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米軍普天間飛行場所属の垂直離着陸輸送機MV22オスプレイが墜落。(4)

 米軍普天間飛行場所属の垂直離着陸輸送機MV22オスプレイが、2017年8月5日、オーストラリア東部の洋上に墜落した。
このことについて、2017年8月8日、朝日新聞は「オスプレイ 飛行中止を求め続けよ」、東京新聞は「オスプレイ事故 飛行継続は許されない」、 南日本新聞は「[オスプレイ墜落] 安全性への疑念高まる」、とそれぞれの社説で主張した。
 なお、2017年8月8日の管官房長官の『運用上必要なものを除いて、国内におけるオスプレイの飛行を自粛するよう申し入れた』、との発言前の主張である。


 朝日新聞は、「日本政府の申し入れは、米軍にとって、これほどまでに軽いものなのか。
米軍の安全への意識の低さ、日本国民・沖縄県民への配慮のなさに慄然とする。」、と慨嘆する。この上で、「昨年12月に同県名護市の海岸で同型機が大破する事故を起こした際にも、米軍はわずか6日後に飛行を全面再開。日本政府もこれを追認した。詳しい原因究明もできない段階で、安易な飛行は許されない。日本政府は今度こそ、強い姿勢で米軍や米政府に飛行中止を求め続けるべきだ。」、「沖縄にとどまらない。日本全国が向き合わねばならない問題である。今回の事故を『外国で起きた事故』で済ませてはならない。」
、と主張する。
東京新聞は、「在沖縄米海兵隊所属の垂直離着陸輸送機MV22オスプレイがオーストラリア北東部で事故を起こし、地元メディアは『墜落』」と報じた。安全性に強い懸念が残る軍用機だ。飛行継続は許されない。」、「安全性に対する日本側の懸念を完全に無視している。今月十日から予定される北海道での陸上自衛隊との共同訓練を含め、在日米軍はオスプレイの運用を直ちに全面的に中止すべきである。」、「安全性に懸念を残したまま、オスプレイが人口が密集する日本上空を飛び回るようなことが許されていいのか。危険にさらされるのは現在配備されている沖縄県にとどまらない。すべての日本国民が考えなければならない問題だ。」、と主張する。
 南日本新聞は、「懸念されていた事故が、またしても起きた。」、「先週の内閣改造で就任した小野寺氏は再任で、実務の安定性を期待されての入閣といわれている。事故を繰り返す機体が頭上を飛び回る暮らしを強いられる国民の不安を理解し、米側に毅然(きぜん)とした態度で臨むべきである。だが、飛行自粛要請の翌日、普天間飛行場を離陸するオスプレイが確認されている。国民の疑念や不安を置き去りにした在日米軍の運用は容認しがたい。日米安全保障への国民理解を揺るがすことにもなりかねない。」、「米軍のオスプレイは、鹿屋市の海上自衛隊鹿屋航空基地を使用する空中給油訓練にも参加することになっている。訓練は今年中にも始まる見通しで、県上空を飛行する機会は増えよう。今後、県民の関心が高まるのは必至だ。鹿屋市や県は、政府に住民の懸念をしっかり伝えてほしい。場合によっては運用中止の申し入れも辞さない覚悟が欠かせない。」、と主張する。


 また、この間の「事実」を各紙は次のように押さえる。


Ⅰ.朝日新聞

(1)オスプレイは、毎年のように世界各地で大事故を起こしている。2010年のアフガニスタン、12年のモロッコ、米フロリダ、13年の米ネバダ、14年のペルシャ湾、15年の米ハワイ、そして昨年の名護市などだ。
(2)名護市の事故では、日米合意で原則6カ月以内とされる米軍からの事故調査報告書の日本側への提出はいまだない。
(3)これで再発が防げると言われて信じる人はどれほどいようか。米軍は今回、「しっかり安全確認をしている」と説明しているというが、住民の不安がぬぐえるはずもない。
(4)事故機は普天間に駐留し、沖縄の空を頻繁に飛んでいた。宜野座村のキャンプ・ハンセンでは、同型機が民家近くの着陸帯で深夜まで訓練を繰り返している。新たな着陸帯を建設した米軍北部訓練場では、地元自治体の要望に反して、予告なく新着陸帯を使う訓練が7月から始まった。午後10時以降の訓練も頻繁で、地元住民は不安や怒りを強めている。
(5)普天間所属のオスプレイは米軍岩国基地(山口県)、横田基地(東京都)、厚木基地(神奈川県)など、全国の米軍基地や自衛隊駐屯地に飛来したり、訓練したりしている。10日から北海道で始まる日米共同訓練にも6機が参加を予定している。
(6)米空軍が横田基地に配備するほか、陸上自衛隊も佐賀空港への配備を検討している。陸自木更津駐屯地(千葉県)では定期整備が始まった。


