沖縄県警の不当弾圧に強く抗議。(1)

 沖縄平和運動センターなどの強制捜査と山城博治同センター議長の再々逮捕、長期の拘束について、琉球新報及び沖縄タイムスは2016年12月1日、それぞれの社説で、「平和センター捜索 不当な弾圧許されぬ 基地建設に警察が加担」「[山城議長また逮捕]露骨な政治的逮捕劇だ」、と二社とも強く批判した。

 琉球新報は、次の二点を主張した。
Ⅰ.警察の捜査は基地反対運動に対する弾圧である。沖縄平和運動センターなどの強制捜査と山城博治同センター議長の再々逮捕、長期の拘束は行き過ぎだ。警察法がうたう「公平中正」の理念に反すると指摘せざるを得ない。
Ⅱ.県警は基地反対、平和運動の拠点である同センターからパソコンなどを押収した。運動に関わる人々の情報が公権力に渡り、基地反対運動を委縮させる。捜索、押収の必要性に疑問がある。山城議長の長期拘束も同様だ。基地建設の国策に警察が加担する-そのような疑いを県民に抱かせた。県警への県民の信頼が大きく揺らいだ。
 このことについて、「捜査の必要性に疑問」「基地反対は正当な権利」、との理由から不当弾圧であるとことを明確にした。
 まず「捜査の必要性に疑問」については、次のように押さえる。


(1)警察の捜査には疑問点が多い。1月の事案に対する強制捜査と議長らの逮捕が、なぜ1年近くもたったこの時期なのか。辺野古新基地建設の反対運動を抑制する印象操作を疑う声は多い。建設を容認する県議会野党の自民党県議は「高江から辺野古に主戦場が移る。(辺野古の)工事が再開すれば反対運動も再燃する。警察活動は必要」とタイミングを見計らった捜査と見ている。
(2)米軍基地ゲート前の路上にブロックを積み上げた威力業務妨害容疑が捜査の目的とされる。警察の目前で公然となされ、行為と関係者を特定する証拠は明白だ。その立件のため議長らを逮捕し、平和運動センターの資料を押収する必要性があるのか。県警は「被疑者特定と裏付け捜査に時間がかかった」と説明するが、大量の資料押収への疑念は拭えない。
(3)ブロック積み上げの立件だけでなく、辺野古新基地、北部訓練場ヘリパッド建設の反対運動、関係者の広範な情報収集が目的ではないか。今後の反対運動への対応も視野に入れた予備的な警察活動との疑念が増幅する。
(4)山城議長の40日以上に及ぶ拘束も問題だ。器物損壊など軽微な容疑に対する長期拘束は捜査の必要性、人権の問題と同時に、基地反対運動への影響が大きい。
(5)多くの弁護士、大学教授ら法律専門家が強制捜査の必要性の乏しさを指摘し「表現の自由、政治活動の抑圧」と見ている。反対運動の委縮を狙った強制捜査と疑われている。基地建設を強行する政府と反対する県民の間に立ち「公平中正」に職務を執行すべき警察活動のバランスを失している。そのように見られているのである。
(6)一方、高江ヘリパッド工事の取材で新聞記者2人が機動隊に拘束、排除された件は隊員の処罰や謝罪もなく不問に付されている。その点でも警察の対応はバランスを欠いてい


 また、「基地反対は正当な権利」について次のように説明する。


(1)政府と警察の一体化を危惧する。昨年の警察法改正で警察の任務に「内閣の重要政策を助ける」ことが付加された。辺野古新基地建設などが「内閣の重要政策」に位置付けられてはいないか。少なくともその先駆けである疑いを、ヘリパッド抗議の徹底排除を含めた一連の警察活動は抱かせる。
(2)弁護士らは警察の対応を「米軍施政下よりひどい」と批判している。政府の国策を警察が補完する「警察国家」の危険な兆候と懸念する識者もいる。
(3)政府は辺野古新基地建設、沖縄への基地集中政策を「普天間の危険除去」や「沖縄の地理的優位性」など安全保障上の理由で正当化している。しかし「国益」の名の下に沖縄に基地過重負担を押し付け続けているのが実態である。県民は加害者ではなく被害者だ。
被害を受ける県民が基地過重負担の軽減、新基地・施設に反対を訴えるのは正当な権利だ。民主主義、地方自治に基づく正当な権利主張、基地反対の行動を政府と警察が一体となって弾圧することは許されない。
(4)米軍基地撤去は県民にとって長く苦しい闘いだ。しかし正義は沖縄側にある。政府や警察の不当な対応に屈することなく、粘り強く闘い続けるしかない。


