2015年 06月 30日 ( 4 )

沖縄から-「言論の自由は住民と新聞が一緒に、一歩ずつ、勝ち取ってきた」

本日(6月30日)、一日遅れで沖縄タイムスが届いた。
 いつも思うのだが、確かに電子版は主要記事を把握するのには、早いかもしれないが、新聞そのものの面白さは、本紙を見ながら面白い探すことに尽きるような気がする。
 この29日付けの沖縄タイムスの「大弦小弦」は、読んで納得し、これは広める必要があるなと感じた記事でした。
 そこに書き込まれていたのは、「言論の自由は住民と新聞が一緒に、一歩ずつ、勝ち取ってきた」という新聞人としての矜恃でした。
 
 「大弦小弦」は、静かに始める。
「新聞は県民の声でできている。『2紙をつぶすというのは民意をつぶすのと同じだ』。こちらが圧倒されるくらい怒ってくれる人がいる。ライバルの2紙が異例の共同抗議声明を出したのも、個々の会社ではなく県民全体への侮辱だからだ」
 「大弦小弦」は、沖縄の新聞の成り立ちをこう説明する。
「沖縄本島では戦後、10以上の新聞が生まれた。支配者である米軍の側に立つ新聞もあって、今の2紙が残った。つぶすかどうかは、権力者ではなく住民が決める」
 「大弦小弦」は、今の新聞のあり方についても話す。
「2紙の創刊時は米軍が検閲し、紙の供給も握っていた。当初、論調は遠慮がちだった。だが、事件・事故に怒る住民に背中を押され、不条理を告発できるようになった。言論の自由が、憲法と共に天から降ってきた本土とは違う。住民と新聞が一緒に、一歩ずつ、勝ち取ってきた」
 「大弦小弦」は、だから、沖縄の新聞はこう考えているのだと。
 「事件・事故などの基地被害は、思想信条で我慢できるものではない。拒否するのは生活者として当たり前だ。『沖縄の世論はゆがみ、左翼勢力に完全に乗っ取られている』と中傷した自民党の長尾敬衆院議員は、県連や支持者にも唾したに等しい 」
 「大弦小弦」は、じっくり話しかける。
 「沖縄が思うままにならないからと、いら立ちをぶつけても逆効果でしかない。新聞も県民も変わらない。なぜ同じ愚を繰り返すのだろう。」

 以下、沖縄タイムスの引用。






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by asyagi-df-2014 | 2015-06-30 17:40 | 沖縄から | Comments(0)

「DHCスラップ訴訟」

澤藤統一郎弁護士が、スラップ訴訟の当事者になっていることを初めて知りました。
 これまでも、スラップ訴訟については、気がつけば取りあげたきた経過があります。
 この「DHCスラップ訴訟」について、「被告本人意見陳述」を澤藤統一郎の憲法日記ブログから抜粋します。

①「カネをもつ者が、そのカネにものを言わせて、自分への批判の言論を封じようという濫訴が『スラップ訴訟』です。はからずも、私が典型的なスラップ訴訟の被告とされたのです。

②2013年4月1日に自前のブログを開設し毎日連続更新を宣言して連載を始めたもので、昨日で連続更新記録は821日となりました。公権力や社会的強者に対する批判の視点で貫かれています。そのような私の視界に、「DHC8億円裏金事件」が飛び込んできたのです。

③2014年3月に「週刊新潮」誌上での吉田嘉明手記が話題となる以前は、私はDHCや原告吉田への個人的関心はまったくなく、訴状で問題とされた3本のブログは、いずれも純粋に政治資金規正のあり方と規制緩和問題の両面からの問題提起として執筆したものです。公共的なテーマについての、公益目的でのブログ記事であることに、一点の疑義もありません。

④「『DHCスラップ訴訟』を許さない」シリーズの連載です。昨日までで46回書き連ねたことになります。原告吉田は、このうちの2本の記事が名誉毀損になるとして、請求原因を追加し、それまでの2000万円の請求を6000万円に拡張しました。この金額の積み上げ方それ自体が、本件提訴の目的が恫喝による言論妨害であって、提訴がスラップであることを自ら証明したに等しいと考えざるを得ません。

