2016年 03月 05日 ( 3 )

沖縄-米軍司令官の辺野古移設遅れ発言の波紋。

 米軍司令官の辺野古移設遅れ発言の波紋について、沖縄タイムスは2016年3月3日、「ハリス米太平洋軍司令官が米上下両院軍事委員会の公聴会で、米軍普天間飛行場の名護市辺野古への移設が予定よりさらに遅れ、2025年になる見通しを証言した。日本側は米軍高官の『本音論』を即座に否定し、計画は予定通りと強調するなど波紋を広げている。」、と報じた。
 また、「米海兵隊は先月公表した『海兵隊航空計画2016』の中で新基地建設について、25年9月までに実施予定の10の主要施設の工程を明記。滑走路建設の着工年を初めて盛り込む一方で、昨年度版で18年度と記していたオスプレイの格納庫建設を3年先送りし、21年度に修正した。向こう10年間の海兵隊の配備計画などを記した同報告書は、米議会に予算の審議資料として提出されており、米側が少なくとも25年9月までの建設を予定していることが分かる。」、と伝えた。
 こうした米軍関係者の発言について、「ハリス氏の発言について、国防総省筋は沖縄タイムスに対し、『日米両サイドの政治と切り離して現実を語った米軍の本音論』と分析。『(ハリス氏の発言に対する)沖縄の反発は承知しているが、米軍内には普天間は現状維持でも構わないという声もある』と述べ、法廷闘争に発展した普天間移設への熱意が冷めている内情をそう漏らした。」、と報じた。


 結局、「(ハリス氏の発言に対する)沖縄の反発は承知しているが、米軍内には普天間は現状維持でも構わないという声もある」、とする米側の思惑は、「県は19年2月までの普天間の運用停止に向けた行程表(ロードマップ)の作成に意欲を示すが、米側では『日本国内の事情』として視野にすら入っていない状況だ。」、という状況を端的に表している。


 以下、沖縄タイムスの引用。





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by asyagi-df-2014 | 2016-03-05 18:12 | 沖縄から | Comments(0)

沖縄-辺野古代執行訴訟が和解、工事中止。安倍首相は「辺野古が唯一の選択肢であるという国の考え方に変わりはない」と従来の方針を強調。 

 辺野古代執行訴訟の「和解」について、沖縄タイムスは2016年3月5日、「安倍晋三首相は4日、名護市辺野古の新基地建設をめぐる代執行訴訟で、福岡高裁那覇支部(多見谷寿郎裁判長)が示した工事中止を含む和解案を受け入れると表明した。沖縄県側も受け入れ、和解が成立した。一方、安倍首相は首相官邸で記者団に『辺野古が唯一の選択肢であるという国の考え方に変わりはない』と従来の方針を強調した。政府は県との再協議に入るが、新基地をめぐる考え方には依然大きな隔たりがある。」、と報じた。
 このことに関しての沖縄県側の対応について、「県と国は早ければ来週にも和解調書に調印して正式合意する。その上で訴訟や審査請求を取り下げる。」、と伝えた。
 また、安倍晋三政権側の思惑について、「首相は受け入れた理由を『国と沖縄県が訴訟合戦を繰り広げている関係が続けば、結果として普天間基地が固定化されかねない』と述べた。『円満解決に向け県との協議を進める』とする一方、協議決裂後の訴訟を念頭に『司法判断が下された場合は、国も沖縄県もその判断に従う。互いに協力して誠実に対応することで合意した』とも語った。」、と伝えた。
 さらに、「和解条項では、国と県がそれぞれ起こした訴訟を取り下げた上で、沖縄防衛局は承認取り消しに対する審査請求を取り下げ、辺野古での埋め立て工事を直ちに中止するとした。その上で、知事の埋め立て承認取り消し処分に国が是正指示を出すところから手続きをやり直す。知事は是正指示に不服があれば国地方係争処理委員会へ申し出、認められない場合や、是正指示が『違法』と判断されたにも関わらず国が是正指示を撤回しない場合は地方自治法に基づき取り消し訴訟を提起する。」、と報じた。
 安倍晋三政権は、「政府は外交ルートを通じて米側へ和解することを伝えた。」、と報じた。


 以下、沖縄タイムスの引用。





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by asyagi-df-2014 | 2016-03-05 08:00 | 沖縄から | Comments(0)

沖縄から-三上智恵の沖縄〈辺野古・高江〉撮影日記第43回

沖縄の地で、体を張って新しい歴史を作ろうとしている人たちがいる。
そこには、その煌めきの記録を残そうとしているジャーナリストがいる。
だとしたら、その生きざまの瞬間を私たちは受け取る必要がある。
三上知恵の沖縄撮影日記。

 
 今回の報告は、「代執行裁判」における稲嶺名護市長の証人尋問の報告について。

 「私たちは、普通の人間として、普通のまちの中で生活がしたい。70年間の沖縄の歴史、そこで行われてきた人権を否定するようなことから、私たちを解放して欲しい」

 稲嶺進市長は苦痛に耐えているかのような震えた声で、このように訴えたという。
もはや、この言葉だけで十分ではないのか。
 日本という国は、そして私たちは、これほどのことをしてきたのだ。
 だから、「私たちはもう、これ以上、我慢ができないんです」、という言葉は、言わせていけない言葉として、私たちがきちっと押さえる必要がある。


