2016年 07月 28日 ( 2 )

沖縄-辺野古・高江から-2016年7月28日

 2016年7月28日沖縄-辺野古・高江の今を沖縄タイムスと琉球新報は次のように表した。
 明らかになってきているのは、法的根拠がないのに工事を急いだことであり、ずさんな実態である。
 今回の安倍晋三政権の「蛮行」を象徴的に示しているものは、「ヘリパッド建設に伴いフェンスで封鎖。以前から予約していた見学者がキャンセルする事態になっている」という事実と、一方では「ヘリパッド完成後は軍用道路として使用される可能性がある」ということである。



(1)沖縄タイムス-<米軍ヘリパッド>防衛局、伐採の事前協議なし テント撤去も法的根拠なし-2016年7月28日 05:01



 沖縄タイムスは、「東村高江周辺の米軍北部訓練場でヘリパッド建設工事を進める沖縄防衛局が木を伐採する際、本来必要な林野庁沖縄森林管理署との事前協議を行わないまま工事に着手していたことが27日、分かった。また、22日に建設に反対する市民のテントを撤去したことについて、法的根拠がないことを事実上認めた。手続きを軽視し、工事を急ぐずさんな業務が次々に明らかになっている。」、と報じた。
沖縄タイムスは、それは、次のものであると伝えている。



(1)「森林管理署は本紙の取材に、27日時点で防衛局から協議の申し出はないと明言。『(防衛局から)対象となる立木はないとの報告を受けている』と明かした。現在、工事現場への立ち入りができないため、伐採があるかは未確認だとした上で『仮に該当する立木の伐採があれば、使用承認の条件に抵触する可能性がある』との認識を示した。近く防衛局に事実関係を確認する。」
(2)「防衛局は22日、N1地区出入り口横に市民が設置していたテントや内部の物品を強制撤去し、名護防衛事務所に持ち去っている。本紙の問い合わせに対して27日、『所有者を名乗る方がいなかったことから所有権が放棄されたと判断した』『工事の確実な進捗(しんちょく)と工事用出入り口の安全確保の観点から撤去した』などと回答したものの、撤去の法的根拠は示せなかった。現場は県道区域で、管理者は県。県道路管理課は『防衛局が道路法に基づいてテントを撤去することはできない。どういう法的権限で撤去したかは分からない』と述べた。」
(3)「防衛局は『沖縄やんばる海水揚水発電所』へつながる唯一の道路もヘリパッド建設に伴いフェンスで封鎖。以前から予約していた見学者がキャンセルする事態になっている。」



(2)沖縄タイムス-<米軍ヘリパッド>N1地区裏の工事用道路、完成後は軍が使用の可能性-2016年7月28日 05:04



 沖縄タイムスは、「沖縄防衛局が着手した米軍北部訓練場のヘリパッド建設で、防衛局が整備するN1地区の裏側出入り口の建設用道路が、ヘリパッド完成後は軍用道路として使用される可能性があることが27日、分かった。」、と報じた。
 それは、こんな構図である。



(1)沖縄森林管理署が14日付で防衛局に出した「国有林使用承認書」には、国有林を使用する場合は原則、緑化植栽などの原状回復を義務付けている。一方、原状回復義務は森林管理署が認めた場合には免除できるとの記述がある。
 防衛局は11日、N1裏から北部訓練場に至る約700メートルを『工事用道路』として使用許可を申請。面積にして3981平方メートルで、単純計算で幅員5メートル超の道路になる見通しだ。原状回復義務を免除されれば、ヘリパッド完成後、この道路が新たな米軍への提供施設になる可能性がある。」
(2)「一方、森林管理署が2013年3月に北部訓練場の使用を承認した文書では立木の伐採に加え土地の改良や新たな施設設置の際には森林管理署との協議を求めている。
 承認書を情報公開請求で入手した沖縄平和市民連絡会の北上田毅氏は、N1ゲートから約300メートル奥は両側に木々が生い茂っているとし、『防衛局は工事を止め、まずは森林管理署と協議すべきだ』と指摘している。」



