2015年 07月 19日 ( 3 )

沖縄から-第三者委員会検証結果(3)

 沖縄和タイムスは2015年7月17日、【深堀り】で「『ただ法廷闘争』に至っても、県側に有利な判断が下される保証はない。知事側近は『国から莫大(ばくだい)な損害賠償を求められるリスクがある』と指摘。別の幹部は『報告書が指摘した点は、どれも法的な瑕疵とするには弱い』と打ち明けた。」と、伝えた。
 また、「とはいえ、日米で合意した辺野古移設計画を見直す動きは見られない。官邸関係者は仲井真弘多前知事の埋め立て承認に関し『審査に約9カ月かけ、県と防衛省が何度も協議している。手続きに瑕疵はない』と自信を見せる。一方、自民党関係者は、米映画テーマパーク『ユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)』の沖縄誘致などで県が政府に協力を仰ぐ場面が増えると読む。『翁長氏もこぶしを振り上げにくいのではないか』と歩み寄りに期待を示した。」との記事を載せた。

 沖縄タイムスは7月17日の社説で次のように考え方を主張した。
(報告書の意義)
 弁護士や大学教授ら6人の有識者が、政治的な要素は抜きに、法律的な側面から理を尽くして報告書をまとめた意味は大きい。
(報告書の論点)
(1)委員会が、そもそもの問題として挙げたのは辺野古の「埋め立ては必要か」という点だ。つまり、「なぜ辺野古なのか」「なぜ県外ではないのか」の詳しい説明はない。県の頭越しに現行案を決め「唯一の選択肢」と繰り返すだけ。そこに委員会が言う「合理的な疑い」が生じている。
(2)報告書は公有水面埋立法で埋め立ての免許基準とされる「環境保全への十分な配慮」「埋め立てが国や地方公共団体の計画に違背していない」についても、法的瑕疵を指摘している。委員会が重く見たのは、生物多様性の豊かさと独自の生態系が守られるのかといった環境面の課題である。
(3)辺野古ありきの国の姿勢とその政治的圧力に、県の承認判断がゆがめられた可能性がある。
(沖縄タイムスの主張)
 県に求めたいのは承認取り消し後、国が工事を強行した時の具体的な対抗策だ。「法治国家」を強調する国には、示された「法的瑕疵」に真摯(しんし)に向き合ってもらいたい。

 あわせて、琉球タイムス7月17日の社説で次のように考え方を主張した。
(報告書の意味)
委員は弁護士や環境の専門家だ。
その有識者が1月の委員会発足以来、6カ月もかけて慎重かつ多角的に検証した結果である。翁長雄志知事が言葉通り、報告を「最大限尊重」すれば、やはり承認は取り消すしかない。
(報告書の論点)
(1)公有水面埋立法は環境保全に「十分配慮」することを要件とする。新基地の環境保全措置は、日本政府が示すものの、実際に守るかどうかは米軍次第である。第三者委がこの点を踏まえ、「保全策が適正に講じられたとは言い難く、十分とも認め難い」と指摘したのは納得がいく。実はこの点は、基地をめぐる最も本質的な指摘である。
(2)そもそも埋立法は「埋め立ての必要性」が前提だ。ジョセフ・ナイ元米国防次官補ら多数の米側専門家は、海兵隊が豪州や本国に撤退しても問題ないと述べている。第三者委が言うように「必要性」に「合理的な疑いがある」のは明らかだ。
(3)在沖米軍が「環境保全策」をほごにした例は枚挙にいとまがない。普天間基地の飛行経路は逸脱が常態化している。オスプレイは日米合意に反して市街地をヘリモードで飛び、高度も守っていないことは自治体の調査で証明済みだ。嘉手納と普天間の両基地は日米合意で夜間・未明は飛行しないはずだが、未明に100デシベル以上の殺人的爆音が響くのもたびたびだ。
(琉球新報の主張)
菅義偉官房長官は早速、「法治国家であり、工事を進める」と述べた。笑止千万だ。知事が承認を取り消せば移設作業は法的根拠を失う。「法治国家」なら、直ちに作業を中止するしかないはずだ。

 沖縄タイムスの「知事側近は『国から莫大(ばくだい)な損害賠償を求められるリスクがある』と指摘。別の幹部は『報告書が指摘した点は、どれも法的な瑕疵とするには弱い』と打ち明けた。」の記事は、これまでの日本政府のやり方を振り返れば、「さもありなん」と言うしかない。
 しかし、今までのこうしたあり方を否定しなければ未来を創造することはできないというのも、これまでの歴史からの厳しい結果である。
 問題は、その方向性を沖縄だけに依存するのではなく、自らの闘いにすることである。

 以下、沖縄タイムスの引用。






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by asyagi-df-2014 | 2015-07-19 15:03 | 沖縄から | Comments(0)

沖縄から-第三者委員会検証結果(2)

