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2017年1月2日の「TOKYO-MXTV」の番組「ニュース女子」。(4)-DHCシアターが、「ニュース女子」についての見解を発表。-

 標題について、DHCシアタ-は2017年1月20日、「DHCシアターでは今後もこうした誹謗中傷に屈すること無く、日本の自由な言論空間を守るため、良質な番組を製作して参ります。」、とした見解を発表した。
 この見解について要約します。なお、下線は筆者が加えています。


Ⅰ.「のりこえねっとのチラシに記載された5万円と茶封筒の2万円について」

(1)当該VTRではのりこえねっとのチラシを元に5万円の交通費が支払われていると紹介しましたが、これはその是非を問うものではなく、事実のみを紹介した。
(2)日当2万円の根拠についても、貰ったと証言されている方がおり、その茶封筒は反対派で占拠されている状態の基地ゲート前で拾われ、証言と茶封筒の金額が一致しているところからも合理的な疑いを持たざるをえません。
(3)VTRでは「可能性を指摘する」ものとし「2万円の日当」を断定するものではなく、疑問として投げかけております。
○以上のことから、表現上問題のあったものだとは考えておりません。


Ⅱ.「二見杉田トンネルの向こう側の取材を断念した件について」


(1)高江ヘリパッド周辺はご存知のように反対派の暴力行為や器物破損、不法侵入などによって逮捕者も出るほど過激化。
(2)地元の方々からは二見杉田トンネル以降にもいくつかの危険があると助言されております。
(3) 証言によれば、二見杉田トンネルは高江までは距離がありますが、以前同トンネルから4、5キロほど離れた汀間漁港で反対派の方と高江の作業員の方との交通事故があり、これは高江の作業現場から汀間漁港まで、反対派の方が作業車を追い回した結果起きてしまった悪質な事故であったこと。
(4)トンネルから高江ヘリパッドの間では基地反対派によって車両のナンバープレートが記録され、基地ゲート前に到着する前に暴力的に阻止された、等々の証言。
(5)これらの情報の中には裏りができ取ないものもあり、番組では一切使用しておりません。
○番組制作者としては事前調査の段階で、こうしたリスクも踏まえ、現場取材者や協力者、撮影スタッフの安全に配慮するのは当然のことと考えます。


Ⅲ.「基地反対派の取材をしないのは不公平との批判について」


○そもそも法治国家である日本において、暴力行為や器物破損、不法侵入、不法占拠、警察官の顔写真を晒しての恫喝など数々の犯罪や不法行為を行っている集団を内包し、容認している基地反対派の言い分を聞く必要はないと考えます。


Ⅳ.「『のりこえねっと』の抗議声明について」


(1)声明には『「韓国人がなぜ反対運動に参加するのか」などと、人種差別にもとづくヘイト発言を行いました。』とありますが、外国人の政治活動については、昭和53年、マクリーン事件の最高裁判決で、「外国人の政治活動の自由はわが国の政治的意思決定又はその実施に影響を及ぼす活動等を除き保障される。」と示されたように、外国人の政治活動の自由は全てが保障されているわけではなく例外があります。
(2)その上で問題提起していることは、人種差別、ヘイトスピーチに該当するとは考えておりません。
○これら言論活動を言論の場ではなく一方的に「デマ」「ヘイト」と断定することは、メディアの言論活動を封殺する、ある種の言論弾圧であると考えます。


 この見解によって、読み取れることは次のことである。


(1)DHCが考える「合理的な疑い」とは、予断偏見に基づく、自己解釈した偏った『事実』であること。
(2)DHCの「合理的な疑い」の中味には、「情報の中には裏りができ取ないものもある」が、予断偏見に基づく自己解釈した偏ったDHCにとっての「事実」であるので、この「事実」をあらためて深く検証することなく報道することは、問題ないと考えていること。
(3)DHCにとっての「事実」に反することについての「言い分」(反論)は考慮する必要はないと考えていること。
(4)DHCは、「外国人」の「正当」な政治活動は許されるものではないと考えるため、このことを批判するためにDHCが使用した手法は、「人種差別、ヘイトスピーチ」に該当したとしても、「人種差別、ヘイトスピーチ」にはあたらないと考えていること。


 さて、この『見解』について、三上智恵さんは、ジャーナリズムの根幹に立って、そのブログでこのように記している。
 是非、立ち止まって噛み締めるべきだ。


MXのニュース女子が
デマを堂々と放送して
悪びれてない件

中央紙も取り上げる騒ぎになって
こんな沖縄ヘイトをやれば
放送局は赤っ恥だと
分かってくれたらいいなと
思っていたが

ニュース女子の制作費を出しているだけでなく
MXの大スポンサーである
DHCが
トンデモ見解を出した

二見トンネルから北は
取材を断念せねばならないほどの
危険地帯だという
その根拠が述べられているが
本人が書いている通り
裏が取れてない話だそうで
(゚∀゚)

二見以北が怖いんだったら
どっこもロケなんてできないね
不自由な人たちだ


 以下、DHCの見解及び三上智恵さんのFBの引用。






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by asyagi-df-2014 | 2017-01-27 08:20 | 書くことから-いろいろ | Comments(0)

日米地位協定の実像です。

 沖縄タイムスが、「米軍、国道を一時封鎖…120台が最大20分足止め 沖縄」、という記事を2017年1月19日に掲載していました。
 何と、「米軍が18日夜、沖縄県宜野座村松田区潟原の国道329号を封鎖し、故障したキャンプ・シュワブ所属の水陸両用車2台を民間のトレーラーに載せた。封鎖は午後10時半ごろから断続的に1時間以上続き、少なくとも120台の車が最大20分ほど足止めされた。警察官ではなく、米兵が通行規制に当たった。通りがかった沖縄市の男性(39)は『110番したのに、言葉の通じない米兵が規制している。怖いし迷惑だ』と話した。米兵らによると、2台は故障のため16日から止まっていた。」、というものでした。


 ふと考えます。
 この記事を読んで日本人はどう思うのだろうかと。
 いや、この記事を目にすることさへないのだろうと。


 小口幸人弁護士は、そのブログでこう綴っています。


国道329を封鎖されたらもの凄く困るのですが。
さて、日本人がこれをやるには、国道事務所の許可をとって事前に封鎖日と封鎖時間を広く広報して回り道の誘導などを適切にしてからですかね。いきなり封鎖したら往来妨害罪ですね。
ところが米軍様がいきなりやってもお咎めなし。さすが、不平等極まりなくとんでもない内容で全く改定されない日米地位協定。
沖縄が特別?いえいえ法的には米軍様はどこでもできますよ。国道1号線でも246でもいつでもどこでも。
あれ、ここはどこの国でしたっけ?本当に日本は主権国家でしたっけ?「日本を取り戻す」を掲げる人が総理になって4年経ちましたが。肝心要のアメリカから取り戻す作業は進まないし進める気もない?


