2017年 10月 12日 ( 3 )

沖縄-辺野 高江-から-2017年10月12日

 『どこに落ちていたか分からない。もう少しで死んでいた』(琉球新報)。
 「米軍ヘリが炎上した現場は晃さんの牧草地だ。西銘さん一家は牛やヤギのえさになる乾燥した草を売って生計を立てている。今は草の収穫時期のピークを迎えている。晃さんは『牧草地のど真ん中に落ちている。機体を片付けるためにどれだけ時間がかかるか分からない』とうつむきながら言った。『もう飼料用としては使えない。もうあきらめるしかない。仕事は完全になくなった』。語る言葉は怒りに震えていた。」、とも。
軽々しく「沖縄の負担軽減」などと、政治目的のために口にすることは許されない。
 安倍晋三政権がまずしなくてはならないことは、政治の不作為を真摯に認めることだ。



 沖縄で起こっていること、その現場の事実をきちんと確認すること。
 2017年も、琉球新報と沖縄タイムスの記事を、「沖縄-辺野古-高江-から」を、報告します。

 2017年10月12日、沖縄-辺野古-高江の今を、沖縄タイムス、琉球新報は次のように表した。


(1)琉球新報-村高江で米軍ヘリ炎上 大型輸送ヘリCH53、民間地で大破-2017年10月12日 01:07


 琉球新報は、表題について次のように報じた。


①「米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)所属のCH53E大型輸送ヘリコプターが11日午後5時20分ごろ、米軍北部訓練場に近い沖縄県東村高江の車地区の牧草地に不時着し、炎上した。機体は大破した。」
②「国頭地区行政事務組合消防本部などによると、11日午後5時35分ごろ『高江で米軍機が墜落炎上した』との通報が近隣の住民からあった。在沖米海兵隊は『訓練飛行中に出火したため、緊急着陸した』と発表した。周辺住民、乗組員7人ともにけがはなかった。炎上現場は県道70号に近い民間地、最も近い民家から約200メートルの距離だった。」
③「米軍ヘリが墜落現場上空を旋回して消火活動を実施し、国頭消防も放水した。約3時間後の午後8時17分に鎮火を確認した。」


(2)琉球新報-集落騒然、あわや大惨事 高江の米軍ヘリ炎上、何度も爆発音 「もう少しで死んでいた」-2017年10月12日 06:00


 琉球新報は、表題について次のように報じた。


①「11日夕方、沖縄本島北部の米軍北部訓練場に近い沖縄県東村高江で米海兵隊のCH53大型輸送ヘリが不時着・炎上した事故。地元の住民が日ごろ抱いていた不安が現実となり、衝撃が広がった。昨年12月の名護市安部に米軍輸送機オスプレイが墜落し1年もたたないうちに、再び事故が起こった。」
②「『もう少しで死んでいた」「ボンボンと何回も燃えた」。東村高江の住民は声を震わせながら言った。満天の星空が広がる集落上空にはヘリコプターが飛び交い、救急車とパトカーのサイレン音が響いた。現場周辺には、消防や警察、米軍車両が行き来し、赤色灯とライトに照らされ、現場付近は油が燃える臭いが充満し、人口約130人の小さな集落は騒然となった。」
③「11日午後5時半ごろ、炎上現場から200メートルほど離れたところに住む西銘美恵子さん(63)が庭の草刈りをしている時だった。車で戻ってきた義父・清さん(87)が美恵子さんに『臭いがするけど』と言った。清さんは現場から100メートルの豚舎にいた。美恵子さんと清さんが庭のタンクに登ってみると、牧草地から黒煙が上がり、赤々と炎が燃えているのが見えた。」
③「黒煙の中からはヘリの前方部分が見えた。爆発音が上がると同時に2、3回大きな火柱が上がった。美恵子さんは、燃え上がる米軍ヘリの残骸を見ながら『どこに落ちていたか分からない。もう少しで死んでいた』と思わずつぶやいた。」
④「清さんから電話を受けた美恵子さんの夫の晃さん(64)は畑から急いで自宅に戻った。操縦席のある前方部分が燃えているのを確認。晃さんは炎上現場に向かおうとしたが、男性の米兵が6人、女性の兵士が1人、ヘリの方向から晃さんの方に向かって来た。女性の米兵が英語で『不時着したから逃げてきた。危ないから離れて』と伝えた。清さんは『ボンボン何回も爆発音がした。何かに引火するような爆発音だった。爆発音が大きいのも小さいものもあった』と語った。」
⑤「米軍ヘリが炎上した現場は晃さんの牧草地だ。西銘さん一家は牛やヤギのえさになる乾燥した草を売って生計を立てている。今は草の収穫時期のピークを迎えている。晃さんは『牧草地のど真ん中に落ちている。機体を片付けるためにどれだけ時間がかかるか分からない』とうつむきながら言った。『もう飼料用としては使えない。もうあきらめるしかない。仕事は完全になくなった』。語る言葉は怒りに震えていた。」


