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ヘイトクライム-自公提出の「ヘイトスピーチ法案」のなかで容認できない「適法居住要件」とは。

 伊藤和子さんは、2016年5月3日付けのブログを、「在日コリアン等のマイノリティに対するヘイトスピーチが深刻な状況にある。 新聞報道によれば、熊本の地震の直後にも悪質なヘイトスピーチが飛び出したとのことで、暗澹たる気持ちになった。」、と始める。
 そして、「与党が、ヘイトスピーチの解消が「喫緊の課題」(第1条)だという認識に立って、ヘイトスピーチへの対処を進める法案を提出したことは歓迎したい。しかし、法案を見ると、どうしても容認できない、許してはならないという点がある。『適法居住要件』である。」、と続ける。
この「適法居住要件」や自公法案の問題点について、伊藤和子さんの「人権は国境を越えて-弁護士伊藤和子のダイアリー」で考える。
 はじめに、これを要約する。


(1)自公法案のヘイトスピーチの定義


 自公法案のヘイトスピーチの定義では「適法に居住する者に対するヘイトスピーチだけが、この法案で対応すべき課題だ」、としている。
 以下の文面である。


「『本邦外出身者に対する不当な差別的言動』とは、専ら本邦の域外にある国若しくは地域の出身である者又はその子孫であって適法に居住するもの(以下この条において「本邦外出身者」という。)に対する差別的意識を助長し又は誘発する目的で公然とその生命、身体、自由、名誉又は財産に危害を加える旨を告知するなど、本邦の域外にある国又は地域の出身であることを理由として、本邦外出身者を地域社会から排除することを煽動にかかる不当な差別的言動をいう。」

(2)自公法案のヘイトスピーチに盛り込まれた「適法居住要件」にかかる問題点


①ヘイトスピーチ規制の背景にあるのは、日本が批准している国連人種差別撤廃条約に基づく人種差別撤廃委員会が勧告を行ったことにあるが、国連人種差別撤廃委員会は、適法に居住しているか否かの区別なく、すべての人種差別をしてはならない、と言っている。こうした条約の精神からみて、適法居住要件は明らかにそぐわない。
②「適法」を要件とすると、在留資格なく日本に滞在している外国人や、あるいは滞在の適法性を争っている外国人(この中には多くの難民申請者も含まれる。)は適用対象外とされ、これらの外国人に対するヘイトスピーチは野放しになってしまう。
これでは適法に居住していなければ、ヘイトスピーチの対象とされても仕方がないと国が言っているようなもの、国が容認しているようなものである。
しかし、人はたとえ在留資格がないからと言って、ヘイトスピーチや憎悪的表現の対象とされてはならないはずだ。在留資格がないから人権侵害をしてもかまわない、このような考えは到底容認できない。
③このような定義では、故国から逃れ、日本に救いを求めようとする難民認定申請者の多くがヘイトスピーチの対象者として野放しになる。
いま、シリアをはじめ、世界中で紛争が続く中、難民受け入れ・保護は国際社会が取り組むべき最重要課題のひとつとなっている。
日本で難民申請をする人たちは、難民として認められるまでに「仮滞在許可」を受ける場合もあるものの、こうした許可を受けられず、難民認定も得られず、審査請求をしたり、裁判を提起したりしてようやく難民と認められる人たちも少なくない。こうして最終的には難民と認められる人たちでも、そのプロセスで「不法滞在」という扱いを受けることも少なくないのだ。
日本では、そもそも難民認定率があまりにも低く、大きな問題となっており、多くの難民申請希望者は大変深刻な状況に置かれている。
そこへきて、こうした難民認定を求める人たちに対して、ヘイトスピーチからの保護から除外することでよいのか。
「そうだ、難民しよう」というヘイト書籍が問題になったが、この本に代表されるような難民に対するヘイトスピーチへの対処をせず、迫害を受けて庇護を求める難民申請者を差別し、傷つける言動をすることを私たちの社会は容認していいのだろうか。
④難民だけではない、日本には、様々な形で、在留資格がないために苦境に立たされている人がいる。例えば、夫からDVを受けて避難生活を送り、離婚を求める外国人女性も一時的にオーバーステイになってしまうことが多い。在留資格がないからヘイトスピーチの対象となっても仕方がない、というのは明らかにおかしい。
⑤「居住」というのもおかしい。一時的な外国からの旅行者に対するヘイトスピーチは完全に除外されることになるからだ。
例えば、2020年には東京オリンピックが予定されているが、仮にオリンピックに出場するために来日した選手や、観戦に来た観客に対するヘイトスピーチがなされても、「居住」していないから、何らの対策もないというのだ。
これで本当に国際的に開かれたオリンピックを実現できるというのだろうか。
⑥上記のような法律の定義では、外国にルーツを持つマイノリティはヘイトスピーチから保護されるのに対し、日本にルーツをもつマイノリティへのヘイトスピーチは規制されないことになる。
例えば、日本の先住民族であるアイヌ民族や琉球・沖縄の人々、また被差別部落といった国内のマイノリティに対してヘイトスピーチをしても適用対象外とされることも大きな問題だ。


