2015年 10月 23日 ( 1 )

沖縄から-三上智恵の沖縄〈辺野古・高江〉撮影日記第33回

沖縄の地で、体を張って新しい歴史を作ろうとしている人たちがいる。
そこには、その煌めきの記録を残そうとしているジャーナリストがいる。
だとしたら、その生きざまの瞬間を私たちは受け取る必要がある。
三上知恵の沖縄撮影日記。

 
 今回の報告は、「2015年10月13日は、沖縄県の歴史に残る日になった。」、で始まる。
 私たちはこの日をどのように迎えることができたのか。
 せめて、三上さんの伝える2015年10月13日を感じ取ろう。


 三上さんは、この日を、次のように写し取った。


 去年の11月、翁長知事を知事に選出してからおよそ1年。当選後はすぐにでも辺野古埋め立てを撤回、または取り消して欲しいと現場は期待した。しかし第三者委員会を立ち上げて慎重な上にも慎重な検討を重ねていった翁長知事。その手法に焦燥感を募らせた人も多かった。それでも、政府を動かすために島ぐるみで積み上げ、作り上げていった一体感に水を差すことはすまいと、お互いに立場の違う県民同士がずいぶん辛抱をしあってきたと思う。疑心暗鬼に陥りそうになる仲間を交互になだめながら、新たな信頼や連帯を構築しつつ、県民も鍛えられていった期間だった。そして一日千秋の思いで待っていた沖縄県としての「取り消し」だから、今後やってくる嵐はさておき現場は躍り上がるほどの喜びを爆発させた。


 また、こんなふうにも描く。


 ヒロジさんはこの日を迎えた心情をこう表現した。
 「これからやってくる怒濤のような嵐に立ち向かっていこうというふうに、沖縄がここまで団結したことはない。わたしは今この歴史のなかに生きていることを喜びとします。明日私の命を取るなら取れ! しかし今日ここにいて、ここで叫んで、歴史を開く、未来を開くという決意は変わらない。その喜びを毎日嚙み締めながら生きていきたい。生きたい。みなさん。是非、感激と感動と誇りを持って立ち向かっていきましょう」

 明日、命が費えるとしても、今日ここで叫び、未来を開くという決意は変わらない。6カ月もベッドの上に縛られ、たくさんの管を入れられて身動きもできない中で、生きたい、現場に立って叫びたい、せめて最後の日まで、歴史の中に生きた感触を体中にみなぎらせて、喜びとして嚙み締めたい、そう強く強く願って現場に戻った彼の言葉から、私たちはこの闘争の意味も、生きるという行為そのもののダイナミズムも教わっていく。

 なんという場なんだろう。自分の命の先にあるものたちへ繫いでいく大切なもの。その形を確かに見た気がした。それは、みんなで丸い虹を見たような体験だった。美しい虹の本来の姿、なかなか実像を結ばない「理想」の純然たる形を目の当たりにしたら、みんなで喜び溢れてそこに向かって歩いて行くことになるだろう。そんな丸い虹を天空に浮かび上がらせる力のあるリーダーが、翁長知事を始め、ヒロジさんももちろん、この島にはわんさかいるのだ。


 最後に、こんな言葉で終える。


 中谷防衛大臣は言う。「知事による埋立て承認の取り消しは違法である」。政治家の言葉は重く、灰色だ。彼らは丸い虹を見たことがあるのだろうか。数年や数カ月間だけ大臣など要職につく政治家たちと、島の歴史から未来まで、先祖から子孫までを見据えて今この瞬間に責任を果たそうとする島人と、どちらのパワーが本物なのか。この島が包含するエネルギーは、消して侮れない。何度も天空に丸い虹を映し出し、後生の先祖も揺り起こして共に島の未来に生きる子どもたちに繋がる道を笑って進もうというものたちを、誰もとめることはできないだろう。


 私たちは、ともに、丸い虹を見たい。

 以下、三上智恵の沖縄〈辺野古・高江〉撮影日記第33回の引用。






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by asyagi-df-2014 | 2015-10-23 05:34 | 沖縄から | Comments(0)

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