴訟、数々の薬害訴訟、ハンセン病訴訟等々において、画期的な解決をもたらしてはきました。しかしながら、これらは、まさに、発生した深刻な被害に対して、過去の基準点 を定めて、損害賠償を命じたにとどまっています。生命や健康そして環境の破壊が、金銭によっては回復しがたいことを、誰もが熟知していながら、この限度でしか被害回復を図れなかったというのが、戦後の司法の限界でした。
 けれでも、原発訴訟は、こうした限界を超えて、深刻な被害の発生を未然に防ぐという課題を担っています。
 「原発訴訟が社会を変える」とは、本件訴訟弁護団の共同代表である河合弁護士の名言ですが、私は、原発訴訟は司法を変えるのだと思っています。裁判官の皆さん、私たちとともに、司法を変えていこうではありませんか。


徳田弁護士の声は、日本の司法のあり方を問い直すだけでなく、人々の生きるということの意味を見つめ直す時期に来ていると聞こえてきました。
 だから、「原発訴訟は、こうした限界を超えて、深刻な被害の発生を未然に防 ぐという課題を担っています。」、と。


by asyagi-df-2014 | 2016-11-27 09:58 | 書くことから-原発 | Comments(0)

四国電力伊方原発運転差し止め訴訟の第1回口頭弁論を傍聴してきました。

 四国電力伊方原発運転差し止め訴訟の第1回口頭弁論が、2016年11月17日、大分地方裁判所の第1号法廷で開かれました。
傍聴席に座るのは、20数年ぶりになるのかと思いながら、竹田から参加してきました。
 あわせて、弁護士会館で開かれた「報告集会」にも参加しました。 
 最近、大分合同新聞は伊方原発のことは記事にしてきているので、報告記事を是非読んでみてください。
 私の方からは、いくつかの感想的なことを報告します。
 今回の口頭弁論では、原告団長の松本文六さんと徳田弁護士が意見陳述を行いました。
 松本さんは、次のような説得力のある意見陳述を行っています。


「原発は一体何のため誰のために作られたのでしょうか?福島で起きたような過酷な事故を二度と起こさせるべきではありません。
 自然災害を止めることはできまぜん。しかし人間の作った原発は人間の手によって止めることはできます。
 私どもは人間として、そして私は医者として、”No More Fukushima”の旗を高く掲げ、原発のない社会へ向けて行動することを表明し、この伊方原発を止める運動に関わりました。私どもは、私を含め周囲の多くの人々のいのちと暮らしと人権を守るために、伊方原発の稼働を止めたいのです。
 伊方原発を稼働させないことが、私どもの決意であり生きる希望なのです。」


 「報告集会」での6回書き換えたとの松本さんの話を含めて、あらためてこの松本さんの意見陳述の重みを感じています。
徳田弁護士は、意見陳述を通して、自らの課題として自らを見つめ直す中で、こうして意見陳述を行っていると、人としてあり方を提示してくれたような気がします。
 その陳述は、すぐれた決意表明でありました。
 それは、「自らと自らの家族、自らの地域を守るために、刻み込んで欲しい」、と。
 また、司法のあり方について、次のように三点について語り込みました。
一つには、原発に求められる安全性の程度については、福島原発事故のような過酷事故を二度と起こさないという意味での「限定的」絶対安全性、ないしは、絶対的安全性に準じる極めて高度な安全性と解すべきであること。
 二つ目には、当該原発が安全であるという高度の蓋然性が被告において立証されない限り、運転を許さないというのが、本件における立証責任の公平な分配というべきであること。
 三つ目には、原発訴訟は、一般の経験則あるいは基本的な科学技術的知識・知見に照らして、被告が原告らの指摘する科学的、合理的な疑問に対して、当該原発が過酷事故を起こす高度の蓋然性がないことを主張、立証し得ているのかどうかを判断すれば足りるというべきであること。
 この三点は、「3.11」が明確に示したことでした。
 あわせて、「報告集会」では、「彼(田中正造)の教えを出発点として差し止め判決を勝ち取りたい」と述べるとともに、田中正造を是非とも読んで欲しいと、参加者に投げかけました。
 田中正造の「真の文明は、山を荒らさず、川を荒らさず、村を破らず、人を殺さざるべし」との言葉が、確かに生きていました。

 最後に、今後の裁判の進み方については、「月に再稼働した四国電力伊方原発3号機(愛媛県)の運転差し止めを求め、大分県内の住民4人が大分地裁に申し立てた仮処分申請を巡る争点は、原発の耐震設計の目安となる揺れ「基準地震動」の評価などに絞られることになった。17日に地裁で開かれた第4回審尋(非公開)では、来年1月と3月の審尋で住民側、四国電側が基準地震動に関するそれぞれの主張を口頭説明(プレゼンテーション)することが決まった。差し止めを認めるかどうか、地裁の決定は3月以降になる。」(大分合同新聞2016年11月18日)、となっています。
 特に、このプレゼンテーションに関して、、河合弁護士の「『異例』のこと。焦点は、基準値震動。裁判所は、法律家の言葉で言ってくれと。また、大学院の講義では困るとも。」、との発言が印象に残りました。


by asyagi-df-2014 | 2016-11-19 05:05 | 書くことから-原発 | Comments(0)

