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社説、論説から。~沖縄タイムス20171216~

全国の新聞社の気になる社説、論説を不定期に取り上げて考える。
多くの内容は、「社説・論説-47NEWS」からの紹介となる。




 沖縄タイムスは2017年12月16日、「[BPO倫理違反指摘]番組内容自ら再検証を」、とその社説で論評した。
何が問題だったのか。
 それは、「東村高江のヘリパッド建設に対する抗議行動を取り上げた東京MXテレビの番組『ニュース女子』について、放送倫理・番組向上機構(BPO)の放送倫理検証委員会は『重大な放送倫理違反があった』とする意見を公表した。」ということ。
 沖縄タイムスは、このBPOの見解に基づいて、東京MXの問題を次のように指摘する。


(1)「事実に基づかない番組内容を放送したことと、放送局が放送前に番組をチェックする「考査」が機能しなかったことを厳しく指摘する内容だ。」
(2)「考査が適正であったかどうか検証するのは初めてである。委員会は(1)抗議活動を行う側に対する取材の欠如(2)「救急車を止めた」との放送内容の裏付け(3)「日当」という表現の裏付け-などを考査が問題とせず、制作会社に確認しなかったことが重大な放送倫理違反に当たると認定した。」
(3)「東京MXの最大のスポンサーである化粧品会社「ディーエイチシー(DHC)」の子会社が制作した「持ち込み番組」である。放送局は番組の制作に関わっていない。だが、電波法の免許を得て公共の電波を使用しており、番組放送の責任があるのは言うまでもない。東京MXの考査担当者は今回、番組に問題なしとしていたが、放送について責任を持つ者の最低限の義務であるにもかかわらず完全版は見ていなかったという。怠慢のそしりを免れない。」
(4)「委員会は持ち込み番組をチェックする考査機能を『砦(とりで)』と表現し、同番組を放送したことで『砦は崩れた』と強い危機感を表明した。BPOの意見を受けて、東京MXは番組を再検証しその結果を公表してもらいたい。」


 また、沖縄タイムスは、番組内容の不当性についても、BPOの見解を基に批判する。


①「番組内容について委員会は、裏付けがない、または不十分なまま放送されたと判断した。委員会が番組に登場した関係者らに独自に接触するなどして調べた結果である。」
②「救急車要請の通報が2016年7月から12月まで20件あったが、抗議する住民に通行妨害された事実はなかったことが地元消防への聞き取りでわかった。茶封筒を示し『日当をもらっている』とにおわせた男性が出てくるが、茶封筒は13~15年に普天間飛行場ゲート付近で見つけたもので男性が作成したコピーだった。出演したジャーナリストは、抗議行動をする人から取材することなく、抗議する人たちを『カメラを向けると襲撃に来る』『テロリストみたい』などと表現していた。」
③「ひどい内容の番組であったことが改めて示された。」


 最後に、沖縄タイムスは、こうした東京MXの放送が許されてきた日本のメディアの状況について、あらためて指摘する。


「番組で『反対運動を扇動する黒幕の正体は?』などと名指しされた在日3世の辛(シン)淑玉(スゴ)さんが『見ていて、こみ上げる怒りを抑えられなかった。胃液が上がってきて何度も吐いた』というように、県民の多くも傷つけられた。つい最近も米軍ヘリの部品が宜野湾市の保育園の屋根に落下したとみられる事故で、同園に『自作自演では』などと誹謗(ひぼう)中傷する電話やメールが相次いだ。基地を巡り事実でない情報をまき散らし敵をつくって快哉(かいさい)を叫ぶ。ネット空間ではデマややゆ、嘲笑が絶えない。放置すれば言論はすさみ、メディア不信がますます高まる。」


 確かに、次のことが確認できる。


Ⅰ.東京MXは、事実に基づかない番組内容を放送したということ。
Ⅱ.東京MXは、放送局には放送番組を事前に「考査」が課せられているにもかかわらず、政策会社に対して事前の「考査」を行わなかったため、重大な放送倫理違反を犯していること。
Ⅲ.東京MXは、このBPOの見解を受けて、番組を再検証しその結果を公表しなけねばならない。
Ⅳ.このBPOの見解-「番組内容について委員会は、裏付けがない、または不十分なまま放送された」-によって、ひどい内容の番組であったことが証明されたこと。
Ⅴ.このようなメディアのあり方は、「放置すれば言論はすさみ、メディア不信がますます高まる」ということになること。




by asyagi-df-2014 | 2017-12-18 07:00 | 書くことから-いろいろ | Comments(0)

社説、論説から。~琉球新報20171204・沖縄タイムス20171204~

 「戦争被害者や遺族ら66人が国に謝罪と損害賠償を求めた『沖縄戦被害・国家賠償訴訟』の控訴審判決で、福岡高裁那覇支部(多見谷寿郎裁判長)は一審に続き、住民側の訴えを棄却した。(沖縄タイムス)」。
 このとについて、2017年12月4日付けの沖縄二紙の社説で考える。


Ⅰ.沖縄タイムス社説-[沖縄戦国賠訴訟]誰も責任取らぬ理不尽


ⅰ.判決の意味


(1)「判決では、伊江島で日本兵が爆弾を爆発させた傷害行為で、原告住民1人が重大な障がいを負ったこと、別の原告住民は渡嘉敷島で手りゅう弾が配られ、『集団自決(強制集団死)』の存在がうかがわれることを認定した。『被害には、3カ月以上にも及ぶ地上戦が行われた結果や軍の一定範囲の統制下において組織的に自殺を教唆、幇助(ほうじょ)したことにより生じた沖縄戦特有のものもあり、その被害は極めて深刻な者もいる』と認めた。」
(2)「沖縄戦で受けた外傷性精神障がいなどで多くの原告住民らが『苦しんでいる』と一審判決が触れなかったことにも言及した。近年問題になっている戦争トラウマ(心的外傷)である。被害者の苦しみは今も続いているのだ。」
(3)「しかし、判決は『明治憲法下では国の賠償責任を認めた法律はない』として、1947年の国家賠償法施行前については損害賠償の責任を負わないとする『国家無答責の法理』や、『戦争ではほとんど全ての国民が被害を受けた』とする『受忍論』を適用し、訴えをすべて退けた。」
(4)「被害も認めながら請求は棄却する。日本兵を上回る住民犠牲を出した責任は一体誰が取るのか。」