Ⅱ.東京新聞


(1)沖縄でも昨年十二月、空中給油訓練中にプロペラが破損し、名護市の海岸に不時着、大破する事故を起こしたばかりだ。米軍は機体自体の原因ではないとして、六日後には早くも飛行を再開したが、短期間のうちに事故を繰り返すようでは、そもそも機体自体の構造に問題があると言わざるを得ないのではないか。
(2)オスプレイは沖縄県側の反対を押し切って、普天間飛行場への二十四機の配備が強行され、訓練などで日本各地に飛来している。延期されてはいるが、米軍横田基地(東京都)に米空軍特殊作戦用機の配備計画もある。陸自にも十七機を導入して、佐賀空港(佐賀市)に配備する計画がある。千葉県の陸自木更津駐屯地では普天間に配備された米軍機の定期整備も始まった。


Ⅲ.南日本新聞


(1)在沖縄海兵隊のオスプレイは昨年12月、名護市の浅瀬に不時着を試みて大破する事故があったばかりだ。米軍は事故から1週間足らずで飛行を再開していた。
(2)今回の事故を受けて、沖縄県の翁長雄志知事が「起こるべくして起きた。とんでもない飛行機だ」と批判したのは十分理解できる。
(3)オスプレイは開発段階から不具合が多く、配備後もモロッコやハワイで死亡事故を起こし、「欠陥機」との指摘もある。米側は機体の安全上の問題を否定しているが、これだけ事故が続けば信ぴょう性を疑わざるを得ない。
(4)昨年の事故の際も、当時の稲田朋美防衛相は安全が確認されるまでの飛行停止と原因究明を米軍に求めた。ところが、事故原因の調査が続く中、米軍が飛行再開の意向を示すと、「原因を完全に特定するには至っていない」とする一方で、「米軍の安全対策は有効だ」と結論づけて容認した。
(5)地元の不安よりも米軍の都合を優先したとしか思えない。国民の政治不信が高まる一つの要因となったことは間違いない。


 2017年8月8日の管官房長官の『運用上必要なものを除いて、国内におけるオスプレイの飛行を自粛するよう申し入れた』、との発言は、オーストラリアでの事故と同様に、大きな衝撃をもたらした。
 オスプレイの背後にある日米同盟の「闇」をあらためて物語る。




by asyagi-df-2014 | 2017-08-14 06:29 | 書くことから-いろいろ | Comments(0)

米軍普天間飛行場所属の垂直離着陸輸送機MV22オスプレイが墜落。(3)

 米軍普天間飛行場所属の垂直離着陸輸送機MV22オスプレイが、2017年8月5日、オーストラリア東部の洋上に墜落した。
このことについて、沖縄タイムスは2017年8月8日、「[オスプレイ豪沖で墜落]飛行停止 毅然と迫れ」、と社説で主張した。


 沖縄タイムスは、①「普天間に配備されているオスプレイは計24機。このうち、2機がわずか8カ月足らずの間に墜落事故を引き起こすとは異常である。」、②「事故原因が究明できていないにもかかわらず、在沖米海兵隊は7日、普天間のオスプレイの飛行を始めた。前日に小野寺五典防衛相が日本国内でのオスプレイの飛行を自粛するよう米側に求めたばかりである。」、と二つの疑問を挙げる。
 続けて、沖縄タイムスは、「小野寺氏との会談でシュローティ在日米軍副司令官は普天間からオスプレイを飛行させたことに『安全性を確認した上で、運用上必要だと判断した』と日本政府の自粛要請を事実上拒否した。事故原因も明らかになっていない段階で、言語道断である。政府は米側に『運用上必要だ』と言われれば、口出しできない。」、と最大の疑問を投げかける。そして、安倍晋三政権に向けて、「県民の不安よりも外国軍隊である米軍の言い分を優先しているのである。とても主権国家とはいえない。」、と断ずる。


 沖縄タイムスは、今回の墜落に関わっての問題点(危険性)を、次のように指摘する。


(1)普天間所属のオスプレイが昨年12月、名護市安部の海岸に墜落した事故でも発生から6日後には飛行を再開している。日本政府は今年6月までに米側の事故調査報告書の提出を求めていたが、米側の都合で実現していない。
(2)墜落だけではない。安部の墜落事故と同じ日に普天間飛行場で別のオスプレイが胴体着陸した。6月には米軍伊江島補助飛行場に緊急着陸、その4日後には民間の奄美空港に緊急着陸するなどトラブルが相次いでいる。
(3)安部の墜落事故は飛行機モードで空中給油を受ける際、ローターに給油ホースが接触する危険性が高い構造的な問題があることを示した。
(4)米軍はオスプレイの機体自体に欠陥がないことを強調するが、問題は機体だけではないのである。安部で墜落したオスプレイは夜間の給油訓練というリスクの高い訓練をしていた。重大な事故が起きる危険性を伴う訓練を行っており、これこそが問題である。


 さらに、沖縄タイムスは、「宜野座村城原、東村高江、伊江島補助飛行場ではオスプレイの低空飛行による訓練が激化している。城原では夜間も、集落に近い米軍キャンプ・ハンセン内の着陸帯で粉じんをまき散らしながらの訓練が常態化している。物資つり下げ訓練も行われている。2013年の『オール沖縄』による建白書の原点の一つはオスプレイの配備撤回だった。オスプレイは日米合意を反古(ほご)にして住宅密集地を飛行している。」、と沖縄の日常的な危険と被害を指摘する。


