2017年 08月 18日 ( 2 )

沖縄-辺野古 高江-から-2017年8月18日

宜野湾市議会は、MV22オスプレイの飛行中止と事故原因の速やかな究明・公表を求める抗議決議と意見書を、臨時議会で、全会一致で可決した。
この中で、「トラブルが相次いでおり、住民を巻き込む大事故につながるのではないかと、市民に大きな衝撃や不安、恐怖が広がっている」と指摘している。 また、「事故について『墜落』ではなく『衝突落下』と表現」している。



 沖縄で起こっていること、その現場の事実をきちんと確認すること。
 2017年も、琉球新報と沖縄タイムスの記事を、「沖縄-辺野古-高江-から」を、報告します。

 2017年8月18日、沖縄-辺野古-高江の今を、沖縄タイムス、琉球新報は次のように表した。


(1)琉球新報-社民党議員らが座り込み 辺野古のシュワブゲート前-2017年8月18日 11:38


 琉球新報は、標題について次のように報じた。


①「米軍普天間飛行場の移設に伴う名護市辺野古への新基地建設で、社民党自治体議員団全国会議(高田良徳議長)の議員や市民ら約80人が18日、辺野古の米軍キャンプ・シュワブゲート前に座り込み、新基地建設に抗議した。」               ②「同会議は研修で来県している。高田議長は『新基地建設は【盗んだ車を新車にしろ】と言っているようなものだ。全国の問題として考えないといけない。各地域に帰って運動を広げたい』とあいさつした。社民党の福島瑞穂副党首は『どんなことがあっても沖縄の人と一緒に頑張ろう』と呼び掛けた。」
③「午前9時40分ごろから基地内に入ろうとした工事関係車両が足止めされ、渋滞が発生した。市民側は一般車両が通れるよう交通整理を求めたが、県警は応じなかった。午前9時55分ごろから機動隊が議員らを排除し、16台の工事関係車両が基地内に入った。一方、海上では沖縄防衛局がシュワブ内の『N5護岸』建設予定地付近で砕石を投下するなどして、仮設道路工事を進めている。付近の浜辺にコンクリートブロックを複数並べる作業も確認された。市民らは抗議船3隻とカヌー8艇で抗議をしている。」


(2)琉球新報-嘉手納基地、地元の要望言及 2プラス2で日本側-2017年8月18日 12:50


 琉球新報は、標題について次のように報じた。


①「【ワシントン=座波幸代本紙特派員】日米両政府が米ワシントンで17日に開いた外務・防衛担当閣僚による安全保障協議委員会(2プラス2)で、日本側から米軍嘉手納基地の旧海軍駐機場継続使用とパラシュート降下訓練問題を取り上げた。米側から使用中止などの明確な応答はなかった。日米4閣僚による共同記者会見で、米軍普天間飛行場の移設について『普天間の固定化回避には辺野古が唯一の解決策だ』と、名護市辺野古への新基地建設計画の推進をあらためて強調した。共同会見には、河野太郎外相、小野寺五典防衛相、米国のティラーソン国務長官、マティス国防長官が出席した。」
②「小野寺防衛相は『嘉手納飛行場を巡る問題や米海兵隊オスプレイの飛行について、地元での強い要望を説明し、地元への配慮や安全性の確保をあらためて要請した』と説明。河野外相は『嘉手納飛行場を巡るさまざまな問題についても、地元の理解を得るための努力が必要だと指摘した』と述べた。一方、ティラーソン長官は『辺野古の新基地建設の再開を歓迎する。この計画は普天間の継続使用を回避する運用上、政治上、財政上、戦略上の唯一の解決策だ』と従来の見解を強調。マティス長官は沖縄の基地負担の軽減策としてではなく、北朝鮮の脅威への対応に向け『2015年の日米防衛協力指針の実施を加速し、日本とグアムでの米軍再編を継続する』と述べるにとどめた。」
③「また、2プラス2では、北朝鮮の非核化と、弾道ミサイル開発阻止に向け圧力を強化することで一致。北朝鮮のミサイルに対し、防衛能力を向上させる方針でも合意した。」
④「日米4閣僚は米国が『核の傘』を含む抑止力を日本に提供することなどを明記した共同文書を発表した。北朝鮮が米領グアム周辺へ弾道ミサイル発射計画を公表するなど脅威が高まる中、日米同盟を強化し、共同対処する姿勢を打ち出した。」