ⅱ.判決への反論


(1)「沖縄は本土決戦に備え、時間稼ぎのための「捨て石」とされた。沖縄戦の特徴は「住民を巻き込んだ地上戦」が繰り広げられたことだ。沖縄と本土の戦争体験とはまったく違う。日本軍がガマに身を隠していた住民を追い出したり、スパイの疑いをかけ住民を殺害したりした。日本軍は『軍官民共生共死』の考えを住民指導の方針とし、捕虜となることを許さず、『集団自決』に追い込んだ。」
(2)「その中には『戦闘参加者』として援護法の適用を受けた人がいる一方で、第三者の証言が3人以上必要とされたため、適用されずに亡くなった人も6万7千人に上る。」
(3)「日本軍の加害行為など沖縄戦特有の事実を『受忍論』で片付けることはできない。


ⅱ.主張


(1)「沖縄戦で受けた身体的・精神的被害の救済を求めた訴えは再び退けられた。」
(2)「被害者の願いはかなわず、国家賠償に消極的な行政府や立法府の姿勢を追認した判決であると言わざるを得ない。」
(3)「住民らは上告する方針である。提訴から5年がたち、6人がすでに亡くなっている。平均年齢が83歳になる原告らに残された時間は少ない。判決後、原告団長の野里千恵子さん(81)が『国が起こした戦争で国が責任を取らない。理不尽だ』との悲痛な声を上げた。空襲訴訟など戦後補償関係の判決では、たとえ棄却されても、立法による救済を促したり、原告の心情に理解を示したりすることがあった。今回はいずれもなかった。行政府も立法府も被害者救済を放置してはならない。」


Ⅱ.琉球新報社説-沖縄戦国賠訴訟棄却 「住民を守らない」判決だ


ⅰ.判決の意味


(1)「判決に通底するのは、国家が引き起こした戦争の被害については『国民間の犠牲の公平負担』をうたいつつ、軍人・軍属は被害回復を図る考え方だ。」
(2)「控訴審判決では、日本兵による住民への傷害行為に対する国の責任については『国家無答責の法理』で退け、原告2人が受けた被害の責任は『軍人らが個人で負うしかない』とした。いまさら加害軍人を特定することなどできないことを踏まえた上での指摘だ。さらに被害補償については、援護法によって日本軍の関与による被害にも補償がなされているとした。」
(3)「控訴審の第1回口頭弁論で原告側の瑞慶山茂弁護団長は『敗訴が確定すれば沖縄戦被害は救済されることなく、歴史の闇に消える。しかし司法が最も弱き人たちを救済しなかったという事実は、永遠に刻印される』と訴えた。」


ⅱ.主張


(1)「加害に協力すれば国が面倒をみてあげるが、被害者だったら国に責任はない-。そんな理屈が通るのかと怒りを覚えると同時に、戦争の本質を示す判決だ。『軍隊は住民を守らない』という沖縄戦の教訓を改めて想起させる。」
(2)「援護法は、基本的には軍人軍属が対象の被害補償だ。地上戦となった沖縄で住民たちは『壕を提供』『集団自決(強制集団死)』などの軍事行動に協力した者が『戦闘協力者』と認定され、遺族給付金などの援護法の対象となった。戦闘協力者にならなければ、『国民みんなが受けたのだから戦争被害は等しく受忍しなければならない』という『受忍論』を盾に対象外とされ、何の補償もない。戦後72年、続いた現実だ。こんな不条理があるだろうか。そしてこの不条理は決して過去の問題ではない。」
(3)「このまま戦争を起こした国の責任も問われず、沖縄戦の被害が歴史の闇に消えたとき、再び『国のために個人の犠牲は等しく受忍しなければならない』という『受忍論』が登場し、司法も弱き人を救済しないという社会が現れるのではないか。」
(4)「2012年の提訴以降、亡くなった原告もいる。原告側は上告する方針という。判決後、原告が涙ながらに訴えた『血も涙もねーん(ない)』という言葉を消し去るよう、司法も政府も戦争への責任を認め、新たな補償の在り方を打ち立ててほしい。」


 確かに、この社説を通して、次のことが言える。


(1)「沖縄は本土決戦に備え、時間稼ぎのための『捨て石』とされた。沖縄戦の特徴は「住民を巻き込んだ地上戦」が繰り広げられたことだ。沖縄と本土の戦争体験とはまったく違う。日本軍がガマに身を隠していた住民を追い出したり、スパイの疑いをかけ住民を殺害したりした。日本軍は『軍官民共生共死』の考えを住民指導の方針とし、捕虜となることを許さず、『集団自決』に追い込んだ。」(沖縄タイムス)、との沖縄戦の歴史の真実から、安易に、『戦争ではほとんど全ての国民が被害を受けたとする受忍論』を適用することはできない。
(2)したがって、今回の判決は、「軍隊は住民を守らない」という戦争の本質を証明するものになった。また、あらためて、沖縄戦が示す戦争の実像を確認させた。
(3)結局、この判決によって「戦争を起こした国の責任」を無答責にすることは、日本政府が、沖縄戦の被害が示しているものを歴史から消し去ることを意図していることを示している。つまり、司法と行政がこの意思の基に策動していることを示している。
(4)しかし、このことができあがった時には、「再び『国のために個人の犠牲は等しく受忍しなければならない』という『受忍論』が登場し、司法も弱き人を救済しないという社会が現れる」(琉球新報)、ことは明らかである。
(4)さらに、「平均年齢が83歳になる原告らに残された時間は少ない。」ことから、行政府も立法府も被害者救済を放置してはならない。





by asyagi-df-2014 | 2017-12-17 08:19 | 書くことから-いろいろ | Comments(0)

社説、論説から。~琉球新報20171214・沖縄タイムス20171214~

 日本政府の「不作為」の罪は極まっているのではないか。
 落ちた所は普天間第二小学校の運動場のど真ん中。13日午前10時8分ごろのことだ。
落ちたものは、重さ約7・7キロ、約90センチ四方のCH53E大型ヘリ金属製の窓枠。
 実は、「7日には、CH53ヘリに使われているのと同じ円筒状の部品が、普天間第二小から約1キロ東にある『緑ヶ丘保育園』に落下した。」(沖縄タイムス)にもかかわらずである。
 このとについて、2017年12月14日付けの沖縄二紙の社説で考える。


Ⅰ.沖縄タイムス社説-米軍ヘリ窓落下]飛行停止し閉鎖を急げ


ⅰ.主張
(1)「もはや判で押したような安易な対応は許されないし、許さない覚悟が私たち自身にも求められている。」
(2)「普天間飛行場の全機種の飛行を直ちに停止し、飛行場閉鎖に向けた計画づくりに早急に着手すべきである。」
(3)「事故のたびに同じことが繰り返されるのは、沖縄の側の『弱さの表れ』という側面もある。『弱さ』とは、政府や米軍を本気で動かすだけの取り組みが足りない、という意味である。選挙中は抗議行動にも議会決議にも熱心だが、選挙が終わると後が続かない。政府は沖縄のそのような弱点を熟知しているから、いつも敏感に反応するが、抜本的な対策を打ち出すことはなく、事故は繰り返される。状況を根本から変えるような大きな取り組みが必要だ。」
(4)「なぜ事故が続くのか。空からの不安を抱えながら暮らさないといけないのか。狭い沖縄に、住宅地域と隣接するように米軍基地を押し込んでいるからである。そして、米本土でなら広大な土地でやるような軍事訓練を実施しているからである。」
(5)「辺野古新基地は機能が強化され、負担軽減にはならない。米軍機は、沖縄の空をわが物顔で飛び、基地と隣り合わせで生活する県民を危険にさらし続けることになる。」
(6)「政府は自ら考える負担軽減が、現実にそぐわないことを直視すべきである。」


