カテゴリ:書くことから-いろいろ( 265 )

社説、論説から。~デーリー東北20171112~

全国の新聞社の気になる社説、論説を不定期に取り上げて考える。
多くの内容は、「社説・論説-47NEWS」からの紹介となる。




 デーリー東北は2017年11月12日、「米海軍機のタンク投棄 地元への丁寧な説明必要」、とその時評で論評した。
在日米海軍の動きを改めて知る必要を感じている。
デーリー東北は、「米海軍機が先月17日、三沢対地射爆撃場(三沢市、六ケ所村)付近の太平洋の制限水域内に燃料タンク1個を投棄した。米側は事故に当たらないとの見解で幹部から地元へ直接の陳謝や説明等はない。一方、三沢市漁協は安全面の危機感を訴えるほか、タンクの未回収も問題視。双方の認識の違いが際立つ。」、と伝える。
 デーリー東北は、この問題について次のように記す。


(1)「三沢基地に一時配備中の電子戦機EA18Gグラウラーが訓練中、タンクから機体へ燃料の転送不良が発生、予防的措置としてパイロットがマニュアルに従いタンクを切り離した。機体はそのまま三沢基地に帰投。現時点で実害は報告されていない。」
(2)「タンクは落下の衝撃で破損し海底に沈んだとされる。残存燃料は揮発性が高く拡散もされ、環境への影響はほとんどないという。投棄された海は岸から約8キロ沖。午前7時~午後8時の訓練中は船の往来が制限され、漁業補償の対象となっている。落下に対する地元側の不安は根強い。」
(3)「従来から市はタンク投棄を『重大事故』にカウントしている。また、8月には米海兵隊の垂直離着陸輸送機MV22オスプレイが三沢を拠点に六ケ所村や北海道の訓練に参加。その際は事故がなかったものの、防衛省が今月8日に公表した飛行10万時間当たりの事故率は9月末の時点で過去最悪の3・27だった。」


 この上で、デーリー東北は、このことの問題点等について次のように主張する。


(1)「市漁協の山崎文男組合長は『海は漁業者にとって生活の基盤』と訴える。全国的に、このところ航空機のトラブルが多発している印象を拭えない。こうした情勢を踏まえ、米側には今まで以上に地元への丁寧な説明を求めたい。投棄や事故が起きた場合にとどまらず、普段から小まめに情報提供する姿勢があってもいいのではないか。」
(2)「タンクを回収しない方針にも疑問は残る。落としたのは制限水域内でも、その後の潮の流れで海底のタンクが移動し漁網や漁具を破損させる可能性があるからだ。過去にも飛行機の落下物の被害は出ている。日米地位協定で補償の対象となってはいるが、被害の確定まで時間が掛かるほか、うやむやのままに終わることもあるという。」
(3)「グラウラーについては2012年に市が『一時配備であり基地機能強化に当たらない』として受け入れた経緯がある。しかし、その後はおおむね半年ごとに別々のグラウラー部隊が間断なく三沢に展開、実質的な常駐と見る向きもある。」
(4)「市の掲げる基地との共存共栄は相互理解の下に成り立つはずだ。意思疎通の努力を怠ってはいけない。」


 三沢市は、「市の掲げる基地との共存共栄」、という路線らしい。
しかし、次のような問題点を見た時、沖縄からの叫びにもにた要求となんと近いのだろうと感じる。
例えば、次のデーリー東北の指摘は、これまでに琉球新報や沖縄タイムスが何度指摘したことかと、あきれてしまう。


①「落としたのは制限水域内でも、その後の潮の流れで海底のタンクが移動し漁網や漁具を破損させる可能性があるからだ。過去にも飛行機の落下物の被害は出ている。日米地位協定で補償の対象となってはいるが、被害の確定まで時間が掛かるほか、うやむやのままに終わることもあるという。」
②「しかし、その後はおおむね半年ごとに別々のグラウラー部隊が間断なく三沢に展開、実質的な常駐と見る向きもある。」
③「米側には今まで以上に地元への丁寧な説明を求めたい。投棄や事故が起きた場合にとどまらず、普段から小まめに情報提供する姿勢があってもいいのではないか。」


 「目下の同盟」の役割を賢明に果たすことを使命とするばかりでは、日本人の命を守れなくなるのは、目に見えている。
 安倍晋三政権よ。肝に命じよ。




by asyagi-df-2014 | 2017-11-21 08:05 | 書くことから-いろいろ | Comments(0)