原発問題-日本は、核不拡散条約(NPT)非加盟で核兵器保有国のインドと原発輸出を可能にする原子力協定に署名。

 朝日新聞は2016年11月11日、標題について次のように報じた。


(1)安倍晋三首相は11日、インドのモディ首相と首相官邸で会談し、日本からインドへの原発輸出を可能にする原子力協定に署名した。インドは核不拡散条約(NPT)非加盟の核兵器保有国。日本はインドが核実験した場合の協力停止措置の明記を目指したが、関連文書への記載にとどまり、安保政策への制約を嫌うインドも自国寄りに解釈できる余地を残した。
(2)日本がこれまでに原子力協定を結んだのは14カ国・機関あり、日本が輸出元となってNPT非加盟国と結ぶのは1985年の中国(92年にNPT加盟)に続いて2例目。日印の協定は、原発輸出に向け、日本の関連技術や物資の移転を可能にするもので、交渉は民主党政権時代の2010年に始まった。
(3)インドはすでに米国やフランス、韓国など8カ国と協定を結んでいる。日本は唯一の戦争被爆国として、核軍縮・不拡散外交を進めている。このためインドが他国と結んだ協定にはない、核実験した場合の協力停止措置を明記するよう求めてきた。だが、インド側が難色を示し、協定自体には明記されず、協定とは別の「見解及び了解に関する公文」と題する関連文書で折り合った。
(4)関連文書は、「日本の見解」として、2008年9月にインドが行った「核実験モラトリアム(一時停止)」声明を協定の「不可欠の基礎」とし、変更が生じた場合、協定を終了できる権利を有すると記載。インド側もモラトリアム声明を再確認し、これらを「両国の見解の正確な反映と了解する」としている。
(5)安倍首相は会談後の共同記者発表で、「原子力の平和的利用について、インドが責任ある行動を取ることを確保する法的な枠組みだ」と強調。「NPTを締結していないインドを国際的な核不拡散体制へ実質的に参加させることにつながる」と話した。ただ、インド側は「核開発は自国の権利」という立場を維持しているとみられ、モディ首相は会見でこの点に一切言及しなかった。
(6)日印共同声明の骨子
・日印原子力協定の締結を歓迎
・インド西部で2018年に新幹線を着工し、23年に開業
・太平洋・インド洋の安定と繁栄のために協力
・日本の官民がインド製造業の人材育成のため学校を開き、10年間で3万人を訓練


 もともと「核開発は自国の権利」と「原子力の平和的利用」は、両立しない。


 以下、朝日新聞の引用。






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by asyagi-df-2014 | 2016-11-14 10:05 | 書くことから-原発 | Comments(0)

原発問題-ベトナム、原発白紙へ決議案提出

 東京新聞は2016年11月11日、標題について次のように報じた。


(1)「ベトナム政府は十日、日本などが支援する中部ニントゥアン省の原発建設計画の白紙撤回を求める決議案を国会に提出した。二十二日に採決の予定で、提案通り可決される可能性が高い。同国国会のレ・ホン・ティン科学技術環境委員会副委員長は十日、国営インターネット新聞『ザンチ』などに対し、想定を大幅に上回る建設コストや財政難、核廃棄物への懸念などが撤回の理由と述べた。」
(2)「ザンチによると、ティン氏は、原発建設コストが想定の二倍近くとなることが見込まれ、発電コスト上昇も避けられないと指摘。『もし(このような)大規模プロジェクトに投資し続けると、公的債務がさらなるリスクとなる』と述べた。また、今年四月に中部ハティン省などで台湾企業の排水が原因で魚が大量に死ぬ事件が発生して以降、原発建設による環境悪化への懸念が高まっていると述べた。さらに建設予定地が南シナ海に面し、中国などと領有権を争う島々に比較的近い点を指摘。南シナ海問題を巡る緊張が高まる中、戦略的に重要な地点への原発建設に懸念があることを示唆した。」
(3)「ベトナム政府は税収不足などによる慢性的財政赤字に苦しんでいる。国営メディアによると、国内総生産(GDP)に対する公的債務の比率は国会が設定した上限の65%に迫る勢いだ。」
(4)「ベトナム国会は二〇〇九年、ニントゥアン省の二カ所に原発を建設する計画を承認。日本とロシアが建設受注を決めていた。当初計画の総事業費は約二百兆ドン(約九千四百億円)。しかしその後に発生した東京電力福島第一原発事故を受け、これまで以上の安全性確保が求められるようになり計画は延期。現在も着工に至っていない。」
(5)<ベトナムの原発計画> ベトナム国会は2009年、中部ニントゥアン省の2カ所に原発を2基ずつ建設する計画を承認。いずれも100万キロワット級。フォックジン地区の第1原発はロシアが、ビンハイ地区の第2原発は日本が、それぞれ受注を決めた。当初計画では初の原発が14年に着工、20年に稼働予定だったが、延期が繰り返されている。これまでの計画では第1原発の稼働予定は28年、第2原発の稼働予定は29年だった。


 以下、東京新聞の引用。






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by asyagi-df-2014 | 2016-11-12 11:35 | 書くことから-原発 | Comments(0)