 稲嶺進市長について、三上さんは、このように描写する。


「稲嶺市長はそんな名護市の裏側、久志地域の中でも奥まった三原という集落で、沖縄戦の年に生まれた。三原と言えば、地デジになるまで民放が映らなかった最後の地域といわれるほど、山あいの不便なところに位置している。地域のおばあたちの話によれば、進少年は小さな頃から利発で片田舎から琉球大学に進み「神童」とも称される期待の星だった。名護市役所に入ってからも市の教育長を務め、岸本市政を支える重要人物となった。
 人口でわずか8%でしかないこの久志地域から市長が誕生した例はそれまでない。だからこそ、稲嶺市長一期目の当選の時には旧久志村地域は沸きに沸いた。特にお年寄りたちの喜びようは尋常ではなかった。本来、日がのぼるのはこの東海岸からなのだ。名護市を照らす太陽は、この東海岸から上るのだという意味で、「あがいてぃーだ」(東から昇る太陽)は、三原出身の稲嶺市長の代名詞になっていった。」

「しかし、稲嶺さんは条件付きで辺野古移設受け入れを容認した岸本建男市長を支えた名護市の幹部であり、当初から移設反対の人だったわけではない。2006年、キャンプ・シュワブ内の兵舎の解体と移転に先立って埋蔵文化財の調査が必要となったときに、調査を進めようとする名護市と反対する人たちが衝突した。当時教育長だった稲嶺氏の対応は、決して反対運動に理解があるものではなかった。私もそのころ何度も市の対応をただしに行く文子おばあら市民を取材していたので、稲嶺教育長の冷たい態度に対し、おばあたちが『あれは旧久志村の人なのに』と恨めしく語っていたのを覚えている。だから辺野古反対運動に長く関わっている人の中には、稲嶺氏が『海にも陸にも基地は造らせない』を公約に市長選挙に名乗りを上げたときに、『信じていいのだろうか?』と思った人も多かったはずだ。その状況を一変させたのが、辺野古のお年寄たちだった。」

「嘉陽のおじいは戦争で受けた傷の後遺症で足が悪い。しかし頭の回転が早く、人と話すのが大好きで、携帯電話で誰とでも、国会議員とでも直接納得するまで対話する。稲嶺氏が市長候補になった頃、おじいは何度も電話で進さんと話をしていたようだ。もちろん、容認派だった記憶がみんなの中にあるのをよく知っていたので、おじいは『必ず基地に反対する、辺野古の年寄り連中に誓ってそうすると約束してくれんか』と何度も懇願するように話していた。
 ある日、嘉陽のおじいは嬉しそうに私に『証文』を見せてくれた。『辺野古の海にも陸にも基地は造らせません』と書いた色紙に「稲嶺進』と直筆のサインがあった。そしてこう言った。
 『進くんはね、おじいに、ちゃーんと約束をしてくれた。男と男の、固い約束だ。こんなに嬉しいことはないよ、三上さん。おじいはね、進よう、あがいてぃーだになれよう。久志から名護を照らす、あがいてぃーだになれよう、と言ったんだ』」


 そして、今の稲嶺市長について、三上さんはこう語る。


「久志地域のお年寄りたちの黄金言葉(くがにくとぅば・教え)が稲嶺さん本来の善性を磨きだしていったように感じていた。特に二期目の闘いに入る頃の稲嶺さんは、多くの神さまに守られてでもいるかのようなオーラをまとっていた。」

「苦しい思いを強いられてきた沖縄の、その中でも後回しにされてきた人々の悔しさ、でも諦めるわけにはいかない想いを一身に背負って権力にぶち当たっていく。埋め立てを承認してしまった前知事とも対立し、国にも堂々と立ち向かい一歩も引かない。稲嶺さんは『ぼくは、小心者ですから』とよく言っているが、こんなにすごい政治家になっていくとは誰が想像しただろうか。最初は小さく感じた背中だが、先月21日に行われた2万8千人の国会包囲行動の先頭に立つ稲嶺市長はとても大きく、誇り高く見えた。彼の背後には、東の海、大浦湾の向こうから人々を照らし、人々を辛苦から解放する太陽の力が宿っている。一人の政治家をあそこまでまっとうで力ある存在にしていったのは、彼に期待し、応援し続けている地域の人々の正のエネルギーであることは間違いない。」


 最後に、三上さんは、このようにまとめる。


「裁判所前の公園に、濃い桃色のヒカンザクラが咲いていた。名護は桜の名所でもある。
 『名護城(なんぐしく)の桜が応援に来てくれたようだ』と笑顔で語った稲嶺市長。
 『県民の声を届けてきます』というと万雷の拍手が起こり、裁判所に向かった。
 『沖縄の民が育てた政治家』。そんな言葉が頭をよぎった。」


三上智恵監督新作製作のための製作協力金カンパのお願い

『戦場ぬ止み』のその後――沖縄の基地問題を伝え続ける三上智恵監督が、年内の公開を目標に新作製作取り組んでいます。製作費確保のため、皆様のお力を貸してください。

■振込先
郵便振替口座:00190-4-673027
加入者名:沖縄記録映画製作を応援する会

◎銀行からの振込の場合は、
・ 銀行名:ゆうちょ銀行
・ 金融機関コード:9900
・ 店番 :019
・ 預金種目:当座
・ 店名:〇一九 店(ゼロイチキユウ店)
・口座番号:0673027
・加入者名:沖縄記録映画製作を応援する会


 以下、三上智恵の沖縄(辺野古・高江)撮影日記第43回の引用。





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by asyagi-df-2014 | 2016-03-05 06:13 | 沖縄から | Comments(0)

壊される前に考えること。そして、新しい地平へ。「交流地帯」からの再出発。


by あしゃぎの人
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