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沖縄から- キャンプシュワブに大量の資材搬入

 沖縄緊迫。
 沖縄の二紙は、「シュワブにブイなど資材搬入 辺野古新基地」、「海上で逮捕権行使も県警、辺野古の移設作業」、「辺野古ブイ設置、首相『急いでやれ』 防衛省幹部を叱責」と。
 
辺野古浜通信は次のように伝える。
 以下、引用。


7月20日、午前2時半、40台のトレーラーによりキャンプシュワブに大量の資材搬入が行われました。自主的に集まった2名が夜を徹しての監視を行っていましたが、止めることは出来ませんでした。

現在、台風10号もやや離れたため、すぐにでも海上へのブイ設置の可能性もあります。沖縄へ、辺野古へ集まってくださるよう、呼びかけ、拡散をよろしくお願いいたします。

琉球新報は、那覇新港を出発前のトレーラーの写真を掲載し「ブイは19日に那覇新港に入港した貨物船で県内に持ち込まれた。港には、ブイ設置業者のものとみられる業者の荷台もあったが、19日夜までに社名がガムテープで隠された。」と記事を書いている。報道各社は資材が沖縄に到着し、深夜にシュワブ基地内に搬入されることを知りながら報道せず、今後とも沖縄防衛局との「信頼関係」を築くことを優先したようだ。このことは止めることが出来ていない私たちの課題であるのかも知れない


 沖縄タイムスは、2,014年7月20日、「シュワブにブイなど資材搬入 辺野古新基地」と報じた。
 以下、引用。


 米軍普天間飛行場返還に伴う名護市辺野古の新基地建設で、防衛省は20日未明、キャンプ・シュワブ沖の施工区域を明示するた

めのブイやフロートなどの関連資材を陸路でシュワブ内に搬入した。

 20日午前2時33分から、緑のカバーで積み荷を包んだ大型トレーラー25台が相次いでシュワブのゲートに入った。ゲート前では新基地建設に反対する男女2人のうち、男性がトレーラーを止めようと車道に飛び出し、警察官に制止された。

 防衛省は台風の進路など気象状況を見ながら、近く海上に設置する予定。海底の地質を調べるボーリング調査や実施設計をへて、本年度内にも埋め立ての本体工事に着手する方針だ。


 さらに、琉球新保は、2,014年7月19日に、「辺野古ブイ設置、首相『急いでやれ』 防衛省幹部を叱責」と、報じていた。
 重ね重ね、安部晋三政権の罪は重い。
 以下、引用。


 安倍晋三首相が7月上旬、米軍普天間飛行場の名護市辺野古への移設に伴う海底ボーリング調査と、移設工事の施工区域などを明示するための浮標灯(ブイ)の設置をめぐり、「急いでやれ」と防衛省幹部らに早期実施を強く指示していたことが分かった。
 一方、海底調査に先立つブイ設置について防衛省は22日にも作業に着手することを検討しているが、台風の接近なども踏まえ、27日からの週とする方向であらためて調整するとみられる。
 関係者によると、安倍首相は今月上旬、官邸の執務室に防衛省幹部を呼び、移設作業の進捗(しんちょく)について報告を受けた際、「なぜ作業が遅れている。さっさとやれ」などとブイ設置や海底調査開始の遅れについて声を荒らげて叱責(しっせき)。机をたたくなどしてまくし立てたという。
 首相は移設問題についてこれまで「地元に丁寧に説明し、理解を求めながら進める」と繰り返しているが、地元名護市が移設に反対する中での作業の強行に自身も深く関与していたことが明らかになった形だ。
 防衛省は首相の指示を受け、ブイの設置作業を7月上旬に開始する方向で検討したが、その直後に沖縄地方などを襲った台風8号の影響などもあり、遅れたという。
 ブイ設置は当初6月中に実施する予定だったが、資材調達の遅れなどから着手がずれ込んでいる。


琉球新報は、同日、「海上で逮捕権行使も 県警、辺野古の移設作業」とも報じた。


 米軍普天間飛行場の名護市辺野古移設に伴う海底ボーリング調査に向け、県警が海上での身柄拘束を視野に警備体制を組んでいることが18日、複数の関係者への取材で分かった。浮標灯(ブイ)の設置作業に合わせ、警備艇を出して警戒に当たる方針。
 県警と海上保安庁が連携し、反対派市民が提供水域に侵入するなどの行為があった場合に刑事特別法(刑特法)などの法律を適用する。県警関係者は「今回は政府の意向が強く働いている。10年前の失敗を踏まえフル装備で警備に当たる」と話している。
 県警は2004年のボーリング調査時にも、数隻の警備艇を出動させ警戒に当たった。県警が所持する警備艇は先島に配置されている船を含めて9隻。今回も各署から辺野古沖に集結させる予定で、10年前よりも増やす見込みだ。加えて、海保が出すゴムボートに警察官が同乗することも検討している。海保は刑特法を適用した例はないため、県警と協力して逮捕を行使する構えだ。一方、防衛局も名護漁協などの協力を得て漁船をチャーターし、「警戒船」として辺野古周辺海域を航行させている。
 海保と県警はここ数年、尖閣諸島の警備を合同で行うなど連携強化を進めてきた。香港の活動家らの乗った船が日本の領海内に侵入した12年には、県警と第11管区海上保安部は約30人体制で島に待機。上陸した7人を含め計14人を現行犯逮捕した。
 関係者は「反対派ともめて逮捕した場合、海保が実況検分したり証拠を集めたりというのは、なかなか厳しいところがある。警察はそういう要領が分かっている」と話している。


by asyagi-df-2014 | 2014-07-21 07:45 | 沖縄から | Comments(0)

沖縄から-辺野古24時間厳戒

辺野古の状況が緊迫を増している。
 沖縄タイムスは、2014年7月17日に「ブイ設置、迫るXデー」と、報じている。
「安倍晋三首相は6月に来県した際、辺野古のボーリング調査について『しっかりと地元の方々、県民の皆さまに説明していきたい』と述べた。」という。このことに関しての「言葉と行動がまったく逆である。不誠実きわまりなく、県民を愚弄(ぐろう)するものだ。」との指摘にどのように答えさせることができるのか。
 安部晋三政権そのものの愚劣さが極まっている現在、沖縄は、追い込まれている。いや、日本自体が追い込まれている。少なくとも強権発動は許されない。
 以下、沖縄タイムス記事引用。

 名護市辺野古の新基地建設で、浮標(ブイ)設置の「Xデー」が迫っている。関係者によると、米海兵隊の水陸両用訓練が休みになる20日、連休明けの22日や26日が有力という。防衛省は知事選前に「後戻りできない状況」をつくりだすため、当初計画の遅れを取り戻そうと懸命になる。一方、反対派住民は埋め立てに向けた海上作業の本格的なスタートと位置づけ、警戒を強める。(政経部・福元大輔、東京支社・比屋根麻里乃、大野亨恭)

 「なんでこんなに遅れているんだ。早く進めろ」。7月上旬、政府高官は官邸に呼び出した防衛省幹部に対し、机をたたきながら声を荒らげた。ブイの設置作業が大幅に遅れていることに怒りを爆発させたという。

 当初は6月20日に着手予定だった。現場職員を集め、「Xデー」に備えた講習会も開かれたが、キャンプ・シュワブ沖の常時立ち入り制限区域の拡大など、環境を整えるうちに延び延びになり、1カ月近くずれ込んでいた。

 施工区域を明示するブイ設置は、海底ボーリング調査、その後の実施設計、埋め立ての本体工事といった全体的なスケジュールに影響を与える。

 「米軍普天間飛行場の一日も早い危険性の除去」を掲げる仲井真弘多知事や自民党県連との関係もあり、9・5年かかる計画を可能な限り前倒しで完成させるのが防衛省の最重要課題だ。政府関係者によると、政府高官のあまりのけんまくに防衛省幹部は震え上がったという。

 防衛省の一部は事業を担当する沖縄防衛局へいらだちの矛先を向ける。幹部は「いつやるかは局が決めるが、いろいろ言いたいことは山ほどある」と吐き捨てる。逆に、局の関係者は「必要な手続きを進めているのに東京はまだか、まだか、とせかすばかり」と、いぶかしがる。

