2016年 07月 02日 ( 2 )

沖縄-名護市辺野古の国立沖縄工業高等専門学校近くで、米軍のCH53ヘリ2機の離着陸訓練が6月29日午後8時45分から同10時15分ごろまでの約2時間半にわたって繰り返される。

 沖縄の米軍基地被害の実態について、琉球新報は2016年7月2日、「名護市辺野古の国立沖縄工業高等専門学校近くで米軍のCH53ヘリ2機の離着陸訓練が6月29日午後8時45分から同10時15分ごろまでの約2時間半にわたって繰り返されていたことが分かった。同校屋上に琉球大工学部の渡嘉敷健准教授が設置している騒音測定機で最大85・6デシベル、平均72・7デシベルを記録した。同校は校舎と学生寮が隣接した環境にある。」、「29日夜、住民からの連絡を受けた大城敬人名護市議が現場で同校裏手にある米軍キャンプ・シュワブ内の離着陸帯を離発着するヘリ2機の動きを目視で確認した。」、と報じた。
 また、「渡嘉敷准教授が設置した測定機によると、同日午後10時5分から10分までの5分間に区切った場合でも最大83・7デシベル、平均75・4デシベルとなっており、午後10時を過ぎる遅い時間帯も高いレベルの騒音が続いた。80デシベルの騒音のうるささは『電車の車内・地下鉄の車内』『よほど声を張り上げないと話ができない』などと表現される。」、と伝えた。


 以下、琉球新報の引用。





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by asyagi-df-2014 | 2016-07-02 17:09 | 沖縄から | Comments(0)

沖縄から-三上智恵の沖縄〈辺野古・高江〉撮影日記第53回

沖縄の地で、体を張って新しい歴史を作ろうとしている人たちがいる。
そこには、その煌めきの記録を残そうとしているジャーナリストがいる。
だとしたら、その生きざまの瞬間を私たちは受け取る必要がある。
三上知恵の沖縄撮影日記。


 
 今回の報告は、71年目の慰霊の日について。
三上さんは、この日を石垣で慰霊の日を過ごすことにし、「石垣市のある女性に夢中だ」として、78歳の山里節子さんを、「言葉は祈りから生まれたというが、予祝の言葉を掛け合う文化は古今東西にある。それは言葉の呪力を信じるから。祈りの力が実際に幸せを引き寄せると信じるからだ。」、と次のように描く。
 「祈りなしには、平和は創れない」。と。


①「石垣島の登野城に生まれた節子さんは、戦争当時7歳。マラリア有病地帯に押し込まれて母と祖父を失った。米軍が上陸したら作戦遂行上、住民は足手まといだ。当時は死の病だったマラリアにかかることがわかっていながら日本軍は移住を命じ、住民はことごとくマラリアに苦しみ、およそ3700人が命を落とした。たまたまマラリア蚊がいたという問題ではない。軍事作戦上、緩やかな集団死に追込まれたのだ。節子さんは「軍隊は住民を守らない」と書かれた横断幕を持って、自衛隊の石垣島配備に反対している。軍隊の本質を知る者として黙っていられないのだろう。」


②「しかしそれだけではない。彼女は戦後、琉米文化交流の名の下に石垣島にできた文化センターで英語を学び、18歳の時にアメリカの学者たちと共に、島の地政学的な調査研究の助手に抜擢された。通訳兼地元の案内人として、リュックにたくさんの石を入れて、学者の踏査について回った。やがて英語がぺらぺらになり、海外キャリアのキャビンアテンダントに採用される。アメリカ人の友人もたくさんでき、小さな島から世界を見つめる中で、自分が協力した米軍施政権下の調査は、ほかでもない、軍事利用目的の調査だったことに気付く。再び自分の島を軍隊に差し出すための手伝いをしてしまった。長くその後悔に苛まれたという。日本からも、アメリカからも、常に沈まぬ空母としか見られない生まれ島。だからこそ、またしても軍事要塞にされ自衛隊に島の運命を変えられてたまるかという危機感が節子さんにはあるのだ。」


