沖縄から-三上智恵の沖縄〈辺野古・高江〉撮影日記第56回


沖縄の地で、体を張って新しい歴史を作ろうとしている人たちがいる。
そこには、その煌めきの記録を残そうとしているジャーナリストがいる。
だとしたら、その生きざまの瞬間を私たちは受け取る必要がある。
三上知恵の沖縄撮影日記。


 今回の報告は、「全国の機動隊、高江へ~22日にも着工か~」で、「これは間違いなく日本の沖縄の、いや日本の歴史に残る汚点になるだろう。」、というものです。
 何故なのか。三上さんは、こう続けます。


(1)「沖縄本島北部の過疎地、東村の高江集落はわずか160人足らず。間もなく、国が米軍のためにオスプレイも使う新しいヘリパッドの工事に着手する。2007年から粘り強い反対運動が続いてきたが、国は今度という今度は、圧倒的な腕力で基地に着工しようとしているのだ。しかし、この山の中で座りこむ人の数など数十人、緊張が高まっている今日現在でも150人くらいのものだ。辺野古のゲート前に比べてもかなり小規模な座り込みだ。そこに他府県から500人の機動隊員。沖縄県警とあわせると800人規模とも、1000人規模になるとも報道されている。150人の非暴力の市民を相手に1000人の機動隊部隊。どう考えても常軌を逸している。」

(2)「1879年の琉球処分の際に、処分官・松田道行が軍隊と警察官600人を連れて来島したことを想起させると話す人もいる。数百人規模の機動隊の出動なんて、大規模な暴力団の制圧のような事例しか聞いたことがない。暴動も起きていない。過激派でもない、ごく一般の市民が非暴力のルールの下で抗議の座りこみをしているだけだ。制圧しなければいけない混乱など、どこにも発生してはいない。それなのに、あたかもすごい数のならずものが沖縄で大暴れしているかのような印象操作をして、あえて大規模出動を決定したのが、沖縄には終始冷たい安倍政権だ。」

(3)「しかし機動隊員は安倍総理の私兵ではない。治安を守る任務は当然だが、政治的には中立であるはずだ。東京を中心とした国の利益と、国の周縁部に位置する沖縄県の利害が真っ向から対立しているときに、100%国側の意向を実現するために、異なる意見を持って行動する県民を押さえつけていいのか? 弱者の側に立つという理想や正義もかなぐり捨てる覚悟で沖縄まで来たというのか?」


 三上さんは、現状をこのように描写する。


 今日(19日)は、高江にやってきた関東や九州の機動隊が、ヘリパッド工事現場の手前で検問をする態勢に入った。反対派の市民を現場に近づけないために、現場の南北数カ所で片側を通行止めにし、「免許証を見せて下さい」とやり始めたのだ。

 「ここは県民の生活道路だ! なんの権限があって県外から来た君たちが道をふさぐんだ?」

 激怒したリーダーの山城ヒロジさんは機動隊にくってかかる。任務初日、まだ肌の色も白い。土地勘もない機動隊員が戸惑いながら、博多弁丸出しで声を掛け合っていて、なんとも拍子抜けする。

 「私たちがなんで反対しているのか、あなたたちに解るの? どんなくやしい思いをしてきたか解るの? 解らないのに来ないでちょうだい!」

 「お前らの故郷がめちゃめちゃにされたらどうする? 国の言うことは正しいですって故郷の連中を押さえ込むのか?」

 うなずきながら話を聞く機動隊員。「そんなつもりはないです」、と唇を震わせていた人もいた。ひどい現場に来てしまったと顔を強ばらせている若者たちは、しかし指示を受ければ強制排除に入る。

