2015年 09月 17日 ( 2 )

沖縄から-三上智恵の沖縄〈辺野古・高江〉撮影日記第31回

 沖縄の地で、体を張って新しい歴史を作ろうとしている人たちがいる。
 そこには、その煌めきの記録を残そうとしているジャーナリストがいる。
だとしたら、その生きざまの瞬間を私たちは受け取る必要がある。
三上知恵の沖縄撮影日記。

 
 今回の報告では、日本本土の者達に今こそ動く時ではないかと問いかける。次のように。


「辺野古では海を分断するウキがまた姿を現し、桟橋の設置も進み、大型車両の夜明けの搬入も続いている。でもゲート前は夜中でも工事車両を阻止すると士気は高い。翁長知事の取り消しを表明した同時刻、座りこみテントは大きな歓声と拍手にわいた。
 これからの工事強行、そして訴訟と発展していけば沖縄は厳しい日々が続くだろう。知事がどこまで反対を堅持し、建設阻止まで粘れるか。知事だけではなく彼を支える沖縄県民の覚悟が問われている。
 しかし今、本当に問われるべきは沖縄なのだろうか。覚悟もしないままに今崖っぷちにいるのは、民主主義国家に生き、平和を享受しているつもりでいる本土の人たちではないのか。一都道府県にだけ民主主義を認めず、自分たちの代表である政府が沖縄の民意をひねり潰していくのをただ眺めている国民の手の中にある民主主義など、もう腐敗した土くれと同様だ。沖縄を黙殺することで自分と大事なモノだけが守れる仕組みを維持できると本気で考えているとしたら、みんなで泥舟に乗ったまま沈没する道しか残されていない。」


 確かに、問われているのは、本土の人間だ。
 苦悩の日々を背負わされるのは、沖縄人だけではない。
 今、ほくそ笑んでいるものや思案顔でいる者達に取ってこそ、崖っぷちに立たされているのだ。

 三上さんの紹介する琉球新報の社説は、真実を突いて心を揺さぶる。


 「これは単なる基地の問題ではない。沖縄が、ひたすら政府の命ずるままの奴隷のごとき存在なのか、自己決定権と人権を持つ存在なのかを決める、尊厳を懸けた闘いなのである。」


 何と、すべてを紐解く道標ではないか。

 三上さんは、こうも記す。


「前の知事が承認したことについて意見を求められると『あの承認が官邸の錦の御旗となっていることを思うと胸が掻きむしられるような気持ちだ』と心情を吐露しつつも、『同じウチナーンチュがやったことだ。反省から一緒になって沖縄の未来に責任が取れるよう沖縄に誇りが持てるようにしていきたい』と付け加えた。私は目頭が熱くなった。沖縄の歴代のリーダー達の苦しみをよく知る翁長知事ならではの言葉だ。いわゆる『植民地エリート』が宗主国からアメとムチで手なずけられ、自分の故郷やその仲間を売ってしまう。そんな構図の中でリーダー達は苦しみ、宗主国は『君たちのリーダーがいいと言ったんだ。恨むならリーダーを恨むんだね』とほくそ笑む。」

「2013年末、当時の仲井真知事を都内の病院に入院させ、そこから抜け出す形で密会を重ねた末『辺野古埋立てを承認します』と公約と真逆のことを知事に言わせた政府。あれこそが植民地エリートを人形のように操る宗主国の残酷な行いではなかったか。だからこそ前知事を責める気持ちではなく、『掻きむしられる』ように辛かったのだし、『反省から、一緒に誇りが持てるように』と、今後も共に進む仲間なんだと捉える翁長知事のこの言葉を私は誇りに思う。
 これは人の失敗や苦しさを自分の内臓の痛みとして感じる『肝苦りさ(チムグリサ)』の発想である。まさに革新や保守やイデオロギーではない、沖縄県民の肝心(チムグクル・真心)で語れるリーダーだから、みんなで支えようと一つにまとまることができたのだ。その翁長知事が沖縄の団結を呼びかけた。意気に感じる県民は多いだろう。」


