米軍属女性暴行殺人事件で被告が逮捕されてから半年がたった。

 米軍属女性暴行殺人事件で被告が逮捕されてから半年がたった。
 このことに関して、琉球は2016年11月19日、「米軍属女性暴行殺人事件で元米海兵隊員の軍属ケネス・フランクリン・シンザト(旧姓ガドソン)被告が逮捕されてから、19日で半年がたつ。事件を受けて県内では米軍人、軍属、その家族に特権的地位を与える日米地位協定の抜本的改定を求める声が強まったが、日米両政府は事件後、地位協定を適用する軍属の範囲見直しを行う方向で協議しており、県民の要求内容とは程遠い。」、と報じた。あわせて、琉球新報は、2016年11月20日の社説で「米軍属事件半年 小手先の策では防げない」、と批判した。
 また、沖縄タイムスは、被害者の父親の手記を掲載した。
沖縄の「悲劇」は、またもや埋没させられようとしている。

 琉球新報は、「『なぜ殺されなければならなかったのか』。娘を失った父の悲痛な訴えは、そのまま基地被害を受け続ける沖縄社会に、繰り返される事件を防げない日米両政府に投げ掛けられた重い問いだ。」。と問いかける。
 また、続けて、「半年で何かが変わったのだろうか。」、と。
沖縄の人々にとっては、次のようにはっきりしていた。


「事件は沖縄の人々に大きな衝撃と怒りを与え、そして自責の念を生んだ。若い女性の命を守れなかったつらさと、1995年の少女乱暴事件以降も繰り返される米軍関係者による事件を防げなかったことへの悔いだ。6月19日の県民大会には主催者発表で約6万5千人が集まり、海兵隊の撤退や、米軍関係者に特権的地位を与える日米地位協定の抜本的改定を要求した。」


 しかし、日米両政府の対応は次のように、小手先のもので解決にはほど遠いものであった。


「日米両政府が示す再発防止や綱紀粛正の策は小手先だった。在沖米軍は哀悼期間の約1カ月間、夜間外出や基地外飲酒を禁止した。しかし期間中にも米軍人が飲酒運転で国道58号を逆走するなどの事件が起き、哀悼期間後は米軍関係者による傷害事件などが発生している。地位協定も軍属の範囲を狭めるだけの議論に終始し、しかもいまだ『補足協定』も締結されていない。政府が設置した『沖縄・地域安全パトロール隊』も65台態勢と、予定する100台に届かない。しかも米軍関係者による事件事故が多い深夜には実施されず、効果は疑問視されている。警官100人増員も間に合わず、来年以降、県外からの応援で対応する。」


 したがって、「狭い沖縄に4万7千人以上の米軍人、軍属、その家族が住む。集中する米軍基地は沖縄本島の約18%を占める。住民と軍隊があまりに近い沖縄で、『綱紀粛正』を何度繰り返しても事件は起きる。」、という沖縄の現実は、放置されたままでしかない。
 琉球新報は、この半年間を振りかえる結論として、「被害女性の父は手記で、事件を『沖縄に米軍基地があるがゆえに起こる』とし、『一日も早い基地の撤去を』と願った。遺族の重い問いに日米両政府は応えるべきだ。」、と要求する。
 確かに、被害女性の父の声に耳を傾けよう。
 それは、「一日も早い基地の撤去」、のために。


「娘が生きていると信じ地域周辺を必死に探しまわった日々を思い出すことがあります、娘の無念を思うと気持ちの整理がつきません、毎朝仏壇に手をあわせると涙が出てきます、いつまでこの気持ちでいるのか今の私に出来る事は娘を供養してあげる事だけです。それと遺族にたいする支援とみなさんのやさしい気持ちに感謝しています。」

「今でもなぜ娘なのか、なぜ殺されなければならなかったのか、今でも思います。今は供養してあげる事しかできません、裁判もこれからで、今の私には気持ちの整理はできません。」

「被告人には極刑を望みます、私達遺族にはいかなる言い訳も通用しません、被告人は人ではありません。」

「娘は帝王切開で未熟児で生まれ小さく病院で入院し私達はとても心配しました、でもこれといった大きな病気、怪我はなく育ってくれました、娘の名は私がつけました、生まれ
る前から女の子と分かっていましたので二文字でかわいい、よびやすい名でなずけました、笑顔がかわいい、やさしい娘に育ってくれました、私が35歳で生まれた大事な一人娘です。最後に会ったのは成人式で私の実家で会い、記念写真を撮り、とても着物姿が似合っていました、別れる時玄関で娘と握手をし、体に気をつけてね、と言いそれが娘との最後の会話でした。ちょっとした楽しみも持っていました、居酒屋でお酒を一緒に飲む事です、娘にお酒をついでほしかったのです、今はいろんな思い出が多く言葉になりません。」