 この上で、沖縄タイムスは、「政府は県民の生命・財産を守るために毅(き)然(ぜん)とした態度で飛行停止を迫るべきだ。」、と要求する。


 確かに、オスプレイは欠陥機であるというだけでなく、米軍が「重大な事故が起きる危険性を伴う訓練を行っており、これこそが問題である。」、という視点が重要である。




by asyagi-df-2014 | 2017-08-13 06:08 | 書くことから-いろいろ | Comments(0)

米軍普天間飛行場所属の垂直離着陸輸送機MV22オスプレイが墜落。(2)

 米軍普天間飛行場所属の垂直離着陸輸送機MV22オスプレイが、2017年8月5日、オーストラリア東部の洋上に墜落した。
このことについて、琉球新報は、2017年8月7日、その社説で、「スプレイ豪沖墜落 沖縄での飛行許されない」、と評した。


 琉球新報は、まず最初に、「名護市の墜落時には別のオスプレイが普天間飛行場で胴体着陸し、今年6月には伊江島と奄美大島で不具合が生じて緊急着陸している。これを欠陥機と言わずして何と言おう。危険極まりない機体が沖縄に配備され、沖縄の上空を日常的に飛んでいる。この状態を放置することなどできない。」、断ずる。
「ミスハップ(事故)」としか発表しない発表在沖海兵隊の情報公開のあり方については、「今回の事故でローレンス・ニコルソン在沖米四軍調整官は県側に『豪州の洋上でオスプレイがクラッシュ(墜落)した』と伝えている。ところが在沖海兵隊は「ミスハップ(事故)」と発表している。名護市の墜落事故の時も海兵隊は「浅瀬に着水した」と発表し、防衛省も広報文で「不時着水」との表現を使った。今回も意図的に「墜落」という言葉を避け、事故を矮小化(わいしょうか)している。」、と批判する。
 これに加えて、米軍の対応について、「防衛省は事故を受け、米軍に対して日本国内でのオスプレイの飛行自粛を求めた。当然の対応だ。しかし米軍からの回答はないという。事故を起こした当事者にもかかわらず、返答をしないとは極めて不誠実だ。」、と抗議する。
 さらに、次のように指摘する。


(1)名護市の墜落事故の時も米軍は「機体の安全性には問題がない」として、事故から6日後に飛行を再開した。ところが米側はこの事故の調査報告書をいまだに日本側に提供していない。
(2)事故調査報告書は日米合同委員会で、日本が米国に「公表可能な報告書の写し」の提供を要請し、6カ月以内に提供されることになっている。名護市の事故でも日本政府は6日後に報告書の写しの提供を要請している。6月19日が期限だったが、米側は日本側に提供せず、提供できない理由などの通知もしていない。6カ月以内に提供できない場合、米側は調査終了見込み日を日本側に通知することになっている。
(3)その日米合意もほごにしたまま、現時点でも提供されていない。そして今回、墜落事故が起きた。米軍のやりたい放題ではないか。
(4)調査報告書の遅れは「機体に問題はない」とするこれまでの見解に、疑問符がついているからではないか。2010年のオスプレイ墜落事故の際に「機体に問題があった」と結論付けた調査報告書に対して、空軍上層部が「人為的ミス」と改ざんするよう圧力を掛けていたことがあるため、そう疑わざるを得ない。


 この上で、琉球新報は、「政府関係者は今回の事故の墜落場所について『沖縄でなくて良かった』と安堵(あんど)したという。沖縄で墜落してもおかしくないと思っていたからだろう。」、という日本政府に対して、「オスプレイが沖縄上空を飛ぶことは許されない。日本政府は飛行自粛ではなく、米軍に普天間駐留の24機全てを撤退させるよう求めるべきだ。」、と突きつける。


 確かに、オスプレイは日本上空を飛ぶことは許されない。いや、世界の空を飛ぶことは許されない。




by asyagi-df-2014 | 2017-08-12 06:11 | 書くことから-いろいろ | Comments(0)

毎日新聞は、「あなたはどこの国の総理ですか」、と掲げる。

 毎日新聞には、「安倍晋三首相(左)に要望書を手渡す被爆者5団体の代表者」の写真が掲載されている。
頭を下げる5人の被爆者団体代表と神妙を装う首相。
この画像が語るものについて、毎日新聞は2017年8月9日、次のように報じた。