(3)自公法案の問題点


① 人種差別撤廃条約は人種差別を「人種、皮膚の色、世系又は民族的若しくは種族的出身に基づく」(同条約第1条)差別と定義している。これにならって、すべての民族的、世系上のマイノリティを対象とするべきだ。
国がこのような法律をつくるとき、一部のマイノリティだけを保護し、他のマイノリティを保護しない、という施策を決めることは、保護の対象とされなかったマイノリティを一層深刻な立場に置くことになる。あたかも、そうした者は保護に値するものでないと国が言っているに等しい。
それは、新たな差別をもたらすことになる。特にこの法律がヘイトスピーチという深刻な人権侵害に関するものであることを考えるなら、その影響は深刻である。
②本法案は、前文で「不当な差別的言動は許されないことを宣言」しながら、本文では「本邦外出身者に対する不当な差別的言動のない社会の実現に寄与するよう努めなければならない」(第3条)として、努力義務を定めるにとどまる。
どこにもヘイトスピーチは違法、禁止する、という文言がないのは、様々な場面において、果たして有効にマイノリティを保護しうる法律なのか、という実効性に疑問を呼んでいる。
この点、人種差別撤廃条約は、締約国に対して「すべての適法な方法により、いかなる個人、集団又は団体による人種差別も禁止し、終了させる」義務を課している(2条1項(e)等参照)のであり、実効性のあるヘイトスピーチ抑止のために、「違法」若しくは「禁止」の文言を明確に規定する必要がある。
③本法案は7条までしかない短い法律で、施策として掲げられているのは相談体制の整備、教育、啓発だけである。
被害救済の具体的措置は明確とは言えず、深刻になっているインターネット上のヘイトスピーチへの対応なども抜けている。
④現実に役割が求められる地方公共団体の責務が、「努力義務」に過ぎない点も問題である。相談体制の整備、教育の充実、啓発活動等ですら努力義務に過ぎないとされているので、本法案の掲げる施策は実効性に乏しいという懸念がある。
この点、2016年4月に施行された「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律」(障害者差別解消法)では、「国及び地方公共団体は、この法律の趣旨にのっとり、障害を理由とする差別の解消の推進に関して必要な施策を策定し、及びこれを実施しなければならない。」とし、国と地方公共団体に「努力」以上の「実施義務」を課しているので、どうして同様の法律にできないのだろうか。甚だ疑問である。


(4)実効性のあるヘイトスピーチ抑止のために


①自公ヘイト法案も、障害者差別解消法にならって、地方自治体に不当な差別的言動の解消に向けて充実した施策の実施を義務付けるべきである。
②私たちとしては、 今後、与野党の協議を通じて、修正が図られ、実効的なヘイトスピーチ対策の立法が実現することを強く求めたい。
③特に、適法居住要件に対しては、これまで述べてきた通り、人権上極めて問題がある規定であり、なんとしても、修正してほしい。 与野党の責任者が、こうした問題提起を真摯に受け止め、修正を進めていかれることを強く期待する。
④そして、この法律案が成立しても、これはあくまでも人種差別撤廃法制の最初の一歩に過ぎない。根本的な解決のために、人種差別撤廃委員会が勧告するとおり、ヘイトスピーチ以外の人種差別にも対処する包括的差別禁止法の制定を推進していくことが必要である。


 まず、私たちが前提としなければならないのは、「根本的な解決のために、人種差別撤廃委員会が勧告するとおり、ヘイトスピーチ以外の人種差別にも対処する包括的差別禁止法の制定を推進していくことが必要である。」、ということである。
 特に、この自公法案の「適法居住要件」については、「人権上極めて問題がある規定」であり、修正が必要である。
実効的なヘイトスピーチ対策の立法が実現することを強く求めたい。


 以下、人権は国境を越えて-弁護士伊藤和子のダイアリーの引用。







自公提出の「ヘイトスピーチ法案」のなかで、明らかに容認できない「適法居住要件」とは何か。ー2016年5月 3日


■ ようやく! 自公ヘイト法案
在日コリアン等のマイノリティに対するヘイトスピーチが深刻な状況にある。
新聞報道によれば、熊本の地震の直後にも悪質なヘイトスピーチが飛び出したとのことで、暗澹たる気持ちになった。