 前のめり気味の政府は、11月の知事選を視野に入れているのは間違いない。事業の過程で県との調整を残しており、埋め立てを承認した仲井真知事の在任中に少しでも先に進めたいのが本音だ。早い時期に海底ボーリング調査を終え、「静かな環境」で選挙期間を迎えたい思惑もある。

 反対派住民は知事選を「ラストチャンス」ととらえる。海に手を付けさせなければ、知事選の結果いかんで計画を止めるという望みを支えに、激しい抵抗をみせる構えだ。

 自民党関係者の一人は「政府は反対派の逮捕もちゅうちょしないだろう。今回は本気だという政府の姿勢の表れだ」と強調。防衛省幹部は「海保や県警は生ぬるい。強引に逮捕したら沖縄で暮らしていけないとでも思っているのだろう」と強硬な態度をちらつかせた。

 このことについて、沖縄タイムスの解説、以下引用

辺野古新基地、周到に準備 危険性増す可能性-2014年7月18日

 【解説】名護市辺野古の新基地建設で、防衛省が浮標(ブイ)設置や海底ボーリング調査などの海上作業に、キャンプ・シュワブ沖の立ち入り禁止区域の拡大のほかにも、幾重もの防御策を講じていることが判明した。過去の混乱を教訓に、反対派住民の阻止行動に対応するため、周到に準備し、厳戒態勢で臨む構えだ。

 ブイ設置やボーリング調査は米軍管理のシュワブ内から船を出し、沿岸部から沖へ向かって作業を進める。区域をフロート(浮具)で囲み、その周辺を警備会社のゴムボートや漁船で警戒することで、反対派を遠ざける狙いだ。

 関係者によると、大型船で海上からブイやフロートを運び、短期間で一気に進める計画もあったが、海上保安庁や県警が安全確保の観点から難色を示し、陸上輸送で資材をシュワブ内に運び込む方法に転じた。

 2004年のボーリング調査では、基地外の作業ヤードや港を使用。現場へ向かうまでに反対派のボートやシーカヤックに阻止され、最終的に中止に追い込まれた。当時もシュワブ使用を米軍に打診したが、米軍は実務上の役割を担うことに消極姿勢だった。

 今回はシュワブ内に作業場や浮桟橋を新たに設けるなど、海上作業の拠点と位置付けられる。日米両政府が強力に推し進める計画の実現に、米軍が理解を示したとみられる。

 ブイ設置は事業自体が防衛省内で秘密指定され、ボーリング調査を含め、着手時期は明かされていない。一方で、名護市長が新基地建設に反対するなど反対派の状況も04年と比べ大きく変わり、どのような阻止行動を展開するか見えない。

 防衛省は防御策の一つ一つを「安全、円滑に作業を実施するため」と強調する。ただ、住民との対話もなく、野放図に計画を進めれば、海上でつきまとう危険性への懸念は払拭(ふっしょく)されるどころか、逆に増大する可能性が高まっている。
(政経部・福元大輔)

 さらに、沖縄タイムス社説、以下引用。

辺野古緊迫、強権発動は許されない-2014年7月19日

 米軍キャンプ・シュワブ沖の広大な立ち入り禁止区域の境界にブイ(浮標)を並べ、海底ボーリング調査の足場周辺にフロート(浮具)を張り巡らす。ブイ周囲は、海上保安庁のゴムボートや民間警備船、警戒船が監視に当たる-。こんな異様な厳戒態勢を敷いてまで工事を強行するというのか。到底容認できない。

 米軍普天間飛行場返還に伴う名護市辺野古での新基地建設をめぐり、工事区域を示すために沖縄防衛局が準備を進めているブイ設置計画の概要である。防衛局は来週以降、ブイ設置に着手し、月内にボーリング調査を始める方針だ。作業期間の11月30日までに、延べ1252隻の警戒船を出す予定であるという。

 ブイ設置やボーリング調査は、シュワブ内から船を出し、沿岸部から沖へ向かって作業を進める。区域をフロートで囲み、周辺を漁船などで警戒し、反対行動を遠ざける狙いだ。シュワブへの資材搬入に備え、県警・海上保安庁、警備業者が連携を図り、基地のゲートなどを24時間体制で警戒するという。

 安倍晋三首相は6月に来県した際、辺野古のボーリング調査について「しっかりと地元の方々、県民の皆さまに説明していきたい」と述べた。言葉と行動がまったく逆である。不誠実きわまりなく、県民を愚弄(ぐろう)するものだ。

 名護市長選で示された地元の民意を無視し、半永久的な米軍飛行場を造ることに正当性はない。このまま新基地建設が強行されるなら、沖縄は「軍事植民地化」がさらに強化されるといわざるを得ない。
    ■    ■
 ボーリング調査では、辺野古沖の水深の深い12地点にスパット台船、9地点に単管足場を設置。潜水などで磁気探査を行った後、海底21地点を掘削する。

 防衛局が提出したボーリング調査の協議書で県は17日、岩礁破砕の許可は不要と判断し、調査実施を了承した。だが、県水産課による判断は漁業の観点からの了承であり、自然環境への影響は考慮されていない。

 日本自然保護協会は今月、辺野古の埋め立て予定地内で、5月半ばから7月初めにかけて約2カ月の調査で絶滅危惧種ジュゴンの食痕(しょくこん)が110本以上確認されたと発表し、埋め立て事業の中止と大浦湾の保全を求めた。

 ジュゴンの保護に関しては国際自然保護連合(IUCN)が、2000年、04年、08年と3度の勧告を出している。工事の強行は国際社会からの警告も無視することになるのである。
    ■    ■
 埋め立てを承認した仲井真弘多知事は、18日の記者会見で、辺野古の新基地建設への反対運動を念頭に「そう簡単ではない、と前にも申し上げた。今でも」と述べた。県民の生命、財産を守るべき知事の責務を忘れた人ごとのような発言だ。

 米軍統治下、基地建設のため住民は米軍の銃剣とブルドーザーによって暴力的に土地を接収された。新基地建設は、日本政府による現代版の「銃剣とブルドーザー」である。強権的に沖縄の軍事要塞(ようさい)化を進めるのは許されない。


by asyagi-df-2014 | 2014-07-19 19:33 | 沖縄から | Comments(0)

沖縄から-汚染ドラム缶

 沖縄の現実。

 「米軍嘉手納基地跡地の沖縄市サッカー場で見つかったドラム缶から、米軍がベトナム戦時に使用していた枯れ葉剤『エージェント・オレンジ』の主要成分が見つかった」と、沖縄タイムスが報じた。
 以下、沖縄タイムス引用。

汚染ドラム缶:枯れ葉剤成分 高まる不安 調査と除去要求-2014年7月8日

 【中部】米軍嘉手納基地跡地の沖縄市サッカー場で見つかったドラム缶から、米軍がベトナム戦時に使用していた枯れ葉剤「エージェント・オレンジ」の主要成分が見つかった問題で、同基地周辺の首長からは「住民は不安を抱えている。国は枯れ葉剤ではないというなら、科学的に証明すべきだ」と、さらなる詳細な調査を求める声が上がった。

 北谷町の野国昌春町長は「沖縄防衛局は枯れ葉剤かどうか断定できないと言うが、今のままでは住民の不安は払拭(ふっしょく)しきれない。枯れ葉剤だという退役軍人の証言もある」と指摘。「最後まで調査し、有害物質をしっかりと除去すべきだ」と訴えた。

 嘉手納飛行場に関する三市町連絡協議会(三連協)会長の當山宏嘉手納町長は「枯れ葉剤があるかないかではなく、有害物質が埋まっていること自体が基地を抱える自治体にとっては問題だ」と警鐘を鳴らした。

 「他の返還地や返還予定地にも有害物質が埋まっているかもしれない。日米は徹底調査をして皆を安心させてほしい」と訴えた。

ドラム缶に枯れ葉剤成分 専門家「可能性高い」-2014年7月8日

 【沖縄】米軍嘉手納基地の返還地にある沖縄市サッカー場の汚染問題で、新たに発見したドラム缶の底にある水からベトナム戦時に使われていた枯れ葉剤「エージェントオレンジ(オレンジ剤)」の主要成分の一つ「2、4-D」が初検出され、オレンジ剤の構成に必要な成分がそろったことが7日、沖縄市と沖縄防衛局が発表した調査結果から分かった。両機関ともに現時点でオレンジ剤との関連性は証明できないとするが、専門家は「存在の可能性は高い」と指摘している。