(1)長崎への原爆投下から72年の「原爆の日」を迎えた9日、長崎市の平和公園で平和祈念式典が開かれた。平和祈念式典後に長崎市内で安倍晋三首相と面談した被爆者団体代表は、核兵器禁止条約に日本政府が批准しない方針を示していることに強く憤った。
(2)「あなたはどこの国の総理ですか」。長崎県平和運動センター被爆者連絡協議会議長を務める川野浩一さん(77)は被爆者団体からの要望書を安倍首相に手渡した際に迫った。「ヒバクシャの願いがようやく実り、核兵器禁止条約ができた。私たちは心から喜んでいます。私たちをあなたは見捨てるのですか」。
(3)面談は式典後に首相らが被爆者団体から援護策などの要望を聞く場として設けられている。通常は冒頭で静かに要望書を手渡すが、川野さんは「子や孫に悲惨な体験をさせてはならないというナガサキの72年間の訴えが裏切られたという思いがあった」と異例の行動に出た理由を話す。川野さんは安倍首相に「今こそ日本が世界の先頭に立つべきだ」とも訴えたが、明確な返答はなかった。
(4)式典に参列した被爆者も、あいさつで条約に言及しない首相への失望を口にした。8歳の時に爆心地から約2・8キロで被爆した嶺川洸(たけし)さん(80)は「核兵器禁止条約が採択され、今が一番大事な時だ。わざわざ東京から来てあいさつするのに、なぜ被爆者に寄り添った言葉を語らないのか」と語った。


 確かに、私たちが「選んだ」日本国総理大臣は、「ヒバクシャの願いがようやく実り、核兵器禁止条約ができた。私たちは心から喜んでいます。私たちをあなたは見捨てるのですか」、との悲痛な叫びをしっかりを受けとめ、そのことを自分の思いに変えることができない人ではなかったのだ。




by asyagi-df-2014 | 2017-08-11 12:00 | 書くことから-いろいろ | Comments(0)

「学校空調補助廃止 米軍機の飛行禁止求める」、と琉球新報が社説で。

 琉球新報は2017年8月5日、「学校空調補助廃止 米軍機の飛行禁止求める」、と社説を掲げた。
 教育条件整備の運動を組織の一員として関わってきたつもりの者にとって、非常に心揺さぶられる一撃である。
というのも、どう考えても、教育条件整備の最たる課題は、米軍基地問題であったにもかかわらず、飛行禁止を要求することを挙げきらなかったからである。
琉球新報は、まず最初に、「米軍のためには湯水のごとく予算を使う一方で、米軍機の騒音で窓を開けられない学校への空調維持費の補助を打ち切る。こんな理不尽なことは断じて認められない。」。と断ずる。
何故なのか、琉球新報は、こう説明する。


(1)基地周辺の学校を対象にした防衛省の防音事業で、空調機更新に伴うその維持費補助が県内6校で廃止されることになった。防衛省によると、新たな空調機の稼働後に維持費補助が打ち切られる。防衛省は昨年4月、維持費補助の廃止を県教育庁などに通知した。教育関係者らから見直しを求める声が上がり、県市町村教育委員会連合会などが継続を要請し、各自治体の議会が継続を求める意見書などを採択した。防衛省が要請を聞き入れなかったことに強く抗議する。
(2)全国一律の制度変更だが、沖縄の割合は施設数で41・2%、金額では68・7%と突出している。県内への影響が大きいことも看過できない。
(3)防衛省は3、4級の補助廃止について、国の財政事情の厳しさを挙げて1、2級よりも「比較的、影響が少ない」ことなどを理由に交付要綱が変更されたと説明している。1、2級に比べれば、騒音の影響が「少ない」のは当然である。だが3、4級を設けたのは騒音で授業に支障があったからである。
(4)3級のうるささの基準は、50分の授業中に75デシベル以上の騒音が10回、または80デシベル以上が5回以上である。70デシベルは「騒々しい街頭」、80デシベルは「地下鉄の車内」の騒音である。


 琉球新報は、この事実を基に、問題の核心を突く。


(1)騒音が軽減され、3、4級の対象から外れたわけではないのである。騒音が解消していない以上、「比較的、影響が少ない」ことが補助廃止の理由にはなり得ない。
(2)「財政事情の厳しさ」を廃止理由に挙げていることも、到底認められない。2017年度防衛費は5兆1251億円である。5年連続の増加で、財政事情が厳しいはずがない。
(3)4級は県内にはない。防衛省によると、15年度の3級の補助実績は県内108校・施設で2億1800万円だった。5兆円を超す予算からすれば、他の無駄を省けば十分負担できる額である。
(4)米軍北部訓練場のヘリパッド建設では、政府が当初予定していた工事予算(3工区・4着地帯)は約6億1千万円だったのに対し、「警備費」の増額などで約15倍の計94億4千万円に膨れ上がった。財政事情が厳しいのが事実であれば、このような巨額な無駄遣いが原因である。そのしわ寄せが子どもたちに及ぶことがあってはならない。
(5)防音事業の完全実施は、米軍機の自由な飛行を認める国の責任である。沖縄の将来を担う子どもたちが米軍機の騒音にさらされる状況を改善せずに、騒音の被害を受ける側が空調維持費を負担することは到底受け入れられない。