 小口幸人弁護士は、私たちのために、わざわざ書いてくれています。


「沖縄が特別?いえいえ法的には米軍様はどこでもできますよ。」




by asyagi-df-2014 | 2017-01-26 08:29 | 書くことから-いろいろ | Comments(0)

2017年1月2日の「TOKYO-MXTV」の番組「ニュース女子」。(3)-沖縄二紙、しんぶん赤旗-

 この問題について、しんぶん赤旗は2017年1月7日、「2日放送の東京MXテレビ「ニュース女子」が、沖縄県東村高江のオスプレイパッド建設をとりあげた番組で、反対する人々を『過激派暴力集団』と誹謗(ひぼう)中傷しました。“マスコミが報道しない真実”とのタイトルをつけながら、何者かに雇われているかのように『日当5万円をもらっている』『週休2日』などとでっちあげのコメントを並べました。『反対派の中には中国人や韓国人までいる。なんでこんなやつらまで」と人種差別につながる発言まで飛び出しました。」と報道し、「『これ以上米軍基地をつくらせない』という県民と全国の思いをどうしてもへし折りたいのか。民意に背く安倍政権のもとで、ゆがんだメディアの在り方が問われています。」、と伝えました。
 また、沖縄の二紙はそれぞれの社説で、沖縄タイムスが2017年1月12日「[「沖縄ヘイト」番組]真偽不明 悪意むき出し」、琉球新報が2017年1月13日「ヘイト番組放送 沖縄への偏見拡大恐れる」、とこの問題について論評しました。
沖縄の二紙の論評のまとめはが次のものです。


Ⅰ.事実
(沖縄タイムス)
(1)番組は「マスコミが報道しない真実」と題してジャーナリストの井上和彦氏の取材ビデオが流され、スタジオでゲストらが意見を述べ合った。
(2)ビデオでは「光広」「2万」と書かれた出所不明の茶封筒を示し、高江で反対する人は「日当をもらっている」と決めつける。だが、自腹を切って自主参加しているのがほとんどだ。
(3)ヘイトスピーチ(憎悪表現)に反対する団体「のりこえねっと」は交通費5万円を支給し、本土から高江に「市民特派員」を送っている。公開された要項にも財源はカンパであると書いているにもかかわらず、あえて「分からない」と強調。共同代表で在日3世の辛(シン)淑玉(スゴ)さんを取り上げ「反対運動を扇動する黒幕の正体は?」「韓国人はなぜ反対運動に参加する?」などと悪意に満ちたテロップを流した。辛さんは人権侵害だとして放送倫理・番組向上機構(BPO)に申し立てるという。
(4)こういった情報はネット上には氾濫しているが、放送法の規制を受ける地上波から流れるのは極めて憂慮すべき事態である。


(琉球新報)
(1)東京のローカル局・東京メトロポリタンテレビジョン(東京MX)が、米軍北部訓練場のヘリコプター着陸帯(ヘリパッド)建設に反対する市民をテロリストに例えるような内容の番組を放送した。住環境や自然環境の破壊を懸念する地域住民や東村高江で抗議行動を続けてきた市民、県民をおとしめる重大な人権侵害だ。見過ごすわけにはいかない。
(2)MXテレビ前で12日、抗議行動があり、参加者は「番組はヘイトスピーチそのもの」などと訴え、謝罪訂正、検証番組の放送を求めた。反対運動の背後にある組織として名指しされた団体は、放送倫理・番組向上機構(BPO)に人権救済を申し立てる考えだ。
(3)問題の番組は2日放送のニュースバラエティー番組「ニュース女子」で、反対する市民をテロップで「過激派デモの武闘派集団『シルバー部隊』 逮捕されても生活の影響もない65~75歳を集めた集団」と説明するなど、根拠なく反対運動を中傷している。
番組出演者からは「テロリストみたいだ」「大多数の人は米軍基地に反対とは聞かない」と一方的に決めつける発言もあった。反対市民に日当が支払われているというデマも、あたかも事実のように伝えた。
(3)驚くことに番組は東村高江での抗議行動の現場を直接取材したわけでない。「反対派の暴力で近寄れない」として、抗議現場から直線距離で約25キロ離れた場所で取材を取りやめたという。反対運動を取り上げるなら現場を取材すべきではないか。理解し難い行動だ。


Ⅱ.問題点
(沖縄タイムス)
(1)ビデオは辺野古新基地建設に反対する人たちを車内から撮影、「過激派デモの武闘派集団シルバー部隊」とテロップを映し、「万一逮捕されても生活に影響が少ない65歳以上のお年寄りを集め、過激デモ活動に従事させているという」とのテロップとナレーションが流れる。テロップやナレーションにする以上、誰からの情報なのかを明示する必要があるのに一切ない。
(2)そもそも、この番組には、なぜ、沖縄の人たちが辺野古や高江で抗議活動をせざるを得ないかの根本的な視点が欠けている。辺野古新基地建設を巡っては選挙で反対の民意が繰り返し示され、世論調査でも反対が賛成を上回っている事実には言及しない。
(3)苛烈な沖縄戦を体験、復帰前の米軍統治下の圧政にあらがい、「これ以上の基地負担はもうできない」という心情にも触れようとしない。


Ⅲ.主張
(沖縄タイムス)
(1)東京のローカル局、東京MXテレビが2日に放送した報道バラエティー番組「ニュース女子」で、高江ヘリパッド建設問題を取り上げた。反対する人たちの声は1人も流されないまま「カメラを向けると襲撃に来る」「テロリストみたい」などと表現。「反対派の中には韓国人はいるわ、中国人はいるわ」と人種差別につながる発言があった。MXテレビは本紙の質問に対し明確な回答をしていない。事実関係の説明を求める。
(2)「ポスト真実」(POST-TRUTH)の時代といわれる。POST-は「後に」「次の」という言葉で、ソーシャルメディアで不正確な情報が繰り返し流され、客観的な事実や真実が重視されない状況を意味する。米大統領選では虚偽情報がネット上を駆け巡った。クリントン氏を標的にしたものが多く、大統領選の結果に影響を与えたとの見方もある。事実ではない情報で敵をつくり、快哉(かいさい)を叫ぶ。民主主義の根幹を揺るがす危険な動きである。


(琉球新報)
(1)沖縄に対する許し難い誹謗(ひぼう)中傷だ。公共の電波を使った沖縄に対するヘイトスピーチ(憎悪表現)と断ずるしかない。なぜこのような番組を制作し、放送したのか明確に説明すべきだ。
(2)番組自体はネット上で流布しているデマの寄せ集めだ。このような番組で、国民の間に沖縄への偏見や無理解が広がることを何よりも恐れる。
(3)ヘリパッドや辺野古新基地の建設に反対する市民、県民は豊かな自然と住みよい生活環境を求めているだけだ。訓練場や新基地建設を強行する政府に異を唱えるだけで「テロリスト」という悪質なレッテルを貼ることは受け入れられない。猛省と、番組によって損なわれた人権の回復をMXテレビに求めたい。


 確かに、「沖縄に対する許し難い誹謗(ひぼう)中傷だ。」(琉球新報)。
 したがって、東京MXは、「なぜこのような番組を制作し、放送したのか明確に説明すべきだ。」(琉球新報)。





by asyagi-df-2014 | 2017-01-23 09:59 | 書くことから-いろいろ | Comments(0)

2017年1月2日の「TOKYO-MXTV」の番組「ニュース女子」。(2)

 この問題について、のりこえねっとは2017年1月5日付で、「辛淑玉を誹謗(ひぼう)中傷する虚偽報道に対する抗議声明」を公表した。
 その抗議は次のようにまとめられる。


Ⅰ.主張
(1)私たちは、この事実を深刻に受け止め、TOKYO-MXTVに対して、強い憤りをもって抗議します。そして、同番組によって傷つけられた人権と名誉の回復と補償を求めるため、必要なあらゆる手段を講じます。
(2)言うまでもなく、高江で起っている事実を取材し、その情報を提供することは、ヘリパッド建設に対する賛否とは別の問題であり、そのことを根拠に反対派が「金欲しさに運動している」などと報道するのは意図的な歪曲であるばかりでなく、この問題に対する人々の理解を間違った方向に誘導するものです。TOKYO-MXTVが予断を持たずに少しでも取材を行っていれば、反対運動に参加する多くの人々が手弁当で現地を訪れ、自主的に活動に参加していることが分かったはずです。しかし、私たち「のりこえねっと」関係者は同テレビ局から事前にまったく取材を受けておらず、意見の聴取はおろか単純な事実確認すらされていません。
(3)同テレビ局のこのような報道姿勢は、あきらかに放送法第4条がかかげる「報道は事実をまげないですること」「意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること」という基本的な報道規範を逸脱するものです。
(4)「のりこえねっと」共同代表辛淑玉に関する「ニュース女子」の報道内容は、昨年成立したヘイトスピーチ対策法(「人種等を理由とする差別の撤廃のための施策の推進に関する法律」が規定する不当な差別的言動に当たるものと言わざるを得ません。
(5)私たちは、私たち「のりこえねっと」の名誉と社会的信用、そして、共同代表である辛淑玉の人権と名誉を傷つけた同テレビ局の行為に対して、厳しく指弾し、抗議します。
同時に、小なりといえども情報発信を行う市民メディアの一員として、このような同テレビ局の報道機関としての倫理的退廃と社会規範からの逸脱に対して、憤りをもって批判し、抗議するものです。


