2017年 01月 24日 ( 2 )

沖縄-辺野古-高江-から-2017年1月24日

 沖縄で起こっていること、その現場の事実をきちんと確認すること。
 2017年も、琉球新報と沖縄タイムスの記事を、「沖縄-辺野古-高江-から」を、報告します。


 2017年1月24日、沖縄-辺野古-高江の今を、沖縄タイムス、琉球新報は次のように表した。


(1)琉球新報-フロート設置作業進む 辺野古新基地建設 海保、カヌー・抗議船を拘束-2017年1月24日 14:05


 琉球新報は、標題について次のように報じた。


①「米軍普天間飛行場の名護市辺野古移設に向け、沖縄防衛局は24日午前、大浦湾で埋め立て工事などを計画する臨時制限区域を示す浮具(フロート)の設置作業を進めた。米軍キャンプ・シュワブの砂浜に並べてある数十メートルに及ぶフロートを、作業船で同市瀬嵩に近い海域まで引っ張り、前日までに設置したフロートと接続させた。海上作業に抗議する市民らの抗議船やカヌーを海上保安庁のゴムボートが取り囲んだり、拘束したりする場面もあった。」
②「基地建設に反対する市民らは早朝から米軍キャンプ・シュワブゲート前で抗議行動を展開した。午前9時前に作業車両が基地内に入る際、機動隊が座り込みを続ける市民を排除した。」
③「海上のフロート設置の情報を受け、市民らは午前10時すぎ、海上作業が見える瀬嵩の浜に移動した。浜から見える海域で展開される海上作業に『私たちの宝の海の埋め立てを許さんぞ』『フロート撤去せよ』と強く抗議した。」


(2)琉球新報-うるま市議会と伊計自治会 伊計ヘリ不時着で防衛局に抗議-2017年1月24日 13:37


 琉球新報は、標題について次のように報じた。


①「20日に米軍普天間飛行場所属のAH1Z攻撃ヘリコプターがうるま市の伊計島に不時着した問題で、栄野川盛治うるま市副市長、うるま市議会の大屋政善議長、伊計自治会の玉城正則会長らが24日正午すぎ、沖縄防衛局に中嶋浩一郎局長を訪ね、それぞれ意見書や抗議文書を手渡した。玉城自治会長は『二度とこのような事故を繰り返さないためにも伊計島の上空付近での訓練を見直し、静穏な伊計島の生活環境維持を強く要請する』と述べた。中嶋浩一郎局長は『今回1回の事案でない。津堅島の事前通告なしの降下訓練、北部でのヘリのつり下げ事案など重く受け止めている』と述べて謝罪した。」
①「うるま市議会は同日午前、臨時議会を開き、ヘリ不時着についての抗議決議と意見書を全会一致で可決した。抗議決議と意見書では『安全管理に対する米軍の認識の低さを露呈するもので、激しい憤りを覚える』として、原因究明や再発防止策が公表されるまで同型機の飛行を停止することや、被害調査を徹底的に実施することなど6点を求めた。」


(3)沖縄タイムス-辺野古海上、新たなフロート設置進む カヌー9人拘束-2017年1月24日 12:26


 沖縄タイムスは、「沖縄防衛局は24日午前10時ごろ、沖縄県名護市辺野古の米軍キャンプ・シュワブ沖での作業で新たなフロート(浮具)を200メートル張った。海上保安庁はカヌー隊9人を拘束し、抗議船1隻を立ち入り禁止区域外までえい航した。」、と報じた。
 また、「シュワブの工事用ゲート前では、新基地建設に反対する市民らが午前8時ごろから座り込んだ。同9時ごろ、機動隊員約60人が市民を排除し、工事用とみられるトラック4台が基地内に入った。市民たちは瀬嵩の浜に移動し、海上作業に抗議の声を上げた。」、と報じた。




by asyagi-df-2014 | 2017-01-24 17:17 | 沖縄から | Comments(0)

新垣勉弁護士の『最高裁判決後の辺野古問題』を読む。

著書名;最高裁判決後の辺野古問題(上)(下)
著作者;新垣 勉
掲載紙;沖縄タイムス(2017年1月9・10日) 


 沖縄タイムスに、新垣勉さん(以下、)新垣とする)の「最高裁判決後の辺野古問題」が掲載された。
 この新垣の論を基に、新基地建設反対の今後について、特に埋め立て承認の「撤回」処分について考える。
 なお、新垣のこの文章は、実は、「司法への信頼が揺らぐ中で、再度の司法判断を求めることはなかなか困難なことではあるが、展望を切り開くために苦しいながらも道を切り開くしかない。」、との言葉に集約されるものである。


 新垣は、まず最初に、最高裁判決の結果を、このように解釈する。


「名護市辺野古の新基地建設を巡る違憲確認訴訟で昨年12月20日、県敗訴の最高裁判決が出た。これを受けて同月26日、翁長雄志知事は埋め立て承認取消処分を取り消した。残念ではあるが、事態を冷静に受けとめなくてはならない。」