(3)琉球新報-飛行中止、原因究明求める 宜野湾市議会が抗議決議-2017年8月18日 10:54


 琉球新報は、「米軍普天間飛行場所属のMV22オスプレイのオーストラリア沖墜落を受け、宜野湾市議会(大城政利議長)は18日、臨時会を開き、同型機の飛行中止と事故原因の速やかな究明・公表を求める抗議決議と意見書を全会一致で可決した。普天間飛行場の早期閉鎖・返還と『5年以内の運用停止』実現も要求した。」、と報じた。
 また、「決議と意見書はオスプレイについて昨年12月の墜落や今年6月の2回の緊急着陸に言及し「トラブルが相次いでおり、住民を巻き込む大事故につながるのではないかと、市民に大きな衝撃や不安、恐怖が広がっている」と指摘した。日米地位協定の抜本的改定も訴えた。一方、事故について『墜落』ではなく『衝突落下』と表現した。大城議長と基地関係特別委員会委員らは18日、在沖米海兵隊や在沖米総領事、外務省沖縄事務所、沖縄防衛局に直接、抗議決議・意見書を提出する。」、と報じた。


(4)沖縄タイムス-辺野古推進、文書確認へ 嘉手納問題触れない可能性も 日米2プラス2-2017年8月18日 07:01


 沖縄タイムスは、標題について次のように報じた。


①「【平安名純代・米国特約記者】日米両政府は17日午前(日本時間同日夜)、米ワシントンで外務・防衛担当閣僚による日米安全保障協議委員会(2プラス2)を開いた。米軍普天間飛行場の名護市辺野古への早期移設を確認する見通し。複数の米政府筋によると、普天間の辺野古移設を巡っては、現行計画が普天間の継続的使用を回避するための唯一の解決策であり、推進していく方針を文書で確認し、協議では踏み込まない見通し。嘉手納基地の旧海軍駐機場の使用問題やパラシュート降下訓練などについては、『日本側から言及がなければ、協議する意向はない』(米政府筋)という。」
②「2プラス2の開催は2015年4月以来で、トランプ政権下では初めて。協議には、日本側から河野太郎外相と小野寺五典防衛相、米側からティラーソン国務長官とマティス国防長官が出席し、終了後に共同記者会見を開き、合意文書を発表する。」
③「協議の主題は、弾道ミサイル発射を重ねる北朝鮮への対応で、対話による外交的解決を目指す一方で、日米の防衛力を強化して圧力を強める方針も確認する。中国やロシアには、北朝鮮への対応の強化を促し、国連安全保障理事会決議を厳格に履行することで、北朝鮮の挑発行動の阻止を図る姿勢を確認する。米国による『核の傘』提供を含めた日本防衛への関与も確認する見通しだ。日本は、集団的自衛権行使を容認した安保関連法を踏まえ、自衛隊の役割拡大を表明するとみられる。」


