2017年 09月 13日 ( 2 )

沖縄-辺野 高江-から-2017年9月13日

名護市安部に墜落した機MV22オスプレイの事故調査報告書について、「レックス・リボロ氏は『米軍の【墜落】ではなく【緊急着水】だったという主張は、報告書と明確に矛盾している』と指摘。報告書内の記述が機体が制御不能な状態で墜落したことを裏付けたと述べた。」、と琉球新報。あわせて、「『事故は操縦士のミスもあるが、そもそもの機体デザインの設計ミスも追及されるべきだ』と強調した。」(琉球新報)、とも。



 沖縄で起こっていること、その現場の事実をきちんと確認すること。
 2017年も、琉球新報と沖縄タイムスの記事を、「沖縄-辺野古-高江-から」を、報告します。

 2017年9月13日、沖縄-辺野古-高江の今を、沖縄タイムス、琉球新報は次のように表した。


(1)琉球新報-報告書が墜落裏付け 元分析官・リボロ氏指摘 オスプレイ名護沿岸墜落 「制御不能な状態」-2017年9月13日 06:10


 琉球新報は、標題について次のように報じた。


①「【ワシントン=座波幸代本紙特派員】日米両政府が公表した、名護市安部に墜落した米軍普天間飛行場所属の垂直離着陸輸送機MV22オスプレイの事故調査報告書について、米国防研究所(IDA)でオスプレイの主任分析官を務めたレックス・リボロ氏は『米軍の【墜落】ではなく【緊急着水】だったという主張は、報告書と明確に矛盾している』と指摘。報告書内の記述が機体が制御不能な状態で墜落したことを裏付けたと述べた。本紙の取材に11日答えた。」
②「オスプレイはヘリモードでは制御が不安定なため、空中給油できないという構造上の欠陥を抱えている上、固定翼モードでも機体の前部に給油口と大きなプロペラがあるため、乱気流などで給油機のホースが安定せず、接触すればプロペラを壊す危険性があることを改めて指摘。『事故は操縦士のミスもあるが、そもそもの機体デザインの設計ミスも追及されるべきだ』と強調した。また、報告書内の『高度を維持することができなかった』『高度と対気速度が減衰し続けた』」といった事故当時の状況を説明する記述から、『機体が制御された状態ではない』と指摘。制御された緊急着水ならローター等の軽微な損傷であるはずが、左翼が見えず、操縦席が機体から垂直に曲がった様子の記述などもあり『着水後の損傷ではなく、【衝撃】を受けた後の全く制御されていない状態での墜落だ』と説明した。」
③「また、米海兵隊がオスプレイの安全性の問題点について公表しないことに、『プロペラがダメージを受ければ墜落するし、乱気流や強風下での空中給油はそのリスクが高い。人口密集地で事故が起こればどれだけ危険か、米軍や日本政府はもっとリスクを考え、沖縄以外のほかの基地に移動させる、人口密集地では飛ばないなど、対策を取るべきだ』と訴えた。」