⑤原告吉田嘉明の週刊新潮手記が発表されると、渡辺喜美だけでなく原告吉田側をも批判する論評は私だけでなく数多くありました。原告吉田はその内の10件を選び、ほぼ同時期に、削除を求める事前折衝もしないまま、闇雲に訴訟を提起しました。明らかに、高額請求訴訟の提起という恫喝によって、批判の言論を委縮させ封じこめようという意図をもってのことというべきです。

⑥その判決において、仮にもし私のこのブログによる言論について、いささかでも違法の要素ありと判断されるようなことがあれば、およそ政治に対する批判の言論は成り立たなくなります。原告吉田を模倣した、本件のごときスラップ訴訟が乱発され、社会的な強者が自分に対する批判を嫌っての濫訴が横行する事態を招くことになるでしょう。そのとき、市民の言論は萎縮し、権力者や経済的強者への断固たる批判の言論は、後退を余儀なくされるでしょう。そのことは、権力と経済力が社会を恣に支配することを意味します。言論の自由と、言論の自由に支えられた民主主義政治の危機というほかはありません。
 
 この「DHCスラップ訴訟」に注視していきます。

 以下、澤藤統一郎の憲法日記の引用。




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by asyagi-df-2014 | 2015-06-30 17:32 | 書くことから-いろいろ | Comments(0)

国連人権理事会でIMADRが「沖縄の自己決定権を尊重するよう」求める声明の発表

琉球新報は2015年6月29日、その社説で、「国連との特別協議資格を持つ国際人権非政府組織の反差別国際運動(IMADR)が国連人権理事会で『沖縄県民の人権が辺野古新基地建設計画によって脅威にさらされていることを懸念する』と訴え『沖縄の自己決定権を尊重するよう』求める声明を発表した。」と、報じた。
 このIMADRは、「声明を出したIMADRは世界中のあらゆる差別の撤廃を目指して活動しており、辺野古新基地建設阻止を目的に活動する『沖縄建白書を実現し未来を拓く島ぐるみ会議』が団体会員となっている。」と、説明されている。
 琉球新報は、「国連の国際人権規約の第1条にはこう書かれている。『全ての人民は自決の権利を有する』。日本も1979年に条約を批准している。沖縄の自己決定権を尊重するならば、辺野古移設を断念するしかない。それこそが国家として条約履行の義務を果たすことになるはずだ。」と、主張する。

 沖縄の不条理な状況を世界に届ける取り組みが必要である。

 このまっとうな沖縄の地元紙の記事は、確かに、安倍晋三政権にとっては、気にかかってしょうがないものであろう。
 昨年の7月1日の閣議決定についても、「憲法クーデター」と断定した社説を掲載した。
 琉球新報は、沖縄タイムスも含めて、極めて論理的な記事づくりを使命としている。
 むしろ、その存在価値を賭けた闘いをしているようでさへある。

 以下、琉球新報の引用。




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by asyagi-df-2014 | 2015-06-30 09:05 | 沖縄から | Comments(0)

