沖縄県警の不当弾圧に強く抗議。(4)

 名護市辺野古への新基地建設に対する抗議行動への不当弾圧について、琉球新報は2016年11月30日、「【平和センター捜索】 権力の暴走は何をもたらすのか」、との記事を掲載した。
 高良沙哉 沖大准教授(憲法学)は、「差別意識潜む権力暴走」と次のように語った。


(1)2015年12月にキャンプ・シュワブゲート前でシュワブ内に入ったとして沖縄平和運動センターの山城博治議長を逮捕したときから今回の件にいたるまで、市民の動きを排除し、工事を効率よく進めていくために地ならししていると感じる。
(2)犯罪に該当するのかが明白でなくとも、警察権力が逮捕するということ自体に市民はとても萎縮する。辺野古や高江は全県、全国的に関心を集めている。これから抵抗運動に参加しようと意欲を持っている人たちの動きを封じる目的があるのだろう。本土に沖縄の情報が正しく伝わらないことも考えれば、この抵抗運動が本土へ広がるのも妨げている。
(3)高江で抗議していた山城議長が公務執行妨害と傷害の容疑で逮捕された際の自宅の家宅捜索のときもそうだったが、今回の件でもカヌーを出し入れするような場所にブロックを積み上げたことの証拠があるかは疑わしい。「沖縄に対しては、何をやってもよい」という権力の暴走は、「土人」発言と共通する差別意識が潜んでいるのではないか。
(3)実際に犯罪であるかどうかではなく、現時点での表現の自由や政治活動を抑えることが目的になっている。憲法が強く保障する表現の自由を、ここまで軽視し弾圧するのには、恐ろしさを感じる。もはや民意をまったく顧みる様子がみられない。今回の動向を見て「それだけ国は焦っている」「抵抗運動が国を追いつめている」という見方もできるかもしれないが、米国の要求に応えるために市民をないがしろにするようでは、もはや独立国と言えるのか。国が警察に強い権限を与え、私たちを恐怖に陥れて国の政策を押し付けようとする。
(4)高江での露骨な暴力的弾圧に加えて、辺野古でも弾圧する糸口を探す。表現の自由など、憲法上の人権を無視し、民意を無視して権力が暴走するこの国はもはや法治国家と言えない。


 続いて、伊佐眞一(沖縄近現代史家)は、「抵抗運動の原動力標的」と次のように語った。


(1)一昨日、ヘリパッド建設現場の東村高江に行った。乗ったバスの中は3分の2が初めて高江に行く人だという。車中でガイドの人が強調していたのは、高江も辺野古も非暴力主義でやっているということだった。ちょっとぶつかって何でもなくても、向こう(機動隊ら権力側)はビデオで撮影してくるので、重々注意してほしいと説明があった。
(2)逮捕されたのは沖縄平和運動センターの山城博治議長だけでなく、新聞紙上で匿名の人も何人もいると報じられている。一般の人々にとって匿名の人が逮捕される記事はかなりインパクトがある。建設に反対の気持ちがあり、これから現場に行ってみたいと思う人にとって精神的に非常に重荷になる。考えている以上に行動に二の足を踏ませるものになると、バスの中で改めて感じた。
(3)政治的に見ると、翁長雄志知事の高江に対する姿勢が辺野古と違っているのは誰が見ても明らかだ。オール沖縄の中で微妙にほころびが出てきているとみて権力側はそこにくさびを打つことを念頭に置いている。
(4)高江ではヘリパッドの建設が進み、来月には返還式典が予定されている。その次は本丸の辺野古で、陸上の隊舎
建設を再開し、最高裁判決が出た後には海に資材を投げ込む事態がそれほど遠くないかもしれない時期にきている。そこに向けた基地反対の運動を逡巡(しゅんじゅん)させる一つの方法なのだろう。
(5)権力側は抵抗運動の原動力がどこにあるのかデータ化している。その中で平和運動センターに狙いを定めるのはある意味当然だろう。大衆運動の拠点としての平和運動センターを狙ってみせる意味は、今後の運動がどうなっていくかを見る上でのテストケースなのだろう。その点を十分に念頭に置いておく必要がある。
(6)高江の現状は権力側が「押せ押せ」のムードだ。そのままの勢いで反対運動をすぼませて、辺野古新基地建設につなげていこうというのが警察や権力側の狙いだ。


 確かに、「平和運動センターに狙いを定めるのはある意味当然だろう。大衆運動の拠点としての平和運動センターを狙ってみせる意味は、今後の運動がどうなっていくかを見る上でのテストケースなのだ」、ということだ。


