沖縄-辺野古・高江から-2016年11月28日

 「宜野湾市の米軍普天間飛行場内に戦前あった神山集落で住宅が集中していた地域が、消失の危機に直面している。」(琉球新報)との記事は、象徴的に「沖縄」を語る。
 「返還予定なのに現状を変えるのか」「沖縄防衛局は決定事項として事業を進めている」、との声が深い闇を暴く。


 2016年11月28日、沖縄-辺野古・高江の今を、沖縄タイムス、琉球新報は次のように表した。


(1)琉球新報-普天間基地内、旧神山集落が消失の危機 調整池計画-2016年11月28日 08:30


 琉球新報は、標題について次のように報じた。


①「宜野湾市の米軍普天間飛行場内に戦前あった神山集落で住宅が集中していた地域が、消失の危機に直面している。旧集落の中でも米軍施設が未整備で住居跡がかろうじて残っているとみられる地域に約75メートル×約130メートル、深さ約5メートルの調整池を造成する計画がある。かつて集落北側を国指定天然記念物の宜野湾(じのーん)並松(なんまち)が続き、碁盤の目のように整然と家が立ち並ぶ様子から『ウチカイ美(ちゅ)らさ神山』と呼ばれた集落。字神山郷友会員からは『返還予定なのに現状を変えるのか』『』貴重な宅地跡をつぶすのは反対だ』などと反発の声が上がっているが、沖縄防衛局は決定事項として事業を進めている。」
②「防衛省予算で普天間飛行場の老朽化に伴う補修事業として「雨水排水施設」を整備する方針は、これまでにも示されていたが、沖縄防衛局担当者が10月21日、郷友会に対し、同地域が選定されたことや施設規模を明らかにした。防衛局は「米軍の駐機場や滑走路の冠水被害を防ぐため」と説明している。
③「県教育委員会が来年初めにも事前の文化財調査を始める見込みで、防衛局は2017年度中の完成を目指すが、文化財調査直前に計画内容を知らされた郷友会員は戸惑いを隠せない。」
④「郷友会が2012年に発行した『神山誌』によると、字神山は1944年当時は373人が農業を中心に暮らしていた。45年4月1日、米軍が沖縄本島に上陸した。その4、5日後、多くの住民は収容所に送られた。集落の大部分が米軍によって接収されて飛行場となった。神山の人々は収容所から解放された後も故郷に戻れなかった。郷友会は山城興保さん(83)ら会員の証言を基に以前、当時の住居の配置図を作成した。現在の飛行場に照らし合わせると、住居群があった場所の半分は現在米軍施設が整備されている。残る半分は緑地で、住居跡が残っている可能性が高い。また当時、住民たちが集った村屋(むらや)跡も造成予定地に入るとみられる。山城さんによると、基地に金網が張られるまでは住民が行き来し、基地内に残された井戸を利用した。山城さんは『井戸なども残っているのではないか。貴重な宅地跡をつぶして掘るのは反対だ』と語った。」
⑤「郷友会理事の宮城茂雄さん(68)は『返還された後、古里に帰りたいという思いがある。【決定事項だ】【提供施設だ】と言われると、日米地位協定の壁をひしひしと感じる』と憤った。同じく理事の宮城三男さん(65)は『返還が決まっているなかで現状には手を付けないでほしい。集落の価値を認めずに新しい施設を造るなんてもってのほかだ』と語った。郷友会幹部は近く、沖縄防衛局や市にも要請・抗議することを検討している。」