(3)琉球新報-国、オスプレイ使用否定 北部訓練場着陸帯07年アセス 「機種変更ない」-2016年7月28日 05:04



 琉球新報は、「米軍北部訓練場のヘリコプター着陸帯(ヘリパッド)移設計画に伴い、那覇防衛施設局が2007年2月に作成した環境影響評価(アセスメント)図書で、県が知事意見で北部訓練場を将来使用する航空機の機種変更の有無を質問したのに対し、国側が『使用機種の変更はないものと理解している』と回答していたことが分かった。アセスはCH53ヘリを使用機種としていた。前年06年には、在沖米軍トップが普天間飛行場に垂直離着陸輸送機MV22オスプレイを14~16年に配備すると明言し、県はこれを踏まえて機種変更の可能性を質問していた。国側は『変更はないと理解』と強い調子で否定していたが、実際は現在、オスプレイが北部訓練場への飛来を繰り返しており、アセスの正当性が問われそうだ。」、と報じた。



(4)沖縄タイムス-高江ヘリパッド、市民ら「過剰警備」批判-2016年7月28日 11:23



 沖縄タイムスは、「東村高江周辺の米軍北部訓練場ヘリパッド建設で28日午前、N1地区表側出入り口からトラックが何度も砂利を積んで搬出入する様子が確認された。トラックの搬出入時に警察が周辺の県道70号を規制。トラックの前後を警察車両が警備しており、建設に反対する市民からは、警察に対して『工事に加担して恥ずかしくないのか』との声が上がった。市民らが抗議行動するN1地区表側出入り口付近では、機動隊が一時増員され100人以上で県道脇に立って警備。市民らは『抗議行動させないのか。過剰警備だ』と批判した。」、と報じた。



 以下、沖縄タイムス及び琉球新報の引用。




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by asyagi-df-2014 | 2016-07-28 16:49 | 沖縄から | Comments(0)

沖縄から-三上智恵の沖縄〈辺野古・高江〉撮影日記第57回

沖縄の地で、体を張って新しい歴史を作ろうとしている人たちがいる。
そこには、その煌めきの記録を残そうとしているジャーナリストがいる。
だとしたら、その生きざまの瞬間を私たちは受け取る必要がある。
三上知恵の沖縄撮影日記。



 今回の報告は、「高江大弾圧~臨界点を超えた政府の暴力~」。
三上さんは、「今回、明らかに国はある一線を越えてしまった。」、と始める。
狂気の大弾圧について。
それは、「運命の7月22日、夜が明けるとやんばるの奥地を走る県道70号は、機動隊であふれかえっていた。県外から500人、沖縄県警を合わせると800とも1000人とも言われているが、予定地に繋がる4カ所に同時に押し入った警察官と、途中途中の車両や物資の集積地、検問ポイントや裏のダムに隠れている人員を合わせたら、やはり800人は動いていたと思う。とにかく、狂気の動員だった。」、と。
 狂気の大弾圧の前日の話。