(2)琉球新報-チビチリガマ損壊 沖縄戦「集団自決」の壕 遺骨、遺品荒らされる 87年に右翼団体も破壊 読谷-2017年9月13日 06:00


 琉球新報は、標題について次のように報じた。


①「【読谷】沖縄戦で住民が『「集団自決』(強制集団死)に追い込まれた、読谷村波平の自然壕『チビチリガマ』の内部や入り口が、何者かによって荒らされているのが12日、見つかった。チビチリガマの証言収集などに長年携わっている元村議の知花昌一さん(69)が知人を案内するため、同日午前11時ごろに訪ねた時に発覚した。ガマ内部の遺骨や沖縄戦当時の瓶やつぼといった遺品などが荒らされていた。遺族らは『言葉が出ない。ひどすぎる』と悲しんだ。」
②「チビチリガマは、1987年11月にも彫刻家金城実さん(79)が制作した『世代を結ぶ平和の像』が右翼団体員に破壊されたことがある。」
③「遺品の急須などが割られていたほか、平和学習で県内外から訪れた中高生らがささげた折り鶴は引きちぎられ、ガマの入り口にある『世代を結ぶ平和の像』の石垣は破壊されていた。彫刻家の金城さんが作詞したチビチリガマの歌の碑や、立ち入り禁止の看板も引き抜かれ倒されていた。」
④「チビチリガマの遺族会によると、5日までは荒らされた様子はなかったという。『-平和の像』や香炉は残されていた。」
⑤「遺族会の与那覇徳雄会長は遺品や小さい骨がある場所まで荒らされたことについて『残された人にとっても侮辱だ。骨にも手を掛けられていて、ひどすぎる』と憤り唇を震わせた。」
⑥「石嶺伝実・読谷村長は同日午後、現場を訪れ『ずっと(沖縄戦の)継承事業をやってきた。常識では考えられない行動だ。遺族の悲しみを推し量ると残念だ』と述べた。」
⑦「嘉手納署が午後に現場を確認した。遺族会は村と相談しながら被害届を出すかどうか検討する。」
⑧「チビチリガマは95年に遺族らによって像が再建された。遺族会によると、4~5年前にも香炉が破壊されたことがあった。」
⑨「チビチリガマ 読谷村波平にある自然壕。1945年4月の沖縄戦で米軍が上陸したことに伴い、周辺の住民140人が避難。4月2日、米軍の投降に応じずに83人が『集団自決』(強制集団死)に追い込まれた。事実は長い間表に出なかったが、83年に作家・下嶋哲朗さんや住民による調査で全容が明らかになった。」


(3)琉球新報-世界遺産登録へ来月に沖縄調査 IUCN、本島北部と西表-2017年9月13日 06:20


 琉球新報は、標題について次のように報じた。


①「世界自然遺産登録を目指す『奄美大島、徳之島、沖縄島北部及び西表島』の4カ所について環境省は12日、遺産登録の可否を勧告する国際自然保護連合(IUCN)の専門家による現地視察が10月11日から20日に実施されると発表した。現時点で来日する専門家や調査日程などの詳細は分かっていない。」
②「IUCNは国連教育科学文化機関(ユネスコ)の諮問機関で、政府から正式な推薦書が出された遺産候補地の現状や持続可能な環境保全の対策が講じられているかなどを確認する。」
③「沖縄本島北部は推薦地と米軍北部訓練場が隣接し、名護市辺野古では普天間飛行場の代替施設の工事も進められているため、外来種対策や環境保全の観点などから厳しい調査が予想される。県内の基地と環境問題に詳しいジュゴン保護キャンペーンセンターの吉川秀樹さんは『市民との意見交換の場を』と求めた。」
④「IUCNは現地調査に際し、辺野古新基地建設の埋め立て問題も議論する意向を示している。」


(4)琉球新報-九州でオスプレイ参加訓練を検討 日米共同、菅官房長官「準備」-2017年9月12日 18:42


 琉球新報は、「菅義偉官房長官は12日午後の記者会見で、米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)所属の新型輸送機オスプレイが参加する日米共同訓練を九州で検討していることを明らかにした。『陸上自衛隊西部方面隊、米海兵隊の共同訓練に参加すべく準備している』と述べた。具体的な日時や訓練場所は『固まり次第、関係自治体に知らせる』とした。」、と報じた。
 また、「オスプレイを巡っては8月5日にオーストラリア沖で墜落事故があったほか、29日には大分空港(大分県)に緊急着陸するなど、トラブルが相次いでいる。」、と報じた。