(5)沖縄タイムス-「父が沖縄出身」最多の45人 フィリピン残留2世、200人が国籍回復-2017年8月18日 11:00


 沖縄タイムスは、標題について次のように報じた。


①「戦後、フィリピンに残された残留日本人2世を支援する日本財団とNPO法人『フィリピン日系人リーガルサポートセンター』(東京都)の支援事業で、日本国籍を回復した残留日系2世が200人に達したことが17日、分かった。うち父親が沖縄県出身の残留2世は45人と約23%を占め全国で最多だった。」(社会部・宮里美紀)
②「戦前、フィリピンには最盛期で約3万人が移民し、県内では麻農園の開拓などに約1万7千人が移り住んだ。現地の女性と結婚する男性も多かったが、太平洋戦争での戦死や戦後に父親だけ強制送還されるなど、母や子が取り残される事例が相次いだ。」
③「200人目の戸籍回復者となった赤嶺・オーロラ・ハルコさん(78)も県系2世。県出身の赤嶺亀さんとフィリピン人の母との間に生まれた。戦前、一家は豊かな生活を送っていたが、戦争で母が他界。戦後、三男良一さんを連れて強制送還された亀さんも1年後に死亡。60年代に良一さんがハルコさんらきょうだいを訪ね、交流を持っていたことから戸籍回復が認められた。」
④「同財団の特定事業部国際ネットワークチームの大久保郁子さんは『反日感情の強かったフィリピン社会で孤独に生きた2世にとって、日本の親族とつながることは大きな希望』と語り、『自由移民だったフィリピンの残留日系2世は国からの支援が手薄。政府の支援スピードを上げてほしい』と訴えている。」
⑤「同NPOによると、これまでの総申立件数は264件で、父親の出身地が多い他県は広島27人、熊本26人と続いた。無国籍の残留日系2世は現在約千人。高齢化が進み、約1400人が亡くなったとみられる。」
⑥「国籍回復には、父子関係を証明する証言などが必要。9月26~30日には、同センターなどの支援で日本国籍を回復した残留県系2世の仲地リカルドさん(82)、岸本ヤス子さん(80)が父親の身元や親族につながる手がかりを求めて来沖する予定で、情報提供を呼び掛けている。」


(6)沖縄タイムス-2015年のうるま市沖ヘリ墜落は「操縦士ミス」 米軍の調査報告書-2017年8月18日 06:55


 沖縄タイムスは、標題について次のように報じた。


①「防衛省と外務省は17日、2015年8月12日に米陸軍のMH60ヘリコプターが沖縄県うるま市のホワイト・ビーチ水域で墜落した事故の調査報告書を公表した。『機体は問題なく、パイロットの過失が原因』としている。4月12日付で米側から提供された。」
②「報告書によると、MH60は米ワシントンのルイス・マコード合同基地の第160特殊作戦航空部隊第4大隊所属で、ロープを使った降下訓練を実施していた。事故機は米海軍艦艇『レッド・クラウド』の船体左側から船首上空へ移動した際に、高さ6メートルの位置でメインの回転翼が船首部分のはしごに接触して、甲板上に『不時着艦した』という。乗員17人中、7人が負傷。機体は「壊滅的な構造上の損傷」を受け、損害額は約37億円だった。」
③「事故原因は『操縦士が機体を移動させようとした際に操作手順を誤ったことによるもの』と結論づけ、機体自体に事故につながる要因は『確認されなかった』とした。」
④「再発防止策として事故直後に、訓練に参加した残り2機の4日間の運用停止と整備などをしたほか、司令官が必要に応じて操縦士の飛行認可の一時停止や取り消しをした上で、再訓練を命ずることなどを決めたという。」


(7)沖縄タイムス-【沖縄・米軍属事件】弁護側、責任能力争わず 心神喪失の証拠集まらず-2017年8月18日 05:00


 沖縄タイムスは、標題について次のように報じた。


①「昨年4月にうるま市で起きた女性暴行殺害事件で、殺人や強姦(ごうかん)致死などの罪で起訴された元米海兵隊員の軍属(33)の弁護側は17日までに、被告の刑事責任能力を争わない方針を固めた。那覇地裁への精神鑑定請求も行わない。犯行時に、善悪の判断ができない心神喪失や耗弱状態だったことを証明する有力な証拠が集まらなかった。」
②「弁護側は起訴されている強姦致死と死体遺棄の両罪は認める一方、犯行時に殺意がなかったことなどを理由に殺人罪の成立は争う方針。公判では殺意の有無が大きな争点となる見通し。弁護側は、被告にうつ病の病歴があり、少年時には米国内で注意欠陥多動性障害(ADHD)とも診断されたことなどを理由に、刑事責任能力を争う準備を進めてきた。しかし弁護側によると、うつ病や注意欠陥多動性障害と診断されたのは犯行時から10年以上前で、弁護側は当時被告を診察した医師の診断書を取り寄せたものの、犯行時の精神状態に与えた影響を直接証明する資料は集め切れていない。」
③「弁護人の高江洲歳満弁護士は『手持ちの資料では、犯行時に心神喪失・耗弱だったという主張はできないとの結論に達した』と説明。一方で『地裁が量刑を判断する際、病歴や診断歴を考慮してもらうよう主張する』と述べた。」
④「那覇地検は昨年6月9日に、被告を死体遺棄罪で起訴。同月30日に殺人と強姦致死の両罪で追起訴した。被告は裁判員裁判で審理される。」




