沖縄から-三上智恵の沖縄〈辺野古・高江〉撮影日記第65回

沖縄の地で、体を張って新しい歴史を作ろうとしている人たちがいる。
そこには、その煌めきの記録を残そうとしているジャーナリストがいる。
だとしたら、その生きざまの瞬間を私たちは受け取る必要がある。
三上知恵の沖縄撮影日記。

 
 今回の報告は、「ウタの呪力について~辺野古海上工事再開」。
 三上さんは、「言葉は呪力、ウタもまた然り。」、と。
 その力は「『やすぃんざ』(野心家・権力者ども)のたくらみを跳ね返す」ほどのものだと描き出す。


 言葉が現実を引き寄せる。まつりが予祝の言葉で溢れているのは、その力がれっきとして存在することをいにしえびとが体感していたからに他ならない。来る年の豊年を祝うことでまだ見ぬ未来の恵みが約束される。弥勒世(みるくゆー)がやってくる、とみんなの夢を見る力を唱和し、合わせて、束ねて天に響かせることで、強い力が豊穣を引き寄せてくるのだ。
 その力で「やすぃんざ」(野心家・権力者ども)のたくらみを跳ね返すこと、少なくともたった一人で歌っても相手をフリーズさせるくらいの力があることは、おととい、私が、ゲートの前でこの目で、見た。


三上さんは、「先週から、見たこともない巨大な海底ボーリング作業船『ポセイドン』が大浦湾にやってきて、辺野古の海は戦場の様相に逆戻りしてしまった。」、と切り出し、辺野古海上工事再開の様子を報告する。


 大きな台船2台には、コンクリートブロックが山のように乗せられている。埋め立ての土砂を投入する際には、汚れが海中に拡散して生態系を壊すため「汚濁防止幕」を水面から海底にかけて張っていく。埋め立て工事に伴う汚濁というのはそんな幕では防げないし、海が荒れればすぐに破れるような代物だ。水中でビリビリになって用を足さない様子を水中カメラで報道した経験があるから、なんとも空しい。しかし、工程上張らなくてはならず、海底に固定するために、これから数ヶ月間はおびただしい数のトンブロックが、毎日あの美しい海にじゃんじゃん投下されるのだ。


 また、「去年の3月に国と和解し、工事は止まっていた。なのになぜ、また海を殺す埋め立て作業が進められることになったのか。簡単に振り返ってみる。」、と次のように記す。


(1)2014年11月。保革を問わず、イデオロギーも今回だけは度外視して、沖縄県民は辺野古の基地建設に反対する意思を示そうと翁長知事を誕生させた。沖縄県政史上初のオール沖縄体勢で、圧倒的な支持を集めた知事の誕生。それは政府の方針と反するものではあるが、沖縄県民の生活と安全を守るためにそれしかないと言う局面で、県民が選択した結果である。これが民意の表れでなくてなんであろうか。さらにその直後の衆議院選挙でも、すべての選挙区で、辺野古の基地建設を容認する立場を主張していた自民党現職が議席を失う。重ねて示されたこの民意を受けて、翁長知事は辺野古の埋め立て許可を取り消した。
(2)日本にある米軍専用施設のおよそ74%を負担する沖縄県が、世界一危険と言われた普天間基地だけは返して欲しいと声を上げたとして、それは大それたことだろうか。普天間が消えても、基地負担はそのうちの1%も減りはしない。それなのに、さらに大きな軍港まで備えた新基地建設が、絶対の交換条件につけられるのはあんまりではないのか。これからも7割もの基地を沖縄は引き続き負って行くというのに。
(3)やみくもに「抑止力」という概念にすがりたい人々がこの国に大勢いて、思考を停止して、刻々と変化していくアメリカの戦略や海兵隊の役割や大国の思惑を学ぶことを怠って、「よくわからないけど、沖縄の負担を1ミリでも減らしたら自分たちは不安なのだ」と主張するなら、それは多数派のエゴと言うものだ。しかし、政府は「翁長知事が埋め立てを認めないのは違法だ」として知事を司法機関に訴え、昨年末、最高裁で勝ち、知事の手続きは無効化された。それによって、去年の末に辺野古の新基地建設工事は再開され、埋め立てに向けた海上工事も先週から始まった。辺野古の海上は海保の船、監視船、大小の作業船と抗議の船やカヌーチームも入り乱れて、またまた悲しい戦いの場に戻ってしまった。


