2016年 11月 06日 ( 2 )

「土人」「シナ人」発言を考える。(16)

 大阪府警の機動隊員による「土人」「シナ人」発言を考える。
 「差別する側の意識が変わらないと問題は解決しない」、と識者は評する。
 つまり、差別する側の植民者の自覚がなされるのかどうかだ。
 人種差別撤廃条約に違反する問題なのだ。


 毎日新聞は2016年10月21日、「沖縄での暴言 無理解が分断を広げる-」、とその社説を掲載した。
 毎日新聞は、「機動隊員による特殊なケースと捉えず、日本社会全体の問題と受け止めるべきだ。」、と主張する。
この社説を考える。
 毎日新聞は、次のように把握する。


(1)沖縄県の翁長雄志知事は「到底許されない」と憤り、菅義偉官房長官も「許すまじきこと」と認めた。坂口正芳警察庁長官は、同様の事案を起こさないことを約束した。
(2)ところが、大阪府の松井一郎知事は「表現が不適切だとしても、府警の警官が一生懸命命令に従い職務を遂行していたのがわかりました」「出張ご苦労様」とねぎらいの言葉をツイッターに書き込んだ。隊員を擁護する内容であまりに軽率である。府警を管理する知事の認識としては極めて不適切だ。


 毎日新聞は、まずは、「差別発言が許されないのは言うまでもない。それと同時に、米軍基地が沖縄に偏在することを当然視し、沖縄の痛みに鈍感な本土側の無理解という問題に目を向けなければならない。」、とする。


 さらに、毎日新聞は、次のように押さえる。


(1)中国の台頭をにらんで国は、沖縄に基地の受け入れを迫る。しかし、普天間飛行場の辺野古移設を巡って沖縄の住民は選挙を通じて何度も反対の意思を示してきた。北部訓練場のヘリパッド移設についても、騒音被害などを訴えて反発している。
(2)そうした沖縄の対応が「国策に逆らう身勝手」と映るのか、沖縄の異議申し立てを認めずに、反感ばかりを強める人たちがいる。
(3)翁長知事が那覇市長だった2013年1月に、沖縄の全市町村の首長らが米軍輸送機オスプレイの配備反対を安倍晋三首相に訴えるため、東京・銀座をデモ行進した。その際に、沖縄の首長らは沿道から「非国民」「日本から出て行け」と侮蔑的な言葉を浴びせられた。沖縄と本土の広くて深い溝を痛感させる場面だった。


 毎日新聞は、この事件について、次のように指摘する。


(1)沖縄の切実な訴えを「反政府」とみなすような感覚。そうした沖縄に対する無理解を翁長知事らは「構造的差別」と呼んでいる。機動隊員の発言もそうした構造を背景にしたものではないか。
(2)さらに今回の発言からは、特定の民族や人種への偏見に基づくヘイトスピーチにも通じる意識が感じられる。若い世代にそうした意識が広がっていないか心配だ。


 最後に、毎日新聞は、「機動隊員による特殊なケースと捉えず、日本社会全体の問題と受け止めるべきだ。」、とする。


 以下毎日新聞の引用。






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by asyagi-df-2014 | 2016-11-06 12:20 | 沖縄から | Comments(0)

日本国憲法は公布七十年の節目の日に考える。

 2016年11月3日、日本国憲法は公布七十年の節目を迎えた。
東京新聞は、「<憲法70年を歩く>きょう公布70年 沖縄を誰が守る」、との記事を掲載した。
東京新聞は、沖縄の現状を通して、この国の憲法の意味を問うた。
まずは、東京新聞はこのように沖縄の今を描写する。


 沖縄県北部・東村(ひがしそん)の森で見つけた木の実。楕円(だえん)形で筋状の出っ張りがある。そう、ウルトラマンの顔そっくり。水辺に落ち、川や海に浮かんで運ばれる。
 そこから連なる亜熱帯の森に東村高江(たかえ)周辺の米軍用ヘリコプター離着陸帯(ヘリパッド)建設現場がある。
 「排除ッ!」。機動隊の隊列が、ゲート手前の路上に座り込む市民の腕や足をつかみ、羽交い締めにし、力ずくで路肩へと抱え出す。後ずさりし、記者の足に触れた女性の背中は震えていた。


 続いて、「『教授』と呼ばれる元裁判官」を描く。


 この抗議現場に通い、「教授」と呼ばれる元裁判官がいる。仲宗根(なかそね)勇さん(75)で、裁判所職員から「弱者の権利を守りたい」と五十一歳で簡易裁判所の判事になった。指名されると、スピーチに立つ。「警察官諸君! 憲法が保障する人権と自由を害する権限の乱用があってはならない。警察法二条に書いてあるぞ」
 沖縄は一九四五年の地上戦の末、米軍の支配下に置かれる。日本国憲法は、七二年の本土復帰まで適用されなかった。仲宗根さんは当時、近所の畑で「黒い塊」を見た。米兵に乱暴された女性の死体だった。地元うるま市でも米軍は「銃剣とブルドーザー」で土地を奪い、基地を広げた。


 東京新聞は、仲宗根勇さんの痛烈な批判を伝える。


 「むき出しの暴力だった。だからこそ憲法が沖縄人に光り輝いて見えた。人権が守られる、平和な暮らしを取り戻せる、とね」。ところが公布七十年の節目を前にして起こったことは。「解釈改憲で集団的自衛権が容認され、憲法違反の安全保障関連法が成立してしまった」

「沖縄では機動隊や海保の国家暴力を総動員しているのに、『彼らは国民のために頑張っている』と煙幕を張るためだ」。

「国家の暴走を縛る憲法と立憲主義が、時の権力者の恣意(しい)で着物のように簡単に脱ぎ捨てられた。米軍統治時代よりもワジワジして(怒って)いる」


 あわせて、前泊博盛沖縄国際大教授の次の声を伝える。


「在日米軍は、本土からは外国の脅威を倒してくれるウルトラマンに見えるが、沖縄から見ると怪獣でしかない。私たちを守ってくれる真のウルトラマンは憲法のはず」。


 東京新聞の辻渕智之記者は、こう続ける。


「だが七十年前に生まれたその『実』は根づくどころか、どこかに漂流しようとしている。」


 確かに、日本国憲法は、沖縄で最も光り輝いていた時が一瞬であったとしてもあった。
 それは、「むき出しの暴力だった。だからこそ憲法が沖縄人に光り輝いて見えた。人権が守られる、平和な暮らしを取り戻せる、とね」、と。
しかし、「解釈改憲で集団的自衛権が容認され、憲法違反の安全保障関連法が成立してしまった」。
 果たして、日本国憲法はどんなかたちで漂流しているというのか。
 思っているほどには、すでに中味はなくなってしまっているのではないか。
 でも、実を育てるのは、人の営みのはずである。
 少なくとも、日本国憲法で育った来た証は、それぞれが持っているはずなのだから。


 以下、東京新聞の引用。






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by asyagi-df-2014 | 2016-11-06 09:15 | 書くことから-憲法 | Comments(0)

壊される前に考えること。そして、新しい地平へ。「交流地帯」からの再出発。


by あしゃぎの人
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