社説、論説から。~河北新報20171110~

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 河北新報は2017年11月10日、「被災地ホストタウン/「復興五輪」問い直す契機に」、とその社説で論評した。
 河北新報は、「五輪に向け、被災自治体の国際交流を支援する国の事業『復興【ありがとう】ホストタウン』への応募が10月31日現在、岩手、宮城、福島の被災3県で計11市村(岩手5、宮城2、福島4)にとどまる。」ということから、「東日本大震災の被災地と、2020年東京五輪・パラリンピックとの距離がなかなか縮まらない。」、と指摘する。
 また、河北新報は、「震災の際、支援してくれた海外の国の人たちに復興したまちの姿を見てもらい、幅広い交流活動を行うという。融和と連帯は五輪の重要な精神でもある。だが、復興途上の被災地が抱える厳しい現実と、かみ合わない。政府の東京オリンピック・パラリンピック推進本部事務局は、低調の原因をしっかり見極め、被災地の実情に即した中身の濃い事業として組み立て直すべきだ。」、と分析するのである。
 河北新報は、続ける。



(1)「今回、事務局は全国の自治体を対象にした従来のホストタウン事業とは別に、『被災地特化』の事業を新設。要件を緩和するなどして3県の自治体が取り組みやすくした。
事業の発表は今年9月半ば。3県ごとに開いた説明会で応募を始め、10月末で締め切った。衆院選のさなかの大慌ての作業だったと分かる。」
(2)「3年後の本番に向け、早く準備を整えたい意図だったのかもしれないが、拙速は否めない。結果として参加11市村ではいかにも寂しい。募集を打ち切らず継続するという。不参加自治体では『応援職員の手を借りているのに(この事業のために)新たな人手は割けない』『復興自体がこれから』『優先順位を考えると難しい』などと困難さを訴える声が多い。」
(3)「こうした実情を事務局はどこまで把握していたのか。自治体側とのコミュニケーションは十分取れていたのだろうか。甚だ疑問だ。」


 こうしたことに対して、河北新報は、このように訴える。


(1)「震災時に海外から支援の申し出があったのは、163カ国・地域と43の国際機関。加えると、東京五輪の参加見込み国数とほぼ同数になる。世界中から差し伸べられた善意はいくら感謝してもし切れない。各自治体が機会を捉えて謝意を伝えたり交流したりするのは当然だろう。」
(2)「しかし、それが東京五輪のタイミングでなければならない理由はないはずだ。」
(3)「それぞれのまちのペースに合わせ、将来にわたって長続きする交流の枠組みを国は考えてほしい。被災地の意に沿い、負担軽減や人材派遣など支援の充実も不可欠だ。」
(3)「招致活動の段階から『復興五輪』という言葉が希望の旗印のようにして登場し、被災者の頭越しに使われてきた。地元関係者の中には『被災地が利用されていると感じる』といぶかる人もいる。」
(4)「幸いにも、岩手県出身の鈴木俊一五輪相(岩手2区)が指揮を執る。被災地は五輪とどう向き合うべきかを真剣に議論すべきだ。スローガンではない『復興五輪』の内実を確かめたい。」


 確かに、「世界中から差し伸べられた善意はいくら感謝してもし切れない。各自治体が機会を捉えて謝意を伝えたり交流したりするのは当然だろう。しかし、それが東京五輪のタイミングでなければならない理由はないはずだ。それぞれのまちのペースに合わせ、将来にわたって長続きする交流の枠組みを国は考えてほしい。被災地の意に沿い、負担軽減や人材派遣など支援の充実も不可欠だ。」、との河北新報の指摘は当然である。。
 残念ながら、復興途上の被災地が抱える厳しい現実と、政府のやり方がかみ合っていない。そもそも、「復興五輪」の位置づけそのものが不当なものであったのではなかたっか。
 むしろ、安倍晋三政権の本質的な弱者救済に向き合わない政治方針がもたらす必然的結果である。
 そのため、「招致活動の段階から『復興五輪』という言葉が希望の旗印のようにして登場し、被災者の頭越しに使われてきた。地元関係者の中には『被災地が利用されていると感じる』といぶかる人もいる。」(河北新報)、ということになっている。




by asyagi-df-2014 | 2017-11-19 06:45 | 書くことから-いろいろ | Comments(0)

社説、論説から。~沖縄タイムス20171110~

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 沖縄タイムスは2017年11月10日、「[オスプレイ事故率最悪]欠陥機との疑念深まる」、とその社説で論評した。
 どういうことなのか。
 沖縄タイムスは、「墜落やトラブルの頻度は異常としか言いようがない。住宅がひしめく沖縄で、このままオスプレイの運用が続けば、いつ住宅地に落ちてもおかしくないと、住民が不安を強めるのは当然である。」、と指摘する。
 沖縄タイムスは、このことに関しての事実を、次のように説明する。


