2017年 12月 13日 ( 3 )

広島高裁は2017年12月13日、申し立てを却下した今年3月の広島地裁の判断を取り消し、四電に運転差し止めを命じる決定を出した。

 毎日新聞は2017年12月13日、表題について次のように報じた。


(1)「四国電力伊方原発3号機(愛媛県伊方町)の運転差し止めを広島、愛媛両県の住民が求めた仮処分申請の即時抗告審で、広島高裁(野々上友之裁判長)は13日、申し立てを却下した今年3月の広島地裁の判断を取り消し、四電に運転差し止めを命じる決定を出した。野々上裁判長は『阿蘇山(熊本県)の噴火で火砕流が原発敷地に到達する可能性が十分小さいと評価できない』などとし、火山災害による重大事故のリスクを指摘した。高裁レベルの差し止め判断は初めて。差し止め期限は来年9月末まで。仮処分はただちに効力が生じ、今後の司法手続きで決定が覆らない限り運転できない。」
(2)「伊方3号機は定期検査のため今年10月に停止。四電は来年2月の営業運転再開を目指していたが、差し止め決定で稼働スケジュールに影響が出ることは避けられない。四電は近く決定の取り消しを求める保全異議と、仮処分の執行停止の申し立てを広島高裁に行う方針だ。」
(3)「伊方3号機は2015年7月、原子力規制委員会が東日本大震災後に策定した新規制基準による安全審査に合格し、昨年8月に再稼働した。住民側は、四電の安全対策は不十分で、事故で住民の生命や生活に深刻な被害が起きるなどとして広島地裁に仮処分を申請。地裁は今年3月に申し立てを却下し、住民側が即時抗告していた。」
(4)「高裁の審理では、基準地震動(想定する最大の揺れ)の妥当性や火山の危険性などが争点となった。野々上裁判長は決定で、規制委が作成した安全審査の内規『火山ガイド』が、火山の噴火規模が推定できない場合、過去最大の噴火を想定して評価すると定めていることを指摘。その上で、伊方原発から約130キロ離れた阿蘇山について『四電の地質調査やシミュレーションでは、過去最大の約9万年前の噴火で火砕流が原発敷地の場所に到達した可能性が十分小さいとは評価できない』などと述べ、原発の立地として不適と断じた。さらに、阿蘇山の噴火に伴う噴石や火山灰などの降下物についても、四電が想定した九重山(大分県)噴火の『2倍近くになる』と説明。『伊方原発から見て阿蘇山が九重山より遠方に位置することを考慮しても、四電の降下物の厚さや大気中濃度の想定は過小』と判断。『住民らの生命身体に対する具体的危険が推定される』と述べた。一方、火山災害以外の地震対策などは、新規制基準の内容や規制委の判断、四電が設定した基準地震動などを『合理的』として容認した。」
(5)「運転差し止めの期限を巡って野々上裁判長は、広島地裁で別途審理している差し止め訴訟の判決で『仮処分決定と異なる判断をする可能性もある』などと述べ、来年9月30日までとした。」
(6)「東日本大震災後、差し止めを認めた判決・決定(異議審含む)は、関西電力高浜原発3、4号機(福井県、3号機は当時稼働中)を巡る昨年3月の大津地裁の仮処分など4例。いずれも地裁の判断だった。」【東久保逸夫】
(7)「四電は『基準地震動の合理性や火山事象への安全性の確保について、裁判所に丁寧に主張・立証を行ってきた。主張が認められなかったことは極めて残念で、到底承服できない。早期に仮処分命令を取り消していただけるよう、速やかに異議申し立ての手続きを行う』とのコメントを発表した。」




by asyagi-df-2014 | 2017-12-13 20:08 | 書くことから-原発 | Comments(0)

