沖縄から-三上智恵の沖縄〈辺野古・高江〉撮影日記第66回

沖縄の地で、体を張って新しい歴史を作ろうとしている人たちがいる。
そこには、その煌めきの記録を残そうとしているジャーナリストがいる。
だとしたら、その生きざまの瞬間を私たちは受け取る必要がある。
三上知恵の沖縄撮影日記。

 
 今回の報告は、「ヒロジを返せ! 県民大集会」。
この報告で、三上さんが最も訴えたかったことの一つは、次のことです。


 「アノヒトタチ、無責任だわ。中国が攻めてきたらどうするの?」と沖縄の基地反対運動を白い目で見る人々が増えているようだが、中国の脅威より先に、一人ひとりの人権が守れない国になっている恐怖になぜ鈍感でいられるのだろうか。弾圧が始まっている危機になぜ気づかないのだろうか。国の都合で人権が奪われても仕方がない人がいる、なんてことを認めてしまったら、どれだけ恐ろしい社会が復活してしまうのか想像できているだろうか。それは、こんな不当な長期勾留を傍観しているあなたがたが作り出してしまう社会なのだ。」


 三上さんの66回目の報告です。


(1)「ヒロジを返せ! 県民大集会」の熱気を伝えます。


 「ヒロジを返せ!ヒロジを返せ!」
 裁判所の職員が制止するのを振り切って数百人が敷地になだれ込んだ。「代表だけにしてください!」「プラカードはだめです!」

 しかし、集会参加者の熱を抑え込むことは、もうできなかった。
 2月24日。裁判所前で開かれた博治さんら3人の即時釈放を求める大集会で、那覇地裁の阿部正幸所長あての即時釈放を求める抗議文を決議した。代表がそれを提出するために裁判所の敷地に入っていくときのことである。
 集まった人々の思いは強く、沖縄県警もなすすべがない。裁判所の玄関を埋め尽くした人々の歌「今こそ立ち上がろう」を聞いているしかなかった。右奥の建物には、沖縄の平和運動を牽引してきた唯一無二のリーダー・山城博治さんが勾留されている。もう四カ月も、家族に会うことさえできぬまま、手紙も受け取れない、人権を侵された状態で囚われの身となっている。
 でも、この日は1000人を超える人たちのシュプレヒコールが、冷たいコンクリートに囲まれた空間にも届いただろう。博治さんは自分で作詞した「今こそ立ち上がろう」の合唱を聞いて、3畳の部屋でむせび泣いていたかもしれない。参加者の目にも涙があった。何人も泣いていた。「ヒロジ」と書かれたプラカードが空につきあげられ、抗議の声は途絶えることなく那覇に街に響き渡っていた。「われらのリーダーを返せ!」の声は長い列となって、重い冬曇りの国際通りを練り歩いた。


(2)三上さんは、今回の逮捕劇の愚かさを報告します。


 一本千数百円しかしない有刺鉄線を二本切った。それで逮捕拘束された例があるだろうか。器物損壊といってもごく微罪である。その後、辺野古のゲート前にブロックを積んだこと、防衛局員を揺さぶってけがを負わせたこと、いろいろ合わせて威力業務妨害と傷害容疑だという。証拠隠滅もできない、逃亡の恐れもない博治さんを4カ月も勾留するに足る正当な理由など全く見当たらない。それなのに最高裁は保釈を認めなかった。人権の最後の砦であるはずの司法は、またも沖縄のためには機能しなかった。これは明らかに、国の方針に背く表現などは認めませんよ、という権力を使った恫喝である。反対運動するとこうなりますよ、という表現行為の萎縮を狙った見せしめ行為に裁判所がお墨付きを与えたも同然であり、これは日本国民の表現の自由の一角が確実に崩れ始めている姿そのものである。


(3)さて、山城博治さんについては、こんな報告です。


 博治さんは稀有なリーダーである。よく泣く。人前でわんわん泣く。怒鳴るし怒るけど、豪快に笑う。すぐ踊る。大衆の抵抗運動を指揮する軍師としての才能は、いうまでもない。非暴力でありながらひるまずに実力阻止をする体制を次々と編み出して、ケガ人も逮捕者も極力出さない中で、継続可能な抵抗の形を維持する。何よりも、圧倒的に不利な状況にあるときにこそ、「今日はこちらが勝っているぞ! なぜなら…」と意気消沈する仲間を鼓舞する天才なのだ。小さな勝利を見つけるのがうまくて、小さな勝機を最大限に活かす。一緒にいると、もっと頑張れるという気持ちを全員が持てる。明日も来ようという楽しさまで生まれてくる。