by asyagi-df-2014 | 2017-08-18 18:16 | 沖縄から | Comments(0)

本からのもの-「【基地移設問題】『沖縄の米軍基地を本土へ』広がる引き取り運動」

著書名;週刊女性PRIME「【基地移設問題】『沖縄の米軍基地を本土へ』広がる引き   取り運動」
著作者:樫田秀樹
出版社;週刊女性


 週刊女性PRIMEは2017年8月9日、「【基地移設問題】『沖縄の米軍基地を本土へ』広がる引き取り運動」、との記事を掲載した。
沖縄の米軍基地を、沖縄県外に移設する運動が動き出している。
樫田秀樹(以下、樫田)は、この状況を、「沖縄の米軍基地を『本土』に引き取る─。実に刺激的なフレーズだが、この実現を目指す市民運動が今、全国5か所で展開されている。2015年の大阪を皮切りに、同年に福岡と長崎、’16年に新潟、そして今年の東京と同時発生的に立ち上がった。」、と描写する。
 また、樫田は、この運動の目的を、「引き取る・大阪」の松本亜季の言葉として、「日本人が沖縄に押しつけてきた差別を解消したい。国民の約9割が日米安保体制の維持が望ましいと考えています。つまり米軍駐留を肯定しているのに、それを沖縄だけに押しつけ、自分のところには来るなという状況を変えたいんです」、と紹介する。
 樫田は、「沖縄の米軍基地を『本土』に引き取る」運動を、次のように報告する。