沖縄-辺野 高江-から-2017年12月13日

オスプレイが沖縄県名護市安部に墜落して丸1年の日に起きた事故の流れは、琉球新報によるとこうである。
 ①宜野湾市の普天間第二小学校のグラウンドに米軍普天間飛行場所属のCH53E大型輸送ヘリはその窓を落下させた。 
②在沖米海兵隊は13日午後、『CH53Eから普天間第二小学校の運動場に窓が落下した』と正式に認める発表 。
③ 県は県内の米軍基地にある全ての航空機の緊急点検の実施と点検期間中の全機の飛行停止などを求めた。県は、午後4時には米軍幹部を県に呼び抗議する。
④山本朋広防衛副大臣は13日、在日米軍のマルティネス司令官と防衛省で面談し、同系機の飛行自粛を求めた。児童1人がけがをしているが、山本氏は確認中として「多大な被害を与えかねない」と述べた。飛行停止は求めなかった。
 ⑤ロック氏は県が求めた全機種の点検と飛行停止に関しては回答を避け、事故発生後、運用していた同型機全機を普天間飛行場へ帰還させ「現時点で同型機は飛行していない」と述べるにとどめた。
「今のところ」、安倍晋三政権には、このことが「生存権、学習権が脅かされている」という認識ができない。
 『信じられない。安全に平和に暮らしたいだけなのに。憤りや怒りを感じる』、との母親の思いは、まだ届かない。





 沖縄で起こっていること、その現場の事実をきちんと確認すること。
 2017年も、琉球新報と沖縄タイムスの記事を、「沖縄-辺野古-高江-から」を、報告します。
 2017年12月13日、沖縄-辺野古-高江の今を、沖縄タイムス、琉球新報は次のように表した。


(1)琉球新報-【号外】CH53Eの窓落下 普天間第二小 風圧で児童一人がけが-2017年12月13日 12:00


 琉球新報は、「宜野湾市の普天間第二小学校に13日午前10時すぎ、米軍のCH53E大型輸送ヘリコプターの窓が落下した。県基地対策課が小学校に確認したところ4年生の男児1人が風圧ですり傷を負ったという。落下物との直接の因果関係は現時点で不明。知事も現場に向かっている。防衛省によると米軍も落下を認めている。」、と報じた。


(2)沖縄タイムス-小学校にヘリの窓落下、沖縄米海兵隊が認める 「地域に不安、おわび申し上げる」-2017年12月13日 13:10


 沖縄タイムスは、「在沖縄米海兵隊は13日、宜野湾市の普天間第二小学校のグラウンドに米軍普天間飛行場所属のCH53E大型輸送ヘリの窓を落下させたと認める声明を発表した。同ヘリは午前10時9分に窓を校庭に落下させ、ただちに普天間に戻ったとしている。米軍は声明で『地域社会に不安を与えたことにおわび申し上げる』と謝罪した。」、と報じた。


(3)琉球新報-米軍、CH53Eと認める 小学校への窓枠落下で-2017年12月13日 14:23


 琉球新報は、表題について次のように報じた。


①「米軍普天間飛行場に隣接する宜野湾市立普天間第二小学校に米海兵隊の大型ヘリコプターCH53Eの窓枠が落下した事故で、在沖米海兵隊は13日午後、『CH53Eから普天間第二小学校の運動場に窓が落下した』と正式に認める発表をした。」
②「米海兵隊は『機体は落下からすぐに普天間飛行場に戻り、事故を報告した』と説明した。」
③「米海兵隊は『事故を非常に深刻に受け止めており、現在原因を調べている。情報が分かり次第また報告する』とした。その上で『事故によって地域社会に不安を与えたことを謝罪する』とした。」


