2016年 02月 24日 ( 2 )

沖縄-欧米メディアが、「沖縄は日本で唯一、第2次大戦の地上戦を経験した地であり、現在も数万人の米兵や軍関係者が駐留する事実に多くの県民が憤りを感じている」。

 標題について、沖縄タイムスは2016年2月23日、「米メディアは21日、米軍普天間飛行場の移設に伴う名護市辺野古への新基地建設に反対する集会が同日に東京で開かれ、約2万8千人が国会を包囲したと報じた。
 米ロイター通信は、『沖縄は日本で唯一、第2次大戦の地上戦を経験した地であり、現在も数万人の米兵や軍関係者が駐留する事実に多くの県民が憤りを感じている』と伝えた上で、米軍用機による騒音や基地による環境汚染、犯罪などが住民の生活に影響を与えているなどと報じた。米海兵隊基地を擁するカリフォルニア州サンディエゴの地元テレビ局も同通信社のニュースを映像とともに放映した。
 仏AFP通信は、参加者の多くが沖縄の島を象徴する青色を身にまとい、『沖縄の意思に従え』『新基地ノー』などのプラカードを手にし、埋め立て反対を訴えたと説明。『東京は同盟国との重要な安全保障の維持には熱心だが、沖縄では70年余におよぶ米軍の存在に対する不満が蔓延(まんえん)している』などと伝えた。」、と伝えた。


 以下、沖縄タイムスの引用。





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by asyagi-df-2014 | 2016-02-24 09:20 | 沖縄から | Comments(0)

ハンセン病-家族集団提訴を考える。

 毎日新聞は、2016年2月16日、家族集団訴訟について、「患者本人同様、深刻な差別を受け続けたことを知ってほしい−−。ハンセン病元患者の家族59人が15日、初の集団国家賠償訴訟を起こした。元患者への賠償を命じた熊本地裁判決(2001年確定)の後も顧みられることがなかった家族の被害。損害賠償請求期限の20年を目前にして、ようやく重い口を開き、尊厳の回復に向けて立ち上がった。」、と報じた。
 実名を公表した原告・原田信子さんの「ずっと小さくなって生きてきたが、これからは隠れず生きていきたい」という次の声を伝えた。まさに、この声がこの訴訟の意味なのである。


「『幸せだと思ったことはあまりなかった。泣いていることが多かったから』。72年間の人生を振り返る。あえて実名を出して臨んだ提訴後の記者会見。涙ぐみながらも、こう訴えた。『裁判を通じて小さい頃から差別と偏見を受けてきたことを知ってほしい。ずっと小さくなって生きてきたが、これからは隠れず生きていきたい』」


 また、毎日新聞は、提訴後の原告・弁護団の記者会見での弁護団の徳田靖之共同代表の訴えを次のように伝えた。


「被告は国だが、問われるべきは誰なのかを皆さんと一緒に考えたい」
「01年の熊本地裁判決で国は断罪されたが、裁かれていないのは私たちの社会。それは法律家、医学界、マスコミ、教育界、そして地域の人たち。この裁判で裁かれるべきは私たち一人一人ではないか」


 徳田弁護士は、「『産んでくれた親を憎んだり、疎ましいと思うほど深刻な被害はない。そういう被害を明らかにすることで家族が被害から解放され、乗り越えていけるように多くの方に裁判へ参加してほしい』と呼びかけた。」。

 この集団訴訟について、各地方紙が社説で取りあげた。
 その見出しは、次のものである。
1.南日本新聞社説-[ハンセン病訴訟] 社会の差別も問われる-
2.西日本新聞社説-ハンセン病救済 国の幕引きは許されない-
3.京都新聞社説-ハンセン病提訴  家族にも被害、救済急げ-
4.信濃毎日新聞社説-ハンセン病訴訟 家族の苦しみに向き合う-

