沖国大ヘリ墜落12年を肝に命じるために。

 2004年8月13日、米軍普天間基地所属のCH53D大型輸送ヘリコプターが、宜野湾市の沖縄国際大学に墜落した。
 沖縄に関心を寄せていたにもかかわらず、このことを自分自身で内在化することができなかった。後からこのことの重みを思い知らされた。
 この日の事件は、個人史の問題として、ずっと抱えてきていることだ。
 沖国大ヘリ墜落を肝に命じるために、あらためて、このことを考える。
 琉球新報と沖縄タイムスは、2016年8月13日の社説でこのことを取りあげた。
この事件は、米軍普天間基地所属のCH53D大型輸送ヘリコプターが、隣接する宜野湾市の沖縄国際大学の本館に墜落したことであった。
 また、「ヘリは炎上し、機体の一部と、回転翼で削り取られたコンクリート片が住宅密集地に飛び散る大事故だった。市民に負傷者が出なかったのは文字通り、奇跡的だった。」(沖縄タイムス)、という規模の大事故であった。
この事故当時の問題点を両紙は、次のように指摘する。


(1)「事故現場が基地の外だったにもかかわらず、米軍は県警や行政、大学関係者を現場から排除した。日本の主権行使が著しい制約を受けるなど日米関係において日本が独立国とはとてもいえない現実を知らしめた事故でもあった。」(沖縄タイムス)
(2)「2004年8月13日の米軍ヘリ墜落事故では、放射性物質ストロンチウム90が飛散した。その際、米軍は、宜野湾市の消防隊員に対して放射能検査をせず、検査の必要性も伝えなかった。にもかかわらず普天間基地所属の米軍救難消防隊員は検査していた。墜落当時も、米軍は機体が放射性物質を含むことすら沖縄側に一切伝えていなかった。自国に駐留する外国軍基地内にどんな物質があるのか、全く知らされない。根底には日米地位協定がある。米軍基地の運用に日本側が一切口出しできない。事故から12年たっても地位協定は改められていない。同様の事態が繰り返されないか懸念する。事故当時、民間地域での事故であるにもかかわらず、米軍が県警や宜野湾市消防、大学関係者を閉め出したことが問題となった。」(琉球新報)


 また、この事件を受けて、日米両政府が行ったことは次のものである。


(1)「日本側が十分に事故原因を究明できなかった反省から、日米両政府は05年に『民間地での米軍機事故に関するガイドライン(指針)』をまとめた。民間地の事故現場の直近は日米共同で規制し、事故機の残骸と部品は米側が管理する内容だ。指針は米軍の関与を認め、特権が強化されたことを意味する。実際に08年、名護市で発生した米軍軽飛行機墜落事故で、指針に沿って県警の事故機差し押さえを米軍が拒否した。ヘリ墜落事故の教訓は全く生かされていないのだ。」(琉球新報)
(2)「老朽化したCH46ヘリの代わりに2012年から13年にかけて、安全性に大きな疑問符が付く計24機のオスプレイが県民の反対を押し切って配備された。県内の全41市町村長・議会議長らが13年1月に異例の『東京行動』を繰り広げ、配備撤回を求める建白書を安倍晋三首相に手渡したにもかかわらずである。人口密集地や学校などの上空を避け、基地外ではヘリモードでの飛行を行わないなどとする日米合意や、夜間の運用を制限する騒音防止協定は反古(ほご)にされている。」(沖縄タイムス)


 こうした事件の原因が一向に改善されない状況の中で、両紙は、次の指摘を行う。
 まず、琉球新報は、「普天間飛行場の5年以内の運用停止はどうなったか。」、と問いかける。
 しかし、残念ながら、その答えは、次ののものでしかない。


「中谷元・前防衛相は今年3月『辺野古移設への理解と協力が大前提だ』と、翁長雄志知事に述べた。そもそも5年以内の運用停止の『大前提』は、辺野古移設とは切り離し、国と県が危険な普天間飛行場の閉鎖が急務であるとの認識で一致したことであったはずだ。」