Ⅱ.抗議の根拠及び事実
(1)沖縄・高江のヘリパッド建設問題について、反対運動の參加者の多くに対して金銭による報酬が支払われているという虚偽報道を行い、さらに、「のりこえねっと」共同代表の辛淑玉に対して人種差別にもとづく憎悪扇動表現をも行いました。
(2)高江におけるヘリパッド建設について、私たち「のりこえねっと」は、建設の背景に日本とアメリカによる沖縄差別が存在することを指摘し、反差別と人権擁護の視点から批判してきました。そして、現地で建設を強行する日本政府が重大な人権侵害を行っていることを、ネットを通じて広く内外に伝える活動を行ってきました。私たちは、私たちの活動が、日本の既存マスメディアが行っている報道とは異なる視点から情報を提供することで、この問題についての多様で多面的な認識を醸成し、健全な民主主義を構築することに寄与してきたと自負しています。
(3)しかし、そのような私たちの活動に対し、TOKYO-MXTVが1月2日に放送した「ニュース女子」は、「反対派は何らかの組織に雇われている」「反対運動を扇動する黒幕の正体は?」としたうえ、私たちが人々からの寄付で現地に市民特派員を派遣したことを、「5万円日当を出す」などと反対派が金銭目的で運動に参加している証拠であるかのように歪曲して報道しました。さらに、「のりこえねっと」共同代表の一人である在日三世の辛淑玉に対し、「韓国人がなぜ反対運動に参加するのか」などと、人種差別にもとづくヘイト発言を行いました。
(4)また、これも取材をすれば簡単に分かることですが、ヘリパッド建設を批判する人々の中には日本以外の国籍を持つ人も多数います。米軍基地をめぐる日米両政府の沖縄への強権的・差別的対応は、国籍にかかわらず、この国で生きるすべての人々、とりわけ在日を含むマイノリティにとって重大な問題だからです。にもかかわらず、辛淑玉が在日であるからという理由でその活動を否定的に報道することはヘイトスピーチそのものであることを、同テレビ局は深く認識すべきです。
(5)そもそも、同テレビ局が社会における有限の資源である地上波を独占的に利用できるのは、その放送が公共性に資するという前提があるからです。放送事業者はその公共性を自覚し、放送法の理念でもある正確で公正な報道の実践を自らに課す重大な倫理的使命を帯びています。にもかかわらず、今回のTOKYO-MXTVの報道は、この使命に反するものでした。


 確かに、「TOKYO-MXTV」の番組「ニュース女子」は、放送法第4条に違反し、あきらかに基本的な報道規範を逸脱する。




by asyagi-df-2014 | 2017-01-22 08:14 | 書くことから-いろいろ | Comments(0)

2017年1月2日の「TOKYO-MXTV」の番組「ニュース女子」。

沖縄の小口幸人弁護士のブログで見つけました。
 打越さく良(うちこしさくら)弁護士は、TOKYO-MXTVの問題について、次のようにまとめてくれています。
 実は、この問題については、2017年1月3日の三上智恵さんのブログで、こんな風に紹介されていました。


正月から性根の腐った番組を
紹介したくはないんですが

東京メトロポリタンテレビの
報道と標榜する
悪質な番組に
高江のことがとんでもない取り上げられ方をしてて
これを見た人たちの中に
信じてしまう人も
結構出て来ると思うと
頭がいたい

反対運動はテロで過激派で
中国と韓国人が多くて
日当の封筒が落ちてて
その黒幕は、、、

というネット上のデマから生まれて
そのままの内容を作りに
沖縄まで来て
真実を見ようともしないで
安易な興味本位な企画構成で
ジャーナリストと称する人が
ドヤ顔でそれを伝えている

この局の番組審議委員会が
まず不適切を指摘すべきだ

自浄作用がないなら
沖縄と沖縄県知事に対する
名誉毀損として
県から正式に抗議するべきだ

二見杉田トンネルの前に立って
この向こうは高江で
ここから先は危なくていけないからここで引き返した
なんてリポート取ってたけど

恥ずかしくない?
そこから高江は40分以上ありますよ
人食い部族に潜入する
かわぐちひろし探検隊だって
もっとそばまで行ってから
引き返すはずよ

質の悪いテレビ製作者と
質の悪い視聴者の結託を
解消させる特効薬はないものか?


 さて、打越さんの文章をそのまま掲載します。


「ニュース女子」ショック

 沖縄・高江の米軍ヘリパッド建設に反対する人たちを「テロリスト」と表現し、「日当をもらっている」、「組織的に雇用されている」等と「報道」(?)した1月2日のTOKYO-MXTVの番組「ニュース女子」が私の周辺では激震というくらいに話題になった。動画自体はYouTubeにアップされては削除されている(現時点ではこちら)。
 ひどいという言葉で想像できるものを超えている。ここで逐一指摘するのも、きつい作業だ。と思っていたら、有り難いことに、どこがどのように問題があるか検証したツイートのまとめhttps://togetter.com/li/1066931https://togetter.com/li/1067201も既にある。以下に一部触れるが、詳細は動画やツイートのまとめを参考にしていただきたい。

「現場」にいかない「現場レポート」

 番組の前半、沖縄の基地問題の特集コーナーで、「軍事ジャーナリスト」の井上和彦氏が沖縄を訪れたVTRが流される。
 「反対運動の連中がカメラを向けるとみてます」などとぼやかした画面が出るが、その場所は高江でなく、名護署前であり、人々が抗議しているのは市民の不当逮捕についてであることも触れられていない。
 人々に井上氏が近づくシーンでいったん途切れ、次はロケ中止を説明するシーンになってしまう。テロップには「このままだと危険と判断 ロケ中止」とあるが、映像はどうみても穏やかに立っている人々だけの画像で、「盛り上げ」ているのは、「襲撃されないですか?」というナレーションや「近づいたら危ない」というスタッフの声ばかり。「近づくと一人ふたり立ち上がって敵意をむき出しにしてきてかなり興奮した感じ」と井上氏は解説するも、肝心の「一人ふたりが立ち上がり敵意を…」シーンはなく、視聴者には観られない。「危険」「敵意」も制作者側の「評価」であって事実ではない。

 続いて「過激派デモの武闘派集団「シルバー部隊」 逮捕されても生活の影響のない65歳〜75歳を集めた集団」のテロップ。予め反対派には「過激派」というレッテルを貼ってしまうのだ。「万が一逮捕されても影響が少ない六十五歳以上を過激デモ活動に従事させている」として、反対派に「シルバー部隊」がいると説明される。しかし、そんな「部隊」はない。どんな運動でも、平日日中空いた時間があるのは、退職者が多いものだろうに…。「過激派デモ」「武闘派集団」「シルバー部隊」、といった悪意ある評価のレッテルのオンパレード。「逮捕されても生活の影響もない」年齢層なんてない。誰にとっても拘束されるのは痛手であるし、高齢者ならばなおさら体にはこたえる。いったい何を言っているのか。さらに、「集まった」でなく「集めた」という言葉を選択することにより、自発的に集まったのではなく、「何者かに操作され集められた」印象を生じさせもする。

