本からのもの-「慰安婦」問題の現在-「朴裕河現象」と知識人: 日本知識人の常識を促す-和田晴樹先生への手紙

著書名;「慰安婦」問題の現在:日本知識人の常識を促す-和田晴樹先生への手紙
著作者:徐京植
出版社;三一書房

 徐京植さん(以下、徐とする)の文章は、切れ味鋭い。
前田朗編の「『慰安婦』問題の現在-『朴裕河』現象と知識人識人-」のなかでの徐の「日本知識人の覚醒を促す-和田晴樹先生への手紙」の文章も、また、真実を鋭く取り出してみせる。
ここでは、私が取り出した徐の言葉を並べてみる。
 恐らく、徐の分析は、こちら側からの説明などいらない世界であろう。
なお、この文章は、「和田晴樹先生、やむにやまれぬ気持ちから、この手紙を差し上げます。ことの性質上、公開書簡の形にしたことをご理解ください。」で始まる、「慰安婦」問題、「日韓合意」、「帝国の慰安婦」について、和田春樹への質問状という形になっている。


①「現実には、先生の懸念した『過ち』は、あくまで国家責任を否定したい日本政府の立場から見れば『過ち』ではなく、むしろ外交的成功だったと言えるでしょう。彼らは終始一貫しています。そして、韓国政府はそれに加担したということです。それが『過ち』であったとすれば、『アジア女性基金』の失敗の原因を省察することができます。それを思想的に深めて後代に継承できなかった者たちの『過ち』といえないでしょうか。まことに僭越な言い方になりますが、この意味で、和田先生ご自身の責任も渇して小さくないと考えます。」


②「『慰安婦問題の最終解決』という言葉は、『ユダヤ人問題の最終解決』というナチの行政用語を連想させ、不吉な胸騒ぎを引き起こします。この用語は、あらゆる『問題』の原因を『ユダヤ人』におしつける心理的機能を果たし、究極的に工業的大量虐殺に帰結しました。同じように、『慰安婦問題』という用語は、それが本来『日本問題』であるにもかかわらず、『慰安婦』に問題があるかのような偏見を醸成します。理性的に思考することのできない人々は、目障りな問題は除去したい、うるさい存在は黙らせたい、という反知性的な衝動に身を任せることになります。当事者を無視して強行された『慰安婦問題の最終解決』という『合意』が、今後どんな惨憺たる事態を招くことになるのか、憂慮に耐えません。それは被害者を黙殺する名分、被害者を黙らせる圧力(象徴的には『少女像』の撤去)となって現れるでしょう。愚かにもこの合意を承認した韓国政府は、このような不正義の企てに協力する立場に立つことになりました。」


③「しかし、日本国民の多数者は、この『蒸し返し』(広くいえば植民地主義批判)の原因と意義を理解できず、さらに攻撃性を強めることでしょう。国民のこのような攻撃性を国家は徹底的に利用しようとするでしょう。私の脳裏に浮かぶ悪夢は、近い将来『朝鮮半島有事』という事態が起きることです。そうなれば、米軍ととに(いまは自衛隊という名の)日本軍が朝鮮半島に侵入してくることになるでしょう。その準備が着々と進められています。日本国民の多数は、すでに内面化された差別意識や攻撃性を克服できないまま、この悪夢を傍観するか、あるいは積極的に支持するでしょう。
 これは言うまでもなく、私たち朝鮮民族と日本民族との平和的共存、よりよい社会に向けての連帯にとって最悪の危機です。このことは、近代史を通して繰り返し提起されてきた日本国民への思想的問い、和田先生自身も提起した問いを、いま一度、深刻に提起してみることを私たちに要請しています。私がほかなら根和田先生あてに手紙を書くことにしたのも、このような理由からです。金学順さんの記者会見から25年、いわゆる『慰安婦』問題は、まったく解決しそうもないままに歳月が過ぎました。私はこの間の日本社会と韓国社会の推移を見つめてきたものとして私見を述べ、先生のご批判を仰ぎたいと思います。」


④「朝鮮民衆の立場からは到底容認できないことは言うまでもありません。日露戦争は朝鮮半島と中国東北地方(満州)の派遣をめぐる戦争であり、朝鮮は日本によって軍事占領されて『保護国』化され、そのことが、のちの『併合』へとつながりました。植民地化に抵抗した『抗日義兵』など多くの朝鮮民族が日本軍に殺戮されたことも歴史の事実です。その朝鮮民族に向かって、安倍首相は、日露戦争を引き合いに出して自国を美化して見せたのです。これは『和解』とは正反対の、愚弄とも挑発ともいえる言動です。
 ここでは朝鮮の例のみを挙げましたが、安倍談話は北海道、琉球(沖縄)、台湾に対する征服と支配について、一言の『お詫び』も『反省』も述べていません。安倍首相がその談話において『反省』したのは、第一次世界対大戦後、日本が『世界の大勢』を見失い、戦争への道を進んでいった、という点のみでした。これは欧米諸国への弁明に過ぎず、植民地支配と侵略戦争の被害者に向けた『反省』といえるものではありまえん。」