ⅱ.事故の経過等
(1)「普天間第二小から滑走路までわずか350メートル。運動場のフェンスの向こう側は飛行場である。離発着の際の安全が確保されているとは言い難い、異様なほどの近さだ。普天間飛行場の周囲には学校や公共施設などが約120カ所存在する。」
(2)「7日には、CH53ヘリに使われているのと同じ円筒状の部品が、普天間第二小から約1キロ東にある『緑ヶ丘保育園』に落下した。父母会が県と県議会に園上空の飛行禁止を求める嘆願書を提出したのは12日。その翌日にCH53ヘリの窓の落下事故が起きたのである。嘆願書には命の危険と隣り合わせの恐怖、米軍機が頭上を飛び交う異常な日常への不安がつづられている。」
(3)「普天間第二小の父母も同じことを切実に感じているはずだ。普天間飛行場の全機種の飛行を直ちに停止し、飛行場閉鎖に向けた計画づくりに早急に着手すべきである。」
(4)「落下事故を起こした米軍普天間飛行場のCH53大型ヘリは、2004年8月に沖縄国際大学の構内に墜落したヘリの同型機である。」
(5)「13日はMV22オスプレイが名護市安部の沿岸部に墜落、大破した事故からちょうど1年という節目の日にあたる。」
(6)「CH53やオスプレイによる事故が後を絶たないという事実は、政府や米軍が強調する再発防止策は実効性が乏しく、再発を防ぐことができないことを物語っている。」
(7)「都市部のど真ん中にある普天間飛行場の運用、演習場と住宅地が隣接する小さな島でのオスプレイの飛行訓練には、もともと無理があるのだ。日米合意された航空機騒音規制措置は、米軍が『運用上必要』と判断すれば午後10時以降の夜間訓練も可能となっている。米軍をしばっているようで、実は実効性の伴わないざるのような取り決めになっているのである。」
(8)「米軍機からの部品などの落下事故やトラブルが後を絶たない。11月30日には、嘉手納基地に暫定配備された最新鋭ステルス戦闘機F35Aが、約450グラムのパネルを洋上に落としたばかりである。5月にも同基地所属のF15C戦闘機が約2・3キロの部品を海上に落としている。2015年には普天間所属ヘリが、総重量200キロを超えるミサイル装置などを落下させるなど、年間で8件も相次ぎ、昨年も岩国基地所属機が県内でゴム製部品を落としている。」
(9)「県によると、米軍機から部品などが落下した事故は、復帰後から先月末までに67件が確認されている。部品を上空から落としても原因や責任が全てつまびらかにされるわけでもない。事故の数自体も米軍の対応も尋常ではなく、この繰り返しにはもう耐えられない。」


ⅲ.12月7日の事故
(1)「宜野湾市野嵩の緑ヶ丘保育園で7日午前、米軍機からのものとみられる円筒状の物体が落ちているのが発見された。保育園の屋根に物が落ちる大きな音がして、職員が確認して見つかった。音がしたのは、米軍機が上空を通過した直後という。地域住民によるとCH53E大型ヘリが飛んでいるのを目撃しており、米軍機から落ちた可能性が極めて高い。米軍は速やかに調査し、詳細を明らかにするべきだ。」
(2)「物体は、高さ9・5センチ、直径7・5センチほどの瓶のようなものという。航空機からの落下物は、材質や重量の軽重に関係なく、地上にいる人の命や財産を脅かすもので、空からの凶器である。一歩間違えば大惨事につながる。」
(3)「保育園によると、園庭では約50人の園児が遊んでいた。物体が落下した園屋内には、園児8人と職員2人がいた。幸い園児や職員らに被害はなかったが、人に直撃していたらと考えるだけで、ぞっとして身震いする。」
(4)「保育園は、米軍普天間飛行場から約300メートルの位置にあり、米軍機の離着陸コースの下にある。神谷武宏園長は『たまたまけが人はいなかったが、この基地がある限り、人命軽視だと思う』と語った。園長の恐怖のまじった憤慨は当然のことで、落下事故の不安は普天間周辺の住民も常に抱えているものである。」
(5)「翁長雄志知事は『深刻な事故と認識している』とし、米軍の物と分かれば強く抗議する考えを示した。県そして政府には、県民の命と暮らしを最優先にした対応を求める。」


Ⅱ.琉球新報社説-米軍ヘリ窓落下 普天間飛行場の即閉鎖を


ⅰ.主張
(1)「大切な子どもたちの命が重大な危険にさらされた。看過できない事態である。米軍普天間飛行場を直ちに閉鎖すべきだ。」
(2)「これほどの重大事態にもかかわらず、政府は同型機の飛行停止ではなく、飛行自粛を求めただけだ。あまりにも弱腰すぎる。全ての訓練の即時中止を求める。」
(3)「事故を受け菅義偉官房長官は『(事故は)あってはならない』と発言した。『あってはならない』事故が引き起こされるのは、沖縄に米軍基地が集中しているからである。県民の命を守るためには、海兵隊の撤退しかない。」
(4)「在沖米軍は安全を確保する有効な手だてを打っていないのではないか。『ハインリッヒの法則』によると、1件の重大事故の裏には29件の中程度の事故と、300件のひやりとする過失があるとされる。米軍基地での事故発生頻度にも通じる。」
(3)「現場を視察した翁長雄志知事は『一番守ってあげなければならないものは子どもたちだ。運動場のど真ん中に落ちてきたのは許されない』と述べた。当然である。」
(4)「普天間飛行場には、この1年間に2機が墜落したオスプレイも配備されている。オスプレイの事故率は、配備前の12年と比べ約2倍に上昇している。日本政府は、県民の生命と財産を守るために、米国と主体的に交渉すべきだ。航空法によって航空機から物を落とすことは禁じられている。しかし、米軍は日米地位協定に基づく航空特例法により航空法の適用が除外されている。小学校に落下させる重大事態を招きながら、国内法が適用できない。これでは主権国家とはとうてい言えない。」