(5)沖縄タイムス-米軍の区域外訓練、なし崩しに 背景は1987年に一転した政府答弁-2017年9月13日 15:15


 沖縄タイムスは、標題について次のように報じた。


①「昨年12月に名護市安部の海岸に墜落したMV22オスプレイが、『ホテル・ホテル訓練区域(空域および水域)』外で空中給油訓練を実施していたことが明らかになった。本来、区域内に限られているはずの訓練だが、県内では区域関係なく自由な運用が常態化しているのが実態だ。背景には、日米地位協定を拡大解釈し、なし崩し的に米軍の訓練の自由度を高めてきた日本政府の姿勢がある。」
②「『空中給油訓練は区域外でも可能だ』。事故調査報告書が公表された11日、防衛省担当者はこう言い切った。だが、訓練区域外の使用に関する政府解釈は、本土復帰後、変節している。政府は1975年2月の衆院予算委の分科会で、米海兵隊が山口県の提供施設・区域外で実施したヘリコプターを使った訓練を巡り『日米合同委員会で提供された施設・区域以外を米軍が使用することはできない』(外務省アメリカ局長)と答弁。これを受け、翌3月の衆院予算委で三木武夫首相(当時)も区域外での演習は『安保条約の趣旨からして違反』と明言した。ところが87年。衆院内閣委員会で当時の倉成正外相は『米軍による実弾射撃等を伴わない飛行訓練であれば、地位協定上、施設、区域内に限定して行うことが予想されている活動には当たらないと考えられる』と答弁し、区域外での訓練を事実上認めた。一方で、『米軍はどこでも自由に飛行訓練を行ってよいというものではない。公共の安全に妥当な考慮を十分払って行動すべきことは当然のことだ』ともくぎを刺している。最近では13年3月、岸田文雄外相(当時)が衆院予算委で同様に同弁している。」
③「政府は公共の安全に配慮を求めているが、実効性がないのは明白だ。昨年12月6日には宜野座村城原区の民家上空でオスプレイが物資のつり下げ訓練を実施。翌年3月にはつり下げていたタイヤを落下させる事故を起こすなど、その後も民間地上空での訓練は繰り返され、住民へ大きな不安を与えている。外務省の主張通り、区域外での訓練が認められれば、米軍はパラシュート降下訓練や射撃訓練など日米合意で特別に定められている訓練以外は、どこでも自由に実施できることになる。」
④「一貫して区域外での訓練は認めないとしている県の幹部は『到底容認できない』と批判を強める。政府の解釈が変わったことにも『開かれた議論がないまま、勝手に解釈をねじ曲げている。そこに県民の視点は一切ない』と問題視する。」
⑤「県は新たにまとめた日米地位協定の改定項目の中で、提供施設・区域の使用目的や条件を明記し、適正に使用されているか、日本政府が定期的に状況確認することを求めている。幹部の一人は『区域に縛られないなら、沖縄を除く国土面積99・4%の本土全体で受け入れればいい。東京で、合法的に訓練すればいいのではないか』と皮肉った。」
(政経部・大野亨恭、東京報道部・大城大輔)


(6)沖縄タイムス-辺野古新基地:工事車両58台がシュワブ内に 機動隊、市民70人を強制排除-2017年9月13日 12:55


 沖縄タイムスは、「名護市辺野古の新基地建設に向け、沖縄防衛局は台風18号が沖縄地方に接近した13日も、米軍キャンプ・シュワブに資材の搬入を続けた。機動隊が午前9時半前、座り込む市民約70人を強制排除。工事車両58台が基地内に入った。海上や沿岸部は波が高く、作業は確認されていない。」、と報じた。


