2017年 01月 01日 ( 2 )

沖縄-辺野古-高江-から-2017年1月1日

 沖縄で起こっていること、その現場の事実をきちんと確認すること。
 2017年も、琉球新報と沖縄タイムスの記事を、「沖縄-辺野古-高江-から」を、報告します。

 「午前7時20分、雲の向こうから日が昇り、光が真っすぐ浜に差し込むと拍手が沸き起こった。」(琉球新報)。
 光と祈り。
昨日から今日へのわずかは時間の移動ではあるが、やはり、そこに「希望」を祈る。


 2017年1月1日、沖縄-辺野古-高江の今を、沖縄タイムス、琉球新報は次のように表した。


(1)琉球新報-新基地阻止誓う 名護市長ら辺野古の浜で初日の出-2017年1月1日 13:16


 琉球新報は、標題について次のように報じた。


①「米軍普天間飛行場の移設に伴う新基地建設の準備が進む名護市辺野古の松田ヌ浜には1日朝、初日の出を見ようと各地から約250人が訪れ、新しい気持ちで新年を迎えた。午前7時20分、雲の向こうから日が昇り、光が真っすぐ浜に差し込むと拍手が沸き起こった。」
②「地元・名護市の稲嶺進市長やヘリ基地反対協議会の安次富浩共同代表、辺野古在住で長年座り込みを続ける島袋文子さんらは、基地建設阻止の誓いを新たにし、海に向かって祈りをささげた。稲嶺市長は『辺野古も高江も(建設を)止めることを誓い合うきょうの日でありたい。力を合わせて頑張ろう』とあいさつした。安次富共同代表は『日米両政府にウチナーンチュの底力を見せないといけない。絶対勝てる』と意気込んだ。」
③「浜の別の地点では『明けましておめでとう 勝つまで負けないぞ ジュゴンを守ろう』などと書いた連だこを揚げる人々もいた。」
④「地元の若者も集まって新年を祝った。島袋太貴さん(21)は初日の出を見た後に友人同士で景気付けに海に飛び込んだ。『毎年恒例でやっている。ずっとこうやっていられる関係でいたい』と寒さに震える声で話した。」


(2)琉球新報-「日本における沖縄の立場」 40代「単独州」 50代「連邦」 琉球新報県民意識調査-2017年1月1日 07:30


 琉球新報は、標題について次のように報じた。


①「琉球新報の県民意識調査で『今後の日本における沖縄の立場』の質問を年代別に見ると、『現行通り』が半数を超えたのは20代と30代で、40代以上は全年代で半数以下だった。『単独州など』を支持した人は40代で最も多く23・7%、『連邦制』支持は50代が22・7%だった。『現行通り』は30代が最多で55・8%だった。40~60代の中年層で自立志向が強く、若年層と70代以上は『現行通り』『分からない』が多かった。同設問は、選択肢を2011年の前回から一部変更した。『現行通り』『独立』は変わらないが、前回15・3%だった『特別区(自治州など)』の項目を廃止し、新たに『単独州など』『連邦制』を設けた。」
②「米軍基地に関しては『縮小すべきだ』が最も多く40・5%(前回比0・9ポイント増)、『撤去すべきだ』が20・0%(同6・3ポイント減)だった。『維持』は14・2%(同3・2ポイント増)、『強化』は1・6%(同0・5ポイント増)だった。『縮小』『撤去』の合計は、年代別では70代以上が最も多く72・4%、20代が最も少なく38・7%だった。」
③「自衛隊基地は『現状規模のまま』45・5%(前回比4・0ポイント増)、『拡大すべきだ』7・3%(同1・9ポイント増)の合計が52・8%で初めて半数を超えた。『縮小すべきだ』は19・9%(同2・2ポイント減)、『撤去すべきだ』は7・4%(同1・8ポイント減)だった。『現状』『拡大』の合計を地域別に見ると、最も多いのは中部で66・2%だった。「拡大」が最も多いのは八重山で16・9%だった。」