ⅱ.事故の経過等
(1)「普天間第二小学校の運動場に、普天間所属のCH53E大型輸送ヘリコプターの窓が落下し、4年生の男児1人の左腕に石が当たった。当時運動場にいた約60人の児童から約10メートルしか離れていなかった。」
(2)「落下した窓は金属製の外枠があり、90センチ四方で、重さ7・7キロ。運動場中央には落下物の痕跡が残り、周辺にはアクリル製とみられる割れた透明板が散らばっていた。落下の衝撃の大きさが分かる。まさに重大事故につながりかねない事態であり、多数の児童が犠牲になった1959年の宮森小学校米軍機墜落を想起させる。」
(3)「落下事故が起きた13日は、普天間所属の垂直離着陸輸送機MV22オスプレイが名護市沿岸に墜落してから1年に当たる。7日にも普天間第二小から約1キロ東の保育園のトタン屋根に、米軍ヘリの部品と同一の物体が落下したばかりだ。落下地点は園庭から50センチしか離れていなかった。」
(4)「普天間所属のCH53は今年1月と2月に着陸装置が故障した。6月に久米島空港に緊急着陸、10月に東村の牧草地に不時着し炎上した。2004年には沖縄国際大学に墜落した。」


 今必要なことは、沖縄からの「一番守ってあげなければならないものは子どもたちだ。運動場のど真ん中に落ちてきたのは許されない」や「まさに重大事故につながりかねない事態であり、多数の児童が犠牲になった1959年の宮森小学校米軍機墜落を想起させる。」、といった悲痛な訴えを、日本人一人一人が、自らに内在化できるかにかかっている。
 必要ならば、「県によると、米軍機から部品などが落下した事故は、復帰後から先月末までに67件が確認されている。部品を上空から落としても原因や責任が全てつまびらかにされるわけでもない。事故の数自体も米軍の対応も尋常ではなく、この繰り返しにはもう耐えられない。」、との事実を理由にすればいい。
 なぜなら、沖縄から発せられる声は、すでに、「もはや判で押したような安易な対応は許されないし、許さない覚悟が私たち自身にも求められている。」や「事故のたびに同じことが繰り返されるのは、沖縄の側の『弱さの表れ』という側面もある。『弱さ』とは、政府や米軍を本気で動かすだけの取り組みが足りない、という意味である。選挙中は抗議行動にも議会決議にも熱心だが、選挙が終わると後が続かない。政府は沖縄のそのような弱点を熟知しているから、いつも敏感に反応するが、抜本的な対策を打ち出すことはなく、事故は繰り返される。状況を根本から変えるような大きな取り組みが必要だ。」、といった領域にまで達している。
 この沖縄からの声は、『あってはならない』事故が引き起こされるのは、沖縄に米軍基地が集中しているからである。県民の命を守るためには、海兵隊の撤退しかない。」、に繋がる。
 日本人の一人一人は、もう気づくべきである。
 それは、「米軍は日米地位協定に基づく航空特例法により航空法の適用が除外されている。小学校に落下させる重大事態を招きながら、国内法が適用できない。これでは主権国家とはとうてい言えない。」、ということについて。
 また、「辺野古が唯一の解決策」といった強弁が、「政府は自ら考える負担軽減が、現実にそぐわない」のだということを。




by asyagi-df-2014 | 2017-12-16 06:54 | 書くことから-いろいろ | Comments(0)

BPOは、MX「ニュース女子」沖縄基地番組について「重大な放送倫理違反」と判断。

 東京新聞は2017年12月15日、表題について次のように報じた。


(1)「沖縄の米軍基地反対運動を取り上げた東京MXテレビの情報バラエティー番組『ニュース女子』について放送倫理・番組向上機構(BPO)の放送倫理検証委員会は十四日、『放送倫理上の問題が含まれている番組を適切な考査(放送前の内容チェック)を行うことなく放送し、重大な放送倫理違反があった』とする意見を公表した。」
(2)「検証委が『重大な放送倫理違反があった』と判断したのは、フジテレビ『ほこ×たて』の『ラジコンカー対決』(二〇一四年)、NHK『クローズアップ現代』の『出家詐欺』(二〇一五年)に次いで三件目。」
(3)「番組は今年一月二日に放送された。米軍ヘリパッド建設に反対する参加者が日当を得ていることや、現場に出動した救急車を止めようとしたなどと伝えた。検証委が沖縄で現地調査したところ、救急車の運行妨害や日当の支給は確認できず、抗議活動の参加者に取材していなかったことが判明。放送の核心となる事実に十分な裏付けがなかったと判断した。」
(4)「番組は外部の制作会社が制作した“持ち込み番組”で、放送局の考査が検証対象になったのは初めてだった。」
(5)「考査する際、編集作業を終えた映像を担当者が視聴しておらず、内容の裏付けを制作会社に確認していなかったことなども検証委は問題視した。川端和治委員長は『放送してはならないものが放送された』と指摘した。MXが今年二月に『事実関係において捏造(ねつぞう)、虚偽があったとは認められない』との判断を示したことについては検証委は『判断は誤っていた。放送倫理上の問題を真摯(しんし)に検証したとは言いがたい』と批判した。」
(6)「番組は本紙の長谷川幸洋論説委員(当時は論説副主幹)が司会を務めている。」
(7)「MXは『審議が開始されて以降、社内の考査体制の見直しを含め、改善に着手しております。今回の意見を真摯(しんし)に受け止めて、全社を挙げて再発防止に努めてまいります』とのコメントを出した。」
(8)山田健太・専修大教授(ジャーナリズム論)の話:「BPOの意見は、東京MXテレビの主張を全否定するものだ。東京MX側に真実追求の努力が足りなかったというBPOの指摘はもっともであり、私も異論がない。ただし、今回は、番組の放送内容が白か黒かを判定することが主眼のように感じた。BPOの本来の役割は放送局の構造的な問題にメスを入れることだ。『ニュース女子』のようにスポンサー企業からの持ち込み番組の場合、内容に問題があっても放送局は意見を言いにくい。BPOは、そうした業界体質にまで踏み込んで問題点を指摘すべきだったのではないか。」


 結局、東京MXテレビの情報バラエティー番組『ニュース女子』は、『放送してはならないものが放送された』(放送倫理・番組向上機構の川端和治委員長)との指摘通りに、「放送してはならない内容」だったということである。
 また、MXが2017年2月に行った『事実関係において捏造(ねつぞう)、虚偽があったとは認められない』との判断についても、「判断は誤っていた。放送倫理上の問題を真摯に検証したとは言いがたい」、というものでしかなかったのである。
 果たして、MXは、この番組で傷つけた関係者にどのような謝罪を行うのか。




by asyagi-df-2014 | 2017-12-15 14:39 | 書くことから-いろいろ | Comments(0)