(7)沖縄タイムス-チビチリガマ:1987年にも破壊事件 「なぜ」「許せない」関係者の憤り-2017年9月13日 12:34


 沖縄タイムスは、標題について次のように報じた。


①「【読谷】72年前の沖縄戦で、チビチリガマで起きた『集団自決(強制集団死)』を学び、次代へ継承しようとする人たちからも怒りの声が相次いだ。第一発見者の知花昌一さん(69)は『ガマの中は遺骨も残る墓だ。なぜこんなことをするのか』」と憤る。1987年11月に入り口付近の『世代を結ぶ平和の像』が破壊された事件で、初代遺族会長の故比嘉平信さんが語った『二度殺された』との言葉を引き合いに、『亡くなった人は三度殺されたようなものだ』と語気を強めた。」
②「チビチリガマを文化財指定する読谷村の石嶺傳實村長は、この日開会した村議会を終えて現場に駆け付けた。表情をこわばらせながら荒らされた現場を回り、『聖地に足を踏み入れて破壊する行為は絶対に許されない。遺族の悲しみを推し量ると残念』と語った。」
③「破壊された『平和の像』復元で、遺族らと共同制作した彫刻家の金城実さん(78)は『忘れたいのになぜ作るかという遺族の意見もあった』と振り返る。簡単に語れぬ苦しみを一歩ずつ乗り越えてきただけに、憤りも大きい。『警察は徹底的に調べて、誰が司令塔か犯人を捕まえないといけない』と訴えた。」
④「ガマ調査や平和学習に携わる沖縄平和ネットワークの川満昭広代表は『「多くの人が苦しみながら考え抜き、二度と繰り返さぬよう学ぶ場。遺族や関係者は心への暴力を受けた』と話した。」
⑤「改築後の村歴史民俗資料館にチビチリガマの展示を検討する村教育委員会の上地克哉さんは『戦後ずっと語れず、ようやく重い口を開くようになった遺族の思いをかきむしって壊す行為は許されない』と述べた。」
⑥「高校時代の同級生3人と現場を訪れた金城巖さん(69)=沖縄市=は『神聖な場を汚されたことに県民の一人として憤りを感じる』。平和学習で訪れた東京立正短期大学2年の渡邊晴京さん(22)は『何のために荒らしたか分からないが、遺族のことを全く考えていない。早く犯人を捕まえてほしい』と話した。」


(8)沖縄タイムス-区域外の米軍訓練、沖縄県が外務省に抗議 翁長知事「地位協定が壁」-2017年9月13日 10:24


 沖縄タイムスは、標題について次のように報じた。


①「【東京】名護市沿岸でのオスプレイ墜落事故の調査報告書で、空中給油訓練が区域外の鹿児島県与論島の近くで実施されていたことが明らかになったことを受け、沖縄県の翁長雄志知事は12日、外務省で佐藤正久副大臣に、政府が米側へ自由な運用を認めていることに抗議した。」
②「翁長知事は、基地外で発生した米軍関係の事件・事故へ日本の捜査権行使を明記するなど、県が17年ぶりに刷新した日米地位協定の見直しの要請書を手渡すために外務省を訪れていた。」
③「政府は、本土復帰間もない1975年には区域外での米軍の訓練を明確に否定していたが87年までには、射撃など日米合意で特別に定められている訓練以外は、区域外でも可能だと解釈を変更するなど、見解が変遷している。佐藤副大臣は『地位協定のあるべき姿を不断に追求することが大事』と応じるも、区域外で訓練が認められる範囲や見解の変遷経緯など詳細については答えなかったという。」
④「会談後、翁長知事は記者団に『区域外の与論島で夜間訓練をし、ずっと海岸線を飛んで力尽きて落ちた。(米側の説明した)市街地を避けたのではない。大変残念だ』と苦言。日本側で墜落原因の究明や機体の差し押さえなどもできず、訓練場所の情報提供もない現状に『説明も原因究明もなく、再発防止策も一辺倒。地位協定の壁があり、大変なむなしさを感じる』と述べた。」


(9)沖縄タイムス-チビチリガマ破壊、平和学習も破壊する行為 吉浜忍・沖縄国際大教授に聞く-2017年9月13日 10:01


 沖縄タイムスは、標題について次のように報じた。


①「チビチリガマでは『集団自決(強制集団死)』があり、悲惨な沖縄戦を今に伝えているガマだ。読谷村の文化財に登録された戦争遺跡であり、歴史を後世に伝えていくために残された重要な場所である。それを破壊することは文化財保護法違反に当たるし、沖縄戦で亡くなった人や遺族、村民の思いにつばをかける行為と言える。」
②「また、戦争とは何かを学び、平和学習でも使われている所であり、戦跡を破壊する行為は絶対にあってはならない。折り鶴を献じた方々の平和への思いを踏みにじった。戦跡が荒らされたことは、平和学習の意味をも破壊する。」
③「1987年に起こったチビチリガマの平和の像破壊以降、県内で同様な戦争遺跡の破壊は記憶していない。」                             ④「ただ、今回の出来事でチビチリガマの立ち入りを禁止にするべきではない。禁止や規制をすることで悲惨な戦争を知ることができなくなる。行政や地域で見守り、このような行為をさせない環境づくりが求められている。」
⑤「二度とこのような事が起こらないためにも、誰が荒らしたのか、その意図は何だったのかをしっかりと検証しなければならない。」




by asyagi-df-2014 | 2017-09-13 17:53 | 沖縄から | Comments(0)