(4)琉球新報-「とんでもない」 翁長知事が現場視察 普天間第二小学校への窓枠落下事故で-2017年12月13日 15:51


 
 琉球新報は、表題について次のように報じた。


①「米海兵隊普天間飛行場所属の大型ヘリコプターCH53Eの窓枠が落下した事故で、翁長雄志沖縄県知事は13日午後0時前、現場の沖縄県宜野湾市にある普天間第二小学校を訪れ、窓枠が落ちたグラウンドなどを視察した。翁長知事は『一番守ってあげなければならないのは子どもたちだ。子どもたちの生命や財産が脅かされている。とんでもないということで現場に来た』などと述べ、相次ぐ米軍機による事故に怒りをにじませた。」
②「翁長知事は吉田勝広政策調整監とともに、13日午前11時46分頃、普天間第二小学校に到着した。グラウンドに移動し、窓枠が落下した現場を約30分、確認し、午後0時20分ごろ学校を離れた。落下した窓枠は宜野湾警察署が回収し、現場には残っていなかった。」
③「翁長知事は現場の様子について『窓枠の形が(グラウンドの土の上に)くっきりと残っていた』とし、落下の衝撃の大きさに触れた。」
④「小学校で落下事故が発生したことを受けて、県の平敷昭人教育長は13日午後、『大惨事につながりかねない重大事態だ。学校現場において、児童生徒の安全を脅かすようなことは断じてあってはならないことであり、非常に強い憤りを感じている』とのコメントを発表した。」
⑤「沖縄県教育委員会などによると、けがをした児童は窓枠の落下で飛んできた小石が左手の肘に当たったという。県警によると、児童に外傷はないが、痛みを訴えているという。」
⑥「宜野湾署によると、窓枠は重さ7・7キロで枠部分は金属製で透明な部分はアクリル製という。県警によると、グラウンドで体育をしていた児童らから約10メートルの位置だったという。」
⑦「窓枠が落下した当該機は米軍普天間飛行場に戻っており、窓枠が落下したとみられる部分は白い布のようなもので覆われていた。」
⑧「現場の普天間第二小学校は13日午後、事故を受けて臨時休校となり、保護者が児童らを迎えようと集まり始めている。」
⑨「長男が普天間第二小学校、次男が7日、米軍機の部品が落下した宜野湾市野嵩の緑ヶ丘保育園に通っているという母親は『信じられない。安全に平和に暮らしたいだけなのに。憤りや怒りを感じる』と話した。当時教室にいた長男によると、警報が鳴って先生から『教室外にでないように』と指示されたという。怖くて泣いてる子もいたという。」


(5)琉球新報-県が全機の飛行停止要要求 副知事「生存権、学習権脅かされている」 米軍ヘリ窓枠落下事故-2017年12月13日 16:12


 琉球新報は、表題について次のように報じた。


①「宜野湾市の普天間第二小学校に米軍ヘリから窓枠が落下し、男児一人がけがを負った事故で、富川盛武副知事は13日午後3時すぎ、県庁に外務省沖縄事務所の川田司沖縄担当大使、中嶋浩一郎沖縄防衛局長を呼び、『従来とは次元の違う問題だ。生存権、学習権が脅かされている』と強い憤りを示し抗議した。」
②「県は県内の米軍基地にある全ての航空機の緊急点検の実施と点検期間中の全機の飛行停止などを求めた。県は、午後4時には米軍幹部を県に呼び抗議する。」


(6)琉球新報-防衛省、飛行停止求めず けがに触れるも「被害与えかねない」 CH53窓枠落下で-2017年12月13日 16:14


 琉球新報は、「【東京】沖縄県の普天間第二小学校のグラウンドに普天間飛行場所属のCH53Eヘリコプターの窓枠が落下したことを受け、山本朋広防衛副大臣は13日、在日米軍のマルティネス司令官と防衛省で面談し、同系機の飛行自粛を求めた。児童1人がけがをしているが、山本氏は確認中として『多大な被害を与えかねない』と述べた。飛行停止は求めなかった。」、と報じた。
 また、「マルティネス司令官は『米軍の落下物であるということは間違いない』と認めた。ただ、飛行自粛については詳細を確認して、日本側に報告するとした。山本氏が会談後、記者団の取材に答えた。」、と報じた。