(1)「米海兵隊輸送機MV22オスプレイの10万時間当たりの重大事故(クラスA)の発生率が9月末時点で3・27となったと、防衛省が発表した。クラスAには、死亡事故や被害総額が200万ドル以上となる事故が分類される。」
(2)「海兵隊全機の事故率は2・72で、オスプレイの数値が大きく上回った。2012年に米軍普天間飛行場へ配備する際、政府は事故率が1・93で海兵隊全機の平均を下回ると安全性を強調した。今回の事故率はその数値の約1・7倍に増えており、『安全』の根拠は崩れたことを意味する。」
(3)「事故率の算定の起点は03年10月からで、ことし9月末までにオスプレイのクラスA事故は10件発生した。そのうち3件はこの1年内に起こっており、事故率が上昇する要因となった。」
(4)「昨年12月、普天間所属のオスプレイが名護市の海岸に墜落し、米兵2人が負傷した。ことし8月には、また普天間のオスプレイがオーストラリア沖で墜落、3人が亡くなった。9月にはシリアで過激派組織『イスラム国』の掃討任務に当たっていたオスプレイが墜落、2人が負傷した。」
(5)「事故率を引き上げた墜落のうち2件が普天間所属機の事故であり、クラスA以外でも伊江島補助飛行場、奄美、大分、石垣と県内外の空港で緊急着陸が相次いでいる。」
(6)「政府は毎年、米側から米会計年度末の9月末時点で、事故率の情報提供を受けている。12年9月末では1・65、13年は2・61、14年2・12、15年2・64、16年は2・62で、17年は配備から5年で、過去最悪の数値となった。」


 沖縄タイムスは、こうした事実のうえに、次のように主張する。


 「航空機は一般的に、運用開始から早い時期の事故率は高くなる傾向があるが、飛行時間の増加に伴い低減する。事故原因となるさまざまな要因が取り除かれるからだが、その後は老朽化によって再び事故率が上がるとされる。普天間配備前と比べ、事故率が約2倍に増えているオスプレイが欠陥機との疑念は深まるばかりだ。普天間配備を直前まで隠した上、当時の事故率を示し安全と説いてきた政府は、『事故率だけで安全性を評価するのは適当ではない』という。事故率などが示す現実を前に、政府は『安全な機体』と主張するなら、その根拠を示すべきである。」
 


 また、沖縄タイムスは、「6日の日米首脳会談で、両首脳は、沖縄の負担軽減のために在日米軍再編を進めることを確認したという。言葉とは裏腹に、沖縄では負担軽減の実感はない。オスプレイへの不安は強まり、米軍嘉手納基地は外来機の『拠点』と化して、騒音被害が深刻になっている。地元が反対するパラシュート降下訓練はことし少なくとも9回を数えた。米軍再編では、県民の意向を無視して、辺野古新基地建設が強行されている。」、という実態を前にして、次のように断ずる。


 「負担軽減につながらない現在の日米の方針は、見直されるべきである。」


 確かに、「事故率だけで安全性を評価するのは適当ではない」、という詭弁は、事故率の低さをオスプレイの安全性の説明に利用してきた日本政府のこれまでの手法を自らが否定するものである。
 安倍晋三政権は、この事故率の問題は住民の命の問題に直結するということを、まず第一に捉え直さなくてはならない。




by asyagi-df-2014 | 2017-11-18 21:24 | 書くことから-いろいろ | Comments(0)

社説、論説から。~琉球新報20171109~

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 琉球新報は2017年110月9日、「嘉手納爆音控訴審 飛行差し止めで救済を」、とその社説で論評した。
 嘉手納爆音訴訟をどれぐらいの人が知っているのだろうか。それも、今回の口頭弁論が第3回嘉手納爆音訴訟だということを。
しかも、琉球新報が「被害放置の実態を救済することこそ司法の役割である。」と言わざるを得ない被害実態であることを。
 第3次嘉手納爆音訴訟控訴審の第1回口頭弁論が。2017年11月7日、福岡高裁那覇支部で開かれた。この訴訟は、「米軍嘉手納基地の周辺住民2万2048人が国を相手に夜間・早朝の米軍機飛行差し止めなどを求めている。」(琉球新報)ものである。
琉球新報は、まず、第3次嘉手納爆音訴訟控訴審の第1回口頭弁論で、日本政府の許されない姿勢ぶりについを次のように伝える。


(1)「第3次嘉手納爆音訴訟控訴審の第1回口頭弁論が7日、福岡高裁那覇支部で開かれた。米軍嘉手納基地の周辺住民2万2048人が国を相手に夜間・早朝の米軍機飛行差し止めなどを求めている。」
(1)「国側の主張は耳を疑う。『最近の(嘉手納基地周辺の)騒音は軽減している』と言うのだ。」
(2)「口頭弁論の日、嘉手納に暫定配備された最新鋭ステルス戦闘機F35Aが訓練を開始した。嘉手納町の測定で、道の駅かでなで107・7デシベルを記録した。ちょうど自動車の2メートル前でクラクションを聞いた音に相当する。嘉手納高校は騒音で授業を中断した。米軍岩国基地所属のFA18戦闘攻撃機も飛来し、常駐のF15などと共に激しい騒音をまき散らした。」
(3)外来機のF16戦闘機が訓練を始めた5月8日前後の51日間を嘉手納町が比較した結果、町全体の騒音発生回数は50・7%増の6698回、苦情件数は1・8倍の94件に上っている。」
(4)4月から7月までの4カ月間で、航空機騒音規制措置(騒音防止協定)で飛行が制限されている午後10時から午前6時までの夜間・早朝の離着陸は647回あった。