 「トンネルの先が高江のヘリパッドの建設現場」というトンネルの手前で「地元関係者から現場付近が緊迫してトラブルに巻き込む可能性」があるとしてロケ断念。視聴者としては当然このトンネルを通過したらその場が「緊迫した高江のヘリパッド建設現場」かと思う。ところが、このトンネルは二見トンネルで、トンネルを通過してもそこには高江のヘリパッド建設現場があるわけではない。約40㎞も離れているのだとか(「「沖縄の基地反対派は日当もらっている」MX報道 その根拠となる証拠とは」2017年1月7日11:01籏智広太記者)。それに、この記事が指摘するように、BuzzFeedその他報道機関、フリーランスのジャーナリストは現地で取材できているのに、車で1時間以上手前で取材を止めた上で「現場では何が起きているのか」をレポートすると銘打つのはいかがなものか。スタジオトークでは「他のメディアもカメラを向けると入れない」との発言までしているが、虚偽である。

中傷、ヘイト…

 また、のりこえねっとに触れながら、のりこえねっとが「ヘイトスピーチに対峙し決然と対決し民族や国境の壁を越えて人権の普遍的価値を擁護し、防衛する行動」(設立宣言)を続けようとしているのだが、スタジオトークではその活動を「隙間産業ですね。何でもいいんです盛り上がれば」と矮小化して中傷される。「何でもいいんです盛り上がれば」と呆れたいのはこっちだ…(嘆息)。

 「反対派は日当をもらっている」「何らかの組織に雇われている」とほのめかされる。市民たちの止むに止まれぬ自発的な運動ではない印象を生じさせる。東京新聞(1月7日付け朝刊「こちら特報部」)によれば、のりこえねっと共同代表の辛淑玉さんは、「昨秋、沖縄の現状を実際に見て、ネット上で発信する特派員を募集した時、交通費として5万円を出した。カンパで5万円が集まるたびに1人派遣し、合計16人。だが、格安航空券でも、那覇空港から電車もない現地へ行くには5万円では到底足りず、みんな自腹覚悟で行った」とのこと。こんなことは、取材すればすぐわかる。思わせぶりに「2万円」が配られたという茶封筒など、その出自は最後まで不明で、反対派との関係はわからずじまい(「「沖縄の基地反対派は日当もらっている」MX報道 その根拠となる証拠とは」2017年1月7日11:01籏智広太記者)。なんなんだ…。

 スタジオトークでは、井上氏が「韓国人はいるわ、中国人はいるわ。何でこんな奴らが反対運動やってるんだと地元の人は怒り心頭」と言ったり、経済ジャーナリストの須田慎一郎氏が、辛さんについて「在日韓国人の差別と戦ってきたカリスマでお金がガンガン集まる」と述べたりした。
 反対運動に関わっている外国人は、韓国人と中国人だけではないが、あえて韓国人と中国人をあげるところに、嫌中反韓の思惑を感じ取らざるを得ない。辛さんが在日であることを強調するところにもだ。
 のりこえねっとは1月5日付で、「辛淑玉を誹謗(ひぼう)中傷する虚偽報道に対する抗議声明」を公表している。辛さんは、「ニュース女子」の制作側がのりこえねっとに取材を申し込んできたことすらないとツイートしている。
 ううむ。現場にも行かないわ、のりこえねっとに取材もしないわ…。そもそも沖縄米軍ヘリパッド建設になぜ人々が反対しているのかの解説すらない。反対する人々は「過激派」と暴力をふるう異分子、「外国人」それもあえて「中国人、外国人」、「日当をもらっている」輩というわけか。異分子扱い、分断した上で排除する…。百歩譲って政治的偏りは目をつぶっても、いくらなんでも取材すらしないなんて、ニュースというに値しないだろう。いや政治的偏りに目をつぶってはいけないか。放送法第4条1項は、「政治的に公平であること」(2号)、「意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること」(4号)を放送事業者の編集等について規定しているのだから。

ニュースは事実を公平に伝えるもののはず

 この番組は、「「タテマエや綺麗ごとは一切なし!本音だらけのニュースショー!!今話題のニュースを女性とともに考え、面白くわかりやすく解説する、大人の社交界型ニューストーク番組」
 とのことだ。タテマエや綺麗ごとはなくていいが、ニューストーク番組という以上、放送事業者として倫理は守ってもらわなくてはならない。一般社団法人日本民間放送連盟の放送倫理基本綱領も確認しよう。

「放送は、民主主義の精神にのっとり、放送の公共性を重んじ、法と秩序を守り、基本的人権を尊重し、国民の知る権利に応えて、言論・表現の自由を守る。
(略)
 放送は、意見の分かれている問題については、できる限り多くの角度から論点を明らかにし、公正を保持しなければならない。
(略)
 報道は、事実を客観的かつ正確、公平に伝え、真実に迫るために最善の努力を傾けなければならない。」
 今回のニュース女子はこの倫理に沿っているとはいえない。ヘイトスピーチにより被害者が「多大な苦痛を強いられるとともに、当該地域社会に深刻な亀裂を生じさせている」害悪を認め、ヘイトスピーチを「あってはならず」「許されないことを宣言」したヘイトスピーチ解消法(前文)の理念にも逆行している。

できることはある

 番組では、スタジオに「識者」として男性がずらりと並び、「教えてもらう」側に美しい女性たちがずらりと並ぶ。「男が女に教えてやる」という構図自体がなんともグロテスク。合間合間にDHCの広告が入る。番組の制作は(株)DHCシアター。同社の株主は株式会社DHCは女性の消費により得た利潤を女性へのこうした「啓蒙」に還元しようとしているのか。
 私が震撼としたこの番組について、沖縄に住むある人は「もう驚かない」と言った。こんな沖縄ヘイト、もはやありふれていると。メディアやネットで蔓延する沖縄ヘイトに、どう対抗できるだろう。番組に抗議したり、細々とSNSでつぶやいても、たかがしれている。しかし、メディアやジャーナリストの矜恃に期待して何もしないのも…。どう対抗すればいいのかだろう。おお。「♯DHC不買運動」とハッシュタグしたツイートがあらわれている。なるほど。女性は「啓蒙される」側にとどまってはいられない。消費者なら消費者として主体的に行動で意思を示せる。一人ひとりの声は小さくても、集まれば。できることから、チャレンジしよう。沖縄や在日と亀裂をつくられることにはNO、差別のない社会に少しでも近づいていきたいから。





by asyagi-df-2014 | 2017-01-21 08:30 | 書くことから-いろいろ | Comments(0)

メリル・ストリープの「決意」。

 メリル・ストリープのスピーチをTVで見ました。。
2017年1月8日に開催された第74回ゴールデングローブ賞授与式で、セシル・B・デミル賞を受賞した際のものでした。
「決意」をそこに見ました。
 メリル・ストリープに共闘の拍手を。


 クーリエ・ジャポン-が緊急全訳を掲載してくれた。
メリル・ストリープは、こんなふうに話しています。


 役者の唯一の仕事は、自分たちと異なる人々の人生に入っていくことで、それはどんな感じなのかを見ている人に感じさせることです。まさにその役目を果たした力強い演技が、この1年もいっぱい、いっぱい、いっぱいありました。息をのむ、心のこもった仕事ばかりです。

 しかし、この1年の間に、仰天させられた一つの演技がありました。私の心にはその「釣り針」が深く刺さったままです。

 それがいい演技だったからではありません。いいところなど何ひとつありませんでした。なのに、それは効果的で、果たすべき役目を果たしました。想定された観衆を笑わせ、歯をむき出しにさせたのです。

 我が国で最も尊敬される座に就こうとするその人物が、障害をもつリポーターの真似をした瞬間のことです。

 特権、権力、抵抗する能力において彼がはるかに勝っている相手に対してです。心打ち砕かれる思いがしました。

 その光景がまだ頭から離れません。映画ではなくて、現実の話だからです。

 このような他者を侮辱する衝動が、公的な舞台に立つ者、権力者によって演じられるならば、人々の生活に浸透することになり、他の人も同じことをしていいということになってしまいます。