社説、論説から。~愛媛新聞20171203~

全国の新聞社の気になる社説、論説を不定期に取り上げて考える。
多くの内容は、「社説・論説-47NEWS」からの紹介となる。




 愛媛新聞は2017年12月3日、「介護保険制度見直し 削減ありきの「成果」重視危うい」と社説で論評した。
 何が問題なのか。
愛媛新聞は、まず最初に、「厚生労働省が来年度の介護報酬改定に合わせ、介護保険制度の見直しを進めている。高齢化によって膨らむ一方の社会保障費を抑制するのが狙いだ。国の介護費は年約10兆円にまで増えており、深刻な問題には違いない。だが、まず歳出削減ありきの見直しは、安心な暮らしを社会全体で支える介護保険制度の趣旨に逆行し、制度自体を崩壊させる恐れがある。」、と指摘する。
確かに、社会保障制度の理念のない「まず歳出削減ありきの見直し」は、日本社会を崩壊させることになる。
 なぜなら、すでに介護制度は切り刻みの政策が強行されてきており、国民は追い込まれているからである。
 このことについて、愛媛新聞は、次のように指摘する。


(1)「既に、要介護度が比較的軽い高齢者に対する訪問・通所介護の制度からの切り離しなどによって、サービスは縮小。介護事業者に支払う介護報酬の引き下げで倒産が相次ぐなど、介護保険制度は変容し、将来が危ぶまれる。拙速な経費の切り詰めではなく、老いて体が弱っても誰もが心配なく生きられる社会という理念を大前提に、政策の抜本的な練り直しを求めたい。」
(2)「厚労省が今回の改定で強く打ち出すのが『自立支援介護』」という考え方だ。生活機能訓練の推進や要介護度の改善といった『成果』を上げた場合には報酬を手厚くする。一方、通所介護(デイサービス)を中心に、そうした取り組みが進んでいない事業所の報酬は下げる。症状の改善を目指すことや自立への支援が大切なことは言うまでもない。しかし、要介護度が下がるまでの目に見える改善は、高齢になるほど難しい。やみくもに自立支援を推し進め、介護保険からの「卒業」を促すのには無理がある。高齢者を追い詰める上、改善が難しい利用者を事業者が受け入れなくなる懸念も拭えない。」
(3)「デイサービスは、社会からの孤立解消や家族の負担軽減という重要な役割も担っている。そういった大事な視点を置き去りに、『成果』によって報酬を削減して、事業者が経営不振で撤退すれば、利用者が行き場をなくす。現場の実態に照らした、より丁寧な議論が必要だ。また訪問介護に関して、掃除や調理などを担う生活援助も見直される。ヘルパーには現在、国家資格の介護福祉士資格などが必要だが、家事専門のヘルパーは短期の研修で済むようにして、報酬を下げるという。ヘルパーには心身の変化や認知症の兆候などをきめ細かく見る力が要るが、これでは質の低下が避けられず、かえって重度化を招きかねない。今でも人手不足な上に、報酬を下げれば担い手はさらに減る。家族に負担がかかれば介護離職も避けられず、社会活動にも影響する。全く本末転倒で、容認できない。」


 愛媛新聞は、最後に、次のように要求する。


「要介護認定を受ける人はこれからも増え続け、団塊の世代が全て75歳以上となる2025年には600万人を超えるとされる。小手先の経費削減を重ねて費用が賄えるとも考えづらい。短期的には、介護保険の枠を超えて予算全体でやりくりすることも必要になろう。介護保険料を払っているのに十分なサービスを受けられないという事態にならないように、制度設計の見直しを求めたい。」


 確かに、、自立支援介護については、愛媛新聞が指摘するように「症状の改善を目指すことや自立への支援が大切なことは言うまでもない。しかし、要介護度が下がるまでの目に見える改善は、高齢になるほど難しい。」、ということは誰もが理解できることである。そうした高齢者に、「介護保険からの『卒業』」という「負担」を押しつけることは、明らかに間違っている。
 小手先のコスト削減政策は、日本社会に「弊害」をもたらすだけである。





by asyagi-df-2014 | 2017-12-14 06:26 | 書くことから-いろいろ | Comments(0)

社説、論説から。~新潟日報20171201~

全国の新聞社の気になる社説、論説を不定期に取り上げて考える。
多くの内容は、「社説・論説-47NEWS」からの紹介となる。




 朝日新聞は2017年11月30日、「水俣病の症状があるのに患者と認めなかった新潟市の判断は不当だとして、新潟市内の男女9人(うち1人は故人)が市に認定を求めた訴訟の控訴審判決が29日、東京高裁であった。河野清孝裁判長は、原告のうち2人を患者と認めなかった一審・新潟地裁判決を取り消し、9人全員を患者と認めるよう市に命じた。」
 と報じた。
このことについて、新潟日報は2017年12月1日、「水俣病高裁判決 認定基準見直しが急務だ」と社説で論評した。
新潟日報は、この判決の意味を「新潟水俣病は公式確認から半世紀以上が経過したが、いまだに裁判が続く。被害者の高齢化は著しい。一刻も早い対応を望む。」、とした。
 まず、新潟日報は、この判決を次のように押さえる。


(1)「水俣病特有の症状がありながら新潟市に認定申請を棄却されたとして、男女9人が市に認定義務付けを求めた行政訴訟の控訴審判決があった。新潟水俣病関連では初の高裁判決だ。」
(2)「東京高裁は一審の新潟地裁判決が認めなかった2人を含め、9人全員を水俣病と認めるよう新潟市に命じた。」
(3)「裁判の焦点は、一審で敗訴した2人を水俣病と認めるかどうかだった。一審で勝訴した7人には同居家族に公害健康被害補償法に基づく認定患者がいたが、敗訴の2人にはいなかった。同種訴訟では、この『家族要件』が認定の線引きとみられた。」
(4)「判決は、2人の同居家族には水俣病被害者救済特別措置法(特措法)の一時金受給者がいると指摘し、感覚障害の原因はメチル水銀であるとした。従来の認定患者から特措法の対象者へ、家族要件を緩和した形である。」
(5)「最高裁は2013年、『複数症状の組み合わせ』を原則とする国の認定基準を事実上否定し、『感覚障害だけの水俣病』を認めた。国は最高裁判決を受けて新たな認定基準の運用指針をまとめた。この際に『家族歴』が盛り込まれ、被害者団体は『認定がさらに厳しくなった』と批判してきた。」
(6)「特措法は、水俣病患者の認定基準に当てはまらない被害者を幅広く救済する目的で09年に施行された。本県の認定患者は705人だが、特措法の一時金該当者は約1800人だ。今回の判決が確定すれば、その家族も患者として認定される可能性がある。」
(7)「新潟市の篠田昭市長は控訴時、水銀摂取から長期間経過後に症状が顕在化する『遅発性水俣病』を論点に挙げた。市側は控訴審で『遅発性は医学的根拠が弱い』と主張したが、判決は『長期間経過後に症状が悪化した例もある』と、一審とほぼ同じ判断を示した。」