 そして、三上さんは、今の辺野古の闘いを次のように報告する。


 ゲートの前では、この作業に必用な資材や重機や人員を少しでも搬入させないよう阻止行動が本格化した。先週から水曜、木曜に集中行動が展開されている。400人もいたら機動隊もごぼう抜きをあきらめてくれる。しかし人数が少ない日はあっけなく排除され、その都度ゲートが開けられてしまい、基地建設作業を止めることなどできない。それでも、1時間でも座り込みで遅らせることができたら、海の阻止行動は少しでも楽になる。この寒さの中、海に出て行く仲間たちのことを思えば、陸にいるのだからはいつくばって必死に抵抗し続けるしかない。ゲートに座り込む人たちは海にいる仲間の分、拘留されている仲間の分も頑張ろうと言う覚悟で座っている。


 さて、三上さんは、「言葉は呪力、ウタもまた然り。」の実際を次のように映し出す。


(1)おととい、その座り込みに始めて参加するという石垣島の女性と宮古島の男性の姿があった。女性は山里節子さん。私の新作ドキュメンタリー『標的の島 風かたか』の石垣編の大事な主人公の一人であり、自衛隊配備に反対するおばあたちのグループの中心的な存在だ。もう一人は、なんと1月にこの映画の先行上映を宮古島で見て、自衛隊配備問題に取り組む島のお母さんたちのグループ「てぃだぬふぁ」に速攻で参加したという男性。
(2)この砂川さんは宮古島で生まれ育ったミュージシャンで、1歳児のパパでもある。宮古島市議に当選した石嶺香織さんの選挙のときには、彼女と同じように乳飲み子を背中にくくりつけて、毎日選挙応援に駆けつけた。強力なてぃだぬふぁの「黒一点」となった。自衛隊容認の市長が3選を果たし、用地取得と工事着手が秒読みになった宮古島でも、座り込みの局面があるかもしれない。今回、繰り返し排除されても隣の人と強く手を握り、祈るような彼の表情から、その痛いほどの覚悟が伝わってきた。
(3)それは、石垣からやってきた節子さんも同じである。でも節子さんはごぼう抜き経験者だ。世界有数のアオサンゴ群落で知られる石垣市白保の海に新空港が建設されるというときに、白保の人々は長く激しい反対運動を展開した。節子さんはその中にいた。権力者どもが庶民のささやかな生活を潰し、野心家どもが先祖の土地を売り渡す。彼らの手に委ねていたら島の生活は奪われ、戦争への道がまた開かれる。その構図は常に仕掛けられてくるのだということを身に染みて知っているからこそ、覚悟を持って辺野古高江を見つめてきた女性だ。
(4)しかし彼女には、ほかの島の人が持たない大きな武器がひとつある。胸に溢れる思いや信念や覚悟や怒りをエネルギーに代えて外に発散し、人の心を射抜く力さえ持つ、歌の力を身につけていることだ。それは八重山地方の宝である「とぅばらーま」という歌のことだ。今度の新作映画の中で、ロケ中に彼女が突如歌いだすシーンがある。私は石垣の言葉だから半分しかわからなかったが、胸骨の辺りから涙がせり上がってくるのを押さえられなかった。歌にこんな力があるのか、と圧倒された瞬間だった。
(5)うまいから聞かせる、楽しむために歌う、そのどちらでもなく、場を盛り上げるとか心をひとつにするとかでもなく、相手がひるむような歌の威力というのがあるのだということは、奄美の歌の研究で知ってはいた。テレビもラジオもない時代、夕食後の楽しみはもっぱら歌であった時代、他島(たしま=別の集落)まで出かけていって歌で交流するのが最大の娯楽なのだが、中には、歌勝負が昂じて相手を威圧し、エネルギーを奪ったり、歓迎されないことではあるが、相手を呪うような手法もあったという。まさに精神文化の深淵に漂う言葉やウタの持つエネルギーと言うのは、底なしの宇宙をもっていたのだと思う。研究報告書でしか知らなかったそんな力の一端を、節子さんの歌に感じたのは、彼女と自衛隊配備予定地に立った去年の今頃のことだった。
(6)その節子さんが一年経って、辺野古の闘争現場にいる。なんとも不思議な日だった。動画で紹介しているが、彼女が不当な長期拘留が続いている博治さんのことや石垣の状況をとぅばらーまの形で披露したとき、道の向こうに座っていた文子おばあがひときわ大きな拍手をし、合いの手を入れていた。節子さんの歌がたいそう気に入ったようだった。夕方、文子さんの家を訪ねたときにおばあは言った。
