辺野古訴訟県敗訴を、沖縄以外の地方紙及び中央紙で考える。(3)

 最高裁は2016年12月20日、翁長雄志沖縄知事の名護市辺野古埋め立て承認取り消し処分を違法とする判断を下した。
この「辺野古訴訟沖縄県敗訴」について、沖縄の二紙以外の地方紙及び全国紙で考える。
まず、各紙の社説等の見出しは、次のとおりである。


(1)北海道新聞社説-「辺野古」県敗訴 最高裁の姿勢問われる
(2)河北新報社説-辺野古訴訟 沖縄県敗訴/「北風」では解決が遠のく
(3)東奥日報社説-政府は事態打開へ動け/辺野古訴訟 県敗訴確定
(4)岩手日報論説-辺野古最高裁判決 法律論で解決できるか
(5)新潟日報社説-沖縄県敗訴確定 工事再開より話し合いだ
(6)中日新聞社説-辺野古判決 沖縄の声を聞かぬとは
(7)京都新聞社説-沖縄と基地  県民の安全を誰が守る
(8)神戸新聞社説-辺野古判決/沖縄の声は届かないのか
(9)山陽新聞社説-沖縄の基地問題 事態打開へ対話が必要だ
(10)徳島新聞社説- 辺野古最高裁判決 司法の限界が見えてきた
(11)高知新聞社説-【辺野古訴訟判決】誠実に対話し局面打開を
(12)宮崎日日新聞社説-辺野古沖縄敗訴
(13)佐賀新聞論説-沖縄の米軍基地訴訟 県民の思い、再び無視された
(14)西日本新聞社説-「辺野古」国勝訴 司法判断でも解決しない
(15)朝日新聞社説-(社説)辺野古訴訟 民意を封じ込める判決
(16)毎日新聞社説-辺野古で県敗訴 政治的な解決に努力を
(17)東京新聞社説-辺野古判決 沖縄の声を聞かぬとは
(18)読売新聞社説-辺野古判決確定 翁長氏は徹底抗戦続けるのか


 この見出しから見えるものは、やはり、特定の新聞社以外は、主張の内容に違いはあったとしても、司法・最高裁のあり方や政府の行政手法に対して、いささかの疑問を呈しているということである。
もちろん、特定の新聞社とは「翁長氏は徹底抗戦続けるのか」とする読売新聞であるが、「翁長氏は徹底抗戦続けるのか」、とまで言い切ってしまっている。読売には、沖縄県民の姿は考慮しなくてもいいことになってしまっている。
さて、今回の沖縄訴訟沖縄県敗訴に関して、「司法・最高裁への批判」、「安倍晋三政権への疑問や今後の政権への提起」、という二点に絞って各紙の主張をまとめてみた。


Ⅰ.司法・最高裁への批判
(北海道新聞)
(1)強大な権限を持つ行政機関の行き過ぎに歯止めをかけるのが三権分立の下での司法の役割であり、最高裁は最後のとりでのはずだ。だが、今回も過去の基地問題の判決と同様、あるべき姿からはほど遠い内容だった。
(2)高裁判決見直しに必要な弁論は開かれず、基地が集中する沖縄の歴史や現状を審理を尽くして直視しようとしなかった。これでは存在意義が問われよう。
(3)判決は前知事の埋め立て承認が違法かどうかという手続きの問題に論点を絞り、県側の違憲の主張は門前払いされた。
(4)最高裁は移設の是非には踏み込んでおらず、「辺野古」にお墨付きを与えたわけではない。だが、国と県をかつての「主従」関係とみなすような高裁判決の是正すべき点は是正するのが、最低限の役割だった。
(河北新報)
 今回は大法廷ではなく小法廷で審議された。県側が民意に反した辺野古移設強行は「憲法が保障する地方自治の侵害」と主張したのに、なぜ憲法判断を避けたのか。小法廷でも弁論は開き、「沖縄差別論」に耳を傾けるべきだった。政治判断に全てを委ね、難題から逃げていると言わざるを得ない。最高裁の存在意義が問われよう。
(東奥日報)
 弁論を開かず、承認手続きの法律論に限定した最高裁の判決は、沖縄県民が納得するものではなかろう。
(岩手日報)
 米軍新型輸送機オスプレイが沖縄県名護市沿岸で起こした事故から1週間足らずで米軍が飛行再開したタイミングで、最高裁は20日、名護市辺野古への米軍新基地建設をめぐる国と県の争いに県側敗訴の断を下した。原審判決の見直しに必要な弁論が開かれなかったことから、県敗訴は既定路線。沖縄県民のみならず、二つの事案から国の姿勢をかぎ取った国民は多いのではないか。
