2015年 12月 28日 ( 1 )

原発問題-福井地裁林潤裁判長の仮処分取り消し決定を考える。

高浜原発3・4号機は2015年4月14日、福井地方裁判所の樋口英明裁判長、原島麻由裁判官、三宅由子裁判官による運転差止仮処分命令が発令されていましたが、2015年12月24日、同裁判所の林潤裁判長、山口敦士裁判官、中村修輔裁判官により仮処分命令は取り消されました。  

 今回の判決での最大の問題点は、「3.11」をもたらした「安全神話」に埋没する役割を果たしてきた「伊方原発最高裁判決」の「高度で最新の科学的、技術的、総合的な判断が必要で、行政側の合理的な判断に委だねられている」という考え方を、踏襲させてしまったということである。
 したがって、この決定について各紙は、「逆回転が加速し始めたということか。」(東京新聞)、「まるで福島原発事故以前の司法に逆戻りしたかのようだ。」(朝日新聞)、「国民が心配するのは根拠の乏しい『安全神話』復活である。それを阻止できるのは司法しかない。」(神戸新聞)、「原発訴訟では、もっぱら行政判断の合理性に重点を置いて審査された結果、これまでほぼすべてで国や電力会社側が勝訴してきた。そうした司法の『前提』は、福島第1原発事故後、根拠無き原発安全神話を補強する側面を担ってきたというほかない。」(沖縄タイムス)、と厳しく指摘した。伝えた。
 「3.11」を克服するために、それ以後の原発のあり方は、少なくとも「安全神話」の否定が出発点であったはずであった。樋口判決は、まさしくこのことを実践したのであった。
 このことについても、「司法の判断が分かれた意味は重い。」(京都新聞)、「『絶対的安全性は存在しない』『過酷事故の可能性が全く否定されるものではない』と国や電力側に重層的な対策を求めた。重い言葉だが、同時に、裁判所は原発の安全性を担保する立場にないことを浮き彫りにしている。」(福井新聞)と、評している。


 いずれにしろ、このこ判決を受けた段階で言えるのは、「国も福井県も関電も、急ぐべきは再稼働ではなく、脱原発への道筋を描くことだと肝に銘じなければならない。4年9カ月が過ぎてなお収束のめどが立たない東京電力福島第1原発事故から、決して目を背けてはならない。」(愛媛新聞)、ということである。また、「政府も電力会社も、これらの問題点を置き去りにしたまま再稼働に突き進むことは許されない。」(朝日新聞)、ということでもある。


 このことについて、考えるために、各新聞の社説等を掲載する。
 2015年12月25日及び26日の各新聞社社説等の見出しは次のものである。

①河北新報社説- 高浜原発再稼働へ/安全のお墨付きではない
②中日新聞社説-大飯・高浜原発 安全は“神話”のままだ
③福井新聞論説-地裁、高浜再稼働容認 さらに安全対策を高めよ
④京都新聞社説-高浜原発異議審  再稼働の免罪符でない
⑤神戸新聞社説-高浜原発/割れる判断に事の重大性
⑥愛媛新聞社説-高浜原発の再稼働容認 地裁決定を「お墨付き」にするな
⑦沖縄タイムス社説-[高浜原発再稼働容認]行政を追認する決定だ
⑧朝日新聞社説-高浜原発訴訟 司法の役割はどこへ
⑨毎日新聞社説-高浜で逆転決定 絶対安全の保証でない
⑩東京新聞社説-大飯・高浜原発 安全は“神話”のままだ
⑪読売新聞社説-高浜再稼働へ 「差し止め」覆す合理的決定だ


 このところのいつも通りの主張である。
 読売の過ぎた政府・電力会社寄りの姿勢と、「司法の役割はどこへ」に類似したといった多くの批判的記事との違いが、際立つこのところのいつも通りの主張の一覧となっている。
 この主張を見てみる。


