2016年 10月 07日 ( 2 )

沖縄-辺野古・高江から-2016年10月7日

 2016年10月7日、沖縄-辺野古・高江の今を、沖縄タイムス、琉球新報は次のように表した。


 ハリアーは、2016年10月7日午前8時39分、米軍嘉手納基地を飛び立った。
事故原因は究明されることなく、加害者側の「安全に飛行できるという確信を得た」という勝手な声を残して。
 その上、本来被害者を守らなくてはならない主体者は、「一定の妥当性を確認した。飛行再開に関する米側の判断は一定程度、理解できる」、と加害者を守ることに奔走する。
 「県民が納得しなくても米軍が決めたことはやるという沖縄の現実をまざまざと見せつけられた」、と沖縄県の副知事は、語る。
どう考えても、一地方自治体の責任者に、こんなことを言わせてはならない。


(1)沖縄タイムス-米「軍属」範囲縮小へ補足協定 日米が合意、年内署名も-2016年10月7日 02:00


 沖縄タイムスは、「日米両政府が、米側に優先的裁判権が認められている米軍属の範囲縮小に向け、地位協定を補う『補足協定』の締結で合意していたことが6日分かった。範囲縮小は、米軍属が起訴された沖縄県の女性暴行殺害事件を受け、両政府が打ち出した再発防止策の柱。協定締結で法的拘束力を持たせ、実効性を確保する狙いがある。岸田文雄外相とケネディ駐日米大使らが年内にも署名する方向で調整している。日米外交筋が明らかにした。軍属は、日本国内の米軍基地で働く民間の米国人で、米側によると今年3月末時点で約7千人。対象が曖昧な上、基地を抱える自治体の不満は強い。」、と報じた。


(2)琉球新報-米軍戦闘機が緊急着陸 嘉手納基地 F15フックで停止-2016年10月6日 17:56


 琉球新報は、「米軍嘉手納基地で6日午後2時43分、嘉手納基地所属のF15戦闘機が緊急着陸した。目撃者によると、緊急車両が待機する中、国道側から滑走路に進入した機体は緊急停止用のワイヤーに機体のフックを引っ掛け、停止した。嘉手納基地広報は着陸について『予防的着陸で、けがや損害はない』とした。午前8時半すぎにも同型機が機体の主脚部分が収納できないまま離陸する姿が確認された。」、と報じた。


(3)沖縄タイムス-県警警備部長、機動隊の大量動員と抗議激化の関連否定-2016年10月7日 06:50


 沖縄タイムスは、「沖縄県警の重久真毅警備部長は6日、県議会総務企画委員会で、東村高江周辺の米軍ヘリパッド建設警備に全国から大量配備された機動隊が抗議活動の激化を招いているとの委員らの指摘に対し、『本末転倒だ』と否定した。抗議参加者の安全確保を重視しているとし、機動隊配置の正当性を訴えた。」、と報じた。
 また、「過剰警備だと問題視する委員らは、2007年から続くヘリパッド建設反対運動で逮捕者やけが人がなく、『7月22日の着工まで平和裏に抗議活動していた』と指摘。工事再開で500人規模の機動隊を導入した過剰な警備で現場が緊迫し、逮捕者やけが人につながっていると追及した。これに対し重久部長は、県外機動隊が撤退した場合、抗議活動でけが人が増加し、県内の治安維持にも影響が出ると述べ、『それこそ沖縄にとって不幸だ』と話した。」、と報じた。


(4)沖縄タイムス-墜落事故から15日 ハリアーが飛行再開 事故原因特定されぬまま-2016年10月7日 09:18


 沖縄タイムスは、「米海兵隊の戦闘攻撃機AV8Bハリアーが7日午前8時39分、米軍嘉手納基地を飛び立った。9月22日に沖縄本島東沖で墜落してから15日目。事故原因を特定しないままの飛行再開には翁長雄志知事や多くの県民が反対しており、強行される形となった。」、と報じた。
 また、「在沖米軍トップのローレンス・ニコルソン四軍調整官は5日、記者会見を開き『安全に飛行できるという確信を得た』として飛行再開すると発表。事故原因は現時点で特定できないとしていた。」、と報じた。
 さらに、「安慶田光男副知事は7日午前、県庁で取材に応じ『原因究明がされない中、飛行を再開したことは非常に残念。県民が納得しなくても米軍が決めたことはやるという沖縄の現実をまざまざと見せつけられた』と述べた。」、と伝えた。


(5)沖縄タイムス-ハリアー飛行再開 稲田防衛相「説明した」 米側対策の妥当性を確認-2016年10月7日 13:00


 沖縄タイムスは、「米海兵隊の戦闘攻撃機AV8Bハリアーが飛行再開するにあたってとった日本政府の対応について、稲田朋美防衛相は7日の閣議後会見で『できる限りの情報を公開し、説明もしてきた』と述べ、沖縄との信頼関係の構築につながるとの認識を示した。」、と報じた。
 また、「米側が、安全確保のため、航空機部隊の隊員や整備員に対する徹底的な確認、航空機の安全技術などに関する手順の検証、日本国内に駐留する全てのAV8Bハリアーの徹底的な調査などをしたとの説明を受けた。防衛省は、実施した措置のリスト提供を受け、沖縄防衛局が米側に目的や実施方法を確認。防衛省、自衛隊の専門的知見も活用して評価した。稲田防衛相は「一定の妥当性を確認した。飛行再開に関する米側の判断は一定程度、理解できる」と答えた。引き続き原因究明と安全対策を求める。