 また、琉球新報は、これまでの経過を次のように説明する。


(1)「嘉手納基地周辺は、憲法で保障されている基本的人権、生存権が侵害されている。1982年の第1次訴訟提起から35年。いまだに騒音被害は改善されず不条理が繰り返されている。」
(2)「一審判決は「違法な爆音被害が漫然と放置されている」と爆音の違法性を認定しながら、『第三者行為論』を持ち出して、国には米軍機の運航を規制し制限できる権限がないとして飛行差し止め請求を退けた。」


 琉球新報は、第3次嘉手納爆音訴訟控訴審に向けて次のように結ぶ。


(1)「国に権限がないと司法は判断したが、実際には日米合同委員会で合意した騒音防止協定がある。実効性がないと指摘されるため、規制を強化し実効性ある内容に見直すよう促すことはできるだろう。「第三者行為論」を持ち出すことは、司法の責任放棄につながる。ぜひ控訴審で踏み込んでもらいたい。」
(2)「口頭弁論で国は『賠償額は高額で不当』と主張した。高額になったのは被害の大きさを反映させたからだろう。」
(3)「一審判決は、健康被害について高血圧症発生のリスクなど一部を認定した。騒音への感受性の高い子どもにより大きな影響を及ぼしている可能性や、戦争を経験した住民らに戦争時の記憶、不安をよみがえらせることも認めた。午後7時から午前7時まで静かにしてほしいという原告の主張は、決して『ぜいたくな願い』ではない。」
(4)「もはや夜間・早朝の飛行を差し止めなければ、根本的な解決にならないことは明らかだ。爆音の違法性がこれ以上放置できない段階に来ていることを、控訴審を通じて明らかにしてほしい。」


 「午後7時から午前7時まで静かにしてほしい」という真っ当な願いが、「ぜいたくな願い」と一蹴される地域がある。
 「第三者行為論」という自分たちの枠組みでしか通用しない言葉で、生活者を翻弄し、追い込むことが許されていいはずはない。




by asyagi-df-2014 | 2017-11-16 08:02 | 書くことから-いろいろ | Comments(0)

百田尚樹から「悪魔に魂を売った記者」という異名を授けられた記者からの投げかけ。人のあり方とは。

 沖縄タイムスに[大弦小弦]というコーナーがある。
 普通はコラムと呼ばれるものなのかもしてない。
 2017年11月6日、その「大弦小弦]に、阿部岳記者の「作家の百田尚樹氏から『悪魔に魂を売った記者』という異名をいただいた」という記事が掲載された。
百田尚樹と阿部岳、この二人の人間そのものあり方を見ることができる機会である。


 話の始まりは、「先月末に名護市で開かれた講演会。事前に申し込んで取材に行くと、最前列中央の席に案内された。壇上でマイクを握った百田氏は、最初から最後まで私を名指しして嘲笑を向けてきた」、ということであった。
 「作家の百田尚樹氏から「悪魔に魂を売った記者」という異名をいただいた。出世のために初心を捨て、偏った記事を書いているからだという。数百人の聴衆がどっと沸き、私も笑ってしまった」、という阿部記者であった。
 そんな阿部記者が、「特異な状況だからこそ、普通に取材する。そう決めたが、一度メモを取る手が止まった。」、と。
 なんと、「『中国が琉球を乗っ取ったら、阿部さんの娘さんは中国人の慰み者になります』」、との百田尚樹の発言がなされたという。
 新聞記者阿部岳は、[大弦小弦]にこのように書き込む。


(1)「逆らう連中は痛い目に遭えばいい。ただし自分は高みの見物、手を汚すのは他者、という態度。あえて尊厳を傷つける言葉を探す人間性。そして沖縄を簡単に切り捨てる思考。」
(2)「百田氏は2015年に問題になった自民党本部の講演でも『沖縄のどこかの島が中国に取られれば目を覚ますはずだ』と話している。県民は実際に沖縄戦で本土を守る時間稼ぎの道具として使われ、4人に1人が犠牲になった。歴史に向き合えば本土の側から口にできる言葉ではない。」
(3)「差別と卑怯(ひきょう)は続く。百田氏はなおも『反対派の中核は中国の工作員』などとデマを並べ、沖縄への米軍基地集中を正当化する。『沖縄大好き』というリップサービスがむなしい。」


 ポピュリズムを装うことで自らを正当化してきた百田尚樹の手法は、どうしても被差別者や被抑圧者を自らの存在価値を示すものとして必要とする。
百田尚樹は、被差別者や被抑圧者をより一層落とし込むことでしか自らの存在を証明できない。
阿部岳は、言論人として、このことに立ち向かうしかない。
もしかしたら、今は、この違いがわからなくなった時代なのかもしれない。





by asyagi-df-2014 | 2017-11-15 07:27 | 書くことから-いろいろ | Comments(0)

