辺野古埋立承認の「撤回」を考える。(1)-沖縄タイムス20170308-

 沖縄タイムスは2017年3月8日、「【辺野古 ただちに埋立承認撤回を】(上)翁長知事訪米の効果見いだせず 米議会報告書は重大な理解不足」、「【辺野古 ただちに埋立承認撤回を】(下)県民投票にメリットなし 新基地阻止は知事権限で」、との乗松聡子さん(以下、兼松とする)の記事を掲載した。
 この記事から、辺野古埋立承認の「撤回」と県民投票について考える。
まず、乗松は、翁長知事の訪米行動と辺野古埋立承認の「撤回」について、次のように論評する。


 訪米行動に意味がないわけではない。米国で沖縄の現状を知る人を1人でも2人でも増やすことは大事だ。しかし今のような、もう埋立に向けて作業が進み毎日大浦湾の海底が破壊されている事態では、本当に基地を中止に追い込める可能性のある「撤回」を翁長知事が即刻行うことが何よりも大事と思う。


 また、今回の訪米行動について、次のように押さえる。


(1)そもそも、コストの側面から米軍駐留への不満を口にしていたトランプ氏側に、日本の納税者が全額負担する予定の辺野古新基地計画を変更する動機などない。この厳しい状況の中で訪米を有効に行うには影響力のある相手に対して具体的要求を行う必要があった。しかし翁長知事が年末、「違法確認訴訟」の最高裁判決後、埋立承認取り消しの取り消しを行い、仲井真弘多前知事が埋立承認した状態に戻り工事も再開し、訪米するタイミングとしては最悪となった。
(2)唯一強いメッセージを持っていくとしたら「埋め立て承認撤回」を行ってから行くことだった。撤回宣言と同時に、2015年10月の「取り消し」の直後に国交相にされたような「執行停止」をさせないために、それを差し止める訴訟と仮の差し止めの申し立てを行えば即時に撤回の効力が生じ、工事を止めることができる。シンポが訪米の直前だったこともあり、私は沖縄で知事に届くように「訪米前の撤回」を訴えた。これは、むろん私だけではなく、多くの識者や運動家、市民が要請してきていることであった。
(3)その声は結果的に届かず、予想通り、翁長知事も「オール沖縄」訪米団も、トランプ政権の政策に影響を与えられるような相手に会うことはできず、前回までと同じで「反対」の気持ちを伝えただけであったようだ。辺野古基地建設が「15~20年かかりますよ」と強調したというが、これは計画の中止要求にはとても聞こえない。本紙2月7日の記事によると、面会した1人であるハナブサ下院議員には、知事が計画の中止を求めたという印象は薄かったようだ。


 兼松は、この上で、「撤回」における「県民投票」について、次のように主張する。


 工事が毎日進む今、翁長知事は、本当に基地阻止ができる可能性のある「埋め立て承認撤回」を今すぐ行ってほしい。2年以上「視野に入れた」状態を続けた後、今でも遅いのだが、もちろんしないよりはした方が阻止の可能性が高まる。損害賠償を求められるとしたら遅ければ遅いほどその額は増え、阻止は遠のく。「天王山」は今なのだ。


 兼松は、「撤回」における「県民投票」の位置づけについて、「県民投票」が必要ないことの理由を次のように説明する。


(1)県民投票は無意味だと思う。県民投票に半年かけたらその間に工事は進み補償を要求される額もつり上がる。勝っても法的拘束力はなくその代償に見合うメリットは期待できない。
(2)「撤回」については仲井真弘多前知事の埋立承認以降に公益を害する事由が生じた場合にできるのだから、これから新たな事由を作らなくともできるはずだ。


 兼松は、「県民投票」や「出直し選挙」について、明快に指摘する。


(1)シンポが終わった後も、高江や辺野古で常に体を張って運動してきた人たちから「よく言ってくれた」と次々に言われた。「遠くにいる人の方がよく見えている」とも。「私を呼んで言いにくいことを言わせている」、という人もいた。運動の中には、翁長知事のやり方に疑問を呈したり批判したりしてはいけないという雰囲気があるらしい。私はシンポで、「意見の対立は民主主義の実践につきものであり、分断を恐れて建設的批判もしなくなってしまったら権力側の思うつぼになる」とも伝えた。
(2)「県民投票」の案についてだが、「自明の民意をなぜ調べるのか」「工事が取り返しのつかない所まで進んでしまう」など、現場や市民レベルに近い人ほど否定的な声が多いと思う。提案する側は簡単だが、実際に足を使って運動させられるのは市民である。「わかりきったことを調べるためにこれ以上運動させるのか」との悲鳴が聞こえてくる。実際、肯定的な意見は県政、政治、新聞に主に見られるように思える。市民から「新聞は県政の方ばかり見て、市民感覚からかけ離れてしまっている」という声も聞いた。
(3)沖縄は知事選を含むさまざまな選挙や県民大会、世論調査などで「民意」を示しても政府は顧みもせずに工事を強行してきた。そのパターンが県民投票をやったからといって変わることはない。その間に工事は取り返しのつかなくなるほど進む。県民投票をしてそれを無視する政府にまた「怒る」だけで終わるのが目に見えている。
(4)私は本当に基地を止めたいと思っている人が県民投票など推すはずはないと思っている。県民の圧倒的な反対の声を背負って知事になった翁長知事が、ご自分の権限で基地を阻止するべきなのにどうしてまた市民に振り戻すのか。県政も、県民投票に前向きな姿勢を表明したようだが、あまりにも無責任ではないか。
(5)県民投票に成功しても、国は埋立承認がそのままである限りは着々と工事を進めるであろう。それどころか工事を加速させるであろう。また、歴代の沖縄の選挙にありがちであったように、国側の不当な介入によって万が一逆の結果が出る可能性もある。そうなった場合、県民投票を推した人たちはどう責任を取るつもりなのか。いい結果になってもプラスはなく、悪い結果になったらマイナスは果てしないというゲームにどうして多額の費用と労力と時間をかけて突入するのか。最近県議会で言及された「出直し選挙」にしても同様である


 辺野古埋立承認の「撤回」については、時期と方法を早急に決定する時期が来ていると考える。




by asyagi-df-2014 | 2017-03-13 08:24 | 沖縄から

壊される前に考えること。そして、新しい地平へ。「交流地帯」からの再出発。


by あしゃぎの人
画像一覧