①河北新報社説
・政府や電力会社など推進側は、描いてきたシナリオの破綻が回避され、他原発でも再稼働の流れが加速すると歓迎しているが、今回の決定は安全のお墨付きではない。ましてや原発への不安や不信を取り払うものになり得ないことを肝に銘ずる必要がある。
・政府が「原子力規制委員会が適合と判断すれば再稼働を進める」との姿勢を決め込み、一方で規制委が「新基準適合と安全はイコールではない」と言い続ける構図は変わりがない。
・民意は「福島事故後は万が一の判断を避けることは許されない」と指摘した4月の仮処分決定の判断にこそ近いと言えるのではないか。
 仮処分の判断を不規則と片付けず、万が一の危険に謙虚に向き合い、前がかりに陥ることなく慎重に事を進める出発点にすべきだろう。
・エネルギー基本計画に定めた原発依存度低減の道筋を早期に示すことをはじめ、原発の不信や不透明感に応える第一の責任は政府にある。
 避難計画への関与や国民理解の促進で政府の責任が明確化された、と受け止める向きもあるようだが、まだまだ不十分と言わざるを得ない。
②中日新聞社説
・福井地裁(林潤裁判長)は、関西電力高浜原発3、4号機の再稼働を差し止めた4月の仮処分決定を取り消した。地裁判断を不服として異議を申し立てた関電側の主張を全面的に受け入れた形だ。原発訴訟における司法の流れからすれば、ある程度予想された決定ではあるが、そのことで周辺住民らの事故不安が払拭(ふっしょく)されるものではない。
・裁判所は事業者の取った対策が「新規制基準に適合する」という規制委の判断を「合理的」としただけだ。規制委自身が何度も表明しているように、その判断は「安全」を保証するものではない。今回の福井地裁も「過酷事故の可能性がまったく否定されたものではない」と、はっきり述べているではないか。
・安全性も責任の所在もあいまいなまま、再稼働へひた走る。その状況が何も変わっていないということを、忘れてはならない。
③福井新聞論説
・地裁判断を不服として異議を申し立てた関電側の主張を全面的に受け入れた形だ。原発訴訟における司法の流れからすれば、ある程度予想された決定ではあるが、そのことで周辺住民らの事故不安が払拭(ふっしょく)されるものではない。
・今回は同じ地裁で真逆の判断である。林裁判長は「周辺住民の人格権が侵害される具体的な危険性はない」と認定した。国のエネルギー政策に重要な原発の安全性の判断を、同じ下級審で変えられたのでは司法への信頼が揺らがないか。
・林裁判長は福島原発事故の教訓を踏まえ「絶対的安全性は存在しない」「過酷事故の可能性が全く否定されるものではない」と国や電力側に重層的な対策を求めた。重い言葉だが、同時に、裁判所は原発の安全性を担保する立場にないことを浮き彫りにしている。
④京都新聞社説
・司法の判断が分かれた意味は重い。福島第1原発事故を経験した日本が、国民の安全をどのように確保するかがあらためて問われている。再稼働への免罪符を得たわけではない。
・再稼働への同意権は福井県の立地自治体にしかなく、過酷事故が発生すれば重大な影響を受ける京都府、滋賀県にはない。福井、京都、滋賀3府県の避難計画にもさまざまな課題が残っており、国民の理解は決して深まっていない。国と関電は再稼働を急ぐべきではない。
⑤神戸新聞社説
・国民が心配するのは根拠の乏しい「安全神話」復活である。それを阻止できるのは司法しかない。
・住民の生命・健康を守る問題にコミットとしないと宣言する規制委でよいのか。同じ地裁の判断が真っ二つに割れるのは、それだけ再稼働に多くの問題を残すということだろう。高浜3、4号機の再稼働を急ぐことより残された課題の解決が先だ。
⑥愛媛新聞社説