社説、論説から。~河北新報20171106~

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 河北新報は2017年11月6日、「所有者不明土地/歯止めかける総合的対策を」、とその社説で論評した。
日頃から、中山間地での生活の中で、10年後、20年後の自らの生活の成り立ちに不安を実際に感じている者として、目に見える大きな課題として捉えている。
河北新報からこのことを考える。
河北新報は、まず、「日本の、そして地域社会の将来に計り知れない『損失』を与えかねない問題である。」、とこのことを捉える。
 何が問題なのか。
 それは、「持ち主が分からなくなっている土地が、増加していることだ。所有者が亡くなった後に資産価値が低く、売買の機会が少ない土地を中心に、相続登記が長年更新されてこなかったからである。」、ということだ。
 河北新報は、こう説明する。



(1)「増田寛也元総務相ら民間有識者でつくる研究会は先頃、推計を発表。所有者不明土地が2040年に今の1.8倍の約720万ヘクタール(北海道の約9割の広さ)に増える可能性があり、その間の経済的損失は計約6兆円に上るという。税収や街づくりをはじめ、影響は幅広い分野に及ぶ。持ち主が判然としない宅地、農地、林地などがこれ以上増えないよう、総合的な対策を早期に講じなければならない。」


 では、「具体的に、どんなマイナスの影響があるのか。」、について。


①「まずは固定資産税の徴収がままならなくなる。関係者の同意が必要な公共事業では、所有者を特定する調査に多くの費用と手間・時間がかかる上、事業そのものの遅れや変更を余「儀なくされかねない。そうした事例は、東日本大震災の復旧・復興事業で続出した。津波被災地の高台移転事業における移転先の変更や事業の遅滞といったケースであり、この問題を顕在化させる契機になった。」
②「悪影響は、それだけにとどまらない。所有者が不明ということは、土地の管理が行われていないということだ。街の中の宅地であれば、景観や治安の悪化につながる恐れがある。農地や林地なら耕作もされず荒廃し、洪水や土砂災害を防ぐ機能が低下。災害を甚大化させかねない。今後、持ち主不明地が一層拡大すると予想されるのは「人口減の加速化で、宅地を含めて土地を利用する目的がなくなる」(増田氏)からだ。」
③「特に地方で深刻化する。相続人である地方出身の都市住民にとって田舎の土地は利用の見込みがない。買い手もつかず、手放そうにも行き場がない。そんな土地が増える。早急に手を打つ必要がある。」


 河北新報は、「知恵を絞りたい。」、と次のように提案する。


①「政府もやっと対策づくりに乗り出した。所有者不明地に利用権を設定し、公共性の高い事業に活用する仕組みを検討する。相続登記の促進に力を入れるのは当然のことだ。登記は権利の保全が目的。義務ではなく任意であり、名義書き換えの手続きが面倒で税負担もあって費用がかさむことも敬遠される要因だ。義務化を含めて、制度を見直す必要がある。手続きの簡素化や税の軽減にも努めたい。」
②「同時に重要なのは、人口減に伴い増加が想定される、利用見込みがない土地の対策。その受け皿づくりである。放置されれば、物理的な荒廃と共に、相続未登記による権利関係の複雑化がさらに進む。そうした土地について利活用を含め、いかに管理するか。公有化も選択肢に、受け皿整備に知恵を絞りたい。」


 確かに、河北新報の次の指摘は再確認する必要がある。


Ⅰ.「固定資産税の徴収がままならなくなる。関係者の同意が必要な公共事業では、所有者を特定する調査に多くの費用と手間・時間がかかる上、事業そのものの遅れや変更を余儀なくされかねない。」
Ⅱ.「所有者が不明ということは、土地の管理が行われていないということだ。街の中の宅地であれば、景観や治安の悪化につながる恐れがある。農地や林地なら耕作もされず荒廃し、洪水や土砂災害を防ぐ機能が低下。災害を甚大化させかねない。」
Ⅲ.「特に地方で深刻化する。相続人である地方出身の都市住民にとって田舎の土地は利用の見込みがない。買い手もつかず、手放そうにも行き場がない。そんな土地が増える。早急に手を打つ必要がある。」





by asyagi-df-2014 | 2017-11-13 09:21 | 書くことから-いろいろ | Comments(0)

社説、論説から。~デーリー東北20171105~

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 デーリー東北は2017年11月5日、「イカ連続不漁 魚種交代への備え必要」、とその時評で論評した。
今夏、呼子のケンサキイカが不良で北海道等から持ち込んでいるとの話を聞いていた。
 どうやら、イカの不良は深刻な問題になっている。
デーリー東北からこのことを考える。


