「オスプレイが沖縄県名護市の安部の浅瀬に墜落」を考える。(3)-琉球新報社説(20161217)-

 標題について、「主権国家であること」の観点から考える。
 琉球新報は、2016年12月17日、「墜落現場過剰規制 米軍に国内法適用せよ 主権国家の務めを果たせ」、とその社説で主張した。
 まずは、これを要約する。


ⅰ.問題点の指摘
(1)日本側が捜査を申し入れても回答さえしない。報道陣には正当な理由もなく退去を求める。そこが民間地域であるにもかかわらずだ。米軍の傍若無人な振る舞いは到底認められない。
(2)主権を侵されても日本政府は問題にすらしない。独立国の誇りを捨てて米国を優先することで生じた歪(ひず)みが、沖縄県民の平穏な暮らしを脅かし続けているのである。
(3)名護市安部の海岸で発生したオスプレイ墜落事故は、2004年の沖国大米軍ヘリ墜落事故を受けて、日米が取り交わした基地外での米軍機事故に関するガイドライン(指針)が適用される事案だ。だがこの指針も事故機の管理や原因調査を米軍が優先的に行うことに変わりはない。民間地域での米軍の治外法権にお墨付きを与える屈辱的なものだ。オスプレイ墜落事故でも、その弊害が現れた。
 その一例が日本の捜査権が阻まれていることだ。第11管区海上保安本部は米軍側に捜査を申し入れたが、放置されている。事故原因解明に欠かせないフライトレコーダーは米軍が回収した。海保は航空危険行為処罰法違反で捜査に着手したが、捜査難航を懸念せざるを得ない。米軍は自らの非協力姿勢で「良き隣人」ではないことを示した。
(4)規制の在り方も問題だ。米軍が浜を分断する形で張り巡らせた規制線の中に置かれたオスプレイの残骸を機動隊が警備したことは、米軍の機密を守ることに主眼を置いているためだろう。住民の安全を確保する意思は一切感じられない。
 指針は「事故現場を可能な限り小さく設定」した上で規制することを求める。名護市議らの抗議で、米軍が規制範囲を縮小したことは、米軍が意のままに規制していることの表れだ。それを問題視しない日本政府は米軍の指針違反を容認していることになる。
(5)このような米軍優先は世界基準と大きく乖離(かいり)している。
(6)墜落現場では、米軍が報道陣に現場から離れるよう要求した。指針によれば、現場にいる県警が報道陣を含む「見物人」の「整理」を担当する。県警がいない場合は米軍が整理できるが、県警は今回、その場にいた。一時的であれ、指針を無視した米軍の退去要求は指針に明らかに反する。
(7)米軍だけではない。県警の対応にも問題はある。稲嶺進名護市長が現場に近づくことを制止したことだ。指針では、事故現場を行政上管轄する地方当局が必要な業務を適宜行うことを認めている。市長は事故現場を行政上管轄する地方当局のトップである。墜落事故の被害状況確認は市長にとって必要な業務だ。市民の安全に大きな責任を負う市長の業務を妨害することは、あってはならない。稲嶺市長は「地元の人たちも私も含めて現場に近寄れない。こんな不合理な世界があるのか。ここは沖縄か、名護市か」と憤った。当然である。


ⅱ.主張
(1)日本が国民の基本的人権を保障する真の法治国家ならば、米軍の治外法権を認める日米地位協定を破棄して米軍に国内法を適用し、厳しい規制の網をかけるべきだ。
(2)イタリア国内の全米軍基地は、イタリア軍司令官の下に置かれている。米軍は重要な行動をイタリア側に全て事前通告し、演習、軍事物資・兵員の輸送、事件・事故でもその発生を通告することが課せられている。米軍機事故の検証もイタリア側が主導権を持つ。
 これが主権国家としてあるべき姿である。米国を上位に置く日本とは対照的である。日本政府はイタリアを見習うべきだ。
(3)民間地域でありながら、過剰な規制によって市長でさえも正当な業務を阻まれる。こんな異常な状況をいつまでも放置してはならない。日本政府は主権国家としての務めを果たすべきだ。醜いまでの米国優先に終止符を打たねば、真の独立国とは言えない。