ドイツの公共放送の「フクシマの嘘」の書き起こし

 ドイツZDFテレビ 「フクシマのうそ」を見ました。
この書き起こしの最後には、「本記事の拡散を是非ともお願い致します。同じ間違いを人類がこれ以上繰り返さないために、ご協力をお願い致します。」、とあります。
記録として残します。
「3.11」を真に克服するために。



放射能メモ:ドイツZDFテレビ 「フクシマのうそ」書き起こし


転載始め
*********************
我々は放射能から身を守り、警察から外人と見破られないよう防護服を着こんだ。
汚染され、破壊した原発が立っているのは立ち入り禁止区域だ。
そこに連れて行ってくれることになっている男性と落ち合った。
なにが本当にそこで起きているか、彼に見せてもらうためだ。
ナカ・ユキテル氏は原子力分野のエンジニア会社の社長で
もう何十年間も原発サイトに出向いて働いてきた。
フクシマでも、だ。
私たちは見破られず、無事チェックポイントを通過した。
作業員たちが作業を終え、原発から戻ってきたところだった。
3月11日に起こったことは、これから日本が遭遇するかもしれぬことの
前兆に過ぎないのかもしれないことが次第にわかってきた。
そしてその危険を理解するには、過去を理解することが必要だ。

(タイトル) フクシマの嘘 (監督) ヨハネス・ハノ

私たちは立ち入り禁止区域の中、事故の起きた原発から約7キロ離れたところにいる。
ナカ氏はここで生活をし福島第一とフクシマノ第二の間を股にかけて仕事をしてきた。
ナカ氏と彼の部下は、何年も前から原発の安全性における重大な欠陥について注意を喚起してきた。
しかし、誰も耳を貸そうとしなかった。

(ナカ氏)
私の話を聞いてくれた人はほんのわずかな有識者だけで
その人たちの言うことなど誰も本気にしません。
日本ではその影響力の強いグループを呼ぶ名前があります。
原子力ムラ、というのです。
彼らの哲学は、経済性優先です。
この原子力ムラは東電、政府、そして大学の学者たちでできています。
彼らが重要な決定をすべて下すのです。

私たちは東京で菅直人と独占インタビューした。
彼は事故当時首相で、第二次世界大戦以来初の危機に遭遇した日本をリードしなければならなかった。
彼は唖然とするような内容を次々に語った、たとえば
首相の彼にさえ事実を知らせなかったネットワークが存在することを。
マスメディアでは彼に対する嘘がばらまかれ彼は辞任に追い込まれた。
彼が原子力ムラに対抗しようとしたからである。

(菅前首相)
最大の問題点は、3月11日が起こるずっと前にしておかなければいけないものがあったのに、何もしなかったことです。
原発事故を起こした引き金は津波だったかもしれないが当然しておくべき対策をしなかったことが問題なのです。
この過失は責任者にあります。
つまり、必要であったことをしなかった、という責任です。

では原発事故の原因は地震と津波ではなかったのか?
原子力ムラの足跡を辿っていくと、嘘、仲間意識と犯罪的エネルギーの網の目に遭遇する。
調査は2つの大陸にまたがった。
まずカリフォルニアに飛んだ。
目的地はサン・フランシスコである。
私たちはある男性と話を聞く約束をしていた。
彼は長年原子炉のメンテナンスの仕事でフクシマにも何度も来ており
かなり深刻なミスや事故を東電が隠蔽するのに遭遇した。
フクシマの第1号原子炉は70年代初めにアメリカのジェネラルエレクトリック社が建設し
それ以来アメリカのエンジニアが点検を行ってきた。
そしてフクシマでは何度も問題があった。

(ハーノ記者)
東電は、点検後、なにをあなたに求めたのですか?

(スガオカ氏)
亀裂を発見した後、彼らが私に言いたかったことは簡単です。
つまり、黙れ、ですよ。
何も話すな、黙ってろ、というわけです。

問題があるなど許されない
日本の原発に問題など想定されていない
アメリカのエンジニア、ケイ・スガオカ氏も
それを変えようとすることは許されなかった。

(スガオカ氏)
1989年のことです、蒸気乾燥機でビデオ点検をしていて
そこで今まで見たこともないほど大きい亀裂を発見しました。

スガオカ氏と同僚が発見したのは、それだけではない。

(スガオカ氏)
原子炉を点検している同僚の目がみるみる大きくなったと思うと彼がこう言いました
蒸気乾燥機の向きが反対に取り付けられているぞ、と。
もともとこの原発の中心部材には重大な欠陥があったのだ。
スガオカ氏は点検の主任だったので
正しく点検を行い処理をする責任があったのだが
彼の報告は、東電の気に入らなかった。
私たちは点検で亀裂を発見しましたが、東電は私たちにビデオでその部分を消すよう注文しました。
報告書も書くな、と言うのです。
私はサインしかさせてもらえませんでした。
私が報告書を書けば、180度反対に付けられている蒸気乾燥機のことも報告するに決まっていると知っていたからです。

(ハーノ記者)
では、嘘の文書を書くよう求めたわけですか?