 福岡出身で、長く沖縄に住んでいる男性が叫んだ。

 「きさんら、なんしにきよったんか! 恥はないんか? こげん仕事して!」

 意味もわからずこんな仕事をさせられている故郷の青年の姿を見たくない。彼は目を真っ赤にしてそう言った。

 何かを踏みにじっている。ここにいるのは素手の沖縄県民たちだ。これは俺の仕事なのか? 心の中でそう思った隊員は少なくなかったはずだ。やり甲斐も達成感もそこにはないだろう。苦しいだろう。そんな思いを、これから全国各地から来る500人もの機動隊の若者がここ高江でするのか。こんな豊かな森で、アカショウビンの声に心を躍らせる間もなく、鉛を流し込まれるような重い気持ちを抱え、ポーカーフェイスで基地建設を進める手伝いをするのか。今、壊されていくのは決して山原の自然だけではないのだと思う。


 また、こんなことが起こっていたのだ。すごいことだ。


 「東村の村長は、工事車両が高江の集落の中を走るならそれは許さない。身体を張ってでも止めると言ってくれた。だから、やがて工事が始まったら一緒に座りましょう、と今からお願いしに行こう!」

 ヒロジさんの提案はいつも唐突だ。それを決めたのは朝の7時だったが、立っているだけで熱中症になるこの暑さの中、なんと山道を20キロでも行進しながら行こうと座り込みの参加者に呼びかけた。

 「車で役場に乗り付けるのは簡単だ。それでは何も伝わらない。暑い中、4時間かけて歩いてきましたと、熱意を伝えよう!」

 8時前にゲート前を出発した一行20人弱は、横断幕を持って、マイクでリレートークをしながら熱いアスファルトを踏みしめて歩いた。緑豊かな、やんばるだ。途中、30分歩いても民家が1軒もない、ヤンバルクイナしか聞いてない、という区間もあった。ヒロジさんは一度気が遠くなってしまい、しばらく休憩をとった。なじみの沖縄県警の一人が心配して声をかけに来た。そんな風にして東村の役場に辿り着いたのは、出発から7時間半も経過した午後3時過ぎだった。

 あいにく伊集盛久村長は留守で、代理の職員に伝言をお願いする形になった。ヒロジさんは丁寧にお辞儀をして汗だくの帽子をとった。その表情を見て、私は喉が詰まってしまった。この一週間で、ヒロジさんの顔は一気に10歳年を取ってしまったように感じた。基地建設反対の伊波洋一候補が当選した1週間前の祝勝会で、あんなにはしゃいでいたヒロジさんのはじける元気が、遠い昔のように思えた。毎晩ほぼ寝ることもできず、高江に張り付いたこの5日間が、ここまで彼を痛めつけていたのか。もともと、反対運動のリーダーなんて大病から復帰した人にやれる仕事ではない。辺野古に警視庁の機動隊が投入されても一歩も引かなかったヒロジさんだが、800人、1000人を相手にどうやって非暴力の抵抗をつらぬくのか。今も現場の指揮を執りながら、刻一刻、悩み抜いていると思う。しかしこれで、もつのだろうか。このまま指揮を任せていていいのだろうか。


 三上智恵は、覚悟のもとに訴える。


 「高江のヘリパッド建設問題」ってなあに? と言う人が今も国民の大半だろう。放送局で必死にこの問題を取材していた私が、たったの一度も全国ネットにできなかったのだ。だから、他の局も含めて「辺野古」は報道しても「高江」の報道はまだほとんどない。ドキュメンタリー番組だった『標的の村』を映画にしたのも、全国に伝える手段が他に思いつかなかったからだ。思いのほかのヒットで、少なく見積もっても10万人は見てくれたと思う。しかし、この事態になっても全国ニュースでは全く、きれいに全く、取り上げていない。

 「高江」はこのまま誰も知らない中で、圧殺されていくのか? そうはさせない。そのために、私だけではない、現場から多くの人がSNSやツイキャスやネットメディアを駆使して現状を伝え、SOSを発し続けている。だから是非、テレビでやってないから知らないとはいわないでほしい。少しアンテナを張ってくれれば、いくらでも高江の情報は出ている。全国の多数が選びとった安倍政権が見えないところで暴走していないかどうか、一票を投じた人はちゃんと見張っていて欲しい。