東京都知事及び墨田区長の追悼文拒否の中で開かれた関東大震災追悼式。

 東京新聞は2017年9月2日、「墨田区の都立横網町(よこあみちょう)公園では同日午前、朝鮮人犠牲者の追悼式が開かれ、出席した約五百人が、不当に命を奪われた人たちを悼んだ。しかし、例年実施されてきた都知事と墨田区長の追悼文読み上げは行われなかった。」、と報じた。
 このことについて、2017年9月2日付けの東京新聞「小池氏、虐殺の認識語らず 『歴史家がひもとくもの』」及びハンギョレ「追悼文拒否の中で開かれた関東大震災追悼式『忘却は再び悪夢を生む』」の記事で考える。


 この追悼式の模様とその問題点を、ハンギョレは、次のように伝えた。


(1)今年の追悼式は、例年以上に憂鬱な雰囲気の中で開かれた。小池百合子東京都知事側は「(朝鮮人らに向けた)特別な形での追悼文は控えた」と宣言した。2000年代以後、すべての東京都知事が毎年送ってきた追悼文を今年は送らなかった。
(2)変化した日本社会の雰囲気を反映する場面は追悼式場の目の前でも見られた。日本人20人あまりが集まって、朝鮮人追悼式と同じ時刻にすぐそばで日本人地震被害者慰霊式を開いた。彼らは「朝鮮人6000人虐殺は事実か?」「日本人の名誉を守ろう」などと書かれた大型横断幕を日章旗とともに掲げた。彼らは「朝鮮人6000人以上が虐殺されたというのは嘘だ。犠牲者は20分の1程度ではないだろうか」として「反対に日本人がやられた場合もないだろうか」とまで主張した。以前にも駅頭で追悼式反対パンフレットを配った人はいたが、追悼式場の目の前で反対行事が開かれたのは今年が初めてだ。市民団体の日朝親善協会会員シマオカ・マリ氏は「日本社会の右傾化が激しくなり、右派の力が一層強まっている。向かい側の反対集会がその例」と話した。朝鮮総連東京本部副委員長のホ・ジョンス氏は「以前にも過去を否定する人々はいたが、最近はきわめて露骨になった」と話した。
(3)日本の保守派も、関東大震災当時に朝鮮人が日本人に殺害された事実自体を完全には否定できない。関東大震災の後、日本では朝鮮人が毒を井戸に撒いたというデマが出回り、自警団が警察のほう助の下で朝鮮人数千名を虐殺した。日本の内閣府が作成した報告書にも、殺された場合があると書かれている。彼らは大震災後の混乱した状況で正確な統計がありえないという点を悪用している。内閣府の報告書には殺された朝鮮人と中国人の数について「殺傷事件による死亡者は正確には分からないが、地震による死亡者10万5000人の1~数%」と書いた。今年3月、古賀俊昭・東京都議会議員は「犠牲者数の6000人には根拠がない」という質問で追悼文の送付拒否を要請し、小池知事はこれに応じる形で朝鮮人虐殺隠蔽に加勢している。これは朝鮮人虐殺追悼碑撤去要求の動きにつながっていて、朝鮮人虐殺の事実全体を否定する動きにまで膨らむ可能性がある。


実は、東京新聞は、二つの日本の今を描き出していた。
それは、関東大震災当時に朝鮮人が日本人に殺害された事実自体を完全には否定できないにもかかわらず「過去を否定する人々」の姿であり、これに対抗するもう一つの姿である。


(1)追悼式実行委員長の宮川泰彦さん(76)は「歴史家の判断として逃げているだけで、虐殺否定論の上に立っているとしか思えない」と批判。「人の命を大事にせず、歴史的事実を自らの歴史観から否定するのなら知事としてふさわしくない。追悼文をやめたのもこれが本意だったと思う。学校現場など他分野にも影響が広がるのでは」と危惧した。
(2)一方、東京都と同様に当時朝鮮人虐殺があった埼玉県熊谷市では、市主催の朝鮮人犠牲者追悼式があり、富岡清市長が百五十人の参列者を前に追悼のことばを読み上げた。