(スガオカ氏)
そうです、彼らは我々に文書の改ざんを要求しました。

スガオカ氏は仕事を失うのを怖れて、10年間黙秘した。
GE社に解雇されて初めて彼は沈黙を破り日本の担当官庁に告発した。
ところが不思議なことに、告発後何年間もなにも起こらなかった。
日本の原発監督官庁はそれをもみ消そうとしたのだ。
2001年になってやっと、スガオカ氏は「同士」を見つけた。
それも日本のフクシマで、である。
18年間福島県知事を務めた佐藤栄佐久氏は当時の日本の与党、保守的な自民党所属だ。
佐藤氏は古典的政治家で皇太子夫妻の旅に随行したこともある。
始めは彼も、原発は住民になんの危険ももたらさないと確信していた。
それから、その信頼をどんどん失っていった。

(佐藤前知事)
福島県の原発で働く情報提供者から約20通ファックスが届きその中にはスガオカ氏の告発も入っていました。
経産省は、その内部告発の内容を確かめずにこれら密告者の名を東電に明かしました。
それからわかったことは、私も初めは信じられませんでした。
東電は、報告書を改ざんしていたというのです。
それで私は新聞に記事を書きました。
そんなことをしていると、この先必ず大事故が起きる、と。

それでやっと官僚たちもなにもしないわけにはいかなくなり
17基の原発が一時停止に追い込まれた。
調査委員会は、東電が何十年も前から重大な事故を隠蔽し安全点検報告でデータを改ざんしてきたことを明らかにした。
それどころか、フクシマでは30年も臨界事故を隠してきたという。
社長・幹部は辞任に追い込まれ、社員は懲戒を受けたが皆新しいポストをもらい、誰も起訴されなかった。
一番の責任者であった勝俣恒久氏は代表取締役に任命された。
彼らは佐藤氏に報告書の改ざんに対し謝罪したが佐藤氏は安心できず、原発がどんどん建設されることを懸念した。
そこで佐藤氏は日本の原発政策という「暗黙のルール」に違反してしまった。
2004年に復讐が始まった。

(佐藤前知事)
12月に不正な土地取引の疑いがあるという記事が新聞に載りました。
この記事を書いたのは本来は原発政策担当の記者でした。
この疑惑は、完全にでっち上げでした。
弟が逮捕され、首相官邸担当の検察官が一時的に福島に送られて検事を務めていた。
彼の名はノリモトという名で
遅かれ早かれ、お前の兄の知事を抹殺してやる、と弟に言ったそうです。
事態は更に進み、県庁で働く200人の職員に圧力がかかり始めました。
少し私の悪口を言うだけでいいから、と。
中には2、3人、圧力に耐え切れずに自殺をする者さえ出ました。
私の下で働いていたある部長は、いまだ意識不明のままです。

それで、同僚や友人を守るため、佐藤氏は辞任した。
裁判で彼の無罪は確定されるが
しかし沈黙を破ろうとした「邪魔者」はこうして消された。
これが、日本の社会を牛耳る大きなグループの復讐だった。
そしてこれこそ、日本で原子力ムラと呼ばれるグループである。

(菅前首相)
ここ10~20年の間、ことに原子力の危険を訴える人間に対する
あらゆる形での圧力が非常に増えています。
大学の研究者が原発には危険が伴うなどとでも言おうものなら出世のチャンスは絶対に回ってきません。
政治家はあらゆる援助を電力会社などから受けています。
しかし、彼らが原発の危険性などを問題にすれば、そうした援助はすぐに受けられなくなります。
反対に、原発を推進すれば、多額の献金が入り込みます。
それは文化に関しても同じでスポーツやマスコミも含みます。
このように網の目が細かく張りめぐらされて原発に対する批判がまったくなされない環境が作り上げられてしまいました。
ですから原子力ムラというのは決して小さい領域ではなくて国全体にはびこる問題なのです。
誰もが、この原子力ムラに閉じ込められているのです。

東電から献金を受け取っている100人以上の議員に菅首相は立ち向かった。
その中には前の首相もいる。やはり彼と同じ政党所属だ。
ネットワークは思う以上に大きい。
多くの官僚は定年退職すると、電事業関連の会社に再就職する。
1962年以来東電の副社長のポストは原発の監査を行うエネルギー庁のトップ官僚の指定席だ。
これを日本では天下り、と呼んでいる。
しかし反対の例もある。
東電副社長だった加納時男氏は当時与党だった自民党に入党し12年間、日本のエネルギー政策を担当し
それからまた東電に戻った。
このネットワークについて衆議院議員の河野太郎氏と話した。
河野氏の家族は代々政治家で彼の父も外相を務めた。
彼は、第二次世界大戦後日本を約60年間に渡り支配した自民党に所属している。
原発をあれだけ政策として推進してきたのは自民党である。

(河野議員)
誰も、日本で原発事故など起こるはずがない、と言い続けてきました。
だから、万が一のことがあったらどうすべきか、という準備も一切してこなかったのです。
それだけでなく、原発を立地する地方の行政にも危険に対する情報をなにひとつ与えてこなかった。
いつでも、お前たちはなにも心配しなくていい
万が一のことなど起こるはずがないのだから、と。
彼らはずっとこの幻想をばらまき事実を歪曲してきた
そして今やっと、すべて嘘だったことを認めざるを得なくなったのです。