(6)沖縄タイムス-ダンプカー43台、過去最多の砂利搬入 米軍ヘリパッド建設-2016年10月7日 14:33


 沖縄タイムスは、「沖縄県東村高江の米軍北部訓練場内では7日午前、砂利を積んだダンプカー43台を含む車両47台がN1地区ゲートを通って資機材を搬入した。ゲート前で抗議を続ける市民によると、砂利を搬入した車両台数は7月22日の工事再開以来、最多。ダンプカーは警察車両に引率されて午前9時14分ごろから続々と訓練場内に入った。大型のパワーショベルを積んだトレーラー1台のほか、機材を積んだトラックも入った。」、と報じた。
また、「市民らはプラカードを掲げて『ダンプカーは来るな』と抗議。『ヘリパッドいらない住民の会』の伊佐真次村議は『政府は相当焦っている。今年中には工事を終えるつもりだろう』と話した。」、と伝えた。


 以下、沖縄タイムス、琉球新報の引用。






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by asyagi-df-2014 | 2016-10-07 16:05 | 沖縄から | Comments(0)

水俣-水俣病救済のあり方が問われている。-対象地域外から訴え-。

 朝日新聞は2016年10月3日、「救済線引きに疑問符 1万人検診記録、医師団と朝日新聞分析 水俣病」、「水俣病救済『症状で判断を』 対象地域外から訴え」、と水俣病救済のあり方について報じた。
このことについて朝日新聞の記事を基に考える。
朝日新聞〈以下、朝日とする〉は、まず、水俣病救済のあり方の問題について始める。


 水俣病は政府が定めた地域や年代の線引きの外に広がっている――。今も続く民間医師団による検診の分析結果は、その可能性を強く示す。政府や自治体は不知火(しらぬい)海周辺の被害実態を解明しないまま、救済策の対象を限った。それが、公式確認から60年を経ても問題が解決しない要因になっている。


 朝日は、民間医師団の検診の様子を伝える。


(1)熊本県水俣市の南隣、鹿児島県出水(いずみ)市。9月25日に民間医師団の検診があった。不知火海に浮かぶ長島(鹿児島県長島町)で暮らす男性会社員(58)は、幼い頃からの手の震えや頻発する足のこむら返りが気になり、友人の勧めで受診した。
(2)男性が生まれ育った島の西側の地域には県が認定した水俣病患者はおらず、被害者救済策の対象地域外。男性も「自分には関係ないと思っていた」。ただ、高校時代には漁のアルバイトをした。卒業して上京するまで食卓には豊富な魚が上っていた。医師団はこの日、男性を含む40~80代の受診者11人を、1人当たり40分~2時間かけて検診。全員に水俣病の症状を確認した。
(3)医師団が、潜在被害の調査を続けて40年余り。検診記録は今春までの10年余で1万人超になり、その後も検診の度に症状のある人が見つかる。過去の居住歴が確認できた人は3千人を超え、検診結果を分析した結果、被害者救済策の対象地域内外の集団で症状の現れ方がよく似ていた。
(4)水俣病を研究する岡山大大学院の頼藤貴志准教授(疫学)は、結果の詳細な評価には、対象地域内外の住民に占める受診者の割合や、比較対象とした非汚染地域の住民の情報が必要とした上で「(救済策の)対象地域・年齢でない人でも、症状の見られた割合の傾向が似ている。水俣病特有の神経症状や関係の疑われる症状があるということではないか」と指摘する。


 朝日は、水俣病の現状について、次のように報告する。


(1)水俣病は国の基準に基づいて熊本、鹿児島両県が認定し、原因企業のチッソが補償する患者と、県は患者と認定していないが症状のある被害者がいる。
(2)国の水俣病患者認定基準は、感覚障害を中心とする複数の症状の組み合わせを要件とし、厳格過ぎると指摘されてきた。典型症状の感覚障害がありながら認定されない人々は、訴訟で補償を求めた。和解を迫られた国は1995年、患者が受ける補償より低額の一時金などを1万人余に払う政治解決策で収束を図った。
(3)2004年には、不知火海沿岸地域から関西地方に移った人々が起こした訴訟で、最高裁が国の基準より幅広く被害を認めた。それでも国は基準を見直さず、09年に成立した水俣病被害者救済法(特措法)に基づく救済策をとり、3万6千人余を対象とした。2度の政治解決策で、患者が出た地域かどうかで救済対象を線引きした。
(4)国の基準によって認定されない人がいただけでなく、認定患者が差別や偏見にさらされるなか、症状の出た身内を隠し、認定の申請自体をためらう人々も少なくなかった。こうして、患者と認定される人が抑えられ、被害実態に合わない線引きができ、救済対象地域が狭まった可能性がある。救済策の締め切り後も、認定申請や訴訟が相次いでいる。
(5)医師団や複数の患者・被害者団体は、不知火海沿岸に居住歴のある人の網羅的な健康調査と被害の実態解明を国に求めているが、実現していない。
(6)チッソは水俣病の公式確認後も12年にわたりメチル水銀を含む廃水を不知火海に流し続け、行政は規制しなかった。04年の最高裁判決では、被害の拡大を放置した国と熊本県の責任が確定した。民間医師団の団長を務める藤野糺(ただし)医師は「(国などの)加害者が調査もせずに線引きすることは許されない」と話す。


