2016年 07月 03日 ( 2 )

沖縄-7月から騒音を伴う重機を使った工事再開の可能性が高まっているため、 高江ヘリ着陸帯反対の抗議の声を挙げる。

 標題について、琉球新報は2016年7月2日、「米軍北部訓練場の一部返還に伴うヘリコプター着陸帯(ヘリパッド)建設問題で1日、新設に反対する市民ら少なくとも約180人が東村の米軍北部訓練場のゲート前で抗議の声を上げ、今後は24時間態勢で『N1ゲート』を中心に監視していくことを確認した。」、と報じた。
 このことについて、「国の特別天然記念物『ノグチゲラ』などの営巣期にあたる3~6月の間、工事は行われておらず、今月から騒音を伴う重機を使った工事再開の可能性が高まっている。ヘリパッド新設は6カ所を予定しており、そのうち2カ所が完成した2014年7月以降、工事が止まっている。政府は新設するヘリパッドの完成を前提に北部訓練場の一部を年内に返還する意向を示している。」、と伝えた。
 また、「ヘリパッドいらない住民の会の伊佐真次さんは『新しいヘリパッド2カ所が完成後、訓練が激化している。これ以上のヘリパッドが造られれば、住民の生活にさらなる被害が出る』と指摘。さらに『やんばる国立公園』の指定が決まったことに触れ『今後は世界自然遺産に向けて動くようだが、オスプレイの基地があり、銃声が聞こえる自然遺産なんてあり得ない』と憤りを見せた。」、「沖縄平和運動センターの山城博治議長は『本島最大で唯一の手つかずの自然が残るやんばるの森。それを壊して、戦争の準備を進めるのか』と声を荒らげた。」、と報じた。


 確かに、「オスプレイの基地があり、銃声が聞こえる自然遺産なんてあり得ない」。


 以下、琉球新報の引用。





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by asyagi-df-2014 | 2016-07-03 12:30 | 沖縄から | Comments(0)

本からのもの-「原発プロパガンダ」

著書名;原発プロパガンダ
著作者:本間龍
出版社;岩波新書


 本間龍さん(以下、本間とする)は、本の最後に、原発プロパガンダについてこう断定する。それは、日本という国への警告でもある。


「広告とは、見る人に夢を与え、企業と生活者の架け橋となって、豊かな文明社会を創る役立つ存在だったはずだ。それがいつの間にか、権力や巨大資本が人々をだます方策に成り下がり、さらには報道おも捻じ曲げるような、巨大な権力補完装置とになっていた。そしてその最も醜悪な例が、原発広告(プロパガンダ)であった。」


 そして、日本の原発プロパガンダの姿ををこのように描写する。


「原発プロパガンダは、国民に対しては原発政策支持者を増やすための『欺瞞』であり、メディアに対しては真実を報道させないための『恫喝』という極端な二面性を持っていた。そしてこの仕組みこそが、メディアによる批判と検証を封殺し、福島第一原発の悲劇の要因となったのである。」


 私がこのの本の読了後に、真っ先にしたことは「日本原子力産業協会」の会員名簿の確認であった。巨大な権力補完装置としての役割の一環として位置づけられている人なり組織を知るために。
 何故なら、本間は、一方的プロパガンダに、原発プロパガンダに抗する方法を次のように提起しているから。

①「第一に重要なのは、日々目の前に流れているニュースを軽々に信用せず、一人一人がきちんと自分の頭で考えることだ。先述したように、現在の社会で私たちが触れるニュースは、プロパガンダ・モデルにおけるチョムスキーの「五のフィルター」によって濾過させたものだと認識することが非常に重要だ。もっと簡単に言えば、大手メディアも単なる利益追求集団(企業)であり、最終的には国家権力に逆らえない構造を持っている、という現実を知ることである。そうした意識を持つことによって、多くのニュースの「目的」を見破ることができるだろう。そのためにもっとも手軽な方法は、やはりネットを活用することだ。」
②「二つ目に重要なのは、それらツイッターなどのネットワークを活用して、プロパガンダ・メディアに属さない独立系メディアの情報に耳を傾け、支えることだ。」


 さらに、メディアの情報に接する際の留意事項を次のようにまとめる。


①メディアは決して潔癖ではなく、間違う、嘘をつく、利益誘導する存在だということを認識する。
②ニュースを見る際、漫然と見るのではなく、その発信者、ニュースソースが誰なのか、何のために発信しているかを考える癖をつける。
③大手メディアが同じ論調の場合、なぜそうなのかを疑う。異なる意見がないか意識を持って探し、それぞれを比較して考える。
④各メディアの企業特性、親会社、株主などを知っておくと、利害関係が理解できる。五)そのニュースによって得をするのは誰か、逆に損をするのは誰かを考える。


