沖縄-辺野古- 高江-から-2017年6月9日

 沖縄で起こっていること、その現場の事実をきちんと確認すること。
 2017年も、琉球新報と沖縄タイムスの記事を、「沖縄-辺野古-高江-から」を、報告します。


 「旧海軍駐機場の継続使用について米空軍嘉手納基地第18航空団のポール・オルダム司令官は8日、『2009年の日米合同委員会で運用の必要性に応じて使用することに同意している』と明らかにした。」、と琉球新報は伝える。
 例えば、これに、「2009年2月の『日米合同委員会合意事案概要』は、海軍駐機場の移転について『承認を得た』としているが、移転後の旧駐機場の使用については記載がない。合同委合意の詳細について防衛局は『米国との関係もあり公表できない』と答えた。」(琉球新報)、との報道が続くと、今回のことが、沖縄に関する「日米密約」の示す実態によく似ていることがわかる。
 「當山町長は、移転による被害軽減に対する町民の期待は大きかったとし『「憤りや裏切られた感がある。町政を預かる者として許せない』と非難した。」(沖縄タイムス)、との声は、日本政府が錦として翳す[SACO合意」も含めて、根本的な見直しに届く。


 2017年6月9日、沖縄-辺野古-高江の今を、沖縄タイムス、琉球新報は次のように表した。


(1)琉球新報-旧駐機場使用、2009年に合意 嘉手納基地で米軍説明、日本側否定も地元反発-2017年6月9日 06:30


 琉球新報は、標題について次のように報じた。


①「米軍嘉手納基地(沖縄県嘉手納町など)の旧海軍駐機場の継続使用について米空軍嘉手納基地第18航空団のポール・オルダム司令官は8日、『2009年の日米合同委員会で運用の必要性に応じて使用することに同意している』と明らかにした。旧駐機場使用に抗議する嘉手納飛行場に関する三市町連絡協議会(三連協)に対して述べた。一方、沖縄防衛局は8日、日米間の合意の存在を否定し、米側に抗議したことを明らかにした。日米間で認識が異なる中、米側が一方的な解釈で旧駐機場を使用しているとも言え、地元の反発は一層高まりそうだ。」
②「防衛局は取材に対し、米側が主張する合意について『運用のため必要に応じ旧駐機場を使用するということを日米間で合意しているという事実はない』と否定した。米側には『事実に反する内容を一方的に回答した』として抗議したという。防衛局の中嶋浩一郎局長も三連協の抗議の席上、オルダム司令官の発言に『極めて遺憾だ。事実に反している』と否定した。」
③「2009年2月の『日米合同委員会合意事案概要』は、海軍駐機場の移転について『承認を得た』としているが、移転後の旧駐機場の使用については記載がない。合同委合意の詳細について防衛局は『米国との関係もあり公表できない』と答えた。米空軍にも合意内容などを質問したが、8日中の回答はなかった。」
④「米側はこれまでも旧駐機場の使用根拠について『日米両政府の合意に沿ったもの』と述べ、日米間で確認されているものと主張してきたが、日米合同委という具体的な合意手続きが明らかになったのは初めて。」
⑤「旧海軍駐機場は、住宅地域への騒音被害軽減を目的に1996年のSACO(日米特別行動委員会)最終報告で移転が決定。今年1月に主要滑走路の反対側に移転が完了したものの、その後も外来機による使用が相次ぎ、嘉手納町や県はSACO合意違反だと抗議した。」
⑥「5月31日には韓国烏山(オサン)基地から飛来したU2偵察機が旧駐機場を使用。嘉手納基地は6月1日、取材に『北駐機場(旧海軍駐機場)の一時使用は日米両政府の合意に沿ったものだ』『北駐機場は、他の選択肢がない場合にだけ使用する』などと回答していた。」