(7)沖縄タイムス-「児童50人が体育の授業中だった」 米軍ヘリの窓が落下した校庭 宜野湾市議に市教委が報告-2017年12月13日 13:37


 沖縄タイムスは、「13日午前、沖縄県宜野湾市の普天間第二小学校のグラウンドに米軍普天間所属のCH53E大型輸送ヘリの窓が落下した事故で、宜野湾市議20人以上が同日、同校を視察し、市教育委員会から事故概要の説明を受けた。市議によると、校庭中央付近に米軍ヘリから窓が落下した当時、校庭では2年生と4年生の合わせて約50人の児童が体育の授業中だった。このうち落下物の影響で4年生の児童が腕に小石が当たりけがをしたという。校庭中央部分に落下物の衝撃でできたひし形の跡がくっきり残っており、周囲にはガラスとみられる破片もあった。」、と報じた。


(8)沖縄タイムス-落下物は重量7・7キロ、児童との距離10メートル 沖縄県警が発表-2017年12月13日 16:08


 沖縄タイムスは、「沖縄県警宜野湾署によると、13日午前に宜野湾市の普天間第二小学校グラウンドに落下した米軍普天間飛行場所属のCH53E大型輸送ヘリの窓は台形型で四方の長さ約65~93センチ、重さ約7・7キログラム。同署によると、小学4年生の児童は『左肘辺りに何かが当たった』と話しているが、外傷はない。県警関係者によると、児童と落下地点の距離は約10メートルだったという。同署は同日午前10時15分ごろ、小学校の正門と裏門の規制を開始。午後0時36分ごろに規制を解除した。」、と報じた。


(9)沖縄タイムス-「米軍ヘリのドア落下と連絡」 菅官房長官が会見-2017年12月13日 11:59


 沖縄タイムスは、「13日に沖縄県宜野湾市立普天間第二小学校の校庭に1メートル四方ほどの物体が落下した事故で、菅義偉官房長官は会見で『米側から午前10時ごろ、普天間第二小学校の運動場に米軍ヘリのドアと思われるものが落下したと連絡があった』と話した。」、と報じた。


(10)沖縄タイムス-「触るな、けがれる」 辺野古抗議の市民に警官が発言 沖縄県警は「調査中」-2017年12月13日 06:05


 沖縄タイムスは、表題について次のように報じた。


①「辺野古新基地建設への抗議行動に参加する男性(63)が12日、名護市安和の採石場前で男性警察官に『触るな、汚(けが)れる』と言われたと抗議した。別の警官と並んで歩き、肩に手を置きながら雑談していると、問題の警官が割って入って発言したという。県警は本紙の取材に対し『調査中』と回答した。」
②「男性は『抗議の市民は汚れている、と下に見る警察内部の差別的な教育が表れている。【土人発言】と同じだ。権力を持ち、公平中正であるべき警官は自ら言動を戒めてほしい』と話した。」
③「男性らによると、この日は採石場前に市民約40人が集まり、基地建設用の石材を運び出すダンプに抗議していた。機動隊員が駆け付けて市民を規制し、ダンプが出発した後の午前11時前、問題の発言があったという。」
④「昨年、東村高江の抗議行動参加者に対して大阪府警の警官が『土人』『シナ人』と発言したことが問題になった。当時、県警の警官も『触らんで、気持ち悪いから』『何が善良な市民か』などと発言した。」


(11)沖縄タイムス-小学校にヘリ窓枠落下:米海兵隊司令官が謝罪 全機種飛行停止は回答避ける-2017年12月13日 17:06


 沖縄タイムスは、表題について次のように報じた。


①「米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)所属のCH53E大型輸送ヘリが宜野湾市の普天間第二小学校に窓枠を落下させた問題で、ポール・ロック米海兵隊太平洋基地司令官は13日、県庁で富川盛武副知事に謝罪した。『県民に不安を与えたことに、全海兵隊を代表しておわびする』と述べた。」
②「富川氏は、事故は『憲法で保障されている生存権と学習権を脅かすものだ』と強く抗議。在沖米軍の全航空機の緊急点検とその間の米軍機の飛行中止を要求した。」
③「これに対し、ロック氏は県が求めた全機種の点検と飛行停止に関しては回答を避け、事故発生後、運用していた同型機全機を普天間飛行場へ帰還させ『現時点で同型機は飛行していない』と述べるにとどめた。『沖縄の人々の安全は最も重要で、二度と起きないよう調査している』」とも述べた。」
④「謝花喜一郎知事公室長は、オスプレイが名護市安部に墜落して丸1年の日に起きた事故であることに言及し『県民は強い怒りを持っている』と指摘。その上で『今までのように点検しているというだけでは県民は信頼しない』と述べ、重ねて全機種の点検を求めた。」




