2016年 03月 20日 ( 2 )

沖縄-辺野古新基地建設の遅れに対する米国の状況。

 辺野古新基地建設の遅れについての米国の状況について、沖縄タイムスは2016年3月20日、「オバマ大統領は、ライス氏に対し、『分かった。しばらく動かないということだな』などと述べ、日本側での展開を静観する姿勢を示したという。」、と報じた。
 また、このことについては、「オバマ米大統領が米軍普天間飛行場の名護市辺野古移設計画が再び停滞する可能性を容認していたことが18日までに分かった。今後の展開次第では、米議会が計画を再び疑問視する可能性も生じるなどと分析しているという。ホワイトハウス筋が本紙の取材に対して明らかにした。
 同筋によると、国と県が福岡高裁那覇支部による和解勧告を受け入れる3日前に当たる1日、米国家安全保障会議(NSC)のライス大統領補佐官(国家安全保障担当)がホワイトハウスで谷内正太郎・国家安全保障局長と会談。谷内氏は安倍晋三首相が裁判所の和解勧告を受け入れる方針を説明した上で、辺野古移設工事の一時中断について米側の理解と承諾を求めたという。
 同会談を受け、ライス氏は1日付で報告書を作成。谷内氏から(1)近く日本政府と沖縄県の和解を発表(2)辺野古移設工事は半年から最長で約1年は中断(3)日本政府は辺野古移設を堅持する方針-などを伝えられたと報告。」、と伝えた。


 以下、沖縄タイムスの引用。






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by asyagi-df-2014 | 2016-03-20 09:03 | 沖縄から | Comments(0)

「沖縄戦被害・国家賠償訴訟」の判決を各新聞社の社説から考える。

 2012年8月15日に提訴された、沖縄戦の被害者に対する賠償を国に求める初の訴訟となった「沖縄戦被害・国家賠償訴訟」の那覇地裁の判決について、沖縄タイムスは2016年3月16日、「沖縄戦で身体・精神的被害を受けたとして、住民とその遺族79人が謝罪と1人あたり1100万円の損害賠償を国に求めた「沖縄戦被害・国家賠償訴訟」の判決が16日午後、那覇地裁(鈴木博裁判長)であった。鈴木裁判長は、住民ら原告の訴えを棄却した。太平洋戦争当時、空襲などの戦火に巻き込まれた民間被害者たちが損害賠償などを求める集団訴訟は、名古屋、東京、大阪でも起きたが、いずれも最高裁で訴えは退けられている。住民側は、元軍人らは法律にのっとって救済されてきたのに対し、国が住民や遺族らを救済する法律を作ってこなかったことを指摘し、平等を保障する憲法に反するなどと訴えていた。一方、国側は太平洋戦争当時、国の賠償責任を認める法律はなく、民法で認められた賠償請求できる20年が過ぎていることを挙げ、住民側の権利が消滅しているとして却下を求めていた。」、と報じた。
 この訴訟の争点について、沖縄タイムスは、①原告の住民は「集団自決(強制集団死)」の強制や壕追い出し、10・10空襲などの被害者や遺族。旧日本軍は沖縄戦で住民を守らず戦闘を続け、一般人への被害を拡大させたと指摘。民法の不法行為に当たるとしている、②また戦後、民間人の被害を補償する法律を制定してこなかったと国の不作為を批判。国は国家賠償法に基づき、賠償責任を負うべきなどと主張している、③一方国側は、旧日本軍の戦時中の行為や国家賠償法施行以前での国家の行為から生じる損害について、国は賠償責任を負わないと主張。また「原告らの請求は法に基づかない」と指摘。「沖縄戦の実態や原告らの被害の事実を確定するまでもなく、棄却されるべきだ」としている、と伝えていた。


 今回の「沖縄戦被害・国家賠償訴訟」の那覇地裁の判決について、各紙の社説をもとに考える。
 2016年3月17日現在でこのことを採り上げた社説は、確認できるだけで3社であった。
その社名と見出しは、次のものである。

(1)北海道新聞社説-沖縄戦訴訟 民間被害者の救済急げ
(2)琉球新報社説-沖縄戦訴訟棄却 国民全てに平等な補償を
(3)沖縄タイムス社説-[沖縄戦国賠訴訟]被害に背向けた判決だ