(3)沖縄タイムス-憤る翁長知事「とんでもない話」 米軍ヘリ墜落-2017年10月12日 06:14


 沖縄タイムスは、「米軍の輸送ヘリCH53が沖縄県の東村高江で炎上した事故を受けて翁長雄志知事は11日、『本当にとんでもない話だ』と憤りあらわにした。同日、那覇市の県青年会館で開かれた新政策集団の設立総会に参加した際、記者団に語った。翁長知事は2016年12月に起こったオスプレイの墜落事故など、米軍機による度重なる被害が繰り返されていることに『実にむなしくなる』と肩を落とした。」、と報じた。
 また、「22日に投開票を迎える衆院選については、『県民に沖縄が置かれている状況をしっかり見てもらい、なぜそのようなことが起こっているか考えてもらうことが大切だ』と語った。」、と報じた。


(4)琉球新報-機体無残な姿さらす 米軍ヘリ不時着炎上から一夜 東村高江-2017年10月12日 07:13


 琉球新報は、「米軍北部訓練場に近い東村高江の車地区の牧草地に11日午後に不時着後、炎上した米軍普天間飛行場所属のCH53E大型輸送ヘリコプターは12日午前7時現在、事故から一夜明け現場で無残な姿を見せている。12日午前1時20分すぎには米軍車両が現場周辺に到着した。朝方には米兵らが現場で、黒焦げの残骸となったヘリコプター周辺を歩く様子が確認できた。12日午前6時30分ごろ、本社小型無人機で炎上したヘリコプターを撮影した。真っ黒に焦げた様子と、周辺の牧草が延焼している状況が確認できた。操縦室は跡形もないほど焼け落ちている。数百メートル先に住宅地があるのも確認できる。」、と報じた。


(5)琉球新報-高江米軍ヘリ炎上は「クラスA」 米海軍安全センター最も重大な事故と分類 エンジン火災と表記-2017年10月12日 12:50


 琉球新報は、「【ワシントン=座波幸代本紙特派員】米海軍安全センターは11日、東村高江の民間地で米軍普天間飛行場所属の大型輸送ヘリCH53Eが不時着、炎上した事故を、最も重大な事故『クラスA』に分類した。飛行中のエンジン火災で緊急着陸したと表記している。」、と報じた。
 また、「米軍普天間飛行場所属の航空機は、昨年12月の名護市安部でのオスプレイ墜落、今年8月のオーストラリア沖でのオスプレイ墜落に続き、3件の『クラスA』事故が立て続けに発生している。同センターがまとめた2017米会計年度(16年10月~17年9月30日)の事故統計では、米海兵隊航空機の10万飛行時間当たりの最も重大な「クラスA」の事故率は07年以降、過去最悪の5・28件に上り、過去10年間の平均の2倍弱に達していた。18年度(17年10月~18年9月)に入ってわずか11日で、クラスAの事故が起こった。」、と報じた。