by asyagi-df-2014 | 2017-12-13 17:54 | 沖縄から | Comments(0)

サーロー節子さんのノーベル平和賞の受賞講演を読む。

 朝日新聞は2017年12月12日、ノルウェーのオスロで2017年12月10日あったノーベル平和賞の受賞講演に関して、次のように報じている。


(1)「ノルウェーのオスロで10日あったノーベル平和賞の受賞講演で、国際NGO『核兵器廃絶国際キャンペーン」(I(アイ)CAN(キャン))のベアトリス・フィン事務局長(35)と、ICANの運動をリードした一人で被爆者のサーロー節子さん(85)=カナダ在住=は、迫る核兵器使用の危機を説いた。法的な核兵器の禁止を訴えたが、核を安全保障の柱に据える国々は早速、冷ややかな反応を見せた。」
(2)「フィンさんの言う危機の一つは、核兵器が偶発的に使われることだ。『唯一の理性的な行動は、突発的なかんしゃくによって、私たちが互いに破壊されてしまうような状況で生きることをやめることだ』と述べると、大きな拍手を浴びた。フィンさんは、米国とソ連による冷戦時代から、核武装国が9カ国まで増えた状況の変化を指摘。『テロリストもいれば、サイバー戦争もある。これらすべてが、私たちの安全を脅かしている』とし、核が使われる危険性が高まっていると警鐘を鳴らした。」
(3)「広島と長崎への原爆投下後、世界が核戦争を回避してこられたのは『分別ある指導力に導かれたからではなく、これまで運がよかったからだ』と断じた。さらに北朝鮮などの国名を挙げ、『核兵器の存在は核競争への参加へと他者を駆り立てている』と主張した。核による反撃能力を示して敵の核攻撃を封じ込めようとする『核抑止』では核使用の恐怖から逃れられないとの見方も示した。」
(4)「続いて講演したサーローさんは、被爆者として見た原爆投下後の惨状を克明に描写し、核兵器は『必要悪ではなく、絶対悪』と言い切った。核武装する国々が『この美しい世界を将来世代が暮らしていけないものにすると脅し続けている』とし、いかなる国家にも『よい爆弾』はないとの主張を繰り広げた。演説の終盤には、日本政府などの『【核の傘】なるものの下で共犯者となっている国々の政府の皆さん』に対し、『人類を危機にさらしている暴力システムに欠かせない一部分なのです』と警告。態度を改め、核兵器禁止条約へ参加するよう求めた。」
(5)「だが、授賞式が開かれたノルウェーのソルベルグ首相は11日の記者会見で、『兵器のない世界をどう達成するかにはICANと意見の相違がある。核保有国が関与しない核禁条約には署名しない。これでは核兵器は減らないからだ』と述べた。ノルウェーは北大西洋条約機構(NATO)加盟国で、米国をはじめとする核保有国の『核の傘』の下にいる。」


 このように、オスロで二人が「迫る核兵器使用の危機を説いた。」にも関わらず、「法的な核兵器の禁止を訴えたが、核を安全保障の柱に据える国々は早速、冷ややかな反応を見せた。」、という。
 しかし、世界は、ベアトリス・フィンさんの次の言葉を超えるものを提示することができていない。むしろ、危機は面前に迫っているとも言える。


『唯一の理性的な行動は、突発的なかんしゃくによって、私たちが互いに破壊されてしまうような状況で生きることをやめることだ』
『テロリストもいれば、サイバー戦争もある。これらすべてが、私たちの安全を脅かしている』