 この集団訴訟について、この社説で考える。
(1)集団提訴の意味
1.南日本新聞社説
 国のハンセン病強制隔離政策によって患者本人だけでなく、家族も深刻な偏見や差別を受けたとして、鹿児島県などに住む元患者の家族59人が、国に謝罪と損害賠償を求め熊本地裁に提訴した。家族の集団訴訟は初めてである。
2.西日本新聞社説
①ハンセン病の隔離政策はまさに「誤った国策」だった。にもかかわらず、その救済はいまだ不十分と言わざるを得ない。積み残された重い課題に社会全体が向き合うことを求める提訴でもある。
②元患者の家族らが国に謝罪と損害賠償を求める初の集団訴訟を熊本地裁に起こした。隔離政策による差別や偏見の被害は患者本人だけでなく、子どもやきょうだい、配偶者にも及んだ-との主張だ。
③ハンセン病関連の被害は「人権を根こそぎ奪う」という言葉で表現されることがある。患者は強制的に療養所へ収容され、家族も日常生活に加えて教育、就職、結婚など人生のあらゆる場面で過酷な差別にさらされたからだ。
④さらに悲劇的なのは、患者となった肉親を憎んだり、恨んだりして家族そのものが崩壊に至ったケースも少なくないとされる点だ。基本的に元患者本人を補償対象としている現行制度は、被害の全面的な救済につながらないことは明らかだといえるだろう。
3.京都新聞社説                                
①国によるハンセン病強制隔離政策のため、患者本人だけでなく家族も深刻な偏見や差別を受けたとして、元患者の家族59人が国に謝罪と損害賠償を求める訴訟を熊本地裁に起こした。家族の被害をめぐる集団訴訟は初めてという。
②これまでの補償金はあくまで患者本人に対するもので、遺族に相続権はあるが、家族自身の被害に対するものではない。今回の提訴で、原告は隔離政策で助長された偏見、差別を受け、結婚や就職などの際、患者の家族であることを隠して生きざるをえなかったなどと訴えている。
4.信濃毎日新聞社説
①家族の被害をめぐっての集団訴訟は初めてである。弁護団が全国から原告を募り、今回の熊本地裁への提訴には59人が加わった。3月に予定する第2陣を含め原告は100人を超す見込みだ。
②戦前に始まった強制隔離政策は戦後も維持され、1996年に「らい予防法」が廃止されるまで続いた。元患者への賠償を国に命じる熊本地裁判決が2001年に確定し、元患者と遺族には一時金が支給されている。09年に施行されたハンセン病問題基本法は、元患者の生活保障や名誉回復措置を国に義務づけた。ただどちらも、家族の被害は救済の対象になっていない。
(2)主張
1.南日本新聞社説
①悲劇の背景にあったのが国の強制隔離政策である。
②原告59人は国に約3億5000万円の賠償を求めた。その大半は匿名で裁判に臨まなければならなかった。国は差別を恐れる現実に目を向け、救済を急ぐべきだ。
③問われているのは国だけではない。過酷な政策を許し、差別に加担してきた私たちの社会そのものでもあろう。
④国の政策とはいえ、強制隔離に関わった保健所を所管する都道府県や、警察などもあらためて反省する機会としたい。
⑤鹿児島県内では、星塚敬愛園と奄美和光園に計190人の元患者が暮らす。全国では計1622人で、平均年齢は84.3歳という。子どもやきょうだいらが救済されるのか。静かに見守っている。
2.西日本新聞社説
①今回の原告は37~92歳の59人で来月には第2陣が提訴し、全国から参加する原告総数は100人を超える見通しという。それでも事実を隠し、声を潜めて生きる人々の一部にすぎない。それだけ根の深い偏見が依然、この社会に残っていることを直視すべきだ。
②原告たちがこの時期に提訴へ踏み切った理由は何か。それは隔離政策の根拠だった「らい予防法」廃止から3月末で20年となり、民法の規定で損害賠償請求権が消滅するためだ。このままでは国にハンセン病問題の幕引きを許してしまいかねないとの危機感がある。
③厚生労働省は補償金を受け取れる元患者が期限内に手続きを行えるよう都道府県に周知徹底を要請した。元患者すらまだ受給していない人が多数いるという。とても幕引きなどできる状態ではない。
④国は今回の提訴による司法判断を待つまでもなく、ハンセン病被害救済を総合的に見直すべきだ。名乗り出ることすらできない被害者に救いの手が届くよう、社会全体の問題として考えていきたい。
3.京都新聞社説                                
①国の誤った政策が被害を拡大させた結果といえよう。早急に救済策を検討しなければならない。
②「らい予防法」廃止から今年3月末で20年となり、民法の規定で損害賠償請求権が消滅することから、厚生労働省は期限内に請求手続きをとるよう、対象者に呼びかけている。しかし、療養所への非入所者を中心にまだ請求していない人が多数いるとみられ、偏見や差別の根深さをうかがわせる。
③家族が、患者と同様に受けてきた長い苦しみを考えれば、国は補償に踏み切るべきだ。
④ハンセン病をめぐる人権問題は過去のものではない。今なお続く重い課題であることを、あらためて確認しておきたい。
4.信濃毎日新聞社説
①ハンセン病の元患者の家族たちが国に賠償と謝罪を求める訴訟を起こした。長年にわたる強制隔離政策などによって、患者本人だけでなく家族もまた、根深い差別や偏見にさらされてきた。その苦しみに正面から向き合う司法判断を求めたい。
②結婚、就職をはじめさまざまな面で、家族は理不尽な仕打ちを受けてきた。周囲の目を恐れて、今も名乗り出ることをためらう人は多い。原告になった人も、大半が名前や顔を出せずにいる。その現実を重く受け止めたい。
③予防法の廃止から20年になる。弁護団などの支援で声を上げることができた人たちの背後に、なお表に出られない多くの家族の存在がある。原告に限らず、家族の被害回復に向け、国は施策や制度の整備に踏み出すべきだ。
④国の責任とともに忘れてはならないことがある。かつて患者を療養所に送り込んだ「無らい県運動」は住民の協力なしには進まなかった。隔離政策が戦後も50年以上にわたって続いたのは、社会の大多数の人々の無関心や暗黙の了解があったからにほかならない。
⑤それをどう克服していくか。つらい体験を語る声に向き合い、社会全体で考える必要がある。それぞれが自らの問題と受け止め、少数者を排除しない地域、社会をつくるための行動につなげたい。


 この裁判の目的は、患者家族が、「産んでくれた親を憎んだり、疎ましいと思うほど深刻な被害はない。そういう被害を明らかにすることで家族が被害から解放され、乗り越えていける」ためであることを、まず最初に理解しなければならない。
 そして、このことを本当に意味で達成させるためには、「01年の熊本地裁判決で国は断罪されたが、裁かれていないのは私たちの社会。それは法律家、医学界、マスコミ、教育界、そして地域の人たち。この裁判で裁かれるべきは私たち一人一人ではないか」(徳田弁護士)、ということを私たち自身に、刻み込まなければならない。


 以下、毎日新聞、南日本新聞、西日本新聞、京都新聞、信濃毎日新聞の引用。






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by asyagi-df-2014 | 2016-02-24 06:30 | ハンセン病 | Comments(0)

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