2016年 11月 23日 ( 3 )

沖縄-辺野古・高江から-2016年11月23日

 現在、沖縄県東村高江周辺で進む米軍北部訓練場のヘリパッド建設で、行われているのは、「県民、国民への説明が無いまま、強行に工事が進められている」(沖縄タイムス)、ということでしかない。
 


 2016年11月23日、沖縄-辺野古・高江の今を、沖縄タイムス、琉球新報は次のように表した。


(1)沖縄タイムス-岸井氏「説明ないまま工事強行」 米軍ヘリパッド、ダンプ60台で砂利搬入-2016年11月22日 16:55


 沖縄タイムスは、「沖縄県東村高江周辺で進む米軍北部訓練場のヘリパッド建設で、沖縄防衛局は22日正午までに合計60台のダンプカーで砂利を搬入した。午前9時55分ごろ、工事に反対する市民ら約20人が、N1ゲート前で『沖縄の水がめを誰が守るのだ』などと作業車両に声をあげた。警備にあたる機動隊員は、少なくとも午前9時半ごろにはメインゲートにつながる県道70号の3カ所で車両規制を実施。途中で車を止め、歩いて集会しているN1ゲートに向かった市民もいた。」、と報じた。
 また、「午前11時半ごろ、毎日新聞特別編集委員の岸井成格さんが建設現場を視察。『県民、国民への説明が無いまま、強行に工事が進められている』と語った。」、と伝えた


(2)琉球新報-反戦語る 「戦争ほど恐ろしいものはない」-2016年11月23日 14:31


 琉球新報は、標題について次のように報じた。


①「米国の退役軍人らでつくる平和団体『ベテランズ・フォー・ピース(VFP)』のメンバーが21日、横浜市内で反戦平和をテーマに講演した。従軍経験や米軍のヘリコプター離着陸帯(ヘリパッド)の移設工事が進む沖縄県東村高江で抗議活動に参加した体験を紹介し、『戦争ほど恐ろしいものはない。平和の世界を構築しよう』と呼びかけた。」
②「講演したのは『安保法制に反対する海外在住者の会』(OVERSEAs)の招きで来日中の元海兵隊員、マイケル・ヘインズさん(40)。2003年に始まったイラク戦争では戦地に派遣された。」
③「『テロなどの情報を基に一般家庭の襲撃を繰り返すうち、自分がやっていることこそテロだと思うようになった』といい、『イラク戦争後のイラクはもっと危険な国になってしまった。紛争を武力で抑え込むことはできない』と語った。」、沖縄については「ほとんどの米国人は沖縄に多くの基地があることも、辺野古の海に新たな基地が造られようとしていることも知らない。もっと知らしめたい」。そして「平和を実現するには組織作りが重要だ」と訴えた。集まった約150人は熱心に聴き入っていた。」


(3)沖縄タイムス-<米軍ヘリパッド>ゲート前で座り込み 午前中に抗議集会-2016年11月23日 12:46


 沖縄タイムスは、「東村高江周辺の米軍ヘリパッド建設に反対する市民らは23日、N1地区出入り口前で座り込みを続けた。午前中の抗議集会は、県内外から約300人が参加した。高江に住む伊佐真次東村議は『先週から夜中にも資材搬入をしている。夜中にトラックの音で起こされる住民にとっても迷惑だが、(搬入する)労働者も搾取されている。とにかく急いでヘリパッドを完成させたい政府の思惑が目に見えている』と批判した。また、午前9時55分から11時32分にかけて5回、米軍ヘリ2機が座り込む市民らの上空を低空飛行した。」、と報じた。


 以下、琉球新報及び沖縄タイムスの引用。






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by asyagi-df-2014 | 2016-11-23 17:51 | 沖縄から | Comments(0)

「土人」「シナ人」発言を考える。(31)

 大阪府警の機動隊員による「土人」「シナ人」発言を考える。
 「差別する側の意識が変わらないと問題は解決しない」、と識者は評する。
 つまり、差別する側の植民者の自覚がなされるのかどうかだ。
 人種差別撤廃条約に違反する問題なのだ。


 沖縄タイムスは2016年11月4日、「対話なき現場、差別続く 障害平等研修フォーラムファシリテーター・小林学美(まなみ)さん【インタビュー「土人」発言・12】」、を掲載した。 
 小林学美さんは、次のように述べる。


(1)「土人」発言は、沖縄を侮辱する差別発言であることは間違いない。前後の映像を見たが、人を見下した発言であり、対等に向き合う姿勢は読み取れない。この暴言は県民に対する心理的虐待にもあたる。
(2)障害とは、その環境で暮らす人々が社会的障壁(バリアー)と感じる「人の態度」や「モノ」であり、平等な社会参加の機会を妨げる。沖縄・県民に対する潜在的な差別意識・偏見は、あからさまな暴言によって表面化した。県民にとっての障害を生み出しているのは、沖縄の歴史や現実の理解が不足した多くの日本人、日本政府に他ならないのではないか。
(3)障者差別が解決しないことと基地問題は同じ構図だと常々感じる。理解の薄い多数派が良かろうと思うことが、当事者にとっては迷惑、いきすぎた行為、差別だったりする。相互理解にいたる十分な対話がないまま強行策が講じられれば、阻止の動きや反対論が出るのは当然である。対話もなくぶつかり合う現場では、このような差別的な言動が繰り返されていく。目先のことだけで基地問題が語られ、認識の違うまま、理解の薄い多数派の力でまた、現実がねじ曲げられれば何も解決しない。