 だから、琉球新報は、「ここにきて安倍政権が普天間飛行場の固定化をにじませ、5年以内運用停止を人質に辺野古移設容認を迫るのは姑息だ。12年間の政府対応を見ると、問題解決できないことは明らかだ。普天間飛行場の無条件全面返還しかない。」、と結論づける。
 一方、沖縄タイムスは、「普天間を取り巻く状況はあれから変わったのだろうか。むしろ危険性は増大していると言わざるを得ない。」と分析し、「普天間問題の原点は過重負担の解消だったことを忘れてはならない。政府が普天間の危険性除去を辺野古新基地建設問題にすり替え、新基地建設が自己目的化している。普天間の返還・危険性除去が進まない理由である。」、と見通す。
特に、普天間飛行場の5年以内の運用停止問題に潜む日本政府の当事者能力の欠如について、沖縄タイムスは次のように伝える。


「安倍首相ら全閣僚が出席した13年12月の沖縄政策協議会で当時の仲井真弘多知事が普天間の5年以内の運用停止を要請した。安倍首相は『「できることはすべて行う』と約束した。仲井真氏はその後、県外移設の公約を翻し、辺野古埋め立てを承認した。『5年以内』とは、19年2月までである。米側は当初から否定的で『空想のような見通し』と言っている。政府が本気で米側と交渉していないのは明らかだ。」


 さらに、「仲井真氏が県外移設の公約を堅持していたころは『辺野古が駄目なら普天間は固定化する』との政府の『脅し』に対し、『固定化するとの発想、言葉が出てくること自体、一種の堕落だ』と批判。「辺野古移設に固執するのではなく、もっと早く現実的に移設できる県外の場所を探すべきだ』などと指摘していたことを思い出す。」、とこれまでの沖縄県の主張の本来のあり方を示す。
そして、最後に、沖縄タイムスは、次のように主張する。


「普天間は住宅地に囲まれ、離着陸するにはその上空を飛ばなければならない。米本国では安全確保のため、滑走路の両端から約900メートルをクリアゾーンとして一切の土地利用が禁止されているが、普天間には小学校や住宅などがある。米国の基準を満たしていないのである。政府が辺野古の新基地建設にこだわる限り、普天間の危険性除去は遠のくばかりだ。政府の姿勢は、住民を墜落事故の恐怖にさらし続けることを意味する。いつ墜落事故に巻き込まれるかもしれない危険性と背中合わせの生活を強いることは許されない。」



 「沖国大ヘリ墜落事件」を自分自身の肝に命じるということは、沖縄県民に、いつまで、「住民を墜落事故の恐怖にさらし続け、いつ墜落事故に巻き込まれるかもしれない危険性と背中合わせの生活を強いる 」のかという問いでもある。


 以下、琉球新報及び沖縄タイムスの引用。








(1)琉球新報-<社説>沖国大ヘリ墜落12年 普天間の無条件全面返還を-2016年8月13日 06:01



 米軍普天間基地所属のCH53D大型輸送ヘリコプターが、宜野湾市の沖縄国際大学に墜落してから12年になる。

 市街地の中心にある普天間飛行場の危険性を再認識した。オスプレイ配備で危険性はさらに増した。「世界一」の危険性を除去するには、無条件での全面返還しかない。
 2004年8月13日の米軍ヘリ墜落事故では、放射性物質ストロンチウム90が飛散した。その際、米軍は、宜野湾市の消防隊員に対して放射能検査をせず、検査の必要性も伝えなかった。にもかかわらず普天間基地所属の米軍救難消防隊員は検査していた。墜落当時も、米軍は機体が放射性物質を含むことすら沖縄側に一切伝えていなかった。
 自国に駐留する外国軍基地内にどんな物質があるのか、全く知らされない。根底には日米地位協定がある。米軍基地の運用に日本側が一切口出しできない。事故から12年たっても地位協定は改められていない。同様の事態が繰り返されないか懸念する。
 事故当時、民間地域での事故であるにもかかわらず、米軍が県警や宜野湾市消防、大学関係者を閉め出したことが問題となった。
 日本側が十分に事故原因を究明できなかった反省から、日米両政府は05年に「民間地での米軍機事故に関するガイドライン(指針)」をまとめた。民間地の事故現場の直近は日米共同で規制し、事故機の残骸と部品は米側が管理する内容だ。指針は米軍の関与を認め、特権が強化されたことを意味する。
 実際に08年、名護市で発生した米軍軽飛行機墜落事故で、指針に沿って県警の事故機差し押さえを米軍が拒否した。ヘリ墜落事故の教訓は全く生かされていないのだ。
 一方、普天間飛行場の5年以内の運用停止はどうなったか。
 中谷元・前防衛相は今年3月「辺野古移設への理解と協力が大前提だ」と、翁長雄志知事に述べた。そもそも5年以内の運用停止の「大前提」は、辺野古移設とは切り離し、国と県が危険な普天間飛行場の閉鎖が急務であるとの認識で一致したことであったはずだ。
 ここにきて安倍政権が普天間飛行場の固定化をにじませ、5年以内運用停止を人質に辺野古移設容認を迫るのは姑息(こそく)だ。12年間の政府対応を見ると、問題解決できないことは明らかだ。普天間飛行場の無条件全面返還しかない。