(6)琉球新報-米軍CH53ヘリを飛行停止 在日米軍副司令官が防衛相に伝える-2017年10月12日 16:11


 琉球新報は、表題について次のように報じた。


①「【東京】在日米軍は12日、東村高江での米海兵隊CH53E大型輸送ヘリの不時着、炎上事故を受け、同型機の運用停止を決定した。在日米軍のシュローティ副司令官が同日、防衛省で小野寺五典防衛相に伝えた。小野寺氏が会談後、記者団に明らかにした。」
②「小野寺氏によると、シュローティ氏に対し(1)安全が確認されるまでの同型機の運用停止(2)同型機の専門的知見を有する自衛官の事故現場への派遣(3)ほかの海兵隊航空機の安全確認―の3点を求めた。」
③「シュローティ氏は(1)の運用停止と(2)の自衛官の派遣に同意。既に同型機の飛行を停止している。自衛官の派遣は12日中に実施するという。」
④「オスプレイなど事故やトラブルが相次ぐ別の海兵隊機の安全確認について、シュローティ氏は『上司と相談し対応したい』とした。」


(7)琉球新報-「恐ろしい状況に大変違和感」 翁長知事が高江米軍ヘリ炎上の現場を視察-2017年10月12日 14:53


 琉球新報は、「米軍普天間飛行場所属のCH53Eヘリが11日に東村高江で不時着し炎上した事故で、翁長雄志知事は12日正午すぎ、事故の現場付近を視察した。」、と報じた。
 また、「視察後、翁長知事は記者団に『のどかな農村地帯の中で、異様な形でヘリコプターが横たわっていた。日常の世界が一転し恐ろしい状況になることに大変違和感があった』と振り返った。また県が改定を求める日米地位協定が壁となり、県警が現場検証に至るまでに時間が掛かることについて、『日米合同委員会の中で日本政府に当事者能力がない。米軍に【二度と、こういうことがないようにしてください】という話しかしない訳で、豆腐にくぎのような状況だ』と指摘した。」、と報じた。


(8)琉球新報-「事故原因判明まで米軍機訓練中止を」 伊集東村長が要望 現場視察の岸田自民党政調会長に-2017年10月12日 14:08


 琉球新報は、「【東】自民党の岸田文雄政調会長は12日、米軍ヘリCH53Eが炎上した東村高江の現場を確認し、東村役場で伊集盛久村長と面談した。伊集村長は『これからどんどん訓練していくと基地負担が重くなる。負担軽減が目に見える形で実施されなければならない』と強調し、事故原因が判明するまで米軍機の訓練中止を求めた。」、と報じた。
 また、「岸田政調会長は『しっかりとその声を受け止めて米側に対して強い抗議をする。最近、事故が頻発している。米側と意思疎通を図りながら、原因究明と再発防止に取り組んでいきたい』と話し、原因が判明するまで訓練停止を政府から米側に申し入れるとした。」、と報じた。


(9)琉球新報-津堅沖で2日連続 パラシュート降下訓練 地元反発する中で強行-2017年10月12日 13:02


 琉球新報は、「【うるま】米空軍は12日正午から、うるま市の津堅島訓練場水域で2日連続となるパラシュート降下訓練を実施した。県や市は降下訓練の通知を受け、即座に沖縄防衛局を通じ米軍に中止を求めたが、米軍は訓練を強行している。さらに、11日には東村で米軍普天間飛行場所属のCH53E大型輸送ヘリが不時着したばかりだ。米軍に県民の批判が集まる中での連日のパラシュート降下訓練の強行に、反発は強まりそうだ。」、と報じた。
 また、「米軍は正午と午後0時19分の2度にわたり降下訓練を実施した。正午には米兵7人とパラシュート2つを付けた物資とみられる黒い物体1つ、午後0時19分には米兵2人が降下した。」、と報じた。


