2015年 03月 12日 ( 1 )

「2011.3.11」を考える。(1)

 東日本大震災、福島原発震災の次の事実が実態である。

・総務省消防庁 2015年3月1日現在資料
○死者=19,225人
○行方不明=2,614人
○負傷者=6,219人
○住宅全壊=127,830件
・復興庁 2015年2月12日現在資料
○避難先での生活を余儀なくされている人=22万8,863人
・内閣府 2015年1月現在資料
○仮設住宅への入居者=8万2,985人
○みなし仮設入居者=11万6,712人

 この事実を基に、各新聞社の2015年3月11日を中心とした社説から、その意見を主観的に抜粋しまとめてみた。
 「2011.3.11」を考えるための一つの方法として。

(1)復興政策とそのあり方をどのように捉えるか。
①北海道新聞
 東日本大震災から丸4年の日を迎えた。
 地震や津波で約1万6千人が犠牲となり、約2500人がなお行方不明だ。23万人近くが避難し、自宅に帰れないでいる。
 「未曽有の大災害」の爪痕はいまでも生々しい。
 まちの再建が活発になってきた被災地もある。だがほとんどは将来が見えず、苦悩を深めている。
 気になるのは政府が「自立」の名の下に徐々に復興政策を縮小させようとしていることである。
 いまはまだその時期ではない。復興の遅れは政府の責任が大きい。安倍晋三首相をはじめ国が十分な支援を確約すべきだ。
 この状況で支援を打ち切れば、復興は立ちゆかなくなる。
 必要な予算が途切れることがあってはならない。実質的に全額国費で事業を進める集中復興期間の体制は維持すべきだ。
 被災者が安心できる日まで支援の手を緩めるわけにはいかない。それを実践するのは与野党の垣根を越えた政治全体の責任である。
②河北新報
 被災者を置き去りにして、耳に心地いい掛け声だけが一人歩きする事態は戒めなければならない。「創造的復興」は、象徴的な一例だろう
 万里の長城にも例えられた巨大防潮堤への過信は、それを上回る大津波への油断を生んだ。とすれば、重視すべきは自然の驚異をはね返すというより、受け流す発想ではなかったか。再びの巨大防潮堤建設と減災思想に、整合性は見いだし難い。
 誰もがあの時、ここで変わらなければ未来はない、と胸に刻んだはずだ。
 巨額予算を奇貨として「夢の未来都市」を造ることだけが復興ではあるまい。
③京都新聞
 国が総額26兆円を投じる「集中復興期間」は15年度で終わる。自治体は延長を求めるが、政府は16年度からの5年間を「後期復興期間(仮称)」とし、自立を促すために事業を絞り込み、自治体の一部負担も検討する。
④朝日新聞
 戻らないことが故郷との絶縁を意味するわけではない。
 江東区の仮住まいから夫婦で参加した女性(42)は、津波で家を失ったこともあって「もう浪江には戻らない」と決めている。それでも、タブレットを通じて町の様子や知り合いの近況が知りたいという。
 あなたにとって町は? そう問うと、しばらく考えてから、
こう答えた。「生まれ育った景色、近所の人との関係、自分の日常、中心にあるもの。別の土地に移り住んだとしても、ずっと関わっていたい」
 復興は、町村を元の姿にもどすことではない。
 日本学術会議が昨年9月に発表した提言は、一つのヒントになるだろう。
 帰還か移住かの選択肢に加えて「避難継続」という第三の道を用意し、「二重の住民登録」制度の導入を検討するよう言及したのだ。
 早くから二重住民登録の必要性を提唱してきた福島大学の今井照教授によれば、国土のすべてがどこかの自治体に属し、市町村が土地の線引きによって人を管理するようになったのは明治以降だという。
 「もともとは人の集合体が村の原点。飢饉(ききん)などがあると土地を移動した」。土地に縛られない、つながり重視の発想だ。
⑤毎日新聞
 復興で生活再建の比重が増すと、行政だけで対応しきれない課題もこれからは増えてくる。
 安定した雇用の確保が生活安定のカギを握る。公共事業を中心とする復興需要はあと数年で必ず終わりが訪れる。付け焼き刃でない持続可能な地域づくりが問われている。
 復興の道は長く険しい。それでもかつて多くの人がボランティアとして現地で復旧作業に参加したように国民一人一人が被災地に関心を持ち続け、できる限りの協力を惜しまないことが自立への大きな力となるはずだ。4回目の「3・11」にあたり、その思いを共有したい。
(2)福島「原発震災」とどのように向き合うか。
 秋田魁震央は、きちっと「原発震災」と定義していた。
①河北新報
 福島第1原発の事故で首都圏を含む東日本は、壊滅の一歩手前まで追い詰められた。日本はいつの間にか、経済効率を人命の上に置く社会になっていた。がむしゃらに原発の再稼働を急ぎ、あまつさえ有望な輸出産業として売り込む政策は、災後の時代精神から大きく懸け離れているようにみえる。