 この上で、新垣は、「判決を踏まえて県民がさらに前進するためには、最高裁判決の射程とその意味を正確に理解し位置づけ、今後の対抗策を議論することが必要である。」、と提起する。
そして、この最高裁判決の「積極的」な意味を次のように捉える。


「最高裁判決は1点を除いて、福岡高裁那覇支部判決の判断枠組みを踏襲した。最高裁判決が高裁判決の誤りを是正した点は、高裁判決が取消処分は原処分に『違法』がある場合に限られると判断したのに対し、原処分が『違法』な場合だけでなく『不当』の場合にも取り消すことができると明示した点である。この是正は、従来の最高裁判決の流れに沿うものであり正当である。」


 この場合の最高裁判決判断枠組みについての要約と特徴を次のように示す。


「①仲井間弘多前知事は埋立要件適合性判断を行う裁量権を有している②埋立承認は裁量判断の範囲内であり、『違法・不当』とが認められない③ゆえに、翁長知事は埋立承認に『違法・不当』があることを理由にこれを取り消すことができない。この判断枠組みの特徴は、いったん行われた行政処分を取り消す場合の法的要件を『原処分に違法・不法が認められるとき』と明確にし、前知事の『埋立承認』判断に『違法・不当』があるか否かに的を絞って判断した点にある。」


 この上で新垣は、「最高裁判決は、本件においては、翁長知事の判断が取消要件たる第1要件を充足しているか否かを判断するだけで足り、第2要件の有無まで判断する必要がないとの判断示したといえよう。」、とこの最高裁判決を結論づける。
 なお、この場合の第2要件について、新垣は、次のように定義する。


「処分を取り消すことによって生ずる不利益と取り消ししないことによる不利益とを比較考慮し、当該処分を放置することが公共の福祉に照らし著しく不当である要件」


 次に、新垣は、この最高裁判決について次のように示唆する。


「ところが、最古祭判決は第2要件については全く判断を行わなかった。この点は重要である。なぜなら、第2要件は『取消』の場合だけでなく、『撤回』を行う場合の要件を更正すると解されるからである。」


 
  ここで、新垣は、埋め立て承認の「撤回」処分について言及するのである。この場合の「撤回」権限もあわせて次のように説明する。


(1)「埋立承認をめぐる取消処分問題の最大の核心は、前知事が行った埋立承認が県民にとって今後も維持すべき「適切な判断」といえるか否かにある。」
(2)県民が埋立承認を『不適切な判断』と評価し、それが取り消されるべきものだと考えていることは明らかである。この状況は最高裁判決後も変わらないと思われる。翁長知事の真意も、地方自治体の長としてこの民意をどのように実現するかにあるといえる。
(3)不法は二つある。一つは、法的措置で埋め立て工事を阻止することでああり、二つは、政治的力で埋め立て工事を中止させることである。
(4)これまでの経過が示すように、法的対抗措置は極めて効果的であった。一昨年10月の『取消処分』以来、1年間も国の埋め立て工事を中断させたことの意義は大きい。国は最高裁判決を受けて埋め立て工事を再開したが、工事を進めるためには県知事との協議・許可等を要する事項がいくつも存在している。これらの権限は今後の有力な対抗策の法的根拠となる。
(5)これらの権限と同様に、もう一つ強力な権限が知事に残されている。それが埋め立て承認の『撤回』権限である。『撤回』処分は、埋立承認に『違法。不当』があることを理由とするもののではなく、埋立承認後に新知事が誕生し政策変更(民意)を行ったことを理由に『埋立承認を将来に向かって取り消す行政行為』である。これまでの一連の判決の影響を受けない『新しい処分』となる。


