沖縄-沖縄タイムスの【検証・在沖海兵隊】を読む。(Ⅱ)

 沖縄タイムスは、2016年6月14日、【検証・在沖海兵隊(3)】という特集を続けた。
この【検証・在沖海兵隊(3)】を要約する。


(1)沖縄が、「国土面積の0・6%に、全国の米軍専用施設面積の74%が集中」し、「県の統計では、現在、沖縄に駐留する米兵2万5千人のうち海兵隊は1万5千人で6割を占める。在沖米軍基地の7割を占有する圧倒的な存在だ。」、となった経過と理由


①「その原点は、71年前の沖縄戦だ。戦後、米軍は『銃剣とブルドーザー』で住民の土地を強制接収し、次々と基地を建設していった。」
②「海兵隊は沖縄戦で上陸してからそのまま沖縄に居座り続けているわけではない。朝鮮戦争を機に岐阜県と山梨県に駐留していた第3海兵師団が1956年に沖縄へ移ってきたのが在沖海兵隊の“起源”だ。」


③「米軍はベトナム戦争を機に、海兵隊約1万6千人をキャンプ岐阜(現・航空自衛隊岐阜基地)とキャンプ・マックネア(現・陸上自衛隊北富士演習場)に配備した。両地では、酔っ払った米兵による殺人や暴行、発砲事件などが相次ぎ地元の反基地感情が高まっていた。同時期の55年には東京・立川基地で拡張計画が発表され、土地収用に反対する住民らが『砂川闘争』を展開するなど反基地運動は全国に広がりをみせていた。」
④「沖縄では米国民政府が53年に『土地収用令』を公布し、各地で強制的な土地接収を始めていた。本土の反米感情の高まりを恐れた米国は、当時占領下にあった沖縄に海兵隊を移す計画を立案する。」
⑤「当の米側から沖縄移駐に反対の声が上がった。55年5月、スティーブス在沖米総領事は沖縄の住民運動を懸念し、『移駐計画を中止させるぎりぎりの努力を払うべきだ』と国務省へ文書で働き掛けた。『陸軍省、極東司令部、海兵隊上層部ですら反対だ』と米軍幹部も移駐に否定的だったことも明記されている。しかし56年2月、本土の海兵隊は沖縄へ移駐を始めた。米施政権下にあり、憲法も及ばない『オキナワ」を使うことを決めた。


(2)沖縄に米軍基地が集中させられた理由


①「海兵隊が本土から沖縄に集約される背景には、『本土の反発』と『使い勝手のいい沖縄』」が絡み合った。
②「沖縄移駐の詳細な理由は、いまもって明らかになっていない。だが、56年12月に米国務省のパーソンズ北東アジア課長が作成した内部文書に米側の狙いを裏付ける記述がある。『米軍基地の存在を(日本国民の)目にとまりにくいようにし、反基地感情を減らすべきだ』」


 この沖縄タイムスの記事から浮かんでくるのは、沖縄に米軍基地が集中させられたのは、「『本土の反発』と『使い勝手のいい沖縄』」」という日米両政府が自ら創り出した「構造的沖縄差別」が、巧みに利用されたことにある。それは、一方の側の「米軍基地の存在を(日本国民の)目にとまりにくいようにし、反基地感情を減らすべきだ」、との証言が示している。
だとしたら、日本人は、「使い勝手のいい沖縄」を変えなくてはならない。


 以下、沖縄タイムスの引用。






沖縄タイムス-沖縄へ移駐 米国、反基地感情恐れ【検証・在沖海兵隊(3)】-2016年6月14日 11:30


 国土面積の0・6%に、全国の米軍専用施設面積の74%が集中する沖縄。その原点は、71年前の沖縄戦だ。戦後、米軍は「銃剣とブルドーザー」で住民の土地を強制接収し、次々と基地を建設していった。県の統計では、現在、沖縄に駐留する米兵2万5千人のうち海兵隊は1万5千人で6割を占める。在沖米軍基地の7割を占有する圧倒的な存在だ。

 だが、海兵隊は沖縄戦で上陸してからそのまま沖縄に居座り続けているわけではない。朝鮮戦争を機に岐阜県と山梨県に駐留していた第3海兵師団が1956年に沖縄へ移ってきたのが在沖海兵隊の“起源”だ。海兵隊が本土から沖縄に集約される背景には、「本土の反発」と「使い勝手のいい沖縄」が絡み合った。

 米軍はベトナム戦争を機に、海兵隊約1万6千人をキャンプ岐阜(現・航空自衛隊岐阜基地)とキャンプ・マックネア(現・陸上自衛隊北富士演習場)に配備した。

 両地では、酔っ払った米兵による殺人や暴行、発砲事件などが相次ぎ地元の反基地感情が高まっていた。

 同時期の55年には東京・立川基地で拡張計画が発表され、土地収用に反対する住民らが「砂川闘争」を展開するなど反基地運動は全国に広がりをみせていた。

 一方、沖縄では米国民政府が53年に「土地収用令」を公布し、各地で強制的な土地接収を始めていた。本土の反米感情の高まりを恐れた米国は、当時占領下にあった沖縄に海兵隊を移す計画を立案する。

 だが、当の米側から沖縄移駐に反対の声が上がった。55年5月、スティーブス在沖米総領事は沖縄の住民運動を懸念し、「移駐計画を中止させるぎりぎりの努力を払うべきだ」と国務省へ文書で働き掛けた。「陸軍省、極東司令部、海兵隊上層部ですら反対だ」と米軍幹部も移駐に否定的だったことも明記されている。

 しかし56年2月、本土の海兵隊は沖縄へ移駐を始めた。米施政権下にあり、憲法も及ばない「オキナワ」を使うことを決めた。

 沖縄移駐の詳細な理由は、いまもって明らかになっていない。だが、56年12月に米国務省のパーソンズ北東アジア課長が作成した内部文書に米側の狙いを裏付ける記述がある。「米軍基地の存在を(日本国民の)目にとまりにくいようにし、反基地感情を減らすべきだ」(政経部・大野亨恭)


by asyagi-df-2014 | 2016-06-23 05:54 | 沖縄から | Comments(0)

壊される前に考えること。そして、新しい地平へ。「交流地帯」からの再出発。


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