 だとするならば、サーロー節子さんの声をじっくり聞こう。


 皆さま、この賞をベアトリスとともに、ICAN運動にかかわる類いまれなる全ての人たちを代表して受け取ることは、大変な光栄です。皆さん一人一人が、核兵器の時代を終わらせることは可能であるし、私たちはそれを成し遂げるのだという大いなる希望を与えてくれます。
 私は、広島と長崎の原爆投下から生き延びた被爆者の一人としてお話をします。私たち被爆者は、70年以上にわたり、核兵器の完全廃絶のために努力をしてきました。
 私たちは、世界中でこの恐ろしい兵器の生産と実験のために被害を受けてきた人々と連帯しています。長く忘れられてきた、ムルロア、インエケル、セミパラチンスク、マラリンガ、ビキニなどの人々と。その土地と海を放射線により汚染され、その体を実験に供され、その文化を永遠に混乱させられた人々と。


 私たちは、被害者であることに甘んじていられません。私たちは、世界が大爆発して終わることも、緩慢に毒に侵されていくことも受け入れません。私たちは、大国と呼ばれる国々が私たちを核の夕暮れからさらに核の深夜へと無謀にも導いていこうとする中で、恐れの中でただ無為に座していることを拒みます。私たちは立ち上がったのです。私たちは、私たちが生きる物語を語り始めました。核兵器と人類は共存できない、と。


 今日、私は皆さんに、この会場において、広島と長崎で非業の死を遂げた全ての人々の存在を感じていただきたいと思います。皆さんに、私たちの上に、そして私たちのまわりに、25万人の魂の大きな固まりを感じ取っていただきたいと思います。その一人ひとりには名前がありました。一人ひとりが、誰かに愛されていました。彼らの死を無駄にしてはなりません。
 米国が最初の核兵器を私の暮らす広島の街に落としたとき、私は13歳でした。私はその朝のことを覚えています。8時15分、私は目をくらます青白い閃光(せんこう)を見ました。私は、宙に浮く感じがしたのを覚えています。
 静寂と暗闇の中で意識が戻ったとき、私は、自分が壊れた建物の下で身動きがとれなくなっていることに気がつきました。私は死に直面していることがわかりました。私の同級生たちが「お母さん、助けて。神様、助けてください」と、かすれる声で叫んでいるのが聞こえ始めました。
 そのとき突然、私の左肩を触る手があることに気がつきました。その人は「あきらめるな! (がれきを)押し続けろ! 蹴り続けろ! あなたを助けてあげるから。あの隙間から光が入ってくるのが見えるだろう? そこに向かって、なるべく早く、はって行きなさい」と言うのです。私がそこからはい出てみると、崩壊した建物は燃えていました。その建物の中にいた私の同級生のほとんどは、生きたまま焼き殺されていきました。私の周囲全体にはひどい、想像を超えた廃虚がありました。
 幽霊のような姿の人たちが、足を引きずりながら行列をなして歩いていきました。恐ろしいまでに傷ついた人々は、血を流し、やけどを負い、黒こげになり、膨れあがっていました。体の一部を失った人たち。肉や皮が体から垂れ下がっている人たち。飛び出た眼球を手に持っている人たち。おなかが裂けて開き、腸が飛び出て垂れ下がっている人たち。人体の焼ける悪臭が、そこら中に蔓延(まんえん)していました。
 このように、一発の爆弾で私が愛した街は完全に破壊されました。住民のほとんどは一般市民でしたが、彼らは燃えて灰と化し、蒸発し、黒こげの炭となりました。その中には、私の家族や、351人の同級生もいました。
 その後、数週間、数カ月、数年にわたり、何千人もの人たちが、放射線の遅発的な影響によって、次々と不可解な形で亡くなっていきました。今日なお、放射線は被爆者たちの命を奪っています。