・地裁決定の前に政府は要求に応じるとし、同意の舞台を整えた形だ。関電も周辺自治体の理解取り付けに奔走した。地裁決定前のこうした用意周到な再稼働への段取りは、司法軽視であり、看過できない。
・国も福井県も関電も、急ぐべきは再稼働ではなく、脱原発への道筋を描くことだと肝に銘じなければならない。4年9カ月が過ぎてなお収束のめどが立たない東京電力福島第1原発事故から、決して目を背けてはならない。
⑦沖縄タイムス社説
・原発の再稼働は、行政手続き上も、作業上も複雑で長い工程が必要だ。差し止め決定後も、関電は高浜原発の再稼働に向けた作業を着々と進めてきた。そうしたさなかの仮処分取り消しは、司法もまた、再稼働に向けた「手続き」の一つにすぎないことを示しているかのようだ。
・原発訴訟では、もっぱら行政判断の合理性に重点を置いて審査された結果、これまでほぼすべてで国や電力会社側が勝訴してきた。そうした司法の「前提」は、福島第1原発事故後、根拠無き原発安全神話を補強する側面を担ってきたというほかない。
・今決定は、画期的な前回決定から先祖返りした。決定文は司法審査の在り方について「新規制基準の内容や、規制委による新規制基準への適合性判断が合理的かどうか、という観点から判断すべきだ」としており、原発事故の反省は全く生かされていない。
・司法こそ、国民や専門家の声にもっと耳を傾けるべきである。
⑧朝日新聞社説
・まるで福島原発事故以前の司法に逆戻りしたかのようだ。
・関電は高浜の2基の再稼働が1日遅れるごとに、約4億円の経済的損失が出ると主張してきた。「司法のストッパー」が外れたことで、再稼働へ向けた手続きが加速する。だが、原発には国民の厳しい視線が注がれていることを忘れてはならない。
・福井県に多くの原発が集まる集中立地のリスクについても、議論は不十分だ。政府も電力会社も、これらの問題点を置き去りにしたまま再稼働に突き進むことは許されない。
⑨毎日新聞社説
・今回の福井地裁決定は「過酷事故が起こる可能性が全く否定されるものではない」とも述べ、国や電力会社に避難計画を含めた重層的な対策を求めた。そうした対策を取らない限り再稼働はできないはずだ。
⑩東京新聞社説
・逆回転が加速し始めたということか。「原発ゼロ」の歯止めが、また一つ外された。最大の争点は、3・11後に定められた原子力規制委員会の新たな規制基準を、原発再稼働の“お墨付き”とするか、しないかだ。規制委は二月、高浜原発3、4号機を新規制基準に適合しているとした。それを受け、関電は再稼働の準備に着手。しかし、福井地裁は四月、「新規制基準は合理性を欠く」として、周辺住民が求めた再稼働差し止めを認める決定を下していた。新規制基準の効力に根本的な疑問を投げかけたのだ。関電の不服申し立てを受けた福井地裁は、その決定を百八十度覆したことになる。
⑪読売新聞社説
・専門性が極めて高い原子力発電所の安全審査について、行政の裁量を尊重した妥当な決定だ。
・関電は25日、3号機への核燃料挿入を始めた。来年2月までに2基を順次、再稼働させるという。安全確保を最優先し、着実に準備を進めてもらいたい。
・3、4号機は今年2月、東京電力福島第一原発の事故後に厳格化された新規制基準に基づく安全審査に合格した。ところが、4月に福井地裁の当時の樋口英明裁判長が「新基準は緩やかに過ぎる」と独善的な見解を示し、再稼働を差し止めた。「ゼロリスク」に固執した不合理な決定だったと言うほかない。


 以下、各新聞の社説等の引用。(また、ちょっと長いです)





More
by asyagi-df-2014 | 2015-12-28 06:17 | 書くことから-原発 | Comments(0)

壊される前に考えること。そして、新しい地平へ。「交流地帯」からの再出発。


by あしゃぎの人
画像一覧