②秋田魁新報
 福島原発では、地震・津波被害に原発事故が重なって被害が増幅する「原発震災」を世界で初めて経験した。この事故は発生から4年たつにもかかわらず、一向に収束できそうにない。大量の汚染水は処理のめどが立たず、その先にある廃炉作業も難航することは必至だ。
 原発震災がもたらした大きな変化の一つは節電意識の定着である。大量に電気を使い続ける生活に人々が疑問を持つようになったのだ。その結果、昨年は震災後初めて原発稼働ゼロで電力需要の多い夏を乗り切り、今冬もゼロで過ごせそうだ。
 しかし政府は「原発回帰」の動きを強め、再稼働に向けた準備が進んでいる。原発震災の過酷さと約12万人に上る福島の避難者の厳しい現実を一体どう考えているのだろうか。
③徳島新聞
 東日本大震災の復興に大きな影を落としているのが、東京電力福島第1原発事故だ。
 事故発生から4年がたつのに、高濃度汚染水の処理などの問題が続発し、周辺住民は不安にさいなまれている。国や東電は原発事故の処理に全力を挙げなければならない。
 炉心溶融(メルトダウン)が起きた1~3号機では、溶融燃料の取り出しが最大のネックである。いまだに溶融燃料の位置や状態さえ、はっきりと分からないのだ
 さらに東電は先月、2号機原子炉建屋の屋上から高濃度の放射性物質を含む雨水が、外洋に流出していた事実を明らかにした。
 新たな問題が浮上するたびに、住民が不信感を募らせるのは当然だ。東電には適切な情報開示を求める。
 風評被害をどのように払拭するか、政府が関係者とともに知恵を絞ることが大切だ。
 放射線の健康への影響も気に掛かる。原発事故当時18歳以下の福島県内全ての子どもを対象に放射線の影響を調べる甲状腺検査は、1巡目で約30万人が受診。昨年末時点でがんが「確定」したのは86人で、「疑い」は23人に上る。
 子どもを抱える家庭の悩みはとりわけ深い。国や県は健康管理に格段の配慮をしてほしい。
 政府は原発の再稼働に前のめりにならず、事故の処理と被災者らの心身のケアに力を注ぐべきである。
④琉球新報
 ドイツのメルケル首相は東京都内での講演で、ドイツが22年までの「脱原発」を決めた理由を「技術水準の高い日本でも予期しない事故が起こり得ると分かったからだ」と述べた。大地震も津波もないドイツだが国民の安全を考え、原発推進から脱原発に転換したのである。
 「フクシマの教訓」をメルケル首相は生かし、安倍政権は何ら学んでいないと言わざるを得ない。未曽有の原発事故の教訓に反する原発回帰は見直すべきだ
⑤沖縄タイムス
 過酷事故を起こした原発の廃炉作業は、高い放射線量との闘いでもある。東電は昨年12月、4号機の使用済み核燃料の取り出しを完了したが、メルトダウン(炉心溶融)を起こした1~3号機については高い放射線量に阻まれ、作業が難航している。
 建屋内の除染が思うように進まず、使用済み核燃料の取り出しに向けた調査なども遅れている。炉内に溶け落ちた核燃料の状態などは分かっていない。
 安倍晋三首相は、東京五輪の招致演説で「(原発の)状況はコントロールされている」と語ったが、福島第1原発の現状とはほど遠いと言わざるを得ない。
 政府は昨年、廃炉作業への国の関与を強めるための組織を発足させている。廃炉作業を最重要政策として取り組み、収束に向けたペースを速めるべきだ。
 福島原発事故に関しては、被災者への関心や事故の風化が進んでいると感じている人も少なくないとも言われる。原発事故は次世代へも影響を及ぼす問題である。国民一人一人が事故と向き合い、どのような支援ができるか、考え続けたい。
⑥東京新聞
 ところが、3・11以降、世界的にも原発の安全基準が厳格化され、建て替えの費用もかさむ。原発大国フランスさえ、新設に二の足を踏むような状況だ。
 少なくとも先進国では、原発は割に合わないという認識が進んでいる。四十年という原子炉の法定寿命が守られる限り、近い将来、国内の原発はゼロになる。
 松下さんは、脱原発依存のキーワードとして、「地産地消」ではなく、「地消地産」を提唱する。地域で消費するものを地域で自給することから始めよう、という考え方だ。
 過疎地にある原発で大量につくった電気を、はるかな都会に送り込むのとは、正反対の考え方だ。
 大切なのは、小さな成功例を積み上げて、地域が自信を持つことだ。大都市本位で原発を推進してきた国は、結果として立地地域の自立の芽を摘んできた。その反省を踏まえ、「地消地産」の活動に支援を惜しむべきではない。

 以下、各社社説の引用。(非常に大量の引用になります。)




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