2014年 11月 05日 ( 1 )

「秩父事件130年 民権の新たなうねりを」との社説を読む

  NPJで信濃毎日新聞の社説に「秩父事件」の文字を見つけた。

 「今から130年前の1884(明治17)年。11月1日、埼玉・秩父の椋(むく)神社に秩父困民党の農民ら数千人が集結。明治政府の圧制に抗議して武装蜂起した。」、秩父事件は、確かに、「歴史家の井上幸治さん(故人)は、秩父事件を「自由民権運動の最後にして最高の形態」と位置づけている。」というに相応しいものであった。
 「蜂起軍には、北相木から菊池貫平と井出為吉の2人が幹部として加わっていた。」という菊池貫平と井出為吉という名前も、また懐かしいものである。
 私自身が秩父事件に興味を抱いたのは、秩父事件100年の顕彰を前にした時期であったことを覚えている。

信濃毎日は、秩父事件130年について、次のように主張した。
 「自由民権運動の最後にして最高の形態」であるにもかかわらず、「暴徒」として鎮圧され、歴史の表舞台からは政治的に消されてしまった「事件」であった。
 「特定秘密保護法の強行成立、集団的自衛権の行使容認…。福島原発事故の収束も見えぬまま原発再稼働の動きは進み、米軍基地が集中する沖縄は新たな負担を強いられようとしている。この国の政治に、主権者、住民の意思はどれだけ反映されているのだろう。
 民主主義は、選挙や代議制といった形式を言うのではない。130年前に立ち上がった人々にあった、われわれこそが政治の主体だという意識を私たちは持っているだろうか。権力の横暴に抗する人たちに連帯し、支えていく動きは広がっているだろうか。
 秩父事件や自由民権の歴史に目を向けることは、今の社会、政治に私たち自身がどう向き合うかを問い直すことでもある。現代に民権の新たなうねりを起こしたい。」

 この主張には、三〇年前に日本の民主主義の行く末を考える上で秩父事件を参考にしたいと考えた私自身の当時の思いと繋がる部分がある。
 いやむしろ、状況はより厳しくなっている。
 民権の新たなうねり。
 自己決定権の確立。
 先人達の想いにあらためて繋がっていくことを。

 以下、信濃毎日の引用。




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by asyagi-df-2014 | 2014-11-05 05:38 | 書くことから-いろいろ | Comments(0)

壊される前に考えること。そして、新しい地平へ。「交流地帯」からの再出発。


by あしゃぎの人
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