 レッカー移動が終われば、金曜日には政府の言う「本格着工」の予定だ。今日は福岡で、大阪で、東京の警視庁前で、高江の工事強行に抗議する緊急集会が開かれた。高江を見殺しにするものか、という人たちが声をあげてくれたことが、どんなに現場を勇気づけているか。いま、沖縄と本土の間に修復不可能な裂け目ができようとしている。でもその前に、私たちはまだまだ信じている。良識ある国民が次々と声を上げ、高江を潰そうとする暴力的な政策にブレーキをかけてくれることを。



 そうなのだ。
 はっきりしているのは、「150人の非暴力の市民を相手に1000人の機動隊部隊」、それは、「1879年の琉球処分の際に、処分官・松田道行が軍隊と警察官600人を連れて来島したことを想起させる」ようなもの、あるのは、「過激派でもない、ごく一般の市民が非暴力のルールの下で抗議の座りこみをしているだけだ」という事実のみ。
 そこには、「制圧しなければいけない混乱など、どこにも発生してはいない」、のだ。
このことにより壊されるのは、「決して山原の自然だけではないのだ」。
 今問われているのは、日米両政府、日米両国民。


 
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 以下、三上智恵の沖縄(辺野古・高江)撮影日記第56回の引用。







第56回 全国の機動隊、高江へ~22日にも着工か~



 足立、多摩、習志野、柏、久留米、横浜、福岡…。暗闇に見慣れないナンバープレートが浮かび上がる。機動隊の警備車両、通称「かまぼこ」と呼ばれる大型車両が続々と全国各地から沖縄県北部に結集してきた。もう数え切れない。他府県から500人を超える機動隊員が一気に島に乗り込んでくるなど前代未聞のこと。これは間違いなく日本の沖縄の、いや日本の歴史に残る汚点になるだろう。

 沖縄本島北部の過疎地、東村の高江集落はわずか160人足らず。間もなく、国が米軍のためにオスプレイも使う新しいヘリパッドの工事に着手する。2007年から粘り強い反対運動が続いてきたが、国は今度という今度は、圧倒的な腕力で基地に着工しようとしているのだ。しかし、この山の中で座りこむ人の数など数十人、緊張が高まっている今日現在でも150人くらいのものだ。辺野古のゲート前に比べてもかなり小規模な座り込みだ。そこに他府県から500人の機動隊員。沖縄県警とあわせると800人規模とも、1000人規模になるとも報道されている。150人の非暴力の市民を相手に1000人の機動隊部隊。どう考えても常軌を逸している。

 1879年の琉球処分の際に、処分官・松田道行が軍隊と警察官600人を連れて来島したことを想起させると話す人もいる。数百人規模の機動隊の出動なんて、大規模な暴力団の制圧のような事例しか聞いたことがない。暴動も起きていない。過激派でもない、ごく一般の市民が非暴力のルールの下で抗議の座りこみをしているだけだ。制圧しなければいけない混乱など、どこにも発生してはいない。それなのに、あたかもすごい数のならずものが沖縄で大暴れしているかのような印象操作をして、あえて大規模出動を決定したのが、沖縄には終始冷たい安倍政権だ。

 しかし機動隊員は安倍総理の私兵ではない。治安を守る任務は当然だが、政治的には中立であるはずだ。東京を中心とした国の利益と、国の周縁部に位置する沖縄県の利害が真っ向から対立しているときに、100%国側の意向を実現するために、異なる意見を持って行動する県民を押さえつけていいのか? 弱者の側に立つという理想や正義もかなぐり捨てる覚悟で沖縄まで来たというのか?