(中日新聞)
(1)沖縄県側は「民意に反する新基地建設の強行は憲法が保障する地方自治権の侵害だ」と憲法違反を訴え上告していた。この観点からすれば、最高裁は大法廷に回付し、十分に審理したうえで、憲法判断に踏み込むべきだったと考える。だが翁長雄志(おながたけし)知事の言い分を聞く弁論さえ開かず、「国の指示に従わないのは不作為で違法」と退けた。
 米軍基地という政治的・外交的な問題には、確かに国の裁量が働くであろう。だが、全面的に国の政策の前に地方が従順であるだけなら、地方自治の精神は機能しない。当然、米軍基地の大半を沖縄に押しつける理由にもならない。
(2)別の問題点もある。基地の辺野古移設に伴う海の埋め立て承認が今回の訴訟のテーマだった。つまり前知事による埋め立て承認の判断に違法性がなければ、現知事はそれを取り消すことができないのかというポイントだ。
 選挙という「民意」が現知事の主張を支持すれば、政策を変更できるのは当然ではないか。この点について、最高裁は「前知事の承認を審理判断すべきだ」「(現知事が)職権により承認を取り消すことは許されず、違法となる」と述べた。大いに疑問を抱く判断である。それでは選挙で民意に問うた意味がなくなってしまうからだ。県民の合意がないまま埋め立てを強行しては「民意より米軍優先」そのものにもなる。
(3)高裁は「辺野古しかない」と言い切った。その言葉はなくとも、最高裁の思考回路も「辺野古ありき」だったのではなかろうか。
(京都新聞)
 県側は環境や県民生活を守るため埋め立て承認を取り消すのは地方自治の本旨とし、国の対応は憲法違反と主張していた。なのに1回の弁論も開かず、いわば手続き論で県側の上告を棄却した。県民の基地被害は具体的かつ日常的だ。それでも安保が優先されるなら憲法が保障する生存権や地方自治は成り立たない。最高裁は憲法に踏み込んで判断基準を示すべきではなかったか。
(山陽新聞)
(1)1999年の地方自治法改正で地方自治体と国は対等な関係となった。その後、自治体が国の是正指示に従わない時に国が訴訟を起こせるようになり、今回が初の訴訟だった。最高裁は行政手続きに欠陥がなかったかどうかだけを淡々と審理し、前知事の埋め立て承認は違法とはいえず、翁長知事が取り消したのは違法とした。
(2)沖縄県は国の対応が地方自治を侵害し、憲法違反であるとも主張していたが、最高裁はこうした県側の訴えを審理の対象とせず、憲法判断には踏み込まなかった。9月の高裁判決が「辺野古が唯一の解決策」とする国の主張を全面的に認めたのに対し、最高裁は移設先が辺野古である必要性などには触れなかった。司法が政治的な場になることを避ける判断とみられる。
(3)基地問題は司法では解決できないということだろう。
(徳島新聞)
 高裁支部判決は、米軍基地を沖縄に置く「地理的優位性」にまで踏み込み、普天間の被害除去には「辺野古沿岸部を埋め立てるしかない」と断じていた。国策を追認した内容に、法律の専門家からも批判が出されていた。最高裁はそうした部分に触れず、行政手続きの欠陥など法律問題に絞って審理した。ただ、普天間よりも辺野古の方が基地の面積が狭いことや、国の環境保全策を肯定的に捉えた点は疑問である。多くの県民は、県内移設により、将来にわたって基地負担を強いられ続けることに反発している。環境破壊への懸念も強い。
(宮崎日日新聞)