 新潟日報は、今回の判決に関して、次のように主張する。


(1)「従来より救済範囲を広げた判決の意義は重いといえる。可能な限り多くの被害者を救済する契機にしなければならない。」
(2)「新潟市は、国の法定受託事務として、水俣病の認定審査を行っている。一方で、公害の被害者となった市民を救うことが、新潟市長にとって重要な責務であることは言うまでもない。篠田市長は判決とともに、原告の長年にわたる苦しみを重く受け止め、今後の対応を判断してもらいたい。」
(3)「高裁は、13年の最高裁に続いて行政に厳しい姿勢を示した。国は、基準の緩和を本格的に検討する必要があろう。」
(4)「差別や偏見を恐れて名乗り出ることができない被害者も少なくない。被害の全容を明らかにするためには、さらに広範な健康調査も求められよう。」


 確かに、早急に必要なことは、「差別や偏見を恐れて名乗り出ることができない被害者も少なくない。被害の全容を明らかにするためには、さらに広範な健康調査」である。




by asyagi-df-2014 | 2017-12-12 08:34 | 書くことから-いろいろ | Comments(0)

社説、論説から。~東京新聞20171129~

 東京新聞は、017年11月29日、「悪質クレーム 人の不寛容が気になる」、と社説で論評した。
 どういうことなのか。
 労働組合「UAゼンセン」が、百貨店やスーパーマーケットなどで働く組合員を対象に実施したアンケートにでてくる実例である。
 それは、次の実態である。
 ①「商品の返品時に『おまえはバカか』などと暴言」
 ②「総菜の価格確認に行こうとしたら『待たせるな』と三時間、従業員を拘束」
 ③「不良商品の返金の際、土下座で謝罪を要求」
 東京新聞は、このことについて、「立場の弱い者へのストレスのはけ口にも見える。人への不寛容が社会の中に広がっていないか。」、と指摘するのである。
東京新聞は、このアンケートやその他の実態について、次のように伝える。


(1)「74%が被害に遭ったことがあると回答している。複数回答による被害内容で多かったのは暴言だ。それ以外にも説教、脅迫、長時間拘束、セクハラ、金品の要求、土下座の強要まであった。」
(2)「約五万人が回答し、うち三百五十九人は迷惑行為で精神疾患にかかったという。商品や対応に問題がなくてもクレームをつけたり、少しのミスに過剰な謝罪を求めることが現場を疲弊させている。UAゼンセンがその対応策をまとめたガイドラインでは、クレームの特徴に高学歴、高所得だったり、社会への不満を持つ人が多いのではないかと分析している。」
(3)「鉄道会社の駅員への暴力行為も以前から問題になっている。国土交通省によると二〇一五年度の発生件数は八百七十三件で、一二年度から件数はほぼ横ばい状態だ。加害者の約六割が飲酒していた。」


 東京新聞は、こうした日本現状を、「もちろん商品やサービスに不備や要望があれば、それを客が企業に伝えることは当然である。企業も、クレームは商品・サービスを向上させるための有益な情報であるとの認識は前提だ。ただ、こうした迷惑な行為に共通するのは、自分より立場の弱い人たちに不満の矛先を向けていることだ。日常のストレスを発散しているのだろうか。格差拡大などの社会問題が背景にあるようにも見える。現場の従業員が安心して働けない深刻な事態ならば、既に企業に対応を義務付けているセクハラ対策のように働く人を守る手だてを取ることも必要だろう。」、と指摘する。
 また、「東日本大震災などの災害時に、深刻な被害に遭いながら助け合う被災者たちの姿は海外からも称賛された。弱い者いじめにも見える行為の広がりは、社会からこの力を削(そ)ぐことになりはしないか。」、とも。 


 まさしく、日本は「不寛容」の時代であると言える。
 東京新聞は現状について、「迷惑な行為に共通するのは、自分より立場の弱い人たちに不満の矛先を向けていることだ。日常のストレスを発散しているのだろうか。格差拡大などの社会問題が背景にあるようにも見える。」と指摘するのだが、そこにあるのは、自らの現状への不満を、差別という行為や表現で「不寛容」を装い、他者を一方的に貶めることによって自己救済を求めるしかないという日本という国の現状「構造」そのものではないのか。
ではどうすれば。
 まずは、日本国憲法が謳う基本的人権そのものを捉え直すということではないか。




by asyagi-df-2014 | 2017-12-11 08:41 | 書くことから-いろいろ | Comments(0)

社説、論説から。~琉球新報20171208・沖縄タイムス20171208~

 今回もまた、沖縄で、「宜野湾市野嵩の緑ヶ丘保育園で7日午前、米軍機からのものとみられる円筒状の物体が落ちているのが発見された。保育園の屋根に物が落ちる大きな音がして、職員が確認して見つかった。」(沖縄タイムス)という事故が引き起こされた。
 このとについて、2017年12月8日付けの沖縄二紙の社説で考える。


Ⅰ.沖縄タイムス社説-[保育園に米軍落下物]庭に50人 あわや大惨事


ⅰ.主張


(1)「翁長雄志知事は「深刻な事故と認識している」とし、米軍の物と分かれば強く抗議する考えを示した。県そして政府には、県民の命と暮らしを最優先にした対応を求める。」
(2)「なぜ事故が続くのか。空からの不安を抱えながら暮らさないといけないのか。狭い沖縄に、住宅地域と隣接するように米軍基地を押し込んでいるからである。そして、米本土でなら広大な土地でやるような軍事訓練を実施しているからである。辺野古新基地は機能が強化され、負担軽減にはならない。米軍機は、沖縄の空をわが物顔で飛び、基地と隣り合わせで生活する県民を危険にさらし続けることになる。政府は自ら考える負担軽減が、現実にそぐわないことを直視すべきである。」


ⅱ.事故の経過等


(1)「音がしたのは、米軍機が上空を通過した直後という。地域住民によるとCH53E大型ヘリが飛んでいるのを目撃しており、米軍機から落ちた可能性が極めて高い。米軍は速やかに調査し、詳細を明らかにするべきだ。」
(2)「物体は、高さ9・5センチ、直径7・5センチほどの瓶のようなものという。航空機からの落下物は、材質や重量の軽重に関係なく、地上にいる人の命や財産を脅かすもので、空からの凶器である。一歩間違えば大惨事につながる。」
(3)「保育園によると、園庭では約50人の園児が遊んでいた。物体が落下した園屋内には、園児8人と職員2人がいた。幸い園児や職員らに被害はなかったが、人に直撃していたらと考えるだけで、ぞっとして身震いする。」
(4)「保育園は、米軍普天間飛行場から約300メートルの位置にあり、米軍機の離着陸コースの下にある。神谷武宏園長は『たまたまけが人はいなかったが、この基地がある限り、人命軽視だと思う』と語った。園長の恐怖のまじった憤慨は当然のことで、落下事故の不安は普天間周辺の住民も常に抱えているものである。」