 軽蔑は軽蔑を招きます。暴力は暴力を呼びます。力ある者が他の人をいじめるためにその立場を利用するとき、私たちはみな負けるのです。

 さあ、やりたければやればいいでしょう。


 メリル・ストリープは、このように続けます。


 さて、この話が記者につながります。私たちには信念をもった記者が必要です。ペンの力を保ち、どんな暴虐に対しても叱責を怠らない記者たちが──。建国の父祖たちが報道の自由を憲法に制定したゆえんです。

 そういうわけで、裕福で有名な「ハリウッド外国人映画記者協会」とわが映画界の皆さん、私と一緒に、「ジャーナリスト保護委員会(Committee to Protect Journalists)」の支援をお願いします。ジャーナリストたちが前進することが私たちにとって必要だし、彼らが真実を保護するために私たちが必要だからです。


 メリル・ストリープは、最後に、自らの「決意」をこのように表明します。


 最後に一言。あるとき、私はセットの周りで、何かについてグチをこぼしていました──ほら、私たちは夕飯も食べずに長時間働いたりなんだりするでしょう。そのときに、トミー・リー・ジョーンズが私に言ったんです。

 「役者でいられるって、すごい特権じゃない?」

 ええ、そうです。私たちはその特権と、共感する役目の責任をお互い確かめ合わなければなりません。私たちはみんな、ハリウッドが今夜ここで栄誉を授ける仕事に誇りをもつべきです。

 私の友人で、親愛なる去りしレイア姫が、かつて言ったように、砕かれたハートをもってアートにしましょう。


 以下、クーリエ・ジャポンの引用。






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by asyagi-df-2014 | 2017-01-18 08:18 | 書くことから-いろいろ | Comments(0)

安倍内閣総理大臣の2017年年頭所感を読んでみる。

 内閣総理大臣の年頭所感を批判するために、まとめたことは過去にはあった。
 最近は、安倍晋三の表現そのものを読むことがきつくなってしまったので、ずっと取りあげなかったのだが、沖縄タイムスが木村草太さん(以下、木村とする)、日刊ゲンダイが室井佑月さん(以下、室井とする)の文章を載せてくれたので、この両者の文章とあわせてこの年頭所感を読んでみた。
 まず、安倍晋三年頭所感で、気になったのは、次の文章表現のところである。


Ⅰ.「戦後、見渡す限りの焼け野原の中から、我が国は見事に復興を遂げました。」
Ⅱ.「如何にして『希望の光』を彼らに与えることができるか」
Ⅲ.「厳しさを増す安全保障環境」
Ⅳ.「一億総活躍社会を創り上げ、日本経済の新たな成長軌道」
Ⅴ.「積極的平和主義の旗をさらに高く掲げ」
Ⅵ.「日本を、世界の真ん中で輝かせる」


 恐らく、この六つの内容が表現するものについて、きちんと反論していくのが、2017に必要とされることになる。
 ここでは、気になる文章表現を並べてみてみて、大きな疑問符がつくものについて、少しだけ書くことにする。
ⅠとⅡについては、焼け野原の光景は本来侵略者の反省として語られなければならないはずなのに、全く安倍晋三の視野には侵略された側のことがはいっていない。もちろん、「希望の光」とは、自分たちのものだけではないはずなのにだ。
 だから、Ⅵは、独りよがりの姿勢が際立って見える。その結果は、誰からも信用されない事態を招くしかない。
 Ⅲについても、現在の環境をもたらしたのは、何が原因だったのかの検証が全くなされていないため、復古主義的な手法に頼るだけで、未来を築くことができない。これは、Ⅳについても同様である。
 Ⅴについては、意味不明、定義未定の言葉を使用するポピュリズムの典型である。


 さて、木村と室井の文章に触れる。
 最初に、 木村は、「木村草太の憲法の新手(47)首相年頭所感を考える」(沖縄タイムス:2017年1月8日)で、「この年頭所感は憲法改正に意欲を示したもの、と見る向きもある。そこで、憲法改正についてどのように考えるべきか、改めて検討したい。」、とこの年頭所感を憲法改正に係わって切り取っている。
 木村は、憲法について、「憲法は、国家権力によるさまざまな失敗の歴史を反省し、同じ過ちを繰り返さないようにするためのチェックリストだ。」、と規定したうえで。次のようにこの年頭所感を読んでいる。


「憲法を創るときには、現に生じた国家の失敗を分析した上で、『より良い解決を導くにはどうしたらいいか』と徹底的に考えられている。だからこそ私たちは、国家が何らかの失敗をしていると感じた時、憲法の条文を読み、先人たちが憲法に託した希望に学ぼうとする。そういう意味では、安倍首相が、希望というキーワードを示したことは正しい。ちなみに、私も昨年、『憲法という希望』という著作を出版した。憲法に高い関心を示す安倍首相が一読した可能性に期待したいところだ。しかし、ちまたにあふれる改憲論議の中身は、希望からは程遠く、あまりに軽々しい。」


 木村は、このことに続けて、巷に溢れている憲法改正論議の軽薄さについて、次のように指摘する。


(1)「自衛隊は今の憲法ではどう考えても違憲だ。国を守れないのは不合理だから改憲しよう」との議論をしばしば見かける。しかし、自衛隊合憲説は、頭ごなしに否定できるほど不合理な見解ではない。歴代政府はもちろん、ほとんどの政党も、合憲説を採っている。世論調査を見ても、自衛隊を違憲と評価する国民は少ない。だいたい、本気で自衛隊違憲説をとるなら、改憲が実現するまで、自衛隊は解散しなくてはならなくなるが、そこまで覚悟した提案なのだろうか。
(2)「憲法に新しい権利を書き込もう」と言う人もいる。しかし、環境権や犯罪被害者の権利、教育無償の権利を実現するには、通常の法律を作れば足りる。本気で実現したいなら、わざわざ手間のかかる改憲ではなく、法律を制定すべきだろう。


 木村は、最後にこう結論づける。日本国憲法に込められた「希望」について、まずは知るべきだ」、と。


(1)そもそも自民党も、改憲に本気なのか疑わしい。
(2)自民党改憲草案の特徴は、国民の義務を大きく増やす点にある。しかし、自分たちの義務を増やしてほしいと考える国民などそうそういないから、支持が集まるはずもない。本気で改憲を目指すなら、国民が何を求めているのか、もっと真剣に考えるべきだ。
(3)今必要なのは、もう一度、憲法を読み返し、そこに込められた「希望」を思い起こすことではないか。先人たちが、日本国憲法にどんな希望を託したのか。それを知り、それを超える理想像を描くことができたときにはじめて、私たちはより希望にあふれた憲法を手にできるだろう。


 次に、室井は、「新年から新聞を広げると、こればかり。まるでCMじゃ。安倍さんはこの国の首相だから、当たり前なのかもしれないけれど、もうマスコミは安倍政権のスローガンだけ取り上げるのを止めにしてくれないか? 言いっ放しにさせず、その後の後追い記事はもちろん、疑問や批判を挟まないなら、報道じゃなく広告だよ。安倍さんの年頭所感を載せるなら、アンダーラインを引いて、どの部分が嘘くさいか示すぐらいしろ。いっぱい突っ込みどころがあったじゃん。」、と「室井佑月の『嗚呼、仰ってますが。』突っ込みどころだらけだった安倍首相の年頭所感」(2017年1月5日)で切れ味鋭く斬ってみせる。
 また、次のように批判する。