 市の調査では、ドラム缶3本の付着物から基準値の1・9~1・1倍のダイオキシン類が検出された。市は農薬類やポリ塩化ビフェニール(PCB)などが検出されたことから「複合汚染」と判断。オレンジ剤の主要成分の「2、4-D」「2、4、5-T」が、オレンジ剤に由来するとは「証明できない」とした。

 一方、市の測定結果を分析した愛媛大学の本田克久教授は「過去に使用された枯れ葉剤と同じ構成成分を有する除草剤が存在していた可能性が高い」と指摘。オレンジ剤だけでなく、パープル、グリーン、ピンク、ブルーといった枯れ葉剤の成分と同じ成分が土壌にあるとし、枯れ葉剤が存在した可能性はあるとの認識を示した。沖縄防衛局は、オレンジ剤の構成成分「2、4-D」と「2、4、5-T」の濃度差の開きが最大800倍と大きく「オレンジ剤が存在した証拠は見つかっていない」と説明した。

 健康への影響については沖縄市、沖縄防衛局ともに「影響ない」とした。


 このことに関連して、沖縄タイムスの社説、以下引用。

沖縄タイムス社説-2014年2月6日「[サッカー場汚染]基地内にも飛び火した」

 「上司の指示で現場に除草剤入りのドラム缶を捨てた」-沖縄市のサッカー場の土壌汚染問題で米軍関係者から新たな証言が飛び出した。

 サッカー場は、嘉手納基地の返還跡地に建設された。証言によると、サッカー場から基地内の小学校校庭にまたがる一帯は、かつてごみ捨て場として使っていた。

 その場所から、現在までに83本のドラム缶が見つかり、付着物から環境基準を超えるダイオキシン類やPCB(ポリ塩化ビフェニール)が検出されている。その上、米軍関係者からも、事実を補強する新たな証言が飛び出したのである。

 証言したのは、米カリフォルニア州に住む空軍退役少佐のロナルド・トーマスさん롹(61)。軍人の父親とともに基地内に住んでいたトーマスさんは1969年、70年に、「除草剤」「嘉手納基地」と書かれたドラム缶を10個近く、軍のアルバイトで、ごみ捨て場に捨てた。

 トーマスさんがインターネット上でこの件について書き込みを始めたため、基地内の小学校の米国人保護者も不安の声を上げ始めた。

 サッカー場の汚染問題は、今や基地内の米国人をも巻き込んだ土壌汚染問題に発展しつつある。異例の展開だ。

 「臭い物には、ふた」の姿勢では、住民の不安を解消することはできない。日米両政府は「事実を認めれば市民が動揺し、政治問題化する」というような発想を捨て、住民が納得できる客観性・中立性を備えた全面調査を早急に実施すべきである。

    ■    ■

 米軍はベトナム戦争当時、沖縄に枯れ葉剤を貯蔵し、沖縄をベトナム向けの運搬基地として使用していた、との証言が後を絶たない。

 核兵器や毒ガス兵器が貯蔵され、化学兵器の訓練が実施され、米軍が排他的に統治権を行使していた事情を考えれば、枯れ葉剤があった、と考えるほうが自然だ。

 しかし、米軍は軍政下の沖縄に枯れ葉剤が貯蔵されていたことを公式には認めていない。防衛省も確認できないとの立場を変えていない。

 61年から62年にかけて、米軍が北部訓練場などで、猛毒のダイオキシンを含む枯れ葉剤を散布していたことを示す米退役軍人省の公式文書が2007年7月に明らかになった。だが、このときも米軍は文書の誤りを指摘し、枯れ葉剤の存在を認めていない。

 仮に記録文書が存在しないとしても、それが枯れ葉剤の不存在を証明することにはならない。トーマスさんが証言した除草剤と、ベトナム戦争で大量使用した枯れ葉剤の間にも本質的な違いはない。

    ■    ■

 日米地位協定によって米軍は、原状回復義務を免除されている。県内各地の返還跡地で有害物質の検出が後を絶たないのは、そのせいである。 この際、すべての米軍基地を対象にして抜本的な土壌調査を実施するよう日米両政府に求めたい。優先順位から言えばまず返還予定地である。

 そのための法制度の整備、地位協定の見直しを議題にした日米協議に早急に着手すべきだ。


by asyagi-df-2014 | 2014-07-13 05:33 | 沖縄から | Comments(0)

沖縄から-2014年7月1日の辺野古から

辺野古に関して、大きな二つの動きがあった。
 「辺野古の制限水域と予備費を閣議決定」と「辺野古崎周辺に警戒船な14隻、新基地着工へ」とその動きを沖縄タイムスは報じた。
 以下、沖縄タイムス引用。


 【東京】政府は1日午前の閣議で、米軍普天間飛行場の沖縄県名護市辺野古への移設に向けて、辺野古沖の臨時制限区域(約561ヘクタール)を常時立ち入り禁止とすることと、同区域を日本政府が共同使用することを決定した。普天間移設関連経費として、予備費約142億円、複数年分の契約を含む非特定国庫債務負担行為として約545億円の支援も決定した。
 キャンプ瑞慶覧の西普天間地区について、返還前立ち入り調査のための共同使用も決定した。


 米軍普天間飛行場返還に伴う名護市辺野古への新基地建設で、沖縄防衛局が工事着手予定としている1日午前、埋め立て予定の辺野古崎周辺の海上では調査船や警戒船、海上保安庁のボートなど14隻ほどが確認された。

 午前10時現在、キャンプ・シュワブ内で目立った動きは確認できていない。建設に反対する住民らは工事着手に警戒を強めている。


辺野古移設工事始まる シュワブ既存施設を解体
 【東京】小野寺五典防衛相は1日午前の閣議後会見で、米軍普天間飛行場の沖縄県名護市辺野古への移設について沖縄防衛局が県に提出した工事着手届けを踏まえ、「本日8時30分ごろ、キャンプ・シュワブ内の仮設ヤードとして使用する区域において、既設の建物の解体に着手した」と現場での作業に着手したと述べた。

 小野寺氏は、移設作業について「普天間の危険性除去を一日も早く進めるために、今後も関係の手続き、工事について対応したい」と述べた。

 菅義偉官房長官も1日午前の記者会見で、工事着手したとした上で「政府としては埋め立て承認を受けている。法的に基づいて淡々と手続きをして、着手する」と述べた。


by asyagi-df-2014 | 2014-07-02 05:33 | 沖縄から | Comments(0)

沖縄から-二つの集会と決議

 沖縄で、6月28日と29日の両日集会が開かれました。
 なかなか参加ができないので、新聞記事等で共有するしかありません。また。決議には、関係者の思いが込められているとともに、内容の整理ができます。
 以下、沖縄新聞記事引用。

(1)沖縄タイムス20140628:【辺野古の抗議集会 県内外から約300人が参加】


 【名護】米軍普天間飛行場の代替地建設に伴うボーリング調査を前にヘリ基地反対協議会は28日、新基地建設予定地とされる名護市辺野古の海で、ボーリング調査と新基地建設反対の海上デモ・抗議集会を開いた。県内外から約300人が参加し「辺野古の海を守るぞ」と気勢をあげた。

 県選出国会議員や県議、市民ら約60人が4隻の船と20隻のカヌーに乗って海にこぎ出し、基地建設に反対を訴えてシュプレヒコール。

 集会で安次富浩共同代表は「政府の制限水域の拡大に法的根拠はなく、われわれの市民運動を弾圧するのが目的だ。高江でもヘリパッド工事が再開する7月は沖縄の大きな節目。持てる力で沖縄の怒りを突きつけよう」と声を張り上げた。
 参加者は「ジュゴンとサンゴの海を守るぞ」「埋め立ては許さない」と拳を突き上げ、「ガンバロウ」三唱で互いの決意を表明した。