(2)琉球新報-沖縄戦「逃げた知事」舞台化 那覇で10日、「歴史見直す機会に」-2017年6月9日 08:30


 琉球新報は、標題について次のように報じた。


①「沖縄戦直前の沖縄に赴任し戦死した県知事島田叡(あきら)の前の知事、泉守紀(しゅき)を描いた演劇『いっとーばい~逃げた知事 泉守紀~』(おきなわ芸術文化の箱主催)が10日、那覇市ぶんかテンブス館で上演される。野里洋氏の著書『汚名・第二十六代沖縄県知事泉守紀』を基に、泉の知事就任と更迭、その後の半生を描く。」
②「脚本を担当した安和学治さんは、沖縄戦の時に北部疎開を拒んだ知事がいた話をラジオ番組で知った。そこで疑問に思ったことが作品作りにつながった。調べていくうちに、疎開によって北部地域が食糧難に陥ることを泉は危惧したことや、軍の慰安所設置に反対の姿勢だったことなどを知る。『逃げた知事と片付けてはならないと思い、劇団員として語り継ぐべきだと感じた』」
③「演出を担当する当山彰一さんは『なぜ島田だけ英雄化され、泉は逃げた知事というレッテルを貼られたのか、見て考えてほしい』と語った。観客を巻き込みながら当時の状況を演じるなど趣向を凝らした演出となっている。『汚名』を書いた野里さんは『若い世代が取り組んでいることに敬意を表したい。共謀罪が審議され、政府が基地建設で圧力をかける今、歴史を見詰め直すきっかけとなってほしい』と話した。」(金城実倫)


(3)沖縄タイムス-「裏切られた。許せない」 米軍の旧駐機場使用で三連協が抗議 嘉手納町長、町民大会を視野-2017年6月9日 08:20


 沖縄タイムスは、標題について次のように報じた。


①「沖縄県にある米軍嘉手納基地の旧海軍駐機場使用問題で、沖縄市と嘉手納町、北谷町でつくる『嘉手納飛行場に関する三市町連絡協議会』(会長・桑江朝千夫沖縄市長)は8日、第18航空団と沖縄防衛局に抗議し、使用の即刻中止を求めた。當山宏嘉手納町長は記者団に『米軍の動き次第では町民大会も視野に入れている』と、使用に反対する町民感情の広がりに言及した。」
②「抗議後、當山町長は、移転による被害軽減に対する町民の期待は大きかったとし『「憤りや裏切られた感がある。町政を預かる者として許せない』と非難した。」
③「桑江市長らによると、18航空団で対応したポール・オルダム大佐が『運用のため必要に応じ使用できると2009年合同委員会で日米で合意している』と回答。三連協側が今後の使用について尋ねると、『政府機関を通し在日米軍司令部に聞いてほしい』と言及を避けたという。」
④「防衛局では、中嶋浩一郎局長が、使用を合意したとする米側の認識を否定し、日米で協議中と説明。當山町長は『騒音軽減という本来の趣旨を踏まえ、認識の穴を埋めてほしい』、野国昌春北谷町長も『駐機場使用はないと再確認しなければ、次々と同じことが起こり今後も尾を引くことになる』と政府の対応を求めた。」


(4)沖縄タイムス-嘉手納基地の旧駐機場問題、日米で協議始まる 沖縄防衛局、09年合意を否定-2017年6月9日 08:30


 沖縄タイムスは、標題について次のように報じた。


①「米軍嘉手納基地の旧海軍駐機場使用問題で、在日米空軍が『運用のため必要に応じ使用できると2009年合同委員会で合意している』と表明したことについて、中嶋浩一郎沖縄防衛局長は8日、『全く異なっている』と合意を否定した上で、『米側に強く日本の認識を伝え、協議している』と述べ、認識の相違を巡り、日米で協議を始めたことを明かした。沖縄市と嘉手納町、北谷町でつくる「嘉手納飛行場に関する三市町連絡協議会」(会長・桑江朝千夫沖縄市長)の要請に回答した。」
②「米軍が旧駐機場使用の根拠として日米合同委員会の合意を挙げたことに、中嶋局長は『極めて遺憾で事実に反する。強く抗議している』と米側を批判した。移転後の旧駐機場の運用は、『日米間で騒音軽減イニシアチブの趣旨にかなう運用のため、倉庫や整備工場として施設を残置することを決めた』と説明。従来の認識と変わらないことを強調した。」
③「駐機場は1996年の日米特別行動委員会最終報告に基づき、今年1月に沖縄市側へ移転。だが、2月にはKC135が使用し、5月から在韓米軍のU2偵察機が使っている。在日米空軍は7日、沖縄タイムスの取材に回答し、旧駐機場の使用根拠に初めて合同委合意を挙げていた。」