 「石垣の方、節子さんね? あの歌は本物だよ。あれはすごかった。だれがもできるものではない」
 とぅばらーまは八重山地方の歌で、沖縄本島の民謡とはかなり趣も違っているので、プロであっても八重山の人でなければ、とぅばらーまだけは敬遠する人が多い。だからわたしは、「おばあすごいね、八重山のとぅばらーまもわかるんだ」といったら拳を振り上げるフリをしながら怒られた。
 「あんたは、誰に物を言ってるの。とぅばらーまを知らないはずないでしょ! 私はあの人が言うのは全部わかったよ!」
 文子おばあは無類の歌好きである。小学校にも通えず27才まで字が書けなかったと言うが、古い歌の歌詞を今でもたくさん覚えていらっしゃる。記憶力は抜群にいいのだ。若いときから即興で歌を掛け合う「歌掛け」の世界で楽しんできた粋な人で、夫の三線で夜な夜な夫婦で歌遊びをしていたことがとても幸せな記憶としてあるようだ。彼女と1日一緒にいると、うちなーぐちの歌のフレーズやことわざが必ず一つ二つ出てくる。どういう意味?と聞くと、毎回丁寧に教えてくれる。それは、言葉を習うだけでなく、美学や哲学を習うに等しく、去り行く世代から未来へのとても豊かな贈り物である。ちゃんと落ち着いて筆記で残したいといつも思うが、私の民俗学者としての仕事はこのところずっと中途半端なままだ。
(7)節子さんはゲート前で、即興の歌を披露した。私に訳させてもらえばこうなる。
(拘留が続くリーダーの)山城博治さん
彼が体現しているのは沖縄の真心である
彼を罪びとに仕立て上げ 捕えるなんて
私は絶対に許すことができない
天の神さまも お許しにはならないでしょう
(8)この日、2回目のトラックの列がやってきた。排除が続いている横で、文子おばあは堂々と道の真ん中に歩み出て、先頭のトラックの前に立ちはだかった。沖縄県警が「道路交通法違反ですよ」とたしなめると「そうだよねえ。あの車。あれはどうなの。あんたたちの車は交通違反だよね!」と切り返し、その場を動かなかった。トラックの運転手に向かって同じ沖縄の人間でしょう。同じ沖縄の人間なのに! とつぶやいた。節子さんは文子さんより8歳年下で、心配そうにそっと傍に寄り添っていたが、歩道のほうに排除されていった。その時に、また節子さんの歌が私の耳に届いた。
 「あなたはなんなの? メディアなの? 歩道から撮って!」
 その瞬間、私も警察に押され、大型トラックの列は動かないおばあたちを迂回して、イラついたように私の目の前をビュンビュン飛ばしてゲートに吸い込まれていった。その間、節子さんは歌い続けていたのに、轟音でうまく撮れなかった。悔しい。でも、周りの警察官は歌い始めた節子さんを歩道まで押していくことはできなかった。さっきまでのように触れられなかったのだ。彼女の叫ぶ歌が、相手をフリーズさせていた。
 後で聞いたら、文子おばあと隣にいた辺野古に住む当山佐代子さんが、沖縄の言葉で「同じ沖縄の血が流れているのではないのか?」といった表現をその場で聞き取り、即興で歌にしたそうだ。撮りたかった。歌が生まれる瞬間を近くで撮影して、みんなに紹介するのが私の役目なのに、悔しい。
(9)唄島・石垣島。芸達者揃いのこの島の持つ力を、単純に歌詞を見てカラオケで歌うような現代人のやせた感覚で捕えては見誤るだろう。言葉は呪力。ウタもまた然り。


 三上さんのこうした報告を文章で書き写してはいるが、常にこちらの力不足を感じる。
 でみ、やはり、受け取ったものは、文章で起こしてみる。


 権力者どもが庶民のささやかな生活を潰し、野心家どもが先祖の土地を売り渡す。彼らの手に委ねていたら島の生活は奪われ、戦争への道がまた開かれる。その構図は常に仕掛けられてくるのだ。





by asyagi-df-2014 | 2017-02-18 08:34 | 沖縄から | Comments(0)

壊される前に考えること。そして、新しい地平へ。「交流地帯」からの再出発。


by あしゃぎの人
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