(2)沖縄タイムス20140629:「『高江の森は宝庫』座り込み7周年集会に450人」


 【東】村高江のヘリパッド建設に反対する抗議の座り込み7周年報告会(主催・ヘリパッドいらない住民の会)が29日、村農民研修施設で開かれ、工事の再開を目前に、政府の強行姿勢に危機感を募らせる約450人が村内外から結集。「高江の森は野生生物の宝庫。力を合わせ、闘っていこう」と拳を突き上げた。

海底ボーリング調査反対集会決議

 私たちの目の前に広がる辺野古の美ら海は、太古の昔から無数の命をはぐくみ、地域住民が先祖代々、その恩恵を受け、感謝しつつ引き継いできた命の海である。とりわけ、「鉄の暴風」と呼ばれた沖縄地上戦で陸地が焼け野原になったあと、しまんちゅの命を救ってくれたのはこの海の豊かさであったことを、私たちは決して忘れない。その海が、陸域の米海兵隊キャンプ・シュワブの運用に伴う提供水域とされ、殺戮と破壊の訓練のために使われていることは、なんという理不尽であろうか。

 そして今、この海が、名護市民・沖縄県民の圧倒的反対を足蹴にして新基地建設を強行しようとする日米両政府によって、さらなる理不尽な暴力で奪われようとしていることを、私たちは決して許すわけにはいかない。6月20日の日米合同委員会は、基地建設に向けて、キャンプ・シュワブ沿岸提供水域の第1区域(常時立ち入り制限区域)を現行の「沿岸から50m」から「同2000m」へと大幅拡大することを合意した。「工事完了の日まで」の「臨時制限区域」の設定によって、市民・県民の当然の権利である抗議行動を徹底排除しようというものである。万人がその恵みを享受すべき「公有水面」が、米軍提供水域として漁業や立ち入りを制限されていることは極めて不当であるが、それを置くとしても、第1水域は陸域の米軍施設の保安のために設けられているものであり、県民の正当な抗議行動を取り締まるために恣意的に拡大することは、日米地位協定の5・15メモにも反する基地の拡大であり、言語道断である。

 さらに安倍政権は、県民の抗議行動を「海上犯罪」として「刑事特別法」を適用して取り締まるように海上保安庁に指示し、海保はすでにそのための訓練を辺野古海域で開始している。海保の増員、沖縄防衛局辺野古現地事務所の増員、名護漁協への法外な漁業補償も含め、あらゆる権力と金力を用いて名護市民・沖縄県民の民意を徹底的に潰そうとする国家権力の横暴を看過することは、独裁政治と沖縄戦再現への道を追認することであり、私たちはこれを断固拒否する。

 私たちは、「辺野古の海にも陸にも新たな基地は造らせない」と頑張っている稲嶺進名護市長や市民とともに、また、埋め立て予定海域内の海草藻場を餌場として盛んに利用し、未来への命をつなごうとしているジュゴンをはじめすべての命とともに、本集会において次のことを決議する。

 1) 不法・不当な制限区域拡大を許さない!

 2) サンゴ礁生態系を破壊する海底ボーリング調査を阻止しよう!

 3) 仲井眞知事は辺野古埋め立て承認を撤回せよ!

 4) 安倍政権による暴力的な工事着工を許さない!

 5) 日米両政府は辺野古新基地建設を断念せよ!

 2014年6月28日                                                 名護・ヘリ基地反対協議会


by asyagi-df-2014 | 2014-06-30 05:37 | 沖縄から | Comments(0)

沖縄から-名護市議会決議-2014年6月25日

 辺野古を巡る状況は、厳しくなりつつある。
 その中で、地元の名護市議会は、懸命な、しかし当たり前の意思を示している。
 このことを、まずは知るべきである。

 琉球新報は、「名護市議会、制限水域拡大『撤回を』日米に要求決議」と、2014年6月26日に報じる。
 以下、琉球新報引用。


 【名護】名護市議会(比嘉祐一議長)は25日の本会議で、米軍普天間飛行場の辺野古移設に向けた立ち入り禁止水域や漁業制限水域の拡大に反対する意見書と決議、集団的自衛権行使を可能にする憲法解釈変更に反対する意見書を賛成多数で可決した。「道の駅許田」を運営する市出資の第3セクター、やんばる物産の売上金紛失問題の真相解明を求める決議は全会一致(退席2)で可決した。
 「日米両政府による辺野古沖立ち入り制限水域拡大合意の撤回を求める意見書」は、日米両政府が合意したキャンプ・シュワブ沖の米軍提供水域内の常時立ち入り禁止区域となる「臨時制限区域」の設定や、漁船操業制限法に基づく操業禁止水域の拡大について「市民県民の反対を押し切って埋め立てを強行する政治的狙いがある」と批判。市民の生命・財産を守るべきとして拡大の撤回を求めた。
 集団的自衛権に関する意見書は、米軍基地を過度に負担する県民は他国の戦争に巻き込まれる不安を抱いていると指摘。国民的な議論もなく「一内閣の政治的判断による憲法解釈の変更は容易に行うべきではない」と安倍政権を批判した。
 水域拡大や集団的自衛権に関する意見書や決議の計3案は賛成16、反対9、欠席1で可決した。
 道の駅許田の決議は1903万円の不明金がありながら被害届を取り下げた対応が極めて不透
明として、真相解明へ筆頭株主である市の積極的関与を求めた。採決では2人が退席した。


以下、名護市議会決議引用。


決議案第2号


日米両政府による辺野古沖立入り制限水域拡大合意の撤回を求める決議

日米両政府は6月20日の日米合同委員会で、米軍普天間飛行場移設先となる名護市辺野古沖で、常時立ち入り禁止となる臨時制限区域の設定と、日米地位協定に基づき代替施設建設のため日本政府が同区域を共同使用することを合意した。
制限区域は、埋立て予定地を取り囲むように沿岸から最大で沖合約2.3キロまで広がる561.8ヘクタールで、工事完了日まで常時立ち入りを禁止することになっている。これまでは「5・15メモ」で設定された陸から50メートル以内の第一水域が常時立ち入り禁止であったが合意によってその範囲は大幅に広がることになる。
合意では制限拡大区域の用途を①陸上施設の保安②代替施設建設のための区域の保安③水陸両用訓練と設定した。
防衛省は制限区域の境界沿いにブイ(浮標)を設置する方針だと言われ、制限水域内で日本政府・防衛局の建設作業が進められる。また、これによって従来まで行われていた同海域での漁業が全面的に禁止される。このことについて小野寺防衛大臣は「作業を安全にしっかりと確保していくための対応が重要だと思う」と述べ安全確保の側面を強調した。
また、合意に関して県幹部は政府からの具体的説明はなかったとして「寝耳に水だ」と驚いたという。このことについて県の関係者は、日米合同委員会は非公開で、県民に不利益な内容か、どうかすら確認できないと、県が関与できない状況を強調したという。
さらに、水域を拡大する理由の一つとして挙げられている水陸両用訓練については、米軍による水陸両用戦車の訓練に必要な区域拡大とは思えない。今回の区域拡大には軍事的な必要性や合理性はない。市民、県民の反対を押し切って埋め立てを強行するための政治的な狙いがあることは間違いない。私たち名護市民は辺野古新基地建設のための埋め立て強行は認めることはできない。漁業の一方的な禁止も断じて許せない。
よって名護市議会は、市民の生命・財産、生活を守る立場から、日米両政府に対し普天間飛行場の辺野古移設のための常時漁業・立ち入り禁止区域の拡大に反対し、臨時制限区域の拡大と同海域の日米共同使用の合意を撤回するよう強く求めるものである。
以上、決議する。
                       平成26年6月25日
                                     沖縄県名護市議会
宛先:駐日米国大使、在沖米国総領事


by asyagi-df-2014 | 2014-06-27 05:50 | 沖縄から | Comments(0)

沖縄から-慰霊の日、知事平和宣言を考える2

 何年か前まで、沖縄県の平和宣言、広島市の平和宣言、長崎市の平和宣言を比べてみていた時期がありました。
 ある時期から、二つの市に比べると、沖縄県の平和宣言の内容が物足りないものになっていました。何となくそれは、保守県政への批判のようなものになっていました。でも確かに、そこからは、悲惨な戦争を超えようとする人々の叡智と思いのすごみを感じ取ることはできなくなっていました。
 また、慰霊の日をどう受け取るのか。それは、沖縄が発信していることを、今の集団的自衛権論議の中心に据えることが大事なのではないかということに尽きる。
 小学生詩人の『空はつながっている』の朗読から受け取ることができる広がりは、追悼式での政府や県の代表者の声では到底届かない。