(1)「八戸、三沢両港など北奥羽地方のスルメイカ漁は3年連続の不漁となる公算が大きくなっている。海洋の中期的な寒暖変動が背景となっている可能性があり、長期化すれば地域産業への影響拡大が懸念される。」
(2)「スルメイカは国内のイカ水揚げの大半を占める。日本一の水揚げを誇る八戸港は、全国にイカを供給する一大拠点となっており、漁業者のみならず、仲買、加工、小売、運送などと関連産業の裾野は広い。市も『イカの街』を標榜(ひょうぼう)している。不漁は太平洋側に来遊する『冬生まれ群』の資源減少が要因。このため近海を漁場とする巻き網船、小型イカ釣り船の落ち込みが特に大きく、八戸では昨年、約30年ぶりに水揚げ量が2万トンを割り込んだ。今年は9月末までで前年を1割ほど下回るペースで推移している。」
(3)「専門家が資源減少の背景にあると指摘するのが、冬生まれ群の産卵場となる東シナ海の環境変化だ。2015年冬に強い寒気が流れ込み、イカが生まれる1~3月の水温を低下させた。低いと幼生(子ども)の生き残りが悪くなることが研究で分かっている。
続く16年冬は水温低下に加え、水温が高い黒潮の接近によって産卵に適した水温域が狭まった。元々、親イカが少ないところに前年に続いての環境変化が響き、さらに資源水準が低下する最悪の事態に陥った。」
(4)「問題は産卵場の環境変化が一時的なものにとどまるかどうかだ。専門家は産卵場さえ最適な水温になれば、資源量は一気に回復すると指摘する。半面、地球規模の環境変動による寒冷化であれば、長期化は避けられない。」
(5)「日本周辺を含む北太平洋は十数年規模で寒暖の変動を繰り返し、それに伴って海の生態系も変化してきたことが知られている。1970年代後半~90年代序盤の寒冷期にはスルメイカが激減し、代わりにマイワシが増えている。現在もマイワシが増加傾向にあり、状況は当時と不気味に符合する。昨年は八戸でもマイワシの水揚げ数量がスルメイカを逆転している。ただ、中期的な寒冷期入りを否定する材料もあり、専門家でも判断がつきかねているのが現状だ。長期的には地球温暖化が進んでいるため、寒冷期は短期にとどまるとの指摘もある。」


 最終的に、デーリー東北は、「『イカの街』の針路は、東シナ海の産卵場が左右していると言えるだろう。不漁の長期化が杞憂に終わるのを願うが、魚種交代への対応など備えが必要な時に入ったのではないか。」、と提起している。


 確かに、「専門家は産卵場さえ最適な水温になれば、資源量は一気に回復すると指摘する。半面、地球規模の環境変動による寒冷化であれば、長期化は避けられない。」、ということが問題なのである。
 このことが、デーリー東北の指摘する「魚種交代への対応など備えが必要な時に入ったのではないか。」、という段階まで来ているのであれば、注視しなければならない。




by asyagi-df-2014 | 2017-11-12 06:01 | 書くことから-いろいろ | Comments(0)

社説、論説から。~琉球新報20171105~

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 琉球新報は2017年11月5日、「降下訓練直前通告 米軍の野放図許されない」、とその社説で論評した。
 何が問題なのか。
 「米空軍がうるま市の津堅島沖で、パラシュート降下訓練を実施した。県とうるま市が反対しているにもかかわらず、訓練が強行された。しかも県側に訓練が通告されたのは、実施のわずか2時間前だ。」、琉球新報は指摘する。
どうして問題なのか。
 琉球新報は、「パラシュートが降下した時、周辺海域には民間漁船が航行していた。訓練実施を知らなかったのだろう。極めて危険だ。県民を愚弄(ぐろう)するにもほどがある。」、と断ずる。
 琉球新報は、この問題の経過を次のように示す。


(1)「1996年の日米特別行動委員会(SACO)では、読谷補助飛行場でのパラシュート降下訓練を伊江島に移転実施することで合意した。しかし米軍は合意以降も嘉手納基地や津堅島沖での訓練を強行している。」
(2)「97年以降に津堅島で訓練が実施されたのはこれで15回だ。うち8回は今年の実施だ。つまり19年間で実施された数を上回る訓練が今年だけに集中実施された。米軍が津堅島沖での訓練を恒常的に行う方針を決めたとしか思えない。言語道断だ。」
(3)「海兵隊も同じ日に宜野座村城原区の集落近くにあるキャンプ・ハンセン内のヘリパッドで、垂直離着陸輸送機MV22オスプレイ3機と大型輸送ヘリCH53Eの離着陸訓練を実施している。」