(1)「参院選が明けてから、日に日に追い詰められていく高江の工事予定地で、国の実力行使の着工予定日を翌日に控え、21日に緊急集会が開かれた。平日の午後2時、炎天下。突然の呼びかけにもかかわらず、なんと1600人が高江の通称『N1ゲート前』に集まってきた。過去10年、高江の取材を続けてきたが、1000人を超える人がここに集まるなんて、もちろんかつてなかったことだ。」
(2)「ゲンさん夫妻も伊佐さん夫妻も、ついに県民が本気になってくれたと喜びを隠さない。1600人なら機動隊の倍の人数だ。明日未明には通行規制がされて応援に来ようにも近づけなくなることから、できる限り泊って欲しいと呼びかけた。しかし、宿もない山の中である。ほとんどが帰ってしまったため、夕方にはいつもの100人くらいの人数になった。これではあっという間に排除されて終わりになる。現場に焦りが広がった。」
(3)「6時半ごろ、私たちはテントからだいぶ離れた路肩に車を止めた。そのときおもむろに『駐車違反』の看板が私たちの車の前後に立てられた。名護署によると、その看板からテント寄りの車はすべて駐車禁止で、レッカー対象だそうだ。そんなあと出しの交通ルール、ありえない。駐車したときには規制がなかったのに、車に戻ったらあたり一面が駐禁になっているなんて!
 『非常事態なので名護署長の権限で規制ができるのだ!』。幹部らしき警察官がやみくもに怒鳴って立ち去った。このあとのレッカーも、テントの撤去も、過剰な警備も、手すりや柵の設置も、全部『非常事態』の名のもとに進めるつもりなのだ。ここはもう法治国家ではないのか。内容を問わずに国策なら是であり、それを進めるために警察権力はあらゆる権利を市民から取り上げることができるのなら、それはもう恐怖政治ではないか。」



 次の闘いの話。



(1)「夜中1時を過ぎたころから、道の両側は人と車で埋まってきた。さすがに沖縄県民、かなりの数が戻ってきてくれた。市民側の車は200台以上。私の目算では300人近くが建設を許さない覚悟で結集してきた。」
(2)「ヒロジさんを中心にいくつかの作戦が立てられていた。1つは、道の両側に止めた車をじりじりと中央線に向かって移動させ、大型車両やレッカー車を通れないような陣形を作ること。夜中の3時にその作業が始まった。警察は4時には県道を封鎖、5時にはレッカー移動を始めるという計画だ。4時も回って、もう援軍も道路封鎖で近づけなくなったことを確認して、県道全体に車をパズル状に配置した。」
(3)「『これでレッカー移動はかなり難しくなった!』  第一段階は勝利だとヒロジさんは気勢を上げた。」
(4)「しかし、全国から集められた機動隊員は、夜明けと共に南北両側から一気になだれ込んできた。確かにレッカー車は入れなかったが、車輪のようなものがついたジャッキを車の下に手際よく入れていき、一台につき20人が襲い掛かればあっという間に車は浮く。そしてみんなの手で押して『だんじり』のように号令をかけながら車を引っ張っていった。毎回、車の下にしがみつく人たちを、まるで果実に取り付いた虫を取り除くように淡々と引き剥がして、バリケードの車は端から順に機動隊の手で運ばれていった。」
(5)「次に運ばれる車によじ登り、屋根に座り込んだ女性が叫んだ。

 『沖縄を返して!
 私たちの生活を返して!
 子どもたちの未来を元に戻して!

 …守れなかったんですよ
 私たち大人は 子どもを守れなかった!
 警察も守れなかったーっ!

 また犠牲者つくるんですか?
 新しい基地を造って?』」

(6)「私も悔しくてカメラを持つ手が震えた。彼女はRINAさんのことを言っているのだ。米軍が70年間も我が物顔で居座るこの島は異常だと思いながら、状況を変えられなかったこと。守るべきものを守れなかった惨めさ。悔しさ。自分への怒り。その思いが彼女を突き動かしているのだろう。今回はこういう場所ではあまり見ない女性たちの姿が目立った。4月末に起きた暴行殺人事件は、まだ多くの人の心に突き刺さったまま、悲鳴を上げている。」
(7)「今日の防衛局側の最大の目的は、N1と呼ばれる予定地に進入するためのゲートを確保することだ。そこには9年前から車を並べ、テントを張って見張りを立ててきた。資材が入れられればまた投げ返してでも、これまで死守してきた場所だ。ど真ん中に置かれた街宣車の上に陣取った市民を引き摺り下ろそうと警察官がよじ登る。怒号と悲鳴がいっそう大きくなり事態は緊迫した。その中で一人の女性がロープの絡まる中、首を絞められる形になり、その騒動を近くで見ていた女性も気を失って病院に搬送されてしまう。怪我人と逮捕者は出さない、と決意を何度も述べてきたヒロジさんはたまりかねて車に上り、叫んだ。」
(8)「『もうやめてくれ。もういい! こちらも降ろすから、もう手を出すな!』
 いつもカヌー隊として海に出て行くその女性は、辺野古の信頼できる仲間だった。彼女らを傷つけてしまったことにヒロジさんの心は折れた。まだ午前、早々に白旗を上げる形となった。これ以上怪我人と逮捕者を出すよりも、仕切りなおして工事を止める。仲間を守り、その力を残して引き際を決断すること。それがヒロジさんの流儀だった。」