この雰囲気が2011年3月11日に壊れた。
日本がこれまでに遭遇したことのない大事故が起きてからだ。
14時46分に日本をこれまで最大規模の地震が襲った。
マグニチュード9だった。
しかし、地震は太平洋沖で始まったその後のホラーの引き金に過ぎなかった。
時速数百キロという激しい波が津波となって日本の東部沿岸を襲った。
津波は場所によっては30メートルの高さがあり町や村をのみこみ消滅させてしまった。
約2万人の人がこの津波で命を失った。
そして福島第一にも津波が押し寄せた。
ここの防波堤は6メートルしかなかった。
津波の警告を本気にせず処置を取らなかった東電や原発を監査する当局は
警告を無視しただけでなく、立地場所すら変更していたのだ。

(菅前首相)
もともとは、原発は35mの高さに建てられる予定でした。
しかし標高10mの位置で掘削整地しそこに原発を建設したのです。
低いところの方が冷却に必要な海水をくみ上げやすいという理由で。
東電がはっきり、この方が経済的に効率が高いと書いています。

巨大な津波が、地震で損傷を受けた福島第一を完全ノックアウトした。
まず電源が切れ、それから非常用発電機が津波で流されてしまった。
あまりに低い場所に置いてあったからである。
電気がなければ原子炉冷却はできない。

(菅前首相)
法律ではどの原発もオフサイトサンターを用意することが義務付けられています。
福島第一ではその電源センターが原発から5キロ離れたところにあります。
これは津波の後、1分と機能しなかった。
それは職員が地震があったために、そこにすぐたどりつけなかったからです。
それで電源は失われたままでした。
こうして送電に必要な器具はすべて作動しませんでした。
つまりオフサイトサンターは、本当の非常時になんの機能も果たさなかったということです。
法律では原発事故と地震が同時に起こるということすら想定していなかったのです。

菅直人はこの時、原発で起こりつつある非常事態について、ほとんど情報を得ていなかった。
首相である彼は、テレビの報道で初めて、福島第一で爆発があったことを知ることになる。

(菅前首相)
東電からは、その事故の報道があって1時間以上経ってもなにが原因でどういう爆発があったのかという説明が一切なかった。
あの状況では確かに詳しく究明することは難しかったのかもしれないが、
それでも東電は状況を判断し、それを説明しなければいけなかったはずです。
しかし、それを彼らは充分に努力しませんでした。

2011年3月15日、災害から4日経ってもまだ
東電と保安院は事故の危険を過小評価し続けていた。
しかし東電は菅首相に内密で会い、職員を福島第一から撤退させてもいいか打診した。
今撤退させなければ、全員死ぬことになる、というのだ。

(菅前首相)
それで私はまず東電の社長に来てもらい、撤退はぜったい認められない、と伝えた。
誰もいなくなればメルトダウンが起き、そうすれば莫大な量の放射能が大気に出ることになってしまう。
そうなってしまえば広大な土地が住めない状態になってしまいます。

菅は初めから東電を信用できず、自分の目で確かめるためヘリコプターで視察した。
しかし首相である彼にも当時伝えられていなかったことは、フクシマの3つの原子炉ですでにメルトダウンが起きていたということだ。
それも災害の起きた3月11日の夜にすでに。

(菅前首相)
東電の報告にも、東電を監査していた保安院の報告にも、燃料棒が損傷しているとかメルトダウンに至ったなどということは一言も書かれていなかった。
3月15日には、そのような状況にはまだ至っていないという報告が私に上がっていました。

事故からほぼ1年が経った東京。
世界中であらゆる専門家が予想していたメルトダウンの事実を東電が認めるまでなぜ2ヶ月も要したのか、私たちは聞こうと思った。
自然災害が起きてからすぐにこの原発の大事故は起きていたのである。

(ハーノ記者)
「原子炉1号機、2号機そして3号機でメルトダウンになったことを、東電はいつ知ったのですか」

(東電・松本氏)
「私どもは目で見るわけにはいきませんが、上がってきましたデータをもとに事態を推定し燃料棒が溶けおそらく圧力容器の底に溜まっているだろう、という認識に達したのは5月の初めでした。」

膨大なデータに身を隠そうとする態度は今日も変わらない。
東電は、毎日行う記者会見でこれらのデータを見せながら、事態はコントロール下にあると言い続けている。
しかしこれらのデータの中には、本当に責任者たちはなにをしているのかわかっているか、疑いたくなるような情報がある。
たとえばスポークスマンはついでのことのように、放射能で汚染された冷却水が「消えてしまった」と説明した。 
理由は、原発施設ではびこる雑草でホースが穴だらけになっているという。

(ハーノ記者)
「放射能で汚染された水を運ぶホースが
雑草で穴が開くような材料でできているというのですか?」

(東電・松本氏)
「草地に配管するのは私たちも初めてのことですが、穴があくなどのことについては知見が不十分だったと思っています。」

しかし原発の廃墟をさらに危険にしているのは雑草だけではない。
私たちは富岡町に向かった。
ゴーストタウンだ。
原発廃墟の福島第一から7キロのところにある。
私たちはナカ氏に便乗した。
彼のような住民は、個人的なものをとりに行くためだけに短時間だけ帰ることが許されている。
彼は、地震に見舞われた状態のまま放り出された会社を見せてくれた。
今では放射能のため、ここに暮らすことはできない。