(2)琉球新報-キューバ県系人強制収容、米諜報報告に記録 名護出身山入端さん一家-2016年11月28日 07:30


 琉球新報は、標題について次のように報じた。


①「米連邦捜査局(FBI)が第2次世界大戦の収束直後に記録した諜報(ちょうほう)活動報告書『中南米における日本人』の中で、名護市屋部出身でキューバに移住した山入端萬栄さん(1959年死去、享年71)一家3人を強制収容所で拘束していたことを証明する記述が見つかった。記録が少なく、いまだ多くが謎に包まれた戦中・戦後のキューバにおける県系人の歩みを読み解く貴重な資料となりそうだ。」
②「報告書は1945年11月付で、背表紙には『極秘』の文字が記されている。目次によると160ページ以上あり、戦時中の中南米における日系人の動向や米国に与え得る危機などについて、国別に分析している。45年当時、米国にはまだ中央情報局(CIA)がなく、FBIが中南米における三国同盟の諜報(ちょうほう)活動を担っていたとみられる。報告書内のキューバの欄には『山入端一家』とくくられ、萬栄さんが日本の公使館と密に連絡を取ったり、キューバ国内の親ナチスのドイツ人らと自宅で密会を重ねたりしていることのほか、ドイツ人の妻エリザベスさんも親ナチス派の人々と親しくしているとの記録がある。最後に『一家3人全員を収容した』とあった。報告書の内容が事実かどうかの裏付けは取れていない。」
③「報告書によると日系人の逮捕と強制収容を指示したのはキューバの親米バティスタ政権で、15歳から55歳の日系男性346人をキューバ南部のフベントゥ島の刑務所に収容している。88年に萬栄さんの故郷を知るため、米フロリダ州から娘と共に来沖したマリアさんを追跡取材した三木さんは『戦前・戦後の沖縄には貧しいが故に数奇な人生を歩んだ方々がたくさんいる。山入端一家は氷山の一角だ。県系移民の歴史が、今後も少しずつ解き明かされていくことだろう』と述べた。」
④「萬栄さんの甥(おい)に当たる山入端一雄さん(81)=那覇市在住=は『米国の敵である日本人とドイツ人の夫婦だからこそ、目の敵にされていたのだろう。時代に翻弄(ほんろう)され海を渡った叔父らの足跡が、一つでも多く解明されることを願っている』と目を細めた。」
⑤「報告書の序文には『米国にとって中南米における日本人の存在はいわゆる政治的、経済的、社会的、軍事的の四つの理由で重要』で、戦後も同地域における日本人を巡る諸問題は解決されていないため、動向を追う必要があると説明している。」


(3)沖縄タイムス-<米軍ヘリパッド>「月曜行動」に異例の220人 機動隊が強制排除-2016年11月28日 14:54


 沖縄タイムスは、「東村高江周辺の米軍ヘリパッド建設に反対する市民は28日、約220人が建設予定地N1地区出入り口に座り込んだ。市民側は水曜日、土曜日に加えて先週から月曜日も大規模行動の日としており、月曜日としては異例の多さになった。一方、沖縄防衛局は抗議の市民が120人ほどに減った午後0時半以降、ダンプによる砂利輸送を開始。機動隊約130人が市民を強制排除して道路脇に封じ込め、ピストン輸送を繰り返した。」、と報じた。


 以下、琉球新報及び沖縄タイムスの引用。








(1)琉球新報-普天間基地内、旧神山集落が消失の危機 調整池計画-2016年11月28日 08:30



 【宜野湾】宜野湾市の米軍普天間飛行場内に戦前あった神山集落で住宅が集中していた地域が、消失の危機に直面している。旧集落の中でも米軍施設が未整備で住居跡がかろうじて残っているとみられる地域に約75メートル×約130メートル、深さ約5メートルの調整池を造成する計画がある。かつて集落北側を国指定天然記念物の宜野湾(じのーん)並松(なんまち)が続き、碁盤の目のように整然と家が立ち並ぶ様子から「ウチカイ美(ちゅ)らさ神山」と呼ばれた集落。字神山郷友会員からは「返還予定なのに現状を変えるのか」「貴重な宅地跡をつぶすのは反対だ」などと反発の声が上がっているが、沖縄防衛局は決定事項として事業を進めている。

 防衛省予算で普天間飛行場の老朽化に伴う補修事業として「雨水排水施設」を整備する方針は、これまでにも示されていたが、沖縄防衛局担当者が10月21日、郷友会に対し、同地域が選定されたことや施設規模を明らかにした。防衛局は「米軍の駐機場や滑走路の冠水被害を防ぐため」と説明している。

 県教育委員会が来年初めにも事前の文化財調査を始める見込みで、防衛局は2017年度中の完成を目指すが、文化財調査直前に計画内容を知らされた郷友会員は戸惑いを隠せない。

 郷友会が2012年に発行した「神山誌」によると、字神山は1944年当時は373人が農業を中心に暮らしていた。45年4月1日、米軍が沖縄本島に上陸した。その4、5日後、多くの住民は収容所に送られた。集落の大部分が米軍によって接収されて飛行場となった。神山の人々は収容所から解放された後も故郷に戻れなかった。