 以下、各社の社説引用。


(1)琉球新報社説2014年6月24日:平和宣言 「沖縄の心」を反映させよ

 これは県民が心から共有すべき不戦の誓いとは到底言い難い。沖縄全戦没者追悼式で仲井真弘多知事が発した平和宣言のことだ。
 平和宣言は例年(1)沖縄戦の悲惨さに触れ、不戦を誓う(2)米軍基地の集中による過重負担など沖縄の現状に言及(3)恒久平和の実現に向けた決意-を柱に構成されている。
 今年も従来の考え方を踏襲しているが、米軍普天間飛行場の返還問題では読み手によって解釈が異なってしまう曖昧さが際立った。
 知事は「普天間飛行場の機能を削減し、県外への移設をはじめとするあらゆる方策を講じて喫緊の課題を解決する」とし、そのために「普天間飛行場の5年以内の運用停止を求めている」と述べた。
 あたかも普天間そのものの県外移設を推進するかのように聞こえるが、疑問がある。「県外への移設」は基地自体ではなく「機能」にかかると読めるのだ。そうであれば、オスプレイの訓練の分散など機能の移転を意味する。
 その証拠に知事は当初、宣言から普天間の県外移設要求の文言を削除していた。与党から再考を促されて復活させたものの、昨年まで3年連続で盛り込んだ表現を避けようとしたことは隠しようのない事実だ。「県外移設」の意味が、単なる一部機能の移転であるなら、それは偽装、詐術に等しい。
 「5年内の運用停止」も米政府関係者は明確に否定しており、知事の説明には説得力がない。
 県民が沖縄戦から導き出した最大の教訓は「軍隊は住民を守らなかった」という事実である。
 教訓を直視しているのなら、知事の使命は戦争につながるあらゆる不穏な動きに反対することだと分かるはずだ。県民の命と人権、安全を守り、郷土の自然、文化を保全して沖縄の持続的発展に全身全霊を尽くすことであるはずだ。
 知事は民意が拒否する辺野古移設、解釈改憲による集団的自衛権行使容認などに異議を申し立てることこそが、戦没者の犠牲に報いる自らの責務だと銘記すべきだ。
 辺野古移設で協調する安倍政権の歓心を買うために、平和宣言を空疎なものにしてはならない。知事の個人的な政治信条によって宣言の内容が左右されてもならない。
 来年からは有識者による平和宣言起草委員会を設け、恒久平和を願う「沖縄の心」を名実ともに反映する内容に改めてほしい。

(2)沖縄タイムス社説2014年6月24日:[平和宣言]これほんとに平和宣言?

 慰霊の日の23日、糸満市摩文仁の平和祈念公園をはじめ各地で、おごそかに慰霊祭が行われた。

 沖縄戦の体験者にとって「戦没者の追悼」と「平和への願い」は、切り離すことのできない一対のものである。

 33回忌が終わっても、戦争で亡くなった肉親への追慕の情は、何年たっても薄れることがない。孫を連れて平和の礎を訪れたお年寄りは、花やお茶をたむけ、石碑に刻まれた名前をさすって手を合わせ、「この子たちには戦争の悲惨な体験をさせたくない」と語った。

 戦争で亡くなった肉親への「追慕の情」と、二度とこの地に戦争をあらしめてはならないという「平和への願い」は、ウチナーンチュの根っこにあるもので、県民感情の核ともいえるものだ。

 沖縄戦から69年。体験者の高齢化が進み、戦場での経験を語れる人が急速に減っている。それと並行して、戦争を経験したことのない政治家による「戦争のできる国」への国家改造をめざす動きが後を絶たない。

 「いつか来た道を逆戻りしているのではないか」-平和祈念公園では、戦争への不安を訴える高齢者が例年にも増して多い、という印象を受けた。今年の慰霊の日の大きな特徴だ。

 だが、沖縄全戦没者追悼式での仲井真弘多知事の平和宣言は、戦争への不安や平和を求める切実な声を代弁し、世界に向かって沖縄ならではのメッセージを発信するものではなかった。平和が泣くような「平和宣言」だった。

    ■    ■

 昨年の平和宣言で仲井真知事は次のように指摘した。

 「沖縄は、今もなお、米軍基地の過重な負担を強いられています。日米両政府に対して、一日も早い普天間飛行場の県外移設、そして、日米地位協定の抜本的な見直しなどを強く求めます」

 知事は昨年までの3年間、県民世論を代弁する形で「県外移設」を訴えていた。ところが、今年の平和宣言は、名護市辺野古の埋め立てを承認した自らの一連の行為を弁解するような内容に変わった。

 「沖縄の基地負担を大幅に軽減し、県民の生命や財産を脅かすような事態を、早急に、確実に改善しなければなりません。普天間飛行場の機能を削減し、県外への移設をはじめとするあらゆる方策を講じて、喫緊の課題を解決するために、全力を注がなければなりません。そのために、私は普天間飛行場の5年以内の運用停止を求めているのです」

    ■    ■

 名護市の反対を押し切って辺野古で着々と進む新基地建設の動きと「県外への移設をはじめとするあらゆる方策」を講じることとは、一体、どのようにつながるのか。

 県外移設の公約を破棄したわけではないと主張してきた手前、無理に「県外」という言葉を挿入した印象である。

 外部に向けて発信するからには強いメッセージ性がなければならないが、平和宣言からは平和を希求する沖縄の切実な思いが伝わってこない。

 広島、長崎を含めこんな平和宣言、聞いたことがない。

(3)東京新聞社説2014年6月23日:沖縄慰霊の日に考える アーニーが見た戦場

 きょうは沖縄慰霊の日です。先の大戦では本土防衛の捨て石とされ、戦後も過重な米軍基地負担を強いられる。沖縄県民を犠牲にする変わらぬ構図です。

 日本国内で唯一、住民を巻き込んだ大規模な地上戦の戦場となった沖縄県。激戦は一九四五年四月一日、米軍の沖縄本島上陸で始まり、日本軍が組織的戦闘を終える六月二十三日まで続きました。

 この戦闘に従軍して沖縄の地を踏んだ米国人ジャーナリストがいました。第二次世界大戦の戦場から新聞にコラムを送り続けたアーニー・パイルです。

◆仏から太平洋戦線へ
 この人の名を聞いて戦後の一時期、東京・有楽町にあった占領軍専用の「アーニー・パイル劇場」を思い出す方がいるかもしれません。まさにその人です。占領軍が接収した東京宝塚劇場をアーニーにちなんで改名したのです。

 アーニーは沖縄戦の前、欧州戦線にいました。四四年には、その戦争報道によって、米ジャーナリズム界で最も権威のあるピュリツァー賞を受賞しています。

 アーニーはこの年、ノルマンディー上陸作戦にも従軍します。今年七十周年の記念式典が行われ、ドイツ敗北の転機となった「史上最大の作戦」です。米軍とともに上陸し、激戦の舞台となったフランス大西洋岸の様子を、次のようなコラムに書きました。

 「私は上陸第一日にぬれた砂浜を歩き回っていたところ、流木のような物が二本突き出しているのをよけた。だが流木ではなかった。それらは兵隊の両足だった。両足を除いて完全に砂をかぶっていたのだ。爪先が向いていた方向は、彼がはるばる見に来て、つかの間しか見なかった土地だった」(デービッド・ニコルズ編著、関元訳「アーニーの戦争」、JICC出版局)

◆戦争への冷徹な視点
 彼の文章からは戦争に対する冷徹な視点がうかがえます。戦争を称賛するわけでもなく、時には厭戦(えんせん)気分も書き記します。伝えようとしたのは戦争の現実、兵士の素顔でした。戦闘と向き合う一人の人間としての恐怖や苦悩。それが読者の共感を呼んだのです。