 以下、琉球新報の引用。








琉球新報-【平和センター捜索】 権力の暴走は何をもたらすのか-2016年11月30日 10:44



【識者の見方】
■差別意識潜む権力暴走
高良 沙哉 沖大准教授(憲法学)

 2015年12月にキャンプ・シュワブゲート前でシュワブ内に入ったとして沖縄平和運動センターの山城博治議長を逮捕したときから今回の件にいたるまで、市民の動きを排除し、工事を効率よく進めていくために地ならししていると感じる。

 犯罪に該当するのかが明白でなくとも、警察権力が逮捕するということ自体に市民はとても萎縮する。辺野古や高江は全県、全国的に関心を集めている。これから抵抗運動に参加しようと意欲を持っている人たちの動きを封じる目的があるのだろう。本土に沖縄の情報が正しく伝わらないことも考えれば、この抵抗運動が本土へ広がるのも妨げている。

 高江で抗議していた山城議長が公務執行妨害と傷害の容疑で逮捕された際の自宅の家宅捜索のときもそうだったが、今回の件でもカヌーを出し入れするような場所にブロックを積み上げたことの証拠があるかは疑わしい。「沖縄に対しては、何をやってもよい」という権力の暴走は、「土人」発言と共通する差別意識が潜んでいるのではないか。

 実際に犯罪であるかどうかではなく、現時点での表現の自由や政治活動を抑えることが目的になっている。憲法が強く保障する表現の自由を、ここまで軽視し弾圧するのには、恐ろしさを感じる。もはや民意をまったく顧みる様子がみられない。

 今回の動向を見て「それだけ国は焦っている」「抵抗運動が国を追いつめている」という見方もできるかもしれないが、米国の要求に応えるために市民をないがしろにするようでは、もはや独立国と言えるのか。国が警察に強い権限を与え、私たちを恐怖に陥れて国の政策を押し付けようとする。

 高江での露骨な暴力的弾圧に加えて、辺野古でも弾圧する糸口を探す。表現の自由など、憲法上の人権を無視し、民意を無視して権力が暴走するこの国はもはや法治国家と言えない。


 伊佐 眞一氏

■抵抗運動の原動力標的
伊佐 眞一 沖縄近現代史家

 一昨日、ヘリパッド建設現場の東村高江に行った。乗ったバスの中は3分の2が初めて高江に行く人だという。車中でガイドの人が強調していたのは、高江も辺野古も非暴力主義でやっているということだった。ちょっとぶつかって何でもなくても、向こう(機動隊ら権力側)はビデオで撮影してくるので、重々注意してほしいと説明があった。

 逮捕されたのは沖縄平和運動センターの山城博治議長だけでなく、新聞紙上で匿名の人も何人もいると報じられている。一般の人々にとって匿名の人が逮捕される記事はかなりインパクトがある。建設に反対の気持ちがあり、これから現場に行ってみたいと思う人にとって精神的に非常に重荷になる。考えている以上に行動に二の足を踏ませるものになると、バスの中で改めて感じた。

 政治的に見ると、翁長雄志知事の高江に対する姿勢が辺野古と違っているのは誰が見ても明らかだ。オール沖縄の中で微妙にほころびが出てきているとみて権力側はそこにくさびを打つことを念頭に置いている。

 高江ではヘリパッドの建設が進み、来月には返還式典が予定されている。その次は本丸の辺野古で、陸上の隊舎
建設を再開し、最高裁判決が出た後には海に資材を投げ込む事態がそれほど遠くないかもしれない時期にきている。そこに向けた基地反対の運動を逡巡(しゅんじゅん)させる一つの方法なのだろう。

 権力側は抵抗運動の原動力がどこにあるのかデータ化している。その中で平和運動センターに狙いを定めるのはある意味当然だろう。大衆運動の拠点としての平和運動センターを狙ってみせる意味は、今後の運動がどうなっていくかを見る上でのテストケースなのだろう。その点を十分に念頭に置いておく必要がある。

 高江の現状は権力側が「押せ押せ」のムードだ。そのままの勢いで反対運動をすぼませて、辺野古新基地建設につなげていこうというのが警察や権力側の狙いだ。


by asyagi-df-2014 | 2016-12-11 07:41 | 沖縄から | Comments(0)

壊される前に考えること。そして、新しい地平へ。「交流地帯」からの再出発。


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