 今日(19日)は、高江にやってきた関東や九州の機動隊が、ヘリパッド工事現場の手前で検問をする態勢に入った。反対派の市民を現場に近づけないために、現場の南北数カ所で片側を通行止めにし、「免許証を見せて下さい」とやり始めたのだ。

 「ここは県民の生活道路だ! なんの権限があって県外から来た君たちが道をふさぐんだ?」

 激怒したリーダーの山城ヒロジさんは機動隊にくってかかる。任務初日、まだ肌の色も白い。土地勘もない機動隊員が戸惑いながら、博多弁丸出しで声を掛け合っていて、なんとも拍子抜けする。

 「私たちがなんで反対しているのか、あなたたちに解るの? どんなくやしい思いをしてきたか解るの? 解らないのに来ないでちょうだい!」

 「お前らの故郷がめちゃめちゃにされたらどうする? 国の言うことは正しいですって故郷の連中を押さえ込むのか?」

 うなずきながら話を聞く機動隊員。「そんなつもりはないです」、と唇を震わせていた人もいた。ひどい現場に来てしまったと顔を強ばらせている若者たちは、しかし指示を受ければ強制排除に入る。

 福岡出身で、長く沖縄に住んでいる男性が叫んだ。

 「きさんら、なんしにきよったんか! 恥はないんか? こげん仕事して!」

 意味もわからずこんな仕事をさせられている故郷の青年の姿を見たくない。彼は目を真っ赤にしてそう言った。

 何かを踏みにじっている。ここにいるのは素手の沖縄県民たちだ。これは俺の仕事なのか? 心の中でそう思った隊員は少なくなかったはずだ。やり甲斐も達成感もそこにはないだろう。苦しいだろう。そんな思いを、これから全国各地から来る500人もの機動隊の若者がここ高江でするのか。こんな豊かな森で、アカショウビンの声に心を躍らせる間もなく、鉛を流し込まれるような重い気持ちを抱え、ポーカーフェイスで基地建設を進める手伝いをするのか。今、壊されていくのは決して山原の自然だけではないのだと思う。

 先週金曜日、毎朝大量の資材が高江の森に運び込まれていくのをみながら、ヒロジさんが提案した。

 「東村の村長は、工事車両が高江の集落の中を走るならそれは許さない。身体を張ってでも止めると言ってくれた。だから、やがて工事が始まったら一緒に座りましょう、と今からお願いしに行こう!」

 ヒロジさんの提案はいつも唐突だ。それを決めたのは朝の7時だったが、立っているだけで熱中症になるこの暑さの中、なんと山道を20キロでも行進しながら行こうと座り込みの参加者に呼びかけた。

 「車で役場に乗り付けるのは簡単だ。それでは何も伝わらない。暑い中、4時間かけて歩いてきましたと、熱意を伝えよう!」

 8時前にゲート前を出発した一行20人弱は、横断幕を持って、マイクでリレートークをしながら熱いアスファルトを踏みしめて歩いた。緑豊かな、やんばるだ。途中、30分歩いても民家が1軒もない、ヤンバルクイナしか聞いてない、という区間もあった。ヒロジさんは一度気が遠くなってしまい、しばらく休憩をとった。なじみの沖縄県警の一人が心配して声をかけに来た。そんな風にして東村の役場に辿り着いたのは、出発から7時間半も経過した午後3時過ぎだった。

 あいにく伊集盛久村長は留守で、代理の職員に伝言をお願いする形になった。ヒロジさんは丁寧にお辞儀をして汗だくの帽子をとった。その表情を見て、私は喉が詰まってしまった。この一週間で、ヒロジさんの顔は一気に10歳年を取ってしまったように感じた。基地建設反対の伊波洋一候補が当選した1週間前の祝勝会で、あんなにはしゃいでいたヒロジさんのはじける元気が、遠い昔のように思えた。毎晩ほぼ寝ることもできず、高江に張り付いたこの5日間が、ここまで彼を痛めつけていたのか。もともと、反対運動のリーダーなんて大病から復帰した人にやれる仕事ではない。辺野古に警視庁の機動隊が投入されても一歩も引かなかったヒロジさんだが、800人、1000人を相手にどうやって非暴力の抵抗をつらぬくのか。今も現場の指揮を執りながら、刻一刻、悩み抜いていると思う。しかしこれで、もつのだろうか。このまま指揮を任せていていいのだろうか。