③「節子さんは、今年の慰霊の日、今こそ『おばあ世代』が反戦平和に本気になるときだと考えて、官製の慰霊式典ではなく自分たちで『戦争マラリア』の悲劇を受け止め、平和を祈る儀式をすることにした。二度とこの島を戦場にしない。その約束を死者たちと交わしたいと仲間に参加を呼びかけた。『御願(ウガン)』をして、『新世節』と『月桃の花』の2曲を歌うこと。そのあと語り合うこと。それだけだが、早朝から10人が集まった。」


④「祈りだけでは平和は来ないかも知れないけど、祈りなしでは平和は来ない」


⑤「神頼みだけでは平和は作れないけれど、祈る心の中に、平和を作る種があると節子さんは言った。彼女が選んだ歌『新世節(アーラユーブシ)』は、戦後、新たな平和な世の中になった事を祝う歌で、『戦世(イクサユー)』ではない平和で豊かな世界を『昔世(ムカシユー)』『神ぬ世(カンヌユー)』と表現している。
 八重山で盛んに使われる言葉に『弥勒世(ミルクユー)』というのがある。節子さんはそれこそが『戦』の対極にある言葉だという。平和というよりもっと満ち足りた、過不足のない幸せな状態を指す。八重山では弥勒菩薩が変化した『ミルク神信仰』が盛んで、まつりでは豊穣の神『ミルク神』がもたらす『弥勒世果報(ミルクユガフ)』が満ち満ちている『弥勒世(ミルクユー)』が早く来ますようにと祈る場面が多い。
 もうひとつ『世ば直れ(ユウバナウレ)』という呪文のような言葉が島にはある。とても素敵な言葉だ。これは宮古島でも『ユヤナウレ』として様々な神歌に共通して繰り返し出てくる。直訳すれば『世直し』だが、理不尽な苦しみから解放され、不条理な世の中が正しくなおっていくさま、待ち望んだまっとうな世界に近づいていきますように、という祈りの一節だ。また、節子さんが言うように、会合がお開きになるときにも『ユウバナウレー』と言って別れる。これはすべてがうまくいきますように、Good luck! のような使い方だろう。言葉は祈りから生まれたというが、予祝の言葉を掛け合う文化は古今東西にある。それは言葉の呪力を信じるから。祈りの力が実際に幸せを引き寄せると信じるからだ。」


 三上さんは、最後に、「祈ること」について、このように語る。


 「世ば直れ(ユウバナウレ)」
 争いのない、貧困も飢餓もない、豊かで満ち足りた世界。それが遠くない未来に島にやってくると言う具体的なイメージを歌い、祈り、ことばを掛け合ってみんなで共有することが共同体には必要だったのだろう。しかし今の日本はどうだろう。安全保障の名の下に戦争を企んだり、中身のない貧困対策をぶち上げたり、「アベノミクスの果実」を期待させたり、この国は、国民が理想のイメージを結ぶこともできない哀れな国になってしまった。

 しかし沖縄だけではなく、地方の村々には日常に溶け込んだこうした祈りの言葉が、お互いの幸せを呼び合う言葉がいくつも残っているはずだ。現代社会、我先に経済や情報に通じることで世の中は豊かになったのだろうか。みんなで祈るという行為の持つ潜在力を、今こそ取り戻していく必要があるのではないだろうか。同じ幸せのイメージを共有しあった人間は、武器を持って闘おうとは思わない。

 祈ること。理想の世界を共に描き、繰り返し共有することが、実は平和への早道だと思う私は夢想家すぎるだろうか。でも慰霊の日にみんなが心に誓った世界は、同じ形をしている。


 
三上智恵監督新作製作のための製作協力金カンパのお願い

『戦場ぬ止み』のその後――沖縄の基地問題を伝え続ける三上智恵監督が、年内の公開を目標に新作製作取り組んでいます。製作費確保のため、皆様のお力を貸してください。

■振込先
郵便振替口座:00190-4-673027
加入者名:沖縄記録映画製作を応援する会

◎銀行からの振込の場合は、
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・ 金融機関コード:9900
・ 店番 :019
・ 預金種目:当座
・ 店名:〇一九 店(ゼロイチキユウ店)
・口座番号:0673027
・加入者名:沖縄記録映画製作を応援する会


 以下、三上智恵の沖縄(辺野古・高江)撮影日記第53回の引用。





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by asyagi-df-2014 | 2016-07-02 05:53 | 沖縄から | Comments(0)

壊される前に考えること。そして、新しい地平へ。「交流地帯」からの再出発。


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