(1)たとえば、冒頭の発言にアンダーラインを引いて、〈安倍氏のいう積極的平和主義とは、この国を守るための自衛隊が、この国とは関係ない国の争いに駆り出されることになること〉とか書かなきゃね。
(2)「女性も男性も、お年寄りも若者も、障害や難病のある方も、一度失敗を経験した人も、誰もが、その能力を発揮できる一億総活躍社会を創り上げ、日本経済の新たな成長軌道を描く」 「子どもたちの誰もが、家庭の事情に関わらず、未来に希望を持ち、それぞれの夢に向かって頑張ることができる。そういう日本を創り上げてまいります」ってとこにもアンダーライン入れなきゃだ。〈非正規労働者は増え、社会保障費は削られまくり、6人に1人の子供が貧困となった。でも、防衛費だけは奮発して、5兆円越え〉とかさ。
(3)「私たちの未来は、他人から与えられるものではありません。私たち日本人が、自らの手で、自らの未来を切り拓いていく。その気概が、今こそ、求められています」といっている。結局、最後は冷たく国民の自己責任論を持ち出すのですね。


 確かに、安倍晋三の年頭所感である。


 以下、安倍晋三内閣総理大臣年頭所感及び沖縄タイムス、日刊ゲンダイの引用。






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by asyagi-df-2014 | 2017-01-15 10:58 | 書くことから-いろいろ | Comments(0)

「説明責任を果たさない外務省の『政治的な成長の段階』は、87年時点と変わらない」

 西日本新聞は2016年1月3日、標題について次のように報じた。


(1)日本の外務省が1987年、米政府に対し、核兵器の持ち込みに関する密約を含む50年代後半の日米安全保障条約改定交渉など、広範囲にわたる日米関係の米公文書の非公開を要請していたことが、西日本新聞が米情報自由法に基づき入手した米公文書で明らかになった。密約などについて米側は要請通り非公開としていた。米公文書公開への外務省の介入実態が判明したのは初めて。

 「際限ない」米側不快感示す
(2)文書は87年4月、米公文書の機密解除審査部門責任者の一人、故ドワイト・アンバック氏が作成した「機密解除に関する日本の申し入れ書」。作成から30年たち機密解除の審査対象となる50年代の米公文書について、在米日本大使館は87年1、3月、機密を解除して国務省刊行の外交史料集に収録しないよう同省東アジア太平洋局に文書で申し入れており、同局とアンバック氏が対応を協議した3ページの記録だ。申し入れは米歴史学者の調査で判明していたが内容は不明だった。
(3)文書によると、日本側が非公開を求めたテーマは(1)「核兵器の持ち込み、貯蔵、配置ならびに在日米軍の配置と使用に関する事前協議についての秘密了解」(2)「刑事裁判権」(3)「ジラード事件」(57年、群馬県で在日米軍兵士が日本人主婦を射殺した事件)(4)「北方領土問題」(5)「安保改定を巡る全般的な討議」。(1)(2)については「引き続き(公開)禁止を行使する」との結論が明記されていた。
(4)日米外交史に詳しい菅英輝・京都外国語大教授は(1)について安保改定時の「米核搭載艦船の通過・寄港を事前協議の対象外とした核持ち込み容認の密約」だと指摘。今も関連文書の一部は非公開だ。(2)は53年の日米行政協定(現在の日米地位協定)の改定時に、米兵らの公務外犯罪のうち重要事件以外は日本政府は裁判権を放棄したとされる問題とみられるという。一方、(3)(4)(5)については事実上、要請を拒否する方針が記されていた。
(5)文書によると、アンバック氏は「われわれは広範囲にわたる際限のない非公開要請には同意できない」と強調。外交史料集刊行などに「深刻な問題を引き起こす」と警告し、全て受け入れれば関係する二つの巻のうち1巻は全体の約3分の1、残る1巻は60%以上の分量が影響を受けると懸念。「これは米政府による情報公開を外国政府が統制できるのかという根源的な問いを提起している。答えは明らかにノーだ」と強い不快感を示していた。


 また、松永勝利さんのFBでこのことが次のように紹介されています。


 西日本新聞が新年早々の1月3日、調査報道による特ダネ記事を掲載しました。
 日本の外務省が1987年、米政府に対し、核兵器の持ち込みに関する密約を含む50年代後半の日米安全保障条約改定交渉など、広範囲にわたる日米関係の米公文書の非開示を要請していたことを西日本新聞が米情報自由法(FOIA)に基づいて入手した米公文書で明らかにしました。
 日本側の要請に対して、米側は核持ち込みの密約など一部については同意したものの、そのほかの公文書については要請を拒否する方針を示したようです。
 その理由について米公文書の機密解除審査部門責任者の一人故ドワイト・アンバック氏はこう説明しています。
「これは米政府による情報公開を外国政府が統制できるのかという根源的な問いを提起している。答えは明らかにノーだ」
 米海兵隊のオスプレイ沖縄配備についても日本側が情報隠しをしていたことが分かっています。米側は1996年の日米特別行動委員会(SACO)最終報告の草案で、オスプレイの沖縄配備を明記していたにも関わらず、当時の防衛庁の高見沢将林運用課長が文言の削除を求めたため記述が消されました。沖縄県民に知らせないためです。
 その後、日本政府は沖縄側からオスプレイ配備の可能性を問われても、一貫して「知らぬ」としらを切り続け、配備を公に認めたのは、それから15年後の2011年12月のことでした。配備10カ月前のことです。
 西日本新聞が突き止めた事実は、日本政府が米国との交渉で、米国にとっては自国民に公表しても構わないと判断できる事柄についてさえ、日本国民に伝えてもらっては困ると考えるような外交を繰り返してきたことを白日の下にさらしました。
 この事実を突きつけられた外務省は西日本新聞の取材に対して
 「外交上のやりとりにつき、お答えは差し控えさせていただきます」と答えています。
 この姿勢について西日本新聞は関連記事でこう締めくくりました。「説明責任を果たさない外務省の『政治的な成長の段階』は、87年時点と変わらない」
 琉球新報としてもすぐに追いかけ取材するべきですが、公文書を入手する作業などが必要です。さらに報道まで日数を要するでしょう。
 3日夕のデスク会議で「すぐにでも沖縄の読者に伝える必要がある記事だ」と判断し、友好関係にある西日本新聞に記事の転載をお願いし、快諾していただきました。
 琉球新報の4日朝刊1面に本記、3面に関連記事を掲載させていただきました。記事冒頭に「西日本新聞提供」と断り書きを入れさせていただきました。感謝申し上げます。
 下記で西日本新聞の記事を読むことができます。
 今後も新聞連携を深めていきたいと思います。

外務省が「核密約」非公開要請 米公文書で裏付け 介入実態が判明したのは初(西日本新聞)


 松永勝利さんは、「西日本新聞が突き止めた事実は、日本政府が米国との交渉で、米国にとっては自国民に公表しても構わないと判断できる事柄についてさえ、日本国民に伝えてもらっては困ると考えるような外交を繰り返してきたことを白日の下にさらしました。」、と指摘します。
 確かに、「説明責任を果たさない外務省の『政治的な成長の段階』は、87年時点と変わらない」、との西日本新聞の結論は、まさに今を言い当てている。


 以下、西日本新聞の引用。






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by asyagi-df-2014 | 2017-01-12 09:30 | 書くことから-いろいろ | Comments(0)

2017年1月1日、社説・論説を読む。(7)-日本国憲法から-

 2017年が明けた。
 さて、どのような事態にどのように立ち向かうことになるのか。
まずは、窮乏化する同じ大地に立つこと。
そして、反撃の術を見極めること。
各紙の2017年1月1日の社説及び論説を読む。