 次に、沖縄タイムスは、「それにしてもなぜ今、10カ月も前の抗議活動に対し、公権力を行使するのか。年内にもキャンプ・シュワブ陸上部分の隊舎工事が再開される。感じられるのは、さまざまな理由をつけて反対派リーダーを長期間拘束することによって、抗議行動を萎縮させ、一般市民との分断を図ろうとの思惑だ。」、と主張する。
 また、今回の対応のの異様さについて、「山城議長はヘリパッド建設に反対する活動中の10月に北部訓練場内の有刺鉄線を切断したとして器物損壊容疑で逮捕され、勾留されている。その後、沖縄防衛局職員にけがを負わせたとして公務執行妨害と傷害の容疑で再逮捕され、拘束はすでに45日にも及んでいる。なぜ古い話まで持ち出して3度も逮捕する必要があるのか。なぜこれほど長期にわたって特定の個人を拘束し続けるのか。前代未聞の『政治的逮捕劇』というしかない。機動隊が住民を力で押さえ込み肋骨が折れても何のおとがめもなく、警察の強制排除によるけが人が相次いでいるというのに、この対応はあまりに異様である。」、と指摘する。
 さらに、今回の対応の背景について、「基地反対運動の中心的役割を担う平和運動センターへの異例ともいえる捜査は、警察単独の判断とは思えない。海上保安庁が反対派の海上抗議行動に対して強硬姿勢に転じたのと同様に、安倍官邸の意思を反映していると見るべきだろう。政権に不都合な声を封じ込め、強権発動をためらわない政府の姿勢は非常に危険だ。自民党が衆参両院で過半数の議席を確保し『安倍1強』体制が強まる中、行政権力の突出が国会審議をはじめあらゆる場面で顔をのぞかせている。特に辺野古新基地建設に関しては、選挙で『ノー』の民意が再三示されているにもかかわらず、警察権力を背景にした強権的な姿勢が際立つ。県民の意思よりも、民主主義よりも、日米同盟が全てにおいて優先すると言わんばかりだ。」、と切り込む。
 最後に、沖縄タイムスは、「市民らがゲート前にブロックを積んだのは、工事車両が基地内に入るのを少しでも遅らせたいとの思いからだった。辺野古や高江で続く抗議活動の参加者の多くは、沖縄戦や米軍統治時代を知る世代で、新しく基地が造られることに居ても立ってもいられなくなっての行動である。憲法で定められた権利と民主主義と、政治のまっとうさを取り戻すための取り組みという性格も併せ持っている。国の強硬姿勢が市民の強い反発を招き、かつてない対立を生んでいる。」、と結んだ。


 琉球新報の「政府は辺野古新基地建設、沖縄への基地集中政策を「普天間の危険除去」や「沖縄の地理的優位性」など安全保障上の理由で正当化している。しかし「国益」の名の下に沖縄に基地過重負担を押し付け続けているのが実態である。県民は加害者ではなく被害者だ。害を受ける県民が基地過重負担の軽減、新基地・施設に反対を訴えるのは正当な権利だ。民主主義、地方自治に基づく正当な権利主張、基地反対の行動を政府と警察が一体となって弾圧することは許されない。」、との指摘をきちっと押さえる必要がある。
 琉球新報の「米軍基地撤去は県民にとって長く苦しい闘いだ。しかし正義は沖縄側にある。政府や警察の不当な対応に屈することなく、粘り強く闘い続けるしかない。」、との言葉が実は日本本土向けの発せられていることを忘れてはいけない。なぜなら、「県民の意思よりも、民主主義よりも、日米同盟が全てにおいて優先する」(沖縄タイムスⅨ)という安倍晋三政権の矛先は、都合の悪い日本国民全体に向けられているから。
 沖縄タイムスはの「市民らがゲート前にブロックを積んだのは、工事車両が基地内に入るのを少しでも遅らせたいとの思いからだった。辺野古や高江で続く抗議活動の参加者の多くは、沖縄戦や米軍統治時代を知る世代で、新しく基地が造られることに居ても立ってもいられなくなっての行動である。憲法で定められた権利と民主主義と、政治のまっとうさを取り戻すための取り組みという性格も併せ持っている。」、との言葉は、果たして誰に向けられているのだろうか。


