2015年 06月 28日 ( 3 )

論理・理屈でものを考える人達に政治を託したい。

 明日の自由を守る若手弁護士の会は、そのブログで、「論理・理屈でものを考える人達に政治を託したい。そんなことも叶わないこの国に未来はあるのでしょうか。」と、言います。 

安倍晋三政権の非論理性は、際立っている。

 以下、明日の自由を守る若手弁護士の会のブログの引用。


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by asyagi-df-2014 | 2015-06-28 11:48 | 書くことから-憲法

表現の自由、報道の自由を否定する暴挙むしろ私たちが愚弄されているのだ。

 「ハッキリ言ってしまえば、傲慢、以外の何物でもないかと思います。」
 この言葉が、すべてを説明する。
 明日の自由を守る上糧弁護士会ブログは、このように続ける。
 「このような勉強会が開かれ、あからさまな発言があるのは、 裏を返せば、それだけ国民がナメられている、ということでは ないでしょうか。そういうこと言っちゃっても人気は落ちないしー、と思っているから、 言えるのですよね。国民を愚弄するのも、たいがいにしてほしいと思います。」

 今回のこの動きを論理的に判断するために、琉球新報と沖縄タイムスの共同抗議声明を引く。
 両社は、その問題点を次のように挙げる
①百田尚樹氏の「沖縄の2つの新聞はつぶさないといけない」という発言は、政権の意に沿わない報道は許さないという”言論弾圧”の発想そのものであり、民主主義の根幹である表現の自由、報道の自由を否定する暴論にほかならない。
②むしろ出席した議員側が沖縄の地元紙への批判を展開し、百田氏の発言を引き出している。その経緯も含め、看過できるものではない。
③「(米軍普天間飛行場は)もともと田んぼの中にあった。基地の周りに行けば商売になるということで人が住みだした」とも述べた。戦前の宜野湾村役場は現在の滑走路近くにあり、琉球王国以来、地域の中心地だった。沖縄の基地問題をめぐる最たる誤解が自民党内で振りまかれたことは重大だ。その訂正も求めたい。
 この暴挙に対して両者は次のように主張する。
①戦後、沖縄の新聞は戦争に加担した新聞人の反省から出発した。戦争につながるような報道は二度としないという考えが、報道姿勢のベースにある。
②政府に批判的な報道は、権力監視の役割を担うメディアにとって当然であり、批判的な報道ができる社会こそが健全だと考える。にもかかわらず、批判的だからつぶすべきだ―という短絡的な発想は極めて危険である。
③沖縄の2つの新聞に限らず、いずれ全国のマスコミに向けられる恐れのある危険きわまりないものだと思う
 この上で、両社は、「沖縄タイムス・琉球新報は、今後も言論の自由、表現の自由を弾圧するかのような動きには断固として反対する。」と抗議した。

 また、新聞労連もその声明の中で、次のように指摘する
 「安全保障関連法案(戦争法案)を批判する報道に関し、出席した議員から『マスコミを懲らしめるには広告料収入をなくせばいい。文化人が経団連に働き掛けてほしい』」との発言もあったとされる。報道の自由を侵害しているという自覚がないとすれば、憲法軽視も甚だしく、立憲主義国家の国会議員としての識見が問われかねない。」

 この問題は、安倍晋三政権の政治的手法がもたらしたものである。
 まさしく強圧的で国民を愚弄するものでしかない。

 以下、共同抗議声明、新聞労連声明及び若手弁護士の会ブログの引用。




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by asyagi-df-2014 | 2015-06-28 09:38 | 書くことから-憲法 | Comments(0)

沖縄から-三上智恵の沖縄〈辺野古・高江〉撮影日記第26回

 沖縄の地で、体を張って新しい歴史を作ろうとしている人たちがいる。
 そこには、その煌めきの記録を残そうとしているジャーナリストがいる。
だとしたら、その生きざまの瞬間を私たちは受け取る必要がある。

三上知恵の沖縄撮影日記。
 
  今回の報告は、「戦没者の祭壇に向かい、あれ程おざなりに頭を下げた人物が歴代総理の中にいただろうか。1秒も留まらずにフイっと振り返り、席に戻った安倍総理。」で、始まる。
 また、「沖縄の慰霊の集いは何もここだけではない。県が把握しているだけでなんと全島で440もの慰霊碑があり、その数だけ手を合わせる場所がある。島々全体でどれだけ多くの地獄があったのかを物語る数である。」とも。
 さらに、沖縄本島北部に住む14歳から18歳の少年たちを山岳地帯に潜ませてゲリラ戦を闘わせた秘密部隊「護郷隊」のことを語る。

「故郷の山々に潜んで米軍と戦っていた兄。山を下りれば母や弟がいるという状況で闘った少年兵がこの国にいたことを、どれだけの国民が知っているだろうか。14、15歳でも、家族や故郷を守りたい必死の気持ちで、背丈より長い銃を背負って野山を這いずり回り、死んでいったのだ。護郷の名のもとに、故郷を守りたいという少年の気持ちを利用したこの秘密作戦は明らかに人権に反する行為であり、日本の戦史に類例はないと思う。闇に葬り去ることは絶対に許さないし、その戦争責任は追及するとしても、私はこの歌にあるように、地上戦だったからこそ味わうことになる『70年の悲劇』をここで全国の人に問いたい。」と。

 「国の安全のために、真っ先に捨て石になってしまったこの島で、再び『国防上の重要拠点だ』として軍港と弾薬庫と滑走路が一体になった出撃基地が造られようとしている。集団的自衛権を行使する国になるのなら、間違いなくここは標的だ。それが国の言うように『普天間基地の代替施設』などではなかったことは、もう沖縄県民にはとっくにバレてしまっているのだ。例年、この日は慰霊碑に手を合わせて『戦争のない平和』を漠然と祈る人が多かったが、今年は各地で『基地を押し返して平和な島にしますから、力を下さい』『沖縄の闘いを見ていて下さい』という生き残ったものとその子孫の覚悟が語られていた。戦後70年目の慰霊の日は、かつてない決意に満ちた日になったようだ。」

 この三上の言葉を、どう受け取ることができるか。

 以下、三上智恵の沖縄〈辺野古・高江〉撮影日記の引用。




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by asyagi-df-2014 | 2015-06-28 06:15 | 沖縄から | Comments(0)

壊される前に考えること。そして、新しい地平へ。「交流地帯」からの再出発。


by あしゃぎの人
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