 この上で、琉球新報は、次のように主張する。


(1)「オスプレイは昨年12月に名護市安部で墜落した。CH53Eは先月11日に東村高江で炎上事故を起こしている。事故を起こしても上空を飛び続ける。沖縄では米軍のやりたい放題がまかり通っている。」
(2)「それを許しているのが日本政府だ。米軍の嘉手納基地での降下訓練について、政府は日本側が例外的に認める訓練に該当しないとして『承服できない』との立場を取っている。このため県は7月の抗議の際、8月に予定されていた日米外務・防衛担当閣僚による安全保障協議委員会(2プラス2)で議題に取り上げるよう要求した。しかし2プラス2で日本側は地元の『懸念』を伝えただけだ。正式な議題というより言及しただけにとどまり、共同発表にも盛り込まなかった。なぜ米側に遠慮するのか。あまりの卑屈な態度にあきれるほかない。」
(3)「米軍が津堅島沖で訓練を急増させたり、直前になって通告したりしているのは、日本政府の弱腰姿勢を見抜いているからだ。このままだと訓練拡大は避けられない。」
(4)「先月末には海軍が読谷村の都屋漁港の沿岸約1キロ先でヘリによるつり下げ訓練を実施した。米軍は村側に一切事前連絡していない。現場海域は漁船が日常的に行き交う場所で、定置網やジンベエザメのいけすも設置されている。」
(5)「もはや沖縄全域が米軍の訓練場と化している。読谷村では1965年、パラシュート訓練で投下されたトレーラーに小学5年の女児が押しつぶされて命を落とした。同じ悲劇を繰り返してはいけない。これ以上、米軍の野放図な行動を許すわけにはいかない。」


 確かに、「97年以降に津堅島で訓練が実施されたのはこれで15回だ。うち8回は今年の実施だ。つまり19年間で実施された数を上回る訓練が今年だけに集中実施された。米軍が津堅島沖での訓練を恒常的に行う方針を決めたとしか思えない。」、という状況が生まれている。 そしてこのことは、「もはや沖縄全域が米軍の訓練場と化している。」、ということなのだ。




by asyagi-df-2014 | 2017-11-11 06:02 | 書くことから-いろいろ | Comments(0)

社説ではないんですが、こんな記事が。~神戸新聞20171108~

 実は、どこかほっとするこんな記事が時には読みたかったのです。
 新聞を読む醍醐味ですよね。
 神戸新聞は2017年11月8日、「『だいすきな木をきらないで』 桜並木に児童の張り紙、見つけた市職員は…」、との記事を掲載しました。
 話はこんなものでした。


(1)阪急六甲駅を北に向かうと桜並木が広がる。春にはお花見スポットとして親しまれるこの並木の一部が近く伐採されることになった。そんな折、近隣に住む小学生と思われる人から「桜の木を切らないで」と訴える手紙が木に張り付けられた。それをきっかけに地域の大切な桜を巡り、小学生と管理者の間で手紙のやりとりが続き-。

(2)事の始まりは夏。桜を管理する神戸市東部建設事務所が、以前の大型台風で桜並木の一部が倒れたことから、街路樹を調査した。50年以上前からある桜54本のうち、13本が老朽化による倒木の危険性があると分かった。このため、該当する桜に「近日中に撤去します」と書いた赤いテープを巻き付けた。

(3)数日後、桜の木に張り紙が。「小4男子」を名乗る差出人からかわいらしい字で書かれた「ぼくのだいすきな木をきらないでください」という一文。事務所はこれを見て、木を伐採するやむを得ない理由と、桜を大切に思ってくれていることへの感謝の気持ちを返事として張り出した。

(4)するとその後、同じ児童とみられる筆跡で封筒入りの手紙が届いた。差出人は木が切られる理由に納得したようで、「また新しい桜を植えてほしい」とつづってある。数十粒のヒマワリの種も同封されていた。事務所は感謝の気持ちを込めて2度目の返事を張り出したのだった。

神戸新聞は、記事の最後をこのように綴っています。


「同事務所に尋ねてみた。『小学生が街路樹を大切に思う気持ちが何よりうれしかった』とやりとりをした公園緑地係長の志方功一さん(39)。『歩道という制約から、支柱を立てて木を補強したり、土の状態をよくしたりするのが難しい。地元に愛される桜並木だが、人々の安全を考えると伐採は仕方がないということも分かってほしかった』と胸のうちを語った。手紙がやりとりされた桜には先日、11月中に撤去する旨の張り紙が追加された。近く伐採されるという。」(勝浦美香)


 働く側の「小学生が街路樹を大切に思う気持ちが何よりうれしかった」という気持ちが、よく染みこんできた。




by asyagi-df-2014 | 2017-11-09 12:29 | 書くことから-いろいろ | Comments(0)

社説、論説から。~東京新聞20171103~

 東京新聞は、017年11月3日、71年前の日本国憲法が公布された日にちなんで、「憲法公布71年 平和主義は壊せない」、と社説で訴えた。
東京新聞は、二つつのことを訴える。
 一つ目は、「七十一年前の今日、日本国憲法が公布された。それが今や自民党の九条改憲論で揺さぶられる。平和主義がこの憲法の大価値観であることを確かめたい。」、と。
東京新聞は、日本国憲法の平和主義について、次のように記す。