 最高裁判決は、前知事が行った埋め立て承認について、辺野古移設によって米軍施設面積が縮小されることや環境保全対策などを挙げて「不合理な点はない」と認定した。また国が地方自治体に是正を指示できることも認めた。一方、国の対応が地方自治を侵害し、憲法違反だと福岡高裁那覇支部で主張した県側の訴えは審理の対象となっていない。安全保障上、米軍基地を沖縄に置く「地理的優位性」を認めて、県外移設の実現の見込みがない以上、普天間飛行場の危険性を除去するには辺野古以外ないとした支部判断には触れなかった。弁論を開かず、承認手続きの法律論に限定した今回の判決は、沖縄県民が納得するものではなかろう。
(佐賀新聞)
 普天間飛行場の返還について日米が合意し、20年がたつ。沖縄の米軍基地移設は国政の重要問題であり続けているが、司法は積極的に基地の「県内移設」を是認する形となった。
(西日本新聞)
(1)この裁判の実質的な焦点は、国が進める政策に対し、地方自治体が民意を背負って抵抗した場合、地方の意思はどこまで尊重されるべきか-という点だった。
(2)最高裁は地方自治における「民意の実現」の意義には踏み込まず手続き論に絞ることで、結果的に地方の反対を押し切って国策を推進する政府を後押しする判断を下した、といえるのではないか。
(朝日新聞)
(1)役所がいったんこうすると決めたら、それを役所が自ら覆すことは難しい。たとえ多くの人の思いと違っても、当初の決定に違法な点がなければ裁判所は取り消しを認めない――。沖縄・米軍普天間飛行場の辺野古沖への移設計画をめぐる訴訟で、裁判所が示した判断を一言でいえばそうなる。12ページの判決全文から浮かびあがるのは、民主主義の理念と地方自治の精神をない
(2)判決が及ぼす影響は辺野古問題にとどまらない。動き出したら止まらない公共工事など、この国が抱える病を、行政自身、さらに司法が正すことの難しさをうかがわせる。その観点からも疑問の残る判決といえよう。
(毎日新聞)
 今回の訴訟では、国防・外交にかかわる問題で国と地方の意見が対立した場合の判断や、沖縄県が辺野古新基地建設は地方自治を保障した憲法92条に反すると訴えたことについての憲法判断が注目された。だが、最高裁はこうした点にはいっさい言及せず、行政手続きとしての適否の判断に終始したと言える。
(東京新聞)
(1)沖縄の声を聞かずに結論を出すとは…。米軍普天間飛行場の辺野古移設をめぐる最高裁判決は「沖縄敗訴」だった。国と地方は対等という地方自治の精神を踏みにじる判断と言うべきである。
(2)最高裁は大法廷に回付し、十分に審理したうえで、憲法判断に踏み込むべきだったと考える。だが翁長雄志(おながたけし)知事の言い分を聞く弁論さえ開かず、「国の指示に従わないのは不作為で違法」と退けた。米軍基地という政治的・外交的な問題には、確かに国の裁量が働くであろう。だが、全面的に国の政策の前に地方が従順であるだけなら、地方自治の精神は機能しない。当然、米軍基地の大半を沖縄に押しつける理由にもならない。
(3)別の問題点もある。基地の辺野古移設に伴う海の埋め立て承認が今回の訴訟のテーマだった。つまり前知事による埋め立て承認の判断に違法性がなければ、現知事はそれを取り消すことができないのかというポイントだ。選挙という「民意」が現知事の主張を支持すれば、政策を変更できるのは当然ではないか。
(4)この点について、最高裁は「前知事の承認を審理判断すべきだ」「(現知事が)職権により承認を取り消すことは許されず、違法となる」と述べた。大いに疑問を抱く判断である。それでは選挙で民意に問うた意味がなくなってしまうからだ。県民の合意がないまま埋め立てを強行しては「民意より米軍優先」そのものにもなる。
(5)高裁は「辺野古しかない」と言い切った。その言葉はなくとも、最高裁の思考回路も「辺野古ありき」だったのではなかろうか。
(読売新聞)


2.安倍晋三政権への疑問や今後の提起
(北海道新聞)
 政府が強硬姿勢で突き進めば、沖縄との対立は後戻りのできないところまで先鋭化するだろう。司法判断だけで基地問題は解決できない。県と対話を続けるべきだ。
(河北新報)