 小林学美さんからの重たい示唆。


「県民にとっての障害を生み出しているのは、沖縄の歴史や現実の理解が不足した多くの日本人、日本政府に他ならないのではないか」 
「障者差別が解決しないことと基地問題は同じ構図だと常々感じる。」


 以下、沖縄タイムスの引用。






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by asyagi-df-2014 | 2016-11-23 12:10 | 沖縄から | Comments(0)

米軍属女性暴行殺人事件で被告が逮捕されてから半年がたった。

 米軍属女性暴行殺人事件で被告が逮捕されてから半年がたった。
 このことに関して、琉球は2016年11月19日、「米軍属女性暴行殺人事件で元米海兵隊員の軍属ケネス・フランクリン・シンザト(旧姓ガドソン)被告が逮捕されてから、19日で半年がたつ。事件を受けて県内では米軍人、軍属、その家族に特権的地位を与える日米地位協定の抜本的改定を求める声が強まったが、日米両政府は事件後、地位協定を適用する軍属の範囲見直しを行う方向で協議しており、県民の要求内容とは程遠い。」、と報じた。あわせて、琉球新報は、2016年11月20日の社説で「米軍属事件半年 小手先の策では防げない」、と批判した。
 また、沖縄タイムスは、被害者の父親の手記を掲載した。
沖縄の「悲劇」は、またもや埋没させられようとしている。

 琉球新報は、「『なぜ殺されなければならなかったのか』。娘を失った父の悲痛な訴えは、そのまま基地被害を受け続ける沖縄社会に、繰り返される事件を防げない日米両政府に投げ掛けられた重い問いだ。」。と問いかける。
 また、続けて、「半年で何かが変わったのだろうか。」、と。
沖縄の人々にとっては、次のようにはっきりしていた。


「事件は沖縄の人々に大きな衝撃と怒りを与え、そして自責の念を生んだ。若い女性の命を守れなかったつらさと、1995年の少女乱暴事件以降も繰り返される米軍関係者による事件を防げなかったことへの悔いだ。6月19日の県民大会には主催者発表で約6万5千人が集まり、海兵隊の撤退や、米軍関係者に特権的地位を与える日米地位協定の抜本的改定を要求した。」


 しかし、日米両政府の対応は次のように、小手先のもので解決にはほど遠いものであった。


「日米両政府が示す再発防止や綱紀粛正の策は小手先だった。在沖米軍は哀悼期間の約1カ月間、夜間外出や基地外飲酒を禁止した。しかし期間中にも米軍人が飲酒運転で国道58号を逆走するなどの事件が起き、哀悼期間後は米軍関係者による傷害事件などが発生している。地位協定も軍属の範囲を狭めるだけの議論に終始し、しかもいまだ『補足協定』も締結されていない。政府が設置した『沖縄・地域安全パトロール隊』も65台態勢と、予定する100台に届かない。しかも米軍関係者による事件事故が多い深夜には実施されず、効果は疑問視されている。警官100人増員も間に合わず、来年以降、県外からの応援で対応する。」


 したがって、「狭い沖縄に4万7千人以上の米軍人、軍属、その家族が住む。集中する米軍基地は沖縄本島の約18%を占める。住民と軍隊があまりに近い沖縄で、『綱紀粛正』を何度繰り返しても事件は起きる。」、という沖縄の現実は、放置されたままでしかない。
 琉球新報は、この半年間を振りかえる結論として、「被害女性の父は手記で、事件を『沖縄に米軍基地があるがゆえに起こる』とし、『一日も早い基地の撤去を』と願った。遺族の重い問いに日米両政府は応えるべきだ。」、と要求する。
 確かに、被害女性の父の声に耳を傾けよう。
 それは、「一日も早い基地の撤去」、のために。


「娘が生きていると信じ地域周辺を必死に探しまわった日々を思い出すことがあります、娘の無念を思うと気持ちの整理がつきません、毎朝仏壇に手をあわせると涙が出てきます、いつまでこの気持ちでいるのか今の私に出来る事は娘を供養してあげる事だけです。それと遺族にたいする支援とみなさんのやさしい気持ちに感謝しています。」

「今でもなぜ娘なのか、なぜ殺されなければならなかったのか、今でも思います。今は供養してあげる事しかできません、裁判もこれからで、今の私には気持ちの整理はできません。」

「被告人には極刑を望みます、私達遺族にはいかなる言い訳も通用しません、被告人は人ではありません。」

「娘は帝王切開で未熟児で生まれ小さく病院で入院し私達はとても心配しました、でもこれといった大きな病気、怪我はなく育ってくれました、娘の名は私がつけました、生まれ
る前から女の子と分かっていましたので二文字でかわいい、よびやすい名でなずけました、笑顔がかわいい、やさしい娘に育ってくれました、私が35歳で生まれた大事な一人娘です。最後に会ったのは成人式で私の実家で会い、記念写真を撮り、とても着物姿が似合っていました、別れる時玄関で娘と握手をし、体に気をつけてね、と言いそれが娘との最後の会話でした。ちょっとした楽しみも持っていました、居酒屋でお酒を一緒に飲む事です、娘にお酒をついでほしかったのです、今はいろんな思い出が多く言葉になりません。」


「この事件を最後に米軍人、軍属の事件がなくなりもうこれ以上私達のような苦しみ、悲しみを受ける人がいなくなるよう願います、それは沖縄に米軍基地があるゆえに起こる事です、一日でも早い基地の撤去を県民として願っています。」


以下、琉球新報及び沖縄タイムスの引用。






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by asyagi-df-2014 | 2016-11-23 06:08 | 沖縄から | Comments(0)

壊される前に考えること。そして、新しい地平へ。「交流地帯」からの再出発。


by あしゃぎの人
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