 その上で、本間は、私たちのあり方について、こう指摘する。


「いずれも、自分の目と耳で聞き、確かめ、考えることが重要であることに変わりはない。繰り返すが、テレビやPCの前でただ座っていたのでは、正しい情報は得られない。原発プロパガンダがそうであったように、資金を持っている政府や大企業は凄まじい量のPRで国民の意識を麻痺させようとする。それに抗う第一歩は、ありきたりではあるが個人の意識をしっかり持つことにかかっている。そしてそれが、3.11以後の時代に生きなければならない、私たちに課せられた義務なのではないだろうか。」


 結論を先にまとめすぎた。
 本間は、日本のプロパガンダ、特に原発プロパガンダについて次のように指摘している。


「プロパガンダ=広告宣伝は、時代の要請により、世界各地で手を変え品を変え、最先端で強力なテクニックを駆使して展開されてきた。その技術を磨いてきたのが、世界各国の広告会社、PR会社、日本においては電通と博報堂の二大広告代理店である。そしてその結実の一つが、日本における原発推進広告、つまり『原発プロパガンダ』であったのだ。
 これは、一九五〇年代に原発推進を国策と定めた時点で当然の帰結であった。国策と決めたからには、万難を排して原発を推進しなければならない。しかし戦後の日本は民主主義国家であり、いくら国策といえども成田国際空港のように反対派を強行排除してばかりでは、全国で原発建設を円滑に進めることはできない。そこで、かりそめでも良いから、国民の多数における合意の形成(チョムスキーはそれを『合意の捏造=マニュファクチャリング・コンセント』と名づけた)が必要とされた。つまり、多数の国民が原発を容認している、という世論の形成を目指したのである。
 そしてそれを可能たらしめるためには、全国を覆う巨大メディアと地方に根ざしたローカルメディアの両方をフル活用して国策を宣伝し、国民に『原発は安全で必要不可欠なシステムである』という意識を浸透させる必要があった。だから国と電力会社は、原発建設が始まった一九六〇年代後半から3.11まで、その基本スタンスに忠実に、巨費を投じてプロパガンダを推進してきたのである。」


 あわせて、本間は、原発プロパガンダがなぜなり立ったのかということについて、その宣伝広告費の巨大さについて、次のように指摘する。


「多くの人びとの意識に原発推進を訴えかけ、無意識のうちに同調させる。これこそまさに『プロパガンダ=宣伝行為』であり、原子力ムラは戦後四〇年以上、原発礼賛の宣伝広告活動を延々と展開してきた。そのために費やした金額が最低でも約二兆四〇〇〇億円に上っていたことは先述した通りである。
 これは、二つの意味で驚愕すべき数字だ。第一には、その金額の巨大さである。(省略)二つ目の驚くべき点は、これらの広告費の原資がすべて、利用者から集めた電気料金だったということだ。」


 つまり、原発プロパガンダとは、自分たちの金で自分たちの首を絞めていた、ということなのだ。
 次に、本間は、「ではなぜこんな仕組みが長年露見しなかったのか」ということについて、種明かしをする。


「最大の理由は、本来は警鐘を鳴らすべき報道メディア(新聞やテレビ、雑誌等)が完全に抱き込まれ、原発推進側(原子力ムラ)の共同体となってしまっていたことだ。メディアは長期間にわたり巨額の『広告費』をもらうことによって原子力ムラを批判できなくなり、逆にそのプロパガンダの一翼を担うようになってしまった。
 特に二〇〇三年以降、新聞でもテレビでも、原発に関するネガティブな情報発信は自粛され、ほとんど国民の目に触れなかったのだから、大半の国民は問題の存在にも気がつかなかった。たまに事故報道はあっても、保安院(当時)や御用学者らによって『すべては軽微な事象(彼らは絶対に『事故』とは言わなかった)』とされ、批判するものを総攻撃していた。そんな状況が福島第一原発の事故発生まで延々と続いていたのだ。」


 本間は、原発プロパガンダというものが、なぜ必要とされたかについて、次のように説明する。


「二つの大きな問題があった。それは原発というシステムがきわめて不完全であり、この四〇年間で度々事故が発生したことと、日本は世界有数の地震大国で、原発を設置するには全く不向きな地域であったことだ。この原発推進には致命的な欠陥を、徹底的に隠さなければならなかった。そこで、単純な『原発は安全ですよ』という生やさしい『宣伝広告』レベルではなく、何が起きても絶対安全、事故など起きるはずがないという、神懸かりとも言うべき『安全神話』を流布する、徹底的な『プロパガンダ』の必要性が生じたのである。」


 さらに、本間は、この本を通して、憂うべく日本の現状を、次のように告発する。


「事故から五年たった今、多くのメディアは原子力ムラの巻き返しによって再びその軍門に下ろうとしている。大多数のメディアにとって、プロパガンダに従ったなどという体裁の悪い事実は存在せず、そもそも原発プロパガンダがあったことも認めたくないのだ。」


 本間のこの本は、現状警告の書なのである。


by asyagi-df-2014 | 2016-07-03 06:07 | 本等からのもの

壊される前に考えること。そして、新しい地平へ。「交流地帯」からの再出発。


by あしゃぎの人
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