(1)安倍政権が安全保障や外交上の国益を大上段から振りかざすだけでは、この問題は一歩も動かないだろう。沖縄県にも住民の安全、生活、人権を守る自治体としての責務があるからだ。国が上位に立ち、地方に隷属を強いる思考はもう通じないのではないか。
(2)国際情勢も変わりつつある。海兵隊は沖縄以外に長崎県・佐世保基地やグアム、オーストラリアなど国内外に分散配置が進んでおり、政府が強調する「一体的運用論」や「地理的優位論」は、今や説得力を失ってきている。
(3)加えて次期米大統領のトランプ氏の登場である。選挙期間中に日本への米軍駐留経費の負担増を唱える一方、撤退も示唆している。沖縄県に追い風が吹く可能性すらあり、先行きは不透明だ。
(4)いずれにしても、複雑に絡み合った糸をほぐすには、理詰めで押し切ろうとしても無理がある。強硬姿勢一辺倒の「北風」路線には限界があり、粘り強い対話でしか解決する道がないことを、安倍政権は肝に銘じるべきだ。
(東奥日報)
(1)背景には、沖縄の過重な基地負担に政府が真正面から向き合っているとは言い難い現状がある。重大事故を起こした米軍新型輸送機オスプレイの飛行再開は事故後わずか6日で認めた。基地の安定的な運用には住民の理解が必要だが、一連の動きは沖縄の民意を踏みにじるものと言わざるを得ない。
(2)政府は工事再開という強硬姿勢ではなく事態打開に向け沖縄県と誠実に協議するとともに、解決策を見いだすよう米政府に働き掛けるべきだ。
(3)大統領選中に在日米軍基地の費用負担増を求めたトランプ次期米大統領の今後の対応はまだ分からない。しかし変化の可能性がある時だからこそ、日本政府も固定化した発想を脱するべきだ。
(岩手日報)
(1)翁長氏は今後も、あらゆる手段で抵抗する意向を示す。もとより法律論で解決するべき問題ではないことは、辺野古案が日米合意となってはや20年の歳月が物語る。事の大小を問わず、政府が力ずくで国策を推し進める状況が許されるなら、地方に生きる意味はゆがむだろう。
(2)日米同盟が転換期にある今だからこそ、政府は沖縄の感情に向き合い、国として米側に主張すべきを主張しなければならない。オスプレイの事故対応に垣間見える政府の及び腰は、同盟関係に横たわる最大の懸案ではないか。
(新潟日報)
(1)国が沖縄県の意思を力ずくでねじ伏せるように辺野古移設を進めることは、決して許されない。改めて、対話を通じて打開策を探るよう求めたい。
(2)そもそも工事を再開できる状況にないことは明らかである。沖縄県では13日、米軍の新型輸送機オスプレイが浅瀬で大破したり、普天間飛行場に胴体着陸したりする事故が相次いで発生した。米軍は事故からわずか6日後の19日、「機体の安全性は確認できた」として飛行を再開した。日本政府は米国の対応を追認した。翁長知事をはじめ沖縄県民が日米両政府に猛反発するのは当然だ。大破事故は、一つ間違えれば人家への墜落という最悪の事態を招きかねなかった。しかも在日米軍の法的な地位を定めた日米地位協定が壁になって、海上保安庁の捜査は一向に進んでいない。
(3)日本政府がやらなければならないのは、米国に改めて飛行中止を求め、主体的に事故原因を究明することであろう。
(4)抑止力として日本の安全に寄与すべきオスプレイが、かえって国民の安全を脅かしている現実を深刻に受け止めるべきである。
(5)オスプレイは、沖縄県だけではなく、日本全体の問題として捉える必要がある。米空軍が2017年から東京都の横田基地に配備すると、本県を含む10都県、80市町村の空域で訓練が行われる可能性があるのだ。今回の飛行再開を認めれば、今後も米軍が同様の対応を繰り返す懸念は拭えない。
(中日新聞)
 沖縄の声を聞かずに結論を出すとは…。米軍普天間飛行場の辺野古移設をめぐる最高裁判決は「沖縄敗訴」だった。国と地方は対等という地方自治の精神を踏みにじる判断と言うべきである。
(京都新聞)