 その中でも、私が博治さんを突出したリーダーだと思うのは、常連であれ初心者であれ、地元からだろうと本土からだろうと、まったく分け隔てなく来てくれる人たちを大切にする細やかさだ。名前を覚える。役割を与える。短気で怒鳴ったときでも、後で必ず頭を下げ、言い過ぎた、という。何より同じうちなーんちゅだろう? という姿勢で沖縄県警にも防衛局員にも、警備のアルソックにも話しかける。対立しながら、本当の敵はお前たちではない。こっち側に来たかったらいつでも大歓迎だ。電話してこい! と携帯番号も叫ぶ。そんな博治さんだから、悪性リンパ腫で入院生活に入るときにも、いつもは激しくぶつかり合っている沖縄県警のなじみの警官たちが心配して駆け寄ってきた。

 「新聞で読んだよ」「知らなかったよ」

 中には肩に手を当てて、一刻も早く良くなって。また戻ってこられるように…と言ってくれた警官もいたという。その日の様子は撮影できなかったが、6月23日の慰霊の日に合わせて、博治さんが抗がん剤治療のスケジュールの合間に、入院先から一度ゲートに戻った日に私はカメラを回していた。頭に毛がなくなり、マスクをして、両脇を抱えられるように歩く博治さんだったが、ゲート前まで来ると県警の3人が近づいてきた。

 「元気そうだね…」「嬉しいような。難しいね」と言って笑いあっていた。「高江からだから、もう長いもんな。情が移らないと言ったら、うそになるよな」。そういう博治さんも嬉しそうだった。名護署員だったと思う。サングラスをしていて目は見えなかったが、彼も嬉しそうだった。そしてこう言った。

 「元気になってから、また、お互い暴れましょう」

 彼に会ったことがある人は、30分で彼を好きになるだろう。私は15年博治さんを見てきたが、彼のことはよく知ってるつもりだ。でも今、モザイクをかけ、意図的に編集した博治さんの携帯電話レベルの動画が流布され、辺野古の過激派リーダーという虚像が作り上げられている。趣味の悪い戯言と言っていられないほど出回って、ついにテレビ番組で無批判に取り上げられる世の中になった。逮捕されても仕方がない悪人であると思い込みたい人たちも視聴者の中にはたくさんいるようで、沖縄ヘイトが一つの社会現象にまでなった感がある。


(4)三上さんは、こんな取り組みを。


 『標的の村』『戦場ぬ止み』、いずれを見ていただいても、リーダー山城博治の魅力は伝わると思う。間もなく25日から公開になる(沖縄は11日から)『標的の島 風かたか』も、さらに人間臭い博治さんの姿が見る人の心をとらえるだろう。それでも、世の中の人たちが「ニュース女子」のような番組を見て基地反対運動を分かったかのような態度で切り捨てていく現象に歯止めがかけられない、追い付かない、と焦りが募る。

 私は考えた。一つ、私にできることとして、博治さんの魅力を25分にまとめたVTRを作った。そして、今月発売になるDVD『戦場ぬ止み』の特典映像とした。すでにこの映画を見た人でも、未公開映像25分『不死鳥 山城博治』を見るために、また手に取ってくれるかもしれない。DVDなら、自宅でゆっくり何度でも見ることができる。誰かにあげることもできる。そういう場所に、ちゃんと正面から博治さんをとらえた映像を、置いておきたかった。そこには、入院する前のゲート前最後の日の映像から、退院して歌と踊りで迎えられた2015年9月20日の復活の日、正月の大演説まで、人間・山城博治の名シーンが詰まっている。私たち映画スタッフから博治さん救済のためにできることはこんなことしかないが、最大の愛を込めて作った。

 今、予約販売をネットで受け付けているので、予約だとずいぶん安く、3000円ちょっとで買える。沖縄の平和運動を誤解しているかもしれない人がいたら、ぜひ紹介してほしい。このマガジン9の読者はここで私の動画でたくさん見てくれているかもしれないが、いずれもニュースでは全く流れてないものばかりである。どんな思いで基地建設に反対しているのか、どんな人たちが毎日踏ん張っているのか。日当をもらっているとか、外国人ばかりとか、まったくのデマを信じ込まされる前に、映像を見てほしい。