 神戸新聞、朝日新聞で、日本国憲法から2017を俯瞰する。
 神戸新聞は、「憲法が誕生して70年。その精神は戦後日本の繁栄と安定を支えてきた。だが、人間でいえば古希を迎え、新しい憲法を目指す動きは急だ。改正に賛同する勢力は衆参両院で国会発議に必要な3分の2を超え、機能停止状態だった両院の憲法審査会も再開された。議論が新しい段階に入った憲法について考えたい。」、とする。
 朝日新聞は、「世界は、日本は、どこへ向かうのか。トランプ氏の米国をはじめ、幾多の波乱が予感され、大いなる心もとなさとともに年が明けた。保守主義者として知られる20世紀英国の政治哲学者、マイケル・オークショットは、政治という営みを人々の航海に見立てている。海原は底知れず、果てしない。停泊できる港もなければ、出航地も目的地もない。その企ては、ただ船を水平に保って浮かび続けることである――。今年の世界情勢の寄る辺なさを、予見したかのような言葉として読むこともできるだろう。と同時にそれは本来、政治にできることはその程度なのだという、きわめて控えめな思想の表現でもある。」、と端緒を開く。
 二紙の主張を要約する。


Ⅰ.事実、問題点の指摘
(神戸新聞)
(1)兵庫過労死を考える家族の会共同代表の西垣迪世(みちよ)さん(72)は、11年前に亡くなった息子のことを思い浮かべながら、その死に胸を痛めた。
 広告大手電通の新入社員だった高橋まつりさん=当時(24)=が過労自殺していたことが昨秋に明らかになった。高橋さんは「もう体も心もズタズタだ」と会員制交流サイト(SNS)などに記していた。
 西垣さんの長男和哉(かずや)さん=当時(27)=は大手IT企業でシステムエンジニアとして働き、長時間労働からうつ病を発症、大量の薬を服用して死亡した。
 2人には、ネットでSOSを発信していた点、母子家庭で育った点など共通する部分が少なくない。高橋さんらに違法な残業をさせていたとして労働局は年末、労働基準法違反の疑いで電通と幹部を書類送検した。社長は辞任を表明した。和哉さんも37時間連続など過酷な勤務だった。「もっと楽しいことがしたい。もっと健康的に生きたい」。ブログの言葉が痛々しい。
(2)悲劇を繰り返さないため、西垣さんは全国の遺族らとともに署名集めなどの運動を続け、2014年に過労死等防止対策推進法が成立した。それから2年余り。法施行後も過労死は絶えない。「日本人って何でこんなに働くのでしょうかね」と和哉さんが書いていたのを思い出し、西垣さんはむなしさを募らせる。中学校で習った憲法には「国民の命は守られるべき」とうたわれていたはずだ。
(3)13条は「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利」は公共の福祉に反しない限り「最大の尊重を必要とする」とある。25条1項は「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」とし、国に「生存権」の実現に努力する義務を課していた。人間らしく働く権利を保障する27条もある。
(4)こうした条文が守られていれば過労死など起こらないだろう。人間らしく生きることを国に求める権利は社会権と呼ばれる。中でも生存権を保障する25条は重要だ。
(5)憲法は空気のようなものだという。生きていく上で欠かせないのに、普段は存在を意識することは少ない。だが、個人の自由や権利、そして生命が危うくなる事態に陥ったときこそ、憲法の出番であろう。
 過労死で息子を亡くした西垣さんは2009年、労災認定を求めて国を相手に訴訟を起こした。死者の尊厳を求めた裁判で、立ちはだかったのは国だ。勝訴したが、西垣さんには納得しがたい気持ちが残った。「国民を守ってくれるはずの国がなぜ壁になるのか」
 命を守る国になってほしいとの思いで過労死根絶の活動を続ける。それは憲法が保障する権利を守るための運動ともいえる。


(朝日新聞)
(1)不穏な世界にあって、日本は今年5月、憲法施行70年を迎える。憲法もまた、政治の失調に対する防波堤として、大切な役割を担ってきた。その貢献の重みを改めて銘記したい。
(2)「立憲主義」という言葉の数年来の広がりぶりはめざましい。政治の世界で憲法が論じられる際の最大のキーワードだ。中学の公民の教科書でも近年、この言葉を取り上げるのが普通のことになった。公の権力を制限し、その乱用を防ぎ、国民の自由や基本的人権を守るという考え方――。教科書は、おおむねこのように立憲主義を説明する。それは人々の暮らしの中で具体的にどう働くのか。例えば、政党機関紙を配った国家公務員が政治的な中立を損なったとして起訴されたが、裁判で無罪になった例がある。判断の背景には、表現の自由を保障した憲法の存在があった。
(3)立憲主義は、時に民主主義ともぶつかる。民主主義は人類の生んだ知恵だが、危うさもある。独裁者が民主的に選ばれた例は、歴史上数多い。立憲主義は、その疑い深さによって民主主義の暴走への歯止めとなる。
(4)根っこにあるのは個人の尊重だ。公権力は、人々の「私」の領域、思想や良心に踏み込んではならないとする。それにより、多様な価値観、世界観を持つ人々の共存をはかる。ただ、こうした理念が、日本の政界にあまねく浸透しているとは到底いえない。自民党は立憲主義を否定しないとしつつ、その改憲草案で「天賦人権」の全面的な見直しを試みている。例えば、人権が永久不可侵であることを宣言し、憲法が最高法規であることの実質的な根拠を示すとされる現行の97条を、草案は丸ごと削った。立憲主義に対する真意を疑われても仕方あるまい。
(5)立憲主義にかかわる議論は、欧米諸国でも続く。一昨年のパリ同時多発テロを経験したフランスでは、非常事態宣言の規定を憲法に書き込むことが論じられたが、結果的に頓挫した。治安当局の権限拡大に対する懸念が強かった。同じくフランスの自治体が、イスラム教徒の女性向けの水着「ブルキニ」を禁止したことに対し、行政裁判の最高裁に当たる国務院は「信教と個人の自由を明確に侵害する」という判断を示した。


Ⅱ.主張
(神戸新聞)
(1)憲法の制定過程を振り返ってみたい。25条1項は当初の連合軍総司令部(GHQ)案にはなく、戦後、国会での修正協議で加えられた。1946年8月、衆議院の憲法改正の小委員会で社会党だった森戸辰男氏らが発案した。森戸氏は民間の憲法研究会のメンバーでもあった。戦前、ドイツ留学でワイマール憲法を学び、その生存権思想を採り入れたとされる。だが、何より森戸氏を動かしたのは、故郷の広島で原爆の災禍に苦しむ人々の姿、各地で生活に困窮する国民の姿だった。
(2)憲法は「米国の押しつけ」の側面が強調されがちだ。しかし、9条と並ぶ重要な支柱ともいわれる25条は、論議を重ねた末に日本が独自に加えたことを記憶しておきたい。
25条に基づき生活保護法などの法律があり、年金や医療などの社会保障制度が整備されている。
(3)憲法学者の故奥平康弘さんはこんなふうに述べていた。「憲法というものは世代を超えた国民が、絶えず未完成の部分を残しつつその実現を図っていくコンセプト(概念)である」。
(4)国民が自らの権利を保障するために国家という仕組みの運用のありようを定めたものが憲法だ。条文は抽象的な文言もあるが、国民が憲法に向き合い、活用していく中で、その精神が力を発揮する。今、憲法は暮らしにどう生かされているのだろうか。改憲の機運が高まる中、兵庫の現場から見つめ直してみたい。より幅広く、より深い議論につなげるために。