(ナカ氏)
この木造の建物はとても快適でした。
とても静かで、夏は涼しく、冬は暖かかった。
私たちは皆ここで幸せに暮らしていました。

80人の原発専門のエンジニアが彼のもとで働いており
原発事故後も、事故をできるだけ早く収束しようと努力している。
ナカ氏と彼の社員は、原発廃墟で今本当になにが起きているのか知っている。

(ナカ氏)
私たちの最大の不安は、近い将来、廃墟の原発で働いてくれる専門家がいなくなってしまうことです。
あそこで働く者は誰でも、大量の放射能を浴びています。
どこから充分な数の専門家を集めればいいか、わかりません。

しかし、まだ被爆していない原発の専門家を集めなければ事故を収束するのは不可能だ。
例えこれから40年間、充分な専門家を集められたとしても、日本も世界も変えてしまうことになるかもしれない一つの問題が残る

(ハーノ記者)
今原発は安全なのですか?

(ナカ氏)
そう東電と政府は言っていますが
働いている職員はそんなことは思っていません。とても危険な状態です。
私が一番心配しているのは4号機です。
この建物は地震でかなり損傷しているだけでなく、この4階にある使用済み燃料プールには約1300の使用済み燃料が冷却されています。
その上の階には新しい燃料棒が保管されていて、非常に重い機械類が置いてあります。
なにもかもとても重いのです。もう一度大地震が来れば建物は崩壊してしまうはずです。
そういうことになれば、また新たな臨界が起こるでしょう。

このような臨界が青空の下で起これば、日本にとって致命的なものとなるだろう。
放射能はすぐに致死量に達し、原発サイトで働くことは不可能となる。
そうすれば高い確率で第1、2、3、 5、 6号機もすべてが抑制できなくなり、まさにこの世の終わりとなってしまうだろう。
東京で著名な地震学者の島村英紀氏に会った。
2月に東大地震研が地震予知を発表したが、それによれば75%の確率で4年以内に首都を直下型地震が襲うと予測されている。

(ハーノ記者)
このような地震があった場合に原発が壊滅して確率はどのくらいだとお考えですか?

(島村教授)
-はい、とても確率は高いです。

(ハーノ記者) 
-どうしてですか?

(島村教授)
計測している地震揺れ速度が、これまでの予測よりずっと速まってきています。
私たちはここ数年千以上の特別測定器を配置して調査してきましたが
それで想像以上に地震波が強まり、速度も増していることがわかったのです。

これは日本の建築物にとって大変な意味を持つだけでなく、原発にとっても重大な問題となることを島村氏は説明する。

(島村教授)
これが原発の設計計算です。
将来加速度300~450ガルの地震が来ることを想定しています。
そして高確率で発生しないだろう地震として600ガルまでを想定していますが
この大きさに耐えられる設計は原子炉の格納容器だけで
原発のほかの構造はそれだけの耐震設計がされていないのです。
しかし私たちの調査では、最近の地震の加速度がなんと4000ガルまで達したことがわかっています。
想定されている値よりずっと高いのです。

(ハーノ記者) 
電気会社は、それを知って増強をしなかったのですか?

(島村教授)
今のところ何もしていません、不十分であることは確かです。
これだけの地震に耐えられるだけの設計をしようなどというのは、ほとんど不可能でしょう。

ここは原発廃墟から60キロ離れた場所だ。
フクシマ災害対策本部では東電、保安院、福島県庁が共同で原発の地獄の炎を鎮火するための闘いの調整をはかっている。
私たちは東電の災害対策部責任者にインタビューした。
ことに彼に訊きたいのはどうやって今後これだけ損傷している原発を大地震から守るつもりなのか、ということだ。
ことに、危ぶまれている4号機について訊いた。

(東電・白井氏)
4号機の使用済み燃料プールには夥しい量の使用済み燃料が入っています。
これをすべて安全に保つためには、燃料プールの増強が必要です。
燃料プールのある階の真下に、新しい梁をつけました。

(ハーノ記者) 
原発はほとんど破壊したといってもいいわけですが
原発が健在だった1年前ですら大地震に耐えられなかった構造で
どうやって次の地震に備えるつもりなのでしょうか?

(東電・白井氏)
我々は耐震調査を4号機に限らず全体で行いました。
その結果、問題ないという判断が出ています。

(ハーノ記者) 
でも地震学者たちは4000ガルまでの地震加速度が測定されていて、これだけの地震に耐えられるだけの原発構造はないと言っています。
半壊状態のフクシマの原発の真下でそのような地震が来ても全壊することはないと、なぜ確信がもてるのですか?

(東電・白井氏)
その4000ガルという計算は別の調査ではないでしょうか。
それに関しては、私は何とも言いかねます。

(ハーノ記者) 
原発を日本で稼動させるだけの心構えが、東電にできているとお考えですか?