 朝日は、この問題について、「症状で判断を」「海はつながっている」、今も被害を訴える人々がいる、とその声を伝える。


Ⅰ.伊佐市に住む税所(さいしょ)秀孝さん(78)の場合。
(1)山あいの農村地帯の公園に「やまの」と書かれた看板や線路の一部が残る。鹿児島県伊佐市(旧山野町など)の山野駅跡だ。1988年に山野線が廃止されるまで、約20キロ離れた熊本県水俣市と結ばれていた。
(2)伊佐市に住む税所(さいしょ)秀孝さん(78)は高校時代を鮮明に思い出す。毎朝8時ごろ、山野駅から水俣と逆方面の汽車に乗ると、てんびん棒や籠で魚を運ぶ行商人が大勢、車内にいた。雨の日はひときわ生臭い。行商人は沿線で物々交換をし、夕方には空いた籠に米などを入れて水俣方面行きの列車に乗った。税所さんの家は、なじみの3人の行商の女性から魚を買っていた。
(3)地元の金鉱山で働いたが、30歳ごろから手足のこむら返りが起き、50歳を超えて悪化。しびれもあって溶接やボルト締めがうまくできなくなった。こたつの熱に気づかず低温やけどもした。病院で受診しても原因はわからなかった。
(4)新聞や自宅に投函(とうかん)された患者団体のチラシで、水俣病被害者への政府の救済策を見て、自分もそうかもしれないと初めて疑った。ただ、自分が「不治の病」の水俣病と認められたくないとの思いもあり、ためらった末に申請期限間際の2012年7月に申請した。だが伊佐市は救済の対象地域外。魚を日常的に食べたと証明できず、症状があるかどうかの検診すら受けられなかった。「魚の領収証なんか、残っていない」
(5)水俣病じゃないと確認したい。その一心で14年に医師団の検診を受けると「水俣病の症状がある」と告げられた。「ショックだった」。積年の苦しみに怒りも湧き、15年1月、国と熊本県、原因企業チッソに損害賠償を求める訴訟の原告になった。裁判で体がよくなるわけではないが、せめて医療費給付をと願う。


Ⅱ.中村利博さん(66)の場合。
(1)不知火海を挟んで水俣の対岸の熊本県天草市で漁業を営む中村利博さん(66)も、救済策から外された。住んでいる宮野河内地区は対象地域外だが、12年1月の医師団による検診で症状が確認された。
(2)65年ごろから手足にこむら返りが起きるようになったが、水俣病と結びつけて考えなかった。水俣病といえば、全身がけいれんするような劇症患者のイメージだったためだ。十数年前から手がしびれて力が入らず、30分ほどでできた網の修理に40~50分かかるようになった。船上でふらつき、口からよだれが出ても気づかない。風呂場で裸になってケガに気づくこともあった。
(3)昔から三度の食卓に刺し身や煮付けが並んだ。小学校高学年から父の漁を手伝い、中学卒業後は父や兄と一緒に本格的に海へ出た。天草の目の前に浮かぶ、水俣病の認定患者の出ている獅子島(鹿児島県長島町)沿岸でタイを取り、水俣沖で操業する巻き網漁船にも乗った。救済策の申請に合わせて漁協組合員証を県に提出したが「水俣湾または周辺海域の魚介類を入手したことが確認できなかった」として非該当を通知された。悔しくて涙がこみ上げ、訴訟に加わった。
(4)年を重ねるに連れて思い起こすのは、20年ほど前に70代で亡くなった母の姿。両手の指が曲がり、こむら返りやしびれでいつも痛みを訴えていた。母も水俣病だったのだろうと思う。「自分もそうなるのでは」。不安がよぎる。



 今、私たちは、この声をきちっと聞くことである。


「魚の流通ルートを調べればわかるはずなのに……。症状を見て判断してほしい」
「海はつながっとっとやけんな。不公平やっかな」
「早く被害を認めてほしい。平等にもれなく救済をしてもらいたい」


 その上で、次のことの実現に向けて、早急に動き出さなければならない。


 国などの加害者が調査もせずに線引きすることは許されない。
 したがって、国は、水俣病の救済に向けて、不知火海沿岸に居住歴のある人の網羅的な健康調査と被害の実態解明を、行わなければならない。


 以下、朝日新聞の引用。






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by asyagi-df-2014 | 2016-10-07 05:55 | 水俣から | Comments(0)

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