「朝鮮人が井戸に毒」 熊本地震 ネットにあふれるヘイト(2016年4月16日 東京新聞)
「井戸に毒を投げ込んだぞ」。熊本県益城町(ましきまち)で震度7を観測した地震の発生後、短文投稿サイトのツイッターには、関東大震災時の朝鮮人虐殺を思わせる流言飛語があふれ返った。災害時にデマはつきものだが、今回のケースは、在日コリアンらを排斥するヘイトスピーチ(差別扇動表現)にほかならない。ヘイトデモに路上で直接抗議する「カウンター」の市民たちが打ち消しに走ったものの、悪質な投稿は後を絶たない。ヘイト根絶のためには、インターネット対策が急務である。 

ヘイトスピーチの深刻化を受けて、2015年には、民主党、社民党及び無所属の議員から、「人種等を理由とする差別の撤廃のための施策の推進に関する法律案」が提出された。
2015年に同法案は成立しなかったが、今年に入り、 2016年4月8日に、自民・公明両党から「本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律案」(以下「本法案」という。)が参議院に提出され、今通常国会で審議されている。

与党が、ヘイトスピーチの解消が「喫緊の課題」(第1条)だという認識に立って、ヘイトスピーチへの対処を進める法案を提出したことは歓迎したい。
しかし、法案を見ると、どうしても容認できない、許してはならないという点がある。「適法居住要件」である。
■ 「適法居住要件」何が問題か。
自公法案をみると、ヘイトスピーチは以下のように定義されている。

「本邦外出身者に対する不当な差別的言動」とは、専ら本邦の域外にある国若しくは地域の出身である者又はその子孫であって適法に居住するもの(以下この条において「本邦外出身者」という。)に対する差別的意識を助長し又は誘発する目的で公然とその生命、身体、自由、名誉又は財産に危害を加える旨を告知するなど、本邦の域外にある国又は地域の出身であることを理由として、本邦外出身者を地域社会から排除することを煽動する不当な差別的言動をいう。

つまり、適法に居住する者に対するヘイトスピーチだけが、この法案で対応すべき課題だ、というのである。
これはおかしい。ヘイトスピーチ規制の背景にあるのは、日本が批准している国連人種差別撤廃条約に基づく人種差別撤廃委員会が勧告を行ったことにあるが、国連人種差別撤廃委員会は、適法に居住しているか否かの区別なく、すべての人種差別をしてはならない、と言っている。こうした条約の精神からみて、適法居住要件は明らかにそぐわない。
まず、「適法」を要件とすると、在留資格なく日本に滞在している外国人や、あるいは滞在の適法性を争っている外国人(この中には多くの難民申請者も含まれる。)は適用対象外とされ、これらの外国人に対するヘイトスピーチは野放しになってしまう。
これでは適法に居住していなければ、ヘイトスピーチの対象とされても仕方がないと国が言っているようなもの、国が容認しているようなものである。
しかし、人はたとえ在留資格がないからと言って、ヘイトスピーチや憎悪的表現の対象とされてはならないはずだ。在留資格がないから人権侵害をしてもかまわない、このような考えは到底容認できない。
このような定義では、故国から逃れ、日本に救いを求めようとする難民認定申請者の多くがヘイトスピーチの対象者として野放しになる。
いま、シリアをはじめ、世界中で紛争が続く中、難民受け入れ・保護は国際社会が取り組むべき最重要課題のひとつとなっている。
日本で難民申請をする人たちは、難民として認められるまでに「仮滞在許可」を受ける場合もあるものの、こうした許可を受けられず、難民認定も得られず、審査請求をしたり、裁判を提起したりしてようやく難民と認められる人たちも少なくない。こうして最終的には難民と認められる人たちでも、そのプロセスで「不法滞在」という扱いを受けることも少なくないのだ。
日本では、そもそも難民認定率があまりにも低く、大きな問題となっており、多くの難民申請希望者は大変深刻な状況に置かれている。
そこへきて、こうした難民認定を求める人たちに対して、ヘイトスピーチからの保護から除外することでよいのか。
「そうだ、難民しよう」というヘイト書籍が問題になったが、この本に代表されるような難民に対するヘイトスピーチへの対処をせず、迫害を受けて庇護を求める難民申請者を差別し、傷つける言動をすることを私たちの社会は容認していいのだろうか。
難民だけではない、日本には、様々な形で、在留資格がないために苦境に立たされている人がいる。例えば、夫からDVを受けて避難生活を送り、離婚を求める外国人女性も一時的にオーバーステイになってしまうことが多い。在留資格がないからヘイトスピーチの対象となっても仕方がない、というのは明らかにおかしい。