ⅲ.米軍に関する事故等


(1)「米軍機からの部品などの落下事故やトラブルが後を絶たない。」
(2)「11月30日には、嘉手納基地に暫定配備された最新鋭ステルス戦闘機F35Aが、約450グラムのパネルを洋上に落としたばかりである。5月にも同基地所属のF15C戦闘機が約2・3キロの部品を海上に落としている。」
(3)「2015年には普天間所属ヘリが、総重量200キロを超えるミサイル装置などを落下させるなど、年間で8件も相次ぎ、昨年も岩国基地所属機が県内でゴム製部品を落としている。」
(4)「県によると、米軍機から部品などが落下した事故は、復帰後から先月末までに67件が確認されている。部品を上空から落としても原因や責任が全てつまびらかにされるわけでもない。事故の数自体も米軍の対応も尋常ではなく、この繰り返しにはもう耐えられない。」


Ⅱ.琉球新報社説-米軍機通過後、落下物 「普天間」を即時閉鎖せよ


ⅰ.主張


(1)「果たして米軍は、日常的に実効性ある整備点検を実施できているだろうか。繰り返される機体からの部品落下事故などは、米軍の整備態勢に致命的な欠陥があることの証明にほかならない。」
(2)「宜野湾市の普天間バプテスト教会付属緑ケ丘保育園のトタン屋根に、プラスチック製の筒状の物が落下した。米軍CH53大型輸送ヘリコプターが落としたと見られる。危険な米軍普天間飛行場を閉鎖することでしか、住民の安全を守れないことを今回の事故は改めて浮き彫りにした。直ちに閉鎖すべきだ。」
(3)「頻発する米軍機の墜落や部品落下事故の背景には、米軍という組織の構造的欠陥と、日本政府の県民の安全を軽視する姿勢がある。米軍ではなく、県民の暮らしこそ優先すべきだ。米軍が『運用上必要』とすれば、全ての訓練が認められる状況にいい加減、終止符を打つ必要がある。」


ⅱ.経過等


(1)「宜野湾署によると、落下物の長さは約9・5センチ、直径は約7・5センチ、厚さは約8ミリ、重さは213グラム。」
(2)「教会関係者によると、落下当時、1歳児クラスの8人と職員2人がいた部屋の上のトタン屋根で大きな落下音がした。園庭では園児約50人が遊んでいた。落下地点は園庭から50センチしか離れていない。万が一、園児に当たれば、大事故になった恐れがある。米軍に強く抗議し、全ての訓練の即時中止を求める。」
(3)米軍機の事故が今年もなくならない。5月には、米軍嘉手納基地所属のF15C戦闘機が重さ2・3キロ、長さ約20センチ、幅約13センチの部品を紛失した。11月末には、嘉手納基地に暫定配備されている最新鋭ステルス戦闘機F35Aが訓練飛行中に高さ約30センチ、長さ60センチ、重さ約450グラムのパネルを落下させる事故があったばかりである。」
(4)「沖縄防衛局はF15C戦闘機の部品落下事故の際、米側に遺憾の意を伝え、原因究明と再発防止策を求める文書を送った。その後も事故がなくならないのは、米軍が有効な安全対策を確立できていないためである。事故がこれだけ頻発するのは、組織が劣化しているからではないか。」
(5)「1965年には、読谷村で米軍のパラシュート投下訓練中に小型トレーラーが民家近くに落下し、小学5年生の女児が亡くなっている。」
(6)「72年には宜野湾市の沖縄国際大学に米軍機から燃料タンクが落下した。」
(7)「2004年にはCH53が沖国大に墜落し、昨年12月には名護市の沿岸にオスプレイが墜落している。今年10月にはCH53が東村の民間地に不時着し、炎上した。」
(8)「事故の多さをみれば、米軍は沖縄の空を飛ぶ資格をとうに失っている。それでも、米軍は訓練飛行を強行し、日本政府は「安全への最大限の配慮を求めた」とし、訓練を容認している。」


 確かに、次のことが言える。


Ⅰ.こうした事故の背景には、米軍という組織の構造的欠陥と、日本政府の県民の安全を軽視する姿勢があるということ。
Ⅱ.このような繰り返される機体からの部品落下事故が示すものは、米軍が、日常的に実効性ある整備点検を実施できていない状況にあることと米軍の整備態勢に致命的な欠陥があるということ。
Ⅲ.こうした事故の多さからみれば、米軍はすでに沖縄の空を飛ぶ資格を失っているということ。
Ⅳ.沖縄県民の強い抗議があるにもかかわらず米軍が訓練飛行を強行する理由は、日本政府が「安全への最大限の配慮を求めた」と訓練を容認しているからであること。


 だとするならば、次のことが必要である。


(1)米軍が『運用上必要』とすれば、全ての訓練が認められる状況に終止符を打たなければならない。
(2)住民の安全を守れないことを今回の事故は改めて浮き彫りにした。直ちに閉鎖しなければならない。
(3)今回のことを契機に、「沖縄県民の命と暮らしを最優先にすること」とは、どういう対応が必要なのかについて、日本人の一人一人が考えなくてはならない。
(4)安倍晋三政権は、「政府は自ら考える負担軽減が、現実にそぐわないことを直視すべきである。」(沖縄タイムス)、ということについて真摯に取り組まなければならない。




by asyagi-df-2014 | 2017-12-10 08:26 | 書くことから-いろいろ | Comments(0)

社説、論説から。~信濃毎日新聞20171128~

全国の新聞社の気になる社説、論説を不定期に取り上げて考える。
多くの内容は、「社説・論説-47NEWS」からの紹介となる。




 信濃毎日新聞は2017年11月28日、「吉村大阪市長 独断で『姉妹』解消とは」、とこのことについて社説で論評した。
 信濃毎日新聞は、このように切り出す。


「大阪市の吉村洋文市長が米サンフランシスコ市との姉妹都市提携を解消する方針を打ち出した。中国、韓国系団体などがサンフランシスコ市内に設置した慰安婦問題を象徴する像を、市として受け入れる文書にリー市長が署名したからだという。」