(5)琉球新報-ゲート前道向かいの人も排除 辺野古新基地建設で機動隊-2017年6月9日 12:03


 琉球新報は、標題について次のように報じた。


①「米軍普天間飛行場の移設に伴う名護市辺野古の新基地建設で、米軍キャンプ・シュワブゲート前で9日午前、機動隊が工事車両の基地内入れるために座り込みをしている約50人を強制排除する際、道向かいの歩道にいた人もゲート前に戻して一緒に排除した。」
②「県統一連の瀬長和男事務局長(53)は工事車両が到着して排除が始まる前に、ゲートの道向かいに移動した。瀬長事務局長は集会の司会をしており、道向かいに移動後もマイクを握っていた。すると機動隊から『マイクを持って(座り込みの市民らを)扇動する行為はやめてください』と言われた。このため瀬長事務局長は『私のどんな行為、言葉が扇動になるのか教えてください』と問い掛けたが、機動隊は返答しなかった。その後、瀬長事務局長は機動隊によってゲート前に戻され、排除された。」
③「瀬長事務局長によると、2週間前までは道向かいでマイクを持っている人は排除されなかった。『排除の理由を尋ねても、機動隊は答えてくれない。座り込んでいる市民は【基地建設を止めたい】という自らの意思でゲート前に集まっている。私の先導で座っているわけではない』と語った。」
④「午前11時までにコンクリートミキサー車4台を含む工事車両63台がゲート内に入った。一方、海上ではシュワブ内の工事現場『K9護岸』で砕石の投下を続けている。移設に反対する市民らは抗議船3隻、カヌー10艇で抗議を続けている。カヌーは午前11時までに浮具(フロート)を2回乗り越え、海上保安庁に一時拘束された。」


(6)琉球新報-「継続使用の日米合意はない」 嘉手納旧駐機場で稲田防衛相-2017年6月9日 11:45


 琉球新報は、標題について次のように報じた。


①「稲田朋美防衛相は9日の会見で、1996年のSACO(日米特別行動委員会)最終報告に基づいて移転した嘉手納基地の旧海軍駐機場を巡り、米軍が2009年の日米合同委員会で継続使用に合意したと主張していることについて『米軍の認識とは異なっている。日米で合意しているという事実はない』と述べ、合意の存在を否定した。」
②「米軍は09年に日米合同委員会で『必要に応じて使用』することに合意していると主張しているが、日本側は合意はないと主張しており、説明が食い違っている。だが日米合同委員会は非公開となっており、日米双方とも当時の合意内容について明らかにしていない。稲田氏も『日米合同委員会の日米間のやりとりについて詳細を答えることは控える』と言及を避けた。」
③「日本側は稲田氏が今月3日に訪問先のシンガポールで米国のマティス国防長官と会談した際もこの問題を取り上げており、ほかにも各レベルで話し合っているが『認識の一致をみていない』(稲田氏)という。」
④「旧海軍駐機場は騒音軽減を目的に1996年のSACO最終報告で移転が決まり、ことし1月に移転が完了した。しかしその後も外来機の飛来が相次ぎ、5月31日から韓国烏山(オサン)基地から飛来したU2偵察機が使用している。」