(2)沖縄タイムス社説-社説[沖国大ヘリ墜落12年]「5年内停止」はどこへ-2016年8月13日 12:52




 米軍普天間飛行場のCH53大型輸送ヘリが、隣接する沖縄国際大学の本館ビルに墜落してから12年を迎える。

 ヘリは炎上し、機体の一部と、回転翼で削り取られたコンクリート片が住宅密集地に飛び散る大事故だった。市民に負傷者が出なかったのは文字通り、奇跡的だった。

 事故現場が基地の外だったにもかかわらず、米軍は県警や行政、大学関係者を現場から排除した。日本の主権行使が著しい制約を受けるなど日米関係において日本が独立国とはとてもいえない現実を知らしめた事故でもあった。

 普天間を取り巻く状況はあれから変わったのだろうか。むしろ危険性は増大していると言わざるを得ない。

 老朽化したCH46ヘリの代わりに2012年から13年にかけて、安全性に大きな疑問符が付く計24機のオスプレイが県民の反対を押し切って配備された。

 県内の全41市町村長・議会議長らが13年1月に異例の「東京行動」を繰り広げ、配備撤回を求める建白書を安倍晋三首相に手渡したにもかかわらずである。

 人口密集地や学校などの上空を避け、基地外ではヘリモードでの飛行を行わないなどとする日米合意や、夜間の運用を制限する騒音防止協定は反古(ほご)にされている。

 普天間問題の原点は過重負担の解消だったことを忘れてはならない。政府が普天間の危険性除去を辺野古新基地建設問題にすり替え、新基地建設が自己目的化している。普天間の返還・危険性除去が進まない理由である。
■    ■
 安倍首相ら全閣僚が出席した13年12月の沖縄政策協議会で当時の仲井真弘多知事が普天間の5年以内の運用停止を要請した。安倍首相は「できることはすべて行う」と約束した。仲井真氏はその後、県外移設の公約を翻し、辺野古埋め立てを承認した。

 「5年以内」とは、19年2月までである。米側は当初から否定的で「空想のような見通し」と言っている。政府が本気で米側と交渉していないのは明らかだ。

 仲井真氏が県外移設の公約を堅持していたころは「辺野古が駄目なら普天間は固定化する」との政府の「脅し」に対し、「固定化するとの発想、言葉が出てくること自体、一種の堕落だ」と批判。「辺野古移設に固執するのではなく、もっと早く現実的に移設できる県外の場所を探すべきだ」などと指摘していたことを思い出す。
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 普天間は住宅地に囲まれ、離着陸するにはその上空を飛ばなければならない。

 米本国では安全確保のため、滑走路の両端から約900メートルをクリアゾーンとして一切の土地利用が禁止されているが、普天間には小学校や住宅などがある。米国の基準を満たしていないのである。政府が辺野古の新基地建設にこだわる限り、普天間の危険性除去は遠のくばかりだ。

 政府の姿勢は、住民を墜落事故の恐怖にさらし続けることを意味する。いつ墜落事故に巻き込まれるかもしれない危険性と背中合わせの生活を強いることは許されない。


by asyagi-df-2014 | 2016-08-17 05:30 | 沖縄から | Comments(0)

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