本からのもの-「慰安婦」問題と戦時性暴力

著書名;「慰安婦」問題と戦時性暴力
著作者;高良沙哉
出版社;法律文化社


 高良紗哉の力作である。
 全体をこのくくりで書くことは充分にはできない。
 ここでは、「第3章『慰安婦』訴訟」からだけを、少し抜粋する。

 高良は、「慰安婦」訴訟の意義について、「重要なことは、裁判における被害事実の認定から、第二次世界大戦中の日本軍による性暴力の様子が、明らかになったことである。」と、説く。
 高良は、訴訟によって確定された「慰安婦」制度について、「『慰安婦』制度は、日本の公娼制度を基礎として、現地女性の強姦防止や、軍人の性病罹患による兵力減退の防止、軍人のストレスや不満の解消などの目的の下に、日本軍によって計画され、管理され、遂行された組織的性暴力のシステムであった。」と、する。
 また、その特徴について、「『慰安所』の管理や設備等に違いがあったとしても、軍隊の方針として、軍人の『慰安』のために、女性を一定期間監禁し、繰り返し繰り返し、性行為を強制する、日本軍『慰安婦』制度の特徴があらわれている。」と、説明する。
さらに、「慰安所」の外における性暴力を「性的拷問」と位置づけ、「女性たちは、『女性である』という理由で、『性』に対する執拗な拷問を受け、名誉を毀損するような性的拷問やその羞恥心や自尊心を貶める精神的虐待や、家族や妊婦の虐殺を目撃させられて、精神的ショックを受けるなど、精神的、身体的、性的拷問を受けた。」と、押さえる。
 そして、日本軍に特徴的であったのは、「『慰安所』の存在が、『慰安所』外での大量強姦を誘発し、促進したことである。『慰安所』内で培われた、異民族女性に対する差別と、暴力的な性行為の容認は、『慰安所』の外での異民族女性に対する、残虐な大量強姦を許容し、促進することにつながった。」と、指摘する。
 高良は、この間の「慰安婦」訴訟の意義について、「日本軍『慰安婦』訴訟において明らかになった被害の実態は、『慰安所』内の性暴力と、それと密接に関係する『慰安所』外の性暴力、軍隊の組織的、構造的暴力の実態を明らかにする点で、意義あるものであったといえる。」と、まとめる。
 もちろん、この訴訟における課題、例えば「除斥期間」の問題点等についてもきちんと押さえ、「訴訟は、女性たちが敗訴したまま、一応の区切りを迎え、その後も日本政府による被害救済は進んでいない」と、きちっと結んでいる。

 高良は、女性国際戦犯法廷(以下、「民衆法廷」とする)についても詳細に触れる。ここではいくつかのことについて抜粋する。
 高良は、「慰安婦」の募集について、この「民衆法廷」で認定されたことについて、次のようにまとめた。
①「軍慰安所従業婦等募集に関する件」(1938年3月4日)等の証拠に基づいて、「慰安婦」募集についての日本軍の責任を認定した。
②台湾軍司令官安藤利吉から陸軍大臣東条英機に宛てられた電報、「台電第602号」(1942年3月12日)によって、安藤利吉と東条英機が、直接ないし間接的に関与したこと、そして業者の選定に憲兵が関与していたことを認定した。
③連合国による報告書、アメリカ戦時情報局心理作戦班「日本人捕虜尋問報告第49号」(1944年11月30日)および、東南アジア翻訳尋問センター「心理戦尋問報告第2号」(1944年11月30日)に基づいて、日本軍が性奴隷制の設置と運営に直接、間接的に関与したことが裏づけられるとして、東京裁判当時、連合国側が「慰安婦」制度に関する証拠をすでに得ていたと認定した。また、連合国の報告書は、日本軍が「慰安所」の利用規則を詳細に定めていたことも報告しており、これに基づき日本軍が、性奴隷制度の設置と運営に直接的、間接的に関与したと認定した。
 高良は、「民主法廷」が、「『慰安所』が『政府の最高レベルの許可』に基づく、日本軍将兵が利用するための『性奴隷施設』であったと認定した。」と、する。
 また、その設置目標について、「民主法廷」は、「『慰安所』の設置の主要な目的の1つは、現地女性の強姦を抑止することだった、しかし、『慰安所』は、むしろ『性暴力が容認される軍事的文化を反映かつ強化し、外界からより見えにくい形で性奴隷制度を制度化』した。性奴隷制の制度化は、『秘密裏に行われるか、性病を避ける事前策がとられた場合の強姦は容認され、奨励すらされる』ことを軍人たちに知らせることになった。当時の日本軍の関心事は、部隊に『慰安婦』を『適切に』【供給】し、『慰安婦』の出身地域や国際社会の『敵対的な反応を避ける』ことにあった。」と、した。

 こうして高良の本を振り返ってみると、なぜこの本を今選んだのかが分かる。
 「民主法廷」(2001年12月4日)の判決から、すでに14年の月日が経過しているにもかかわらず、日本という国が、この判決内容を活かしてないことに改めて気づかされる。 むしろ、状況は、悪くなっている。

 こうした時期に、もう一度きちっとこの問題を振り返るためには、最良の本の一つである。


by asyagi-df-2014 | 2015-06-30 05:44 | 本等からのもの | Comments(0)

壊される前に考えること。そして、新しい地平へ。「交流地帯」からの再出発。


by あしゃぎの人
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