2014年 12月 14日 ( 2 )

内橋克人を読む。(2)

「世界」2015年1月号の内橋克人の「アベノミクスは『国策フィクション』である」から、安部晋三政権への「否」を考える。2回目は、労働問題に関わって。

 内橋は、こう書き進める。

「ある特定の地域を指定し,その地域内で大胆な規制緩和を先行実施する。安部晋三首相が自ら主導し、『世界で一番ビジネスのしやすい環境を作る』と執念を燃やす『国家戦略特区』構想が現実のものになろうとしている。」

 内橋は、この雇用特区で起きることは次のものであると、説明する。

「この中では「構想の核となる『雇用特区』では従業員の解雇事由、労働時間の上限規制の緩和・撤廃、残業代ゼロ制度の導入・・・・と、経団連をはじめとする経済書きの宿願が達せられる。特区内に本社をおけば,全国どの地方支店でも同じ『例外権』を行使できる。」

 したがって、内橋は、このことを鋭く批判する。

「だが、日本国憲法は『労働条件法定主義』(二七条二項)を原則としてきた、この原則に基づいて戦後早い時期に騒動基準法が生まれた。労基法、労働組合法、労働関係調整法の三法は『普通立法』である。この普通法に例外権の穴を穿つ雇用特区が、大都市圏に忽然と姿を現す。労働基準法で守られる人と、そうでない人を分かつ労働の分断・解体が人びとの意表を突く政治手法で進む。『憲法番外地』のその先に国民生活の安寧は可能だろうか。」

 また、内橋は、この労働問題にからめて、経済団体とそれにすり寄る安部晋三政権を強く批判する。

「すでに形骸化しつつあるとはいえ、一日八時間・週四〇時間と定めた『法定労働時間』(労基法)の縛りは現存する。これを超える労働には残業代という対価を支払わねばならない。また従業員の解雇を縛る『解雇ルール』の遵守が求められる。すなわち真に人員削減に迫られてのことか、解雇を避ける努力はなされたのか、解雇対象者の選定は合理的かなど、『判例』に則る要件が満たされていなければならない。
 言葉を換えていえば、被雇用者は『合理的な理由なしに解雇されない』権利(労働契約法)をもつ。そこに、『労働条件法定主義』の神髄があった。それらが廃棄され、金銭的解決などの姑息な術を代償に、『企業行動の自由=解雇の自由』が拡大される。経団連はじめ雇用側が抱いてきた長年の欲望に安倍政権は一も二もなく即応の構えだ。筆者には異様な光景と写る。アベノミクスによって日本社会の格差拡大は必然となる。国家戦略特区は一例に過ぎない。」

 安部晋三政権の国家戦略特区等を理由とした「成長戦略」は、日本社会にかってない格差社会をもたらす。


by asyagi-df-2014 | 2014-12-14 13:00 | 本等からのもの | Comments(0)

安部晋三政権に「否」を。内橋克人を読む。

「世界」2015年1月号の内橋克人の「アベノミクスは『国策フィクション』である」から、安部晋三政権への「否」を考える。

 内橋は、今回の選挙について、次のように言い当てる。

 「解散に臨んで安部晋三首相は『この解散はアベノミクス解散だ』と定義づけ、来る選挙の争点は自らの『経済政策』の是非を問うことのほかにないと絞り込んだ。」が、このことは、「その昔、サッチャー英首相の常套句、TINA(『ほかに選択肢はない)』)に真似て、『この道しかない』とくり返した。」と一緒ではないかと。
 そして、「私たちは、安倍政権評価の物差しを『アベノミクス』なる経済政策の成否の一点に絞るような『愚行』に誘い込まれてはならない。」と、結論づける。
 何故なら、「安倍首相自ら世界に吹聴していたアベノミクスは、同政権のなした『全体』ではなく、ごく些末な一部に過ぎない。その些末な一部でさへ時代錯誤の、しかし、壮大な『フィクション(虚構)」であったことが露呈し始めた。」と、指摘する。
 また、「『消費税再引き上げ延期』が『解散』との『セット』で演じられる異様のなかに、追い詰められた政権の焦燥を感知できる。」と分析するとともに、「結論からいえば、経済に疎い安倍氏が全幅の信頼を預けた『リフレ派』理論の破綻、それがもたらす実体経済における長期構造的停滞への恐怖が引き金となったことだ。」と、まとめる。
 つまり、「全てはアベノミクスなる『国策フィクション』の破綻に起因している」と。