 だからこそ、琉球新報は、「空調維持費の補助を打ち切るならば、米軍機の飛行を禁止すべきだ。」、と結論づける。


 確かに、次のことが言える。


Ⅰ.防音事業の完全実施は、米軍機の自由な飛行を認める国の責任である。
Ⅱ.沖縄の将来を担う子どもたちが米軍機の騒音にさらされる状況を改善せずに、騒音の被害を受ける側が空調維持費を負担することを、許してはいけない。
Ⅲ.3級のうるささの基準は、50分の授業中に75デシベル以上の騒音が10回、または80デシベル以上が5回以上である。70デシベルは「騒々しい街頭」、80デシベルは「地下鉄の車内」の騒音であり、こんな教育条件を許してはいけない。


 やはり、米軍機の飛行を禁止すべきなのだ。




by asyagi-df-2014 | 2017-08-11 06:04 | 書くことから-いろいろ | Comments(0)

米軍普天間飛行場所属の垂直離着陸輸送機MV22オスプレイが墜落。(1)

 朝日新聞は2017年8月6日、標題について次のように報じた。


(1)沖縄を拠点とする米海兵隊の垂直離着陸機オスプレイMV22が5日午後4時(日本時間午後3時)ごろ、オーストラリア北東部沿岸で訓練中に墜落した。米海兵隊によると、搭乗していた26人のうち23人が救助されたが3人が行方不明で捜索が続けられている。事故機は、キャンプ・ハンセン(沖縄県金武町)に司令部がある第31海兵遠征部隊の所属。海兵隊が米本土以外で唯一、常時前方展開している沖縄の第3海兵遠征軍の機動部隊だ。米豪の合同演習「タリスマン・セーバー」に参加するため、現地を訪れていた。
(2)豪国防省の発表によると、墜落地点はクイーンズランド州ロックハンプトン近くのショールウォーター湾。世界最大のサンゴ礁で知られるグレートバリアリーフの一角だ。豪紙デイリー・テレグラフ(電子版)は豪国防省筋の話として、事故は米空母ロナルド・レーガンに着艦しようとした際に起きたと報じた。事故原因は不明で、第3海兵遠征軍はツイッターで「分かり次第、より詳細を提供したい」と伝えた。
(3)米海兵隊によると、強襲揚陸艦ボノム・リシャールから船や航空機を出して救助作業をしている。
(4)オスプレイは2012~13年にかけて米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)に24機が配備され、陸上自衛隊も配備する計画だ。ただ開発段階から事故が相次いでおり、構造上の問題を指摘する意見もある。00年には米アリゾナ州で墜落し、19人が死亡。15年5月には米ハワイ州オアフ島で訓練中に着陸に失敗し、海兵隊員2人が死亡した。
国内では昨年12月、沖縄県名護市沿岸で大破する事故を起こした。沖縄県は事故から1週間足らずでの飛行再開に「拙速だ」と強く反発した。
(5)米海兵隊のオスプレイは10~28日、北海道で陸上自衛隊との日米合同訓練に参加する。道内の訓練に参加するのは初めてで、地元では安全性を懸念する声が強まりそうだ。訓練は北海道大演習場(恵庭市、千歳市など)、上富良野演習場(上富良野町など)、矢臼別(やうすべつ)演習場(別海〈べつかい〉町など)の3カ所で実施される。市民団体「北海道平和運動フォーラム」(札幌市)は1日までに、北海道防衛局と道、演習場に隣接する各市町村に対し、訓練の中止を求めて文書で申し入れている。また道と演習場の地元9市町は3日、安全管理の徹底などを求める要請書を北海道防衛局に提出した。
(6)陸上自衛隊が導入するオスプレイをめぐっても、佐賀空港への配備計画について地元漁協が事故などを懸念して反対している。
(シドニー=小暮哲夫、ワシントン=土佐茂生)


 オスプレイの墜落。
 これほど続くことは、もはや「欠陥」を言い逃れできない。
 日本政府は、きちんと対応しなければならない。




by asyagi-df-2014 | 2017-08-06 14:12 | 書くことから-いろいろ | Comments(0)

厚木基地の騒音被害で、周辺住民ら6063人が、国に米軍機と自衛隊機の飛行差し止めと、約86億3200万円の損害賠償などを求め、第5次の提訴。

 朝日新聞は2017年8月4日、標題について次のように報じた。


(1)米軍と自衛隊が共同で使用する厚木基地(神奈川県綾瀬市、大和市)の騒音被害をめぐり、周辺住民ら6063人が4日、国に米軍機と自衛隊機の飛行差し止めと、約86億3200万円の損害賠償などを求め、第5次となる訴訟を横浜地裁に起こした。
(2)最大の焦点は、騒音の大半を発生させている米軍機の飛行差し止めだ。1976年提訴の1次訴訟から、騒音を違法状態とする判決が定着。4次訴訟では一、二審で初めて自衛隊機の夜間早朝の飛行を差し止める判決が出たが、最高裁で破棄された。米軍機については日本の支配が及ばないことを理由に、一貫して審理の対象になっていない。
(3)5次訴訟では、飛行差し止めを求めるとともに、実現するまで国に対米協議を義務づけることを初めて求めた。損害賠償額も、4次訴訟の2倍の1人当たり月4万円を求めた。




by asyagi-df-2014 | 2017-08-04 20:26 | 書くことから-いろいろ | Comments(0)