 新垣は、最後に、「撤回」処分の意味と今後の道筋について、あらためて次のようにまとめる。


(1)今回の名護市辺野古の埋め立て承認取消処分は、「法的対抗措置」であっtが、その基本的性格は民主主義の本質に立脚した「民意に根ざす対抗措置」であった。最高裁判決は、前知事が行った埋立承認には「裁量権の逸脱」はなく許される一つの政策判断であったと判断した。しかし、この司法判断は前知事が「適切な判断」を行ったことを意味するものではない。単にそれが「違法・不当」ではなかったと判断したにとどまる。「違法・不当」でないということとそれが「適切な判断」であったかどうかとは異なる。
(2)知事は地方自治体の長として、住民のために複数ある選択権の中から「最も適切な際策」を選択し実現する責務を負っている。そこに住民から託されている行政権の本質と特徴がある。埋立承認に「違法・不当がないと判断された現在、残された課題は埋立承認を「今後も維持するのか、撤回するのか」の判断である。
(3)この判断を決するのは、行き着くところ県民の「民意」である。埋立承認が「適切であったか否か」を問う最も直接的な法的対抗措置は、県民の民意を根拠とする「撤回」処分ある。この撤回処分は、埋立承認後の新知事誕生に伴う政策変更(民意)を理由とするものであり、法的に十分理由が存在するものである。
(4)最高裁判決の最大の弱点は、埋立承認に「違法・不当が存在するか否か」だけを判断し、取消処分が「民意」に基づく選択として「適切であったか否か」を判断していない点にある。そこで改めて、翁長知事の判断、すなわち「埋立承認は維持すべきでない」との判断の是非を司法の場で判断してもらうためには、「撤回」処分が効果的であり有用である。
(5)最高裁1988年判決(指定医指定撤回事件)は、撤回を行う法的要件として「撤回によって被る不利益を考慮しても、なおそれを撤回すべき公益上の必要性が高いと認められること」を挙げている。「撤回」の法理は、本件で「埋立承認を撤回することにより生じる国の不利益」と「撤回して新基地建設を行わないことにより生じる県民の公益性」を比較考慮し、公社の必要性が前者を上回ると評価できれば、法的に「撤回」を行うことができることを教える。
(6)「撤回」処分の正当性を明確に打ち出すためには、若干の期間と費用を要するものの、埋立処分の「撤回」の是非を問う県民投票を行うことが有用である。強大な国家権力に対抗する道は徹底して「民衆の力」に依拠することである。県民投票は、撤回の法的理由を明確にすると同時に、翁長知事の政治的決断を支える強固な基盤となる。今後の長い闘いを見据えたとき、その意義は大きい。
(7)そうは言っても、国は「国益」を理由に「民意」を押しつぶすために、今回と同様の訴訟を仕掛けてくることは間違いない。私たちはこの訴訟の中で、改めて「何が県民の公益に合致するのか」を問い掛け、公有水面埋立法が何ゆえに知事に判断権を付与したのかを求めて最高裁判所の判断を仰ぐことになる。司法への信頼が揺らぐ中で、再度の司法判断を求めることはなかなか困難なことではあるが、展望を切り開くために苦しいながらも道を切り開くしかない。


 さて、新垣の説明よって、「撤回」処分については、次のことが明確になった。


Ⅰ.最高裁判決は、前知事が行った埋立承認には「裁量権の逸脱」はなく許される一つの  政策判断であったと判断した。しかし、この司法判断は前知事が「適切な判断」を行  ったことを意味するものではない。単にそれが「違法・不当」ではなかったと判断し  たにとどまる。「違法・不当」でないということとそれが「適切な判断」であったか  どうかとは異なる。
Ⅱ.埋立承認に「違法・不当がないと判断された現在、残された課題は埋立承認を「今後  も維持するのか、撤回するのか」の判断である。
Ⅲ.埋立承認が「適切であったか否か」を問う最も直接的な法的対抗措置は、県民の民意  を根拠とする「撤回」処分ある。この撤回処分は、埋立承認後の新知事誕生に伴う政  策変更(民意)を理由とするものであり、法的に十分理由が存在するものである。
Ⅳ.この場合の「撤回」の法理は、「埋立承認を撤回することにより生じる国の不利益」  と「撤回して新基地建設を行わないことにより生じる県民の公益性」を比較考慮し、  公社の必要性が前者を上回ると評価できれば、法的に「撤回」を行うことができるこ  とを示す。また、「埋立承認は維持すべきでない」との判断の是非を司法の場で判断  してもらうためには、「撤回」処分が効果的であり有用である。
Ⅴ.知事の権限としての埋立承認の「撤回」権限に基づく「撤回」処分は、「埋立承認を  将来に向かって取り消す行政行為」である。また、この「撤回」処分は、「これまで  の一連の判決の影響を受けない「新しい処分」である。


 また、新垣は、「強大な国家権力に対抗する道は徹底して『民衆の力』に依拠することである。」、とその闘いの基底を見据える。その上で、「県民投票は、撤回の法的理由を明確にすると同時に、翁長知事の政治的決断を支える強固な基盤となる。今後の長い闘いを見据えたとき、その意義は大きい。」、と今後の道筋を提起する。
 もちろん、「司法への信頼が揺らぐ中で、再度の司法判断を求めることはなかなか困難なことではあるが、展望を切り開くために苦しいながらも道を切り開くしかない。」、とも。


 最後に、新垣は「最高裁判決は、本件においては、翁長知事の判断が取消要件たる第Ⅰ要件(それは、)「違法・不当」があるかどうか)を充足しているか否かを判断するだけで足り、第2要件の有無まで判断する必要がないとの判断を示した」、と記述しているが、現在の司法の姿を見たとき、これは、この国と司法の「決意」を表しているとも言える。
 つまり、「『撤回』処分については、判断の必要性は認められない。」との結論である。 ここで、新垣の「司法への信頼が揺らぐ中で、再度の司法判断を求めることはなかなか困難なことではあるが、展望を切り開くために苦しいながらも道を切り開くしかない。」、という言葉が蘇る。


 新垣の「強大な国家権力に対抗する道は徹底して『民衆の力』に依拠することである。」、とは、沖縄県民だけでなく、いやむしろ、日本人全体に向けられた投げかけなのである。 




by asyagi-df-2014 | 2017-01-24 08:29 | 本等からのもの | Comments(0)

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