内橋は、次に、アベノミクスの「国策フィクション」について、丸裸にする。

 市中に流れる通貨供給量を増やすとされた黒田日銀による「異次元金融j緩和」という第1の矢は、「過去に例をみない『非伝統的・異次元金融緩和』によって日本経済をマネーでジャブジャブ漬けにする」という前宣伝に過ぎないものであるが、「人びとはマネー・ジャブジャブの正体が『見せかけ』に過ぎなかったことを見抜き始めた。」と、分析する。

 内橋は、「国策フィクション」の本丸を攻めてみせる。

 「異次元金融緩和だけで市場の高揚感がもたされたわけではない。それに先だって巨額の『公共投資』が打ち上げられている」とし、「財政と金融、すなわちいずれも政府権力の采配下におかれ、政権の自由になる『双子の操り人形』が見事に響き合った。」とその実態を暴く。
 この政権が生み出した「双子の操り人形」の演技はこれからも続くと警告し、このアベノミクスは、「いずれもが国債を手段とした『手品』」であり、『(手品の仕掛けに)国債を使う』という”アベノムクス手法”は以後、現在に至るも変わっていない。巧妙な『国債商法』にアベニミクスのからくりの全てが仕組まれている」と、断定する。
 こうした国債を利用した「手品」について、「『国債』とは何か。国による借金である。過ぎたる国債を指して、”ニセ札”と呼ぶ向きもある。国が垂れ流す国債を無際限に中央銀行が直接引き受けることを『財政ファイナンス』といい、『国債マネタイぜーション』(国債の貨幣化)とも呼ぶ。国の財政赤字を穴埋めするため中央銀行が国債を直接引き受けて買い取ることだ。多くの先進国において『禁じ手』とされる。」と、切ってみせる。

 ここで、安部晋三政権を支える「リフレ派」について、次のように描写する。

 「リフレ派の人びとは、『見せかけ』でも『それでいいのだ』と主張する。彼らはこの仕掛けを指して『期待』と呼ぶ。これから日本経済は脱デフレ、物価上昇、さらにインフレめざして突き進む。そう市場と人びとの夢と欲を煽り、『期待』を抱かせれば、目的(脱デフレ・人工インフレ)は達せられるのだ、と。だが、今日現在において、彼らの『期待』は背かれている。筋書きは破れ、理屈は満身創痍の状態だ。」

 内橋は、最後に、これからを次のように描いてみせる。

「いま、『リフレ派』によりかかったアベノミクスの危うさ、そして綻び目が目に見えるかたちで現れ始めた。急速に変化する『産業構造』への認識不足も露呈している。たとえば、非伝統的、異次元の金融緩和によって進めてきた円安政策だが、現実には円安のもとでも輸出(数量)が伸びず、逆に巨額の貿易赤字が続いている。このまま進めば、数年内に日本は『経常赤字』と『財政赤字』という『双子の赤字』に陥る懸念が強くなった。2013年の『貿易赤字』は過去最大を記録している。先進国で最悪の政府債務(GDPの二倍規模)と経常収支赤字が定着すれば、いずれ国債発行の引き受けを海外投資家に頼らざるをえなくなるだろう。そうなれば、金利急騰、市況不安定リスクの拡大は避けられない。」

 そして、こううまとめる。

 「強いものの欲望に寄り添う安倍政権の危うい本性が沁み出し始めた。三本の矢ではなく、三本の刃なのであり、その向かう先はほかならぬ私たち国民ではないだろうか。」

 内橋の「三本の矢ではなく、三本の刃なのであり、その向かう先はほかならぬ私たち国民である」という言葉を、一人一人は肝に銘じる時が来ている。 


by asyagi-df-2014 | 2014-12-14 06:10 | 本等からのもの | Comments(0)

壊される前に考えること。そして、新しい地平へ。「交流地帯」からの再出発。


by あしゃぎの人
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