(1)日本国憲法では国民の権利などを定めた第三章の前、第二章に戦争放棄が置かれている。天皇が第一章であるから、日本国憲法の特徴をよく表した順に書かれていると説明されることが多い。
(2)憲法学者の杉原泰雄一橋大学名誉教授は違う解釈をしている。なぜ権利より戦争放棄が先なのか。杉原氏が子ども向けに書いた「憲法読本」(岩波ジュニア新書)でこう説明する。
 「戦争は国民を殺す」:<伝統的には、軍隊と戦争は、外国の侵略から国家の独立と国民の基本的人権を守るための手段だと考えられてきました>、<明治憲法下の戦争は、一般の国民にも他の諸民族にもたいへんな損害と苦痛をあたえました。そして、とくに広島と長崎の経験は、戦争が国家の独立と国民の基本的人権を守るものではなく、国民を皆殺しとするものに変質したことをはっきりと示すものでした>
(3)太平洋戦争だけでも、死者・行方不明者は三百万人を超え、沖縄では県民の三分の一が殺された。広島・長崎での犠牲は言うまでもない。アジア諸国の犠牲も…。戦争をしては人権を守るどころか、人命や財産まで根こそぎ奪われてしまう。平和なしには基本的人権の保障もありえない。そんな思想が憲法にあるというわけだ。一つの見方、解釈である。しかし、深い悔悟を経て自然に出てくる見方であり、さらに将来への約束でもあるだろう。
(4)このことは憲法前文からも読み取れる。平和主義が大きな価値観として書かれているからだ。短い文章の中に「平和」の文字が次々と現れる。
(5)前文に「平和」の星々が:<日本国民は、恒久の平和を念願し…>、<平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して…>、<われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しよう…>、<平和のうちに生存する権利を有する>
(6)かつ前文は民主主義や国民主権、平和主義を「子孫のために」や「恒久の」「永遠に」などの言葉を尽くし、将来にわたり保障されることを誓う。人類普遍の原理に基づくから、「これに反する一切の憲法(中略)を排除する」とも明確に述べている。
(7)だから、この原理に反する憲法改正論は当然、許されない。平和主義もまた、それを打ち壊してはならないと考える。
(8)他国の憲法にも変えられない部分は当然存在する。例えば、ドイツ憲法はナチスの反省から国民主権と人権の改正は行えないし、フランス憲法では共和国制の改変はできないなどと書き込んでいる。


 東京新聞は、「この原理に反する憲法改正論は当然、許されない。平和主義もまた、それを打ち壊してはならないと考える。」、ということの理由を次のように指摘する。


(1)日本国憲法でも基本的人権については「侵すことのできない永久の権利」と記す。平和主義も前文を読む限り同等であろう。つまり原理として書かれているのではないか。
(2)自民党は九条に「自衛隊明記」の改憲論を打ち出している。まだ具体案が見えないが、単なる明記で済むのか。戦力不保持と交戦権否認との矛盾が問われ、論争が再燃しよう。何せ違憲とされる「集団的自衛権行使」ができる自衛隊に変質している。
(3)それだけでない。憲法に書かれる機関は、天皇、内閣、国会、裁判所、会計検査院である。そこに自衛隊が加われば格上げは必至で防衛費は膨らむだろう。今や核兵器保有論者さえも存在する。周辺国の脅威を喧伝(けんでん)すれば、なおさら日本が軍拡路線を進み出し、軍事大国への道になりはしないか。それは憲法が許容する世界ではあるまい。平和主義からの逸脱であろう。「自衛隊明記」の先には戦争が待ってはいないか、それを強く懸念する。


 そして、二つ目は、「今はやはり憲法前文が掲げる原点に立ち返って考えるべきときなのではなかろうか。」、と。


(1)吉田茂内閣で憲法担当大臣だった金森徳次郎は、七十年前の憲法施行日に東京新聞(現在の中日新聞東京本社)の紙面で、日本国憲法の本質を寄稿している。名古屋市出身で旧制愛知一中から東京帝大、大蔵省を経て法制局長官。戦時中は失職したが終戦後、貴族院議員に勅任された人物である。

(2)<今後の政治は天から降ってくる政治ではなく国民が自分の考えで組み立ててゆく政治である。国民が愚かであれば愚かな政治ができ、わがままならわがままな政治ができるのであって、国民はいわば種まきをする立場にあるのであるから、悪い種をまいて、収穫のときに驚くようなことがあってはならない>


 東京新聞は、「一人一人の英知がいるときだ。」、と結ぶ。


 確かに、日本国憲法の前文は、「民主主義や国民主権、平和主義を「子孫のために」や「恒久の」「永遠に」などの言葉を尽くし、将来にわたり保障されることを誓う。人類普遍の原理に基づくから、「これに反する一切の憲法(中略)を排除する」とも明確に述べている。」。したがって、「日本国憲法の平和主義の原理に反する憲法改正論は当然、許されない。平和主義もまた、それを打ち壊してはならないと考える。」、というものである。
 しかし、それは一人一人の不断の努力から生まれるということなのだ。




by asyagi-df-2014 | 2017-11-09 07:59 | 書くことから-いろいろ | Comments(0)

壊される前に考えること。そして、新しい地平へ。「交流地帯」からの再出発。


by あしゃぎの人
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