 また、あわせて、ハンギョレは、「この日の追悼式には昨年の2倍ほどの500人余りが参加した。12時から始まった献花行列は40数分にわたり続いた。小池都知事の追悼文送付拒否が大きく報道されたので、逆に関心が高まって起きた苦々しい現象だった。この日、同じ横網町公園では、関東大震災と東京空襲の犠牲者を慰霊する行事が日本の皇太子が参加した中で開かれた。小池知事はこの行事には追悼文を送ったが、朝鮮人虐殺に対する言及はなかった。」、と伝えていた。


 このような状況をもたらした東京都知事と墨田区長に対して、ハンギョレは、関係者からの疑問の声を、次のように投げかける。


(1)「日本社会で関東大震災での朝鮮人虐殺の事実は歳月と共に風化し忘れられようとしている」。1日、関東大震災94周年朝鮮人虐殺犠牲者追悼式が開かれた東京墨田区の横網町公園で会った追悼式実行委員長の宮川泰彦氏は苦々しく話した。
(2)宮川委員長は「(保守的なことで有名だった)石原元東京都知事も虐殺を否定する雰囲気ではなかったので追悼文を送った。だが、小池知事は追悼文さえ送らない」と嘆いた。彼は追悼式で「自然災害で亡くなった人(日本人)と、人の手で殺された人とは違う。都知事が追悼文を送らないということは容認できない」として「忘却は再び悪夢を生む危険がある」とも話した。
(3)「関東大震災朝鮮人虐殺の国家責任を問う会」事務局長の田中正敬氏は、追悼式で「関東大震災当時、朝鮮人だけでなく中国人、そして(労働運動家などの)日本人も殺された」として「私たち皆が加害者であり被害者になりうる」と話した。


 東京新聞は「朝鮮人虐殺追悼碑撤去要求の動きにつながっていて、朝鮮人虐殺の事実全体を否定する動きにまで膨らむ可能性がある。」という中での、今回の都知事と区長の「拒否」に対して、「史実 戦前の公文書」として次のように説明する。
 都知事の「(朝鮮人らに向けた)特別な形での追悼文は控えた」との回答への反論でもある。


(1)一九二三(大正十二)年九月一日に関東大震災が発生すると、「朝鮮人が暴動を起こした」などのデマが広がった。あおられた民衆がつくった「自警団」などの手で、多数の朝鮮人や中国人らが虐殺された。
(2)政府中央防災会議の報告書によれば、朝鮮人虐殺は当時の行政などの公的記録から確認できる。司法省の「震災後に於ける刑事事犯及之に関連する事項調査書」では、二百三十三人が殺害されたことが分かる。起訴事件分だけで一部にとどまる。
(3)朝鮮総督府の東京出張員が調べたという文書「関東地方震災ノ朝鮮ニ及ホシタル影響」では、殺された「見込数」として、東京約三百、神奈川約百八十、埼玉百六十六など計約八百十三人を挙げている。
(4)東京都公文書館所蔵の「関東戒厳司令部詳報」中の「震災警備ノ為兵器ヲ使用セル一覧表」は、軍の記録だ。軍隊の歩哨や護送兵の任務遂行上のやむをえない処置として十一件五十三人の殺害が記録されている。


 今、宮川委員長の追悼式での、「自然災害で亡くなった人(日本人)と、人の手で殺された人とは違う。都知事が追悼文を送らないということは容認できない」「忘却は再び悪夢を生む危険がある」、との訴えをどのように捉え直すことができるのかが問われている。
 結局、東京都知事と墨田区長の追悼文の拒否は、関東大震災朝鮮人虐殺の国家責任に背を向けるものである。
 つまり、今回のことは、「国際社会の原則」-「人類の普遍的価値と国民的合意に基づく被害者の名誉回復と補償、真実究明と再発防止の約束という国際社会の原則」-を踏みにじる行為でしかない。




by asyagi-df-2014 | 2017-09-13 06:15 | 人権・自由権 | Comments(0)

壊される前に考えること。そして、新しい地平へ。「交流地帯」からの再出発。


by あしゃぎの人
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