 欧州戦線から太平洋戦線に転じたアーニーは、沖縄の上陸作戦でも、ノルマンディーと同じような凄惨(せいさん)な戦闘が繰り返されると恐れていました。それは杞憂(きゆう)に終わります。兵力温存を図った日本軍が水際作戦を放棄したからです。

 しかし、その後の地上戦は激烈を極めました。生活の場で行われた戦闘で当時六十万県民の四分の一が亡くなったといわれます。

 ただ、アーニーは沖縄戦の様子を多く書き残すことはありませんでした。本島上陸から十七日後の四月十八日、転戦した本島近くの伊江島で狙撃され、亡くなったからです。四十四歳でした。

 アーニーなら、凄惨な地上戦をどのような記事にして送ったのでしょうか。苦難を強いられた沖縄県民の様子も米国本土に伝わっていたら、その後の米軍による沖縄統治も、違っていたかもしれません。アーニーの記事には、それほど影響力があったのです。

 亡くなったアーニーのポケットからはドイツ降伏に備えて事前に書いた原稿が見つかりました。

 「大量生産される死者-この国で、あの国で、毎月、毎年、冬にも夏にも。どこを向いても見慣れた死者だらけで、退屈になる。どこまで行っても、退屈な死者だらけで、いやになる。こんなことを故国の皆さんは理解しようと試みる必要すらない。彼らは故国の皆さんにとっては数字の羅列、ないしは近所のだれかが、遠くへ行ったまま帰って来ないだけ、にすぎない」(同)

 アーニーが感じていたのは、戦争という現実に向き合わざるを得ない戦場と、戦場から遠く離れ、戦争への想像力を欠く本国との落差かもしれません。

 ドイツ降伏はアーニー戦死のわずか二十日後、その一カ月半後には沖縄での戦闘も終わります。

 激戦地跡に造られた糸満市摩文仁(まぶに)の平和祈念公園ではきょう、沖縄全戦没者追悼式が行われ、安倍晋三首相らも参列します。

◆集団的自衛権に異議
 慰霊の日を前に、県都那覇市や米軍基地を抱える読谷(よみたん)、北中城(きたなかぐすく)両村の議会では「集団的自衛権の行使」容認に反対したり、慎重審議を求める意見書を可決しました。

 かつて戦場となり、いざ戦争になれば攻撃対象となる米軍基地を多く抱える沖縄だからこそ、集団的自衛権の行使がもたらす危うさにも敏感なのでしょう。

 戦場に対する想像力を欠いた安全保障論議は空疎です。現実離れした事例を持ち出して、一内閣の判断で憲法の平和理念を骨抜きにする愚を犯してはなりません。首相は、沖縄という現実からも目を背けてはならないのです。

(4)西日本新聞社説2014年06月23日:慰霊の日 今こそ聞きたい沖縄の声

 きょう23日は、沖縄の「慰霊の日」である。

 太平洋戦争末期の沖縄戦で、組織的戦闘が終結したこの日にちなみ、糸満市の平和祈念公園で沖縄全戦没者追悼式が行われる。

 国内で唯一、住民を巻き込んだ大規模な地上戦が行われた沖縄では、「鉄の暴風」と呼ばれた米軍の激しい攻撃により、おびただしい数の人々が犠牲になった。

 戦後は占領軍によって土地を奪われ、その上に基地が築かれた。現在でも国内の米軍専用施設の約74%が沖縄に集中したままだ。

 安倍晋三政権が集団的自衛権の行使容認を目指し、戦後の安全保障政策の大転換を図ろうとする今、沖縄の人々の戦中、戦後の体験は、ひときわ重い意味を持つ。

 国会で集団的自衛権の行使容認を主張する議員も、反対する議員も、ほとんど戦争体験がない。戦争を知るベテラン議員たちが引退し、安全保障論議はどこか現実感を欠く「軽さ」が付きまとう。

 しかし、沖縄では「戦場」を生き延びたお年寄りたちが、自らの悲惨な体験を語る。戦後生まれの住民たちも、基地に囲まれて暮らし、日米地位協定の不合理を肌で感じながら生活している。

 その沖縄の那覇市議会で20日、集団的自衛権行使容認を目指す安倍政権に抗議する意見書が可決された。意見書作りを主導したのは自民党系会派の市議たちだ。

 意見書は「基地と隣り合わせの生活を送っている現実から、多くの県民が、集団的自衛権が行使されることで、他国の戦争に巻き込まれる恐れはないのかとの不安を抱いている」と訴えている。同趣旨の意見書は、読谷村の議会でも可決された。

 また沖縄では、安倍政権が集団的自衛権の行使容認に向けて突き進む一方で、米軍基地負担の抜本的な軽減には消極的なことに対し、住民の不満は根強い。

 沖縄には安全保障の「リアリズム」がある。沖縄戦の犠牲者を悼むとともに、今こそ、沖縄の人々の声に耳を澄まし、「戦争と平和」について考える糧としたい。

 あえて以下掲載する。


・読売新聞社説2014年06月24日:首相沖縄訪問 米軍基地負担を着実に減らせ


 沖縄の米軍基地負担を着実に軽減するため、政府は全力で取り組まなければならない。

 太平洋戦争末期の沖縄戦の終結に合わせた「慰霊の日」の23日、安倍首相は、沖縄全戦没者追悼式に出席した。

 あいさつで、沖縄県内の基地負担軽減について「沖縄の方々の気持ちに寄り添いながら、『できることは全て行う』との姿勢で全力を尽くす」と強調した。

 仲井真弘多知事は昨年末、米軍普天間飛行場の辺野古移設に伴う埋め立てを承認した。式典の平和宣言では、3年連続で「県外移設」を訴えてきたが、今年は県外に固執しない表現に変えた。

 沖縄県では依然、県外移設を求める声が根強い中、苦渋の判断をした仲井真知事を支えるためにも政府は、様々な基地負担軽減策をきちんと実行する必要がある。

 仲井真知事の任期満了に伴う11月の知事選では、普天間問題が大きな争点となろう。辺野古移設に反対する保守系市長が出馬の構えを見せる一方、知事は3選出馬に関して態度を保留している。

 知事選結果が辺野古移設に与える影響を最小限にするため、可能な手を打つことが重要である。

 政府は、埋め立て予定地のボーリング調査を7月にも開始し、代替施設の工事をできる限り前倒しする方針という。設計・工事期間の短縮を図り、「2022年度以降」とされる普天間飛行場の返還を早めるべきだ。

 日米両政府は先週、埋め立て予定地を含む周辺水域を常時立ち入り禁止とすることで合意した。

 反対派による妨害を排除し、不測の事態を避けるにはやむを得ない。作業を円滑に進めるため、防衛省だけでなく、警察、海上保安庁など関係機関が連携し、万全の体制をとることが求められる。

 政府は、「24~25年度以降」とされる牧港補給地区の返還の大幅繰り上げも検討している。

 返還予定の米軍基地内の環境調査を事前に行えるようにする新たな協定の締結に向けた日米交渉も行っている。事実上の日米地位協定の改定に当たるもので、実現すれば、その意義は大きい。

 普天間飛行場に配備されている米軍輸送機MV22オスプレイの訓練についても、県外への分散移転をさらに拡大したい。沖縄の過重な負担を日本全体で引き受けることが大切である。

 在沖縄米軍の抑止力を維持しつつ、地域振興とも連動した基地再編を進めることが、安倍政権と地元の信頼関係を強化しよう。


by asyagi-df-2014 | 2014-06-25 05:50 | 沖縄から | Comments(0)

沖縄から-小学生詩人の心を聴こう

小学生詩人の心を聴こう。
この前こそ、空を見上げながらこの空がイラクと続いているのだと、誓ったはずなのに。

以下、朝日新聞の記事から引用。

「空はつながっている」
                           石垣市立真喜良小学校3年 増田健琉(たける)