(東電・白井氏)
それは答えるのが難しいですね。

(ナカ氏)
これがやってきたことの結果です。
この結果を人類はちゃんと知るべきだと思います。
一緒に未来の政策をつくっていくことができるように
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転載終わり

 本記事の拡散を是非ともお願い致します。同じ間違いを人類がこれ以上繰り返さないために、ご協力をお願い致します。

以上


by asyagi-df-2014 | 2016-11-02 07:20 | 書くことから-原発 | Comments(0)

原発問題-東京電力福島第一原発の事故処理、廃炉、最終処分場建設、核燃サイクルの関連処理費用として、最低でも約三十兆円かかる。

 標題について、東京新聞は2016年10月20日、次のように報じた。


(1)原発政策を進めるには原発建設費、地元補助金を除き、関連処理費用として東京電力福島第一原発の事故処理、廃炉、最終処分場建設、核燃サイクルに最低でも約三十兆円かかることが本紙の調べで分かった。十九日には、経済産業省が有識者会合の作業部会を開き、規制変更によって廃炉が決まった原発の廃炉費用を電気料金に上乗せする方針を固めた。高速増殖炉もんじゅの行き詰まりなど原発政策の矛盾が拡大する中、政府が国民負担を増やそうとする論議が本格化する。すでに国民は電気料金や税金で十四兆円を負担しており、今後、さらに十六兆円以上の負担を迫られる可能性がある。」
(2)新潟県や鹿児島県知事選で原発慎重派の候補が当選するなど原発への厳しい民意が強まる中で、政府が国民負担を増やしながら原発を推進するかが問われそうだ。
(3)福島第一原発の処理に必要なお金は、二〇一三年時点の見積もりを超過。二・五兆円を見込んでいた除染費が来年度予算の概算要求では三・三兆円に、被災者への賠償金がすでに六・三兆円にのぼっている。廃炉費用の見込み額も二兆円となっており、総額で十二兆円以上かかりそう。東電は自力で払うのは困難とみて政府に支援を求めた。経産省が財界人らとつくった「東京電力改革・1F(福島第一原発)問題委員会」で検討しているが、東電の経営努力で賄えない分は、電気代などを通じ国民に負担を求める方針だ。
(4)東電を除く原発の廃炉費用問題では、福島第一原発の事故後、原発の規制基準が変わったため関西電力美浜原発1号機など六基が廃炉を決定。予定より早い廃炉決定などで計三百二十八億円の積み立て不足(一三年三月末時点)が生じている。経産省は原発による電力を販売していない新電力の契約者も含めすべての利用者の電気料金に上乗せし、回収する意向だ。他の原発も合わせると合計二・九兆円(福島第一などを除く)の廃炉費用が必要だ。
(5)使用済み核燃料をリサイクルする計画の柱だった高速増殖炉「もんじゅ」の廃炉方針に伴い、経産省は代わりの高速炉を開発する。政府はすでに核燃サイクルに十一兆円(最終処分場を除く)を費やし、電気代や税金で国民が負担している。もんじゅの後継が決まれば、さらに国民負担は膨らみそうだ。
(6)核のごみの最終処分場は場所が決まっていないが、政府試算では最低三・七兆円かかる。このうち積み立て済みは国民が支払った電気代をもとにした一兆円だけ。政府は年末にかけ候補地選定作業を急ぐ予定で具体化すればさらに国民負担が増える可能性がある。
(6)政府は福島第一原発の処理問題やもんじゅの後継問題でも、年末までに方針を決める意向だ。


 この東京新聞の指摘で理解できることは、原発政策を進めるには原発建設費、地元補助金及び原発関連処理費用を含めると莫大な費用がかかるということ。
 この上に、こうした費用は、国はうやら「電気料金に上乗せする方針」であり、国民負担になるということである。
 はっきりしているのは、「原発の推進は、コストに見合うものでない。」、ということだ。


〈東京新聞より掲載〉

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 以下、東京新聞の引用。





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by asyagi-df-2014 | 2016-10-22 09:01 | 書くことから-原発 | Comments(0)

四国電力伊方原発の運転差し止め訴訟(2)

 大分地裁に起こされた四国電力伊方原発2、3号機の運転差し止めを求める訴訟について、大分合同新聞は2016年9月29日その1面で、次のように報じた。


(1)大分県内の住民264人が28日、大分県から豊後水道を挟んで最短45キロ先にある四国電力伊方原発2、3号機(愛媛県伊方町)の運転差し止めを求める訴訟を大分地裁に起こした。住民側は、伊方原発が熊本・大分地震を引き起こした日本最長の断層帯「中央構造線」のそばに位置するなど特別なリスクがあり、地震による重大事故が起きる可能性が高いと主張。大分県内も放射性物質で汚染される恐れがあり、個人の生命、身体や生活の平穏を保障する「人格権」を侵害するため、運転は許されないとしている。
(2)大分地裁での原発訴訟は初めて。原告の一部は6~7月に伊方3号機の運転差し止めを求める仮処分を申し立てており、仮処分と訴訟の審理が並行して進む。第1回口頭弁論は11月17日。伊方原発を巡っては、松山、広島両地裁でも差し止め訴訟や仮処分の審理中で、司法判断が注目される。
(3)住民側は訴状で、伊方原発で東京電力福島第1原発並みの重大事故が起きれば、風向き次第で大分県も人が住めない汚染地域を抱える可能性があり、住民の暮らしや温泉地は半永久的に失われると指摘。熊本・大分地震は中央構造線に沿って発生しており、今後、伊方原発近くの断層による地震が誘発される危険性がある―としている。
(4)四国電の設定する基準地震動(耐震設計の目安となる揺れの強さ)は最大650ガルで、他の原発と比べて過小だと主張。紀伊半島から大分まで約480キロの断層全体が動いた場合の四国電の想定も、政府の地震調査研究推進本部が約370キロの長さで評価した規模を下回っているとし、「新規制基準の適合性審査をパスしたからといって安全性が保障されたとは到底言えない」とした。
(5)訴訟は7月に発足した市民団体「伊方原発をとめる大分裁判の会」が呼び掛けた。県内在住者に絞って原告を募り、3カ月弱で玖珠、姫島を除く16市町から260人以上が集まった。
(6)伊方3号機は8月12日に再稼働、9月7日に営業運転に移行した。大分県は重大事故時に伊方町民がフェリーなどで避難する先の一つになっている。四国電によると、老朽化した1号機は廃炉が決定、2号機は「有効活用」する前提で検討するとしている。
 四国電原子力本部の滝川重理登(えりと)・原子力部副部長は「提訴に関しては訴状が届いていないのでコメントできないが、仮処分と同様に原発の安全性を丁寧に主張、立証していく」と述べた。