(5)最後に、金沢の地で三上さんが得たもの。「決意」について。


 ところで、私は今日金沢に来ている。昨夜遅くまでかかって、新しい映画の最後の作業を東京で終えて、その足でやってきた。石川県は3年前、県内9カ所で連続して『標的の村』上映活動を大成功させてくれた土地だ。まだ放送局員だった私に、こんな風に熱烈な支援で、沖縄も、動画製作者も支えようという人々がいることを力強く示してくれた場所だった。それは、アメリカ軍の試射場の建設問題と闘って勝った内灘とか、珠洲の原発反対運動に勝ったとか、そこに至る苦労をよく知る土地柄だったことと無縁ではない。

 内灘闘争のあった土地に生きるある女性が「金は一年 土地は万年」と書かれたむしろ旗を沖縄の闘争現場に持って行ったとき、博治さんがすかさず「内灘からですか」と笑顔で言ってくれたそうだ。彼女はすっかり感激し、博治ファンになったという。博治さんは日本各地の住民闘争について深い思いを持っていた。だから沖縄だけが被害者であるような言い方もしなかったし、遠くから来てくれる方々の思いに報いたいと懸命だった。

 この女性が言っていた。初めて辺野古に行っておろおろしていた時に、やさしく声をかけてくれたのが博治さんだった。そして、いつも来る人たちに対して、「周りを良く見てほしい。一人でいる人がいないか。遠くから一人でも来てくれている仲間を大切にしてほしい。目配りをしてほしい」と。

 私は今夜その話が聞けてとても嬉しかった。遠い金沢で、博治さんを知る人がたくさんいて、そのすごさを口々に語るのを見て誇らしかった。過激派呼ばわりされ貶められ幽閉されたままの今の状況に焦って空回りしていたけれど、全国には博治さんのことをちゃんと知ってる人がたくさんいる。自分のことのように心配してくれている人がたくさんいる。山城博治は沖縄県民の誇りであるだけでなく、日本中のがんばっている人たちの誇りでもあるのだ。また不死鳥のように現場に舞い戻ってくるその日まで、自分のやるべきことをやろう。彼の分まで頑張ろうと歯を食いしばっているたくさんの仲間たちと同じように。


 以下、三上智恵の沖縄(辺野古・高江)撮影日記第66回の引用。








第66回 ヒロジを返せ! 県民大集会


 「ヒロジを返せ!ヒロジを返せ!」

 裁判所の職員が制止するのを振り切って数百人が敷地になだれ込んだ。「代表だけにしてください!」「プラカードはだめです!」

 しかし、集会参加者の熱を抑え込むことは、もうできなかった。

 2月24日。裁判所前で開かれた博治さんら3人の即時釈放を求める大集会で、那覇地裁の阿部正幸所長あての即時釈放を求める抗議文を決議した。代表がそれを提出するために裁判所の敷地に入っていくときのことである。

 集まった人々の思いは強く、沖縄県警もなすすべがない。裁判所の玄関を埋め尽くした人々の歌「今こそ立ち上がろう」を聞いているしかなかった。右奥の建物には、沖縄の平和運動を牽引してきた唯一無二のリーダー・山城博治さんが勾留されている。もう四カ月も、家族に会うことさえできぬまま、手紙も受け取れない、人権を侵された状態で囚われの身となっている。

 でも、この日は1000人を超える人たちのシュプレヒコールが、冷たいコンクリートに囲まれた空間にも届いただろう。博治さんは自分で作詞した「今こそ立ち上がろう」の合唱を聞いて、3畳の部屋でむせび泣いていたかもしれない。参加者の目にも涙があった。何人も泣いていた。「ヒロジ」と書かれたプラカードが空につきあげられ、抗議の声は途絶えることなく那覇に街に響き渡っていた。「われらのリーダーを返せ!」の声は長い列となって、重い冬曇りの国際通りを練り歩いた。

 一本千数百円しかしない有刺鉄線を二本切った。それで逮捕拘束された例があるだろうか。器物損壊といってもごく微罪である。その後、辺野古のゲート前にブロックを積んだこと、防衛局員を揺さぶってけがを負わせたこと、いろいろ合わせて威力業務妨害と傷害容疑だという。証拠隠滅もできない、逃亡の恐れもない博治さんを4カ月も勾留するに足る正当な理由など全く見当たらない。それなのに最高裁は保釈を認めなかった。人権の最後の砦であるはずの司法は、またも沖縄のためには機能しなかった。これは明らかに、国の方針に背く表現などは認めませんよ、という権力を使った恫喝である。反対運動するとこうなりますよ、という表現行為の萎縮を狙った見せしめ行為に裁判所がお墨付きを与えたも同然であり、これは日本国民の表現の自由の一角が確実に崩れ始めている姿そのものである。