ぼくのお気に入りの場所
みどり色のしばふに
ごろんとねころぶと
そよそよとふく風がぼくをやさしくなでる
遠くでひびくアカショウビンの鳴き声
目の前ではお母さんやぎがやさしい目で
子やぎたちを見まもっている
青あおと広がるやさしい空
でも
遠くの空の下では
今でもせんそうをしている国があるんだって
ばくだんが次つぎとおとされ
なきさけびにげまわる人たち
学校にも行けない
友だちにも会えない
家族もばらばら
はい色のかなしい空
空はつながっているのに
どうしてかな
どこまでが平和で
どこからがせんそうなんだろう
どうしたら
せんそうのない
どこまでも続く青い空になれるのかな
せんそうは国と国のけんか
ぼくがお兄ちゃんと仲良くして
友だちみんなともきょう力して
お父さんとお母さんの言う事をきいて
先生の教えをしっかりまもる
そうしたら
せんそうがなくなるのかな
えがおとえがおが
遠くの空までつながるのかな
やさしい気もちが
平和の心が
丸い地球を
ぐるっと一周できるかな
まだ子どものぼく
いのる事しかできない
どうか
せかい中の子どもたちみんなが
学校に行けますように
友だちとあそべますように
にこにこわらって
家族でごはんが食べれますように
夜になったら
すてきなゆめが見れますように
しあわせでありますように
いつか友だちになれますように
白い雲
ぼくの平和のねがいをのせて
この地球をぐるっとまわって
青い空にそめてきて
きっと
せかいは手をつなぎ合える
青い空の下で話し合える
えがおとえがおでわかり合える
思いやりの心でつうじ合える
分け合う心でいたわり合える
平和をねがう心で地球はうるおえる
だから
ここに
こんなにきれいな花がさくんだ
だから
こんなに
ぼくの上に
青い空が広がっているんだ


by asyagi-df-2014 | 2014-06-24 21:17 | 沖縄から | Comments(0)

「慰霊の日」から沖縄を考える

 沖縄は2014年6月23日、戦後69年目の「慰霊の日」を迎えました。
 最初に、この日を、個人として、改めて平和の意味についてかみしめたいと思っています。

 沖縄タイムスは、この日の様子を、「平和へ祈りの波、戦後69年、重ねる哀悼」として次のように報じています。
 以下、沖縄タイムス引用。


 戦後69年の「慰霊の日」の23日、沖縄全戦没者追悼式(主催・県、県議会)が糸満市摩文仁の平和祈念公園で執り行われた。20万人超の戦没者の名を刻んだ公園内の「平和の礎」や同市米須の「魂魄(こんぱく)の塔」、各慰霊塔には早朝から多くの遺族らが訪れ、戦没者に追悼の祈りをささげ、恒久平和を誓った。

 平和の礎には、子どもからお年寄りまで幅広い年代の遺族が訪れた。刻まれた名前の前に花束を供え、涙を流して手を合わせる人の姿があった。

 追悼式では安倍晋三首相が、昨年に続いて来賓あいさつ。岸田文雄外相と小野寺五典防衛相も昨年に続き参列。キャロライン・ケネディ駐日米大使も出席した。仲井真弘多知事は平和宣言を読み上げた。正午の時報に合わせ戦没者に黙とうがささげられた。

 戦後69年たった今も、県内には日本の米軍専用施設の約74%が集中し、基地から派生する騒音や事件・事故が後を絶たない。米軍普天間飛行場へのオスプレイ強行配備など、今なお過重な基地負担に住民生活が脅かされている。日米両政府は県民の多くの意思に反して、普天間飛行場の辺野古移設を推進。海底ボーリング調査を7月にも着手する。

 沖縄戦では、住民、日米軍人などを含め20万人超が亡くなった。「平和の礎」には今年新たに54人が追加刻銘され、計24万1281人となった。

 最近、仲井間知事の平和宣言の内容についての動向が話題になっていました。
 次に、2014年、2013年、2012年の平和宣言を掲載します。
 注目された「県外移設」の表現は、少なくとも文字は残されています。誰に対してということが、これまでは日米政府に対してでしたが、抜けてはいます。


(1)仲井真沖縄県知事の「平和宣言」-2014年6月23日

 69年目のこの日を、厳粛な気持ちで迎えることになりました。戦後このかた、私たち県民は、この日に込められた平和への強い思いを胸に刻みつつ、歩いてきました。

 幾多の困難を乗り越え、郷土沖縄の発展にまい進することができたのは、あの戦争で失ったものの大きさを痛感し、その思いを原点に据えることができたからであります。

 しかし、私たちは、立ち止まるわけにはいきません。沖縄をめぐる課題はなお山積しており、その解決に向かって、県民の総力を掲げ、着実に前進しなければなりません。

 特に、沖縄の基地負担を大幅に削減し、県民の生活や財産を脅かすような事態を、早急に、確実に改善しなければなりません。普天間飛行場の機能を削減し、県外への移設をはじめとするあらゆる方策を講じて、喫緊の課題を解決するために、全力を注がなければなりません。そのために、私は普天間飛行場の5年以内の運用停止を求めているのです。

 慰霊の日に当たり、全戦没者のみ霊に謹んで哀悼の誠を捧げますとともに、恒久平和の実現を目指して、県民の強い思いと英知を結集し、まい進していくことを宣言します。

               平成26年6月23日  沖縄県知事 仲井真弘多

(2)知事平和宣言(2013年6月23日)


 私たちは、68年前の戦争で多くの尊い命とかけがえのない文化遺産や美しい自然を失い、生涯癒やすことのできない深い痛みを負いました。

 戦後、米軍の施政権下にあって、人権と自治の回復を渇望し、自らの運命を開拓する自覚と魂のもとに行動を続け、本土復帰を実現しました。

 私たちは、たゆまぬ努力と幾多の困難を乗り越えて、郷土に誇りを持ち、発展の歩みを続けています。

 しかし、沖縄は、今もなお、米軍基地の過重な負担を強いられています。

 日米両政府に対して、一日も早い普天間飛行場の県外移設、そして、日米地位協定の抜本的な見直しなどを強く求めます。

 私たちは、沖縄戦の教訓を継承するとともに、わが国が築いてきた平和主義の堅持を強く望むものであります。

 慰霊の日に当たり、全戦没者のみ霊に謹んで哀悼の誠を捧げますとともに、恒久平和の実現を目指して、県民の強い思いと英知を結集してまい進していくことを宣言します。

                  平成25年6月23日 沖縄県知事 仲井眞弘多

(3)知事平和宣言(2012年6月23日}


 わたしたちは、先の大戦において、多くの尊い命や、かけがえのない文化遺産を失ったことを、片時も忘れたことはありません。

 その後の時代を生きるわたしたちは、沖縄戦とその痛ましい犠牲を教訓として肝に銘じ、平和を求め、県民が豊かに暮らすことのできる沖縄づくりに、真剣に取り組んできたのです。

 しかしながら、沖縄には今なお広大な米軍基地が集中しており、県民の負担は続いています。

 わたしたちは日米両政府に対し、過重な基地負担の軽減と、一日も早い普天間飛行場の県外移設、そして、日米地位協定の抜本的な見直しを強く求めます。

 昨年3月に発生した東日本大震災により、被災者の皆さまは、今もなお、多くの課題に直面されております。沖縄は今年、日本への復帰40年の大きな節目を迎えました。

 この間、県民のたゆまぬ努力と、多くの方々のご尽力により、わたしたちの沖縄県は、目覚ましい発展を遂げ、自らの郷土に対して、誇りと自信を持つことができるようになりました。

 わたしたちは、沖縄の未来のビジョンを描き、新生沖縄の創造に向け、県民一丸となって取り組んでまいります。沖縄戦終焉(しゅうえん)の地である、ここ糸満市摩文仁の「平和の礎」には、戦争で亡くなられた24万人余の使命が刻まれています。

 慰霊の日に当たり、わたしたちを見守って下さるすべての戦没者の御霊に謹んで哀悼の誠をささげますとともに、悲惨な戦争の教訓を次の世代へ正しく伝え、恒久平和の実現を目指して、全力でまい進していくことを宣言します。
平成24年6月23日 沖縄県知事 仲井真弘多