(3)沖縄タイムス-新基地阻止を誓う 辺野古の浜で稲嶺名護市長らが御願-2017年1月1日 14:10


 沖縄タイムスは、「名護市辺野古の浜で1日朝、新基地建設に反対する市民らが御願(うがん)をささげた。100人以上が集まり、初日の出に基地を造らせないことを誓った。
就任以来、毎年訪れている稲嶺進市長は『政府が畳み掛けてくる厳しい年になる。ウチナーンチュ、全国の結集が試される』とあいさつ。ヘリ基地反対協の安次富浩代表も『政府のための沖縄ではない。私たちの沖縄だ』と強調した。」、と報じた。


by asyagi-df-2014 | 2017-01-01 21:47 | 沖縄から | Comments(0)

日本の今を考える(1)-The Huffington Post-沖縄・高江の現場にいたカメラマンは、ある日突然逮捕された。狙われた「報道の役割」-

日本というものを考えてみる。
日本の今を見つめ直す機会に。
自分自身の厭世観やだらしなさと向き合うために。
「人らしく」少しでも進んで行くために。
2017の初頭に。


 The Huffington Posは2016年12月26日、フリージャーナリストの木村元彦氏(以下、木村とする)のリポートを掲載した。
 このレポートで、それぞれの「決意」について受け取ることができた。
 今、その「決意」を試される時代背景が目の前にある。
 だとしたら、2017の初頭に、自分としての「決意」の意味を確認する。
このレポートを通して。


木村は、カメラマンの島崎ろでぃーの「逮捕劇」を、次のように紹介した。


(1)(2016年)11月16日朝6時45分。アルバイトに行こうとアパートから外に出ると、声をかけられた。「もう、出て来たのか。早いな」。神奈川県警の警官だった。家宅捜査の令状を見せられた。驚きながらも部屋にいる妻を心配した。「連れ合いが家にいます。何でも出しますから、手荒なガサ入れは辞めて下さい」。乱暴に荒らされるようなことはなかったが、沖縄で撮影した画像の入ったメモリーカードとハードデイスクがすべて押収された。
(2)「逮捕のフダ(令状)もあるけど、それは車の中で見せる」。容疑は約3ヶ月前の8月25日に高江で起きたとされる「公務執行妨害」と「傷害」。防衛局の職員に対して暴行を働いたというものである。ろでぃーには全く身に覚えがなかった。カメラマンはこうして突然逮捕された。
(3)沖縄での取り調べのためにパトカーに乗せられ、羽田空港に移送される。手錠と腰縄を付けられていた。当然、空港ロビーでは衆目を集める。警官は「(手錠を)隠すか?」と聞いて来たが、「悪いことをしていないので恥ずかしいと思わない。隠さなくていいです」と答えた。沖縄の彫刻家金城実の作品で胸を張って刑場に行く死刑囚があったのを思い出していた。
(4)13時過ぎの便で那覇に渡り、与那原署に収監されて取り調べが始まった。拘留中は弁護士以外の接見は禁止され、1日2時間から4時間の調べが続いた。「3ヶ月前の事件でなぜ、カメラマンの自分がやってもいない『公妨』で逮捕されなければならなかったのか」。納得はできなかった。何度聞かれてもずっと否認していた。
(5)取り調べに出てきた刑事は紳士的な態度であったが、ひとりの女性検事にこう言われた。「私はあなたをジャーナリストと思っていない。あなたは活動家だ」。2回目の検事調べで、現場で自分が映っている動画をズームアップ編集で見せられた。そこにはヘリパッドに反対する高江のプロテスターを励まし、ときに抗議行動の情報や方針を大声で伝達する姿が映っていた。検事はこれらの素材を前にして、「あなたはカメラマンではなく活動家だ」と断じたのである。


 次に、ジャーナリストのあり方、その立ち位置はどのようにあるべきかを、島崎ろでぃーの言葉、文章で伝える。


(1)これに対してろでぃーは今、こう反論する。「現場においてどの立場でシャッターを切るのかということが重要じゃないですか。僕の場合はそれは明確で、あくまでも抗議する市民の側ですよ」。
(2)カメラは武器である。人を傷つけることもあれば守ることもある。市民運動の場で権力の監視というのはカメラマンの仕事の一つではないかと思っている。差別・排外デモに抗議する市民と警察の間に立って不当な逮捕をさせないのはとても大事なことで、たとえ証拠不十分で不起訴になったとしても、逮捕されるのは市民にとって大きなダメージになる。実際、そこにカメラがあることで警官が落ち着きを取り戻すといったシーンが何度もあった。沖縄ではそんな役割をマスメディアのカメラマンも当然のようにやっているのを見て、自分が間違っていないことを確信もした。