(朝日新聞)
(1)昨今、各国を席巻するポピュリズムは、人々をあおり、社会に分断や亀裂をもたらしている。民主主義における獅子身中の虫というべきか。オークショットのように抑制的で人気取りとは縁遠い政治観は、熱狂や激情に傾きがちな風潮に対する防波堤の役割を果たす。
(3)衆参両院の憲法審査会は昨年、立憲主義などをテーマに討議を再開したが、議論の土台の共有には遠い。どんな立場を取るにせよ、憲法を論じるのなら、立憲主義についての真っ当な理解をより一層深めることが前提でなければならない。
(4)個人、とりわけ少数者の権利を守るために、立憲主義を使いこなす。それは今、主要国共通の課題といっていい。環境は厳しい。反移民感情や排外主義が各地で吹き荒れ、本音むき出しの言説がまかり通る。建前が冷笑されがちな空気の中で、人権や自由といった普遍的な理念が揺らぐことはないか、懸念が募る。
(5)目をさらに広げると、世界は立憲主義を奉じる国家ばかりではない。むしろ少ないだろう。憲法学者の長谷部恭男・早稲田大教授は「立憲主義の社会に生きる経験は、僥倖(ぎょうこう)である」と書いている。であればこそ、立憲主義の理念を、揺らぎのままに沈めてしまうようなことがあってはならない。
(6)世界という巨大な船が今後も、水平を保って浮かび続けられるように。


 「立憲主義の社会に生きる経験は、僥倖(ぎょうこう)である」(長谷部恭男・早稲田大教授)であるとするなら、それでもやはり、「立憲主義の社会に生きる」という高い理念に向けて、世界の人たちとともに進んで行く、こんな2017年にしなければならない。
また、「憲法12条の不断の努力」を常に自分の側に置いておかなけねばならない。
 神戸新聞は、「13条は『生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利』は公共の福祉に反しない限り『最大の尊重を必要とする』とある。25条1項は『すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する』とし、国に『生存権』の実現に努力する義務を課していた。人間らしく働く権利を保障する27条もある。こうした条文が守られていれば過労死など起こらないだろう。人間らしく生きることを国に求める権利は社会権と呼ばれる。中でも生存権を保障する25条は重要だ。憲法は空気のようなものだという。生きていく上で欠かせないのに、普段は存在を意識することは少ない。だが、個人の自由や権利、そして生命が危うくなる事態に陥ったときこそ、憲法の出番であろう。」、と説いている。


「個人の自由や権利、そして生命が危うくなる事態に陥ったときこそ、憲法の出番」。




by asyagi-df-2014 | 2017-01-11 08:05 | 書くことから-いろいろ | Comments(0)

2017年1月1日、社説・論説を読む。(6)-不戦の立場から-

 2017年が明けた。
 さて、どのような事態にどのように立ち向かうことになるのか。
まずは、窮乏化する同じ大地に立つこと。
そして、反撃の術を見極めること。
各紙の2017年1月1日の社説及び論説を読む。


 東京新聞は、私が確認した中では唯一、「新年早々ですが、平和について一緒に考えてください。人類はなぜ暴力を好み、戦争がやめられないのか。どうしたらやめる方向へと向かうのか」と明確な「不戦」の立場から、2017を問いかけていける。
東京新聞の主張の要約は次のとおり。


Ⅰ.問題点の指摘
(1)日本の平和主義を二つの観点から見てみましょう。
 一つは、だれもが思う先の大戦に対する痛切な反省です。
 振り返れば、日本は開国をもって徳川の平和から明治の富国強兵へと突入します。平和論より戦争論の方が強かった。「和を以(もっ)て貴しと為(な)す」の聖徳太子以来の仏教の平和論をおさえて、ヨーロッパの戦争論がやってきます。例えば「戦争は政治の延長である」という有名な言葉を記すプロイセンの将軍クラウゼヴィッツの「戦争論」。その一、二編はドイツ帰りの陸軍軍医森鴎外によって急ぎ翻訳され、続きは陸軍士官学校が訳します。海洋進出を説く米国の軍人で戦史家マハンの「海上権力史論」も軍人必読でした。欧米の戦争を学ぶ。いい悪いはともかくも追いつかねば、の一意専心。帝国主義、植民地主義。日清、日露の戦争。そういう戦争精神史をへて突入したのが、満州事変に始まって太平洋戦争に至るいわゆる十五年戦争です。
(2)最大の反省は人間が人間扱いされなかったことです。人間が非人間化されたといってもいいでしょう。そういう異常の中で敵側は人間以下であろうし、味方にもむやみな死を求める。クラウゼヴィッツのいう政治目的の戦争ではもはやなく、ただ進むしかない、戦争を自己目的化した戦いになっていたといっていいでしょう。
(3)その絶望の果てに戦後日本は不戦を尊び固守してきたのです。守ってきたのは元兵士と戦争体験者たちです。文字通り、命がけの訴えといってもいいでしょう。ただの厭戦(えんせん)、戦争嫌いというのでなく、国は過ちを犯すことがあるという実際的な反省でもあります。国民には冷静な目と分析がつねに必要だという未来への戒めです。
(4) 日本の平和主義についての二つめの観点とは、戦後憲法との関係です。
 戦争勝者の連合国は敗者の日本、イタリア、西ドイツに非軍事化条項を含む憲法を求めた。戦後冷戦の中で日本はアメリカの平和、いわゆるパックス・アメリカーナに組み込まれ、自衛隊をもちます。その一方で稀有(けう)な経済成長に恵まれ、その資力を主にアジアの発展途上国への援助に役立てます。
(5)ここで考えたいのは、平和主義とはただ戦争をしないだけでなく平和を築こうということです。前者を消極的平和、後者を積極的平和と呼んだりもします。例えば積極的平和を築こうと一九六〇年代、平和学という学問分野が生まれ、ノルウェーにはオスロ国際平和研究所ができた。政治や法律、経済、国際関係、歴史、哲学、教育など科学を総動員して平和を築こうというのです。実際にノルウェーは大国などではありませんが、イスラエルとパレスチナの間に和平をもたらそうというオスロ合意を成立させた。中東の国連平和維持活動に出ていて、両者の争いを終わらせるのは武力でなく対話しかないと考え至るのです。今は失敗かとまでいわれますがその熱意と意志を世界は忘れていません。


Ⅱ.主張
(1)だが残念ながら世界は不安定へと向かっているようです。
(2)日本国憲法の求める平和主義とは武力によらない平和の実現というものです。対象は戦争だけでなく、たとえば貧困や飢餓、自然災害の被害、インフラの未発達など多様なはずです。救援が暴力の原因を取り去るからです。
(3)NGО、非政府組織の活動が広がっている。ミリタリー、軍事から、シビリアン、民間への移行です。日常の支援が求められます。ミリタリーの非軍事支援も重要になっている。
(4)格差とテロとナショナリズム。それらが絡み合って国や民族が相互不信の度を高めつつある。しかし不信がつくられたものなら、解消することもできるはずです。そういう時だからこそ、私たちは平和主義、世界に貢献する日本の平和主義をあらためて考えたいのです。ただの理想論を言っているのではありません。武力によらない平和を求めずして安定した平和秩序は築けない。武力でにらみあう平和は軍拡をもたらすのみです。理想を高く掲げずして人類の前進はありえないのです。


 まがりなりにも日本の戦後の平和主義は、「絶望の果てに戦後日本は不戦を尊び固守してきたのです。守ってきたのは元兵士と戦争体験者たちです。」による「文字通り、命がけの訴え」に支えられてきたことは確かです。
 だとしたら、私たちは、「理想を高く掲げずして人類の前進はありえない」との想いで
「戦争をしないだけでなく平和を築く」ことを繋いでいく必要があります。
 そして、そこには、日本憲法の平和主義が基盤になっていなければなりません。
 東京新聞は、このことの意味を、「日本国憲法の求める平和主義とは武力によらない平和の実現というものです。対象は戦争だけでなく、たとえば貧困や飢餓、自然災害の被害、インフラの未発達など多様なはずです。救援が暴力の原因を取り去るからです。」、と説明します。


 あらためて、2017に、「不戦」の誓いを。



by asyagi-df-2014 | 2017-01-10 09:33 | 書くことから-いろいろ | Comments(0)

壊される前に考えること。そして、新しい地平へ。「交流地帯」からの再出発。


by あしゃぎの人
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