 次の日に呼びかけもしないのにやんばるの森に集った人たちの話。



 翌朝の県内紙のトップは高江工事強行。暴力的で痛々しい写真が大きく掲載されたが、呼びかけもしないのに100人以上がやんばるの森の中にまた集まってきた。朝日を浴びて、その顔は朗らかでさえあった。

「負けてないですよ、これからですよ」
「そう、これからが肝心!」



 そして、三上さんは、最後にこう綴る。



 また、またしても沖縄県民の強さは私の予想を超えていく。わたしは、こんな場面を見ないですむように『標的の村』を映画にまでして全国行脚したのに、なんて無力なんだろうと大泣きしてぺっこり凹んでいた。丸50時間以上寝ていない目で泣くから悲惨な顔になっていた。なのに、森に集まった人たちの前向きなオーラは、なんなのだろう? 私はまだ彼らの一員にはなれていない。

 それにしても、今回の常軌を逸した政府の手法は「ティッピングポイント」を超えたと感じた。ある事象が臨界点を超えて一気に崩壊していくさまを見た気がしたのだ。いくら政府が決めた国策といえども、私たち国民には異議を唱える権利がある。その前提で、沖縄県民は基地の重圧に対して長い間非暴力の抵抗を重ねてきた。これまで、県民を排除する側にもある一定の良識があったと思う。これ以上力ずくでやると民意を敵に回すので加減するという線が、国家権力にもあったはずだ。しかし、丸腰の県民に対し異常ともいえる物量で迫り、まるで勝つことが決まっているモンスター退治のゲームのように抵抗を押しつぶしていった今回の国のやり方に、私は恐怖を感じた。自公政権の議員を全部落とすような沖縄には、もはや手加減など必要ない、という現政権の本性を見た思いだ。

 高江は辺野古の前哨戦。本気で和解も協議もする気がない安倍政権が、次は辺野古にこの手法を拡大して迫ってくるのは間違いないだろう。辺野古の埋め立てが始まるときには、海上自衛隊も呼んでくるのかも知れない。第一次安倍政権は掃海母艦「ぶんご」を辺野古に出動させた経緯もある。なりふり構わないこの政権の暴走がどこまで行くのか、わたしは本当に恐ろしいと思う。矛先は今後、沖縄だけではないだろう。でも翌日の新聞のトップはポケモンGOだったというから、もはやそれを止められる力がこの国の国民にあるのかどうか。本当に倒すべきモンスターは、スマホの外にいるというのに。



 「私はまだ彼らの一員にはなれていない。」
 三上さんのこんな言葉は、例えば、大分という地で見守ることしかできていない者に、
やはり光を求めて歩かなければ、という思いを抱かせてくれる。
「矛先は今後、沖縄だけではないだろう。」
 この三上さんの指摘は、7月24日の伊方集会の愛媛県警の姿に見た気がする。

 こうして三上さんの報告を文章で追ってみたが、やはり、ブログの「動画」を是非見てほしい。



 以下、三上智恵の沖縄(辺野古・高江)撮影日記第57回の引用。




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by asyagi-df-2014 | 2016-07-28 05:42 | 沖縄から | Comments(0)

壊される前に考えること。そして、新しい地平へ。「交流地帯」からの再出発。


by あしゃぎの人
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