2015年 04月 25日 ( 1 )

鹿児島地方裁判所川内原発第1号機、2号機再稼働差止仮処分決定に強く抗議する

2015年4月22日の脱原発弁護団全国連絡会の抗議声明を基に、この鹿児島地方裁判所の判断を考える。
 最も愁眉なのは、この抗議声明の中でも、指摘している次の事項である。


「本決定は、その結論において、不可解な判示を行っている。住民の訴えを却下する判断を示した後に、『地震や火山活動等の自然現象も十分に解明されているものではなく、債務者や原子力規制委員会が前提としている地震や火山活動に対する理解が実態とかい離している可能性が全くないとは言い切れないし、確率論的安全評価の手法にも不確定な要素が含まれていることは否定できないのであって、債権者らが主張するように更に厳しい基準で原子炉施設の安全性を審査すべきであるという考え方も成り立ち得ないものではない。したがって、今後、原子炉施設について更に厳しい安全性を求めるという社会的合意が形成されたと認められる場合においては、そうした安全性のレベルを基に周辺住民の人格的利益の侵害又はそのおそれの有無を判断すべきこととなるものと考えられる。』としているのである。
 自らの判断に対する自信のなさを、これほどあからさまに表現した決定があっただろうか。しかし、裁判所はこのような薄弱な根拠で川内原発の再稼働を認めてしまったのである。このような判示は裁判官の責任逃れのための言い訳と気休めというべきものであり、事故防止のためには何の役にも立たないだろう。川内原発の再稼働によって、次なる過酷事故が発生した場合には、電力会社や国だけでなく、裁判官もまた同罪であるといわなければならない。」


 確かに、この「今後、原子炉施設について更に厳しい安全性を求めるという社会的合意が形成されたと認められる場合においては、そうした安全性のレベルを基に周辺住民の人格的利益の侵害又はそのおそれの有無を判断すべきこととなるものと考えられる。」という裁判官の判断は、「3.11」を正当に理解した上でのものではないし、まさしく逃げでしかない。
 川内原発の再稼働によって過酷事故が発生した場合には、「電力会社や国だけでなく、裁判官もまた同罪であるといわなければならない。」という次元で許される問題ではない。

 やはり、川内原発をはじめとするすべての原発の再稼働をさせてはいけない。

 以下、 脱原発弁護団全国連絡会の抗議声明の引用。






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by asyagi-df-2014 | 2015-04-25 06:20 | 書くことから-原発 | Comments(0)

壊される前に考えること。そして、新しい地平へ。「交流地帯」からの再出発。


by あしゃぎの人
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