(10)沖縄タイムス-ヘリ炎上、エンジンから出火 米海軍安全センター「最も重大」に分類-2017年10月12日 17:39


 沖縄タイムスは、表題について次のように報じた。


①「【平安名純代・米国特約記者】米海軍安全センターは11日、東村高江で同日午後5時20分頃に米海兵隊の大型輸送ヘリCH53が炎上大破した事故について、『飛行中にエンジンから出火、緊急着陸。負傷者なし』と記載し、被害額について最も重大な事故(クラスA)に分類した。」
②「在沖海兵隊は同日夜に発表した声明で、『第1海兵航空団のCH53E大型輸送ヘリが通常訓練中、機内で火災が発生し、北部訓練場外に緊急着陸した』と発表していたが、エンジンから出火していた事実については言及していなかった。」
③「海軍安全センターは、海兵隊からの報告に基づいて事故の概要や被害額をまとめている。クラスAの事故は、死者が出た場合や機体の被害額などが200万ドル(約2億3500万円)相当の場合に適用される。」
④「米軍ヘリの中で、CH53ヘリは兵員55人を輸送できる能力を持っており、輸送能力は最大級と言われている。CH53Eは、2004年8月に沖縄国際大学に墜落したCH53Dの後継機。同機種をめぐっては、1999年4月にも国頭村沖で墜落し、乗員4人が死亡している。」


(11)沖縄タイムス-沖縄県議会、軍特委をあす招集 ヘリ事故抗議を検討-2017年10月12日 12:30


 沖縄タイムスは、「沖縄県議会米軍基地関係特別委員会の仲宗根悟委員長は12日午前、東村での米軍ヘリ事故を受け、13日に軍特委を開く考えを与野党各会派に伝えた。事故に対する抗議決議、意見書について協議する。文案や対応などがまとまれば、16日の県議会9月定例会最終本会議で採決したい考え。」、と報じた。


(12)沖縄タイムス-「沖縄にとってこれが国難だ」 翁長知事、米軍ヘリ炎上現場を視察-2017年10月12日 16:48


 沖縄タイムスは、「沖縄県東村高江の民間地で米軍普天間基地所属のCH53E大型輸送ヘリが炎上した事故から一夜明けた12日、現場を視察した翁長雄志知事は『本当に厳しい状況。今日までの事件事故を思い出しながら、この厳しい環境をどのように国に訴えていくか考えた』と語った。」、と報じた。
 また、「視察を終え『悲しい』『悔しい』『怒り』という言葉を口にした翁長知事は『日常の生活が一転して、こういう恐ろしい状況になるということに大変な違和感があった』と感想。事故が起きる度に何度も要請行動や抗議行動を起こしてきたが、頻発する米軍機の事故の状況に『豆腐にくぎ。県にとっての国難とはこういった状況だ』と批判した。」、と報じた。


(13)沖縄タイムス-米軍ヘリ炎上に抗議の声、辺野古ゲート前でも-2017年10月12日 12:24


 沖縄タイムスは、「沖縄県名護市辺野古の米軍キャンプ・シュワブゲート前で12日午前、新基地建設に反対する市民らが集まり、東村高江の民間地で米軍ヘリが炎上したことに『怒りを持って抗議する』『断固糾弾しよう』などと抗議の声を上げた。」、と報じた。
 また、「各地域から集まった市民のリレーあいさつでは、『欠陥機が沖縄の空を昼夜問わず飛んでいる危険な状況があらためて明らかになった』『「沖縄県民の命をどう考えているのか。絶対に許せない』と怒りをあらわにした。シュプレヒコールや歌で新基地建設の阻止や米軍普天間飛行場の撤去・閉鎖を訴え、『団結してあきらめずに頑張りましょう』と呼び掛けた。」、と報じた。




by asyagi-df-2014 | 2017-10-12 18:00 | 沖縄から | Comments(0)

