カテゴリ:連帯を通して-いろいろの場で( 2 )

「近づく巨大地震と津波-過去から学ぶ将来の減災対策とは」。岡村教授の講演会に参加しました。

 大分市のトキハ会館で、2016年11月6日、岡村眞高知大学教授の講演会が開催されました。
「近づく巨大地震と津波-過去から学ぶ将来の減災対策とは-」と題された講演会は、大分県保険医協会の主催で、参加費無料で行われました。
岡村教授の講演内容で、特に心に残ったものは次のものでした。


Ⅰ.南海地震は、必ず来る。その前提に立って自分で判断する。
Ⅱ.自分の生きてきた物差しで将来を判断するな。
Ⅲ.地震と災害は分けて考える。


 岡村教授は、このことについて、映像も含めて緻密に説明してくれました。
特に、南海地震について、「1948年」「1605年」「1707年」「1854年」「1946年」と例示すれば、この10年以内にこの地震は起こる、との歴史から学ぶことの重要性の指摘に圧倒されました。
 また、この歴史から言えば、これまでの過去の南海地震の歴史から、「南海地震の起こる前の30年前ぐらいから内陸で活動が活発になる」、との根拠を示してくれました。
 さらに、大分の人たちに向けてこんな言葉を残してくれました。


「南海地震の津波では、1分以上揺れたら逃げてください。」
「その前に、日頃から、自分が何メートルの位置にあるのかを確認すること」
「大分では、20メートル以上あれば逃げない方がよい」
「府内地区は構想ビルの上にいるのと一緒」

「2mの津波が来ると、木造家屋は全壊する」
「Ⅰmの津波で、98.5%が死亡」
「地震による木造家屋における死亡の92%が1階」
「3.11地震では、死亡のうち92%が津波による」


 岡村教授の講演から、「揺れがおこる前に、すべての準備を終えること。それは、ケガをしないこと、ひいては生きていることが大事。」、と確認しました。
このことの意味が、地震と災害は分けて考えることの意味だと気づきました。


 最後に、岡村教授は、「伊方原発は活断層がないとして、構造物が華奢に作られている。」、と目を見開いて指摘しました。
 「P派は1秒で来る。しかし、原発の制御棒は、3.75秒必要だ。」、と。
 まずは、原発を伊方に作ったことが間違いであったし、再稼働などは、とても許されるものではないということを、再確認しました。



More
by asyagi-df-2014 | 2016-11-09 05:43 | 連帯を通して-いろいろの場で | Comments(0)

第45回憲法記念日講演会に参加しました。

 2015年5月3日、大分市の大分県教育会館で第45回憲法記念日講演会が開催されました。
 教育会館の大ホールでは、名古屋市の弁護士の川口創さんの「立憲主義の破壊に抗う」と題した講演があり、350名が参加しました。

 川口さんは、安部晋三政権の憲法改正に向けての強引で姑息なやり方に対抗するためには、まずは、集団的自衛権の意味するところ、それは戦争の実態を知ることであると最初に訴えかけました。
 イラクの子どもを救う会制作のイラク戦争のビデオを観る中で、この中で写し出された戦争の実像こそが、今後「参戦する」戦争の姿であり、「集団的自衛権」の意味するところであると説明しました。  
 また、安部晋三政権の「この道しかない」とするやり方は、「同盟ジレンマ」を悪用した常套手段であり、日本を歯止めなく戦争に巻き込むことになる。そしてその結果、アメリカの世界戦略に自衛隊を差し出すことになると。
 この自衛隊を差し出すということは、現在の戦争が「テロとの闘い」の構図になっている以上、罪のない普通の市民が自衛隊によって殺されるということでもあると。
 つまり、現在私たちは、加害者になっていいのかということを問われていると。
 川口さんは講演の最後を、会場の参加者に向けて、「このまま思考停止したままでいいのか。この問題を創造力を持って考える必要がある。」とまとめました。


 この間の安部晋三政権の強引なやり方は、米国に従属した米軍再編という言葉に集約される。
 例えば、ホワイトカラー・エグゼンプションの実現に向けてのやり方一つを見ても、「強い者のための政治」の貫徹を「この道しかない」と情緒的に譲らない。あわせて、こちら側が、「思考停止」している状況を同時に作りだしてしまっている。このことによって、基本的人権や民主主義が大幅に後退させられることがわかっているにもかかわらずである。

 とするならば、川口さんからの問いかけに、一人ひとりが、自分の頭で考えて動き出すしかないではないか。


 最後に、川口さんが配布した「2008年4月17日 名古屋高裁イラク派兵違憲判決」の判決文の次の抜粋を肝に命じたい。


「平和的生存権は、現代において憲法の保障する基本的人権が平和の基盤なしには存立し得ないことからして、全ての基本的人権の基礎にあたって、その享有を可能ならしめる基本的権利である。
 例えば、憲法9条に違反する国の行為、すなわち戦争の遂行、武力の行使等や、戦争の準備行為等によって、個人の生命、自由が侵害されまたは侵害の危機にさらされ、あるいは、現実的な戦争等による被害や恐怖にさらされるような場合、また、憲法9条に違反する戦争の遂行等への加担・協力を強制されるような場合には、平和的生存権の主として自由権的な態様の表れとして、裁判所に対し当該違憲行為の差止請求や損害賠償請求等の方法により救済を求めることができる場合があると解することができ、その限りでは平和的生存権の具体的権利生がある。」


by asyagi-df-2014 | 2015-05-03 16:01 | 連帯を通して-いろいろの場で | Comments(0)

壊される前に考えること。そして、新しい地平へ。「交流地帯」からの再出発。


by あしゃぎの人
画像一覧