三菱重工業が、大型貨客船事業から撤退。「長崎市リストラ43万人の大悲鳴」と。

 「このあたりの店の3分の2は長船が落とした金できた」
 企業城下町の盛衰の実態が、長崎市でも興っている。
毎日新聞は2016年11月6日、「造船リストラ」長崎を報告した。
毎日新聞は、まずこのように伝えた。


 「三菱重工業は今、抜本的な構造改革を行っている。ついに発祥の地、長崎造船所(長崎市)で手がけている大型客船事業から撤退することを10月18日に発表した。長崎の地で今、何が起きているのか。」


 毎日新聞は、このように続ける。


(1)大型客船は三菱重工の祖業の造船事業の中核だ。だが宮永俊一社長は10月18日の記者会見で「コスト的にも成り立たない」と述べた。
 宮永社長の決断をある同社幹部は「踏み込んだ対応もためらわないという内外へのメッセージ」と解説するものの、「あせりがあるのでは」(格付け会社アナリスト)とみる市場関係者も多い。「今の重工には先を見据える余裕がなく、出血を止めることを優先せざるをえなかった」との厳しい評価がある。
(2)2011年10月、客船世界最大手の米カーニバル系のアイーダ・クルーズ社(ドイツ)から大型客船2隻(12万トン)を受注してから、雲行きがあやしくなった。
 受注したのは「プロトタイプ」と呼ばれる1番船。内装や設計をゼロから行わなければならず、米カーニバルの厳しい要求が予想されたことから、「無謀な受注」(地元信用調査マン)だった。
 三菱重工は04年に大型客船「ダイヤモンド・プリンセス」を引き渡して以降、大型客船の受注が途絶えている。「10年以上受注空白が続くと、技術継承ができなくなる」(三菱重工幹部)との判断から、受注を強行した。
(3)3件の火災、特別損失2540億円
 建造は、長崎造船所の香焼(こうやぎ)工場(長崎市)で進められているが、苦戦続きだ。1番船の「アイーダ・プリマ」では、今年1月には不審火とみられる3件の火災が船内で発生。1年遅れた2016年3月にようやく引き渡した。建造中の2隻目も含めた特別損失は累計2540億円となり、2隻で1000億円とみられる受注額を大きく上回っている。


 また、長崎造船所をめぐる「今」を続ける。


(1)長崎造船所は今、改革の真っただ中にある。三菱重工は15年10月、長崎造船所が手がける商船事業を商船建造の「三菱重工船舶海洋」と船体ブロック製造の「三菱重工船体」の100%子会社2社に分社。
(2)また大型客船からの撤退を発表した記者会見で、今治造船(愛媛県今治市)など3社と進めている提携協議を16年度中にまとめ、3社が受注した船の設計を三菱重工が担うといった連携を図る改革方針も表明した。
(3)しかし地元紙記者は「オーナー系の造船会社と三菱重工とは体質がまったく違う。建造を3社に委託するなら、三菱重工にはノウハウが蓄積しない無意味な連携だ」と疑問を投げかける。
(4)ただ、中小型客船の建造は引き続き行う「含み」を見せている。長崎は、これにすがるような思いだ。三菱グループの日本郵船が運用する豪華客船「飛鳥2」(5万トン)の後継船については「思い入れがある」(宮永社長)と受注を示唆している。
(5)これについて、市場関係者からは「客船からの全面撤退への期待が大きかった。踏み切れなかったことへの失望はぬぐえない」(証券会社アナリスト)と「中途半端」との厳しい見方がある一方で、長崎では「長崎造船所にはいつまでも、創業の地としてこれまで通りものづくりを続けてほしい」との願いが強い。


 毎日新聞は、最後にこう報告する。


「長崎市の人口は現在約43万人。長崎造船所の影響力は以前に比べ弱くなっているとはいえ、ある市議は『長崎造船所が全面撤退すれば、街の規模は15万人』と分析する。祖業での手加減のない改革の成否は、長崎の街の行方を大きく左右する。」


 以下、毎日新聞の引用。







毎日新聞-三菱“造船”で長崎市リストラ43万人の大悲鳴-2016年11月6日


 三菱重工業は今、抜本的な構造改革を行っている。ついに発祥の地、長崎造船所(長崎市)で手がけている大型客船事業から撤退することを10月18日に発表した。長崎の地で今、何が起きているのか。週刊エコノミスト編集部の酒井雅浩記者が報告する。