沖縄から-三上智恵の沖縄〈辺野古・高江〉撮影日記第73回

沖縄の地で、体を張って新しい歴史を作ろうとしている人たちがいる。
そこには、その煌めきの記録を残そうとしているジャーナリストがいる。
だとしたら、その生きざまの瞬間を私たちは受け取る必要がある。
三上知恵の沖縄撮影日記。



 今回の73回は、アップが遅れてしまいしました。
 今回の報告は、「文子おばあのトーカチ(米寿祝い)@ゲート前(三上智恵)」。
三上さんは、島袋文子さんの「トーチカ」の話を、またも「歌や踊りと笑顔といっぱいの沖縄文化の力で、国の暴力を押し返した」様子を伝えるのだが、まずは、三上さんの、撮影を続ける想いから始めます。
三上さんは、こう伝えます。


(1)私はこの楽しい動画を、沖縄バッシングをする人たちにまず見てほしいと願う。辺野古の基地反対闘争に難癖をつけたい人々は必ず「地元の人はほとんどいない」と決めつける。「プロ市民だ」「セクトが入っている」と言いたがる。今を時めく小池百合子さんは、2010年6月3日のツイッターで「辺野古の座り込みの1列目は沖縄のおじいさんおばあさんだが2列目からは県外の活動家がずらり」「カヌーを漕ぐのもプロ、この図式が報じられることはない」と書ききっている。この動画を見てもはたして同じことがいえるだろうか。「恥ずかしい偏見をばらまいてすまなかった」と言ってくれるのではないだろうか。
(2)現場に来たこともない、確かめる慎重さもなく、都合のいいフェイク情報をたれ流す程度の政治家を担ぎ上げて、今、大政党が崩壊していく。日本の政治状況は本当にお寒い。このトーカチに集まった人々の言葉、芸、熱気、身のこなし、そこから立ち上がる文化の力、真心、そして背負っている歴史と本土の何倍も平和を求めるエネルギー。これらのものが、「地元の人は最前列だけ」と決めつける人々が目を背けたいものなのだ。
(3)だから私は動画を撮る。テントに来なくても嘘は嘘と確かめることができるのだから、そのお手伝いができるなら安いもんだ。同じ国に生き、長寿を祝う気持ちになんら変わりはない。米寿の由来も、行事の形も形骸化しているように見える中、深いところで同じ文化を共有してきた月日が柔らかい光を放って横たわっている感触を確かめることができるだろう。


 だから、三上さんは、「この国に生きる者たちを結びつける大事なもの。それはなんだろうか。私は、それは足元深く、心の奥深くに眠っていると思う。政策論争なき空中戦で、今月、新しい国の形が決まるのだという。その空中を見つめていても、希望は何も見えてはこない。」、と。


 さて、島袋文子さんの「トーチカ」の話に、「文子おばあは百二十(ひゃくはたち)までの寿命が許されるに違いない。」との報告に戻します。


(1)9月27日は旧暦の8月8日。「八」が二つ重なって88歳のお祝いの日だ。日本全国に米寿のお祝いはあるが、沖縄では米寿とは言わず「トーカチ」と呼び、特別盛大にお祝いをする。ご存知、日本一有名な「反戦おばあ」となった島袋文子さんのトーカチ祝いは、毎日座り込んで基地建設を止めたい人と機動隊が衝突する、あの辺野古のゲート前で行われた。普通は、自宅にお飾りをして黄色い着物を着せられて祝う。最近はホテルで親戚縁者と会食、そして写真撮影なんていう洒落た家も増えてきたが、機動隊とトラックに囲まれたテントで祝った人は沖縄史上初だろう。おばあを慕う仲間たちが数ケ月がかりで準備し、そして400人余りの県民がお祝いに駆けつけ、日中は工事車両を近寄らせなかった。半日とはいえ、またも歌や踊りと笑顔といっぱいの沖縄文化の力で、国の暴力を押し返した格好だ。
(2)沖縄県警も手出しをしなかった県民的イベント「トーカチ」。それはいったいどんな行事なのか。今回はちょっと民俗学者のふりをして説明をさせてほしい。