ジャーナリストの気概。

 三上智恵さんのブログ(2017年7月22日付)に、こんなことが書かれていました。


今朝の琉球新報に拍手を送りました

防衛局から県内新聞紙二紙に突きつけられたクレームを
「今後も報道して行く」と爽やかに打ち返しました

辺野古の埋め立て工事で大浦湾のサンゴが傷つけられているその写真
高江の新ヘリパッドに降りた オスプレイを間近に捉えた写真

これらが制限されているはずの区域で不法に撮影されたものだと難癖をつけてきた

尊敬するジャーナリスト福島菊次郎さんは言いました

「我々カメラマンは法を犯してもいいんです
相手の決めたルールに縛られて権力と勝負ができますか?」と

権力側に都合よく決められ運用されているルールがあり、それを「悪法も法なり」と諦めてこうべを垂れて全て従うというなら、 権力側の腐敗を白日のもとに晒すことはできない

沖縄を戦場にし
負けたら負けたで土地を奪ってフェンスで囲む アメリカという外国に お墨付きを与えるだけの日本

法治国家と振りかざす前に日本政府はまず
沖縄県民の権利や安全のために命がけでアメリカをコントロールするルールを作ってくれるべきだろう

その努力もなく
フェンスの中で何をしても隠蔽されるという現状を諦めて見ていられるはずがない
そんなルールは打破しなければならない

例えば有害物質をドクドクと基地の中から垂れ流していたとして証拠写真があるのに報道しない という選択は
沖縄のメディアは できようはずもない

私たちの生活の場であり
子孫に無傷で渡すために
環境破壊の隠蔽は最も目を光らせていなければならない問題である

報道の力で止めていかなくてはならない最たるものです

普久原編集局長は県民に伝えるべき重要な情報だと判断した と堂々と書きました

普久原さんは同年生ですが尊敬する気骨あるジャーナリスト
頼もしい限りです

だから、県内2紙は県民に支持されてるんですよ
拍手です!!


 ジャーナリズムのあり方が問われて久しい。
 大事なことは、職業人としての「気概」ではないかと。




by asyagi-df-2014 | 2017-07-23 12:31 | 書くことから-いろいろ | Comments(0)

大田昌秀さんをおくるために。

 自分史の中で、沖縄の関わりが強くなったのは、1995年以降のような気がします。 とすると、大田昌秀さんとは、常に表舞台に居る人でした。
沖縄タイムスは、2017年6月21日、「反戦貫いた大田さんをおくる 『艦砲ぬ喰ぇー残さー』の精神 【金平茂紀の新・ワジワジー通信(26)】」を掲載しました。
一つの想いの証として、次に載せます。