⑤「日本の朝鮮植民地化の過程は、すべて統治権の総覧者たる天皇の『哉可』を得て進められた。朝鮮総督は、法的にも天皇に『直隷』する、天皇の代理人であった。(朝鮮植民地支配とそれに伴う投獄、拷問、殺害などの行為は)先日死去したその人の名において行われたのである。(中略)『昭和』の終わりにあたって、この否定しようもない事実を想起する日本人は、まことにわずかでしかない。(中略)彼らは知らないのではなく、黙殺しているのである。なぜなら、『朝鮮』を直視することは、彼らの自己肯定、自己賛美の欲求と相いれないから。しかし、考えてみるまでもなく、侵略と収奪の歴史を自己否定することは、日本人自身の道徳的更正と永続的な平和の確保のためにこそ必要なのである。そうでなければ、日本人は将来にわたって、『抗日闘争』に直面し続けるほかない。」


⑥「『先生方がおっしゃるように、日本の現実が基金案以外は望みがたいというのは、正直なところでしょう。しかし、私たちはむしろ、日本の政治、社会的現実がそうした雰囲気であるからこそ、ますます基金事業をためらうのも事実なのです。日本がこれほど過去の非人道的犯罪を隠ぺいし糊塗し擁護しようとするので、いくばくかのお金や物質的利益ですべての懸案に決着をつけようとすることは私たちの良心が許さないのです。』日本とヨーロッパ社会が違っている、という論点について、『こうした違いがあるからといって、日本の戦後処理における微温的なところまで認めなければならないという法はありません。むしろ、日本社会がヨーロッパとちがって、しっかりとファシズムを精算できていないとすれば、しっかりと精算すべく圧力を加えなければならないと思うのです。」


⑦「正式な賠償金は絶対に支出しないという点が政権の譲れない意図だったからではありませんか。和田先生は藪中元外務次官が近著(『日本の進路』2015年)で、日本が慰安婦に『見舞金』を出したと書いているのは不見識であると批判していますが、これこそが日本政府中枢部の一貫して変わらない立場なのであり、それを和田先生のように『事実上の補償金)』であると便宜的に読み替えて受け入れるよう被害者に向かって主張することのほうに無理があります。これに反発した被害者側や運動団体こそ、事実を正確に見ていたということになるでしょう。」


⑧「もう少し大きな歴史の中で見ると、慰安婦問題というのはそもそも世界的な東西対立構造の終焉とともに浮上してきた出来事でした。勧告を含むアジア諸国の権威主義体制が動揺し、民主化が進んだ結果、それまで封印されていた日本の戦争犯罪問題が浮上したわけです。被害者が名乗り出ることが可能となり、支援運動も活発になりました。
 しかし、当の日本では、このベクトルは逆方向を向いていました。日本では東西対立時代の終焉は『脱イデオロギー時代』という浅簿な決まり文句とともに、進歩的リベラル勢力の自己解体という方向で進行しました。社会党・総評ブロックそのものが『55年体制』と称する旧体制に依存してきたことは事実ですが、そのような社会変動の中で新しく進歩的勢力を結集する代案を提示することができないまま、すすんで自壊の道を進んだことが致命的でした。小選挙区制を受け入れ、自民党との連立も嬉々として受け入れました。一貫して国家主義に抵抗してきた日本教職員組合(日教組)は方針を転換し、学校行事での国旗掲揚、国歌斉唱を容認しました。その際につねに言い交わされた決まり文句は『時代は変わった。もうイデオロギーの時代ではない』というものでした。進歩勢力がみずから『脱イデオロギー』と称して理念や理想を捨てていたとき、右派勢力はむしろ国家主義イデオロギーの砦を固めて反抗の機会をうかがっていたということになります。」


⑨「アジア女性基金の活動は、被害者救済のためではなく、まして、日本国家の責任を明らかにして新たな連帯の地平を切り開くためでもなく、日本人が自らの『良心』を慰めるためのものだったのでないのか。それは謙虚の衣をまとった自己中心主義ではないのか。その心性を克服することこそが、問われているので課題ではないのか。そうでない限り、『もう金は払った』とか、『被害者の目当ては金だ』とか、日本社会に偏在するそうした最悪の差別意識と闘うことはできません。」