 以下、琉球新報及び沖縄タイムスの引用。







(1)琉球新報社説-平和センター捜索 不当な弾圧許されぬ 基地建設に警察が加担-2016年12月1日 06:01


 警察の捜査は基地反対運動に対する弾圧である。沖縄平和運動センターなどの強制捜査と山城博治同センター議長の再々逮捕、長期の拘束は行き過ぎだ。警察法がうたう「公平中正」の理念に反すると指摘せざるを得ない。
 県警は基地反対、平和運動の拠点である同センターからパソコンなどを押収した。運動に関わる人々の情報が公権力に渡り、基地反対運動を委縮させる。捜索、押収の必要性に疑問がある。山城議長の長期拘束も同様だ。基地建設の国策に警察が加担する-そのような疑いを県民に抱かせた。県警への県民の信頼が大きく揺らいだ。

捜査の必要性に疑問

 警察の捜査には疑問点が多い。1月の事案に対する強制捜査と議長らの逮捕が、なぜ1年近くもたったこの時期なのか。
 辺野古新基地建設の反対運動を抑制する印象操作を疑う声は多い。建設を容認する県議会野党の自民党県議は「高江から辺野古に主戦場が移る。(辺野古の)工事が再開すれば反対運動も再燃する。警察活動は必要」とタイミングを見計らった捜査と見ている。
 米軍基地ゲート前の路上にブロックを積み上げた威力業務妨害容疑が捜査の目的とされる。警察の目前で公然となされ、行為と関係者を特定する証拠は明白だ。その立件のため議長らを逮捕し、平和運動センターの資料を押収する必要性があるのか。
 県警は「被疑者特定と裏付け捜査に時間がかかった」と説明するが、大量の資料押収への疑念は拭えない。
 ブロック積み上げの立件だけでなく、辺野古新基地、北部訓練場ヘリパッド建設の反対運動、関係者の広範な情報収集が目的ではないか。今後の反対運動への対応も視野に入れた予備的な警察活動との疑念が増幅する。
 山城議長の40日以上に及ぶ拘束も問題だ。器物損壊など軽微な容疑に対する長期拘束は捜査の必要性、人権の問題と同時に、基地反対運動への影響が大きい。
 多くの弁護士、大学教授ら法律専門家が強制捜査の必要性の乏しさを指摘し「表現の自由、政治活動の抑圧」と見ている。反対運動の委縮を狙った強制捜査と疑われている。基地建設を強行する政府と反対する県民の間に立ち「公平中正」に職務を執行すべき警察活動のバランスを失している。そのように見られているのである。
 一方、高江ヘリパッド工事の取材で新聞記者2人が機動隊に拘束、排除された件は隊員の処罰や謝罪もなく不問に付されている。その点でも警察の対応はバランスを欠いている。