 2015年7月16日の第三者委員会の検証結果を翁長沖縄県知事がどのように扱うのかについて、沖縄タイムスは2015年7月17日、「翁長雄志知事は今後、職権で埋め立て承認の取り消しに踏み切るとみられる。最終的に、県と国の対立は法廷に持ち込まれる可能性が高く、三つのケースが想定される。」と、報じた。
 沖縄タイムスが指摘する三つのコースを要約すると次のようになる。
(ケース1)
 一つ目は、知事が沖縄防衛局に出した作業停止指示に似たケースで、最も可能性が高い。承認取り消しとなると、防衛局は適法に工事ができなくなるため、これを免れようと、行政不服審査法に基づき、取り消しの執行停止や審査請求を国土交通相に求めることになる。
(ケース2)
 第二は、防衛局が地方自治法に基づく「代執行」などに突き進むことになる。
(ケース3)
 第三に、可能性が低いとみられるが、防衛局が県の承認取り消しの取り消しを求める訴訟を起こすことになる。

 最も可能性が高いとされる「ケース1」については、「審査法は国民の救済が目的なので、国は『民間の一事業者』の立場をとることになる。請求と審査双方が国の機関で第三者の視点が入らず、防衛局に有利な裁決が出る公算が高い。沖縄弁護士会の新垣勉弁護士は、国が民間の立場をとった場合『知事が公有水面埋立法32条に基づいて工事の停止などを防衛局に求めることができる』とみる。国の主張を逆手にとった権限行使の余地が生まれるとし『国にとってもろ刃の剣だ』と言う。」と、解説する。

 「ケース2」については、「防衛局が地方自治法に基づく『代執行』などに突き進むケース。行政機関同士の争いの場合、この手続きを踏むのが一般的だ。県や防衛局が請求すれば、国・地方係争処理委員会や裁判所など、第三者の判断が示される。」と、説明。

 「ケース3」については、「この場合、国に県の取り消し処分によって、契約破棄など侵害される『法律上の利益』が存在するかが焦点となる。』と、説明。

 今後、知事による「埋め立て承認の取り消し」に注視していきたい。

 以下、沖縄タイムスの引用。





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by asyagi-df-2014 | 2015-07-19 10:20 | 沖縄から | Comments(0)

本からのもの-データで読む 沖縄の基地負担

著書名;データで読む 沖縄の基地負担
著作者;沖縄探検社編
出版社;沖縄探検社

 安保関連法案の強行採決を始め、沖縄の基地問題をあらためて確認する必要があると考えさせられる状況が緊迫化してきている。
 最近では、「構造的沖縄差別」という認識のもとに、確かに沖縄を捉えることができる。
 例えばそれは、「『構造的沖縄差別』に即していえば、日本、米国、沖縄、基地など様々な要素が織りなす構造において、沖縄への基地押しつけを中心とする差別的仕組みは、日米安保体制維持のための不可欠の要素とされてきた。そしてそれは、時の経過とともに、『沖縄の米軍基地に対する存在の当然視』という思考停止を生んだ。」という新崎盛暉の現状認識を、沖縄のデータで、裏付けるということでもある。

 本土の人間が知ろうとしない沖縄の実態の一つ。
 この本の「第2章 減らない騒音被害」で、次のように告発する。
「2006(平成18)年5月には、嘉手納基地に駐留する戦闘機訓練を本土へ分散移転する在日米軍再編最終報告書に合意。・・・しかし、訓練の県外移転が実施されても、それ以上に外来機がやってきているのである。冷戦終結後、軍事予算を削減するために米国内の基地が次々と閉鎖され、そのしわ寄せで嘉手納基地が利用されていると指摘する識者もいる。」
 
 その実態は、「『沖縄の負担軽減』を目的として、普天間基地に駐留するKC130空中給油機全15機を岩国基地へ移駐したと米海兵隊は同年8月26日、発表したが、わずか2日後の8月28日には、KC130が普天間基地に飛来した。」ということに過ぎない。
 いやむしろ、「沖縄の負担軽減」によって、沖縄の基地被害は拡大している。

 特に、「沖縄は基地で潤ったか」、「海兵隊の移転」ということについて、取りあげる。
「沖縄は基地で潤ったか」について、逆に、「普天間基地の県内移転を含め、沖縄県内に米軍基地が集中することをやむなしとの見方もある。主な理由の一つとして沖縄が基地によって潤っていることが挙げられる、本等だろうか」と、問題提起する。
 
 「沖縄は基地で潤ったか」について、次のように押さえる。
「沖縄が本土に復帰した1972(昭和47)年度から2010(平成22)年度まで国が投下した沖縄関係予算を集計した結果、その総計は15兆8000億円となった。この額は、同じ時期における国の一般会計予算額総計2469兆9000億円0.6%にすぎない。沖縄県が全国に占める割合は人口が1.0%、面積が0.6%であることを考慮すれば、決して財政的に優遇されているとはいえない。国家予算に占める沖縄関係予算の割合は基地関係費用を除くと、さらに0.4%に下がる。」