 この「慰霊の日」に何を感じ取ることができるのか。
 やはり、沖縄タイムスの社説「『慰霊の日』に平和の先導役果たそう」を引用する。

 沖縄戦から69年。巡りくる鎮魂の季節の中で、かけがえのない人を失った悲しみの記憶がよみがえる。

 「慰霊の日」の23日、糸満市摩文仁の平和祈念公園で県主催の沖縄全戦没者追悼式が開かれるほか、各地で慰霊祭が行われる。

 沖縄戦は勝ち目のない戦(いくさ)だった。日本軍(第32軍)は1945年5月末、首里城地下の司令部壕を放棄し、南部に撤退した。本土決戦に備えた時間稼ぎのためである。その判断が一般住民の犠牲を大きくした。

 軍隊と避難民が混在する南部での戦闘は酸鼻を極めた。足手まといになるとの理由で重症患者は壕の中で処理、あるいは放置され、日本兵による壕追い出しや食料強奪、住民殺害、学徒隊の自決などが相次いだ。

 県援護課の資料によると、沖縄戦の全戦没者は約20万人。このうち一般住民の戦没者は約9万4千人。これは人口統計などから推計したもので、実際にはもっと多いとみられている。

 戦争が終わっても、敗戦という現実は、沖縄に新たな戦争への加担を強いることになった。朝鮮戦争、ベトナム戦争、湾岸戦争、アフガン戦争、イラク戦争。米軍が投入された戦後の大規模な戦争で沖縄の米軍がかかわらなかった戦争はない。

 「沖縄に戦後はあったのだろうか」。そう思わざるを得ない現実が今もなお、私たちを取り巻いている。

 沖縄戦を体験した高齢者の4割が、心的外傷後ストレス障害(PTSD)を抱えている可能性が高いという調査結果が2013年に公表された。PTSDの可能性の高い人と沖縄戦を思い出す頻度の間には高い関係性があり、思い出すきっかけは「基地や軍用機を見たり、騒音を聞いたりしたとき」などだった。

 1959年6月30日、石川市(現うるま市)の宮森小学校に米軍のジェット機が墜落し、児童ら17人(後に後遺症で1人死亡)が犠牲になった。

 事故を語り継ぐ活動を行っているNPO法人「石川・宮森630会」の会長・豊濱光輝さん(78)は、当時巡回教師だった。学校は戦場のような修羅場と化し、子どもたちは「戦争がきた」と叫び逃げまどっていた。豊濱さんは言う。「宮森の事故は沖縄戦の延長線上にある。沖縄戦の後、米軍基地が存在し続けた。基地がある限り、沖縄戦は終わっていない」

 私たちは今、「戦争を知る者が引退するか世を去った時に次の戦争が始まる例が少なくない」(中井久夫『樹を見つめて』)という曲がり角の時代を生きている。復帰後、今ほど戦争が現実味を帯びて語られるようになったことはない。

 安倍政権の一連の外交・安全保障政策は、憲法9条の「無力化」によって「戦争のできる国」をつくろうとしている、ようにしか見えない。その影響を最も強く受けるのは沖縄である。

 安倍政権の下で沖縄の基地再編が進み、仲井真弘多知事の埋め立て承認に基づいて名護市辺野古に巨大な米軍飛行場が建設されようとしている。辺野古埋め立てを承認した仲井真知事は、ことし一体どのような内容の平和宣言を発するのだろうか。

 戦後一貫して沖縄に過大な基地負担を強いてきた日米両政府は、一刻も早く理不尽な政策を転換すべきである。

 地域の緊張を高める「軍事要塞(ようさい)化」の道ではなく、「平和の懸け橋」としての役割を積極的に担っていくことが今、切実に県民に求められている。

 だから、「ちゃーすが」。
 「『平和の懸け橋』としての役割を積極的に担っていくことが今、切実に県民に求められている。」と、言われたら、どうして行くか。


by asyagi-df-2014 | 2014-06-23 22:00 | 沖縄から | Comments(0)

沖縄から-目取真俊さんのブログより

 沖縄ですでに起こってきていることについて、目取真俊さんの2014年6月22日付のブログで、「相次ぐ米軍機の部品落下事故と反対運動つぶしを狙った嫌がらせ」と伝えています。
 以下、引用。


海鳴りの島から沖縄・ヤンバルより…目取真俊相次ぐ米軍機の部品落下事故と反対運動つぶしを狙った嫌がらせ

 〈オスプレイ部品落下/本島周辺飛行中/通報、発生2日後〉
 〈辺野古制限水域を拡大/日米合意/移設作業へ「臨時区域」〉
 〈辺野古座り込みテント/展示物荒らされる/「暴力行為」関係者憤り〉

 6月21日付琉球新報は、上のような見出しの米軍基地関連の記事を、1面や社会面に掲載している。23日の「慰霊の日」に向けて沖縄戦関連の記事が載っているとなりに、米軍関連の記事が並ぶ。戦争が遠い過去になりきらない沖縄の状況が、県内紙の紙面構成に連日反映している。

 21日付同紙社会面に、2003年以降の〈米軍機からの主な落下事故〉の一覧表が載っている。それを見ると、今年に入って米軍機からの落下事故が急増している。

 3月4日  F15戦闘機が訓練空域で操縦席風防を落下。
 4月17日 米軍機からパラシュートで投下したドラム缶4本が伊江島の目的地外に落       下。
 4月24日 HH60ヘリコプターがうるま市上空で通風孔カバーを落下。
 5月15日 F15戦闘機のエンジンカバーが落下。
 5月21日 HH60ヘリコプターの電波高度計測アンテナのカバーが落下。
 6月17日 MV20オスプレイが垂直安定板の付属部品(長さ約15センチで棒状)を落      下。

 部品落下事故が多発しているにもかかわらず、米軍の通報は遅れがちで、危機感も感じられない。軍事優先を当たり前と考え、沖縄県民の安全を二の次にしてはばからない。いくら「よき隣人」を装っても、米軍の素顔はこういうところで露出する。部品の劣化や装着ミスが原因と考えられるこういう事故をくり返しているうちに、沖縄国際大学へのCH53Dヘリコプター墜落のような大事故が起こるのだ。 

 20日の日米合同委員会で、キャンプ・シュワブ沿岸域で常時立入を禁止する「第1水域」を、岸から50メートルの範囲から2キロメートルの範囲へと拡大することが合意された。ボーリング調査を理由には禁止区域を拡大できないことを承知で、「米軍の訓練などに支障が生じる可能性がある」と理由付けしている。

 ほんとうに米軍の訓練のために必要なら、とうの昔に2キロメートルの範囲で「第1水域」が設定されていただろう。工事完成後は再調整するということを見ても、米政府・米軍と日本政府・防衛省が結託して、反対運動を排除するために牽強付会で合意したのは明らかだ。

 辺野古の海岸に設けられている座り込みのテントが荒らされたのが、日米合同委員会の合意と重なったのは偶然ではないだろう。テントがあるのは、夜間はめったに人が通らない場所であり、通りすがりにいたずらした、という類のものではない。ボーリング調査に向けて反対運動を排除する、という政治的狙いをもった嫌がらせであるのは明らかだ。

http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-227263-storytopic-1.html

 同テントにはこれまで何度か、右翼グループが嫌がらせにきている。暴言を吐きながらテントにいるメンバーを脅迫、挑発し、その様子をビデオ撮影して、ユーチューブに投稿している。テントの展示物を破壊したのが誰かは、まだ明らかになっていないが、動機や行動パターンから真っ先に疑われるのは、反対運動つぶしを狙って、これまでに嫌がらせを行ってきた者たちだ。

 高江のヘリパッド建設反対の行動に対しても、これまでに横断幕の持ち去り、立て看板の破壊、のぼりの切り裂き、駐車車両のナンバープレート盗難、テントの椅子を投げ捨てるなど、何度も嫌がらせが行われている。人がいない夜間や休日にかけての行為であり、下見をして計画的にやっていると思われる。

 インターネット上には、辺野古や高江の反対運動の現場をこっそり撮影して、ケチ付けの材料として載せているブログもある。辺野古埋め立てに向けたボーリング調査や高江のヘリパッド工事再開が間近に迫るなかで、反対運動つぶしを狙った嫌がらせが、暴力的にエスカレートするのを許してはならない。

目取真俊さんのブログ-海鳴りの島から


by asyagi-df-2014 | 2014-06-22 19:39 | 沖縄から | Comments(0)

壊される前に考えること。そして、新しい地平へ。「交流地帯」からの再出発。


by あしゃぎの人
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