週刊金曜日大分読者会の「講演会」に参加しました。

 2016年8月27日(土曜)に、大分市のコンパルホ-ルで開催された、週刊金曜日大分読者会の「講演会」に参加しました。
 この会では、週刊金曜日の企画委員である成澤宗男さんの「『日本会議』という時代」と題した講演がありました。
 沖縄の辺野古・高江の緊迫した状況や、新しい「共謀罪」が日程に上ってきたことを受け、会場には、50名弱の人が詰めかけ、真摯に成澤さんの話に耳を傾けていました。
 それは、一時間ほどの講演が終了した後の質問時間に多くの人たちの声が出されことが物語っていました。
 また、成澤さんの真骨頂も、この時間により発揮されていたようにありました。 
成澤さんから受け取ったものは、次のものでした。


(1)成澤さんは、「この国は、思想的な内線状態になる、という自意識がある。」、とまずその思いを述べました。講演全体を通して、成澤さんが、伝えたかったのは、「日本会議」がどうこうということではなく、このことであった気がしています。
(2)だから、こうのように指摘します。
①護憲勢力と言われてきたものがどれぐらい過去を見つめてきたのか。
②実は、こちら側に、どこかで怠慢があったのではないか、
③向こうは、一見して非論理的感覚で迫ってくる。
(3)向こうは、一見して非論理的感覚で迫ってくる。
(4)だとしたら、われわれの歴史を作り直す必要がある。つまり、歴史の勉強をやり直す必要がある。
(5)何故なら、「黙って、この国が朽ちるのを見ているわけにはいかない。」から。
(6)成澤さんは、この講演での意図をこう説明しました。
①要は、ひとり一人がどう生きるかの問題。
②それは、自分自身の中に、信念を固めることができるかということ。
③そしてそれは、私たちはどういう国を子ども達に渡すのか、ということ。
④だから、「自分自身の立ち位置を考えてほしい。」。


 また、安倍晋三首相について、「安倍が考えていることは、自衛隊員の血を流すことである。」、と言い当てました。


 「日本会議」についても、このように指摘してくれました。


(1)「対米従属」と「反憲法」の理念がどこまで整合性を保てるのか。「日本会議」にとって、「対米従属」は、最大のアキレス腱である。
(2)自主憲法とは言っても、自主外交とは言わない。何故なら、米国の占領政策の一環として日本右翼は存在するから。だから、反基地運動をやったことがない。
(3)「日本会議」が騒がれているのは、安倍晋三音とそっくりの考え方の人が居るから騒がれている。
(4)「日本会議」が象徴するものは、日本という国の姿である。つまり、日本という国の極右化をあらわしている。
(5)結局、「日本会議」は日本がどのようになっているのかを象徴する。 



 最後に、質問の時間に成澤さんが答えたものです。


(1)「安倍晋三政権は背後にある日本の財界の意向を無視できないのでは」、という質問に対しては、「そうは思わない。財界の意向は、『武器輸出の解禁』ではあるが、『戦争ができる』ことを財界として提案してない。」
(2)監視社会の状況について、このように説明しました。


①官邸からすぐに連絡が入ることで、メディアは萎縮する。
②このことにより、メディアが権力を監視することがなくなった。
③メディアに、反権力という意識がなくなった。
④つまり、メディアが、真実を伝えないから、市民に監視社会という意識がなくなった。


 成澤さんは、「要は、ひとり一人がどう生きるかの問題」、と投げかけてくれました。
 さて、では。


by asyagi-df-2014 | 2016-09-01 05:59 | 連帯を通して-市民運動の場で | Comments(0)

壊される前に考えること。そして、新しい地平へ。「交流地帯」からの再出発。


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