(7)沖縄タイムス-「平和の詩」に上原愛音さん(宮古高校3年) 全戦没者追悼式で朗読【詩の全文掲載】-2017年6月9日 16:40


 沖縄タイムスは、標題について次のように報じた。


①「沖縄県平和祈念資料館(原田直美館長)は9日、第27回『児童・生徒の平和メッセージ』の入賞作品を発表した。23日の沖縄戦全戦没者追悼式で朗読される『平和の詩』には、高校生の部詩部門で最優秀賞に輝いた宮古高校3年生、上原愛音(ねね)さんの『誓い~私達のおばあに寄せて』が選ばれた。追悼式は糸満市の県平和祈念公園内で営まれる。」
②同資料館の担当者によると、上原さんは小さい頃から周囲のおじいさんやおばあさんから聞いた話や、学校での平和教育などで学んだ『戦争は悲惨なんだ』との思いを発信しようと、作品に込めたという。
③「また、県内5カ所とハワイで開催する展示会の告知ポスターには、高校生の部図画部門で最優秀賞の知念高校1年生の久手堅彰哉君が描いた『再生の大地』」が選ばれた。悲惨な戦争から立ち直り、繁栄と清らかな世界になるようにと願う気持ちを込めた。」
④「図画・作文・詩の3部門に127校から計3067点の応募があった。優秀作品などは23日から同資料館を皮切りに、計6会場で開催される巡回展で展示する。」

⑤誓い~私達のおばあに寄せて    宮古高校3年 上原愛音

今日も朝が来た。
母の呼び声と、目玉焼きのいい香り。
いつも通りの
平和な朝が来た。
七十二年前
恐ろしいあの影が忍びよるその瞬間まで
おばあもこうして
朝を迎えたのだろうか。
おじいもこうして
食卓についたのだろうか。
爆音とともに
この大空が淀んだあの日。
おばあは
昨日まで隠れんぼをしていたウージの中を
友と歩いた砂利道を
裸足のまま走った。
三線の音色を乗せていた島風に
鉄の臭いが混じったあの日。
おじいはその風に
仲間の叫びを聞いた。
昨日まで温かかったはずの冷たい手を握り
生きたいと泣く
赤子の声を抑えつけたあの日。
そんなあの日の記憶が
熱い血潮の中に今も確かにある。
決して薄れさせてはいけない記憶が
私の中に
私達の中に
確かに刻まれている。
少女だったおばあの
瞳いっぱいにたまった涙を
まだ幼かったおじいの
両手いっぱいに握りしめたあの悔しさを
私達は確かに知っている。
広がりゆく豊穣の土に芽吹きが戻り
母なる海がまた
エメラルドグリーンに輝いて
古くから愛された
唄や踊りが息を吹き返した今日。
でも
勇ましいパーランク―と
心臓の拍動の中に
脈々と流れ続ける
確かな事実。
今日も一日が過ぎゆく。
あの日と同じ刻ときが過ぎゆく
フェンスを飛びこえて
締め殺されゆく大海を泳いで
癒えることのない
この島の痛み
忘れてはならない
民の祈り
今日響きわたる
神聖なサイレンの音に
「どうか穏やかな日々を」
先人達の願いが重なって聞こえる。
おばあ、大丈夫だよ。
今日、私達も祈っている。
尊い命のバトンを受けて

祈っている。
おじい、大丈夫だよ。
この島にはまた
笑顔が咲き誇っている。
私達は
貴方達の想いを
指先にまで流れるあの日の記憶を
いつまでも
紡ぎ続けることができる。
誓おう。
私達はこの澄んだ空を
二度と黒く染めたりしない。
誓おう。
私達はこの美しい大地を
二度と切り裂きはしない。
ここに誓おう。
私は、私達は、
この国は
この世界は
きっと愛おしい人を守り抜くことができる。
この地から私達は
平和の使者になることができる。
六月二十三日。
銀の甘藷(かんしょ)が清らかに揺れる今日。
おばあ達が見守る空の下
私達は誓う。
私達は今日を生かされている。




by asyagi-df-2014 | 2017-06-09 18:07 | 沖縄から | Comments(0)

壊される前に考えること。そして、新しい地平へ。「交流地帯」からの再出発。


by あしゃぎの人
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