 「アノヒトタチ、無責任だわ。中国が攻めてきたらどうするの?」と沖縄の基地反対運動を白い目で見る人々が増えているようだが、中国の脅威より先に、一人ひとりの人権が守れない国になっている恐怖になぜ鈍感でいられるのだろうか。弾圧が始まっている危機になぜ気づかないのだろうか。国の都合で人権が奪われても仕方がない人がいる、なんてことを認めてしまったら、どれだけ恐ろしい社会が復活してしまうのか想像できているだろうか。それは、こんな不当な長期勾留を傍観しているあなたがたが作り出してしまう社会なのだ。

 博治さんは稀有なリーダーである。よく泣く。人前でわんわん泣く。怒鳴るし怒るけど、豪快に笑う。すぐ踊る。大衆の抵抗運動を指揮する軍師としての才能は、いうまでもない。非暴力でありながらひるまずに実力阻止をする体制を次々と編み出して、ケガ人も逮捕者も極力出さない中で、継続可能な抵抗の形を維持する。何よりも、圧倒的に不利な状況にあるときにこそ、「今日はこちらが勝っているぞ! なぜなら…」と意気消沈する仲間を鼓舞する天才なのだ。小さな勝利を見つけるのがうまくて、小さな勝機を最大限に活かす。一緒にいると、もっと頑張れるという気持ちを全員が持てる。明日も来ようという楽しさまで生まれてくる。

 その中でも、私が博治さんを突出したリーダーだと思うのは、常連であれ初心者であれ、地元からだろうと本土からだろうと、まったく分け隔てなく来てくれる人たちを大切にする細やかさだ。名前を覚える。役割を与える。短気で怒鳴ったときでも、後で必ず頭を下げ、言い過ぎた、という。何より同じうちなーんちゅだろう? という姿勢で沖縄県警にも防衛局員にも、警備のアルソックにも話しかける。対立しながら、本当の敵はお前たちではない。こっち側に来たかったらいつでも大歓迎だ。電話してこい! と携帯番号も叫ぶ。そんな博治さんだから、悪性リンパ腫で入院生活に入るときにも、いつもは激しくぶつかり合っている沖縄県警のなじみの警官たちが心配して駆け寄ってきた。

 「新聞で読んだよ」「知らなかったよ」

 中には肩に手を当てて、一刻も早く良くなって。また戻ってこられるように…と言ってくれた警官もいたという。その日の様子は撮影できなかったが、6月23日の慰霊の日に合わせて、博治さんが抗がん剤治療のスケジュールの合間に、入院先から一度ゲートに戻った日に私はカメラを回していた。頭に毛がなくなり、マスクをして、両脇を抱えられるように歩く博治さんだったが、ゲート前まで来ると県警の3人が近づいてきた。

 「元気そうだね…」「嬉しいような。難しいね」と言って笑いあっていた。「高江からだから、もう長いもんな。情が移らないと言ったら、うそになるよな」。そういう博治さんも嬉しそうだった。名護署員だったと思う。サングラスをしていて目は見えなかったが、彼も嬉しそうだった。そしてこう言った。

 「元気になってから、また、お互い暴れましょう」

 彼に会ったことがある人は、30分で彼を好きになるだろう。私は15年博治さんを見てきたが、彼のことはよく知ってるつもりだ。でも今、モザイクをかけ、意図的に編集した博治さんの携帯電話レベルの動画が流布され、辺野古の過激派リーダーという虚像が作り上げられている。趣味の悪い戯言と言っていられないほど出回って、ついにテレビ番組で無批判に取り上げられる世の中になった。逮捕されても仕方がない悪人であると思い込みたい人たちも視聴者の中にはたくさんいるようで、沖縄ヘイトが一つの社会現象にまでなった感がある。

 『標的の村』『戦場ぬ止み』、いずれを見ていただいても、リーダー山城博治の魅力は伝わると思う。間もなく25日から公開になる(沖縄は11日から)『標的の島 風かたか』も、さらに人間臭い博治さんの姿が見る人の心をとらえるだろう。それでも、世の中の人たちが「ニュース女子」のような番組を見て基地反対運動を分かったかのような態度で切り捨てていく現象に歯止めがかけられない、追い付かない、と焦りが募る。