 大型客船は三菱重工の祖業の造船事業の中核だ。だが宮永俊一社長は10月18日の記者会見で「コスト的にも成り立たない」と述べた。

 宮永社長の決断をある同社幹部は「踏み込んだ対応もためらわないという内外へのメッセージ」と解説するものの、「あせりがあるのでは」(格付け会社アナリスト)とみる市場関係者も多い。「今の重工には先を見据える余裕がなく、出血を止めることを優先せざるをえなかった」との厳しい評価がある。
地元クラブのママはさびしげ

 「長船(ながせん)の方は、ますます姿を見せなくなるのかしら……」。地元クラブのママはさみしげにつぶやく。「ながせん」とは、三菱重工業長崎造船所の地元での通称だ。長崎市内の繁華街では「このあたりの店の3分の2は長船が落とした金できた」と長崎造船所関係者は豪語していた。かつては店が満席でも、先に入った客に出ていくように要求することすらあったという。

 しかし2011年10月、客船世界最大手の米カーニバル系のアイーダ・クルーズ社(ドイツ)から大型客船2隻(12万トン)を受注してから、雲行きがあやしくなった。

 受注したのは「プロトタイプ」と呼ばれる1番船。内装や設計をゼロから行わなければならず、米カーニバルの厳しい要求が予想されたことから、「無謀な受注」(地元信用調査マン)だった。

 三菱重工は04年に大型客船「ダイヤモンド・プリンセス」を引き渡して以降、大型客船の受注が途絶えている。「10年以上受注空白が続くと、技術継承ができなくなる」(三菱重工幹部)との判断から、受注を強行した。

3件の火災、特別損失2540億円

 建造は、長崎造船所の香焼(こうやぎ)工場(長崎市)で進められているが、苦戦続きだ。1番船の「アイーダ・プリマ」では、今年1月には不審火とみられる3件の火災が船内で発生。1年遅れた2016年3月にようやく引き渡した。建造中の2隻目も含めた特別損失は累計2540億円となり、2隻で1000億円とみられる受注額を大きく上回っている。

 長く長崎造船所で労働組合活動に携わった男性は「昔は『こういうときこそ飲みに行け』と先輩から言われたものだが」となげく。長崎造船所にはステータスと同時に、長崎の政治、経済を動かしているという「矜持(きょうじ)」があった。

 地元の「オーナー企業」のような振る舞いをする代わりに「金回りや面倒見もよかった」(長崎造船所構内で業務に携わる業者)という。それが宮永社長になってから中央集権化が強まり、地方の事業所の力が弱体化。担当者の裁量に任された調達も、本社の意向を無視できず、地元業者への優遇措置はできなくなった。

今治造船など3社と提携協議

 長崎造船所は今、改革の真っただ中にある。三菱重工は15年10月、長崎造船所が手がける商船事業を商船建造の「三菱重工船舶海洋」と船体ブロック製造の「三菱重工船体」の100%子会社2社に分社。

 また大型客船からの撤退を発表した記者会見で、今治造船(愛媛県今治市)など3社と進めている提携協議を16年度中にまとめ、3社が受注した船の設計を三菱重工が担うといった連携を図る改革方針も表明した。

 しかし地元紙記者は「オーナー系の造船会社と三菱重工とは体質がまったく違う。建造を3社に委託するなら、三菱重工にはノウハウが蓄積しない無意味な連携だ」と疑問を投げかける。

長崎造船所が撤退したら人口は3分の1に?

 ただ、中小型客船の建造は引き続き行う「含み」を見せている。長崎は、これにすがるような思いだ。三菱グループの日本郵船が運用する豪華客船「飛鳥2」(5万トン)の後継船については「思い入れがある」(宮永社長)と受注を示唆している。

 これについて、市場関係者からは「客船からの全面撤退への期待が大きかった。踏み切れなかったことへの失望はぬぐえない」(証券会社アナリスト)と「中途半端」との厳しい見方がある一方で、長崎では「長崎造船所にはいつまでも、創業の地としてこれまで通りものづくりを続けてほしい」との願いが強い。

 長崎市の人口は現在約43万人。長崎造船所の影響力は以前に比べ弱くなっているとはいえ、ある市議は「長崎造船所が全面撤退すれば、街の規模は15万人」と分析する。祖業での手加減のない改革の成否は、長崎の街の行方を大きく左右する。


by asyagi-df-2014 | 2016-11-10 07:18 | 書くことから-労働 | Comments(0)

壊される前に考えること。そして、新しい地平へ。「交流地帯」からの再出発。


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