2015年 09月 26日 ( 2 )

報道写真家の福島菊次郎さんが死去。

 報道写真家の福島菊次郎さんが、亡くなった。
 毎日新聞は、2015年9月25日、「福島菊次郎さん94歳=反骨の報道写真家」の訃報として、次のように掲載した。


訃報:福島菊次郎さん94歳=反骨の報道写真家
 広島の被爆者や公害、原発事故などを通して「戦後日本」「権力」を問い続けた反骨の報道写真家、福島菊次郎(ふくしま・きくじろう)さんが24日、脳梗塞(こうそく)のため死去した。94歳だった。本人の遺志で葬儀は行わない。
 山口県下松(くだまつ)市生まれ。戦時中は広島の部隊にいたが、原爆投下時は宮崎にいたため被爆を免れた。復員後、郷里の下松で時計店を営みながら写真撮影を独学し広島に通い、激痛に苦しむ被爆者の姿などを撮った写真集「ピカドン ある原爆被災者の記録」を1960年に発表し、日本写真批評家協会賞特別賞を受賞した。
 61年に上京し、プロの写真家となり学生運動や三里塚闘争、公害などを題材にした写真を総合雑誌に発表。82年、郷里近くの無人島へ移住。88年、がんで胃の3分の2を摘出しながら、昭和が終わった89年から「戦争責任展」「写真で見る日本の戦後展」を全国各地で開催。執筆活動も始め、2003年から「写らなかった戦後」シリーズを出版した。
 90歳となった11年、東日本大震災と福島第1原発事故を機に「広島と同じ過ちが繰り返される」との思いにかられ、福島などで被災農民らを撮影した。


 生前、講演会で一度だけお会いすることができた覚えがある。
 2013年の 『証言と遺言』デイズ ジャパン と、那須圭子さんの『My Private Fukushima―報道写真家 福島菊次郎とゆく』 が、私の福島さんとの最後の出会いになった。
 「反骨」という言葉そのものの人生ではなかったか。
 あらためて、瞑目。


by asyagi-df-2014 | 2015-09-26 08:58 | 書くことから-いろいろ | Comments(0)

沖縄から-辺野古の抗議行動を基地内から撮影した動画が投稿された。その説明文には「Monkeys」。

 あまりににもあきれさせられることである。
 この場合の「Monkeys」は、人種差別用語である。


 辺野古の抗議行動を基地内から撮影した動画が投稿され、その説明文に「Monkeys」と書かれていたことについて、沖縄タイムスは2015年9月25日、「沖縄県名護市辺野古の新基地建設への反対運動が米軍キャンプ・シュワブ内とみられる場所から撮影され、動画投稿サイト『ユーチューブ』で公開されていることが23日、分かった。抗議する市民が特定できる状態で写っており、池宮城紀夫弁護士は『個人のプライバシーや肖像権の侵害に当たる可能性がある』と問題視している。」、と報じた。
 また、このことについて、「米海兵隊は24日、『米軍人・軍属が基地内外で公衆の出来事を撮影することへの規制はない。ユーチューブを利用することも認められている』とし、問題視しない考えを示した。沖縄タイムスの質問に答えた。」、と米軍側の考えを伝えた。
 あわせて、これまでの経過として「3月にも表面化 当時の高官更迭」と、「辺野古新基地建設への抗議行動を基地内から撮影したとみられる映像が、動画投稿サイト『ユーチューブ』で公開された事例は、今年3月にも表面化した。この動画には、2月に沖縄平和運動センターの山城博治議長らがシュワブ敷地内に侵入したとして、米軍の警備員に身柄拘束される様子が映っていた。海兵隊は、動画が内部映像と認めた上で、サイトへの流出を『不適切に公表された』と説明。責任を取る形でロバート・エルドリッジ政務外交部次長(当時)が更迭された。」、と報じた。

 以下、沖縄タイムスの引用。






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by asyagi-df-2014 | 2015-09-26 05:27 | 沖縄から | Comments(0)

壊される前に考えること。そして、新しい地平へ。「交流地帯」からの再出発。


by あしゃぎの人
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