2017年1月2日の「TOKYO-MXTV」の番組「ニュース女子」。(12)-東京新聞-<「沖縄ヘイト」言説を問う>(3) 作家・活動家 雨宮処凛さん(42)より-

 東京新聞は2017年2月4日、この問題について、「<「沖縄ヘイト」言説を問う>(3) 作家・活動家 雨宮処凛さん」の記事を掲載した。
 雨宮処凛さんは、次のように発言している。


(1)東京MXテレビの番組「ニュース女子」を見て、この国の「底が抜けた」ような気がした。若い女性におじさんが教える図式も気持ち悪かったが、沖縄ヘイト発言をする人たちにとっては、相手を面白おかしくおとしめて留飲を下げることの方が大事で、「真実がどこにあるのか」はどうでも良いように見えた。
(2)生活保護バッシングや貧困バッシングには、言う方にも「自分だってつらいのに」という悲鳴のようなものを感じることもあるが、沖縄をバッシングする人はおそらく自分がつらいわけではない。単に「主張する人」が大嫌いで、ストレス解消のためにたたく。歴史的背景は関係なく「わがまま言ってるヤツがいる」「血祭りにしてしまえ」といった幼稚なものを感じる。
(3)基地問題や米兵による事件など、沖縄には歴史的にずっと本土との不公平、不平等があった。低姿勢で「困ってるんです、助けてください」と言っているうちはみんな優しいが、主張しだした途端にたたかれる。東日本大震災後の一部被災者に対しても同じだった。
(4)あの番組は「主張する人」が大嫌いな人たちによる、公共の電波を使った辛淑玉(シンスゴ)さんの公開処刑のように感じた。沖縄に対して複雑な思いや悪意がある人となら議論になるが、沖縄のことが憎い訳でも関心がある訳でもなく、単に声を上げる人が気に入らない人たちとは議論にならない。一方、バッシングに乗ってしまう一般の人々にはどこか「嫉妬」もあると思う。「こっちは長時間労働で休みも金もなく死にそうなのに、休み取って沖縄行って正義を語れるなんて良い身分だね」というような。
(5)誰かをやり込めたくなるのは、今自分がおとしめられて幸せでないから。格差、貧困が深刻化する中、「頑張っても報われない」など今は誰もが不条理の当事者でもある。しかし、そんな社会が長く続くと、みんな徐々に諦め、そのうち誰も怒らなくなる。そんな人々にとって「声を上げる人」は目障りなのだろう。
(6)でも、そんな人たちにこそ言いたい。「おかしいと思ったら声を上げていいんだよ。賛同して一緒に戦ってくれる人はいる」と。声が集まったら事態が動く、そんな健全な方に世の中が動いたらいいのに。非正規、貧困、不平等。不条理は自分に今も起きているはずだ。身の回りの犠牲のシステムと沖縄がつながる時が、いつか来ると思う。


 雨宮さんの「生活保護バッシングや貧困バッシングには、言う方にも『自分だってつらいのに』という悲鳴のようなものを感じることもあるが、沖縄をバッシングする人はおそらく自分がつらいわけではない。単に『主張する人』が大嫌いで、ストレス解消のためにたたく。歴史的背景は関係なく『わがまま言ってるヤツがいる』『血祭りにしてしまえ』といった幼稚なものを感じる。」、との指摘は恐らく正しいだろう。
 だから、「あなたの植民地主義」の克服などと言われてしまっては、非常に困るわけで、遠い人ごとにしたくなるのだろう。
 雨宮さんは、「基地問題や米兵による事件など、沖縄には歴史的にずっと本土との不公平、不平等があった。低姿勢で『困ってるんです、助けてください』と言っているうちはみんな優しいが、主張しだした途端にたたかれる。東日本大震災後の一部被災者に対しても同じだった。」、と今の日本を映し出してくれる。
 でも、雨宮さんは、最後にこんな風に励ましてくれる。
私も、大きな声でともに唱えよう。


「『おかしいと思ったら声を上げていいんだよ。賛同して一緒に戦ってくれる人はいる』と。声が集まったら事態が動く、そんな健全な方に世の中が動いたらいいのに。非正規、貧困、不平等。不条理は自分に今も起きているはずだ。身の回りの犠牲のシステムと沖縄がつながる時が、いつか来ると思う。」




by asyagi-df-2014 | 2017-02-09 10:16 | 書くことから-いろいろ | Comments(0)

壊される前に考えること。そして、新しい地平へ。「交流地帯」からの再出発。


by あしゃぎの人
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