「財政の膨張は、復帰による沖縄経済の変化の最大のものであり、かつ他の諸側面の変化を促した最大の要因である。しかしながら、このことをもって復帰後の沖縄が国から特別に大きな財政的援助を受けているかのように論ずることはできない。これは第1に、決して他府県に比べて突出した額ではないし、したがって第2に、復帰前すなわち米軍占領下における琉球政府財政が、需要に対していかに貧弱であったかを示すものにほかならない」(沖縄国際大学教授だった来間泰男氏の指摘)

「基地関連予算も沖縄を潤しているとは言いがたいのが現状である、沖縄タイムス2011(平成23)年6月15日、16日の記事によれば、近年、米軍の建設関連工事発注額は年間700億円から800億円といわれるが、県内企業による受注総額は10~15%程度にとどまり、ほとんどが少額工事。過去10年間で総額655億円に上がった嘉手納基地の住宅改修工事では、受注額の96%を本土企業がしめた。」

 こうした問題の根底には、「県内企業の受注にとって壁となっているのが、ボンド(履行保証)制度」がある。
 これは、「米国内法では、連邦政府の10万ドル以上の工事について、入札金額と同額の履行保証保険(契約が履行されない場合、保険会社が入札金額と同額の補償金を支払う)証書を提示することを請負業者に義務づける、ボンドが可能かどうかが業者選定の基準になっている。」ことから、沖縄の企業にとっては、「本土企業に比べ資金力の乏しい県内企業は数十億円のボンドはほとんど不可能」ということになることを示している。
 結局、「2003(平成15)年ごろまでは発注額が20億円未満だったため、県内企業も落札可能だったが、2004(平成16)年ごろから発注額が100億円前後に跳ね上がったため、入札さへ参加できない。結局、県内の企業がかかわれるのは下請や孫請けとしてである。しかし、単価は安く『骨と皮だけで身がない』。割に合わないと途中でやめる企業もあるという」というのが、沖縄の実際の姿である。
 これでは、沖縄が基地で潤っているとは、到底言えない。

 次に、「海兵隊の移転」については、次のように説明する。
まず、「注目したいのは、海兵隊は米国本土から直接ではなく日本本土から移転した点である。」と、指摘する。また、この背景には、「本土の反基地運動があるとみられる。」とする。
「本土から米軍地上部隊が撤退」し、「なぜ海兵隊が沖縄に移転した.こと」については、次のように記述する。

「反基地・反原水爆運動の広がりは、日米安保体制そのものを揺るがしかねないという危惧が日米両政府に湧き上がり、日本本土の米軍基地は縮小に向かっていった。1957(昭和32)年、岸信介首相が米国を訪問した際、陸軍と海兵隊を合わせた地上部隊を1958(昭和33)年中に日本から撤退させることを日米共同声明で発表した。一方、沖縄政策について新たな展開は見られなかった。」
 この間の実情、政府が考えていた沖縄感そのものを、「実際問題についてみても、いま施政権の一部を返してもらって軍政と分かれるわけにもいかないし、日本に返したからといって非常によくなるとは自信を持って言いきれない」という岸首相の本音が物語っている。このことは、日本の政権主体がずっと持ち続けてきた考え方であった。

 「本土から米軍地上部隊が撤退」したのかについて、次のように説明する。

「日本本土は東アジアの軍事拠点として制限が多いことから、自由に使える基地沖縄は手放せない。日本政府側からすれば、沖縄の施政権を米国に渡したままにすれば、核兵器の受入など軍備の増強を求める米国の圧力を和らげられる、という論理である。日米首脳会談後、本土の在日米軍基地が大幅に縮減される一方、沖縄では海兵隊基地の建設やナイキミサイル配備など基地強化が進められ、両者の違いが一層鮮明になった。」

 また、「なぜ海兵隊が沖縄に移転したか」について、次のように説明する。

「1950年代後半、海兵隊が移駐を開始すると、沖縄において海兵隊が管理する施設は拡大していき、1975(昭和50)年、沖縄全体の総括権も陸軍から海兵隊に移管された。現在、沖縄の最大部隊は海兵隊である。」

「なぜ海兵隊が本土から沖縄へ移ったのか。明確な理由を示した米軍関係文書は見つかっていないが、沖縄の法が配備しやすかったというのが専門家の見方のようだ。項目『本土における反基地闘争のうねり』で見たように、駐留米軍に対する反発はかってないほど高まっていた。朝鮮戦争によって、後方支援基地として②本の価値を再確認したがゆえに、地上軍を配備し住民の反発や関係悪化を招くことは避けたいと考え、当時は米軍が統治し司令官の判断ひとつで決定・実施できる沖縄を配備先として選んだとみられる。簡単にいえば、つくりやすいところにつくたったということである。」

 結論として、沖縄の米軍基地は、「つくりやすいところにつくたった」もののであるということ。
 この理屈からするならば、沖縄の米軍基地をなくすことについて、自己決定権という概念から、沖縄県の「理」が通ることは当たり前のことである。
 もちろん、辺野古新基地建設など到底許されるものではない。


by asyagi-df-2014 | 2015-07-19 05:40 | 本等からのもの | Comments(0)

壊される前に考えること。そして、新しい地平へ。「交流地帯」からの再出発。


by あしゃぎの人
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