(3)沖縄の長寿の祝いといえば、還暦(60歳)、トーカチ(88歳)、カジマヤー(97歳)が3大行事。親族・地域をあげて歌や踊りを繰り出して寿ぎ、そして「あやかりの儀」といって、長寿のものから目下のものに盃をわたす所作に象徴されるように、長寿という強運と幸福に参列者もあやかる、分けてもらうことが大事なポイントになっている。本人に「おめでとう」というだけでなく、これを祝うことで参加者も長寿にあやかり、みんなの寿命も延びるというWIN-WINの法則なので、我も我もと駆けつける人気行事になっているのだ。
(4)なぜ、トーカチというのか。トーカチとは、桝に入れたお米を水平にしてすりきり、正確に計測するときに使う「斗掻(とかき)」という道具のことだ。トーカチの祝いでは、かごに米をいっぱい入れて、そこにこの斗掻の竹をいくつも刺して、参列者にそれを持って帰ってもらうという地域もある。ではなぜ、斗掻道具が米寿のお祝いに使われるのか。本土では、八十八が漢字で書くと米になり、米にちなんだ道具だからだと解説する向きもあるが、それだけでは説得力に乏しいだろう。


 大学院で教えていただいた沖縄国際大学の遠藤庄治教授(故人)は7万話を超える沖縄民話を取集した民話研究の第一人者であったが、その遠藤先生が集めた民話で、米寿祝いの由来にかかわるこんなお話を思い出した。

 ある元気な男の子の前に髭の老人が現れる。神がかったその老人は「お前は丈夫だが、寿命は八歳までだ」と告げる。男の子は号泣、それを聞いた父親はこの老人を追いかけて行き、土下座して「せめてあと十年でもいいから、息子の寿命を延ばしてください」と頼んだ。すると老人は日を定め「この日に天の神様に御馳走を備えて頼んでみなさい」とアドバイスをした。父親がその通りご馳走をあつらえて天の神にささげたところ、寿命をつかさどる神さまは夢中で碁をさしていて、うっかり御馳走を食べてしまった。我に返った神さまは「しまった。寿命は帳面に書かれていて変えられないのに、御馳走を頂いてしまった。仕方ない、特別に八のうえに八と書き足しておこう」。父親は、あと八年の命を頂いたことに感謝した。しかしこの少年は八八歳まで生きた。そんなに寿命を延ばしてくれたことに感謝して、八月八日には盛大なお祭りをするようになった。

 しかし、この民話には八に八でめでたい漢字であるところの「米」というモチーフは出てこない。でも寿命を決める神さまが人間の命を測り、調整していること。そして心から感謝し願うことで運命は変えられるという庶民の希望が盛り込まれている。この話ともう一つ、古くから伝わる琉歌を合わせて読むと、桝に、命を表す米、そしてすり切って測る道具の斗掻という、米に関する道具のイメージは立体的になってくる。


米のトーカチや
切り升どやゆる
盛着のカジマヤゆ
御願さびら
(意訳)
 88歳は長寿ではあるが、それはちょうど桝を満杯にしたお米を斗掻ですり切った程度だ。でも、桝にはまだまだこぼれるように米を盛ることが出来る。これから先は斗掻の制限を超えて米を山盛りにし、長生きして97歳のカジマヤーまでお祝いしましょう。
 桝を満たすほどのお米というのは、まさに泥にまみれ働いた農民の収穫する喜びであり、無事に税を納め、家族の命をつなぐことができた喜びである。桝にすり切り一杯の米は100%素晴らしいが、その上に盛り上げたこぼれる程のお米というのはまさに+αの恵みであり、神の業なのだ。