(1)大田昌秀さんは92歳の誕生日に、教え子たちやご家族に見守られて他界した。ハッピー・バースデー・トゥ・ユーのお祝いの歌を聞きながら、まさに眠るように息を引き取られたそうだ。大田さんのことだ、沖縄のあるべき未来に確固たる希望をもっておられたので、それと現実の落差におそらく大いに悔いを残しながら去っていかれたのではないかと思う。
(2)僕が最後にお会いした時も沖縄が置かれている現実に怒りを隠していなかった。その内奥からみなぎる熱情の源は、鉄血勤皇隊員としての沖縄戦での極限の体験にあると常々話しておられた。戦争をしてはいけない。大田さんの戦後を貫く固い信念だ。
(3)「大田さん、何を召し上がりたいですか?」。去年の5月22日、那覇で久しぶりにお会いして夕食にお誘いして返ってきた答は「ステーキ!」。大田さんは200グラムのステーキを平らげた。亡くなられた3日前に入院先の病室にお手紙をお届けしたが、もはや開封して文字を追う体力はなく、僕から手紙が来たと告げられると、「ああ、彼とはよく会ったんだ」と口にされたと、その場に立ち会っていた教え子の玉城眞幸さんからうかがった。
(4)大田昌秀さんに引き合わせていただいたのは、故・筑紫哲也さんだ。大田さんが知事時代に上京した際の会食に同席させていただいたのが最初だった。当時の琉球放送・東京支社長、故・大城光恵さんもよく同席されていた。取材なのか単なる宴会なのかよくわからない楽しい懇談の場だった。
(5)ウイスキー、とりわけシーヴァス・リーガルをこよなく愛した大田さんは、飲めば飲むほど弁舌さわやかに、話題は時空を飛び越えて世界に広がって、沖縄出身のイリノイ大学名誉教授・平恒次氏らウチナンチューの国際舞台での活躍ぶりや、同じく沖縄出身でアメリカで成功をおさめた実業家・平良新助の「ヒヤミカチ節」の歌詞のことやら、ついには沖縄独立論まで話題はとどまるところを知らないのだった。
(6)東京杉並区の高円寺に最初にできた沖縄料理店「きよ香」にも出入りして、店主の高橋淳子さん(故人)とも親交があった。びっくりと言えば、たまたま僕が2000年に北朝鮮を取材していた時、ピョンヤンのホテルでばったり大田さんに出くわしたことがあった。朝鮮半島の平和団体の招きで訪朝していてレセプションがそのホテルで行われていたようだった。
(7)僕の記憶はほとんど飛んでしまっていたのだが、当時の秘書の桑高英彦さんによると、1994年ころ、当時僕が赴任していたモスクワでも県知事訪問団の一行として参加されていた大田さんと僕は会っていたというのだ。そうだったなあ、とだんだん思い出してくる始末だ。
(8)とにかく大田さんは行動範囲が広いのだ。そして人をしっかりと鋭く見極める能力があった。「あれはニセモノだよ」。沖縄にすり寄ってくる自称・学者、文化人の動向を静かに見ていた大田さんは、笑みを浮かべながら厳しいことを言っていた。その大田さんはもういない。ぽっかりと大きな穴があいたようだ。
(9)6月15日、午前7時46分。希代の悪法「共謀罪」法が可決・成立した。反対する市民らが国会周辺で怒りの声を上げるのを取材しながら、僕は何度も時計に目をやっていた。その日の午後、浦添市で大田さんの告別式が行われることになっていたからだ。何としても参列して自分なりのお別れの思いを伝えたかった。取材後、飛行機に飛び乗り、どうにか告別式に間に合った。会場には大田さんとゆかりのあった人々に加え、大田さんを慕う大勢の市民や県民の方々が訪れ、死を悼んでいた。仕事場から慌てて抜けてきたような普段着の人もいた。海勢頭豊さんらの生演奏が奏でられていた。遺影の大田さんは笑っていた。けれども僕がお会いした大田さんは、初めはにこやかだったが、基本的には怒っていた。
(10)これだけは言っておかねばならない。大田さんは95年のいわゆる女性に対する暴行事件の際、反米軍基地感情が沸点に達した時、普天間飛行場返還の約束をとりつけた主人公である。それが今現在の辺野古問題の直接の引き金である。当時の首相、橋本龍太郎氏は焦っていた。それと同時に、当時の沖縄県民の怒りに一定の理解を持っていた。何しろむごい事件であり、米軍側は日米地位協定を盾に米兵の身柄引き渡しさえ拒んでいたのだから。今の政権とは雲泥の差がある。橋本首相は当時の駐日大使ウォルター・モンデール氏に頼み込み、普天間飛行場の返還を迫った。モンデール氏は旧知の国防長官・ウィリアム・ペリー氏に電話を入れてOKを取り付けた。「普天間は返そう。それでOKだ」と。それがいつのまにか代替基地建設の話にすり替えられていく。県内に代替施設を建設する条件などなかったはずだ。それを仕向けた人間たちがいた。誰か?
(11)悲しいことに、それはアメリカ側の要求というより、当時の防衛庁トップと日本政府内の安保体制に利害関係をもつ強硬派が「沖縄に海兵隊はとどまってほしい」と、無条件返還話を捻(ね)じ曲げたのだ。海兵隊にとっては願ったりかなったりの提案だった。世界最大規模の米軍基地・嘉手納に統合されずに、自前の基地を、ほとんどまるごと日本政府のお金で自然の美しい場所につくってもらえる、と。こんなおいしい話はない。
(12)大田さんの告別式で涙を流しながら友人代表の弔辞を述べた比嘉幹郎さん(元副知事)に、式会場で大田さんとの思い出をうかがった。「大田さんが名護の英語学校の先生だったころ、よくお酒を一緒に飲みに行ったんです。当時のジュークボックスで1曲1回25セントだったかで聴けたんですが、大田さんは10枚くらいクオーター(25セント銅貨)を入れて何度も何度も聞いていた曲が、でいご娘の『艦砲ぬ喰ぇー残さー』だったんです」。歌詞のサビの部分はこうだ。
(12)
 うんじゅん 我んにん 汝(いや)ん 我んにん(あなた方も、私も、君も 僕も)
 艦砲ぬ喰ぇー残(ぬく)さー(艦砲射撃の食い残し)

(13)沖縄戦の後の自分たちは、「鉄の暴風」と言われた米軍の激しい艦砲射撃の生き残りに過ぎない。死んでいった者たちのことを決して忘れるな、という深い含意がある。大田さんだからこそ、敵も味方も国籍も年齢も氏名の確認さえも超えて、あの「平和の礎」を作りえたのであり、沖縄戦の歴史文書をきちんと後世の人々に残すために(ああ、今の公文書を片っ端から隠滅・廃棄してしまう役人どもとは何という志の違いだろうか!)県公文書館を設立した。
(14)大田さん。大田さんの怒りをわずかなりとも心に引き継ぎ、僕は僕の持ち場で沖縄と向き合っていきますからね。どうぞ、やすらかにお休みください。合掌。