Ⅰ.それぞれの運動の思い


樫田は、それぞれの地域での運動への思いを次のように伝える。


(1)「引き取る・東京」の坂口ゆう紀さん:10年、聴き取り調査で辺野古を訪れるなど、基地への関心があった。だが’16年3月、沖縄で出会った70代の地元女性から言われた「学生のときに本土から基地が移ってきた。悔しかった。元の場所に戻してほしい」との言葉が心に刺さる。これを機に坂口さんは、沖縄に米軍基地が集中するのは、日本各地の米軍基地が沖縄に移転した過去があったことを知る。
(2)「引き取る・大阪」の松本亜季さん:大学時代の’04年、辺野古での座り込み抗議運動に2か月間参加し、’05年には、辺野古での基地建設の白紙撤回を訴える市民団体『辺野古に基地を絶対つくらせない大阪行動』(以下、大阪行動)を設立、JR大阪駅前で毎週末10年間も街宣行動を展開した。だが、あるときから「この運動でいいのか」との思いにとらわれる。「10年の街宣で沖縄を理解する府民は増えた。でも多くは“沖縄は大変だね”との他人事の認識で、市民がどれだけ反基地を訴えても、辺野古の状況は悪化する一方だったからです」。基地撤去を訴えても、自分たちが「押しつけている」との社会的立場に目をつぶっているのは差別だ。そう思った松本さんは、「差別者」として沖縄に基地を押しつける「本土」こそ負担を引き受けるべきで、他人事から自分事として基地問題の世論を高めたいと考えた。そして’14年夏、大阪行動の会議で「米軍基地を大阪に引き取る運動をやりたい」と明言する。
(3)「引き取る会福岡」里村和歌子さん:里村さんは’10年、山口県に在住時、広島修道大学大学院で野村浩也教授のゼミを受講。野村教授は著書でもゼミでも、「基地を押しつける“本土”の植民地主義」を説き、「沖縄米軍基地の県外移設」を訴える。ゼミを通して、里村さんも自身の「差別者」としての社会的立場を認識した。その後、里村さんは福岡で暮らすが、『沖縄を語る会』(大山夏子氏主宰)という2か月に1度の勉強会で沖縄問題を学ぶ。そこで’15年7月に講演をしたのが東京大学大学院の高橋哲哉教授だった。
高橋教授はその前月、引き取りを訴える『沖縄の米軍基地「県外移設」を考える』(集英社新書)を上梓していたが、講演で「引き取る・大阪」の活動を紹介すると、里村さんは即座に決めた。勉強会の終わりに「引き取り運動を始めます。集まる人はいませんか?」と発言したのだ。
(4)「引き取る・東京」の佐々木史世さん:数年前に「引き取り」に関心を持った。SNSで見かけた沖縄県民による投稿《基地、おまえのとこへもっていけ》や、前述・高橋教授の著書との出会いで、漠然と「東京でも始められないかな」と思っていた。すると’16年3月、都内で開催された引き取りをテーマにしたシンポジウムに登壇した高橋教授と知り合ったことで、同じ意思をもつ人脈ができ、学習会を始めることができたのだ。佐々木さんは「“基地はどこにもいらない”との主張はそのとおりですが、それだけを通そうとするのは、沖縄の人たちにはきついと思う」と話す。例えば’09年の民主党政権で、当時の鳩山由紀夫首相は普天間飛行場の移設を「最低でも県外」と公言、多くの沖縄県民が期待した。結局、それは立ち消えになるが、このとき、基地絶対反対運動のなかには「立ち消えてよかった」との声もあった。「移設」は「基地はどこにもいらない」の真逆になるからだ。
 この姿勢は、沖縄県民には確かにきつい。


Ⅱ.この運動へ出される疑問と回答


 樫田は、この運動には常に2つの疑問が寄せられるとする。
 その疑問は、次のものである。
第一に、「米兵犯罪に責任を取るのか」ということ。特に女性への性的被害は議論を避けて通れない。
 第二に、「どこに引き取るか」ということ。
この疑問に対して、「引き取る・東京」の佐々木史世さん達は次の回答を用意しているとする。
第一については、「犯罪はもう沖縄で起きています。では、尋ねたい。それに対し、今まで何もしなかったのは誰? 日米安保という米軍基地駐留を認めているのは誰? と。これは市民団体だけではなく、全住民で考える問題です」。
 第二については、「それは私たちではなく、政治が決めること。私たちの目的は、それを政治課題にもっていくこと」。


 この引き取り運動は、「いかに地方や国の議員を動かすかも問われている。」、と樫田は説明する。


Ⅲ.新しい動き


「いかに地方や国の議員を動かすかも問われている。」に関しての引き取り運動の側のその手探りともいえる活動について、樫田は、次のように紹介する


 6月16日、引き取り5団体が『辺野古を止める! 全国基地引き取り緊急連絡会』を結成、東京で記者会見を開催した。会見にあたり、連絡会が進めていたのが、沖縄の米軍基地への認識を問うため、全国知事に送ったアンケートの集計だった。里村さんが原案を練り、『沖縄に応答する会@新潟』の福本圭介さんが分析、資料にまとめた。
 46都道府県知事の42知事が回答したが、福本さんは「脈はある」と思った。選択式の回答で「沖縄の米軍基地を縮小すべきだ」と回答したのは4知事にとどまったものの、記述式回答では、3分の1の知事が基地負担削減の必要性に、4分の1が日米地位協定の改定の必要性に言及したからだ。
「このような知事が一定数いることは、引き取る運動の可能性を覚える」(福本さん)。
 とはいえ、引き取りは一朝一夕ではできない。だが佐々木さんらは、「迷いはないです。10年単位で活動を続けます」との覚悟を見せている。沖縄に犠牲を強いる政府与党の姿勢に黙っていられないからだ。