「この事件を最後に米軍人、軍属の事件がなくなりもうこれ以上私達のような苦しみ、悲しみを受ける人がいなくなるよう願います、それは沖縄に米軍基地があるゆえに起こる事です、一日でも早い基地の撤去を県民として願っています。」


以下、琉球新報及び沖縄タイムスの引用。








(1)琉球新報社説-米軍属事件半年 小手先の策では防げない-2016年11月20日


 「なぜ殺されなければならなかったのか」。娘を失った父の悲痛な訴えは、そのまま基地被害を受け続ける沖縄社会に、繰り返される事件を防げない日米両政府に投げ掛けられた重い問いだ。

 恩納村の雑木林で若い女性が無残な姿で見つかった米軍属女性暴行殺人事件で、元米海兵隊員の軍属ケネス・フランクリン・シンザト(旧姓ガドソン)被告が逮捕されてから半年が過ぎた。
 半年で何かが変わったのだろうか。
 事件は沖縄の人々に大きな衝撃と怒りを与え、そして自責の念を生んだ。若い女性の命を守れなかったつらさと、1995年の少女乱暴事件以降も繰り返される米軍関係者による事件を防げなかったことへの悔いだ。
 6月19日の県民大会には主催者発表で約6万5千人が集まり、海兵隊の撤退や、米軍関係者に特権的地位を与える日米地位協定の抜本的改定を要求した。
 沖縄の怒りに対し、日米両政府は火消しに躍起となり、安倍晋三首相は三重県でのオバマ大統領との会談で再発防止を求めた。
 しかし日米両政府が示す再発防止や綱紀粛正の策は小手先だった。
 在沖米軍は哀悼期間の約1カ月間、夜間外出や基地外飲酒を禁止した。しかし期間中にも米軍人が飲酒運転で国道58号を逆走するなどの事件が起き、哀悼期間後は米軍関係者による傷害事件などが発生している。
 地位協定も軍属の範囲を狭めるだけの議論に終始し、しかもいまだ「補足協定」も締結されていない。
 政府が設置した「沖縄・地域安全パトロール隊」も65台態勢と、予定する100台に届かない。しかも米軍関係者による事件事故が多い深夜には実施されず、効果は疑問視されている。警官100人増員も間に合わず、来年以降、県外からの応援で対応する。
 狭い沖縄に4万7千人以上の米軍人、軍属、その家族が住む。集中する米軍基地は沖縄本島の約18%を占める。住民と軍隊があまりに近い沖縄で、「綱紀粛正」を何度繰り返しても事件は起きる。
 被害女性の父は手記で、事件を「沖縄に米軍基地があるがゆえに起こる」とし、「一日も早い基地の撤去を」と願った。遺族の重い問いに日米両政府は応えるべきだ。


(2)沖縄タイムス-「娘にお酒をついでほしかった…」 沖縄米軍属殺人事件・遺族の手記全文-2016年11月19日 12:14


 元海兵隊員で米軍属の男による暴行殺人事件の遺族が寄せた手記は次の通り(表記は原文のまま。ただし、被害者の名前は伏せました)。


 娘が生きていると信じ地域周辺を必死に探しまわった日々を思い出すことがあります、娘の無念を思うと気持ちの整理がつきません、毎朝仏壇に手をあわせると涙が出てきます、いつまでこの気持ちでいるのか今の私に出来る事は娘を供養してあげる事だけです。それと遺族にたいする支援とみなさんのやさしい気持ちに感謝しています。

 今でもなぜ娘なのか、なぜ殺されなければならなかったのか、今でも思います。今は供養してあげる事しかできません、裁判もこれからで、今の私には気持ちの整理はできません。

 被告人には極刑を望みます、私達遺族にはいかなる言い訳も通用しません、被告人は人ではありません。

 娘は帝王切開で未熟児で生まれ小さく病院で入院し私達はとても心配しました、でもこれといった大きな病気、怪我はなく育ってくれました、娘の名は私がつけました、生まれ
る前から女の子と分かっていましたので二文字でかわいい、よびやすい名でなずけました、笑顔がかわいい、やさしい娘に育ってくれました、私が35歳で生まれた大事な一人娘です。最後に会ったのは成人式で私の実家で会い、記念写真を撮り、とても着物姿が似合っていました、別れる時玄関で娘と握手をし、体に気をつけてね、と言いそれが娘との最後の会話でした。ちょっとした楽しみも持っていました、居酒屋でお酒を一緒に飲む事です、娘にお酒をついでほしかったのです、今はいろんな思い出が多く言葉になりません。

 この事件を最後に米軍人、軍属の事件がなくなりもうこれ以上私達のような苦しみ、悲しみを受ける人がいなくなるよう願います、それは沖縄に米軍基地があるゆえに起こる事です、一日でも早い基地の撤去を県民として願っています。

 平成28年11月17日 娘の父より


by asyagi-df-2014 | 2016-11-23 06:08 | 沖縄から | Comments(0)

壊される前に考えること。そして、新しい地平へ。「交流地帯」からの再出発。


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