 「苦渋の選択」。
 私にとって、重くていろんなことを想起させる言葉である。
 この言葉は、また、大田昌秀さんを思い出せてきたことは確かである。
 金平さんは、「これだけは言っておかねばならない。」、と熱く語る。
 「大田さんは95年のいわゆる女性に対する暴行事件の際、反米軍基地感情が沸点に達した時、普天間飛行場返還の約束をとりつけた主人公である。それが今現在の辺野古問題の直接の引き金である。」ということに関して、次のように説く。
「それがいつのまにか代替基地建設の話にすり替えられていく。県内に代替施設を建設する条件などなかったはずだ。それを仕向けた人間たちがいた。誰か?、悲しいことに、それはアメリカ側の要求というより、当時の防衛庁トップと日本政府内の安保体制に利害関係をもつ強硬派が『沖縄に海兵隊はとどまってほしい』と、無条件返還話を捻(ね)じ曲げたのだ。海兵隊にとっては願ったりかなったりの提案だった。世界最大規模の米軍基地・嘉手納に統合されずに、自前の基地を、ほとんどまるごと日本政府のお金で自然の美しい場所につくってもらえる、と。こんなおいしい話はない。」、と。


 今なら、理解できることがある。
 「沖縄のせいにする」、という常套手段が、そこにも貫かれたということを。


 「大田さん。大田さんの怒りをわずかなりとも心に引き継ぎ、僕は僕の持ち場で沖縄と向き合っていきますからね。どうぞ、やすらかにお休みください。合掌。」、との金平さんの想いに、私も手を合わせます。





by asyagi-df-2014 | 2017-07-01 17:17 | 書くことから-いろいろ | Comments(0)

国労闘争団岩崎松男さんの偲ぶ会が開かれた。

 レイバ-ネットは、2017年6月25日、「ブレない不器用な男のたたかい~国労闘争団『岩崎松男さんを偲ぶ会』開かれる」、と伝えた。
 会場には、2000年「四党合意」で国鉄闘争が危機に陥ったときに「四党合意」反対の先頭に立っていた岩崎さんの勇姿が流されたという。
 国鉄闘争での国労闘争団岩崎松男さんの姿が脳裏にあるだけに、68歳で亡くなられたことに、心からの哀悼の意を表します。
 この偲ぶ会の様子を、レイバ-ネットは、次のように伝えてくれています。


(1)6月24日、東京・スペースたんぽぽで「岩崎松男さんを偲ぶ会」が開かれた。岩崎さんは元国労闘争団で、30年前の国鉄分割・民営化で解雇された1047人の一人。鹿児島で解雇されたが上京して専従としてたたかってきた。近年は地元の反原発運動にも関わっていたが、今年2月がんのため68歳で亡くなった。韓国民衆歌謡グループ「コッタジ」応援団の中心メンバーでもあり、偲ぶ会には韓国からコッタジ関係者が2名来日した。コッタジ歌手のパク・ヒャンミさんは金芝河の詩に歌をつけた「鳥」を歌って追悼、会場を魅了した。
(2)「偲ぶ会」は本人にふさわしく明るく楽しい集いになった。呼びかけ人のスピーチで名古屋哲一さんは「私は郵政だったが、同じ解雇仲間でウマがあった。かれは上が変わってもブレなかった。たぶんブレたり他の選択を考える頭がなかっただけかも…。不器用な人間だった」と笑わせた。そして「とにかく本をよく読んでいて教えてもらった」という。同じ闘争団仲間の成田雄一さんは「闘争団で一番尊敬できる先輩。遺志を継いでいきたい」と語った。ビデオプレスの佐々木有美さんは、エピソードを話そうとしたが思いがこみあげて絶句。代わりにこの日のために書いたメッセージを読みあげた。
(3)会場に流された映像は、2000年「四党合意」で国鉄闘争が危機に陥ったときに「四党合意」反対の先頭に立っていた岩崎さんの勇姿だった。臨時大会の「演壇占拠」のシーンも流れた。この日は国労関係者も多く、「俺はあの時あそこにいて壇上に突っ込んだ」「俺は呼び水をつくった」など「自慢話」に花が咲いた。全部で51人が参加したが、参列者は次々とマイクを握り、岩崎さんのエピソードや思い出を語った。国労関係だけでなく、「東京総行動」で一緒にたたかった仲間、「コッタジ応援団」の仲間、「労働情報」のメンバーなど幅広い人たちだった。
(4)『地域と労働運動』編集長の川副詔三さん(写真上)は「四党合意は、国鉄闘争が敗北するか生きのこるかの分岐点だった。あのとき岩崎さんは仲間と『貫徹グループ』をつくり、四党合意をつぶすことに人生を賭けた。そして四党合意はつぶれ、その結果2010年の名誉ある解決につながった。これはかれの人生の勲章だと思う」と岩崎さんのたたかいと生き方を讃えた。
(5)鹿児島の妻(幸子さん)からは、鹿児島焼酎の差し入れとお礼の手紙が寄せられた。そこには「主人は全身全霊で自分の信念を貫き、それに伴う人と人との結びつきを唯一の喜びとし、残された命を鹿児島の地で変わることなく全うしたのだと思います」と記されていた。
       (松原明)


                           




by asyagi-df-2014 | 2017-06-25 21:46 | 書くことから-いろいろ | Comments(0)

壊される前に考えること。そして、新しい地平へ。「交流地帯」からの再出発。


by あしゃぎの人
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