 樫田は、引き取る運動の目的を、「今年5月、『引き取る・東京』は初のシンポジウムを開催した。その際、沖縄で長年、県外移設を訴えている知念ウシさんが一般席からこう発言した。『県外移設は“基地はどこにもいらない”運動には聞き入れてもらえません。でも、初めてその訴えを聞いてくれたのが、この“引き取る”運動です」。まさにこの声に応えたいと佐々木さんは語る。」、とまとめる。


 さて、この引き取り運動の背景にある基本的問題を、樫田は、次のように指摘する。


(1)1952年、在日米軍基地面積が沖縄に占める割合は約10%にすぎなかった。だが’57年、岐阜県、静岡県、神奈川県、静岡県、滋賀県、奈良県、大阪府の米軍海兵隊が沖縄に移駐し、’72年までには福岡県の空軍基地なども移駐、’76年には、山口県の第一海兵航空団が移駐。これには、沖縄県議会や県内政党が「犠牲を県民に押しつけるのか!」と一斉に反発した。移設理由のひとつに「本土」の反基地運動が反米運動へ転嫁していくのを日米両政府が懸念した、との研究報告もある。
 今、在日米軍基地面積が沖縄に占める割合は約70%。まぎれもなく政治が「押しつけてきた」結果だ。同時に、共同通信の『戦後70年世論調査』によると、日米安保の支持率は約9割。つまり米軍駐留を認めている。だが、その負担を自分の街では決して受け入れない。結果として、国民の多くも沖縄に基地を無自覚に押しつけているのだ。
(2)「引き取る会福岡」もシンポジウムや街宣などを行うが、運動を展開するうえでの厚い壁は「基地絶対反対」の運動だという。例えば、辺野古基地反対運動をしていたかつての仲間から「引き取るとは何事だ。基地をなくすのが目的なのに」と批判され、会を去った人もいるそうだ。ただし、基地絶対反対運動も引き取り運動も、将来的な「米軍基地撤去」の目標は同じだ。「引き取る・大阪」と「大阪行動」の両方で活動する人もいる。つまり、米軍基地撤去という目標実現には「引き取り」も選択肢のひとつなのに、それをただ批判するだけの基地絶対反対運動に里村さんは違和感を覚えるのだ。


 樫田の文章を受け取りながら、「沖縄に犠牲を強いる政府与党の姿勢に黙っていられないからだ。」との声に、きちんと押さえる必要があると感じている。
 例えば、新崎盛暉の指摘が重要になってくると捉え直している。
 新崎は、日本の戦後の出発を、「象徴天皇制、日本の非武装化、沖縄の(分離)軍事支配は、占領政策の上で、三位一体の関係になったのである。構造的沖縄差別の上に立つ対米従属的日米関係は、ここから始まる。一九四七年の、『沖縄を二五年ないし五〇年、米軍統治に委ねることに異存はない』といういわゆる天皇メッセージや、講和後も米軍の駐留を希望するという天皇のGHQへの積極的働きかけなどは、天皇がこの仕組みの中で自らに与えられた役割を果たしたものと言えるだろう。」と規定し、このことにより、「日本の非武装化は、日本国憲法にも明記され、それは平和憲法と呼ばれるようになったと説明する。 
 このことの理解のなかで、引き取り運動も進める必要があるのではないか。
 最後に、樫田を記事を受けて、確かに、次の気づきが、日本国民ひとりひとりにとって、重要になる。
 「沖縄でよかった」を克服するために。


Ⅰ.戦後一貫して、国民の多くが沖縄に基地を無自覚に押しつけていることに気づくこと  ができるか。
Ⅱ.国民ひとり一人が、差別者としての自覚を獲得することができるのか。
Ⅲ.米軍基地撤去という目標実現に「引き取り」も選択肢を含むことができるか。




by asyagi-df-2014 | 2017-08-18 05:32 | 本等からのもの | Comments(0)

壊される前に考えること。そして、新しい地平へ。「交流地帯」からの再出発。


by あしゃぎの人
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