(1)沖縄の人々の命と暮らしをいったい誰が守ると言うのだろうか。
(2)政府は、中断していた埋め立て工事の早期再開を目指すが、翁長氏は反対の民意を背景に徹底抗戦する構えだ。そもそも司法で決着をつける問題でなく、双方の話し合いで新たな打開策を探るのが本筋だ。重い基地負担を押し付けている国民全体に向けられた問いでもあることを忘れてはなるまい。
(神戸新聞)
(1)最高裁で示されたのは一つの行政手続きについての判断にすぎない。国が高圧的な態度を改めない限り、知事を中心に抵抗は続く。それを多くの県民が支持している。国はこの事実を軽く見ていないか。
(2)これまでの経緯を見ると、民意を背に対話を進めようとする知事側に対し、国はまともに応じようとしなかった。歩み寄る姿勢を見せないのは不誠実と言うしかない。
(3)沖縄には米軍基地の集中によってもたらされた苦しみの歴史がある。その怒りを受け止めることなく、基地問題の解決を図ることは無理だろう。国の誠実な対応を求めたい。
(山陽新聞)
(1)折しもきょうは沖縄本島北部の米軍訓練場の部分返還の式典も予定されているが、沖縄では歓迎ムードはないようだ。返還条件として集落を囲むようにヘリコプター離着陸帯が新設され、オスプレイが運用される予定で、県民の基地負担感は増している。
(2)反基地感情が高まれば基地の安定的な運用は難しくなり、日米同盟の土台も揺らぎかねない。沖縄の声を、政府はしっかり受け止めることが必要だ。これまでの強硬姿勢を改め、対話による解決を真摯(しんし)に目指してもらいたい。
(徳島新聞)
(1)政府に求められるのは、過重な基地負担に苦しんでいる沖縄の現状を直視し、県民の思いに寄り添うことである。誠実に県と話し合いを始めるべきだ。
(2)法廷闘争の泥沼化を誰も望んではいない。政府は係争委の見解に、改めて耳を傾けてほしい。
(高知新聞)
(1)気掛かりなのは沖縄の民意を顧みずに、政府や米軍が意向を押し通していく点である。
(2)沖縄側と政府、米軍の間の溝は広がる一方というしかない。司法判断をお墨付きに、政府が強引に辺野古移設を進めれば、さらに混迷しかねない。局面打開には双方が誠実に話し合うことだ。政府には沖縄の民意に向き合い、丁寧に理解を求める姿勢が欠かせない。(宮崎日日新聞)
(1)背景には、沖縄の過重な基地負担に政府が真正面から向き合っているとは言い難い現状がある。重大事故を起こした米軍新型輸送機オスプレイの飛行再開を、事故後わずか6日で認めた。本島北部の米軍訓練場の返還も、政府は「沖縄復帰後、最大の返還」と強調するが、返還条件として集落を囲むように建設されたヘリコプター離着陸帯ではオスプレイが運用される。辺野古移設などと連動し、事実上は米軍基地の機能強化と言うべきだろう。一連の動きは沖縄の民意を踏みにじるものだ。政府は工事再開という強硬姿勢ではなく、事態打開に向けて沖縄県と誠実に協議するとともに、解決策を見いだすよう米政府に働き掛けるべきである。
(2)トランプ次期米大統領の方針はまだ分からない。しかし変化の可能性がある時だからこそ、日本政府は固定化した発想を脱するべきだ。普天間返還と辺野古移設は「二者択一」ではない。第3の解決策はないのか。米側との交渉を放棄するような政府の姿勢に、沖縄の反発が強まるのは当然だ。
(佐賀新聞)
(1)沖縄県民は選挙を通じ、「基地反対」の民意を示し続けていることをあわせて考えれば、やり場のない憤りをどこにぶつけたらいいのかという思いだろう。
(2)沖縄県に集中する基地問題は、日本全体で考える必要がある。一方で、一度引き受ければ、後戻りはできない。基地問題に直面する県はそれだけの覚悟が必要だと自覚すべきだろう。
(西日本新聞)
 今回の最高裁判決は埋め立ての手続きを法律的に追認したにすぎない。「辺野古移設が政策として最も正しいか」というのは全く別の問題である。ここに立ち戻って国と県とが真剣に話し合わない限り、本質的な解決はない。政府が勝訴を「お墨付き」にして強引に移設へ突き進めば、かえって対立を深めるばかりだ。