⑩「この本(朴裕河教授の『和解のために』)の記述は問題だらけですが、ここでは二か所だけ挙げてみましょう。
 『戦後日本の歩みを考慮するなら、小泉首相が過去の植民地化と戦争について【懺悔】し【謝罪】する気持ちをもっていること自体は、信頼してもよいだろう。そのうえで、【あのような戦争を二度と起こしてはならない】と言明しているのだから、戦争を【美化】していることにもならないはずである』
 和田先生も、朴教授のこの認識を共有されるのですか。
 『1905年の条約(乙巳条約)が『不法』だとする主張(李泰鎮ほか)には、自国が過去に行ってしまったことに対する『責任』意識が欠如しているように、韓日協定の不誠実さを採り上げて再度協定の締結や賠償を要求することは、一方的であり、みずからに対して無責任なことになるだろう。日本の知識人がみずからに対して問うてきた程度の自己批判と責任意識をいまだかって韓国はもったことがなかった。』』
 この認識にも同意されますか。」


⑪「韓国の『左派政権』の10年間に南北の交流が進み、和解的雰囲気が生まれたことは、まさに脱冷戦的な出来事でした、そのことを『北朝鮮』と結びつけて非難することこそ、まさしく〈冷戦の思考〉に囚われたイデオロギー的攻撃というべきでしょう。(中略)すなわち、韓国でいうと、民主化闘争の動きに対する植民地近代化論の側からの反動です。前記した朴教授の言説は、この反動の典型的表現と言えるでしょう。
 90年代以降の長く続く右傾化、これは戦後民主主義(安倍政権のいう『戦後レジーム』)への大反動であり、これに、嫌韓論・反中論の蔓延といった排外主義の風潮が拍車をかけています。その中で動揺する人々、国家責任を徹底して突き詰めることは回避したいが、同時に自己を道徳的な高みに置いておきたい、そんな矛盾した望みを持つ『国民主義』の人々に、朴教授の言説が歓迎されています。
 世界的な規模でいえば、反植民地主義の高揚に対する反動です。」


⑫「先生が、『わずかに開いた裂け目に身体を入れる思い』で、慰安婦問題解決のため尽力された、その個人的誠意は疑いを入れないものです。残念なことは、それが空転し、結果的に『連帯』を損ねることなのです。先生のような方には、被害者救済のために個人としての熱意を注ぐ一方、国家に対してはもっとも原則的な批判の旗を掲げ続けていただきたい。その『原則』、いいかえれば『理想』を共有してこそ、『連帯』が可能となるからです。これは『万年野党』的な無責任を意味するものではありません。それこそが、『彼我の問いに禍を遠ざけ、祝福をもたらす捷径』であるからです。
 あの険難な70年代、暗黒の中に『連帯』の可能性がありました。それこそが、先生ご自身が述べられた『日本人が、この侵略と収奪の歴史を否定して、朝鮮半島の人々との新しい関係を想像していく』可能性であったと思います。銀座通りの人ごみに消えていく先生の背中に、私はその可能性を見ました。現在、その可能性はますます遠ざかって見えますが、どうか、あの『初心』に立ち返っていただきたいのです。」


⑬「最後に、具体的なお願いを申し上げます。
一 先生は『アジア女性基金』が失敗に終わったことを認めておられます。それなら  ば、失敗の原因をたんに運動論の次元にとどまらず、思想の次元で深く掘り下げて考  察していただきたいのです。そのことは、かって竹内好『現代中国論』に触発された  先生が、武内の思想を受け継ぎ、発展させ、そこに潜在していた限界性をも超えて、  日本人とアジア民衆の連帯へと進む思想的作業を意味するでしょう。
二 昨年12月28日の『合意』は、先生が事前に示しておられた『被害者が受け入れ、韓国国民が納得できる』という基準に逆行するものであることが明らかです。そうである以上、和田先生として、この『合意』は直ちに撤回されるべきである旨の意思を表明し、合意撤回のために闘っている韓日の市民の側に立つと明らかにしてください。
三 朴裕河教授が自著で繰り返している見解は、和田先生から見ても同意しがたいも  のであるはずです。そうであるなら、それを明確に批判しないことは学問的誠実に反  するでしょう。また、もし先生として朴教授の見解に同意されるのであれば、現在ま  でのご自身の見解との齟齬について説明されるべきであると思います。朴教授の著作  と言動について先生ご自身の見解を明示されることを求めたいと思います。」


なぜ、徐京植さんのこの文章を取りあげたのか。
 「アジア女性基金」の問題以来、和田晴樹さんへの疑問を、個人的にずっと抱いてきたことは、確かである。
 今回は、「慰安婦」問題や「日韓合意」の理解のために、これを採り上げました。


by asyagi-df-2014 | 2016-05-23 05:54 | 本等からのもの | Comments(0)

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