 私は考えた。一つ、私にできることとして、博治さんの魅力を25分にまとめたVTRを作った。そして、今月発売になるDVD『戦場ぬ止み』の特典映像とした。すでにこの映画を見た人でも、未公開映像25分『不死鳥 山城博治』を見るために、また手に取ってくれるかもしれない。DVDなら、自宅でゆっくり何度でも見ることができる。誰かにあげることもできる。そういう場所に、ちゃんと正面から博治さんをとらえた映像を、置いておきたかった。そこには、入院する前のゲート前最後の日の映像から、退院して歌と踊りで迎えられた2015年9月20日の復活の日、正月の大演説まで、人間・山城博治の名シーンが詰まっている。私たち映画スタッフから博治さん救済のためにできることはこんなことしかないが、最大の愛を込めて作った。

 今、予約販売をネットで受け付けているので、予約だとずいぶん安く、3000円ちょっとで買える。沖縄の平和運動を誤解しているかもしれない人がいたら、ぜひ紹介してほしい。このマガジン9の読者はここで私の動画でたくさん見てくれているかもしれないが、いずれもニュースでは全く流れてないものばかりである。どんな思いで基地建設に反対しているのか、どんな人たちが毎日踏ん張っているのか。日当をもらっているとか、外国人ばかりとか、まったくのデマを信じ込まされる前に、映像を見てほしい。

 ところで、私は今日金沢に来ている。昨夜遅くまでかかって、新しい映画の最後の作業を東京で終えて、その足でやってきた。石川県は3年前、県内9カ所で連続して『標的の村』上映活動を大成功させてくれた土地だ。まだ放送局員だった私に、こんな風に熱烈な支援で、沖縄も、動画製作者も支えようという人々がいることを力強く示してくれた場所だった。それは、アメリカ軍の試射場の建設問題と闘って勝った内灘とか、珠洲の原発反対運動に勝ったとか、そこに至る苦労をよく知る土地柄だったことと無縁ではない。

 内灘闘争のあった土地に生きるある女性が「金は一年 土地は万年」と書かれたむしろ旗を沖縄の闘争現場に持って行ったとき、博治さんがすかさず「内灘からですか」と笑顔で言ってくれたそうだ。彼女はすっかり感激し、博治ファンになったという。博治さんは日本各地の住民闘争について深い思いを持っていた。だから沖縄だけが被害者であるような言い方もしなかったし、遠くから来てくれる方々の思いに報いたいと懸命だった。

 この女性が言っていた。初めて辺野古に行っておろおろしていた時に、やさしく声をかけてくれたのが博治さんだった。そして、いつも来る人たちに対して、「周りを良く見てほしい。一人でいる人がいないか。遠くから一人でも来てくれている仲間を大切にしてほしい。目配りをしてほしい」と。

 私は今夜その話が聞けてとても嬉しかった。遠い金沢で、博治さんを知る人がたくさんいて、そのすごさを口々に語るのを見て誇らしかった。過激派呼ばわりされ貶められ幽閉されたままの今の状況に焦って空回りしていたけれど、全国には博治さんのことをちゃんと知ってる人がたくさんいる。自分のことのように心配してくれている人がたくさんいる。山城博治は沖縄県民の誇りであるだけでなく、日本中のがんばっている人たちの誇りでもあるのだ。また不死鳥のように現場に舞い戻ってくるその日まで、自分のやるべきことをやろう。彼の分まで頑張ろうと歯を食いしばっているたくさんの仲間たちと同じように。


三上智恵監督・継続した取材を行うために製作協力金カンパのお願い

 皆さまのご支援により『標的の島 風かたか』を製作することが出来ました。三上智恵監督をはじめ製作者一同、心より御礼申し上げます。
 『標的の島 風かたか』の完成につき、エンドロール及びHPへの掲載での製作協力金カンパの募集は終了させていただきます。ただ、今後も沖縄・先島諸島の継続した取材を行うために、製作協力金については、引き続きご協力をお願いします。取材費確保のため、皆様のお力を貸してください。
 次回作については、すでに撮影を継続しつつ準備に入っています。引き続きみなさまからの応援を得ながら制作にあたり、今回と同様に次回作のエンドロールへの掲載などを行うようにしていきたいと考えております。しかし完成時期の目処につきましても詳細はまだ決まっておりませんので、お名前掲載の確約は今の時点では出来ないことをあらかじめご了承下さい。


■振込先
郵便振替口座:00190-4-673027
加入者名:沖縄記録映画製作を応援する会

◎銀行からの振込の場合は、
銀行名:ゆうちょ銀行
金融機関コード:9900
店番 :019
預金種目:当座
店名:〇一九 店(ゼロイチキユウ店)
口座番号:0673027
加入者名:沖縄記録映画製作を応援する会


by asyagi-df-2014 | 2017-03-04 08:07 | 沖縄から | Comments(0)

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