 郷友会は山城興保さん(83)ら会員の証言を基に以前、当時の住居の配置図を作成した。現在の飛行場に照らし合わせると、住居群があった場所の半分は現在米軍施設が整備されている。残る半分は緑地で、住居跡が残っている可能性が高い。また当時、住民たちが集った村屋(むらや)跡も造成予定地に入るとみられる。

 山城さんによると、基地に金網が張られるまでは住民が行き来し、基地内に残された井戸を利用した。山城さんは「井戸なども残っているのではないか。貴重な宅地跡をつぶして掘るのは反対だ」と語った。

 郷友会理事の宮城茂雄さん(68)は「返還された後、古里に帰りたいという思いがある。『決定事項だ』『提供施設だ』と言われると、日米地位協定の壁をひしひしと感じる」と憤った。

 同じく理事の宮城三男さん(65)は「返還が決まっているなかで現状には手を付けないでほしい。集落の価値を認めずに新しい施設を造るなんてもってのほかだ」と語った。郷友会幹部は近く、沖縄防衛局や市にも要請・抗議することを検討している。(明真南斗)


(2)琉球新報-キューバ県系人強制収容、米諜報報告に記録 名護出身山入端さん一家-2016年11月28日 07:30


 米連邦捜査局(FBI)が第2次世界大戦の収束直後に記録した諜報(ちょうほう)活動報告書「中南米における日本人」の中で、名護市屋部出身でキューバに移住した山入端萬栄さん(1959年死去、享年71)一家3人を強制収容所で拘束していたことを証明する記述が見つかった。記録が少なく、いまだ多くが謎に包まれた戦中・戦後のキューバにおける県系人の歩みを読み解く貴重な資料となりそうだ。

 報告書は1945年11月付で、背表紙には「極秘」の文字が記されている。目次によると160ページ以上あり、戦時中の中南米における日系人の動向や米国に与え得る危機などについて、国別に分析している。

 45年当時、米国にはまだ中央情報局(CIA)がなく、FBIが中南米における三国同盟の諜報(ちょうほう)活動を担っていたとみられる。

 報告書内のキューバの欄には「山入端一家」とくくられ、萬栄さんが日本の公使館と密に連絡を取ったり、キューバ国内の親ナチスのドイツ人らと自宅で密会を重ねたりしていることのほか、ドイツ人の妻エリザベスさんも親ナチス派の人々と親しくしているとの記録がある。最後に「一家3人全員を収容した」とあった。報告書の内容が事実かどうかの裏付けは取れていない。

 報告書によると日系人の逮捕と強制収容を指示したのはキューバの親米バティスタ政権で、15歳から55歳の日系男性346人をキューバ南部のフベントゥ島の刑務所に収容している。

 88年に萬栄さんの故郷を知るため、米フロリダ州から娘と共に来沖したマリアさんを追跡取材した三木さんは「戦前・戦後の沖縄には貧しいが故に数奇な人生を歩んだ方々がたくさんいる。山入端一家は氷山の一角だ。県系移民の歴史が、今後も少しずつ解き明かされていくことだろう」と述べた。

 萬栄さんの甥(おい)に当たる山入端一雄さん(81)=那覇市在住=は「米国の敵である日本人とドイツ人の夫婦だからこそ、目の敵にされていたのだろう。時代に翻弄(ほんろう)され海を渡った叔父らの足跡が、一つでも多く解明されることを願っている」と目を細めた。

 報告書の序文には「米国にとって中南米における日本人の存在はいわゆる政治的、経済的、社会的、軍事的の四つの理由で重要」で、戦後も同地域における日本人を巡る諸問題は解決されていないため、動向を追う必要があると説明している。(当銘千絵)


(3)沖縄タイムス-<米軍ヘリパッド>「月曜行動」に異例の220人 機動隊が強制排除-2016年11月28日 14:54


 東村高江周辺の米軍ヘリパッド建設に反対する市民は28日、約220人が建設予定地N1地区出入り口に座り込んだ。市民側は水曜日、土曜日に加えて先週から月曜日も大規模行動の日としており、月曜日としては異例の多さになった。

 一方、沖縄防衛局は抗議の市民が120人ほどに減った午後0時半以降、ダンプによる砂利輸送を開始。機動隊約130人が市民を強制排除して道路脇に封じ込め、ピストン輸送を繰り返した。


by asyagi-df-2014 | 2016-11-28 15:53 | 沖縄から | Comments(0)

壊される前に考えること。そして、新しい地平へ。「交流地帯」からの再出発。


by あしゃぎの人
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