 さらに、木村は、島崎ろでぃーのジャーナリストのあり方に関しての「決意」について、次のように触れる。


(1)現場においてどの立場でシャッターを切るのかということが重要じゃないですか。僕の場合はそれは明確で、あくまでも抗議する市民の側ですよ。
(2)ろでぃーはこの信念を曲げない。尊敬する写真家としてユージン・スミスと土門拳の名前を挙げる。「水俣病患者を撮影し続けたユージン・スミスさんだって、チッソに対する抗議行動に自分も参加したし、土門さんも筑豊炭田での失業と貧困の問題を訴えるために生活に入り込んだじゃないですか。それらは取材対象に向かって写真を撮る上で必要な信頼関係だと思うんです」。


 木村は、島崎ろでぃーの「逮捕劇」を通して、報道の自由の意味やジャーナリズムのあり方について、次の二つのことを投げかける。


(1)当事者との信頼が無いアジテーション有りきの薄っぺらなやらせやプロパガンダは写真ではない。カメラは武器であるということを自覚した上で、武器を何のためにどう行使するのか。それは彼の作品群を見れば瞭然であろう。「あなたはジャーナリストではなく活動家だ」と面罵した検事は報道写真を理解していないのではないか。
(2)8月20日には東高江村で、アスファルトに座り込んだ住民を機動隊が引きずって排除する様子を琉球新報と沖縄タイムスの記者が写真撮影していたところ、腕や背中を捕まれて強制的に拘束されるという事件が起きていた(二紙は報道の自由を侵害と抗議声明を出す)。権力を前にした非対称の弱者を避けて撮影することが中立な報道とでも言うのであろうか。


 最後に、木村は、島崎ろでぃーの今を、「ろでぃーは起訴か不起訴か、未だ処分保留のままである。『(逮捕されて移送される際の)帰りの航空券は自費負担なんですよ。仕事が出来ない中での5万円は痛かった』。帰京後は早々にまたバイトに出かける毎日である。」、と伝える。


この木村のレポートは、沖縄の今を映し出すとともに、日本の民主主義の底の浅さを抉り出すものである。また、あわせて、人としての「立ち位置のあり方」を、それは引いては「決意」をどこに位置づけるのかということについて問うている気がする。
例えば、沖縄の琉球新報と沖縄タイムスの二紙は、米軍基地問題について、沖縄の基地負担の問題について、その立ち位置をどこに置くかを常に求められるなかで、記事を書いている。それは、木村の言葉を借りれば、「権力を前にした非対称の弱者を避けて撮影することが中立な報道」ではないことへの反証としての実践である。
 もちろん、二紙は常に、自らの負の歴史を乗り越えることを求められている。したがって、二紙の記者は、逃げの曖昧さが許されない厳しい現場に自らの足で立ち、自らの目で見た事実を基に、乗り越えなけねばならない問題の原因は何かを問い詰めるなかで、真実を書くことが「仕事」なのである。だから、時として、沖縄の二紙を読む時、その記事からは「決意」を感じることができる。
その「決意」は、報道の自由やジャーナリズムのあり方を、自分の立ち位置を明確にする中で、真実を刻み込もうとする行為として現れる。
日本の今を見つめ直すとは、実は、こうした「決意」の中で自分の立ち位置を考えるとともに、現状を検証し、何ができるかを考えることであるという気がする。
この意味で、2017を位置づける。



以下、The Huffington Postの引用。






More
by asyagi-df-2014 | 2017-01-01 02:19 | 書くことから-いろいろ | Comments(0)

壊される前に考えること。そして、新しい地平へ。「交流地帯」からの再出発。


by あしゃぎの人
画像一覧