 人間はそれぞれ大きさの違う桝を持っていて、天が決めた寿命というものがある。そうだとしても、神さまどうか杓子定規に斗掻で「はいここまでね」と決めないでください。うちのばあちゃんにはおまけして、桝の上にお米を山盛りにしてやってくださいね、という家族の思いが込められた歌だと思う。だからこれは私の解釈だが、斗掻というのは命の采配を決める神さまの道具なんだと思う。斗掻の神さま、こんなに長生きさせてくれて感謝いたしますが、もう斗掻は置いて命の期限を測らずに、後は天の恵みの日々を送らせてくださいという気持ちが、沖縄の民話や歌を読み込むと豊かに表現されているのだ。本土の米寿祝でも、米を測る道具は使われている。なのにうまく説明がなされていない。本土で薄れた民俗の意味が沖縄の行事から逆照射できる事例はたくさんある。きっとトーカチもその一つなのではないだろうか。


(5)なんちゃって民俗学者の解説が長くなったが、もう一つ、VTRの中で爆笑を誘っている、糸満市からやってくる島ぐるみメンバーの出し物について簡単に説明したい。これは本土にもある「戻り駕籠」という滑稽踊りの一つで、沖縄でもよく演じられる。



(物語)
 駕籠を担ぐ二人の男が、中に乗っている女性についてあれこれ期待を膨らましていく。「年のころは春の若芽、芙蓉の花のような美人だそうな」「もしもその心をつかむことができたら、古妻など捨てるのだがなあ」「何を言う、お前になど渡すものか、やるか」。二人の男の妄想が膨らむだけ膨らんだあと、駕籠の女性が楚々と降りてくるのだが、これが稀代の醜女であったとさ。


(6)この醜女役はたいてい口紅を塗りたくったおっさんが務める。手拭いを開いた瞬間、観衆は大爆笑という塩梅だ。おばあは糸満で育ったので大の芸能好きで、「戻り駕籠」の出し物をとても楽しみにしていた。旧習が残る南部糸満は村行事も多く、芸達者ぞろい。だから期待値も高く、片道2時間近くかけて辺野古まで通ってくれる糸満の人たちに、観客席からはやんやの拍手が送られた。


 さて、この「トーチカ」の話は、こう結ばれています。


「名護市の稲嶺市長、ビッグサプライズで登場した歌姫古謝美佐子さん、途中雨に見舞われながらもとても贅沢な見どころ満載の出し物が続き、笑いと熱気でおばあのトーカチは3時間を超えるお祝いとなった。これには寿命の神様も計測を忘れて楽しまれたことだろう。文子おばあは百二十(ひゃくはたち)までの寿命が許されるに違いない。」




by asyagi-df-2014 | 2017-10-12 12:07 | 沖縄から | Comments(0)

吉村大阪市長さん、「公選の職にある者として、たとえ批判にさらされることがあろうとも地域に対して応えていくことが責務」とのサンフランシスコ市長の言葉に撃たれませんか。

 大阪市の吉村洋文市長が、姉妹都市の米サンフランシスコ市で計画されている旧日本軍の従軍慰安婦像設置について懸念を表明し、書面で求めたことに対して、米サンフランシスコ市長から大阪市長への返書が届いた。
 このことについて、毎日新聞は2017年10月5日、次のように報じた。


(1)大阪市の吉村洋文市長が、姉妹都市の米サンフランシスコ市で計画されている旧日本軍の従軍慰安婦像設置について懸念を表明している。吉村市長は姉妹都市の解消にも言及して計画が実現しないよう書面で求めたが、サンフランシスコ市長からは「大きな落胆を覚える」との返書が届いたという。大阪市が4日、明らかにした。
(2)大阪市によると、像は中国系米国人らの民間団体がサンフランシスコ市内に設置。今後、碑と共に市に寄贈し、公有地に移設する計画があるという。
(3)姉妹都市は今年提携60周年。吉村市長は、碑文の「数十万人の女性が性奴隷にされた」などの点について「日本政府の見解と違う」などと指摘。9月末に送った書面では「移管がなされると、残念だが姉妹都市関係を根本から見直さざるを得ない。思慮深い対応を望む」と記した。
(4)これに対し、今月2日付のエドウィン・リー市長の返書では、移設の有無を明確にしていないが、「公選の職にある者として、たとえ批判にさらされることがあろうとも地域に対して応えていくことが責務」と移設の容認を示唆。姉妹関係が解消された場合、「両市の住民を傷つける。協調の将来を築く努力をしている人が不利を被れば恥ずべきことではないか」と憂慮する内容だった。
(5)吉村氏は4日、記者団に考えに変わりがないことを改めて強調した。今月、大阪市を訪れるサンフランシスコ市代表団にも伝えるという。
                                 