 今日19日は、ゲートを塞ぐ市民の車を撤去せよという警告の期限になっている。私は高江近くの宿でこの文章を書いているが、夜中の12時になったらレッカー車が来るかも知れないから、もう行かないといけない。沖縄県外からも、警視庁からもレッカー車が運び込まれている。止めてある車は一目瞭然の小さい車しかないのに、どんな大げさなんだろう。まさか真っ暗な森で作業はできないだろう。そう思いたいが、人が少ないと必ず防衛局はやってくる。だから今、間もなく午後9時。このあとすぐ、またカメラを持って現場に向かう。週に一度の「マガジン9」で伝えきれない動きは、三上智恵のフェイスブックにも上げているので、参考にして欲しい。

 「高江のヘリパッド建設問題」ってなあに? と言う人が今も国民の大半だろう。放送局で必死にこの問題を取材していた私が、たったの一度も全国ネットにできなかったのだ。だから、他の局も含めて「辺野古」は報道しても「高江」の報道はまだほとんどない。ドキュメンタリー番組だった『標的の村』を映画にしたのも、全国に伝える手段が他に思いつかなかったからだ。思いのほかのヒットで、少なく見積もっても10万人は見てくれたと思う。しかし、この事態になっても全国ニュースでは全く、きれいに全く、取り上げていない。

 「高江」はこのまま誰も知らない中で、圧殺されていくのか? そうはさせない。そのために、私だけではない、現場から多くの人がSNSやツイキャスやネットメディアを駆使して現状を伝え、SOSを発し続けている。だから是非、テレビでやってないから知らないとはいわないでほしい。少しアンテナを張ってくれれば、いくらでも高江の情報は出ている。全国の多数が選びとった安倍政権が見えないところで暴走していないかどうか、一票を投じた人はちゃんと見張っていて欲しい。

 レッカー移動が終われば、金曜日には政府の言う「本格着工」の予定だ。今日は福岡で、大阪で、東京の警視庁前で、高江の工事強行に抗議する緊急集会が開かれた。高江を見殺しにするものか、という人たちが声をあげてくれたことが、どんなに現場を勇気づけているか。いま、沖縄と本土の間に修復不可能な裂け目ができようとしている。でもその前に、私たちはまだまだ信じている。良識ある国民が次々と声を上げ、高江を潰そうとする暴力的な政策にブレーキをかけてくれることを。


三上智恵監督新作製作のための
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三上智恵
三上智恵(みかみ・ちえ): ジャーナリスト、映画監督/東京生まれ。大学卒業後の1987年、毎日放送にアナウンサーとして入社。95年、琉球朝日放送(QAB)の開局と共に沖縄に移り住む。夕方のローカルワイドニュース「ステーションQ」のメインキャスターを務めながら、「海にすわる〜沖縄・辺野古 反基地600日の闘い」「1945〜島は戦場だった オキナワ365日」「英霊か犬死か〜沖縄から問う靖国裁判」など多数の番組を制作。2010年には、女性放送者懇談会 放送ウーマン賞を受賞。初監督映画『標的の村~国に訴えられた沖縄・高江の住民たち~』は、ギャラクシー賞テレビ部門優秀賞、キネマ旬報文化映画部門1位、山形国際ドキュメンタリー映画祭監督協会賞・市民賞ダブル受賞など17の賞を獲得。現在も全国での自主上映会が続く。15年には辺野古新基地建設に反対する人々の闘いを追った映画『戦場ぬ止み』を公開。ジャーナリスト、映画監督として活動するほか、沖縄国際大学で非常勤講師として沖縄民俗学を講じる。『戦場ぬ止み 辺野古・高江からの祈り』(大月書店)を上梓。
(プロフィール写真/吉崎貴幸)


by asyagi-df-2014 | 2016-07-21 05:39 | 沖縄から | Comments(0)

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