基地反対は正当な権利

 政府と警察の一体化を危惧する。昨年の警察法改正で警察の任務に「内閣の重要政策を助ける」ことが付加された。辺野古新基地建設などが「内閣の重要政策」に位置付けられてはいないか。少なくともその先駆けである疑いを、ヘリパッド抗議の徹底排除を含めた一連の警察活動は抱かせる。
 弁護士らは警察の対応を「米軍施政下よりひどい」と批判している。政府の国策を警察が補完する「警察国家」の危険な兆候と懸念する識者もいる。
 政府は辺野古新基地建設、沖縄への基地集中政策を「普天間の危険除去」や「沖縄の地理的優位性」など安全保障上の理由で正当化している。しかし「国益」の名の下に沖縄に基地過重負担を押し付け続けているのが実態である。県民は加害者ではなく被害者だ。
 被害を受ける県民が基地過重負担の軽減、新基地・施設に反対を訴えるのは正当な権利だ。民主主義、地方自治に基づく正当な権利主張、基地反対の行動を政府と警察が一体となって弾圧することは許されない。
 米軍基地撤去は県民にとって長く苦しい闘いだ。しかし正義は沖縄側にある。政府や警察の不当な対応に屈することなく、粘り強く闘い続けるしかない。


(2)沖縄タイムス社説-[山城議長また逮捕]露骨な政治的逮捕劇だ-2016年12月1日 07:26


 名護市辺野古の新基地建設を巡る抗議活動で、県警は沖縄平和運動センターの山城博治議長ら4人を威力業務妨害の疑いで逮捕した。

 現場で行動を指揮する山城議長の逮捕は10月以降、3度目。県警は活動拠点となっているゲート前のテントや那覇市の平和運動センター事務所なども一斉に家宅捜索した。

 逮捕容疑は1月28日から30日にかけて、ゲート前に約1400個のブロックを積み、工事車両の通行などを妨げた疑いである。

 それにしてもなぜ今、10カ月も前の抗議活動に対し、公権力を行使するのか。

 年内にもキャンプ・シュワブ陸上部分の隊舎工事が再開される。感じられるのは、さまざまな理由をつけて反対派リーダーを長期間拘束することによって、抗議行動を萎縮させ、一般市民との分断を図ろうとの思惑だ。

 山城議長はヘリパッド建設に反対する活動中の10月に北部訓練場内の有刺鉄線を切断したとして器物損壊容疑で逮捕され、勾留されている。その後、沖縄防衛局職員にけがを負わせたとして公務執行妨害と傷害の容疑で再逮捕され、拘束はすでに45日にも及んでいる。

 なぜ古い話まで持ち出して3度も逮捕する必要があるのか。なぜこれほど長期にわたって特定の個人を拘束し続けるのか。前代未聞の「政治的逮捕劇」というしかない。 

 機動隊が住民を力で押さえ込み肋骨が折れても何のおとがめもなく、警察の強制排除によるけが人が相次いでいるというのに、この対応はあまりに異様である。
■    ■
 基地反対運動の中心的役割を担う平和運動センターへの異例ともいえる捜査は、警察単独の判断とは思えない。

 海上保安庁が反対派の海上抗議行動に対して強硬姿勢に転じたのと同様に、安倍官邸の意思を反映していると見るべきだろう。

 政権に不都合な声を封じ込め、強権発動をためらわない政府の姿勢は非常に危険だ。

 自民党が衆参両院で過半数の議席を確保し「安倍1強」体制が強まる中、行政権力の突出が国会審議をはじめあらゆる場面で顔をのぞかせている。

 特に辺野古新基地建設に関しては、選挙で「ノー」の民意が再三示されているにもかかわらず、警察権力を背景にした強権的な姿勢が際立つ。

 県民の意思よりも、民主主義よりも、日米同盟が全てにおいて優先すると言わんばかりだ。
■    ■
 市民らがゲート前にブロックを積んだのは、工事車両が基地内に入るのを少しでも遅らせたいとの思いからだった。 

 辺野古や高江で続く抗議活動の参加者の多くは、沖縄戦や米軍統治時代を知る世代で、新しく基地が造られることに居ても立ってもいられなくなっての行動である。

 憲法で定められた権利と民主主義と、政治のまっとうさを取り戻すための取り組みという性格も併せ持っている。

 国の強硬姿勢が市民の強い反発を招き、かつてない対立を生んでいる。


by asyagi-df-2014 | 2016-12-07 07:11 | 沖縄から | Comments(0)

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