 この返事(公開書簡)について、産経新聞が2017年10月5日、全文公開した。
この公開書簡は、次のように始められている。


「貴信については細心の注意をはらって拝読し、また、駐日アメリカ大使や報道機関に対する貴殿の声明についても改めて精査させて頂いた。
 私は、貴殿が両市の姉妹都市関係の終了を検討されているということに大きな落胆を覚えている。60年以上の長きにわたり、我々の姉妹都市関係は何百もの交流・友好行事の育まれてきた。これらの事業は両市にとって相互利益をもたらしてきただけでなく、両市市民の相互理解を深めてきている。」

 また、こうも大阪市長に説明する。


「姉妹都市という概念は、「人対人 People-to-People」プログラムを生み出し、また促進することで、政府の干渉を排除したうえで、多様な文化と市民をひとつにまとめることを目的として提唱されたものである。我々の60年にも亘る関係は、たとえ歴史や文化、言語が異なっているとしても、ともに力を合わせることで、人間愛が我々に共通する中核的な価値観であること、我々がともに平和に生きていけることを示してきた。」


 だからこそ、と続ける。


「姉妹都市関係が終了すれば、これまで自らの時間や資源、情熱を注ぎ、友好の懸け橋を築こうとしてきた両市の多くの住民を直接的に傷つけることになってしまうであろう。本市に所在する数々の市民団体は、日々の活動を通じて人々をまとめ上げ、相互理解をもたらしている。両市の市民が強固な協調の将来を築くことができるよう、懸命な努力をしている人々が不利をこうむることになれば、それは恥ずべきことではないかと思料する。」


 無理難題の大阪市長に語りかける。


「私は、過去を注視するのではなく、我々の子供たちにとって明るい未来を築いていくことに目を向けるべきだと確信している。この観点において、完全に民間の市民により構成されている当地のサンフランシスコ大阪姉妹都市協会が重要な役割を果たしていることは、大きな誇りである。現在非常に困難な時代に生きていることに鑑みれば、両市の明るい未来に向け地道に努力を重ねておられる市民の方々に、我々が強力な支援を示すことは至上命題である。」


 また、サンフランシスコ市長としての誇りを示す。


「公選の職にある者として、たとえ批判にさらされることがあろうとも、地域に対して応えていくことが私の責務である。より深い理解と相互の尊敬の念を持って、姉妹都市関係の61年目を迎えることができるよう、心から望んでいる。」


 最後に、公開書簡は、こう閉められている。


「相互の市民社会をより豊かな利益あるものとし、両市の協力関係を築いていくことにつながっていくよう、我々が両市の人対人の交流を強力に支え続けることを希望している。改めて、我々の素晴らしい都市を強化し利益をもたらすための、将来に向けての努力に対して注意を向け、両市を世界の見本として示していくことができるよう望んでいる。
 2016年8月に直接お会いし、実のあるお話ができたことを思い起こし、両市の姉妹都市関係を成功に導き続けるとともに、明るい未来に目を向けている人々を強力に支援し続けること以上の望みはない。」


 この公開書簡を読み返してみるが、この公開書簡の示すものの重みは、大阪市長の要求を凌駕するものである。





by asyagi-df-2014 | 2017-10-12 07:04 | 書くことから-いろいろ | Comments(0)

壊される前に考えること。そして、新しい地平へ。「交流地帯」からの再出発。


by あしゃぎの人
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