次に、「居住」というのもおかしい。一時的な外国からの旅行者に対するヘイトスピーチは完全に除外されることになるからだ。
例えば、2020年には東京オリンピックが予定されているが、仮にオリンピックに出場するために来日した選手や、観戦に来た観客に対するヘイトスピーチがなされても、「居住」していないから、何らの対策もないというのだ。
これで本当に国際的に開かれたオリンピックを実現できるというのだろうか。

さらに、上記のような法律の定義では、外国にルーツを持つマイノリティはヘイトスピーチから保護されるのに対し、日本にルーツをもつマイノリティへのヘイトスピーチは規制されないことになる。
例えば、日本の先住民族であるアイヌ民族や琉球・沖縄の人々、また被差別部落といった国内のマイノリティに対してヘイトスピーチをしても適用対象外とされることも大きな問題だ。
人種差別撤廃条約は人種差別を「人種、皮膚の色、世系又は民族的若しくは種族的出身に基づく」(同条約第1条)差別と定義している。これにならって、すべての民族的、世系上のマイノリティを対象とするべきだ。
国がこのような法律をつくるとき、一部のマイノリティだけを保護し、他のマイノリティを保護しない、という施策を決めることは、保護の対象とされなかったマイノリティを一層深刻な立場に置くことになる。あたかも、そうした者は保護に値するものでないと国が言っているに等しい。
それは、新たな差別をもたらすことになる。特にこの法律がヘイトスピーチという深刻な人権侵害に関するものであることを考えるなら、その影響は深刻である。

■実効性に乏しい内容

さらに、本法案は、前文で「不当な差別的言動は許されないことを宣言」しながら、本文では「本邦外出身者に対する不当な差別的言動のない社会の実現に寄与するよう努めなければならない」(第3条)として、努力義務を定めるにとどまる。
どこにもヘイトスピーチは違法、禁止する、という文言がないのは、様々な場面において、果たして有効にマイノリティを保護しうる法律なのか、という実効性に疑問を呼んでいる。
この点、人種差別撤廃条約は、締約国に対して「すべての適法な方法により、いかなる個人、集団又は団体による人種差別も禁止し、終了させる」義務を課している(2条1項(e)等参照)のであり、実効性のあるヘイトスピーチ抑止のために、「違法」若しくは「禁止」の文言を明確に規定する必要がある。
また、本法案は7条までしかない短い法律で、施策として掲げられているのは相談体制の整備、教育、啓発だけである。
被害救済の具体的措置は明確とは言えず、深刻になっているインターネット上のヘイトスピーチへの対応なども抜けている。
そして現実に役割が求められる地方公共団体の責務が、「努力義務」に過ぎない点も問題である。相談体制の整備、教育の充実、啓発活動等ですら努力義務に過ぎないとされているので、本法案の掲げる施策は実効性に乏しいという懸念がある。
この点、2016年4月に施行された「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律」(障害者差別解消法)では、「国及び地方公共団体は、この法律の趣旨にのっとり、障害を理由とする差別の解消の推進に関して必要な施策を策定し、及びこれを実施しなければならない。」とし、国と地方公共団体に「努力」以上の「実施義務」を課しているので、どうして同様の法律にできないのだろうか。甚だ疑問である。
自公ヘイト法案も、障害者差別解消法にならって、地方自治体に不当な差別的言動の解消に向けて充実した施策の実施を義務付けるべきである。

■ 差別解消への第一歩となるか。
私たちとしては、 今後、与野党の協議を通じて、修正が図られ、実効的なヘイトスピーチ対策の立法が実現することを強く求めたい。
特に、適法居住要件に対しては、これまで述べてきた通り、人権上極めて問題がある規定であり、なんとしても、修正してほしい。
与野党の責任者が、こうした問題提起を真摯に受け止め、修正を進めていかれることを強く期待する。
そして、この法律案が成立しても、これはあくまでも人種差別撤廃法制の最初の一歩に過ぎない。根本的な解決のために、人種差別撤廃委員会が勧告するとおり、ヘイトスピーチ以外の人種差別にも対処する包括的差別禁止法の制定を推進していくことが必要である。


by asyagi-df-2014 | 2016-05-05 05:16 | 書くことから-ヘイトクライム | Comments(0)

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