 こんな沖縄人の思いに、繋がりたいと思う。

 以下、三上智恵の沖縄〈辺野古・高江〉撮影日記第31回の引用。




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by asyagi-df-2014 | 2015-09-17 15:05 | 沖縄から | Comments(0)

魂に刻み込め。「安保関連法案」反対。

 2015年9月16日から17日未明にかけての「安保関連法案」をめぐる市民の怒りの声を、朝日新聞は2015年9月17日は「、採決に向けた大詰めの委員会質疑が迫る国会前に、深夜まで多くの市民が集まり、抗議の声をあげた。閣議決定から4カ月。この間、違憲性が問われ続けた安全保障関連法案をめぐり、与野党の溝は埋まらぬまま。議論は尽くされたのか。市民は口々に訴えた。」「法案の採決に反対する人たちは16日夜も東京・永田町の国会前に集まった。主催者発表で参加者は約3万5千人。歩道は身動きできないほどに混雑。土砂降りの雨の中、ずぶぬれになった市民たちが声を上げた。その一部は午前1時を過ぎても『廃案、廃案』『強行やめろ』とコールを続けた。」と、報じた。
 また、市民の怒りの声を、次のように描写した。


「参議院別館ロビーでは、特別委の傍聴を予定する人たちが待機した。都内の大学生、田中美知生さん(23)は『自分たちの時代に起きていることを間近で見て肌で知りたいと思って来た』。キャンセル待ちの傍聴券を握りしめ、『議論がかみ合わないまま採決するのはまずい』。」
「田中さんと一緒にいた友人の大学生、菅谷仁志さん(22)は、傍聴券を手に入れられなかった。大学で政治や政策について学び、審議の進め方に疑問を抱く。「『分と反対の意見や、少数者の意見を採り入れるのが民主主義のはず』と話した。」
「千葉県松戸市から傍聴に来た無職男性(63)は『法案を何としても通したくないと思い、いてもたってもいられず来た』。政府・与党の発言に憤る。法案を『違憲』と指摘した憲法学者に対し『学者は字面に拘泥する』と言った与党議員。中東・ホルムズ海峡の機雷除去についての答弁も揺れた。男性は言う。『政権そのものも法案自体も欺瞞(ぎまん)に満ちている』」
「抗議活動のために設けられたステージ周辺では、休憩を繰り返しながら続く参院特別委理事会の様子が、スピーチに立つ主催者側や国会議員から報告されていた。学生団体『SEALDs』の奥田愛基さん(23)は『なんか採決しようとしていますけど、どこみて政治やってるんですか。おかしいですよ。国会にいる政治家のみなさん、俺たちずっと見てますよ』と訴えた。」
「8月に高校生が主催したデモに初めて参加。LINEで友人に写真を送ると、『すごいね』『デモは周りの人に迷惑だよ』と様々な反応だった。2年後に選挙権を持つ。『法案が成立すれば、時の政府の解釈で武力が使えるようになる。ちゃんと政府を監視し続ける』と話した。」
「東京都文京区の会社員戸田裕美さん(42)は、歩道で7歳の双子の娘と『9条壊すな』と書かれたプラカードを掲げた。法案が採決されるかもしれない節目に、反対の声を上げる人たちの姿を娘に見て欲しいと思ったからだ。何より不信感を持つのは、政府の姿勢だ。『「国民の声を無視しているとしか思えない』」


 そうなのだ。安部晋三政権のあり方は、「政権そのものも法案自体も欺瞞(ぎまん)に満ちている。」でしかない。そんな政権が無理やり通そうとしている「安保関連法案」に理そのものがあるはずがない。

 以下、朝日新聞の引用。




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by asyagi-df-2014 | 2015-09-17 09:27 | 書くことから-憲法 | Comments(0)

壊される前に考えること。そして、新しい地平へ。「交流地帯」からの再出発。


by あしゃぎの人
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