 琉球新報が指摘する墜落事故を受けての対応は、あきらかに日本という国の主権が侵害されている状況を示している。
 そしてさらに、このことの意味が、沖縄以外では取りあげられないことこそ、「構造的沖縄差別」の実態を曝け出している。


 以下、琉球新報の引用。








琉球新報社説-墜落現場過剰規制 米軍に国内法適用せよ 主権国家の務めを果たせ-2016年12月17日 06:01



 日本側が捜査を申し入れても回答さえしない。報道陣には正当な理由もなく退去を求める。そこが民間地域であるにもかかわらずだ。米軍の傍若無人な振る舞いは到底認められない。

 主権を侵されても日本政府は問題にすらしない。独立国の誇りを捨てて米国を優先することで生じた歪(ひず)みが、沖縄県民の平穏な暮らしを脅かし続けているのである。
 日本が国民の基本的人権を保障する真の法治国家ならば、米軍の治外法権を認める日米地位協定を破棄して米軍に国内法を適用し、厳しい規制の網をかけるべきだ。

 世界基準と乖離

 名護市安部の海岸で発生したオスプレイ墜落事故は、2004年の沖国大米軍ヘリ墜落事故を受けて、日米が取り交わした基地外での米軍機事故に関するガイドライン(指針)が適用される事案だ。
 だがこの指針も事故機の管理や原因調査を米軍が優先的に行うことに変わりはない。民間地域での米軍の治外法権にお墨付きを与える屈辱的なものだ。オスプレイ墜落事故でも、その弊害が現れた。
 その一例が日本の捜査権が阻まれていることだ。第11管区海上保安本部は米軍側に捜査を申し入れたが、放置されている。事故原因解明に欠かせないフライトレコーダーは米軍が回収した。
 海保は航空危険行為処罰法違反で捜査に着手したが、捜査難航を懸念せざるを得ない。米軍は自らの非協力姿勢で「良き隣人」ではないことを示した。
 規制の在り方も問題だ。米軍が浜を分断する形で張り巡らせた規制線の中に置かれたオスプレイの残骸を機動隊が警備したことは、米軍の機密を守ることに主眼を置いているためだろう。住民の安全を確保する意思は一切感じられない。
 指針は「事故現場を可能な限り小さく設定」した上で規制することを求める。名護市議らの抗議で、米軍が規制範囲を縮小したことは、米軍が意のままに規制していることの表れだ。それを問題視しない日本政府は米軍の指針違反を容認していることになる。
 このような米軍優先は世界基準と大きく乖離(かいり)している。
 イタリア国内の全米軍基地は、イタリア軍司令官の下に置かれている。米軍は重要な行動をイタリア側に全て事前通告し、演習、軍事物資・兵員の輸送、事件・事故でもその発生を通告することが課せられている。米軍機事故の検証もイタリア側が主導権を持つ。
 これが主権国家としてあるべき姿である。米国を上位に置く日本とは対照的である。日本政府はイタリアを見習うべきだ。

 市長業務を妨害

 墜落現場では、米軍が報道陣に現場から離れるよう要求した。指針によれば、現場にいる県警が報道陣を含む「見物人」の「整理」を担当する。県警がいない場合は米軍が整理できるが、県警は今回、その場にいた。一時的であれ、指針を無視した米軍の退去要求は指針に明らかに反する。
 米軍だけではない。県警の対応にも問題はある。稲嶺進名護市長が現場に近づくことを制止したことだ。
 指針では、事故現場を行政上管轄する地方当局が必要な業務を適宜行うことを認めている。
 市長は事故現場を行政上管轄する地方当局のトップである。墜落事故の被害状況確認は市長にとって必要な業務だ。市民の安全に大きな責任を負う市長の業務を妨害することは、あってはならない。
 稲嶺市長は「地元の人たちも私も含めて現場に近寄れない。こんな不合理な世界があるのか。ここは沖縄か、名護市か」と憤った。当然である。
 民間地域でありながら、過剰な規制によって市長でさえも正当な業務を阻まれる。こんな異常な状況をいつまでも放置してはならない。日本政府は主権国家としての務めを果たすべきだ。醜いまでの米国優先に終止符を打たねば、真の独立国とは言えない。


by asyagi-df-2014 | 2016-12-19 14:02 | 沖縄から | Comments(0)

壊される前に考えること。そして、新しい地平へ。「交流地帯」からの再出発。


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