 以下、大分合同新聞の引用






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by asyagi-df-2014 | 2016-09-29 12:11 | 書くことから-原発 | Comments(0)

四国電力伊方原発の運転差し止め訴訟

 市民団体「伊方原発をとめる大分裁判の会」は、四国電力伊方原発の運転差し止め訴訟を大分地裁に起こす。
 このことについて、大分合同新聞は2016年9月28日、「伊方運転差し止め訴訟 三権分立の精神を守れ」と記事を掲載し、「大分県内の住民有志が今日、四国電力伊方原発(愛媛県伊方町)の運転差し止め訴訟を大分地裁に起こす。伊方原発は大分県から最短距離で45キロの対岸にあり、県民の不安の表れだ。」、「多くの大分県民が提訴に参加した。市民団体『伊方原発をとめる大分裁判の会』は当初、『原告100人以上』を目標に原告を募ったが、『県民の関心は高く』264人となった。背景は(1)4月の大地震で伊方原発に近く、国内最大級の中央構造線断層帯への波及が懸念された(2)伊方原発は国東半島の一部から見えるほど、大分県に近い(3)全国の原発が休止中でも、電力は事足りた―など。」、と報じた。


 特に、大分合同新聞は、「日本で初の原発裁判となった伊方原発1号機の設置許可取り消し訴訟」に関して、次のように伝えた。


(1)今回の提訴で脚光を浴びているのが、日本で初の原発裁判となった伊方原発1号機の設置許可取り消し訴訟。その後の原発訴訟に道を切り開いた。1973年の提訴に始まり、約20年後の92年に最高裁で上告棄却が言い渡され、敗訴が確定した。原告側裁判記録「原子力と安全性論争」を読むと、判決は国や電力業界の“安全神話”に沿った価値判断で、福島第1原発事故が必然の結果とさえ感じる。伊方原発で起きてもおかしくなかったと思う。判決は住民側の訴えをほとんど取り上げず、国(行政権)の裁量をかなり認めている。国の主張をうのみに近い状態で認めては、三権(立法、司法、行政)分立の意義を失う。
(2)桜井淳(きよし)氏(物理学者)は著書「原発裁判」で、「最高裁で判決が確定した原発訴訟のうち、原告が勝ったのは1件もない。三権分立だから国の政策を否定するような判断がときにはなされるべきだ。東京大学や日本原子力研究所など被告側専門家の知識と経験が尊重された。被告側の技術的裁量が正しいのか、国の原子力政策に寸分の誤りもないのか、踏み込む判断はなされていない」と指摘している。
(3)原告側は大事故時の被害を専門家により予測した。風下方向の住民が受ける被害について(1)10キロ以内(2)10キロから15キロ(3)15キロから20キロ(4)20キロから250キロ―に分けて予測している。(1)は「全て死亡する」。(4)は大分県が全域入り、「立ち退かなければ、全員が急性放射線障害を受ける。四国、九州、中国地方の大部分が入る。急性障害にがんなどの晩発性障害、遺伝的障害が加わる」と警告している。
(4)この訴訟で住民側弁護団長を務めた藤田一良氏(故人)側から裁判を見詰めた「されど真実は執拗(しつよう)なり」がこのほど出版された。「全ては、原発建設という結果ありきで仕組まれている。まともに仮想事故を評価して立地審査したら、日本で原発を建てるところはない」と裁判の感想を述べている。訴状には「地震国のわが国においてさえ、これ以上の悪条件を備えた地点は他にないと思われる。伊方に原発設置が認められた場合は、今後原発についての立地審査はすべて無意味になるだろう」としている。
 43年前の伊方原発提訴以降、福島第1原発事故など原発訴訟を巡る環境は大きく変化した。裁判所には三権分立に沿った判断を望みたい。多くの県民が裁判の行方を見守っている。


 以下、大分合同新聞の引用。





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by asyagi-df-2014 | 2016-09-28 12:18 | 書くことから-原発 | Comments(0)

壊される前に考えること。そして、新しい地平へ。「交流地帯」からの再出発。


by あしゃぎの人
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