 この問題の経緯について、信濃毎日新聞は、次のように紹介する。


(1)「発端は中国、韓国系市民でつくる団体が民有地に像を設置したことだった。中国、韓国、フィリピンの少女3人が背中合わせに手をつなぐデザインだ。碑文には『旧日本軍によって数十万の女性と少女が性奴隷にされた』『ほとんどが捕らわれの身のまま亡くなった』などの記述がある。団体は民有地を市に寄贈、市議会は像の受け入れを決めた。リー市長が22日、像を受け入れる文書に署名した。」
(2)「像設置と寄贈の動きに対し、橋下徹前市長はかねてサンフランシスコ市側に懸念を伝えていた。2015年秋に退任した橋下氏の後を継ぐ形で政治団体・大阪維新の会から立候補し、市長になった吉村氏が、前市長時代からの懸案事項で具体的行動に出ようとしているのが今の段階だ。」
(3)「吉村市長はリー市長宛ての公開書簡で述べている。『研究者の間でも議論が分かれる慰安婦の数、旧日本軍の関与の度合い、被害の規模について、一方的な主張を碑文に記することは歴史の直視ではなく日本批判である』」


 信濃毎日新聞は、吉村大阪市長の行為について、次のように結論づける。


(1)「姉妹都市提携は市民同士の取り組みにより、政府から離れた立場で交流、親善を発展させるために結ばれる。相手都市の市長が自分の政治心情に合わない行動に出たからといって、独断で解消するのは問題が多い。交流を重ねてきた両市の市民に対して失礼だ。」
(2)「そう考えるからといって姉妹都市解消を言い出すのは筋違いではないか。慰安婦問題については日本側でもさまざまな理解がある。碑文の内容に問題があると吉村市長が思うなら、個人の意見としてリー市長やサンフランシスコ市議会に伝えればいい。60年の歴史を持つ姉妹都市関係である。ケーブルカー寄贈、高校生の相互訪問、料理フェアなどの事業を重ねてきた。そうした取り組みに市長の一存で幕を引くのはやりすぎだ。」
(3)「自民、公明の市議団は交流の継続と、対話による問題解決を求める申し入れ書を市長宛てに提出した。公明市議の一人は『市民の声も聞かずに判断するのは拙速だ。このまま解消されるのはあまりに残念』と述べている。」
(4)「うなずく人は多いだろう。」


 こうした論評は、真っ当な意見である。
 ととえ、日本愚慰安婦の問題が、国際的には、すでに結論づけられている、との指摘がなくとも。




by asyagi-df-2014 | 2017-12-09 07:09 | 書くことから-いろいろ | Comments(0)

沖縄タイムス米国特約記者・平安名純代を読む。-20171205-

 沖縄タイムスは2017年12月5日、米国特約記者・平安名純代(以下、平安名)の「基地維持に『沖縄差別』を利用する米国 日本人の沈黙が支える過重負担」との記事を掲載した。
 「米国での取材が長くなるにつれ、沖縄から米軍基地がなくならないのは、日米による沖縄差別が根底を支えているからではないかとの思いを深めるようになった。」、と始まる文章は、次のように「沖縄問題」の核心を突く。


(1)「作家の百田尚樹氏が10月27日、名護市内での講演で沖縄や中国や韓国を差別する発言を繰り返した末に、取材に来た本紙記者を名指し、『娘さんは慰み者になる』などと語った。」
(2)「沖縄差別をなくすには、差別する側の責任を問う必要がある。そのためには日本でこそ沖縄差別を巡る言論の場をつくらねばならないが、百田発言を巡る日本メディアの反応は鈍い。疑問に思い、全国紙に勤める友人らに聞くと『沖縄の問題だから』との反応が返ってきた。」
(3)「『それは日本の問題だ』を決まり文句にする米政府官僚や軍幹部の中には、こうした日本人の沖縄差別を理解する者は少なくない。」
(4)「米海兵隊は、2014年に作成した内部文書『自然資源・文化資源統合管理計画』の中で、日本は第2次世界大戦で本土防衛のために琉球に日本軍の飛行場を建設したが、米軍占領後は日本本土攻撃拠点となり、米軍基地に造り替えられていったなどと沖縄の米軍基地を巡る歴史を記し、『抗議は各基地であらゆる機会に起きる。沖縄の反基地感情は決してなくならない」と現場を分析する。その行間からは、沖縄が抗議するのは、日本人が望まない基地が過剰集中しているからだと理解しながらも、『オキナワ』という米国の利益を維持するために沖縄差別を利用する構造が浮かび上がってくる。」
(5)「日米両政府が在沖米軍基地を維持し、新基地建設の強行を可能にする根底にあるのは、安全保障のために米軍基地は必要だが、自分の庭には望まないと現状を黙認する日本人の『沈黙』だ。」
(6)「米国の黒人差別と闘ったマーティン・ルーサー・キング牧師は『われわれが最後に覚えているものは、敵の言葉ではなく、友人の沈黙だ』と語った。沖縄差別に対する日本の沈黙が続く限り、沖縄が重過ぎる基地負担を強いられる構図は変わらない。」


 これまでも、「沖縄問題」を「構造的沖縄差別」として把握してきたのであるが、平安名の指摘は、改めて、日米両政府による「沖縄差別」の相互作用が「沖縄問題」を規定するというを示す。
 まさしく、「構造的沖縄差別」は、一方では、平安名の指摘する「米国政府・米軍が、米国の利益を維持するために沖縄差別を利用する構造」ということであった。
 もちろん、「構造的沖縄差別」のもう一方の主体は、『沖縄の問題だから』という「沈黙」-それは、「安全保障のために米軍基地は必要だが、自分の庭には望まないと現状を黙認する日本人の「沈黙」だ。」(平安名)-を利用する日本政府と日本政府が示す「虚構」に寄りかかる日本人ということになる。


 平安名は、日本人のこうした「沈黙」に対して、「米国の黒人差別と闘ったマーティン・ルーサー・キング牧師は『われわれが最後に覚えているものは、敵の言葉ではなく、友人の沈黙だ』と語った。」、と対峙させる。
 また、「沖縄差別に対する日本の沈黙が続く限り、沖縄が重過ぎる基地負担を強いられる構図は変わらない。」、と断ずる。


 さて、今が、「構造的沖縄差別」を超える時なのではないか。
 目の前で展開されているできごとは、例えば、辺野古新基地建設は、日米両政府の欺瞞を暴露するものでしかないのではないか。
 与那国島・石垣島・宮古島・奄美大島・沖縄本島に、新配備、増強される自衛隊は、安倍晋三政権の「戦争をする国」としての自衛隊の拡大強化そのものではないのか。
少なくとも、日本国憲法の改悪に疑問を持ち、平和運動に日頃から関心を持っている人たちは、「友人の沈黙」から脱却する道を、まずは考える時ではないか。




by asyagi-df-2014 | 2017-12-08 07:06 | 書くことから-いろいろ | Comments(0)

壊される前に考えること。そして、新しい地平へ。「交流地帯」からの再出発。


by あしゃぎの人
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