(朝日新聞)
(1)沖縄の人びとの目には、国家権力が一体となって沖縄の声を封じ込めようとしているとしか映らないのではないか。
(2)沖縄県側の敗訴が確定し、政府は埋め立て工事にお墨付きを得たことになる。だが、事態が収束に向かうわけではない。移設までにはなお多くの手続きがあり、民意を背負う翁長知事は与えられた権限をフルに使って抵抗する構えだ。それを知りつつ、政府が工事再開に突き進むのは賢明とはいえない。沖縄の声を政策決定過程に反映させることにこそ、力を注ぐべきだ。
(3)訴訟に先立つ6月、国と地方との争いの解決にあたる第三者委員会は、普天間の返還という共通の目標の実現にむけた真摯(しんし)な協議を、政府と県の双方に求めた。政府はこれに前向きとは言いがたいが、「辺野古が唯一の解決策」と唱え続けても、展望が開けないのはこの間の経緯から明らかだ。
(4)安倍首相は「沖縄の気持ちに真に寄り添う」大切さを説く。自らの言葉を実践し、この小さな島が抱える負担を少しでも軽くする道を示さねばならない。
(毎日新聞)
(1)司法の最終判断は下ったが、政治的な解決にはほど遠い。
(2)辺野古移設の問題は、法律論をいくら戦わせても解決できないだろう。国と県が泥沼の法廷対立をしても、お互いの利益にならない。この問題は、前知事が県外移設の公約をひるがえして埋め立てを承認したことに県民が猛反発し、翌年の知事選で、移設反対派の翁長県政を誕生させたことに始まる。移設反対の民意が何度も示されながら、政府が前知事の承認を錦の御旗(みはた)のようにして移設を強行するのが、民主主義や地方自治の精神に照らして適切かが問われている。本質は行政手続きではなく、政治のあり方だ。政府は自らの手で解決を主導すべきだ。
(3)政府は、話し合いで解決できないから裁判に持ち込んだと考えているようだが、形だけの対話姿勢を示していただけではないか。回り道のようでも国と県が再度、真摯(しんし)に話し合いをすることを求めたい。
(東京新聞)
 高裁は「辺野古しかない」と言い切った。その言葉はなくとも、最高裁の思考回路も「辺野古ありき」だったのではなかろうか。


 さて、まずは、佐賀新聞の「今回の最高裁判決は埋め立ての手続きを法律的に追認したにすぎない。『辺野古移設が政策として最も正しいか』というのは全く別の問題である。ここに立ち戻って国と県とが真剣に話し合わない限り、本質的な解決はない。政府が勝訴を『お墨付き』にして強引に移設へ突き進めば、かえって対立を深めるばかりだ。」、という指摘を安倍晋三に送ろう。
 しかし、彼らは聞く耳を持たないだろう。
 やはり、神戸新聞の「沖縄には米軍基地の集中によってもたらされた苦しみの歴史がある。その怒りを受け止めることなく、基地問題の解決を図ることは無理だろう。国の誠実な対応を求めたい。」、新潟日報の「抑止力として日本の安全に寄与すべきオスプレイが、かえって国民の安全を脅かしている現実を深刻に受け止めるべきである。」「国が沖縄県の意思を力ずくでねじ伏せるように辺野古移設を進めることは、決して許されない。改めて、対話を通じて打開策を探るよう求めたい。」、との言葉を安倍晋三政権に突きつけなけねばならない。
 言わなければならないのは、、京都新聞のこのことである。


 「沖縄の人々の命と暮らしをいったい誰が守ると言うのだろうか。」







by asyagi-df-2014 | 2016-12-23 07:43 | 沖縄から | Comments(0)

壊される前に考えること。そして、新しい地平へ。「交流地帯」からの再出発。


by あしゃぎの人
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