 広島について思い出すとき、私の頭に最初に浮かぶのは4歳のおい、英治です。彼の小さな体は、何者か判別もできない溶けた肉の塊に変わってしまいました。彼はかすれた声で水を求め続けていましたが、息を引き取り、苦しみから解放されました。
 私にとって彼は、世界で今まさに核兵器によって脅されているすべての罪のない子どもたちを代表しています。毎日、毎秒、核兵器は、私たちの愛するすべての人を、私たちの親しむすべての物を、危機にさらしています。私たちは、この異常さをこれ以上、許していてはなりません。


 私たち被爆者は、苦しみと、生き残るための、そして灰の中から生き返るための真の闘いを通じて、この世に終わりをもたらす核兵器について世界に警告しなければならないと確信しました。くり返し、私たちは証言をしてきました。
 それにもかかわらず、広島と長崎の残虐行為を戦争犯罪と認めない人たちがいます。彼らは、これは「正義の戦争」を終わらせた「よい爆弾」だったというプロパガンダを受け入れています。この神話こそが、今日まで続く悲惨な核軍備競争を導いているのです。


 9カ国は、都市全体を燃やし尽くし、地球上の生命を破壊し、この美しい世界を将来世代が暮らしていけないものにすると脅し続けています。核兵器の開発は、国家の偉大さが高まることを表すものではなく、国家が暗黒のふちへと堕落することを表しています。核兵器は必要悪ではなく、絶対悪です。


 今年7月7日、世界の圧倒的多数の国々が核兵器禁止条約を投票により採択したとき、私は喜びで感極まりました。かつて人類の最悪のときを目の当たりにした私は、この日、人類の最良のときを目の当たりにしました。私たち被爆者は、72年にわたり、核兵器の禁止を待ち望んできました。これを、核兵器の終わりの始まりにしようではありませんか。
 責任ある指導者であるなら、必ずや、この条約に署名するでしょう。そして歴史は、これを拒む者たちを厳しく裁くでしょう。彼らの抽象的な理論は、それが実は大量虐殺に他ならないという現実をもはや隠し通すことができません。「核抑止」なるものは、軍縮を抑止するものでしかないことはもはや明らかです。私たちはもはや、恐怖のキノコ雲の下で生きることはしないのです。


 核武装国の政府の皆さんに、そして、「核の傘」なるものの下で共犯者となっている国々の政府の皆さんに申し上げたい。私たちの証言を聞き、私たちの警告を心に留めなさい。そして、あなたたちの行動こそ重要であることを知りなさい。あなたたちは皆、人類を危機にさらしている暴力システムに欠かせない一部分なのです。私たちは皆、悪の凡庸さに気づかなければなりません。


 世界のすべての国の大統領や首相たちに懇願します。核兵器禁止条約に参加し、核による絶滅の脅威を永遠に除去してください。
 私は13歳の少女だったときに、くすぶるがれきの中に捕らえられながら、前に進み続け、光に向かって動き続けました。そして生き残りました。今、私たちの光は核兵器禁止条約です。この会場にいるすべての皆さんと、これを聞いている世界中のすべての皆さんに対して、広島の廃虚の中で私が聞いた言葉をくり返したいと思います。「あきらめるな! (がれきを)押し続けろ! 動き続けろ! 光が見えるだろう? そこに向かってはって行け」


 今夜、私たちがオスロの街をたいまつをともして行進するにあたり、核の恐怖の闇夜からお互いを救い出しましょう。どのような障害に直面しようとも、私たちは動き続け、前に進み続け、この光を分かち合い続けます。この光は、この一つの尊い世界が生き続けるための私たちの情熱であり、誓いなのです。



 私たちもまた、「あきらめるな! (がれきを)押し続けろ! 動き続けろ! 光が見えるだろう? そこに向かってはって行け」、とのサーロー節子さんの声に復唱しながら前に進もう。





by asyagi-df-2014 | 2017-12-13 06:23 | 持続可能な社会 | Comments(0)

壊される前に考えること。そして、新しい地平へ。「交流地帯」からの再出発。


by あしゃぎの人
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