 これを要約すると次のようになる。
Ⅰ 判決への疑義
(1)北海道新聞
①戦争当時は国家が賠償する法律はなく、法的責任は負わないとする国側の主張を全面的に認めた。「鉄の暴風」と呼ばれる砲爆撃や激しい地上戦があった沖縄戦で、民間人被害の救済を求めた訴訟は初めてだったが、原告敗訴が確定した東京や大阪の大空襲訴訟の判断を越えることはなかった。判例があるとはいえ、新法による救済措置を求めるなど、被害者に寄り添った判断を示せなかったのか、疑問が残る。
②判決は、被害救済は立法府に委ねられるべき事柄だとも言及している。ならば、国会や行政は判決に安堵(あんど)せず、早急に救済策を講じるべきだ。高齢化している被害者を放置していいはずがない。軍人や軍属、遺族らは戦後施行された「戦傷病者戦没者遺族等援護法」などにより、恩給や給付金を受けられた。しかし、民間人はかやの外で、不平等さを指摘する声は根強くある。
③今回の訴訟で、原告側は「国は住民を保護すべき義務に違反した」と主張。旧日本軍は住民を避難用の壕(ごう)から追い出して死亡させたり、集団自決(強制集団死)を迫られたりしたとも訴えた。これに対し、国側は賠償責任を否定するとともに、これまでの同種裁判を踏まえ、「戦争の被害は国民が等しく耐え忍ぶべきだった」との「受忍論」を展開した。無謀な戦争を推進し、国民に協力を強制しながら「被害は我慢を」というばかりではやりきれない。国も司法も、被害者にもっと向き合う姿勢が求められよう。
④残念なのは、弁護団が被害の一つとした原告37人の心的外傷後ストレス障害(PTSD)について判決が考慮しなかったことだ。車や飛行機の大きな音を聞くと砲爆撃を思い出し、眠れないなどの声は切実だ。被害者対策で今後、論点になるのではないか。ドイツやイタリア、英国などが人道的見地から民間人に補償していることも参考にしたい。
(2)琉球新報
①全ての国民が法の下に平等であるという憲法14条がむなしく感じられる。
②判決は、国家賠償法施行前だったため、国が賠償責任を負わないとする「国家無答責の法理」によって遺族らの求めを退けた。判決はさらに、旧軍人や軍属が「戦傷病者戦没者遺族等援護法(援護法)」で補償されるのに対し、被告らへの補償がないことを「不合理であるということはできない」としている。憲法14条は人種、性別、信条のほか「社会的身分」により、差別されないと規定している。「軍人・軍属」という身分によって補償の有無が決まるのは憲法の理念に照らして不条理としかいえない。
③沖縄戦で被害を受けた人のうち、直接戦闘行為に加わらなかった「軍属」「準軍属」として援護法に基づく補償を受けたのは陣地構築や弾薬・患者輸送、「強制集団死」(集団自決)、スパイ嫌疑による犠牲者などとなっている。今回の訴訟の原告は米軍の爆撃などによる負傷者、旧日本軍に壕を追い出された人、近親者が戦死した人、戦争孤児などだ。
 沖縄戦の特徴は「住民を巻き込んだ国内唯一の地上戦」という言葉に示される。生活の場に軍隊が土足で踏み込み、本土決戦への時間稼ぎ、捨て石とされた。国策の名の下、県民は個人の意思と関係なく、戦争に巻き込まれたのだ。判決はそうした沖縄戦の実態に向き合おうとしていない。                            ④原告の中には、戦争当時の記憶が心の傷となり心的外傷後ストレス障害(PTSD)と診断された人もいる。補償が不十分というだけでなく、被害は現在も続いている。国立国会図書館がまとめた「戦後処理の残された課題」(2008年12月)によると「欧米諸国の戦争犠牲者補償制度には、『国民平等主義』と『内外人平等主義』という2つの共通する特徴がある」という。民間人と軍人・軍属、自国民と外国人の差別なく国の責任で補償するという考え方だ。
(3)沖縄タイムス
①沖縄戦の実態を踏まえることなく、被害者の苦しみに背を向ける冷たい判決である。
②争点となったのは国民保護義務違反という国の不法行為責任。地裁は「戦時中、国の権力行使について賠償責任を認める法律はなかった」と国家無答責の法理によりこれを否定した。日本軍の加害行為、住民の被害事実といった沖縄戦の特殊性には踏み込まず、一般論に終始した内容だ。
③戦争被害で国は、元軍人や軍属に年金を支払うなど手厚い補償を敷いている。原告が訴えたのは「人の命に尊い命とそうでない命があるのか。救済が不十分なのは憲法の平等原則に反する」との立法の不作為でもあった。しかし判決は「戦争被害者は多数に上り、誰に対して補償をするかは立法府に委ねられるべき。軍の指揮命令下で被害を受けた軍人らへの補償は不合理ではない」と訴えを退けた。
④最高裁で原告敗訴が確定したものの被害を認定した東京大空襲国賠訴訟などと比べ「判決は後退している」(瑞慶山茂弁護団長)と指摘されるように、救済の扉のノブに手をかけることもなく、国の姿勢をことごとく追認するものである。  
⑤各地の空襲訴訟も同様に民間人への損害賠償を求めるものだが、地上戦の舞台となった沖縄と本土では戦争体験の質がまったく異なっている。本土決戦の時間を稼ぐための「捨て石」となった沖縄戦の特徴は、軍人よりも住民犠牲が多かったことだ。判決は「実際に戦地に赴いた」特殊性を軍人・軍属への補償の理由に挙げるが、沖縄では多くの住民が戦地体験を強いられたようなものだ。
⑥今回の裁判の過程で、原告の約半数が心的外傷後ストレス障害(PTSD)を抱えていることが明らかになった。戦争で肉親を失い、けがを負い、戦後はトラウマに苦しんでいるというのに、誰も責任をとらないのはおかしい。
Ⅱ 各新聞社の主張
(1)北海道新聞
 安倍晋三首相は昨年6月の衆院予算委員会で、補償について「立法や行政が、みんなで考えていく問題」と答弁している。そうであるならば、政治は言葉だけに終わらせず、きちんと結果を出すべきだ。
(2)琉球新報
 戦後70年以上、日本政府は戦争被害者の補償を差別し、裁判所もそれを追認している。これ以上放置することは許されない。政府は戦争への責任を認め、新たな補償の在り方を早急に検討すべきだ
(3)沖縄タイムス
 司法には人権保障の最後の砦(とりで)としての役割を、国会には救済の道を開く新たな制度の創設を求めたい。


 大事な事実は、「戦後70年以上、日本政府は戦争被害者の補償を差別し、裁判所もそれを追認している。」、ということである。
 このことは、日本国憲法一四条をどのように実践していくかということに、深く関わる事例である。
 この意味から、確かに、「これ以上放置することは許されない。」。
 政府は、「戦争への責任を認め、新たな補償の在り方を早急に検討すべきだ」。また、国会には、「救済の道を開く新たな制度の創設を求めたい。」。


 以下、各新聞社の社説等の引用。




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by asyagi-df-2014 | 2016-03-20 06:15 | 侵略戦争・戦後処理 | Comments(0)

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